シャイニング・ブレイブ 第18章 決着、そして…… -Holding as your own-(3) Side 5 ソウタ&ヨウヤとの戦いが終わり、アカツキたちが神殿跡へ向かった頃、通路での戦いもまた、終わりを迎えようとしていた。 「アッシュ、必殺の起死回生でババ〜ンと決めてやれっ!!」 「させないよっ!! リア、つばめ返し!!」 アラタがアッシュに指示を出すと、アルデリアも負けじとリアに指示を出した。 激しい戦いの中で、アルデリアのフィルが戦闘不能となったが、アッシュとアニーも戦闘不能寸前のダメージを受けていた。 アルデリアのリアだけは、フィルが身を挺して守ったこともあってか、それほどダメージを受けていない。 戦力的にはほぼ互角。トレーナーの技量もほぼ互角。 一進一退の戦いではあったが、ここで勢いを落とした方が負ける……それは三人とも分かりきっていることだった。 アラタの指示に、身体のあちこちに傷をこさえたアッシュが、強靭な角を前に突き出し、構えを取った。 起死回生……残っている体力が少なければ少ないほど威力が高くなる、格闘タイプの大技だ。 どんなに強烈な攻撃でも、必ずギリギリで耐えられる『こらえる』と組み合わせて放つのが、アラタの逆転の切り札なのだ。 時にはそういった逆転の秘策が通じない相手もいるが、どうやらリアに関してはそういうわけでもないらしい。 しかし…… 「やばっ!! 向こうの方が絶対早いっ!!」 リアが目にも留まらぬ動きでアッシュ目がけて走ってくるのを見て、アラタは策を誤ったかと焦った。 最大まで威力を引き上げた起死回生が決まれば、たとえリアの体力が満タンであっても、 相性によるダメージ補正が加わって、確実に倒すことができる。 だが、先に攻撃を受けてしまえば、アッシュが倒されてしまう。 そうなったら、アニーが倒されるのも時間の問題だろう。 アラタに分かっていることが、スクールを主席で卒業したキョウコに分からないはずもなく。 「しょうがないわね……」 二体同時に攻撃を仕掛けたところで、互いに潰し合うか、最悪は同士討ち。 そうならないように機を見計らっていたのだが、こういう時は仕方がない。 このままでは、アッシュが起死回生を放つ前に、リアのつばめ返しが決まってしまうだろう。 アッシュはついさっき、リアのサイコカッターに対して『こらえる』を使ったために、続けて持ち堪えることができない状態だ。 そうなったら、確実に倒される。 焦るアラタに小さく微笑みかけ、キョウコはアニーに指示を出した。 本当は、リアがアッシュを倒した瞬間に攻撃を仕掛けるつもりだったが、さすがにそういうわけにもいかなくなった。 「アニー、アッシュの前に立ちはだかって催眠術!!」 「ええっ!?」 キョウコの指示に、アルデリアが目を剥いた。 今ここで妨害されるとは……てっきり、警戒して手を出さないとばかり思っていたのだが、裏を掻かれた。 アニーはアッシュの前にさっと躍り出ると、目を妖しく光らせた。 攻撃だけでは芸がないと、少し前に思い切って覚えさせた技だが、まさかそれがここで役に立つとは…… 世の中、何が役に立つか分からないものだ。 リアは押し寄せる催眠の波動に負けぬよう、歯を食いしばって走っていたが、抵抗はそう長く続かなかった。 瞬く間に速度を落とし、その場に倒れ込む。 完全に眠ってしまったのを確認し、キョウコはアニーにその場を退くよう指示を出した。 「よし、今よっ!!」 「おう、任せとけ!! アッシュ、今だ!! 行けえっ!!」 アニーが飛び退いた直後、アッシュが羽根を広げ、猛烈な勢いでリアへ向かって突き進む!! アッシュのパワーが凄まじいことを物語るように、空気を突き破るようなゴォゴォと言った音が周囲にこだまする。 空気さえ強引に引きちぎってしまうほどのパワーを、アッシュは起死回生の一撃に込めているのだ。 「わーっ!!」 リアは完全に眠りこけ、安らかな寝息を立てている。 この状況で起死回生を食らってしまったら、戦闘不能は免れない。いや、それ以前に催眠術にかかった以上は逃れる手段もない。 アルデリアは半泣きで悲鳴を上げたが、その程度で現実が変わるわけでもない。 角にかかる空気抵抗を引きちぎりながら、アッシュがリアに迫る!! この状況……どう考えてもアルデリアに勝ち目はなかった。他のポケモンを出したところで、起死回生の餌食になるのは間違いない。 負けるつもりなど微塵もなかったが、ここまで来ると負けを認めなくてはならないだろう。 彼女はこれでも、引き際を心得ているのだ。 「しょうがないなあ……リア、戻っちゃって」 これ以上足掻いたところで、傷口が広がるだけ。 だったら…… アルデリアは涙を拭いて、リアをモンスターボールに戻した。 「…………?」 アッシュは目標を見失い、その場に着地したが、慣性の法則で身体が三メートルほど前に引っ張られてやっと止まった。 「あら、戻しちゃうんだ? てっきり、別のポケモンでも出してくるかと思ったけど……」 アルデリアがどうしてリアをモンスターボールに戻したのか。 分かってはいたが、キョウコはわざと、挑発するようにニコニコ微笑みながら言った。 「おいおい、ここで挑発なんてするなよ。何しでかすか分かんねえだろうが……」 アラタはげんなりしていたが、挑発の言葉が飛び出した以上は後の祭りだ。 どうなっても知らないぞ……胸中で愚痴ってはみたものの、アルデリアは安っぽい挑発に引っかかるほど、冷静さを失っていたわけではなかった。 リアのボールを腰に差し、アルデリアは深々とため息をついた。 「勝てると思ったんだけどなぁ。 でもまあ、負けは負けだし。好きにしちゃっていいよ。僕はここで逃げるから」 多少の悔しさは滲ませつつも、意外とあっさり振り切って、アラタたちに背を向けた。 「そんじゃね。バイバ〜イ♪」 サヨナラの言葉を告げるが早いか、猛スピードで通路の向こうへと駆けて行った。 「…………」 「…………何なの、このミョーなノリは」 彼女の姿が少しカーブした通路の先に消えた後、アラタとキョウコは互いに顔を見合わせ、疲れ切ったように肩を落とした。 アルデリアが最後に見せた妙なノリは……まあ、忘れるとして。 「こりゃ本格的にヤバい相手だったな」 「そうね……勝てて良かったわよ」 二人は死力を尽くして戦ってくれたポケモンたちをモンスターボールに戻した。 図らずも、アルデリアがダークポケモンの製造プラントに戦力の大部分を送ってくれたおかげで、しばらくはゆっくり休んでいられそうだ。 あれから何十分経ったのかは分からないが、アルデリアとの戦いは熾烈を極めた。 一人で二体のポケモンを同時に操って、アラタたち二人の相手を見事に務めてみせたのだ。 二人がかりでやっと互角という相手は初めてだったから、アラタもキョウコも、できれば二度と彼女とは戦いたくないと思った。 とにかく目の前の相手に勝利することだけを考えていたせいか、どうにも時間感覚がボケて仕方がない。 しかし、アルデリアがプラントに送り込んだ戦力が一部でもカムバックしてこなかったのを見る分に、 カナタとトウヤがキッチリ片付けてくれたのだろう。 「ふう……」 少しは休めそうだ。 周囲に敵の姿が見当たらないことを改めて確認し、アラタはため息混じりに言った。 「キョウコ、少し休んどけよ。 当分は大丈夫だと思うけど、いつ敵さんがやってくるか分かんねえからな」 「……あんたに心配される必要なんてないわよ」 せっかくの労いの言葉なのに、キョウコは膨れっ面で突き返した。 元が自信家だけに、そういった言葉を素直に受け取れないのだろう。 増してや、すぐ傍にいるのは幼なじみで、互いのことを理解しつくしていると言っても過言ではない間柄。 「うわー、可愛くねえ……」 つっけんどんに返されて、アラタは渋面になった。 まあ、今までもそうだったから、今さら気に病むほどのことでもないが。 心配されるのが嫌というわけではないのだろう。 ただ……素直になれないだけだ。 これ以上言葉をかけたところで、反発されるだけ。 アラタは何も言わず、壁に背中を預けた。 「…………まあ、アレね」 「うん?」 「また敵さんがやってきた時に疲れて戦えませんでしたって言うんじゃ、本気でシャレにもなりゃしないわ。 しょうがないから、ここらで少し休んであげる」 キョウコはアラタから顔を背け、素っ気ない口調で言った。 「本気で素直になれねえヤツだな。 そこまでガンコにならなくてもいいのに……せっかくカワイイ顔立ちしてんのにさ。台無しじゃねえか」 喉元までその言葉が込み上げてきたが、アラタは必死に飲み下した。 彼の言い分を認めたくない…… 心配してくれたことを受け入れたくないと思っているから、そんな風に取ってつけたような理由で休もうとしているのだろう。 本当に、素直じゃない。 顔立ちはカワイイのに、きつい性格が何もかもを台無しにしてしまっている。 元が良いだけに、非常にもったいない。 もちろん、そんなことを口にしたところで、猛反発を食らうだけ。 「ったく……世話が焼けるヤツだぜ」 少し離れたところで壁にもたれかかって座ったキョウコの横顔を見やりながら、アラタは何度目になるか分からないため息をついた。 彼女は小さく目を閉じていた。 「眠ったのか……?」 規則的に胸が上下している。 よくよく耳を澄ましてみれば、小さく寝息のような音が聞こえてきた。 どうやら、疲れて眠ってしまったらしい。 「…………今はゆっくり休んどけよ。 これが終わったら、おまえにもいろいろ働いてもらわなきゃいけないかもしれないからな」 アラタは足音を立てないようにキョウコの傍まで歩いていくと、無防備な横顔にそっとささやきかけた。 世話は焼けるが、憎まれ口を叩かれてもあまり不快とは思わない。 昔から延々と叩かれ続けてきたせいかと思ったが、今になって思えば…… 「こいつといろいろやるのが楽しいから……だよな」 別に、キョウコを異性として認識しているわけではない。 憎まれ口を叩き合いながらも、互いのことを理解している相手。 それもまた、悪くない。 アラタはしばらく、無防備なキョウコの寝顔を見やっていた。 その頃、ダークポケモン製造プラントでも決着がついた。 「ふう……さすがにこんなモンだろ」 「そやな。マジしんどかったで」 目の前に動く敵がいなくなったのを確認し、カナタとトウヤは深々とため息をついた。 「でも、まだこれで終わりじゃないわ」 「そうね。まだ親玉が残ってるわよ」 しかし、二人に鞭打つように、アズサとチナツがきつい言葉をかけてくる。 一息つくことすら許さないと言わんばかりのタイミングに、トウヤは閉口した。 かれこれ一時間近く戦い続けてきたが、そうしなければ片付かなかった。 こんなに大変な戦いは初めてだったが、達成感も何もなく、ただ虚しくなるだけだった。 単純なポケモンバトルなら、強い相手に勝利した時は当然うれしく思う。 「せやけど、こいつらじゃなあ……」 残念ながら、今まで戦っていたのは非合法組織のメンバーと、彼らが作り上げたダークポケモンたち。 ソフィア団の構成員は前後から挟み撃ちにしてきたが、ことごとく返り討ちにしてやった。 ダークポケモンたちも、マグネティックフィールドで隔離したポケモンに関しては傷つけることなく放置してある。 やむを得ず倒した数の方がむしろ多いくらいだが、 プラントの床下にゴッソリと隠されていたモンスターボールに収めているため、当面は襲われることもないだろう。 それから、最後に…… 「で、アレはどうするの?」 チナツが指差した先に、トウヤは目をやった。 うつ伏せに倒れたまま、ピクリと動かないポケモンがいた。 ダークポケモンではないために、モンスターボールに収めることができなかった……シンラのゴウカザル――ローウェンだ。 この場の指揮を執って、ダークポケモンたちをけしかけてきたリーダーでもある。 ダークポケモンはリライブホールで元のポケモンに戻せばいいとしても、ローウェンはどうしたものか。 生半可な扱いでは、逆に喉笛を掻き切られてしまう恐れすらあるのだ。 フレアドライブでダークポケモンたちを暴走状態にさせるなど、我が身を顧みずにカナタたちを倒そうとするなど、その行動は危険極まりない。 放置しておくなど、とても考えられないことなのだが…… 「そうだなあ。とりあえず、俺がここに残ってこいつを監視しとく。 おまえたちは奥に進んでてくれ」 「……分かったわ」 カナタの提案に一瞬戸惑いを見せながらも、アズサは首を縦に振った。 彼のネイティオは激しい戦いの中でも、空を飛んでいたせいか、ダメージをほとんど受けていない。 ローウェンが変なマネをしようとしても、ネイティオのサイコキネシスで動きを封じてしまえば問題ない、という寸法だ。 他の三人はエスパータイプのポケモンを持っていないため、ローウェンを押さえておくという意味ではカナタが適任だろう。 「じゃあ、頼んだわよ」 チナツは軽い調子で言うと、リザードンにまたがった。 激しい戦いを経て傷だらけだったが、まだまだ余力を残しているらしく、トレーナーを乗せても平気そうな表情だった。 「そんじゃ、さっさと行くわよ」 「ええ」 アズサはカナタに背を向け、リザードンにまたがった。 女性二人がまたがったのを確認すると、リザードンは翼を広げて飛び立った。 向かうは、ハツネとシンラが戦いを繰り広げているであろう、最深部。 トウヤを置いてきぼりにする形になったが、それは彼女らが気を遣ってくれたからだろう……そう思い、トウヤはカナタに言葉をかけた。 「カナタの旦那」 「おまえもさっさと行けよ。ここにいたって、何にもねえぞ」 「分かっとる」 カナタは素っ気なく言葉を返してきた。 今は私情を挟まず、やるべきことをやれ……暗にそう言われていることに気づきながらも、トウヤは自分の気持ちを押し殺せなかった。 アカツキの保護者を気取っていても、不器用なところがあるのだ。 「せやけど、一遍言っときたいことがあってな」 「……どうしたんだ? そんなに改まって」 そこまでして言いたいことがあるのなら、聞かないでいるのも失礼か。 そう思い、カナタはネイティオに周囲の警戒を怠らないよう指示を出し、トウヤに向き直った。 「戦いが終わってからのことなんやけど……俺、あいつの傍から離れることにするわ」 「決めたのか?」 「……ああ」 カナタは眉一つ動かさなかった。 そんな言葉をかけられると、分かっていたかのようだ。 落ち着き払った大人の対応を見せ付けられ、トウヤは少々癪に障ったものの、がなり立てるのもみっともないと思い、グッとこらえた。 「アカツキも淋しがるんじゃないか? せめて、ネイトが元に戻るまでは一緒にいてやるべきだと思うんだけどな」 「そやな……せやけど、それやったら俺の方が甘えてしまいそうやから。 あいつは、俺の助けなんか要らへんくらい、強くなったんや。 俺がいたら、甘えてまうかもしれへん」 「そうでもないと思うんだけどな。 あいつだって、おまえから自立しようと頑張ってるみたいだし。 互いにそれが分かってるんだったら、何も遠慮なんてしなくてもいいんじゃないか?」 「そうかもしれへんけど…… 遠慮せえへんでベタベタしとったら、あいつのためにもならへんから」 「ふーん。ま、おまえが決めたんだったらそれでいいんだろうけどな」 「…………」 カナタは含むところがあるような口調で言葉を返してきた。 思わず口ごもるトウヤ。 思いのほか素直に耳を傾けてくれたが、カナタはカナタでちゃんと距離を置いているのが分かる。 ――それはおまえたちの問題だ。だから、俺がとやかく言っても仕方がない。 口に出されなくても、それくらいは分かる。 旅から旅の生活で、付き合いらしい付き合いをしてこなかったが、ここ一、二ヶ月はそうでもない。 アカツキを中心に、ミライやカナタ、アズサといった面々と過ごしてきたのだ。 それなりに付き合いも深いと思っているから、カナタが言いたいことも分かっているつもりだった。 ただ、どうしてだろう……? 今までなら簡単に割り切れたことなのに、今はなぜか簡単に割り切れなくなっている。 こういうのを迷いと言うのだろうか。 らしくないと思いつつ、それでも一度傾いた考えを直すのは難しいことだった。 「おまえも、ずいぶんと考えてきたんだもんな。 そうやって出した答えなら、大切にすべきだと俺は思うぜ」 「?」 カナタは困ったような笑みを浮かべ、言葉をかけてきた。 俯き加減だった顔を、上向かせるトウヤ。 「でもな、そういうのは他人に相談することじゃないだろ。 本当なら、あいつに一番に話してやることじゃないのか? まあ、言い終えてからどうこう言うのも、バカらしいとは思うけどな」 「……他に頼れる人がおらへんのやから、仕方あらへんやろ」 「はは、違いない」 言っていることは尤もだが、トウヤの言葉にも一理ある。 カナタは周囲にソフィア団の構成員や彼らのポケモンが倒れていることすら気にせず、豪快に笑い立てた。 やはり、四天王と呼ばれるだけのことはある……か。 トウヤはカナタの気さくな性格に、改めて感謝した。 感傷と言われても仕方のないことだと分かってはいるが、それを頭から否定せず、ちゃんと理解してくれる人。 兄弟のいないトウヤにとって、それは兄という存在に等しかった。 「せやけど、俺はシンオウに行かなあかんからな……」 だけど、この一件が終わったら、ネイゼル地方を離れることになる。 ネイゼル地方にやってきたのは、サラに会うためだった。 その目的も果たし、フォレスジムのジムリーダー・ヒビキからの依頼としてアカツキの面倒も見てきたことだし、 目的地である北方のシンオウ地方に旅立つ時が近づいている。 とあるポケモンに出逢うため、トウヤはジョウト地方を旅立って、各地を廻ってきたのだ。 いろいろな場所で情報を集め、最終的にそのポケモンがシンオウ地方にいるという結論に至り、 陸路で向かっている途中、ネイゼル地方を通りかかった。 そこで、アカツキや他のみんなと出会った。 最初は適当に面倒を見て、すぐに離れるつもりでいた。 だが、結局は今までズルズルとやってきてしまった。 それでも悪い気がしないのは、アカツキたちと過ごした一月と少々の時間が充実したものだったからだ。 まだ戦いは終わっていないけれど、なぜだか心は充足感に満ちあふれている。 そういうのも、悪くはない…… 「まあ、なんだ……」 トウヤがいつになく物思いに耽っていると、カナタは頬を掻きながら、笑みをひそめた。 「おまえは本当に頑張ってくれたさ。 おまえがいなかったら、アカツキがここまで来れたか分からなかったからな……」 「どうやろな。 俺にはよう分からへんけど、あいつはあいつで、すごく強いヤツやから。 俺はちびっと手助けしたに過ぎへん」 「それでいいんだ。 何も、あいつの道標になれって頼んだワケじゃない。 おまえはおまえなりに、あいつに模範を示したり、背中をそっと押してやったりしたんだろうけど、それで十分さ。 あいつにはあいつの道があるんだ」 「ん……」 特別なことをしたつもりはない。 ただ、いろいろときつい言葉をかけたり、頬を打ったりしたことはあるが、それはアカツキが道を誤らないようにするためだった。 しかし、それがカナタには喜ばしかったのだろう。 特別なことなどしなくてもいい。 ただ普通に接するだけでいい。 今まで、そんなことを言ってくれた人がいただろうか? よくよく考えてみると、この地方で得た経験は、これからの旅に役立つものとなるだろう。 次の地方でも、こういった出会いがあるのだろうかと思うと、なぜだか心が弾んでくる。 人と言うのは面白いもので、明るい気持ちになっている時ほど表情に輝きが生まれるものだ。 「そろそろ行けよ。 この戦いが終わってあいつと離れるってんなら、最後くらいは見せ場作っといた方がいいぜ」 「おう、そうするわ」 そっと、言葉で背を押され。 トウヤは小さく頷くと、ロータスを傍に呼び寄せ、その背中にまたがって通路を引き返した。 製造プラントに一人残ったカナタは、通路の先に消えたトウヤの背中をじっと見やり、笑みを深めた。 「こういうのも久しぶりで面白いな。 でもま……ここはちゃ〜んと、四天王としての務めを果たさなきゃな」 年長者としての助言も与えたし、あとは本人たちに任せるとしよう。 今やるべきことは、このプラントを制圧し、ダークポケモンの製造に繋がる装置のことごとくを破壊することだ。 「さ〜て、と」 カナタは戦いの余波を受けても壊れていない装置に向き直り、指の関節をボキボキと鳴らした。 「んじゃ、サクッとぶっ壊して、ダークポケモンなんぞ作れないようにしてやるか。 ネイティオ、シャドーボールでぶっ壊しちまいな」 指示を出すと、ネイティオは待ってましたと言わんばかりに、シャドーボールを連発。 未だに稼動している装置を易々と破壊し、派手な音が製造プラントに轟いた。 Side 6 通路はやがて終わり、目の前に広がっているのは廃墟同然の神殿の跡地。 そこでは激しい戦いが続いていた。 激しい轟音、洞窟を揺らす力と力の激突……神殿跡地の奥まったところで、戦いが行われていた。 「ハツネさんと、シンラってヤツ!!」 アカツキは周囲から一段高くなっているところで激しい戦いを繰り広げているハツネとシンラの姿を認め、足を止めた。 ちょうど縦揺れが襲ってきて、驚いて足を止めたわけではない。 近づくことが躊躇われるほどに、二人の真剣な雰囲気が伝わってきたからだ。叩きつけるような……と言ってもいい。 「さすがに、派手にやってるね……」 サラはハツネとシンラの戦いを見て、目を細めた。 あの中に飛び込んでいくのは無謀もいいところだろう。二人揃って攻撃を仕掛けて来かねない。 邪魔されるのを拒んでいるように、恐らくはルカリオが祀られていた祭壇で戦っているのだ。 ハツネはベルルーンを、シンラはラグラージのグリューニルで戦っている。 相性論で考えれば、地面・水タイプでベルルーンの弱点を的確に突けるグリューニルの方が有利だろうが、 ベルルーンは持ち前の素早さで相手の攻撃のほとんどを避わしながら、ヒットアンドアウェイで攻撃を加えていく。 端から見る分に、ほぼ互角と言ってもいい。 二人から少し離れたところでは、見慣れないポケモンが二体、誰の指示も受けずに戦っている。 「あれって……?」 アカツキは初めて見るポケモンに目を奪われていた。 ハツネたちにはとても近づけそうにない。 ここで横槍を入れてハツネが負けてしまったら、それこそ踏んだり蹴ったりだ。 目のやり場に困って――少なくとも自身ではそう思っていた――見てみれば、戦っているうちの片方はダークポケモンではないか。 凛とした顔立ちと、獣のような人といったシルエットが特徴のポケモン……恐らく、あれがルカリオだろう。 対するは、大の大人ほどはあろうかという巨大な赤い犬のようなポケモン。 黄色をわずかに帯びた赤い体毛が全身を覆い、後頭部からは金色の角が左右に生えている。 ルカリオと思われるポケモンと戦っているせいで顔は見えないが、その背から立ち昇る雰囲気から察するに、彫りの深い顔立ちなのだろう。 深紅の模様が身体から少し離れたところに浮かんでいるが、あれは何かの技だろうか。 「なんか、見たことのないポケモンが戦ってる……」 カイトが、ルカリオと赤い犬のポケモンを指差して小さくつぶやいた。 「サラさん、知ってる?」 「二本脚で立ってるのがルカリオ。もう片方はアグニート」 「アグニート?」 聞き慣れない名前に、アカツキは眉をひそめた。 一体どんなポケモンだろう? サラに視線を戻すと、彼女は興味深げな表情で二組の戦いを眺めていた。 眺めたままで、事も無げに言ってくる。 「ネイゼル地方に神話として伝わってるポケモンだよ。 ぼくも、少し話をしただけだからよく分かんないけど、妙に人間っぽいポケモンっていうのが印象的だった」 「話……?」 「神話……?」 アカツキは『少し話をしただけ……』という件、カイトは『神話として伝わってる……』という件に、それぞれ仰天した。 揃いも揃って同じ反応を見せる二人にユーモラスなものを感じつつも、サラは戦いを眺めるのもそこそこに切り出した。 「あっちはあっちで任せて大丈夫だと思う。それより、問題は……」 途中で口ごもり、祭壇から少し離れたところで倒れているソウタを指差す。 アカツキとカイトの視線が釣られてそちらを向き―― 「あっ……!!」 逃げたと思われたソウタは、誰かにボコられたのか、うつ伏せに倒れていた。 しかし、周囲にそれらしいポケモンは見当たらない。 ハツネが他にポケモンを出して蹴散らしたのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。 「じゃあ、一体なんで倒れてんだ?」 アカツキが頭の中で疑問符をいくつも並べていると、ハツネと激しい戦いを繰り広げているシンラがアカツキたちの存在に気づいた。 「おや、思いのほか早かったな。 さすがに、君たちを止めるのは無理だったか……時間稼ぎにはなるかと思っていたが」 シンラの声は、神殿の跡地全体に響いた。 ピンマイクとスピーカーを使って声を拡げているのだろう。 チラリと、ハツネが振り返ってくるが、それは一瞬に過ぎなかった。 少しでも気を抜けば、グリューニルの猛攻に遭ってしまう。それだけはなんとしても避けたいところだった。 どう接触しようかと思っていたが、向こうが気づいてくれたのなら話が早い。 アカツキはグッと拳を握りしめ、シンラに向かって叫んだ。 「ネイトはどこだっ!?」 この場にネイトの姿はない。 シンラなら、ダークポケモンと化したネイトを戦いに投入すると思ったのだが……何か良からぬことでも企んでいるのだろうか? アカツキは視線をシンラに据えたまま、周囲の気配を探ったが、特にポケモンの気配は感じられなかった。 ルカリオは出しておいて、どうしてネイトがいないのか訝しげに思っていると、シンラはグリューニルに指示を出す合間に言葉をかけてきた。 どうやら、余計なちょっかいをかけてこないよう、言葉で動きを封じる作戦に出たようだ。 「さあ、どこだろうね? ハツネのファルコやグラベールの相手をしていたけれど、知らない間にどこかに行ってしまったようだ。 大方、ハツネのポケモンが、こっちを巻き込まないように引き離したってところなんだろうけど……」 「…………っ」 恐らく、嘘ではないのだろう。 アカツキは予期せぬ答えに奥歯を噛みしめた。 なんてことはない。シンラはすでにネイトを戦いに投入していたのだ。 この近くにはいないようだが、ここに来るまでにも見当たらなかった。 些細な気配でも感じれば、人間であるアカツキたちはともかく、サラのメタグロスが感知して彼女に知らせていただろう。 そうなると…… アカツキは周囲に視線を走らせた。 特に光源らしいものは見当たらないが、それゆえに奥まったところはよく見えない。 もしかしたら、さらに奥へと続く通路があるのかもしれない。 そして、ネイトはそこでハツネのポケモンたちと戦っているのかも…… 「…………!!」 そう思うと、じっとしてはいられなかった。 ハツネはシンラの相手で手一杯だろうから、ネイトをどうしたのかなんて訊ねるわけにはいかない。 そして、アグニートというポケモンはルカリオと激しい技の応酬を繰り広げている。 両者とも、一進一退といった様子で、すぐには決着がつきそうにない。 かといって、ここで指をくわえて決着を待つわけにもいかない。 「このままほっといたら、どうなるか分かったモンじゃない!!」 ハツネのポケモンは屈強である。 いくらダークポケモンでも、苦戦は免れない。 このまま放っておいたら、どうなるか分かったものではないのだ。 「サラさん。オレ、ネイトを捜しに行ってくる!!」 「そうだな、そうしようぜ」 アカツキの言葉に、カイトがすぐに賛同した。 ここで何もしないままでは、ネイトが完膚なきまでに叩きつぶされてしまうかもしれない。 そうなったら、元のブイゼルに戻すどころの話ではなくなってしまう。 「いや……その必要はなさそうだよ」 「えっ?」 ――なんで? アカツキが問い返すまでもなく、サラが一段高くなっている祭壇の左手を指差した。 二人が釣られるように視線を向けると、岩陰から小さなシルエットが姿を現すのが見えた。 「あ、あれ……!!」 「ネイトっ!!」 見紛うはずもない。 よろよろと、頼りない足取りで歩いてきたのはネイトだった。 ハツネのポケモンたちと激しい戦いを繰り広げたためか全身傷だらけで、身体を引きずるような歩き方は痛々しく見えて仕方なかった。 それでも、ダークポケモン特有の生気の無さ、無表情なところは変わらなかった。 「…………!!」 「あ、ちょっと……」 何か危険なニオイがする。 サラはアカツキを止めようとしたが、その前にすでに駆け出してしまっており、止めるどころではなくなってしまった。 「ネイトっ!!」 アカツキには、ネイトが苦しんでいるように見えて仕方がなかった。 顔では何ともないように装っていても、きっと辛くて苦しいはずだ。 いくらダークポケモンに変わり果て、一緒に何年も過ごしてきた自分に攻撃を仕掛けて来たと言っても、ネイトはネイトだ。 それだけは、何があろうと絶対に変わらない。 こんな時だから、助けなければならない。 その一心で、アカツキはダークポケモンが危険な存在であることも忘れて、ネイトに駆け寄った。 「ちっ……ファルコとグラベールでも倒せなかったって……? 冗談じゃないよ!?」 アカツキがネイトの名を叫んだことで、ハツネは自慢のアブソルとバンギラスが倒されたことを悟った。 二人ともベルルーンには敵わないが、それでも四天王のポケモンと互角以上に戦えるだけの実力の持ち主だ。 どちらかでも戦える状態であるなら、ネイトを完膚なきまでに叩き伏せていたはずだ。 ハツネはここにきて初めて、動揺を覚えた。 まさか、ネイトが自慢のポケモン二体を倒して戻ってくるとは…… 際どい均衡状態は、ほんの少しの外圧で崩れるもの。 ハツネの動揺がベルルーンに移ってしまい、グリューニルのハイドロポンプを相殺すべく放った火炎放射の勢いがわずかに削がれ―― ぶしゅぅっ!! ハイドロポンプが火炎放射を突き破り、ベルルーンに命中した。 岩をも砕かんばかりの猛烈な水圧が、ベルルーンを地面に激しく叩きつける!! 「ちっ……!!」 ハツネが表情を険しくすると、シンラは勝ち誇ったように口の端に笑みを浮かべた。 「グリューニル、このまま一気に押すぞ!! ハイドロカノンっ!!」 「ベルルーン、気張んな!! ブレイジングクローからブラストバーン!!」 シンラの指示に、負けじとハツネも声を張り上げる。 互いに指示を出したのは、それぞれのポケモンが得意とする最強威力の技だ。 水のハイドロカノンと、炎のブラストバーン。 両方の技とも、放った後は反動で動けなくなってしまうが、威力は絶大。育て上げられたポケモンが放てば、尋常ではない威力を叩き出すのだ。 互いに、勝負を早く決めようと言う腹積もりが見え隠れしている。 「でもま……あっちはあっちで任せるっきゃないね」 ハツネは、ネイトのことはアカツキに任せようと思った。 シンラとの戦いを早く終わらせ、アグニートの加勢もしてやらなければならない。 昔ほどの力が残っていれば、ダークポケモンとなってさらなる力を得たルカリオごときは瞬殺できただろう。 しかし、力がさほど残っていないのか、それともわざと加減しているのか、アグニートとルカリオの戦いは続いている。 身体の周囲に浮いている紋様から灼熱の炎を放つ『裁きの炎』も、 ルカリオがダークポケモンになったことで身につけた『ダークブラスト』――波導の力を凝縮した『波導弾』のダーク技――と互角の威力。 互いに得意とする技でそれなのだから、決着などすぐには望めない。 そうなれば、グリューニルを倒して、ルカリオも倒さなければならない。 ややこしい展開だが、やるべきことはやらなければならないのが辛いところ。 「カイト。キミはアカツキを頼むよ。あの子、ホントに無茶しそうで危ないから」 「サラさんは?」 「ぼくはアグニートの加勢をするよ。断られるような気もするけど、放ってはおけないからね」 「分かった」 カイトとサラも役割分担を決め、さっと動き出した。 彼女が加われば、アグニートの方は大丈夫だろう。 心配事が一つ減ったということで、グリューニルとのバトルに集中できる。 アグニートがこちらに加勢してくれるとは思っていないが、それでも十分だ。ルカリオが勝利すれば、確実にシンラの味方になる。 そうならないだけ、まだマシというもの。 ベルルーンは熱線を凝縮した爪で眼前の空間を薙ぎ払うと同時に、周囲を焼き尽くさんばかりの炎を吐き出した!! グリューニルもその場に踏ん張ると、水の波動とは比べ物にならない水流を放つ!! 両雄の技が激突するかしないかといった際どいところで、アカツキはネイトのすぐ傍で足を止めた。 「ネイトっ!! 大丈夫か!?」 「…………」 近くで見ると、本当に痛々しい。 アカツキの表情は今にも泣き出しそうなほどにゆがんでいたが、ネイトが無事だったことが分かって、目には安堵の色。 「…………?」 ネイトが、無言でアカツキを見上げてくる。 心を閉ざされ、目の前にいるのが何年も一緒に過ごしてきた大切な存在であることすら忘れている。 それでも…… アカツキにとってネイトはネイトでしかないのだ。 「よかった……なんとか、無事みたいだな」 アカツキはホッと胸を撫で下ろしたが、ネイトにとって『他人=敵』でしかない。 モンスターボールを通じて繋がっているシンラ以外は皆同じである、ということを存分に思い知ることになる。 「…………っ」 ネイトはダークポケモン特有の黒いオーラを立ち昇らせながら、身体を震わせた。 「……!?」 ざわり、と背筋に不吉なものが触れたような気がして、アカツキはとっさにその場を飛び退いた。 直後、ネイトが放った衝撃波が眼前を掠めた。 「なっ、何すんだよ!!」 着地し、アカツキはネイトを怒鳴りつけたが、次から次に衝撃波が飛んでくるものだから、避けまくるしかない。 そのうちカイトが追いついてきたが、彼もまたネイトが放つ衝撃波の標的にされて、アカツキのサポートをするどころではなかった。 「な、なんかヤバくね!?」 「ヤバイっての!! ンなの、見りゃ分かるだろ!?」 ネイトはなにやら愉快に(?)騒いでいるアカツキとカイトに気を悪くしたらしく、衝撃波を短い頻度で次々と放ってきた。 これでは傷薬を塗ってやることもできない。 どうにかしてネイトに近づいて、攻撃をやめさせなければ…… 険しい表情でネイトの隙を窺うが、傷ついているとは思えないほど攻撃頻度が高く、飛んでくる衝撃波を避けるのに精一杯だ。 それに、今はカイトの心配もしなければならない。 あいにくと、彼は歳相応の体力の持ち主ゆえ(ある意味アカツキの方が異常だったりするが)、そう長くは避け続けることができないだろう。 四方八方から追い込まれているような気がして、舌打ちの一つでもしたい気分だったが、 「だけど、どんなに辛くったって、ネイトを助けるって決めたんだ!! こんなトコでトチってる場合じゃねえっ!!」 胸中で活を入れ、アカツキはネイトの周囲を走り回った。 同じところに留まっているカイトより、動き回っているアカツキの方が気になるらしく、ネイトは次々と衝撃波を放ってくる。 しかし、狙いが甘いのか、それともハツネのポケモンとの戦いで疲れているのか、アカツキにはあっさりと避わされている。 走り回りながら、アカツキは背中のリュックから傷薬を取り出した。 身体を動かす方ではとても器用なため、それくらいは造作もないことだった。 しばらくネイトの周りを走り回っていたが、そのおかげでネイトが衝撃波を放つ時のクセが見えてきた。 「よし、今だっ!!」 次の衝撃波が来る……そのタイミングを読んで、アカツキは立ち位置を半歩左にズラして、すぐさまネイト目がけて駆け出した。 直後、ネイトが衝撃波を放つが、薙ぎ払ったのは先ほどまでアカツキが立っていた位置。 突然の変化には、さすがのダークポケモンでもついていけないようだ。 「…………!?」 あっという間に距離を詰められ、ネイトがハッとした表情を見せる。 手にした傷薬の蓋を開け、アカツキは素早くネイトの傷口に薬を塗りたくった。 「…………ッ!?」 傷が沁みるのか、ネイトはびくっ、と身体を震わせた。 身を捩り、痛みをこらえるような顔を見せた。 「あっ……!!」 ダークポケモンは心のない存在。心に大きな錠前をつけられ、自己主張ができなくなってしまった存在。 そのはずなのに…… どうして、ネイトは辛そうな顔を見せるのだろう? もっとたくさん傷薬を塗る場所は残っているのに、アカツキは頭の中が真っ白になった。 アカツキが手を止めたのを狙い済ましたように、直後、ネイトは無防備な男の子に容赦なく衝撃波を放った。 「うわっ!!」 至近距離から放たれた衝撃波は、アカツキを容赦なく壁に叩きつけた。 身体を引き裂くような痛みに襲われ、顔をしかめる。 「アカツキ、大丈夫か!?」 すぐさまカイトが駆け寄ってくるが、当然大丈夫なはずがない。 「いって〜……」 「無茶しすぎだ!! いくらなんでも、今のネイトにゃ何言ったって無駄だって……」 痛む身体をおして立ち上がるアカツキに、カイトは『今はまだその時じゃない』と暗に訴えかけたが、 「知るかっ!! カイトは黙っててくれ!!」 「う……」 逆に、火に油を注ぐ結果になってしまった。 痛い想いをすれば素直に言うことを聞くだろうと、甘い考えを抱いていたことを思い知らされた。 カイトは小さく呻き、アカツキに伸ばしかけていた手を途中で止めた。 アカツキは虚空をぼーっ、と見つめているネイトに目をやると、ゆっくりと歩き出した。 衝撃波で吹っ飛ばされた時に傷薬をどこかに落としてしまったようだが、そんなことはどうでもいい。 今はただ、ネイトを助けることしか考えられなかったのだ。 「さっすがに、こりゃ効くなぁ……」 一歩一歩、足を踏み出すたびに身体がズキズキと痛む。 黒い衝撃波をまともに食らって、腕だの足だのを問答無用で吹っ飛ばされなかっただけまだマシなのだろうが、 次も、そのまた次も、同じ結果になるとは限らない。 運が悪ければ首が吹っ飛んで死ぬことだってあるかもしれない。 だけど、それでもここであきらめるわけにはいかない。 何があっても助けると誓ったその相手が、目の前にいる限りは。 「でも、ここまで来てあきらめてたまるか……!!」 ゆっくりと近づくアカツキなど気に留めず、ネイトは虚空の一点をじっと見つめたまま、身動ぎ一つしなかった。 それに、シンラもまったく反応を見せていない。 ハツネとの激しい戦いも終局を迎えつつあるが、そちらの方で手一杯なのだろう。 アカツキがネイトと接触していることに気づいていないとは思えないが、 完全型のダークポケモンの心の扉を開くことなど不可能だと思って、敢えて気にも留めていないだけかもしれない。 もっとも、外野が何をどんな風に考えていようと、アカツキにとっては何の意味もなかった。 目の前に、何年も一緒に過ごしてきた大切な存在がいるのだから。 手をこまねいて見ていることも、何もせずに尻尾を巻いて逃げ出すことも、考えられない。 しかし、ネイトはアカツキが近づいてくるのを認めると、すぐさま黒い衝撃波で追い払おうとする。 触れられるのが嫌というよりも、むしろどんな相手だって近づけようとしないだけだろう。 「……っ!!」 地面を抉りながら迫る黒い衝撃波を睨みつけ――しかしアカツキは一歩も退かず、増してや避けようともしなかった。 「おいっ!! いくらなんでもそりゃマズいだろ!? おまえ正気か!?」 本当にネイトを助けたいなら、まずはアカツキ自身が無事であることが前提のはずだ。 それなのに、逃げようとしないのはどういうことか。 カイトはギョッとして声を上げたが、それだけで黒い衝撃波の進撃を食い止められるはずもなく。 ――ごっ!! 「ぐ……っ!!」 アカツキは盛大に吹き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられた。 服が破れ、帽子が少し離れたところに落ちる。 衝撃波によって全身に浅い切り傷が刻まれ、うっすらと滲んだ血が肌を赤く染める。 幸い、骨が折れたり腕がちぎれたりといった大きな怪我はないが、安心できるはずもない。 「っ……!! やべっ!!」 何を思ってか、ネイトは立て続けに衝撃波を放ってきた。 近づかれたくないと思っているのか……考える間もなく、アカツキは為す術なく衝撃波の餌食になった。 次々と炸裂する衝撃波の轟音に、耳がおかしくなったのか、途中で音が聴こえなくなった。 「う……ぐっ……」 壁に叩きつけられ、倒れたところにまた衝撃波。 立ち上がる暇どころか、ネイトを振り仰ぐわずかな時間も与えられない。 「アカツキっ!! もうやめろっ!!」 カイトは張り裂けんばかりの声で叫んだが、さすがにネイトとの間に割って入ることなどできなかった。 足が――震えて、その場から動けなかったのだ。 アカツキを助けたいのに、足が動いてくれない。 黒い衝撃波が放つ凄まじいダークオーラに、心を射抜かれてしまったからだ。 むしろ、アカツキのように、何があっても立ち止まらないという選択を手にできる方がどうかしている。 何度も何度も吹き飛ばされ、アカツキの身体は傷だらけだった。 リュックなどバックルが取れて使い物にならなくなっているし、荒行から帰ってきたように服だってビリビリに破れてしまっている。 擦り傷に打ち身、痣までできている有様だ。 「はあ……はあ……」 全身を突き刺す痛みで、何度吹っ飛ばされたか覚えていないが…… 衝撃波が止んだのを見計らい、アカツキは息を切らしながら、よろよろと立ち上がった。 自分でも、どうしてこんな無茶をするのかと不思議に思うが、やはりネイトを助けたいという気持ちが最優先で働いているからだろうと結論付ける。 「…………やっぱ、おまえすげえよ。ネイト……」 ふぅ…… 重たいため息をつきながら、アカツキはゆっくりと、それはもう亀のような感動的なスピードでネイトに歩み寄る。 その間にも、ハツネとシンラの、アグニートとルカリオの戦いは続いているが、アカツキにとっては別次元の話。 アカツキの目には、ネイトしか映っていなかった。 なにやら背後で喚いているカイト。 ……何もできないのに、何喚いてんだ? 恐らく、無茶を重ねる自分を止めようとしてくれているのだろうが、皮肉めいた気持ちが唐突に芽生える。 ネイトを助けるためにここまで来たのに、それを成し遂げないまま戻るなど有り得ない。 絶対に助ける……!! 鋼よりも固く、どんなポケモンよりも強い気持ちが、アカツキを突き動かしていた。 黒い衝撃波は肉体を傷つけるのと同時に、体力までゴッソリ奪っていく。 いくら同い年の男の子より強いと言っても、人間という種族的な限界を超えることまではできない。 「…………」 身体を引きずるように、普段は絶対に考えられないゆっくりとした歩みで、ネイトに近づく。 ネイトはアカツキに視線を留めて、ビクビクと身体を震わせている。 心がなければ、寒さなんて感じるはずもない。 いや、違う…… アカツキの目に、ネイトはとても不安定に映った。 シンラはネイトを完全型のダークポケモンだと言ったが、先ほど戦ったドラップの奥さんの方がよほど安定している。 ネイトは不安定だ。 これは一体どういうことなのか? 「ネイト……おまえ、もしかして……」 アカツキは足を止め、身体を震わせながら見上げてくるネイトに視線を合わせた。 ネイトはアカツキと目を合わせるのが辛いのか、じりじりと後ずさりする。 まるで…… まるで、触れられるのを恐れているかのように、恐怖にも似た感情を瞳に湛えて。 「ネイトは戦ってるんだ……」 アカツキには分かった。 ネイトの身体から立ち昇る黒いオーラが、不自然に揺らいでいる。 恐らく完全型と思われるルカリオの身体からも同じ色のオーラが立ち昇っているが、そちらの方は安定しているのに。 ネイトに限って、どうしてこんなに不安定に見えて仕方がないのか。 考えてみれば、すぐにでも分かりそうなものだ。 ――たとえ心の鍵をかけられ、外側からの干渉を受け付けないのだとしても。   その内側では心が音を立てて動いている。   表面に出ないとしても、心の動きまでを止めることはできない。 どこかで感情が高ぶっていなければ、完全型とされるダークポケモンが怯えるような様子を見せたりするものか。 「ネイトも、オレのところに戻ってこようとガンバってる……!!」 アカツキは確信した。 心に鍵をかけられても、ネイトと育んできた絆までは完全に消せはしないのだと。 完全型などと嘯かれても、互いの存在を感じ取れるのだと。 「だったら、オレが先にあきらめちまうワケにゃいかないよな……」 一番辛いのは自分ではなく、ネイトだ。 自分の意思を伝える方法を失くしかけ、シンラのいいように使われている。 ネイトはドラップを助けることを自分で選んでも、シンラの手足としてこき使われることまでは望んでいない。 ここで絶対に助け出し、一緒にレイクタウンに戻る。 アカツキはゆっくりと、ネイトに手を伸ばした。 「…………?」 ネイトの動きが止まる。 アカツキの指先を、じっと見やる。 黒い衝撃波で擦り傷だらけになっている、小さな指先。 小刻みに震えているのは、体力をゴッソリ持っていかれて、伸ばすだけでもかなり辛いからだ。 それでも、アカツキはネイトから視線を外さない。 ――何があっても受け入れる…… だから、帰ってこい。 それが、アカツキの抱いている気持ちだった。 「ネイト、帰ってこいよ。みんな、おまえのこと待ってんだからさ」 ニッコリ、微笑みかけながら言う。 きっと聴こえているはずだと、鍵のかかった心の奥底にも、ちゃんと届いているはずだと思いながら。 身体の節々が痛むが、そんなことが気にならないくらい、アカツキは穏やかな気持ちをネイトに注いでいた。 「…………」 「…………」 アカツキとネイトがじっと向かい合う中、カイトはただ呆然と彼らのやり取りを見つめているしかなかった。 ここまで来たら、止めるだけ無駄だろう。 それに、むしろ手出しなどしたら、ネイトが攻撃してくるかもしれない。そうなると、アカツキがますます危険な状況に陥る。 見守ることしかできないのは悔しいが、ここまで一緒に頑張れただけでも良しとしよう。 「……おまえだったら、やっちまうかもしれないし」 アカツキなら、ネイトをちゃんと助け出せる。 根拠などあったものじゃない期待。 何もしない第三者が抱く、無責任で傲慢で……ある意味どうしようもない期待。 だけど、アカツキはそんなものなどお構いなしに、自分がやると決めたことはやり遂げるのだろう。 ここまで来たら、黙って見ているしかない。 何もできない自分が歯がゆいけれど、それでも……結局これはアカツキ自身の問題なのだからと言い聞かせて。 だが、穏やかな時はあっという間に終焉を迎える。 「ブイ……」 ネイトが小さく嘶いたかと思うと、激しく身体を震わせた。 身体の動きに呼応するように、立ち昇る黒いオーラが頭上で巨大な手の形を取った。 「……な、なんだ!?」 アカツキは巨大な手の形になったオーラに思わず後ずさりした。 言い知れない不安が掻き立てられる。 嫌な感じが、オーラに凝縮されている。 これはカイトにもしっかりと見えた。 手の形を取ったオーラはとても禍々しくて、なんだか胸がムカムカしてくる。 「ブイ、ブイ……ブイッ……!!」 ネイトは喘ぐように苦しげに嘶くと、巨大な手と化したオーラを、アカツキに振り下ろした!! いかにも黒い衝撃波より威力のありそうな攻撃。 ここは避けるべきだろうが、アカツキは足腰に力を込めて、その場に踏ん張った。 振り下ろされる巨大な手を、じっと睨みつける。 「ここでオレが逃げちまったら……ネイトが遠くなっちまうじゃねえか!!」 逃げることは恥などではないが、今に限っては、ここで逃げたらネイトを助け出せないという気持ちが強かった。 「オレは決めたんだ……どんなネイトだって、受け止めてやるって。 だから、オレは逃げるもんか……絶対に!!」 ダークポケモンになっても、ネイトはネイトだ。 だから…… 気持ちを強く保つアカツキに、容赦なくネイトの攻撃が降り注ぐ。 頭上から押しつぶされるような強い衝撃に、アカツキの意識はあっという間に遠のきかけ――刹那、激痛が意識を現実に強引に引き戻す。 「がぁぁっ!!」 オーラの指一本一本が、アカツキの身体を深く突き刺す。 目に見える傷はなく、傷口から血が流れ出すことがなくても、貫く激痛は決して幻想などではない。 アカツキはあっという間に壁に叩きつけられた。 勢いだけなら、黒い衝撃波の比ではない。 「かはっ……」 骨が軋み、息が詰まる。 身体を貫く激痛を一瞬忘れてしまうが、すぐにぶり返してきては、アカツキを苦しめる。 「んぐぐぐぐ……」 痛いなんてものじゃない。 タツキとの稽古だって、こんな痛い想いをしたことはない。 いや、むしろ…… 今までに味わったことのない痛みだった。 ネイトが本気で攻撃を仕掛けてきたのだと、実感するのに十分すぎるほどだ。 「お、おい……」 カイトが慌てて駆け寄ってくる。 さすがに、今のは放っておけなかったようだ。 不安にゆがむ表情で手を差し伸べてくる親友。アカツキは四つん這いのまま、顔だけでカイトを見上げ、 「大丈夫……って言いたいトコだけど……全然そうじゃ、ねえかも」 とてもではないが、大丈夫とは言えない状況だ。 それはアカツキ自身が誰よりもよく理解している。 呼吸するだけで、胸が痛い。 もしかしたら、肋骨が折れているのかもしれないが……それならもっと痛いはずだ。 たぶん、どこかを傷めている。 それをいちいち確かめる気にはなれないが、こんなのをもう一度食らったら、今度こそどうなるか分かったものではない。 ゆっくりと立ち上がろうとするが、痛みが容赦なく骨を駆け巡り、肉を震わす。 「つっ……!!」 「アカツキ!!」 「手、出すなよ……」 「…………!!」 立ち上がるだけでも一分近くかかるのに、どうやってネイトに近づくと言うのか。 仮に近づけるとしても、一体あと何回攻撃を食らうことになるのか……次は恐らく、こんなものでは済まないだろう。 アカツキは気づいていないが、壁に叩きつけられた時に、尖った岩で身体のあちこちが傷ついていた。 衝撃波でつけられた傷と相まって、血が少しずつ流れ出す。 服はあっという間に血に染まり、血を吸い込んだ服は思いのほか重たい。 ネコの手を借りてでも、ネイトのところまで行きたい。 だが、アカツキにも意地がある。 助けを借りたところで恥にはなるまい。 それでも……自分の力で成し遂げなければ意味がないことがある。そのために、今まで頑張ってきたのだから。 「くっ……やっぱ、ヤバイかもな……」 アカツキはやっとの思いで立ち上がると、先ほどにも増してゆっくりと、ネイトに向かって歩いていった。 身体が妙に生温い。 流れ出した血の温度が、少し冷たくなりかけている肌に熱を与えているのだと気づくこともない。 身体に力が入らず、途中でフラつく。 よろけて倒れ込みそうになるが、幸い、よろけたところに突き出た岩があって、少し身体を預けてから、体勢を立て直す。 なんだかミジメだが、下手な体裁などにこだわっているだけの余裕はない。 「ブイ……」 ネイトは、近づいてくるアカツキから逃げようと、じりじりと後ずさりする。 見てはいけないものでも見ているように、瞳に驚愕の感情を湛え、小刻みに身体を震わせて。 しかし、アカツキを追い払おうと黒い衝撃波や、巨大な手の攻撃はしなかった。 いくら攻撃しても追い払えないと、今までの攻撃で悟っているのか……それは定かでないが。 徐々に、しかし確実に詰まる二者の距離。 「よし、このまま……」 このまま攻撃さえなければ…… カイトは頼りなげな足取りでゆっくり歩いていくアカツキの背中を見やり、ネイトが攻撃しないように祈った。 自分にできることはこれくらいしかないが、それでもできることがあるのなら、何もしないわけにはいかない。 そんな祈りが通じてか、アカツキは何とかネイトの傍まで歩いていくことができた。 「…………っ」 震えた瞳で見上げてくるネイトに、アカツキは頭皮を切って血が頬を伝うのも気にせず、微笑みかけた。 傷つけてしまった……大事な人を。 ネイトの表情が物語るのは、アカツキに対する罪悪感。 ダークポケモンになっても、心の奥底では常にアカツキたちのことを気にしていたのかもしれない。 「ネイト……」 アカツキは深く深いため息を漏らすと、ゆっくりと、その場に屈みこんだ。 ガクリと膝をつくと、そのまま倒れ込みそうになる。 黒い衝撃波に端を発した攻撃を食らって、体力は使い果たす寸前だった。 それでも、最後まで……あと少しでいい。 伝えるべき想いを伝えないまま、倒れるわけにはいかない。 アカツキは気力だけで、身体を動かしているようなものだった。 思うように動かない腕を伸ばし、ネイトの身体にそっと触れる。 電撃が迸ったように、びくっと大きく震えるその身体を引き寄せて、ギュッと抱きしめる。 身体を断続的に襲う痛みに、意識が遠のく中、アカツキは最後の力を振り絞って、ネイトにありったけの気持ちを伝えた。 「ネイト……オレ、ネイトがいなきゃダメなんだ。 オレだけじゃなくて……みんな、同じなんだ。 みんな、待ってんだよ……おまえのこと…… どんな風に、変わっても……さ。 ネイト……おまえは、ネイト、なんだよ。 オレや、みんなにとって……大事なヤツなんだ。だ、だから……」 遠のく意識。 あと一言……唐突に襲ってくる猛烈な睡魔に飲み込まれそうになる意識の中。 自重でゆっくりと閉じられる瞼。 アカツキは最後の一言を、万感の想いを込めてつぶやいた。 「帰ってこいよ、ネイト…… どんな風にだって、オレは、おまえを受け止めてやるから……な?」 To Be Continued...