シャイニング・ブレイブ 第19章 兆し -So warm, so shine-(2) Side 3 ――アカツキが故郷を旅立って51日目。 その日もまた、アカツキはベッドの上で不自由な生活を余儀なくされていたのだが…… 「んん……」 眉間にシワなど寄せながら、時折小さく唸っている。 その原因は、彼が目にしている一冊の書籍だった。 トイレや風呂以外はベッドから降りられないため、一日の大半をベッドの上で過ごすのだが、やはり退屈だ。 どうしようもなく退屈で窮屈で不自由でたまらない。 だが、そんなアカツキの心情を察して、キサラギ博士が一冊の書籍を差し入れてくれた。 タイトルは『ポケモンの不思議』と言う。 タイトルや表紙の絵はいかにも子供向けのファンシーさを漂わせているが、 中身は文字でビッシリ埋め尽くされており、お世辞にも子供向けの書籍とは言えなかった。 挿絵は五十ページに一ページ程度で、難しい言葉も適度(?)に織り込まれ、滅多に本を読まないアカツキには苦行のような有様だった。 「…………ええっと……」 今目を通しているページでは、ポケモンとの理想の関係について記されているようなのだが、 学校では習わなかった漢字が続々と登場し、一ページを読むのにも数分かかってしまう。 退屈を紛らわすために差し入れてくれた書籍ゆえ、一度も読まずに投げ出すのは負けを認めるようで嫌だった。 「む、難しいけど、ガンバんなきゃっ……!!」 顔をしかめながら、目で文字を追う。 今までに経験したこともないような苦行だが、本を読むこと自体は嫌いではない。 「…………」 キサラギ博士は何ゆえ、このような本を差し入れてくれたのか? きっと、何らかの理由があるのだろうと思って訊ねたが、見事なまでに笑って誤魔化された。 なんとなく、身体を動かせない分、文字と言う媒体を通してポケモンのことを知ってほしいと思ったのだろう。 よく分からないが…… 「…………」 何十分もかけて十ページ程度読み進めたところで、部屋の扉を叩く音で集中力が途切れた。 「ん? 誰だろ……?」 朝食はすでに摂ったが、昼食にはまだ早い時間帯だ。 アカツキは栞を挟んで本を畳み、膝に置いた。 扉に顔を向けて、返事をした。 「は〜い。いるよ〜」 「カナタだ。入るぜ」 「……? カナタ兄ちゃん? どうしたんだろ……」 返ってきた声は紛れもなくカナタのものだった。 彼は四天王として、いろいろと後始末で忙しいと聞いているのだが……こんなところに顔を出せるほど暇ではないはずだ。 とはいえ、顔を見せてくれるのは、アカツキにとっても励みになる。 一体何をしに来たのだろう……? 妙な期待に胸を弾ませる。 かちゃり……と音を立てて、扉が押し開かれる。 「よう、元気そうだな。安心したぜ」 「もちろん!!」 部屋に入ってくるなり、カナタは満足げに微笑んでみせた。 ベッドの上でアカツキが「退屈退屈〜っ!!」とのた打ち回っているのを期待していたが、 さすがにそういったシチュエーションは無理があったらしい…… まあ、元気そうなので何よりだ。 「アラタのヤツから、結構なケガだって聞いたんで心配したんだが、元気そうで何よりだ」 傍まで歩いてくると、カナタはベッドの下に格納されていた丸いパイプ椅子を引き出し、腰を下ろした。 それでも彼の方が目線は上だったが、アカツキはさして気にするでもなく、尊敬する四天王の兄貴が来てくれたことを素直に喜んでいた。 「カナタ兄ちゃん、ヒマじゃないんじゃないの?」 「一応、キサラギ博士に用事があってこの町に来たんだ。そのついでにおまえの顔を見てくってのも、悪くはねえだろ?」 「うん、ありがとう。来てくれてうれしいよ」 「ふふ……」 暇ではないが、恐らくは用事を作ってくれたのだろう。 そこまでして顔を見に来てくれたカナタに、アカツキは感謝しきりだった。 彼ほどの人物になれば、口実などいくらでも作れるのだ。 「ベッドの上じゃ、退屈だろ」 「うん。早く身体を治して、外で思いっきり走り回りたい。 それに、タツキ兄ちゃん……じゃなかった、師範代相手に思い切り暴れてみてえ」 「ま、焦るなよ。おまえはまだ身体が出来上がってねえんだ。 むしろ、これから出来てく時期なんだからな。 無理してぶっ壊したまま成長しちまったんじゃ、目にも当てられないからな」 「分かってる分かってる」 「……ホントに分かってんだろうな? ヲイ……」 カナタはニコニコ笑顔で返してくるアカツキに、不吉な予感を抱いた。 本当に分かっているのだろうかと思いたくなるが、さすがにここで無理をすればどうなるかということくらいは理解しているだろう。 レントゲン写真で、骨に無数のヒビが入っているのを見せられたと言うし、ちゃんと目に見える形で現状を示されれば、無理はしないはずだ。 「ま、いいや」 とりあえず、元気そうにしていればそれでいい。 それとなく、サラから様子を見るように言われているから、これで言い訳も立つ。 「何ヶ月かかかるかもしれないんだってな。その間中、活字と格闘するのか?」 カナタはアカツキの膝の上に置かれた本をチラリと見やり、問いかけた。 「……かもしれない」 アカツキは再び眉間にシワを寄せて頷いた。 何ヶ月も活字と格闘するなんて本当は嫌だ。どうせなら、身体と身体を激しくぶつけ合う方の格闘がいいに決まっている。 とはいえ……贅沢を言える状況でないことを、誰よりも認識しているのだ。 だが、アカツキは自分の身体が自分だけのものでないことを知っているから、素直な気持ちでカナタに言葉を返した。 「でもさ、オレが元気にならなきゃみんなも安心できないから。 身体を動かせないのは辛いけど、その分頭を動かそうって思うんだ」 「まあ、辛いだろうが頑張りな」 「うん」 ネイトが戻ってきたら、ちゃんと抱きしめてやれるように。 みんなと一緒に遊べるように、早く身体を治さなければならない。 夢の中では、朝から晩までヘトヘトになるまで走り回って、とても楽しかった。 同じことを現実でも体験したい。 だから、早く身体を治さなければならない。 室内に暖かな雰囲気が漂い始めた頃、アカツキは思い切って切り出した。 ここにいるだけでは分からないことがある。 せっかくカナタが来てくれたのだから、疑問をぶつけてみるのも悪くない。 四天王を務める青年のこと……それくらいはお見通しかもしれない。 「なあ、カナタ兄ちゃん。 オレ、途中で気を失っちまったみたいだから、何がどうなったのかよく分かんないんだけど…… アラタ兄ちゃんから聞いたけど、ソフィア団はぶっ潰れて、ネイトもアツコおばさんの知り合いんトコに行ったって。 気になってたんだけど、ハツネさんと、あのシンラとかってヤツはどうなったんだ?」 「……聞いてないのか?」 「うん。オレもその時は気になんなかったし。 でも、ソフィア団が潰れたんだったら、シンラってヤツもどうかしたんじゃないかと思って。 事情知ってる人なんてそんなに来ないし、電話だって使わしてくれないし」 「そっか……」 どうやら、肝心なところは聞かされていないらしい。 身体を治すのが最優先なのだから、その他のことで煩わせてはいけないというアラタの配慮だろう。 だが、当事者として結末のすべてを理解していないのはいかがなものか。 良いことだとは決して言えないと理解しつつ、カナタはアカツキの疑問に答えてみせた。 「シンラは逮捕された。 まあ、あんだけのことをやらかしてくれたんだからな……逮捕されて当然だ。 で、ハツネの方なんだが、あいつも逮捕された」 「えっ!? ハツネさんも逮捕されちまったのか?」 「そりゃあ……な」 シンラはともかく、ハツネまで逮捕されるとは思わなかったらしい。 アカツキは驚愕に目を見開き、ハトが豆鉄砲食らったような顔を見せていた。 「ハツネさんも、逮捕されちまったんだ……」 小さくつぶやき、真っ白な天井を見上げる。 「ソフィア団だけじゃなくて、フォース団もネイゼル地方の治安を大きく乱したからな。 力を貸してくれたとはいえ、その責任まで消えてなくなるわけじゃない。 それに……ハツネは最初から逮捕されるのを承知で手を貸してくれたんだ。 シンラの暴走を止めたい……ってな」 「そうなんだ……」 カナタの説明に、少なからず、アカツキは衝撃を受けていた。 ハツネは他人の神経を逆撫でするような言葉も平気で口にするし、あからさまに子ども扱いしてくるし、どこかいけ好かない女性だ。 だけど、彼女の心はとても強い。 何日か近くで接したことがあったが、ポケモントレーナーとしての実力は言うまでもなく、 確固たる信念の元に生きている強い女性だと感じさせるところが多分にあった。 彼女は悪ぶっていたが、シンラを止めることに使命感を抱いているような節があったのを思い出す。 やはり、大事な家族だと思っているのだろう。 治安を乱すようなやり方にまで手を出すのだから、そうでもしなければ本気で相手を止められないと思っていたはずだ。 やったことは確かに許されないが、それでも彼女の強い気持ちはホンモノだ。 アカツキにはそう思えてならない。 ネイトを助けると決めた時に抱いた、暖かくて力強い気持ちを、彼女は常に抱いていたのかもしれない。 それから、カナタはソフィア団とフォース団を解体した後の経過を話してくれた。 シンラとハツネ。 二人の指導者の逮捕によって組織はなし崩し的に解体されたが、 表立って活動していたエージェントたちについては罪状を不問とし、ネイゼル地方に足を踏み入れないという条件をつけて釈放した。 彼らの元で働いていた大勢の団員も、基本的には「面白おかしく騒いで楽しめればいい」という感覚だったことから、厳重注意で釈放としたそうだ。 寛大な処置だとは思うが、アカツキは特に興味を示さなかった。 そもそも、下っ端の連中などどうでもいいと思っていたからだ。 「なんか、オレが寝てる間にいろんなことがあったんだなあ……」 大まかな経緯を聞き終えて、アカツキは仰天した。 ダークポケモンの攻撃を生身で受けたのだから寝込んでしまうのも無理はないのだが…… それでも、自分の知らないところでいろんなことが起きているのだと分かると、驚いてしまうものだ。 「まあ、そういうのは大人の仕事だからな……おまえが気にすることじゃないさ」 カナタは笑いながら簡単に言ってくれるが、気にしない方が無理に決まっている。 知っていながら話を振ってきたのだろうから、ある意味、始末に負えない。 ……が、いつまでも気にしていたところで現実が変わるわけでもないから、アカツキは強引に気持ちを切り替えた。 「それで……シンラがダークポケモンにしようとしてたルカリオってポケモンはどうなったんだ? なんか、見たこともないポケモンが、ダークポケモンと戦ってたけど……あれがルカリオだったのかなあ?」 脳裏に浮かんだのは、祭壇跡で見た戦いの光景。 見たことのない立派な体格のポケモンが、少し小柄ながらも異質な空気を漂わせるダークポケモンと戦っていた。 確か、ダークポケモンの方がルカリオと呼ばれていたような気がするが、どうにも記憶がハッキリしない。 上手く考えられないだけだろうと思って、さして気にするでもなく、カナタに訊ねる。 「ルカリオってヤツ、どうなったんだ? オレ、ネイトを助けるのに精一杯で、他のことなんて全然気にしちゃいなかったんだ」 「ルカリオはダークポケモンの戒めから解放されて、普通のルカリオに戻ったよ」 「そっか……良かった」 アカツキはホッと胸を撫で下ろした。 ダークポケモンが放つ黒いオーラは、不吉で禍々しく、人が触れてはならないもののように思っていた。 だから、そんなオーラから解放されたと知って、心の底からホッとした。 「……関係ないポケモンでも、そうやってホッとするんだから大したモンだ」 カナタはアカツキが胸に手を当てて安堵しているのを見て、口元を緩めた。 ルカリオなど、アカツキからすれば関係ないポケモンだ。 極端な話、ネイトを助けられればそれでいい……他のポケモンに構っていられるだけの余裕など、なかったのだから。 それでも、アカツキはダークポケモンが解放されたと知って、ホッとしている。 「黒いオーラが見えてるから、だろうな。 ネイトやラシールで経験してきたから……かもな」 だが、カナタはアカツキがホッとしているのを、単純に心優しい男の子だから、という理由で片付けることができなかった。 ダークポケモンが発する黒いオーラを見ることができるからだ。 キサラギ博士が言うところによると、黒いオーラの正体は心に鍵をかけた不可思議な力が濃密になったものだとか。 普通には見ることができないが、中には……類稀な感性の持ち主は濃密になった力を見ることができるのだそうだ。 ダークポケモンと普通のポケモンを見た目で区分けできることが幸せなのか、それとも不幸なのか、カナタには分からない。 ただ、アカツキは普通の男の子とは違う。 それだけはハッキリしている。 自分の言いたいことはちゃんと言うし、間違っていることを誤魔化したりはしない。 時には自分の弱さに逃げ込むことはあるけれど、信じるものを常に持ち続けている。 どんな道に進むのかは分からないが、なんとなく、どんな道に進んでも、きっと幸せになれるだろう。 無責任でどうしようもない期待だとは思うが、根拠もなしにそう思えてしまうのだから、不思議でたまらない。 だから…… ルカリオの新たな主として選んだのも、間違ってはいないはずだ。 腰のモンスターボールに触れ、カナタは胸中でルカリオにつぶやいた。 「今のおまえにピッタリなヤツかもな……おまえがどう思うかは知らないけど」 気難しいポケモンかと思えば、意外と(?)博識で、人ではないが人の道を心得ている。 そこのところは勇者の従者として各地を旅する中で、良識として身につけたことなのだろう。 「……それで、ルカリオってポケモン、どこに行ったんだ? なんか、気になるなあ」 カナタが考えをめぐらせていると、アカツキが心底気になると言わんばかりにため息などつきながら言葉を漏らした。 なるほど、ここでリクエストに応えてやれば、目の前の男の子はどんな反応を示すのか……試してみるか。 意地悪なことを思いつつ、カナタは手を触れていたボールを取り、軽く頭上に放り投げた。 「出てこいよ」 「ん……?」 一体何をするつもりなのかと、アカツキは眉根を寄せた。 直後、ボールが開いて、中からポケモンが飛び出してきた。 その身体を包んでいた閃光が弾けて消えると、そこには見知らぬポケモンと戦っていた、ダークポケモンの姿があった。 「あっ!! どっかで見たと思ったら、あの時のダークポケモン!! ……でも、ダークポケモンじゃなくなったんだ。黒いオーラが見えないし」 アカツキはどうしてあの時のダークポケモンがここにいるのか驚いたが、 黒いオーラが見えないことから、このポケモンがルカリオで、元通りに戻ったことを察した。 対するルカリオは、突然声を上げた男の子に訝しげな視線を向け――カナタに視線で問いかけた。 「この、いかにもうるさそうな子供は誰だ?」 アカツキに対してあまりいい感情を抱いていないのは、まあ予想通りだった。 カナタは大仰に肩をすくめてみせると、 「ルカリオ、こいつだよ。 オレが昨日言った『おまえと一緒にどこまででも歩いていけるってヤツ』さ」 「なにっ!?」 予期せぬ言葉を突きつけられ、ルカリオは目を剥いた。 「……? どゆこと?」 アカツキにはルカリオの大げさなリアクションが理解できなかった。 カナタとルカリオの間でいろいろと話が進んでいることを知らないのだから、理解できなくても無理はないのだが…… 「……私をからかっているわけではないな?」 「当たり前だろ。おまえのように超がいくつついても足りないようなマジメなヤツをからかったって、お得意の『波導弾』をたんまり食らうだけだ。 それは俺も勘弁してもらいたいトコなんでな」 「…………」 「って……」 話の展開は見えない。 しかし、アカツキが驚くのは話の中身などではない。 手を挙げ、震わせながら人差し指をルカリオに突きつける。 驚愕に見開かれた瞳にルカリオを映し出し、叫んだ。 「ポケモンがしゃべってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」 「えーい、うるさい!! 私がしゃべって何が悪い!! そこいらのヤツと一緒にするでない!! 失敬なっ!!」 突然耳元で声を上げられ――増してや、ポケモンは人間と比べると聴覚が何千倍も優れているものだから、 人間の大声は大騒音を超えるほどのパワーで耳に入ってくる。 ルカリオは一瞬驚いて身体を震わせたが、すぐさま声を荒げてアカツキを黙らせようとしたが、効果はなかった。 「ほら、しゃべってる!! どーなってんだ!?」 ポケモンがしゃべれば驚くのは当然だった。 そもそも、普通のポケモンはしゃべれない。 鳴き声や仕草といったもので自分の気持ちをトレーナーに伝えるものだ。 ……なのに、喉を震わせ、テレパシーなんかじゃない肉声でしゃべっている!! これを驚かずして、何に驚けと言うのか。 アカツキの反応は、至極まっとうなものだったが、ルカリオには理解しがたかった。 俗に言う『カルチャーショック』である。 アカツキとルカリオのやり取りは噛み合わないファスナーのようだったが、カナタは笑みを深めていた。 デコボコのように見えて、なかなか気が合いそうだ。 これなら、特に問題もないだろう。 そう思って、カナタはルカリオの肩を軽く叩いた。 「…………」 これ以上騒ぐのはみっともない。 言葉にせずとも、彼がそう思っているのは伝わってくる。 あらゆる生物が持つ固有の『波導』を識別する能力を持つルカリオには、 感情の変化によって変動する『波導』を敏感に感じ取り、カナタが今何を考えているのか、大まかに計測することができた。 「こいつがルカリオなんだが、おまえにお願いがある」 「なに?」 アカツキはルカリオがしゃべっているということで驚いていたが、カナタに声をかけられると、すぐに平常心を取り戻した。 しかし、何か期待するような眼差しを向けているのは気のせいか。 「こいつ、シンラに無理やり封印を解かされて眠りから覚めちまったんだけどさ。 今さら封印するのも無理だし、かといってこの時代のことはほとんど知らないような状態だからさ。 おまえさえ良かったら、こいつと一緒にいてやってくれないか?」 「ええっ!? しゃべるポケモンと!?」 「まあ、おまえくらいしか頼めるヤツがいないんでさ」 「オレ……だけ?」 「そう。おまえだけ」 アカツキは素っ頓狂な声を上げた。 だって、普通なら信じられない話である。 人語を操るポケモンと一緒にいてやってくれなんて、四天王が子供である自分に頼むようなことではないだろう。 だが、おまえにしか頼めないと言われては、話も変わってくる。 カナタは「簡単なことだろ?」と言いたげに笑みなど浮かべているが、 対照的にルカリオは「こいつで本当に大丈夫か?」と言いたげに表情をしかめている。 「…………」 「…………」 場の雰囲気が変わった。 二人よりも敏感なルカリオはそれを真っ先に感じ取った。 「こいつ……」 アカツキがまとう雰囲気が、真剣なものになる。 先ほどまで素っ頓狂な声を上げてはしゃいでいたとは思えないほどに引き締まり、刃のごとき鋭さをまとっている。 気のせいか、どこか思いつめた時のアーロンに似ているように感じられる。 生物が持つ『波導』は固有のものであり、たとえば同じ種族の虫であっても、個体ごとに『波導』は微妙に異なっているものだ。 だから、アーロンと同じ『波導』の持ち主は基本的に存在しない。 それを誰よりも理解していながらも、ルカリオは本質的にアカツキがアーロンに似ていると思わずにはいられなかった。 カナタが『おまえと一緒にどこまででも歩いていけるってヤツ』と形容するのも、頷ける。 「おまえが、さ……大変な状態だってことは分かる。 身体だってちゃんと治さなきゃいけないし、ネイトが戻ってきてからも、ちゃんと今までの分を埋め合わさなきゃいけないのも分かってる。 それでも頼みたいんだよ。 おまえなら、ルカリオにいろんなものを見せてやれるし、文字通り『ハダカの付き合い』もしてやれると思うからさ」 「…………」 カナタが言葉を続けるも、アカツキは視線を落として黙っていた。 別に、嫌だと思っているわけではない。 ルカリオのことを考えると、何も言えなくなっただけだ。 この時代のことは何も知らない。 知っている人物も恐らくはいないだろう。 極端な話、独りぼっちということだ。 カナタと一緒にいるのもいいかもしれないが、彼はそう考えていない。 だから、ルカリオと一緒にいてやってくれと頼んできたのだ。 理由を聞きたいところではあるが、正直に答えてくれるかどうか……正直なところ、アカツキは不安だった。 不安を抱えた状態で「いいよ」と言えるはずもなく、 「ルカリオ。おまえはどう思ってんの?」 「? 私……か?」 「うん」 アカツキはルカリオに訊ねてみた。 カナタはその気になっているし、懸案事項があるとしたら、それはルカリオ自身だ。 カナタとアカツキの間で合意があったとしても、ルカリオが嫌だと言えばそれまでだ。 結局のところ、二人の間に立っているポケモンがどう考えているのか。 ルカリオは前置きもなく訊ねられ、戸惑いの表情を見せた。 チラリとカナタの顔を見上げるが、彼は口元を緩めるだけ。特に何も言わない。 ――おまえの道はおまえが決めろ。 暗にそう言っているのだと、賢いルカリオには理解できた。 確かに、アーロン亡き今、ルカリオを導く標となるものはどこにもない。自分の道を自分で決めて、歩いていかなければならない。 だが、カナタは拠り所の候補を示してくれた。 アカツキと共に行くか、行かないか。それを決めるのはルカリオ自身だ、という選択肢と共に。 「…………」 ルカリオが押し黙っていると、アカツキはその手をギュッと握って、言葉をかけた。 「オレは、別にいいよ。 人の言葉しゃべれるポケモンなんてすげぇって思うし、おまえのこと、いろいろ知りたいんだ。 おまえさえ良かったら、オレと一緒にガンバってこうぜ」 「…………」 明るい口調で投げかけられた言葉に、ルカリオはゆっくりと顔を上げた。 目に入ってきたのは、アカツキの暖かくまぶしい笑顔。 カナタとは前々からの知り合いのようだが、アカツキは不躾とも思えるような頼みをあっさりと聞き入れてくれた。 こんな子供に、何か企むなんてこと、できるはずがない…… ルカリオは一瞬、アカツキが迷いもせずに即答したのを見て疑いを抱いたが、すぐにそんな考えをゴミ箱に捨てた。 カナタが示してくれた道だ……そんなことは有り得まい。 「ルカリオ。すぐに決められないのはしょうがないと思うぜ。 まあ、今日はこの町でゆっくりしてくつもりだから、今日一日、こいつと一緒にいて決めるといい」 カナタは「焦らなくていい」とルカリオに言うと、アカツキに向き直った。 「じゃ、俺はキサラギ博士の研究所に行ってくるから。 ルカリオと仲良くしてやってくれ」 「あ、うん……」 自分がいると遠慮してしまうから……と、カナタは表情でアカツキに話しかけていた。 確かに、ルカリオはマジメそうな性格である。 見た目はともかく、雰囲気的に考えて、それは間違いない。 だから、カナタが傍にいると遠慮してしまうかもしれない。 実際のところはそれを口実にしているのだが、どうでも良かった。 「頼んだぜ」 カナタはニッコリ微笑むと、病室を出て行った。 「…………」 ルカリオは彼の足音が遠ざかり、やがて聴こえなくなっても、閉じられた扉をじっと見つめていた。 「……不安なんだろうなあ……」 表情は見えないが、ルカリオがなんとなく不安な気持ちでいるのは理解できた。 これでも、アカツキはポケモンと意思疎通を図る天才である。雰囲気から、そのポケモンがどんな気持ちでいるのか……大まかになら理解できる。 このままだとルカリオがいつまで経っても扉をじっと見続けるのだろうと思い、アカツキは声をかけてみた。 「なあ、ルカリオ」 「……!? な、なんだ?」 いきなり声をかけられて驚いたのだろう、ルカリオは振り返る直前、びくっ、と身体を震わせた。 瞳がどこか余所余所しく泳いでいるが、アカツキは気にせずに続けた。 「オレ、ルカリオのこともっと知りたいんだ。 それに、ルカリオにも、オレのこと知ってほしい」 「…………」 ニコニコしながら、恥ずかしがらずに、ありのままの気持ちを言葉で綴る。 なんと器用な子供か…… ルカリオはカナタが紹介してくれたという贔屓目無しに、素直にすごいと思った。 「嫌?」 「いや、そうでもない」 「そっか……」 ルカリオは頭を振った。 本当に子供だ。 どうしようもないくらい純粋で、世の中の汚れたところなど見たことも聞いたこともない、救いようがないほどに子供だ。 だが、そんなタイプの人間は初めて見た。 ルカリオが封印される前……数百年前の世界は、戦乱に満ちていた。 アカツキと同じくらいの年頃の子供も、争いに塗れた世界に生きていたせいで、本当に純粋な子供なんていなかった。 だから、新鮮に感じられる。 ルカリオが頭の中であれこれ考えているのを尻目に、アカツキは矢継ぎ早に質問を投げかけた。 「ルカリオって、どうやって人の言葉を覚えたんだ? 普通のポケモンはしゃべれないのにさ。 やっぱり、誰かに教えてもらったとか?」 「そうだな。私に言葉を教えてくださったのは、とある国の女王様だった。 とてもお美しく、気品に溢れていて、誰にでも優しく平等に接してくださる、心の底から尊敬できるお方だった」 「そうなんだ……」 ルカリオはちゃんと答えてくれた。 気のせいか、その瞳が戻らない過去を懐かしむように小さく揺れている。 「じゃあ、言葉をしゃべる前はどうしてたんだ? やっぱり、鳴き声とかで会話してたのか?」 「……一応はそうだ。 鳴き声という表現は気に入らないが……」 「そっか……ゴメン。次からは使わないようにするよ」 「…………」 言葉を覚えて、話せるようになるまでには、常人には想像もつかないような苦労もあったのだろう。 鳴き声という表現が気に入らないと話すあたり、人の言葉を話せることに……人と完璧に近いコミュニケーションを図れることに誇りを抱いているようだ。 人間らしいポケモンという表現が似合う。 アカツキは素直に、人の言葉を容易く操るルカリオをすごいと思った。 「ルカリオってすごいんだな。人の言葉を使うんだから」 「そうでもない。おかげで知らなくてもいいことまで知ってしまったこともある」 褒められてまんざらでもなさそうだが、ルカリオは頭を振った。 人の言葉を覚えたことで、知らなくてもいいことまで知った。 時々、人の言葉など知らなければ良かったと思うことがあったが、結局は人の言葉で救われたこともあったのだから、後悔だけはしていない。 「そうかなあ? すごいことだと思うけど。 ネイトや他のみんなだって、たぶん人の言葉は話せないと思うからさ」 「……? ネイト?」 ……と、事も無げに返してくるアカツキの言葉に、ルカリオは訝しげに眉根を寄せた。 「ネイト、とは?」 「あ、そっか。 ルカリオはネイトのこと、知らないんだよな……」 当然のことだが、ルカリオは封印を解かれた瞬間にダークポケモンにされてしまったため、 先にダークポケモンとしてシンラの手持ちに加わったネイトを知らないとしても不思議はない。 アグニートによって元のルカリオに戻った後も、リライブのため別の地方に行ったネイトと会う機会もない。 どこから話せばいいものか。 ダークポケモン云々の話をしてもしょうがないと、アカツキは頬を掻きながら、 ルカリオにどう話せばいいか考えたが、気持ちとは裏腹に、言葉はするすると飛び出してきた。 「オレの大事な仲間なんだ。 他にもドラップだろ? リータにラシールにアリウスにライオット……今はアツコおばさんの研究所にいるらしいけど、オレの大事な仲間なんだよ」 「そうか」 「うん。オレがこんな状態じゃなかったら、すぐにでも会わせてあげられるんだけどさ……ゴメンな」 「いや、おまえが謝ることはない。好きでそんなケガをしたわけではないのだろう?」 「……ルカリオって、優しいんだな〜」 「……そうでもない。 アーロン様には、堅すぎるとよく言われる。私としては、普通に接しているつもりだが」 ルカリオは特に訊ねられたわけでもないのに、自身のことをアカツキに話して聞かせた。 話し終えるまで、どうして話したのだろうと疑問を覚えなかったのは不思議だったが、 それはアカツキが言葉の節々に相槌を打ってくれたり、本当に興味があるような顔つきで、食い入るように目をまっすぐ見つめてくるからだった。 どこで生まれたのかはよく覚えていないが、気づけば人の近くで生活をしていたこと。 幸せでも不幸でもない、ごくごくありふれた薄っぺらい人生(ポケモン生?)の中、アーロンと出会い、彼と従者として世界中を回ったこと。 大切に思える人やポケモンとの出会いや別れ。 しかし、ルカリオはアーロンに封印された時のことだけは、アカツキには話さなかった。 特に考えるでもなく、無意識にそのシーンはカットされていた。 辛い思い出は選ばないように、無意識の中にも意識が働いて、そのカードをビリビリに破り捨ててしまったからだろうか。 話を聞き終えて、アカツキは今までにないほど目をキラキラ輝かせていた。 英雄譚に憧れる、お年頃の男の子なのだから、そんな反応を示しても無理はない。 「…………」 もっと話して。 期待するような目で見つめられ、ルカリオは押し黙ってしまった。 だが、話していいと思うことはすべて話した。 期待されても困るのが正直なところだった。 表情にこそ出さなくても、ルカリオが困ったようにしているのを見て、アカツキは小さく息をついた。 と、ルカリオは思いついたように、顎を少し上げた。 「そういえば、忘れていたが……おまえの名は? 話をしている相手の名前が分からないというのも、失礼だな……」 「あー、そういや名前教えてなかったよな。 オレ、アカツキっていうんだ。よろしく、ルカリオ」 「アカツキか……よろしく頼む」 アカツキが笑顔で差し出した手を、ルカリオはそっとつかんだ。 「…………」 暖かい。 久方ぶりに触れる、人の手の温もり。 心の奥底に眠る何かを呼び覚ますような温もりが、手から腕へ、腕から全身へとじんわりと伝わっていく。 ルカリオは知らず知らずに、アカツキの手をギュッと握りしめていた。 「こいつなら……私と共に歩いてくれるかもしれない」 アカツキの笑顔を見て、ルカリオは確信した。 彼が、この時代でのアーロン……自分と共にどこまででも歩いてくれる人間だ、と。 Side 4 それから、アカツキとルカリオはいろんなことを話した。 ルカリオがアカツキを新たな主……共に歩いてゆく存在だと認めたことも相まって、二人の距離は劇的に縮まった。 今日、初めて出会ったとは思えないほどに。 「そうか。アカツキはこの町で生まれたのか」 「うん。とってもキレイで明るくて、いい町だろ?」 「そうだな……」 話はアカツキがこの町で生まれ育ったことに及んでいた。 どこをどう経過してそんな話になったのか、二人とも気にしていなかったが、互いのことを理解しようという真剣さは確かだった。 ルカリオは頷き、窓の外に広がる景色を眺めた。 豊富な水を湛えるセントラルレイクと、周囲の豊かな自然。 草木には生気が漲っているように感じられ、空気も新鮮で混じり気のないものだ。 昨日まではカナタとディザースシティにいたが、あの街はどうにも好きになれない。 狭い場所に人が缶詰にされているようで、息苦しささえ感じていた。 それと比べれば、この町の豊かさは天国のようだ。 ルカリオがしみじみと思っているのを察して、アカツキは笑みを深めた。 ルカリオと話していると、なんだか楽しい。 単にベッドの上でゴロゴロしていたり、キサラギ博士に差し入れてもらった本を読むよりも、ずっと楽しい。 口にしなくても、分かることがある。 ルカリオはきっと、自分のことを気に入ってくれている。 今まで話した中で、ルカリオがマジメで折り目正しい性格だということが分かった。 本当に嫌なら、カナタに言われたからといってアカツキの話し相手など務めたりはしないはずだ。 「しかし、おまえも大変な目に遭ってきたんだな」 ルカリオはやがて振り返ると、ため息など漏らしながら、口の端を吊り上げた。 いろいろと、アカツキが大変な目に遭ってきたことを聞いたが、それでも陽気な男の子はケロッとした顔のままだ。 大変だったことも、共に苦楽を分かち合う仲間と乗り越えてきたからこそ見せる表情だ。 何度も見た、アーロンの表情によく似ている。 「んー、そう言われるとそうなんだけど、今はそんなでもないかな。 むしろ、大変なのはこれからだし……」 「ネイゼルカップとかいう大会のことか?」 「うん」 アカツキは包み隠さず、ルカリオに話していた。 ネイゼルカップに出て、兄アラタと戦う約束をしている……ということまで。 アカツキはルカリオを友達以上だと感じており、友達以上の付き合いを望む相手に隠し事をしてはならないとさえ思っている。 「こんなんじゃ、何ヶ月もみんなと一緒にガンバれないし…… そんなんで、兄ちゃんに勝てるかなって思うと、やっぱり大変なんだよ」 「そうか……」 全身の骨に無数のヒビが入っていると聞かされては、外に連れ出すこともできない。 この時代ではポケモンと呼ばれる不思議な生物(ルカリオが生きていた頃は『獣』と呼ばれていた)を戦わせる習慣(?)があるらしい。 昔、どこかの国には、奴隷を殺し合わせて賭け事にするという下劣な習慣があったそうだが、ルカリオは一瞬、それに似たものかと思った。 だが、アカツキの話を聞いて、それが誤解だと理解した。 ポケモントレーナーは、ポケモンと共に強く優しくなっていく人間のことを指すのだと、直にそんな表現をされなくても理解できたからだ。 まあ、それはともかく…… アカツキは困っているらしい。 大会と言うからには、生半可な力量では勝ち抜けない。兄と交わした約束も守れないかもしれない。 何ヶ月もそんな不安と同居するのは、いかに陽気でかしましい男の子でも辛いことだろう。 なんとかしてやれないものかと、ルカリオは思い切って切り出した。 「アカツキ。ならば、私が力を貸そう。 これでも勇者の従者をしていたからな……昔ほどの力は残っていないが、おまえの助けには十分なってやれるはずだ」 「え? いいの?」 渡りに舟と言わんばかりのグッドタイミング。 アカツキはパッと表情を輝かせた。 実際にルカリオがどんな戦い方を得意としているのかは分からないが、勇者の従者という肩書きを持っていたのだ。 昔ほどの力は残っていないと言うが、普通のポケモンとは比較にならない強さは有しているだろう。 心強い反面、ルカリオにばかり頼ってはいけないという気にもなる。 「ああ。おまえさえ、良ければ」 ルカリオはアカツキの笑みに釣られるように口の端を吊り上げると、小さく頷いた。 すっかりアカツキに心を許している。 話せば話すほど、知れば知るほど、共に歩いていきたいという気持ちは膨らむばかり。 久しく抱かなかった暖かな気持ちを、思い出させてくれた。 ルカリオが力を貸してくれるなら、鬼に金棒だ。 アカツキは笑みをそのままに、期待に胸弾ませながら言葉を返した。 「じゃ、よろしく!!」 「ああ、こちらこそ。 さて、そうと決まれば、おまえの仲間に会わなければならないな……」 「えっ……今から?」 ルカリオがそう言うと、一転。 アカツキはギョッとして、顔を引きつらせた。 だが、ルカリオはそんな彼にカケラほどの哀れみも抱くことなく、淡々とこんなことを言った。 「当たり前だろう。私はおまえと共に行くと決めたのだ。 それはすなわち、私はおまえにとって仲間ということ……違うか?」 「そりゃそうなんだけど……でも、先生が外に出してくれるはずないと思うな。 ほら、オレってばこの町じゃ結構ムチャするヤツで知られてるからさ」 正論の前に、付け焼刃の理論武装など無力だった。 確かにアカツキの言葉は事実だったが、やる気になっているルカリオの勢いを止めることは不可能だ。 「言い訳は要らん。それより、外に出る方法を考えろ。 おまえを背負って飛び出す手もあるが、それだとカナタにも迷惑がかかる」 「…………」 言い訳とまで…… マジメなルカリオらしい発言だ。 さすがに、そこまで言われるとアカツキとしても言い返すことすらできない。 「うー……」と、小さく呻くだけだ。 「でも、ルカリオの言ってることは正しいんだよな〜」 それでも、ルカリオの言葉は正しい。 一緒に歩いていくのだから、それは仲間であるということ。 リータたちに、新たな仲間を紹介するのは至極当然のことだ。 アカツキとしても、ルカリオにはみんなと仲良くしてもらいたいと思っているから、紹介しなければ……という気持ちは当然ある。 ただ…… 「……やっぱ、言い訳なんだよな〜」 そういったことを考えると、やはりルカリオの言葉が正しいのだという結論に行き着いてしまう。 全身の骨にヒビが入っているせいで、身体を不必要に動かせない。 ――動かせないのではなく、それを言い訳にして動かさないだけだろう? 面と向かって言われなくても、ルカリオがそういう風に言いたいのだということは分かる。 ポケモンと意思疎通を行える能力も、こういった時には仇になるものらしい。 だが、言い訳は言い訳だ。 それは認めなければならない。 ここでつまらない言い訳の上塗りをしたら、ルカリオを失望させることになる。 それだけではなくて、カナタの顔に泥を塗ることにもなりかねない。 さすがに、そこまで落ちぶれているつもりはないが。 「分かったよ」 一頻り考えた後で、アカツキはベッドの脇に備え付けられているボタンを押した。 病院ではないのでナースコールとは言わないが、医師を呼ぶためのものだ。 ブーッ、というクイズで不正解の時に流れるような音が室内に小さく響く。 「……何かいい方法は浮かんだか? 騒ぎになると、カナタに迷惑がかかるな。そういうのは、私は嫌いだ」 「まあ、なんとかするから任せとけって」 ルカリオが鋭い視線を投げかけると、アカツキは苦笑混じりに言葉を返した。 それから程なく、若い女看護士が部屋に入ってきた。 アカツキの傍に佇むルカリオに訝しげな視線を向けたが、普通のポケモンと大して変わらないと思ったのだろう。 すぐに興味をなくして、アカツキに視線を据えた。 「呼んだ?」 「うん。実は、お願いがあるんだけど……」 「…………」 『お願い』の一言に、彼女の肩が小さく反応したのを、ルカリオは見逃さなかった。 本当に大丈夫か……? なんとなく不安になったが、人前では言葉をなるべく話さないようにとカナタに釘を差されているため、アカツキのフォローもできない。 だが、これはこれで逆にお手並み拝見と決め込むいい機会だ。 新たな主の力量を試してみるのも、悪くない。 ルカリオはわざとらしく心配げな表情をアカツキに向けた。 「…………」 絶対に試してるな…… アカツキはルカリオが自分を試すつもりでいることをすぐに見抜いた。 チラリと視線を向けたが、すぐに彼女に向き直り、お願いを口にする。 「うん、実はキョウコ姉ちゃんの家に行きたいんだ」 「……君、自分の身体の状態が分かって言ってる?」 「もちろん。 あんまり身体を動かしちゃいけないってことは分かってるよ」 「……だったら、最低でも一週間は自粛すること。 レントゲン、昨日見せたよね? どんな状態か、君の頭でも分かるように、ちゃんと目に見えるようにしたよね?」 「…………!!」 顔色一つ変えることなく、淡々と突き返してくる。 むしろ憮然とした表情を見せたのはルカリオだった。 「君の頭でも分かるように……だと? 私の新たな主を……アカツキを侮辱するとはいい度胸だ」 勇者の従者としてのプライドは思った以上に高いらしく、ルカリオの全身から殺気にすら似た鋭い雰囲気が立ち昇る。 針で突き刺されるようなピリピリした感覚を肌で感じて、アカツキはチラリとルカリオに視線を向けた。 「大丈夫だから。ここはオレに任せろって」 「…………」 目と目で交わす会話。 ルカリオは渋々引き下がり、昂る感情を鞘に収めた。 大丈夫と視線で物語られてまで食ってかかったら、それこそアカツキの顔に泥を塗るも同然。 看護士はルカリオが殺気すら立ち昇らせていたことに気づく由もなかった。 そんな彼女に、アカツキはありったけの気持ちを込めて言った。 「うん、それは分かってる。 でも、みんなのことが気になるんだ。 リータにドラップ、ラシール、アリウス、それからライオット。 みんな、元気にしてるっていうのは分かるけどさ、オレが元気なトコ見せないと、やっぱみんな安心できないんじゃないかな〜って思うんだ」 「それだったら……」 ポケモンを引き合いに出され、さすがの彼女もたじろいだ。 アカツキが仲間であるポケモンをどれほど大切にしているのか……ということも、理解しているからだ。 だが、患者の身を考えると、遠出させるなどもってのほかだ。 言い返そうとした矢先、アカツキの声が重なった。 「みんなに来てもらえばいいっていうのも考えたけど、アリウスがイタズラして、ここの機械とかぶっ壊したら大変だなって…… そんなことされたら、困るだろ?」 「う……」 ここの機械とかぶっ壊したら大変だな…… その一言が、決定打となった。 看護士は胸中で「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」と絶叫しながら、千切れんばかりに身体を捩っていた。 「…………? こ、この女……大丈夫か?」 なにやら不吉な『波導』を感じ取り、ルカリオが訝しげに眉根を寄せる。 喜びや悲しみ、怒りといった感情で、『波導』はその方向性や大きさを変える性質があるのだ。 顔をしかめ、しまった……と言わんばかりの痛恨の面持ちを見せた看護士に、アカツキはここぞとばかりに言い募る。 あと一押しだと、手に取るように分かる。 「無茶は絶対にしないからさ。 ただ、みんなに会いに行くだけだよ。車椅子で、こいつに押してもらえば問題ないと思うんだけど…… それでも、ダメかなあ……?」 無茶はしない。 自分から身体を動かすようなことはしない。 相手の言葉を逆手に取った言い方だ。 ルカリオをみんなに紹介したい……その一心だった。 普段のアカツキなら、そんなところまで思いつくはずもないのだが、仲間を想う時、人は普段以上の力を発揮するようだ。 「…………なるほど、上手なことを言うな。さすがだ」 ルカリオはアカツキの巧みな言い回しに感心していた。 さすがは主として認めただけのことはある。 ここまで言えば大丈夫だろうと、アーロンと共に世界を回っていた頃の経験から計算して、百パーセントの成功を確信する。 「…………」 「…………」 アカツキの眼差しが真剣なものであると察して、彼女は小さく息をついた。 「分かったわ。 そこまで言うなら、車椅子で、なおかつそのポケモンに君の面倒を見させるということで手を打ちましょう。 ただし、向かった先で何があっても、私たちは責任を一切持たない。 それでいいわね?」 「うん、ありがと先生!! 先生なら分かってくれると思った!!」 「もう……調子がいいんだから」 アカツキが満面の笑みを浮かべてくるものだから、彼女は参ったな……と思うしかなかった。 子供だと思ったのに、言うようになったものだ。 もちろん、全面的に負けを認めるのではなく、条件をつけて、ある程度の譲歩をしたという形にした。 子供に言い負けるなど会ってはならないことだと思っているからだ。 まあ、そんな彼女の都合は置いといて…… 「じゃあ、車椅子を持ってくるから。 ちゃんと、そのポケモンに言い含めておいてね。君なら大丈夫だと思うけど……はあ」 なにやら意味深なため息一つ残し、彼女は車椅子を取りに部屋を出た。 ルカリオはわずかに開いていた扉を閉めると、アカツキに向き直った。 「なかなかやるな。さすがは私の新しい主だ」 「いや〜、それほどでも。 オレも普段よりいろいろしゃべったからな〜。結構キンチョ〜したんだよ」 「それでも大したものだ」 照れているらしく、アカツキは顔を赤らめて頬を掻いたが、ルカリオからには微笑ましい光景に映った。 「あ、そうだ。ルカリオ」 「なんだ? 車椅子はゆっくり押してくれ、と言うのならば承知している。昔も、そういった道具は存在していたからな」 「それもあるんだけど、あんまり人前で話さない方がいいと思って」 「問題ない。カナタから言われているからな」 「そっか……なら、いいんだけど」 心配するまでもなかった。 アカツキが言いそうなことを、先にカナタが話しておいてくれたのだ。 とりあえず、心配事もなさそうだからと、アカツキは肺から空気を搾り出すように大きく息を吐いた。 「おまえの仲間とは、どのような存在……ポケモンなのだ?」 車椅子を運んでくるにはまだ時間があると思ったのだろう、ルカリオが途中で一瞬言葉を詰まらせながらも問いかけてきた。 どうも、ポケモンという表現は嫌いではない。 人工的で、どこか後付けされたもののような印象を受ける。 「そうだな〜、いろんなヤツがいるから、一言じゃ言えないかな〜」 「そうか……」 「でも、みんないいヤツだよ。ルカリオのこと、ちゃんと受け入れてくれるから心配しなくていいと思うぜ」 「うむ……」 ルカリオはどうも気難しい性格のようだが、アカツキのポケモンたちなら普通に付き合ってくれるだろう。 無邪気だったり意地っ張りだったりイタズラ好きだったり……それぞれが強烈な個性を放っているポケモンたちである。 そこにマジメで気難しいルカリオが加わったところで波を起こすようなこともないだろう。 むしろ、今までにないタイプのヤツが来たと、みんなして興味全開で接するに違いない。 そんな風に考えて、アカツキは楽しい気分だった。 ルカリオにとっては初対面の相手ばかりだから、気になって仕方ないのだろう。 まあ、実際に会ってみれば分かる……だから、多くは言わなかった。 と、双方が黙ったところで扉が開き、看護士が車椅子を押しながら入ってきた。 「重ね重ね言うけれど、無茶はしないように。 あと、門限は六時だからね。一秒でも過ぎたら夕食を抜きにします。覚悟しておいてちょうだい」 「りょ、りょーかい……」 先ほどは散々担いでくれたが、夕飯抜かれたくなかったらさっさと帰って来い。 彼女が無表情で淡々と紡いだ言葉を受けて、アカツキはドキッとしながらも頷いた。 育ち盛りの男の子にとって、夕食を抜くという一言はナイフよりも鋭く、刀よりも切れ味鋭いものだ。 増してや、本当に一食でも抜かれたら、夜が眠れない…… 「じゃ、私はこれで。気をつけてね」 言うだけ言って、彼女はさっさと部屋を出て行った。 先ほどの仕返しと言わんばかりの対応だったが、ルカリオは特に気にするでもなく、車椅子をベッドの傍につけた。 「乗せてやるから動くなよ」 「あ、うん。頼むよ」 アカツキが頷くと、ルカリオは易々とその身体を持ち上げて、ゆっくりと車椅子に下ろした。 勇者の従者をしていただけあって、昔ほどの力はなくとも、ポケモン特有の膂力は健在だ。 「では、行くとしよう」 「おうっ♪」 深く腰を下ろし、背もたれに背中を預けると、ルカリオが車椅子を押して歩き出した。 車椅子で出かけるなんて初めてのことだが、やっぱり自分の足で歩くのが一番だ。 不自由を強いられた時に初めて、健康でいることの有難味を噛みしめる。 廊下を渡って中庭に出る。中庭からは直接外に出られるので、アカツキのナビを受けて、ルカリオが車椅子を押してゆっくり歩く。 昼を少し過ぎた時間帯だが、平日ということもあって、外を出歩いている人はそれほど多くない。 見慣れないポケモンに車椅子を押してもらっているという光景は滅多に見られるものではないらしく、 すれ違った人は興味深げに振り向いてくるが、二人揃って気にすることなく外の空気を楽しんでいた。 「この道をまっすぐ進んでってくれ。 途中で左右に分かれるトコがあるんだけど、そこを右」 「分かった」 ディザースシティやウィンシティと比べると、まだシンプルなつくりの町だが、初めて来たルカリオには迷いやすいかもしれない。 そう思って、アカツキは世間話の合間にナビを欠かさなかった。 左手に豊富な水量を湛えるセントラルレイクと、その真ん中に佇むネイゼルスタジアム。 ルカリオが「あれは一体何だ?」と訊ねると、アカツキは「あそこでポケモンバトルをやるんだ」と返す。 やがてメインストリートに差し掛かると、格闘道場で一緒に汗を流してきた同年代の門下生がアカツキに声をかけてきた。 「あっ!! もう外に出られるようになったの?」 「やっぱおまえってケガ治るの早いな〜。脱臼だって一日で治しちまうんだから」 「そうでもないよ。こいつが一緒じゃなかったら、外に出してもらえなかったんだもん」 「こいつ?」 彼らはアカツキが元気そうにしていると分かってホッとしていたが、すぐに見慣れないポケモンが車椅子を押していることに気づいた。 アカツキがケガをして病院に担ぎ込まれたというのは、この町の住人なら誰だって知っていることだ。 「…………」 未知なるモノへの好奇心に満ちあふれた視線を正面から向けられ、ルカリオは戸惑いを隠しきれなかった。 あからさまな好奇の眼差しではないだけに、何もできない。 「あー、あんまり見ないでやってくれない? こいつ、すっごく照れ屋でさ。 人に見られるの、慣れてないんだよ」 「そっか……分かった」 「でも、なんだか強そうなポケモンだね」 「ああ、もちろんさ。なんたって、オレの自慢の仲間だからなっ」 「…………」 アカツキが何事もなかったように話をそらしてくれたおかげで、ルカリオは好奇心の眼差しから解放された。 とはいえ、身に覚えのないこと(照れ屋とか、人に見られるのに慣れていないとか……)を言われたのは釈然としない。 もちろん、嘘も方便と言うから、その類だろうということは重々承知しているが。 上手いこと、乗せられているような気がする。 ルカリオが胸中であれこれ考えをめぐらせていることなど知る由もなく、アカツキは門下生の少年少女と話に花を咲かせていた。 「自慢の仲間……か」 なかなか上手い表現をしてくれる。 もっとも、ルカリオはすでにアカツキの仲間になったという認識であるため、特にうれしいという気持ちは抱いていないが…… それでも、自然とそんな言葉を口にしてくれるのは悪い気分ではない。 「それでさ、今からキョウコ姉ちゃん家に行こうと思って。 こいつと一緒なら外に出ていいって、車椅子を押してもらえばいいって言われてさ」 「そうなんだ。でも、無茶しちゃダメだよ? ネイトや他のポケモンも、心配するから」 「うん、分かってる」 ちょっと口うるさい少女に、笑顔で言葉を返す。 道場では男勝りで有名だが、道場から離れれば、どこにでもいるようなおしとやかな少女だ。 「みんな待ってるからさ。そろそろ行くよ」 「ああ、早く元気になって、道場に顔出してくれよ」 「おう、任しとけ!!」 アカツキは話を終わらせると、ルカリオに目で合図をした。 ルカリオは小さく頷き、車椅子を押して歩き出した。 ショッピングモールがあるメインストリートを横切るだけでも、多くの人の目線にさらされる。 興味深げな視線を向けてくる者が多いが、中には「珍しそうなポケモン……」とあからさまに不快と感じる視線を投げかけてくる者もいた。 「…………」 ルカリオは気にしないように意識を前方に集中させながら歩いた。 何も言わず、黙々と車椅子を押すルカリオの様子が変だと気づいてか、アカツキが声をかける。 「まあ、時にはそういうこともあるし。 あんまり気にするなよ。この町の人、みんないい人ばかりだからさ。 他の町に行くのに、どうしてもこの町を通るからって、ポケモンセンターを根城にしてる人も多いんだよ」 「ああ……」 頷いてみせたが、ルカリオは昔……封印される以前に向けられた眼差しを思い返していた。 争いの種があちこちに潜んで、本格的な戦いの花を咲かせていたような時代である。 勇者の従者という立場ゆえ、謂れのない妬みや謗りを受けたことだってある。 その時と比べれば、まだマシな方だ……この時代は、平和そのものなのだから。 人の心も、争いという名の砂嵐に吹かれて荒み、削られているようなこともない。 「だが、驚いた。おまえにはいい友がいるのだな」 「あいつらのこと?」 「そうだ。特に私のことを詮索するでもなく、ごく自然に見てくれていた。 子供とはいえ、なかなか容易くできるようなことではない」 「そうかな? オレにはよく分かんないけど…… でも、道場に通ってるヤツは、みんないいヤツばっかだからさ」 「身も心も鍛えているからだな。おまえも、その歳にしては心が澄んでいて、傍にいて気分が落ち着く」 「なんか、そんな風に言われると照れちゃうな〜」 アカツキは顔を赤らめた。 マジメな性格のルカリオにそんな風に言われると、照れ臭くなる。およそ冗談やジョークといった類のシロモノを知らないのだろうから。 「ふふ、おまえと一緒にどんな世界を見て行くのか……考えるだけで楽しくなる。 おまえの仲間たちとも、いい付き合いができそうな気がしている」 「うん、そうだよな」 ルカリオはルカリオなりに、これからの生き方を考えているらしい。 だけど、アカツキには正直、よく分からなかった。 今はやるべきことがたくさんあるから、生き方にまで気持ちを向けられるほどの余裕がない……というのが正直なところだった。 「でも、今は今のことだけ考えりゃいいや。 先のことを今考えてもしょうがねえし……」 結論の先延ばしということで、アカツキは自己完結した。 今分からないことなら、後で考えればいい。 物的証拠がない状態で容疑者を起訴したところで、有罪に持ち込めるはずがない……というのと同じ理屈だ。 メインストリートを通り過ぎ、賑やかな声が背後に遠ざかるのを感じながら、ルカリオは周囲に人の気配がないのを改めて確認した。 それから、アカツキに声をかけた。 「気になったことがあるのだが、聞いていいか?」 「ん? なに?」 「おまえの仲間……リータ……ドラなんとか……あと何人かいるようだが、それらは本名なのか?」 「……ニックネームだよ」 「ニックネーム……? あだ名ということだな?」 「うん」 どうやら、ルカリオはリータたちのことが気になっているようだ。 仲良くしようと思う相手なのだから、気にならない方がおかしい。 「でも、どうしたんだ? いきなりそんなこと聞いて……」 アカツキは肩越しにルカリオを振り仰いだ。 ルカリオは足を止めると、真顔でアカツキの目をまっすぐ見つめながら言葉を返す。 「うむ……私はルカリオと呼ばれることに慣れているが、その、なんだ…… おまえの仲間になったのだから、今までと同じではいけないと思っている」 「…………」 見つめ合う目と目。 アカツキはすぐにルカリオの言いたいことを察した。 皆まで言わせては辛いだろうと思って、ニッコリ微笑んで言う。 「ニックネーム、つけてほしいってことなんだろ? ルカリオのままでも十分カッコイイけど…… それじゃあ、オレの仲間になったって完全には認められないから……そんな風に思ってるんだろ?」 「……!! そうだ」 歯切れの悪い言葉だと分かっていながらも、真正面から言うことができなかった。 『私にも、名前をつけてほしい』 その一言が。 恥ずかしい話だ……ルカリオはいつの間にか臆病になっていた自身の心を恥じた。 勇者の従者などと囃し立てられても、時代を経て目覚めてみれば、このザマだ。 肝心な一言を言い出せない。 結局、アカツキに余計な気を遣わせてしまった。 明るく能天気に見えて、実は相手の考えていることをピシャリと見通す。物事の本質を見抜く目を持っている。 アーロンに似たものを感じたのも、きっとそのせいだろう。 「な〜んだ。そんなの、言ってくれたらいつだってつけてあげるのに」 「…………」 「そうだな〜。何にしようか……」 「…………」 アカツキはルカリオの名前を考えた。 いきなり『名前をつけてくれ』と暗に言われるとは思わなかったが、確かに考えなければならない問題だった。 例外なく、アカツキのポケモンにはニックネームがついている。 ルカリオという種族名でも十分にカッコイイと思ってはいるのだが…… 仲間入りした証として、ルカリオは名前をつけてほしいと考えているのだ。大切な仲間の考えは、尊重したい。 アカツキは一分ほど「あー」とか「うー」とか唸りながら思案していたが、 「あ、決まった♪」 「本当か?」 「うん」 満面の笑みで、ルカリオを見上げる。 一体どんな名前だろう……? 年甲斐(?)もなく心が馳せるが、アカツキは思いのほか焦らすのが好きらしい。 「みんなに紹介する時に発表する。その方が、楽しみだろ?」 「なんと……!!」 これにはルカリオも仰天したが、すぐに気を取り直し、 「わ、分かった……」 車椅子を押して歩き出す。 気になるが、急かしたところでこの分では答えてはくれまい…… アカツキは視線を正面に戻すと、ヤキモキしているルカリオには分からないように、笑みを深めた。 To Be Continued...