シャイニング・ブレイブ 第19章 兆し -So warm, so shine-(3) Side 5 世間話をしながら道を行くうち、アカツキたちはキサラギ博士の研究所にたどり着いた。 「ほう……これが研究所か。私のいた時代とは明らかに違っている」 「まあね。でも、意味分かんない機械ばっかだよ。そこいらに転がってるのって」 ルカリオが、建屋からはみ出して無造作に転がっている機械を見ながらつぶやくと、アカツキは事も無げに返した。 昔はレコーダーだか何だか分からない機械もなかったのだろう。 ルカリオの目に、研究所の設備(?)は未知なるモノとして映っているようである。 まあ、それならそれで悪くない。 この時代のいろんなものに興味を持ってもらえれば、普通に生きるだけでも退屈はしないだろう。 「…………」 ルカリオは研究所の建屋から腕のように左右に伸びている柵を目で辿った。 何百メートルも向こうまで続いていて、そこからは直角に曲がって東に伸びている。 「おばちゃんの研究所の敷地って、すっげぇ広いんだよ。 この町の半分とまでは行かないけど、三分の一くらいは研究所の敷地で、いろんなポケモンが暮らしてるんだ」 「そうか……平和でいいな」 「うん。みんな、たぶん敷地の中にいると思うから、後でみんなを捜すついでに歩いてみようぜ」 「ああ、そうだな」 ポケモンたちが特にアカツキの元を訪れないのも、キサラギ博士の研究所で伸び伸びと過ごしているからだろう。 今まではソフィア団との戦いやジム戦やら、あまり心の休まる時間がなかったが、 少なくとも先述の二項については問題が解決しているため、アカツキが身体を治す間はノンビリ過ごせるのだ。 柵の向こうに広がる敷地をぼんやりと眺めているルカリオにチラリと目をやると、アカツキは研究所の扉に視線を戻した。 郷愁に似た感情を瞳に湛えているところを見ると、昔のことを懐かしんでいるようだ。 「昔のこと考えるのもいいけど、どうせならこれからのこと考えてほしいな〜」 そう思うけれど、ルカリオにそんなことは言えない。 目が覚めたら何百年も後の世界だったのだから。 昔のことを忘れろ、とは言わない。 ルカリオにとってかけがえのない人がいて、出来事もあった時代だ。 忘れろとまでは言わないが、ルカリオにはこれからの未来がある。 現在を、明日へ向けて歩いていかなければならないのだから、それはそれで思い出として大事にしていけばいい。 そんなことを思いながら、アカツキは身体に障らない程度に声を上げた。 「おばさ〜ん。こんにちは〜」 大声というほどではなかったが、声量の割にはよく通る声。 周囲に響いた声に、ルカリオはハッと我に返った。 忘我するほどに、考えをめぐらせていたらしい……恥ずかしながら、何を考えていたのかもよく覚えていない。 どうせ、大したことではないのだろう。 現在を生きる以上、必要以上に過去に囚われてはならない。 アーロンやアイリーン姫のことは忘れられなくても、彼らと過ごした日々はちゃんとこの胸の中にある。 大事にしたいとも思っている。 ならば、それだけで十分だ。 これからの未来を生きる者と、思い出をたくさん作っていこう。 静かな眼差しでアカツキの背中を見やりながら並々ならぬ決意を固めていると、研究室の扉が開いた。 姿を現したのはニコニコ笑顔がまぶしいキサラギ博士だった。 純白の白衣には相変わらず一点の染みも許さず、風になびく裾が清潔感をこれ見よがしに演出している。 「あらあら〜。アカツキちゃ〜ん。 外に出られるようになったのね。やっぱりケガの治りが早いっていうのはホントのことなんだね〜」 「…………」 ……なんなんだこの女? 子供っぽい口調で話しかけてくるキサラギ博士を見やり、ルカリオは呆然と立ち尽くした。 思わず、車椅子を押す手の力が緩みそうになる。 背後でルカリオが呆然としているのを余所に、アカツキも満面の笑みでキサラギ博士に言葉を返した。 「自慢じゃないけどね。 でも、オレだけじゃ外に出してもらえなかったんだよ。 ルカリオが一緒なら、車椅子でだけど外に出ていいって言ってくれたんだ」 「そう。でも、良かったじゃない。 アカツキちゃんには、あの本はちょっと辛いかな〜って思ったんだけどね」 「おばさんには悪いけど、やっぱり本ばっかり読むのって退屈なんだ」 アカツキは包み隠さず打ち明けた。 キサラギ博士が差し入れてくれた本がつまらないわけではないが、やはり外で身体を動かす方が性に合っている。 今は止む無く身体を動かせない状態だから、ルカリオに車椅子を押してもらって、外に出るしかない。 「そうよね〜。 私もね、そう言ったんだけど……キョウコがね、あの本を選んでアカツキちゃんに差し入れたらどうだって言ってくれたの。 私としても、気が紛れるならそっちの方がいいなって思って差し入れたんだけど」 「……キョウコ姉ちゃんの差し金?」 「うん、そうなるのかしら」 「うげぇ……」 キサラギ博士が気を利かせて持って来てくれたのかと思いきや、キョウコがあの本を選んだようだ。 そして、母親に差し入れたらどうだと進言までしたのだと言う。 どう考えても彼女の差し金でしかなかった。 アカツキは渋面で唸ったが、その本を少しでも読んでしまった以上は、彼女に負けたも同然だった。 またやられた……だが、負けるのは今日までだ。 ネイゼルカップでは絶対に勝ってやる!! 少しでも気を緩めると悪い方に転がっていきそうな気持ちに歯止めをかけて、アカツキはポジティブな考え方で心に平穏を取り戻した。 「まあ、でも少しは読んでくれたみたいだし」 キサラギ博士は相変わらずの笑顔で、ノンビリした調子を崩さなかった。 元からそういう性格だと知らないルカリオには、信じがたい光景だったらしく、未だに呆然としていた。 ルカリオは放っておいて、アカツキはキサラギ博士に問いかけた。 「カナタ兄ちゃんが来てるんだって?」 「ええ。今、ロビーでお茶を飲んでるわ。キョウコとなにやら馬が合ったみたいで、いろいろと話をしているところなの。 アカツキちゃんもどう? 美味しいお茶、ご馳走するわよ?」 「……い、いいよ」 自分から話を振っておいて口ごもるなんて嫌だが、せっかく払いのけた敗北感を蒸し返すのはもっと嫌だった。 差し入れの本の話は、カナタから聞いていたのだろう。 それだけならまだしも、キョウコと話をしているのだと言われれば、そこに首を突っ込むわけにはいかなかった。 思うように動けないのを、いいようにいつもの毒舌でからかわれるに違いないと思ったからだ。 それに、ルカリオはどういうわけか、アカツキをバカにするような言動には敏感に反応する。 それだけ自分のことを考えてくれているのだから、うれしいと言えばうれしいのだが…… キョウコの性格を考えれば、そんなルカリオまでからかおうとするに違いない。 そうなると確実に修羅場になる。 キョウコは熱くなりやすい性格でもあるため、互いに本気になって、周囲の迷惑を顧みずにアニーやラチェなどを使って暴れるだろう。 さすがにそれだけは勘弁してもらいたかったので、アカツキとしては丁重にお断りした。 「それよりおばさん、みんなは敷地にいるんだろ?」 「ええ。みんな、本当に疲れてたみたいだから……今はノンビリくつろいでいるわよ。 アカツキちゃんが会いに来たって分かったら、きっと喜ぶと思うわ」 「うん。こいつのことも、紹介しときたいしね」 肩越しにルカリオを振り仰ぐ。 「…………」 ルカリオは小さく頷いた。 ――そうだ、それが目的だ。何がなんだか分からんが、どうでもいいことに私を巻き込むな。 キサラギ博士とのやり取りで見せるアカツキの様子に、不吉なものを感じたのだろう。 ルカリオの眼差しが言葉となって、アカツキの心に届く。 視線を交わすアカツキとルカリオを見て、キサラギ博士は笑みを深めた。 「あら、ルカリオちゃん。カナタ君が君のことを話してたわよ」 「……!? カナタが、私のことを?」 「うん」 さも当然と言わんばかりにあっさり首を縦に振るキサラギ博士。 ルカリオは『カナタなら仕方がないか……』と思った。 外面はチャラチャラしているような言動が目立つが、実際は思慮深く、とても優しい青年なのだ。 とはいえ、何を話していたのか気になるらしく、視線は少し泳いでいた。 些細な変化を見逃さないのは、研究者としていろんなポケモンを観察してきた賜物だろう。 キサラギ博士は笑みをそのままに、カナタが話していた内容をルカリオに伝えた。 「アカツキが一緒なら、あいつも大丈夫だろう…… あいつの人生はあいつのものだから、あいつが決めればいい…… ……な〜んて、カッコイイこと言ってたわ」 「…………そうか」 人前ではなるべく話さないようにと言われていたが、思わず反応してしまう。 カナタが話すからには、その周囲にいる人間は信頼に足るということだろう。 やはり、カナタは自分の行く末を案じてくれている……どんな口調で話したのかは分からなくても、彼らしい優しさが言葉の節々から感じられる。 ならば、自分を導いてくれた彼のためにも、堂々と胸を張って、この時代で生きてゆかねばなるまい。 強い気持ちは、自然と表情や態度に出るものらしい。 知らず知らずに背筋がピンと伸びて、表情も堂々としたものに変わる。 ルカリオが完全な形で吹っ切ったと悟り、アカツキはキサラギ博士と笑顔を交わした。 「まあ、話はそれくらいにしておいて…… アカツキちゃん、早くみんなに会いに行ってあげてね。みんな、きっとアカツキちゃんのこと待ってるわ。 それと、ルカリオちゃんのことも……ね」 「うん。そうするよ」 キサラギ博士は建屋の横に回り込むと、柵の一部を取り外して道を作ってくれた。 「あ、そうだ。おばさん、一つ聞きたいんだけど……」 取り外した柵を壁に預ける博士に、アカツキは質問を投げかけた。 「なに?」 「ネイト、いつ戻ってくるのかな……? 何日かかかるって聞いたけど……」 みんなのことはもちろん、ネイトのことが一番気になっているようだ。 何年も一緒に過ごしてきたのだから、当然と言えば当然か。 キサラギ博士は十秒ほど考え込んだ様子を見せた後で、すんなりと答えた。 「そうね。明日か明後日……クレイン博士はそう言っていたわ」 「そっか。明日か明後日なんだ。 じゃ、それまでにルカリオのことをちゃんとみんなに受け入れてもらわなきゃな。 でも、思ったよりも時間かかるんだね」 「ええ。 リライブっていうのは、ダークポケモンを普通のポケモンに戻せるけれど、その際に、ポケモンの身体に結構な負担がかかるのよ。 ちゃんと体力を回復した状態で、アカツキちゃんの元に帰すって決めているから、少し時間がかかるの。ごめんなさいね」 「ううん、おばさんが悪いわけじゃないから、気にしないでよ。 そっか……でも、明日か明後日には戻ってくるんだよな。 よし、オレもガンバんなきゃなっ」 ネイトは自分たちのところに帰ってくる。 アカツキは最初からそう信じて疑わなかったし、多少時間はかかっても、元通りになって帰ってきてくれるなら、何も言うことはない。 アカツキは言葉では表せないような喜びを抱えて、ルカリオに敷地に行くように促した。 「じゃ、おばさん。また後で!!」 「はい、行ってらっしゃい」 キサラギ博士は笑顔で手を振り、敷地に入ったアカツキとルカリオを見送った。 しかし、二人が青々と生い茂る草原に入ってから、その笑みが曇る。 「…………」 普段からニコニコしている彼女らしくない表情だが、そんな表情をしていられるのも、誰も見ていないからだ。 「……でも、最後の一押しはアカツキちゃんじゃなきゃダメなのよね〜。 一応、ダークポケモンの状態からは脱したって、クレイン博士からは聞いたんだけど……」 小さくつぶやくその声は、すぐにそよ風にかき消されて、彼女以外の耳に入らない……はずだった。 背後に気配を感じ、キサラギ博士が振り返る。 同時に、背後に立っている人物から声をかけられた。 「いいんですか? ホントのこと話さなくて」 イタズラな笑みを浮かべ、カナタが立っていた。 アカツキやルカリオに気づかれなかったところからすると、キサラギ博士がつぶやく直前にやってきたのだろう。 「ホントのこと……って、何かしら?」 キサラギ博士は内心ドキッとしつつも、何事もなかったように笑みを浮かべて切り返した。 「完全に元通りになったわけじゃないってことです。 一応、キサラギ博士からお聞きした言葉を疑うわけじゃありませんけど……別ルートからも情報が入ってきますんで。 で、双方の情報が異なっていたら、真偽を確かめないわけにはいかないんですよ。 まあ、これも仕事柄しょうがないことなんですけどね」 「……悪い子ね、カナタ君って」 「いえいえ、それほどでも。イイ子じゃ、四天王はやってけませんからね」 目を細めるカナタ。 キサラギ博士は観念したようにため息をついた。 腐っても四天王ということか……普段は好青年もいいところなのに。仕事となると、まるで別人だ。 取り外した柵を元に戻しながら、『独り言だけど』と前置きして話す。 「ダークポケモンの状態からは戻せたけれど、ネイトちゃんは元通りにはなっていないのよ。 リライブで、心に覆いかぶさっていた力は確かに取れたんだけどね…… 最後はアカツキちゃんじゃなきゃダメなの。 あの子と一緒に過ごすことで、最後の扉が開くのよ」 「リライブでも、完全型のダークポケモンを元通りに戻すことはできないってことですか?」 「……そうね。 ルカリオちゃんは、話に聞くところだとアグニートっていうポケモンに浄化されたそうだから、完全に元通りでしょ?」 「ええ。当人がそう主張してますからね」 「ネイトちゃんにも、同じことをしてほしかったと思ってるの。 まあ、今になってはどうしようもないことなんだけどね」 「……まあ、あいつならなんとかしますよ。 自力で、ダークポケモンのネイトに接触して、攻撃を受けながらも、ちゃんとネイトを抱きしめたヤツですから」 「そうね。私たちができることをやっていかなければいけないわね」 「お手伝いしますよ。俺にできることなら、なんでも」 「なんだ、イイ子じゃない。悪い子なんて言ってごめんなさいね」 「いえいえ。イイ子と悪い子を使い分けないと、四天王なんてやってられないですからね。 ここはお互い様と行きましょう」 「もう……悪い子ね、やっぱり」 「それほどでも」 「うふふふふ……!!」 「あっははははは♪」 カナタとキサラギ博士は笑顔を向け合ったまま、何十分もその場で過ごしていたらしい。 Side 6 「ほう……これはなかなか壮観だ」 「気に入った?」 「ああ。こういうところは好きだな」 「そっか。それなら遠出した甲斐があったってモンだぜ」 ルカリオが感嘆の声を漏らすと、アカツキはニッコリと微笑んだ。 目の前に広がるのは、町の敷地の果てまで広がる緑の景色。 青々と生い茂った草の絨毯と、キラキラと輝く水面がまぶしい水場。敷地の隅の方には、草の緑よりもなお色濃い林が鎮座している。 人工物が一分とて入り込む余地のない、完璧な自然界。それがキサラギ博士の研究所の自慢だった。 堅物のルカリオでさえ気分がいいと語るのだから、どんなポケモンでもこの景色を見て不快には思うまい。 それに、ここは外界から取り残されたように……外界とは関係ないと言わんばかりに、ゆったりとした時間が流れている。 ゴロゴロと寝転がって日向ぼっこを決め込んでいたり、牧草ほどではないものの、大地の豊潤な息吹を含む草をゆっくりと食んでいるミルタンク。 水辺ではウパーやヌオーといった水ポケモンがゆったりとくつろぎ、青空をバックに、ムックルやポッポたちが翼を広げて空中散歩の途中。 数百年前の、争いに荒んだ時代。 同じ時間軸の上に存在する世界とは思えない、ノンビリした時間が流れている。 まぶしく、活き活きしたポケモンたちの姿に、ルカリオは人知れず励まされていた。 「さて……と」 アカツキは見渡す限りの草原に視線を這わせた。 リータたちの姿は見当たらないが、それならそれで、ルカリオの気晴らしも兼ねて歩き回ってみるのも悪くない。 あちこち動き回っていれば、リータたちが自分たちの姿を見つけ出して、やってきてくれるだろう。 自由に動けないのなら、相手の力も借りればいい。それだけのことだ。 「じゃ、水場の方に行こうぜ。あっちなら目立つから」 「分かった」 ルカリオはアカツキが指差した先――キラキラまぶしい水場を見て頷くと、車椅子を押して歩き出した。 草を踏み分ける感触が、車輪のゴムから軸を通じて、身体に伝わってくる。 アカツキも、病院の中よりも外の方が気持ちいいと感じていた。 吹き付けるそよ風と、風に混じる草のほのかな匂い。 こういった、何気ない自然を満喫できるのも、レイクタウンの持ち味と言えるだろう。 草の絨毯をゆっくりと歩いていくと、遠くから赤いシルエットが近づいてくるのが見えた。 「ん……あれは……?」 一直線に突っ込んでくる『それ』は、近づいてくるにつれて鮮明な輪郭をまとった。 赤い身体のあちこちに走る、稲妻のような黒い縞。 尻尾と脚と首筋を覆う、フサフサのクリーム色の体毛。 「ウインディ? ウインディなんて、敷地にいたっけ……?」 近づいてくるのは三体のウインディだった。 見慣れない姿に、アカツキは首を傾げた。 疑問符が頭の上にいくつも浮かぶ。 記憶に間違いがなければ、キサラギ博士の研究所にウインディはいないはずだった。 外から迷い込んできて、そのまま居つくポケモンもいるらしいが、ウインディの目には楽しげな感情が見て取れる。 どうやら、アカツキを知っているようだ。 もちろん、アカツキはウインディに知り合いなどいないから「あんた誰?」状態だった。 「……?」 ウインディはアカツキたちの前で脚を止めると、ニコニコ笑顔を振り撒いてきた。 「…………?」 ルカリオが訝しげな表情を見せても、ウインディたちは気に留めない。自分たちに牙を剥くような存在ではないと分かっているからだろう。 見慣れないポケモンがいても動じない豪胆さは、伝説ポケモンと言われる所以か。堂々たる態度は二つ名に恥じないものだ。 「バウっ!!」 一体のウインディが大きく嘶くと、アカツキに頬擦りした。 「ん……?」 その仕草や表情を見て、アカツキは閃いた。 ウインディは知らないが、進化前のガーディなら研究所の敷地に住んでいる。 もしかしたら…… 「おまえたち、もしかして旅立つ前にオレたちとよく遊んだガーディか?」 「バウっ!!」 「バウぅぅ!!」 ――正解!! ……と言わんばかりに、ウインディたちは一斉に嘶いて、アカツキにじゃれ付いてきた。 しかし、車椅子に乗っているのを見て、過剰なスキンシップはしてこなかった。 どういった状態なのか、ちゃんと分かってくれているらしい。 「そっか〜。みんな進化したんだな〜。すっげえ……」 アカツキは満面の笑顔で、ウインディたちの背中を撫でてやった。 どうということはない。 旅立つ前、研究所の敷地に繰り出すたびに遊びたがって近づいてきたガーディたちだった。 旅立ってからも、一度だけミライを混ぜて遊んだことがあるが、それっきりだった。 ネイゼル地方の各地を旅して、ソフィア団との戦いもあったから、ゆっくりと羽根を休めるだけの時間はなかった。 仕方ないと言えば仕方ないが、まさかみんな揃ってウインディに進化しているとは思わなかった。 ガーディの頃は子犬みたいに可愛くて、頼りなげに見えたものだが……さすがにウインディになると、そういった部分は陰を潜めている。 立派な体格に恥じない、堂々とした物腰。 ウインディがウインディたる所以である。 「進化しても、みんな仲良しなんだなっ。羨ましい〜♪」 アカツキは負けじと相手に頬擦りをしたり、軽くデコピンをしたりと、久々に陽気な性格を全開にした。 陽気な性格を前面に出してスキンシップを図っているアカツキを見て、ルカリオは何をすればいいのか分からなくなった。 「…………」 楽しそうなのはいいが、なんだか取り残された気分になる。 だが、背後で淋しそうな雰囲気を漂わせているルカリオに、アカツキが気づかないはずもない。 ウインディたちとのスキンシップも程々に、肩越しにルカリオに振り返り、 「こいつら、オレが旅に出る前に一緒に遊んでたヤツらなんだ。 人懐っこくて、とっても可愛かったんだぜ? まー、今はウインディに進化しちまったけど、やっぱりあの頃と変わっちゃいねえな〜」 「そうか……道理で親しげにしているわけだ」 久々の再会を祝して、スキンシップを図っているだけ。 アカツキからしてみれば、それが当然だっただけだが……ルカリオはそういった光景に慣れていないらしい。 「バウっ!!」 戸惑うルカリオに向かって、先頭のウインディが一際大きな声で咆え立てる。 端から見れば犬に咆えられているような格好だが、実はそうでもない。 「私か? 私はアカツキの仲間だが、それが何か?」 「バウバウっ、バウっ!!」 「……余計なお世話だ。これが私の性格なのだから、仕方ないだろう。 おまえもおまえだ。そんなに堂々としているのだから、少しは威厳をたしなんだらどうだ?」 「バウバウバウっ!! バウバウっ!!」 「……まあ、確かに私がどうこう言えた義理ではないな。 だが、陽気なだけでは困難は乗り越えられんぞ? そこのところは肝に銘じておけ」 ポケモン同士ということもあって、用いる言葉は違っても、話は通じているらしい。 ルカリオとウインディが何を話しているのか、雰囲気や鳴き声のイントネーションから、アカツキにはその内容が理解できた。 ルカリオが何者かという話から始まって、お堅いヤツだが本当に大丈夫かと心配された。 それから、ルカリオが仕返しとばかりに陽気なウインディの性格をたしなめた……そんなところだった。 初対面の相手でもこれだけ意思疎通が図れるのだから、自分の仲間たちとならもっと上手くやれるはずだ。 アカツキはルカリオとウインディが言葉を交わしている様子を見て、安心した。 話が一区切りついたところで、アカツキはウインディの頭を撫でながら声をかけた。 「オレ、こんな状態じゃなけりゃみんなと遊べたんだけどな〜。 早く元気になって、またみんなで一緒に走ろうな」 「バウっ!!」 「うん。ありがと。 今はみんなに会いに行きたいからさ。また来るから。それじゃな♪」 無難な会話を交わし、ルカリオと共に水場へ向かって歩を進める。 ウインディたちはしばらく尻尾を楽しげに振りながらアカツキたちを見送っていたが、やがて仲間内でじゃれあい始めた。 少し離れたところに行ってから、ルカリオが小さくアカツキにささやきかけた。 「なかなか面白いやつらだな」 「ま〜ね。ここのみんなは、すっごく仲が良くて、気さくなヤツばっかだからさ」 「ふむ……なかなかに面白いところだ」 「気に入った?」 「ああ。そんなところだ」 どうやら、ルカリオにとってはいい気分転換になったらしい。 勇者の従者として、目まぐるしく世界中を廻っていた頃と比べると、持て余すほどの平穏と、心の余裕がある。 昔の自分なら退屈でたまらないと思うところだが、平和な世界に生きていると自覚すると、この平和な世界がとても愛らしく感じられる。 「ま、あいつらみたいに、みんながオレたちのことを見つけてくれるといいんだけど」 「確かに、この広い敷地を歩き回るのは大変だな。 私はまだいいが、今のおまえにとっては辛かろう」 「ん〜、そうでもないんだけどな〜。 でもやっぱ、自分の足で歩いたり走ったりするのが一番だとは思うけどねっ」 「ふむ……」 アカツキはアカツキで、この現状を楽しんでいるらしい…… ルカリオは会話を交わしながらそんなことを思った。 もちろん、どんな時でも前向きな姿勢が報われるとは限らない。 しかし、だからといって後ろ向きな姿勢で何かが変わるわけでもない。 アカツキはアカツキなりに、今を楽しんでいる。そこのところは見習わなければならないだろう。 研究所のことについてアカツキが話す中、二人は水辺の近くまでやってきた。 ウパーやヌオーが相変わらずマイペースにはしゃいでいる。 ヤドンやヤドランなどは、口を大きく開けたまま、一点を凝視してぼーっとしている。 相変わらず、ここのポケモンたちはマイペースに、まったりと時間を過ごしている。 生存競争などというものがなく、平和に慣れたポケモンたち。 ルカリオには、先ほどのウインディに増して無防備で、なおかつひ弱に感じられてならなかったが、 それでも彼らはそんなひ弱なところを苦に思ってはいないのだろう。 言うだけ無駄だと思い、浮かんだ気持ちをさっさとかき消した。 偽りの楽園にも似たこの場所で生きていることを幸せに思っている彼らに、何を言っても届くまい…… 昔のポケモンたちは、とても強かった。 いつ戦いに巻き込まれるかも知れない恐怖に怯えながらも、生き残る術を身につけていた。 ……もっとも、今と昔を比べてみたところで詮無いことだ。 ポケモンたちも、人間も。 その時代に合った生き方をするもの。 そうして時代に適応したものだけが生き残れる……それがこの世界の不変なる理というものだ。 「この辺で一休みしようぜ。 車椅子を押しながら歩くのって、意外と大変だろ? 歩くより、走る方が慣れてるだろうし」 「そうだな。 ……私がそう言ったわけでもないのに、そこまで見抜くとは、さすがだと言っておこう」 「へへ、なんだか照れちゃうな〜」 正直、ルカリオはアカツキに感心していた。 特にそんなことを話したわけでもないのに、アカツキはルカリオのことを思った以上に深く理解している。 その逆が成り立つとは言いがたいだけに、素直にすごいと思った。 しかし…… 調子よく笑うアカツキに、ルカリオは真顔で釘を刺す。 「だが、調子に乗るなよ。 おまえなど、アーロン様やアイリーン姫、カナタに比べればまだまだヒヨっ子だ。 腑抜けたところなど見せてみろ、ビシビシ鍛えてやるぞ」 「ぶっそ〜なこと言うな〜。 でもまあ、それくらいの方がちょうどいいかもな」 自分で言うのもなんだが、結構怖い雰囲気は漂わせていたような気がする。 だが、アカツキはニコニコ笑顔で返してきた。 肝が据わっているというのか、それとも単に陽気なバカなのか……どちらとも受け取れたが、これがアカツキの強さだろう。 ルカリオは返事の代わりに、ため息をついた。 「…………」 すっかり、アカツキのペースに巻き込まれてしまっている。 悪い気はしないが、マジメだという自覚があるため、あまりいい気分でもない。 「みんな、オレには結構優しいからさ。 中には、ちょっとくらい厳しくしてくれるヤツがいた方がいいもん」 本気で言っているのか、それとも冗談か。 アカツキが出し抜けにつぶやいた一言に、ルカリオはピクリと肩を上下させた。 真意を図りかねるところがあるが、それもまた悪くないところだ。 「…………」 言葉で反応しないルカリオに振り向いて、アカツキは笑顔のまま続けた。 「あ、ウソだって思った?」 「いや……意外だと思った。 厳しい方がいいなどと、普通の子供は言わないからな……増してや、私が生きていた時代では、誰もが平穏と安らぎを求めていたものだ。 怖い夢に怯えることなく、安らかな気持ちで眠りにつけるのを願っていた……そんな子供たちが多かった」 「そうなんだ……でも、オレは本気でそう思ってる」 「冗談ではない……か。それは分かっている。おまえの気持ちはよく分かるからな」 アカツキはルカリオの言葉が終わるのを待って、旅に出る前にどんな暮らしをしていたのか、話した。 特に訊ねられたわけではないが、自分のことをもっと知ってもらいたいという想いがあった。 旅立つ前は、ポケモンバトルをはじめ、ポケモンのことを勉強したり、格闘道場で同年代の門下生と汗を流したりして日々を過ごしていた。 取り立てて自慢するようなこともなかったが、概ね平和で満ち満ちた日々を過ごしていた。 短い話だったが、ルカリオは真剣に聞き入っていた。 興味深かったのかもしれない。 「なるほど……子供にしては強い心の持ち主だと思ったが、日々身体と心を鍛えていたからか。 カナタが私に道を示してくれたのも、頷ける」 昔は格闘道場なるものはなかったが、何らかの手段で自身を鍛える者は多く存在していた。 ルカリオはアカツキが何気なく秘めている強さの秘密を知って、満足げに微笑んだ。 なかなかどうして、先が楽しみだ。 もちろん、先ほど公言した通り、アーロンやアイリーン姫、カナタなどと比べれば、まだまだ子供(ガキ)で状況判断も甘い。 その上、警戒心もあまり持ち合わせていないなど、ルカリオにとってアカツキはまだまだ不満の多い子供だ。 だが、だからこそそんな彼と歩いていくのが楽しみでたまらない。 二律背反(むじゅん)した気持ちだと知りつつも、今この時代でアカツキとめぐり合えたのも、きっと何かの縁だろう。 アーロンへの恩返しも兼ねて、縁を大事にして生きていくのもいいだろう。 「でもさ〜、おまえって、昔からお堅いヤツだったのか?」 「……先ほどのポケモンにはそう話したが、実は違う。 アーロン様に出会う前の私は、こうまで気難しくなかった。 そうだな……アイリーン姫に言わせれば、もっと柔らかな物腰で優しかったそうだ」 「へ〜」 「……信じていないだろう」 「まあ、言葉遣いだってミョ〜に古くさいし。なんか、王様みたい」 「…………」 ルカリオは押し黙った。 昔は昔で、これが普通だと思われていたようなのだが……どうやら、今の時代にはそぐわないようだ。 もっとも、アカツキが底抜けに陽気なせいで、性格の違いが明らかに出ている……というところもあるのだろう。 とはいえ、アーロンと旅立つ前は周囲から優しいと言われていた。物腰も穏やかで、 『獣』とは思えないと、褒め言葉なのか揶揄なのかも分からない言い方をされていたが、ルカリオは前者と受け止めていた。 「まあ、それはそれとして……」 ルカリオは咳払いなどして、話を強引に終わらせた。 アーロンと旅をしている中で身についた、人間らしい仕草だ。 「おまえの仲間はこの辺りにはいないのか?」 「水辺のポケモンっていないんだよ。ネイトはそうなんだけど、あいつは水よりも陸に上がってる方が気分いいって言ってた」 「そうか……」 この辺りなら目立つから、みんなの方から見つけてくれる。 アカツキの手持ちで、水辺に住めるのはネイトだけが、ネイトは今、ホウエン地方の研究所にいるらしい。 カナタから大まかな事情は聞いていた。 ルカリオと同じように、禍々しい力で心に鍵をかけられ、何も感じない操り人形にされてしまったそうだ。 だが、その力を人工的に取り払う方法があるとかで、遠く離れた別の地方に送られたとか。 アカツキはネイトのことを話しても、暗く沈んだ表情は見せなかった。 明日か明後日になれば戻ってくるのだから、俯いてはいられない。 笑顔で受け止めてあげられるように、上を向いて歩いていかなければならないのだ。 気持ちと一緒に、顔まで上向く。 青く広がる空に、棚引く雲。 青と白に色分けされた視界に、アカツキは見慣れた姿が入ってくるのを認めた。 「それに、ラシールがオレのこと見つけてくれたみたいだからさ」 「ん……?」 アカツキが指差す先に視線を向ければ、紫色のコウモリのようなポケモン――ラシールが四枚の翼で羽ばたきながら、こちらを見ている。 驚きと喜びが入り混じる眼差しを見れば、そのポケモンがアカツキの仲間であることは想像に難くなかった。 「なるほど……空を飛べる者がいるなら、分かりやすいな」 「そういうこと」 アカツキが短く答えるが早いか、ラシールは林の方へと一直線に飛んで行った。 四枚の翼で交互に羽ばたくことで、並々ならぬ推進力を得ているため、あっという間に林に降り立った。 「素早いな」 「まあ、オレの仲間の中じゃ、一番速いし」 「ふむ……」 ラシールの飛翔速度は、ルカリオでさえ感心するほどのものだった。 昔と違って、この時代は平和だ。 昔は『獣』と呼ばれていたポケモンたちも、今ではその頃ほどの強さを宿してはいない。 平和に慣れて弱くなっていると思っていたが、ラシールの速度は昔見た同種族と遜色なかった。 ここでも、さすがはアカツキの仲間だけはあると、微妙な感心をしてしまうほど。 「あの林の中に、おまえの仲間が勢ぞろいしているのか?」 「ううん、そうじゃない。 あそこだったらドラップとリータかな……あとはアリウスか」 林に住むポケモンと言えば、ドラップとリータくらいだろう。 アリウスは種族的に草原や平原を好むらしいが、 実際はミライのエイパムたちと『忘れられた森』に住んでいたと思われることから、林にいても不思議はない。 最後にライオットだが、彼女は砂漠に住んでいた。 残念ながら、研究所の敷地には砂漠や砂地はないため、どこにいるのかよく分からないのが正直なところだ。 それでも、ラシールならちゃんと彼女を見つけてここに連れてきてくれるはずである。 「…………」 ルカリオはアカツキと共に、ラシールが降り立った林をじっと眺めていたが、すぐに視界に変化が訪れた。 緑の小さな恐竜みたいなポケモンと、紫のサソリを大きくしたようなポケモンと一緒に、ラシールがやってくる。 「緑のがリータ。ベイリーフっていう種族なんだ。 それで、紫がドラップ。ドラピオンって種族」 アカツキがラシールに連れられてこちらにやってくる二体を紹介すると、今度は空から変化が訪れる。 視界を、影が横切る。 ふと見上げてみれば、いつの間にやってきたのか、ライオットがゆっくりと舞い降りてくるではないか。 「よう、ライオット。元気してた?」 「ごぉぉん」 ライオットは穏やかな表情で、目など細めながら降り立った。 「…………」 いつの間に……? ルカリオでさえ、影が視界を横切るまではライオットの気配に気づかなかった。 「昔ほどの力はない……ということか。私にも……」 封印されるまでの自分なら、一里離れている相手ですら、気配を感じ取れたものだ。 気配を感じられぬまま、ここまで接近を許したことはなかった。 やはり、昔ほどの力は残っていないのだと、ささいなことでも思い知らされる。 アカツキの力になってやりたいという気持ちが強い分、悔しさも大きいが、これから少しずつでも実戦の勘を取り戻していけばいい。 目覚めたばかりで、勘が鈍っているのだろう……ルカリオは結論付けて、小さく息をついた。 ラシールたちがここに来るまでには、今しばらく時間がかかりそうだ。 今のうちに、傍に舞い降りた緑色の可愛い竜のことでも聞かせてもらおうか。 「アカツキ。ライオットというのは、この竜の名だな?」 「うん。ライオットって言うんだ。フライゴンって種族なんだよ」 ルカリオの言葉に、アカツキは頷いた。 昔、ポケモンには学術的な種族名はつけられておらず、どんなポケモンであろうと一括りに『獣』と呼ばれていた。 人でも、普通の動植物でもないのだから……という意味を込めて『獣』と呼ばれていたそうだ。 ルカリオ自身、『獣』と呼ばれることに抵抗を感じることがなかっただけに、アカツキが口にする種族という概念は新鮮だった。 個性を認めてくれているような気がして、なぜだかうれしくなる。 そんなルカリオに向かって、ライオットがそっと話しかけた。 「ごぉぉん」 「ライオットと言うのか。 なかなか立派な身体つきをしているな……なるほど、砂漠で生きてきたということか」 「ごごぉん」 「私か? ……私はルカリオだ。 アカツキが私に新しい名前をつけてくれるらしいのだが、皆が揃ってからということらしい。 それまではルカリオと呼んでくれ」 「ごぉん」 ルカリオは戸惑うこともなく、淡々とライオットとの会話に応じていた。 むしろ、ライオットがルカリオに興味津々といった様子だった。 端から見ているだけでも分かるほどだ。 アカツキが普通に傍にいるだけでも、ライオットの目には『こいつは信頼できる』と映るのだろう。 そこのところはトレーナーの人徳と言ったところか。 「ま、この分なら他のみんなともすぐに仲良くなれるだろ」 アカツキはルカリオがライオットと普通に話しているのを見て、すぐに分かった。 この分だと、すぐに他のみんなとも打ち解け合える。 そうこうしているうちに、ラシールとリータ、ドラップがやってきた。 「ベイっ♪」 「ごぉっ!!」 「キシシシ……」 三人はやってくるなり、アカツキにじゃれ付いた。 元気になってくれてうれしいと、頬擦りで喜びの気持ちを表している。 アカツキがケガをしたところを見たわけではないが、キサラギ博士やアラタ、キョウコからそれとなく話してもらっていたのだろう。 「ベイベイっ♪」 リータはルカリオがいることなど気にするでもなく、頭上のスパイシーな香りが漂う葉っぱをアカツキに擦り付けていた。 ネイトの次に人懐っこい彼女らしい仕草だった。 「みんなも元気そうで良かったよ。 心配かけちまってごめんな。でも、大丈夫だからさ」 「ベイっ♪」 背中を撫でられて満足したのだろう。 リータは一歩下がり、アカツキから離れた。 彼女だけでなく、ドラップもラシールも満面の笑みを湛えている。 アカツキが元気になってくれて良かったと、本心から思っているからだろう。 「ごぉぉぉ……?」 アカツキがポケモンたちの愛情の深さに幸福感を噛みしめていると、ドラップがハサミでルカリオを指し示した。 ――こいつ、誰? 見慣れない姿だが、特に危険な存在でもなさそうだ。 どこか堅い顔つきのルカリオにも、ドラップたちは警戒を払っていなかった。 アカツキとライオットが普通に接している相手が危険などとは、露ほども思っていなかったからだ。 「…………」 「…………」 ドラップ、ラシール、リータの視線が、ルカリオに惜しみなく注がれる。 ルカリオは緊張こそしていなかったが、 「……なんだ、この何かを期待するような視線は……?」 三人が向けてくる視線を、何かを期待しているように感じていた。 昔は勇者の従者ということで、無責任で過剰な期待ばかり押し付けられていたものだが、そんな不快さを感じることもない期待感だ。 ――新しい仲間だ〜♪ なんとなく、そう言っているように思えてならなかった。 ルカリオが押し黙り、他のみんなも一言も発しない中、アカツキが口を開いた。 「こいつはオレたちの新しい仲間なんだ。 名前は……って、アリウスはどこ? あいつなら、一番にやってきそうな気がするんだけど……」 ルカリオの紹介をしようとしたところで、アリウスの姿も気配も近くにないことに気づく。 改めて周囲を見渡してみるが、影も形も見当たらない。 ドラップたちが何の反応も示さないところを見ると、近くにはいないようだが…… 「あ、もしかして……」 思い当たる節があり、アカツキは何をするでもなく空を見上げた。 「もしかして、ミライのエイパムたちを追いかけてフォレスタウンに行っちまった……とか?」 ミライは、アリウスも納得してくれたと言っていたが、長年一緒に暮らしてきたエイパムたちと別れることに躊躇いがなかったとは思えない。 アイシアタウンで、アリウスがアカツキのポケモンになった時のことを思い返してみれば、考えるまでもなく理解できるものだ。 アリウスならそれくらいはやりかねないのだが、リータたちが騒いでいないところを見ると、そういうこともないのだろう。 ならば、一体どこで道草を食っているのだろう……? 「なあ、リータ」 「?」 リータなら何か知っているだろうと思って、アカツキは彼女に訊ねた。 「アリウスのヤツ、どこ行ったか知らない?」 「……ベイ? ベイベイっ♪」 「ふんふん、それで……? …………ええっ!? マジでフォレスタウンに行っちまったのか〜!?」 リータが事も無げに答えてのけると、アカツキは素っ頓狂な声を敷地に存分に響かせた。 なんでも、アリウスは共に暮らしていたエイパムたちのことが気になって、内緒で研究所の敷地を抜け出して、フォレスタウンへ向かったそうだ。 「……分かるのか?」 アカツキが顔を引きつらせていても顔色一つ変えず、ルカリオが訊ねてくる。 分かるも何も、言葉こそ通じずとも、アカツキとポケモンは心を通わせ合うことができるのだ。 「分かるも何も……まあ、アリウスだったらやりかねないよな……」 アリウスならやりかねない。 イタズラ好きなところは困るが、エイパムたちのことを本当に大事に考えていた。 別れに納得したとはいえ、簡単に割り切れるほど、彼らの付き合いは浅いシロモノではなかったはずだ。 だから、アカツキはアリウスを責めるつもりなど毛頭なかった。 ただ、どうせ行くのなら一言くらい話してほしかった。 「なんか、淋しいけど……」 いつ戻ってくるかも分からないが、エイパムたちはミライに懐いている。 アリウス同様、イタズラが大好きなのは困ったところだが、それでも彼女の言うことはちゃんと聞いている。 少なくとも、旅をしていた時はそういった印象しか受けなかった。 それなら、アリウスがフォレスタウンから離れた場所に行くこともないだろう。 「まあ、オレが元気になってから会いに行けばいいわけだし…… その時にでも、ギューッって取っちめてやりゃいいんだ」 アリウスが無断で外に出て行ったことには驚いたが、それほど深刻には受け止めなかった。 いる場所が分かるのだから、不必要に心配することもないだろう。 ミライは言うまでもなく、彼女の父ヒビキも、今ではジムリーダーに復帰し、以前と変わらぬ日々を送っているとか。 ヒビキは面倒見が良いそうだから、アリウスが居候しても、目くじらを立てることもないだろう。 「ベイ?」 アカツキがなにやら企んでいるのを察したのだろう。 リータが下から覗き込むように、見上げてきた。 「うん? なんでもないよ」 アカツキは笑顔で答えた。 ルカリオをアリウスに紹介するのが遅れるだけで、結局のところ、大して物事が変わったわけではない。 そう認識すれば、慌てることも、驚くこともない。 「アリウスがいないのは残念だけど、紹介するぜ。 こいつが、オレたちの新しい仲間の……」 気を取り直し、アカツキがルカリオの紹介に入ろうとした時だった。 ずどんっ!! 背後――それも至近距離で何かが破裂するような音が響いた。 「……!?」 アカツキは突然の大きな音にビックリして振り返ろうとしたが、その矢先、肩に何かが負ぶさったのを感じて、動きを止める。 ずっしりとした質感だが、重いほど重いわけでもなければ、石のように硬いわけでもない。 うなじに生温い風が吹きつけてくる。 どうやら、何かの生き物が抱きついてきたらしい。 知覚すると同時に、今度は左右の耳を思い切り引っ張られた。 「んぎゃ〜っ!! いてててててっ!! 一体なんなんだ〜っ!?」 アカツキは悲鳴を上げると、手を素早く背後に回したが、肩に負ぶさってきた何かの生き物は巧みに狭い場所を逃げ回り、アカツキの頭上に飛び移った。 「んがーっ!!」 がくんと頭を垂れそうになるのをガッツで堪え、頭の上でもぞもぞしている謎の生き物に手を伸ばす。 「つかまえたっ!! てめ〜、オレの身体で遊ぼうなんていい度胸……」 モコモコした感触に気持ちよさを感じる前に、アカツキは捕まえた謎の生き物を眼前に引き摺り下ろし―― 「ウキッキ〜っ♪」 「アリウス、おまえか〜っ!!」 二発目の絶叫が敷地を駆け抜けた。 「…………」 「…………」 リータが『フォレスタウンに行った』と言っていたアリウスが、なぜここにいるのか? もしかして、フォレスタウンに行こうと思ったけれど、思いとどまって戻ってきたとか? アカツキはケロッとした表情で尻尾を腕に巻きつけてくるアリウスをじっと睨みつけていた。 イタズラ好きなのは、裏を返せば何にでも好奇心を働かせているということだから、誰かを不必要に困らせない程度なら、特に言うこともない。 ……が、今のはいくらなんでもやりすぎである。 アカツキが思うように動けないのは、分かりきっていることなのだから。 アリウスが加減してくれたためか、それともただ単に運が良かっただけか。 本気になって身体を動かしても、骨に響くような痛みはなかった。 「……これがアリウスか?」 「そうだよ!! も〜、イタズラ好きなんだから!!」 ルカリオが冷めた声音で訊ねると、アカツキは肩を怒らせながら大声で吐き捨てるように答えた。 「…………」 アカツキをここまで怒らせるとは、本当にイタズラが好きなのだろう。 イタズラ小僧を思わせる顔つきをしているが、顔だけでなく、中身までイタズラという色に染まっているのかもしれない。 だが、なかなかに面白い。 アカツキの仲間たちは、個性派揃いだ。 「……相手がオレだからいいけど、アラタ兄ちゃんやキョウコ姉ちゃんにまで同じことしてないよな?」 「キキッ?」 「それならいいけど。 オレが元気になったら、一緒に思いっきり遊んでやるから、当分はこういうことしないでくれよ」 「キキッ」 アカツキがため息混じりに言うと、アリウスは尻尾を解いて、アカツキの手からさっと脱出して地面に降り立った。 着地をポーズで決めているところを見ると、困らせたという認識はないらしく、反省もまたしていないようだった。 まあ、自覚のないヤツに反省を促したところで無意味なだけなので、アカツキは追徴課税代わりの言葉をかけることもなかった。 その代わりに…… 「リータ、ドラップ、ラシール、ライオット」 アカツキは押し殺した声で名前を呼ぶ。 呼ばれたポケモンたちはびくっ、と身体を震わせた。 トレーナーの身体からただならぬ雰囲気が立ち昇っているのを肌で感じ取ったからだ。 「なんでウソつくんだよ〜っ!! キミたちまで共犯じゃないか〜っ!!」 癇癪を起こしたかのごとく、アカツキは叫び出した。 「リーーーーーターーーー?」 一転、声音は低く、怨讐にさえ似た感情を含む。 「……べ、ベイ……」 アカツキがピントのずれた方向で怒っているのを察して、リータは後ずさりした。 顔にはビッシリと汗をかいている。 どうやら、イタズラのつもりでドッキリを仕掛けたようである。 「…………」 なんてことはない。 アカツキを驚かせようと、ラシールが皆を呼びに行った時に、ドッキリを決行しようという話になったのだ。 「もう、いいよ……」 散々喚いた後で、アカツキはガックリと肩を落とした。 こんな風にドッキリを仕掛けてきたのも、自分のことを心配してくれたからだ。 思いのほか元気で、会いに来てくれたことに対するお礼のつもりなのだろう。 だったら、これ以上責めるわけにはいかないではないか。 「でもさ〜」 アカツキは深々とため息をついた後で、口の端を吊り上げた。 ニッコリと微笑みながら、リータたちに言葉をかけた。 「もっかい同じことしたら、そん時は手加減しないから。やるんだったら超マジで覚悟してくれよなっ♪」 「…………」 「…………」 ニッコリ笑顔で、フレンドリー全開の口調で言う。 もう一回同じことをしたら、今度は本気でケンカを売られるかもしれない…… リータはアカツキが格闘道場で年上のタツキ相手に大立ち回りを演じていたのを見ていたので、本当にやりかねないと恐怖した。 脚が小刻みに震えているのは、決して芝居などではない。本気で怖いと思ったのだ。 素直な彼女が表面に出すのは当然としても、ドラップをはじめとする他のポケモンたちも、内心では戦々恐々としていた。 アカツキが『その気になればなんだってするヤツだ』と分かっているから、なおさらだ。 ポケモンたちが心の中でビクビクしているのを見て、ルカリオはアカツキの肩にそっと手を置いた。 肩越しに、笑顔で振り向いてくる男の子に、言葉をかける。 「皆に会いに来たのだろう? それと、私のことを紹介するのが目的のはずだ。 戯れはそれくらいにしておけ」 「ん〜、まあ、そりゃそうだな」 ルカリオに諭されて、当初の目的を思い出す。 アリウスへの対応及びリータたちへの説教で、すっかり目的が頭の中から吹っ飛んでいたりしたのだが…… それは口にしない方向で。 「それよりさ……」 ギラリ。 アカツキの目が、妖しく光る。 「キミだって、アリウスが下にいること分かってたんだろ〜!? だったら、教えてくれたっていいじゃないか〜!! キミも共犯なんだぞ、アーサー!!」 「……? な、なぜ私まで怒鳴られる? ……それより、アーサーとは……?」 出し抜けに強い調子で責め立てられ、ルカリオは呆然としつつも、言葉を返した。 確かにアリウス……その時はアリウスかどうかは分からなかったが、アカツキのすぐ真下に何かがいるのは分かっていた。 だが、危険な存在ではなさそうだったから、黙っていただけだ。 それはリータたちと同じ理由で通るだろう。 責められるいわれはないというのが正直なところだが……それよりも気になるのは、アカツキが最後に口にした『アーサー』という単語。 一体どういう意味なのか? 分かりかねていると、アカツキは語気を荒げて言葉を綴ってきた。 「決まってんじゃん!! キミの名前さっ!! 昔の偉い王様で、アーサー王って人がいたらしいから、その名前から取ったんだ」 「アーサー……それが、私の新しい名前?」 「そう!! アーサーで決まりっ♪」 「そうか……」 順序が思い切り違っている気はするが、アカツキはすでに自分の新しい名前……アカツキたちの仲間として歩いていく自分に、名前をつけてくれたのだ。 陽気で幼稚な男の子だけれど、やる時はやる……ということだろう。 「アーサー……」 ルカリオ――アーサーは空を仰ぎ、アカツキがつけてくれた名前を小さくつぶやいた。 妙に耳に馴染む。 昔は『ルカリオ』としか呼ばれたことがなかったので、新鮮な気持ちを覚えている。 アーサーがなにやらブツブツつぶやいているのを見やり、アカツキは皆に向き直った。 「改めて紹介するぜ。新しい仲間のアーサー。 堅物だけど、すっごくしっかりしてるヤツだからさ。仲良くしてやってくれよ。 そうだ、アリウス。 あんまりイタズラなんかしてると、ボコられちまうから気をつけろよ」 「ウキッキ〜ッ」 さり気なく注意されても、アリウスは尻尾の手を結び合わせている始末。 本気にするつもりはないらしい。 それならそれで、存分にぶっ飛ばされてくださいということで、アカツキは胸中で結論付けた。 それから、 「まあ、それはそうとして…… ネイトのことも、話しとこうと思うんだけど」 「…………!!」 ネイトの名前を出した途端、場の雰囲気が一変した。 アカツキだけでなく、リータたちにとっても大事な存在なのだ。 今、何をしているのか……研究所の敷地でノンビリしていると言っても、気になって仕方ないのだろう。 皆が、食い入るような視線をアカツキに向ける。 「やっぱ、気になるんだよな〜」 もし、ダークポケモンにされたのがネイトでなく、ドラップであったとしても、彼らは同じ反応を見せるだろう。 仲間想いなのは、自分だけではない。仲間同士の連帯感は、斧でも断ち切れないほどのものなのだ。 アリウスでさえ、真剣な視線を向けてくる。 普段はやんちゃが過ぎても、仲間のこととなると目の色が変わるといったところか。 何も言わないと詰め寄られそうな雰囲気を肌で感じて、アカツキはキサラギ博士から聞いた言葉をそのままそっくり口にした。 「なんか、今は遠くの地方の研究所で、元のブイゼルに戻してるんだって。 明日か明後日に帰ってくるって言ってたぜ。 帰ってきたら、みんなでまた遊ぼうな♪」 「ベイっ!!」 「ごぉぉぉ……」 真っ先に反応したのは、リータとドラップだった。 ドラップは実際にネイトと戦ったから、なおのことネイトのことが気になっているのだろう。 他のポケモンも、ネイトがアカツキのチームのリーダーだと認めているのだ。 改めて、仲間の絆を感じて心が暖かくなったが、そこから先はネイトが戻ってきてからの話だ。 アカツキは軽く喉を鳴らして、話を変えた。 「まあ、ネイトのことはこれくらいにしといて…… 見て分かると思うけど、オレ、こんな状態なんだよ。 だから、当分は走ったりできないし、みんなと一緒にバトルの特訓とか、旅に出たりとかできないけど…… オレもガマンすっから、みんなもガマンしてくれよ。 窮屈だとは思うんだけどさ」 とりあえず、今の状況を話しておくべきだと思った。 みんな、アカツキがケガをしているのは知っているが、実際にどんな具合なのかは分からないのだ。 「でも、ゆっくりしてられるうちにゆっくりしててくれよ。 オレ、一日でも早くトレーナーに復帰できるように、ガンバるからさ。 みんなの方も、いろいろとやりたいことがあったら、ガンガンやっちまって構わないから。 おばさんには、ちゃんと話しとくよ」 ただ、自分も頑張るから、みんなもできることをしてくれ。 アカツキの言いたいことは、ちゃんと伝わっていた。 言葉に出すだけでも十分すぎるほど伝わるだろうが、相手に対して強制はできない。 増してや、対等な立場で、同じ時を過ごそうと決めた仲間なのだから。 何気ない言葉や仕草の中にも、アカツキが仲間を大事にしていることが伝わってくる。 アーサーは、素直に『参った』と思った。 「なるほど……傍にいればいるほど、面白い逸材だ。 これはカナタと共にいるよりも、楽しめるかもしれん」 さすがにその一言を口に出すことはできなかったが、アーサーはこれからの日々が楽しみでたまらなかった。 昔の自分からは考えもつかないような、ドキドキ感を堪能していると、リータが蔓の鞭を手に巻きつけてきた。 「……?」 「ベイっ」 素直で人懐っこいリータは、満面の笑みを向けてきた。 ――一緒に遊ぼうよ〜♪ 「……そうだな。それもいい」 勇者の従者として生きていた頃は、遊ぶなど許されなかった。 アーロンやアイリーン姫は、時には張り詰めた神経を解きほぐすことも必要だと諭してくれたが、周囲がそれを許さなかった。 『誇り高き勇者の従者が遊楽に耽るなど、あるまじき行為だ』 『助けを待つ者を見殺しにするつもりか?』 などと、期待を押し付けるだけの無責任な輩がそれだけ多かったということだ。 だが、今は違う。 そんな輩は恐らくいない……そう、信じたい。 アーサーのマジメでお堅い性格は、無責任に期待ばかりする周囲が作り上げてしまったようなものだ。 いつまでも昔の自分でいても仕方がない。 アーサーは蔓の鞭を巻きつけられた手を小さく揺さぶると、リータに微笑みかけた。 昔は必要に迫られない限り明るい表情を見せることがなかったが、それゆえに本心から笑ったりするのは苦手だ。 もっとも、それをこれからアカツキの元で学んでいけばいい。いつでもすぐ傍に教師がいるのだから、苦戦することもあるまい。 「リータ……だったか。私で良ければ、存分に遊ぼうではないか」 「ベイっ♪」 アーサーの言葉に、リータはうれしそうに嘶いて、どんどんと地面を踏み鳴らした。 新しい仲間とコミュニケーションを図りたいと思っているのは、何もリータに限った話ではない。 ちょうどいいキッカケができたと、渡りに舟と言わんばかりに、次々と首を突っ込んでくる仲間たち。 アーサーは顔と名前を一致させるためか、一体一体、顔を見ながら名前を呼んだ。 「ドラップ……と言ったか。 ラシール、アリウス、そしてライオット……名前は間違っていないようだな。 どのように遊べばいいのかは分からんが……とりあえず、遊んでみよう。遊び方を教えてくれないか」 遊ぶことを許されなかった勇者の従者も、今はアカツキの大事な仲間でしかない。 無責任な期待ばかり押し付けてくる輩はいないし、仮にいたとしても、仲間たちが全力で守ってくれる。 だから、これからは存分に遊んでみよう。 アーサーがそう思うと同時に、アリウスがすかさず飛びついてきた。 「……!!」 これが遊ぶということか……? いきなり胸元に飛び込まれ、二本の尻尾であちらこちらをくすぐられても、アーサーは怒るどころか、むしろ楽しい気持ちになっていた。 「こら、くすぐったいではないか!! わ、わっ……何をする!!」 「ベイベイっ♪」 悪気のない相手に怒っても仕方がないが、声を荒げるアーサー。 何気に楽しんでいると思って、リータも加わった。 あっという間にドラップやラシール、ライオットまで騒ぎの輪に首を突っ込んだものだから、もう大変。 蜂の巣を突付いたような騒ぎに発展する。 「くぉら!! 誰だ、脇をくすぐったのはっ!!」 「ベイベイっ♪」 「ウキッキ〜♪」 「キシシシ……」 出し抜けに、アーサーの怒声が轟く。 続いて、リータとアリウスとラシールの楽しげな声。 ドラップとライオットは声こそ出していないが、楽しんでいるのは明白だった。 「な〜んか楽しそうだな〜。うらやましいな〜」 アカツキは車椅子の上から、ポケモンたちがはしゃいでいる様子を見て口の端を吊り上げた。 アーサーは額に青筋(……に似たもの)を浮かべながらも、恐らくはそんなに怒っていないのだろう。 リータたちが悪気もなく絡みついてくるから、苦慮しているといったところか。 とても楽しそうで、この身体が自由に動くなら、ちょっとくらいのケガなんて顧みずにダイビングするところだが…… 「いくらなんでも、今よりヒドイ状態で戻ったら、先生も怒るだろうな〜」 骨にヒビが入っているような状態では、飛び込むこともできない。 「でも、だったら早く元気になんなきゃな」 みんなと泥まみれになって遊ぶのは楽しいことだ。 アカツキは改めて、みんなのために一日でも早く身体を治そうと思うのだった。 To Be Continued...