シャイニング・ブレイブ 第20章 キミの心に光を -We are with you-(1) Side 1 ――アカツキが故郷を旅立って53日目。 その日、アカツキはポケモンたちと共に散歩に繰り出していた。 向かう先は、セントラルレイクの中央に浮かぶ、ネイゼルスタジアムだ。 ネイゼルカップの開催時期が近づくと、ポケモンリーグの役員や大会運営委員のスタッフが機材を運び込んだり、 大会進行の打ち合わせやリハーサルを行ったりするが、次に開かれるのは七ヶ月も先の話。 普段は湖上にただ悠然と佇み、静まり返っている場所だ。 しかし、見学は自由となっており、よほど変なマネをしない限りは、巡回中の警備員にしょっ引かれるようなこともない。 メインストリートと町の南北を結ぶ十字路を左折し、いよいよネイゼルスタジアムの入り口が見えてきた。 湖畔と湖上のスタジアムを繋ぐ橋。 ネイゼルカップが開催されると、観客が大挙して押し寄せるほど賑わうこの橋も、今はアカツキたち以外に通る者もいない。 貸切のような気分で、大手を振って通ることができる。 アカツキはアーサーに押してもらっている車椅子の上で、じっとネイゼルスタジアムの入り口を見やった。 重厚なつくりの扉は押し開かれ、見学者を遍く受け入れてくれる。 地元ということもあり、アカツキは今までに何度かネイゼルスタジアムに足を運んだことがあるが、今回は特別だった。 「みんなは初めてだもんな〜」 肩越しに振り向くと、リータたちがソワソワしていた。 レイクタウンの長閑な景色や、ゆったり流れる時間には慣れてきたようだが、ネイゼルスタジアムに行くのは初めてなのだ。 快活で、誰よりも感受性豊かなリータは、落ち着かない様子だった。 首を振り、周囲を忙しく見回している。 頭上の葉っぱがヒラリヒラリ左右に揺れるのが、何とも可愛い。 反面、ドラップやライオットは落ち着いた様子だった。 年長者の威厳とでも言うのだろうか。周囲ほど浮き足立ってはいなかった。 当然と言えば当然だが、アーサーも冷静だった。 元からマジメで、アカツキのチームの中では一番寡黙なのだ。よほどのことがない限りは騒ぎ立てないだろう。 しかし、今はアーサーよりも、ネイトの方が寡黙だった。 「…………」 アカツキは、視線をゆっくりと前方に戻した。 橋の向こう側に広がるセントラルレイクはとても穏やかで、ヌオーやウパーたちが気ままに泳いでいる。 いつもと変わらない景色が目の前にあるけれど、いつもと変わらない日常は、ここにはない。 前方に戻した視線を下ろす。 アカツキの膝の上で、ネイトは静かに佇んでいた。 ダークポケモンから解放されたのはいいものの、 ダークオーラ(キサラギ博士曰く、ポケモンの心を閉ざし、ダークポケモンに作り変えるための力)を完全に取り除くことができなかったらしく、 可能な限りネイトの心に負担をかけないようにとの配慮から、トレーナーの元で自然に心を開かせる『リライブ』を継続することになったのだ。 『リライブホール』による『リライブ』も同様に時間がかかるとのことで、 どうせ同じ時間がかかるのなら……と、アカツキたちの傍にいた方がいいという判断もあったと聞く。 元のネイトに戻っているわけではないが、それでも傍にいてくれるだけで、何かと気持ちは明るくなる。 一日も早く元通りに戻れるよう、頑張らなければ……という気持ちが芽生えるからだ。 「ネイトのためにも、オレがガンバんなきゃなっ♪」 ただ傍にいてくれるだけで、こんなに熱い気持ちになれるのだ。 キサラギ博士と、『リライブホール』の発案者であり運営者でもあるクレイン博士の温情には感謝してもしきれないくらいだ。 と、間近に感じられるトレーナーの心境の変化を『波導』で感じ取ったのか、橋を渡り切る直前、アーサーがアカツキに言葉をかけた。 「アカツキ。無理はするなよ」 「ん?」 「おまえの気持ちは、誰もが理解している。 皆の期待に応えたいと思う気持ちは尊いものだし、おまえがそう思うことに対してケチをつけるつもりもない。 だが、無理だけはするな。おまえ一人が頑張って解決する問題でもないのだからな」 うれしい時、悲しい時、不安な時…… 周波数が変化するのと同じ感覚で、アーサーは他者の感情の変化を敏感に察知することができる。 『波導』ポケモンと言われているルカリオならではの能力だが、この能力を存分に活かすことになりそうだ。 アーサーの言葉に、アカツキは一秒ほど口ごもっていたが、素直に礼を言った。 心配してくれているから、そんなことを言ったのだ。 「分かってるって。アーサー、ありがとな」 「……おまえは危なっかしいからな。私がしっかりしなければならん」 「素直じゃないなあ、もう……でも、それがアーサーらしいや」 心配だからだ……と素直に言い出せないアーサーに、ニッコリ微笑みかける。 だが、アカツキにだって分かっている。 アーサーはマジメで几帳面、折り目正しい性格の持ち主だが、照れ屋でもあるのだ。 素直に『心配なのだ』と言い出せないところが、マジメな性格とミスマッチしていて、何だか憎めない。 もしかして、そういうのをツンデレと言うのだろうか? 「…………」 「…………」 アーサーとアカツキのやり取りを耳にして、リータたちの表情が引き締まった。 アーサーがアカツキとの会話で用いているのは人間の言葉だが、アーサーの言葉であれば、リータたちは完全な形で理解できる。 自動言語翻訳機でも内蔵しているのではないかと思われるような性能だが、結果論で言えば問題ない。 ともあれ、アカツキがネイトの心を開かせることに気持ちを向けているのは理解している。 トレーナーだけに頑張らせるわけにもいかないから、自分たちにもできる形で、協力しなければならない。 新入りとは思えないようなアーサーの堂々とした言動。 株は緩やかな上昇どころか、完全に鰻登り。 株価で言うならばストップ高もいいところだった。アーサーの存在感は、仲間に加わって三日目にして、皆と遜色ないほどに高まっている。 話をあっさり切り上げて、アーサーは視線をネイゼルスタジアムの開かれた入り口に向けた。 「それより、この神殿は何だ? ずいぶんと立派だが……どこか軽々しい雰囲気も漂っているな」 「神殿じゃないって。 ネイゼルスタジアムって言うんだ。カナタ兄ちゃんから聞いてないのか?」 「いや……聞いていない」 アーサーの目に、ネイゼルスタジアムは神殿に映ったらしい。 昔はスタジアムなどというシロモノが存在していなかったため、これほどの規模でドーム状の施設と言えば、神殿くらいしか思いつかなかった。 だが、アカツキは笑うことなく、皆への説明も含めて、アーサーに聞かせてやった。 「ポケモントレーナーが、超マジで戦うトコなんだ。 オレとアラタ兄ちゃんとキョウコ姉ちゃん、あとカイトもだけど、あと七ヶ月ちょっと経ったら、あそこでバトルするんだ。 みんなの力を借りることになるんだけどさ、実際に戦う前に、どんな場所なのかって知っといた方がいいと思って」 「戦いの舞台、ということだな?」 「ピンポ〜ン、正解♪」 アーサーはポケモンバトルが何であるかもよく分かっていないようだが、少しずつ慣れていってもらえばいいだろう。 今日のところは、ネイゼルスタジアムがどんな場所なのか分かってもらえばいい。 今の状態では、ネイトがポケモンバトルに参加することは不可能だ。重要な戦力を欠いた状態で何かをしようとも思わない。 「なるほど……それより、ポケモンが外に出た状態で入ってもいいものなのか?」 「大丈夫だって。変なマネしなきゃ、追い出されたりしないからさ」 「そうか……それならいいが」 「アーサーって心配性なんだな。 でも、気を遣ってくれてんだもんな。ありがと」 「ふん……そう思うのなら、おまえ自身がもっとしっかりすることだな」 重ね重ね『ありがとう』と言われ、アーサーは照れ隠しに荒い鼻息を漏らした。 アカツキが肩越しに振り向くと、アーサーはわざとらしく視線を逸らす。 照れているようだが、照れ屋だという自覚はなさそうである。 「ナンダカンダ言って、アーサーって可愛いんだよな〜。勇者のお供してたなんて思えねえや……」 確かにアーサーは勇者の従者と呼ぶに相応しい雰囲気の持ち主だ。 だが、アカツキに言わせれば、照れ屋でよく勇者の従者など務められたものだと、不思議に思えて仕方なかった。 もちろん、昔はあちこちで戦争が勃発していたそうだから、照れ屋だのなんだのと言っていられる状況ではなかったはずだが。 それならなおのこと、照れ屋だということに気づかなかったとしても不思議はない。 そんなアーサーのツンデレぶりが、アカツキには可愛く見えて仕方なかった。 「からかうと、後が大変そうだから、そっとしとこう……」 からかってみたいところだが、調子に乗っているといつかキレて、攻撃されそうだ。 「でもま、今はネイゼルスタジアムの見学だな。ネイトの気も紛れるだろうし……」 程なく橋を渡りきり、アカツキたちはネイゼルスタジアムに足を踏み入れた。 内部はアーサーが先ほど言ったように、神殿に似た佇まいだった。 緩やかな膨らみが印象的なエンタシスの柱が建ち並び、真っ白な天井と漆黒の床というコントラストが、神殿の雰囲気を演出している。 しかし、特に調度品が飾られているわけではなく、地味な印象は拭えなかった。 アカツキには見慣れた光景だが、リータたちにとっては新鮮に映ったらしく、 「ベイっ、ベイっ♪」 「キシシシ……」 「ウキッキ〜っ!!」 リータとラシールとアリウスが、スタジアムの入り口に当たるホールを所狭しと駆け巡り始めた。 「……止めなくていいのか?」 「ん〜、大丈夫だって」 「……おまえが言うなら、それでいいのだろうが。私は心配でならん」 呆気なく一蹴され、アーサーは不満げに頬を膨らませた。 アカツキは楽天的に過ぎる。 陽気で奔放なのが彼らしさなのだろうが、それにしては常日頃からある程度の緊張感を持ってもらわなければ困る。 昔のように、争いに満ちあふれている世の中でないことは重々承知しているが、それでも最低限の緊張感は欲しいところだ。 平和と安息に慣れ切ってしまったら、いざという時に対応できなくなってしまうものだ。 それだけは避けておきたいのだが…… 「……キキッ♪」 リータとラシールはホールを周回するだけだったが、アリウスが左手に延びる通路に入っていってしまった。 「おい、アリウス!!」 カーブした通路の先に消えたアリウスの背中に向かって声をかけたのは、アカツキではなくアーサーだった。 アリウスはイタズラが好きだと聞いているので、何かしでかすのではないかと思って心配になったのだ。 勘違いされると困るので先に言っておくが、アーサーが心配しているのはアリウスの身ではなく、 アリウスが起こすであろうトラブルの巻き添えを食らう人やポケモンのことである。 「アカツキ、止めないでいいのか!?」 カケラほどの緊張感さえ漂わせていないアカツキに業を煮やし、とうとうアーサーは声を張り上げた。 ……と、ネイトがアカツキの膝の上でむくっと立ち上がり、アーサーに視線を向けた。 「…………」 じーっ、と見つめられ、それ以上は何も言えなくなる。 もしかしたら、ネイトはアーサーに『何もする必要はない』と言いたいのかもしれない。 「…………今のネイトって、言いたいことをちゃんと言えない状態なんだよな。 でも、今のは……」 アーサーが黙り込んだのを見て、アカツキはネイトがちゃんと意志を相手に伝えているのではないかと思った。 言葉や表情には出せなくても、ちょっとした行動で意志をある程度は伝えられる状態なのかもしれない。 なぜそんな風に思えるかと言ったら、アリウスは確かにイタズラ好きだが、 それでも人やポケモンが本当に困るような、始末に負えないような悪さは絶対にしないからだ。 アーサー以外はみんな知っていること。 だから、ネイトは立ち上がり、アーサーを見つめるという行為でそれを示したのではないか……? ご都合主義と言われればそれまでだが、アカツキにはそんな風に思えてならなかった。 「…………」 「…………」 無言の圧力。 表情にハリがないから、怒っている顔を向けられるよりもよほど辛く感じられたのだろう。 アーサーが先に参った。 「私は知らんぞ」 負け惜しみを口にしたくなるような気分だったのかもしれないが、ネイトに八つ当たりしても仕方がない。 まあ、何かあったら、その時はトレーナーの監督不行届きということで、アカツキが責任を負うことになる。 アーサーが気に病む必要などないのだが、やはりアカツキのことをちゃんと見ていかなければ……という責任感は、 何も感じないという選択肢を無意識に封殺してしまうものらしい。 困ったものだが、きめ細かいという意味では、それがアーサーの長所なのだろう。 「ま、気が済んだらアリウスだって戻ってくるだろうし、オレたちはゆっくり見学しようぜ」 「……分かった」 気まずい表情で頷くアーサー。 分かってくれたか……と言わんばかりに、ネイトはゆっくりと、アカツキの膝を布団代わりに横たわった。 素振りを見る限り、ある程度は物事を考えた上で行動しているようである。 「お〜い、リータ、ラシール。行くぞ〜」 アカツキが声をかけると、リータとラシールはすぐに戻ってきた。 アリウスが通路に消えたことは分かっていても、問題ないという認識を抱いているのはアカツキと同じだった。 「アーサー、あっちに行ってくれ」 話が一区切りついたところで、アカツキは右手の通路を指差した。 アリウスが駆け込んでいったのは左手の通路だったのだが、 「追わないのか?」 「アリウスは心配ないって」 「そうか、分かった」 アカツキが心配要らないと言うのなら、まあそれでいい。 アーサーは車椅子を押して、右手の通路へと向かった。 ホールを抜け、通路に入る。 幅五メートルの通路は、緩やかな左カーブを描いていた。 スタジアムには環状の外周通路が設けられ、予選が行われるサブスタジアムへの連絡橋とつながっている。 ホールの左右から延びた外周通路はサブスタジアムへの移動手段になっているのだ。 外周通路の内側に観客席と、すり鉢の底部に当たる中央部に、ポケモンバトルが行われるフィールドが広がっている。 アカツキはすり鉢の底部――今はただの砂地となっている場所を指差して、みんなに説明した。 「ほら、あそこがバトルフィールドなんだ。 今はなんもないけど、ネイゼルカップの時期になると、あそこが草ぼうぼうになったり、岩だらけになったり、水とか氷で埋められたりするんだぜ」 曰く、ネイゼルカップの本選では、一戦ごとにフィールドがランダムに変化する。 草、岩、水、氷と、四種類のフィールドが用意されるが、実際に対戦する時まで、どのフィールドになるか分からない。 どんなフィールドでも戦えるようなチームを組まなければ、フィールドというハンデを背負うことになる。 「なるほど……なかなか難儀しそうだな」 アカツキの説明に、アーサーは一筋縄では行かない戦いがそこで繰り広げられるのだろうと思った。 「でも、みんなと一緒なら大丈夫だって」 「…………」 ネイトが再び立ち上がり、更地となっているフィールドに視線を注ぐ。 アカツキと一緒に、何度かネイゼルカップの激闘を見に来たことがある。いろいろと気になっているのかもしれない。 アカツキはネイトの横顔を黙って見ていた。 ちゃんと、ネイトに言葉をかけて、スキンシップを図るのが重要なのだということは分かっている。 だが、過ぎたるは及ばざるが如し。 干渉しすぎても、ネイトの心に負担をかけるだけ。 何事も程々にするのが大事だと、アカツキは思っている。 「今は、伸び伸びさせてやらなきゃいけないんだよな……悔しいけど」 傍でそっと見守るのも、大事なこと。 出先であれこれ言葉をかけたりするのはやめて、病院に戻ってから、何もすることがなくなったら、話したりじゃれ付いたりすればいい。 ネイトは今、何かを感じている。 横槍を入れてはならないのだ。 「…………」 アカツキはネイトの視線を追い、再び更地のフィールドに視線を向けた。 七ヵ月後には、みんなであの舞台に立つ……時間なんていくらあっても足りないくらいだけど、 今はアカツキ自身の身体を治すこと、それからネイトを元に戻すことを考えなければならない。 両方をクリアしなければ、ポケモンバトルの特訓も、各地をめぐって新しいポケモンをゲットすることもできないのだから。 「ホント、やること多いんだよなあ……でも、その方が燃えてくるってモンさ」 ネイゼルカップの舞台に立つことはすでに約束されている。 熾烈な戦いの連続で勝利を収めるためにも、為すべきことを為さなければならない。 やらなければならないことは多いが、だからこそ余計にやらなければならないという想いが強くなる。 「みんなと、あそこに立ってバトルするんだ。楽しみだよな」 「ベイっ♪」 アカツキの言葉に、これ幸いとリータが頭上の葉っぱをこすりつけてくる。 人懐っこいのは元々だが、最近になって、顕著になったような気がする。 一度、アカツキに予期せぬ形で突き放されたことが堪えているのか……あるいは、その反動だろう。 「リータ、くすぐったいって」 アカツキは苦笑いしながら、じゃれ付いてくるリータをそっと離した。 「…………」 二人のやり取りが気になってか、ネイトが顔をそちらに向ける。 無表情で、特に眼光鋭い様子もない。 「ベイっ……」 睨みつけられている時よりも空恐ろしいものを感じて、リータはドラップの背後に隠れてしまった。 「ネイト。何もそんなことくらいで怒らなくてもいいのにさ〜」 アカツキは苦笑し、ネイトの頭をそっと撫でた。 思っていることが表に出てこないとはいえ、ちょっとした仕草で、なんとなくは分かる。 伊達に、五年間も一緒に暮らしてはいない。 ネイトはリータがアカツキに過剰にじゃれ付いているのを見て、ぷちっ、と来たのだ。 明るく陽気でトレーナー似だが、怒る時は怒る。 「怒っているのか?」 ネイトが怒っているように見えたと、アーサーが皆の意見を代表して口にしたが、 「うん、まあ。 最近は一緒にいられなかったから、もうちょっと構ってほしいって思ってたみたいだな〜」 「なるほど……」 アカツキの一言に、思わず納得。 表情や言葉で思っていることを表に出さないから、本当にそうなのかと疑いたくなるところだが、 清々しいまでにあっさりした返答に、疑いさえ芽生えなかった。 「ま、これくらいにしとこうぜ。いつまでも突っ立っててもしょうがないし」 「そうだな。では、行くとしよう」 話もそこそこに切り上げ、アカツキたちは外周通路を再び進み始めた。 アリウスの姿や鳴き声が聴こえてこないが、かくれんぼでもしているのだろうか? イタズラ好きな彼なら、何をしていても不思議ではないのだが…… そんな心配を余所に、アカツキたちは外周通路を一周して、入り口のホールに戻ってきた。 途中には予選が行われるサブスタジアムへの連絡橋があったが、サブスタジアムもメインスタジアムと同じ構造になっているので、説明だけに留めた。 ホールには他の見学者の姿があったが、アリウスはやはりいなかった。 「あっれ〜? アリウスのヤツ、どこ行ったんだ?」 ホールの隅々まで見渡してみても、アリウスの姿はない。 スタジアムから出ているとは思えないが……かくれんぼでもしているのなら、こちらから見つけ出さなければならないだろうか。 近くにいるのなら、リータたちが気づかないはずがない。 そうなると、サブスタジアムに入ったか、あるいは外に飛び出したか。 どちらにしても、捜し出す必要があるだろう。 「付近にはいないようだ。探し出すしかないな」 他の見学者が外周通路に入ったのを確認してから、アーサーが小声で言った。 「う〜ん、そうみたいだな。アリウスのヤツ、世話が焼けるぜ……」 近くにいないのは分かっている。 アカツキはため息混じりにつぶやいた。 今に始まったことではないが、アリウスはアカツキのチームの中では一番手の焼ける存在だ。 だが、手間のかかるところがまた可愛いのだ。 やんちゃな弟みたいで、放っておけない。 「外かもしれないな〜。ネイトの気晴らしも含めて、外を捜そうぜ。ノンビリ散歩でもしながらさ」 「分かった。そうしよう」 アカツキの提案は鶴の一声として、皆に受け入れられた。 しかし、ノンビリ散歩しながらアリウスを捜すという素敵なプランは、呆気なく瓦解することになる。 「わーっ、ちょっと待ってくれえ〜っ!!」 唐突に……それはもう突然に、何の前触れもなく。 突き抜けるような悲鳴が橋を駆け抜けて響いてきた。 「ん……? 今の声、カイトかなあ?」 気のせいか、カイトの声だったような気がする。 仮に親友であろうとなかろうと、逼迫した雰囲気を漂わせる声音だったことに違いはない。 「ライオット、先に行って様子見てきてくれない? 何か分かったら教えてくれ」 「ごぉぉんっ……」 アカツキの言葉に頷くと、ライオットは翼を広げて飛び立った。 滑るように宙を舞い、町の方へと飛んでいく。 「……今の声、カイトのものだな。 何かあったようだが……行くのか?」 遠ざかるライオットの背中を眺めながら、アーサーが訊ねてくる。 答えは聞くまでもなかったが、一応念のため。 「当たり前じゃん。何かあったら困るし……その、アリウスがイタズラしてたりするとマジでヤバイんだよな」 「なるほど……では、行くとしよう。少し飛ばすから、しっかりつかまっていろ」 「うん、分かった」 カイトだろうと別人だろうと、放ってはおけない。 アリウスなら心配要らないから、今は聴こえてきた悲鳴の主を探し出し、処置するのが先である。 最悪、悲鳴の発生源にアリウスがいて、ニコニコ笑顔でイタズラをしている可能性さえ孕んでいるのだ。 これはもう、放ってはおけない。 アーサーが訊ねなくても、アカツキが行く気満々であるのを、ポケモンたちはすぐさま感じ取っていた。 アカツキが片手でネイトを押さえ、もう片方の手で肘掛を抱き込むようにしたのを確認し、アーサーはさっと駆け出した。 少し遅れてリータたちがついてくるが、ラシール以外の二体が『神速』を使ったアーサーに追いつけるはずもなく―― 「うわわわわわ〜っ!! アーサー、速い、速いっ!! ちょっと待て〜っ!!」 静かな湖にかかる橋で、アカツキの悲鳴が木霊したのは、言うまでもなかった。 残念ながら、アーサーは聞く耳を持たず、凄まじい速度で車椅子を押しながら橋を爆走し続けた。 飛ばすと言ったら、アカツキは同意した。 だから、『神速』を使って、ものの十秒足らずで橋を渡って町に入った。それだけのことだ。 少しとは言ったが、逼迫しているのなら一秒の猶予もないはずである。 車椅子の車輪が悲鳴を上げたり、金具がガタガタと音を立てて少し曲がったような気がしたが、そんなのは些事だ。 町中に入っても、アーサーは『神速』を解除することなく、橋を一気に渡りきったスピードを維持したまま、悲鳴の発生源へ向かって走り続ける。 断続的に悲鳴が周囲に響いているが、聞けば聞くほどに、カイトの声だという確信が持てた。 しかし…… 「なんか、あんまり切羽詰まってるって感じじゃなさそうだな〜」 「そのようだな」 超特急に慣れたアカツキが発した言葉に、アーサーは事も無げに頷いた。 橋を渡った先の十字路を右折し、町の南部を目指す。 悲鳴が聞こえてきたのは、町の南部にある小高い丘……約一ヶ月前に感謝祭のポケモンバトルが行われた場所だ。 すぐに道から外れ、青々とした草が敷き詰められた緩やかな坂道を一気に駆け上がっていく。 時々硬い石にゴツンとぶつかって尻が痛むが、四の五の言っていられる状況ではない。 というのも…… 「わーっ、タンマタンマ!! オレの言い分も聞いてくれよォ〜!!」 半ベソ状態で、カイトがヌオーたちに追いかけられているからだった。 一体全体、何がどうなっているのか分からないが、ヌオーたちは相当に怒っているようだ。 普段は穏やかでおっとりしているはずの彼らが、怒りのオーラを全開にしているのを見ると、よほどのことがあったのだろう。 ……と、カイトと一緒にいる紫のサルのようなポケモンが目に入った。 「あ、いたっ!!」 スタジアムのどこかにいるかも……と思われていたアリウスが、カイトと一緒にヌオーたちから逃げ回っているではないか。 「もしかしたら……アリウスが事件の種を撒いたのかもしれんな」 「どうかな〜。聞いてみなきゃ分かんないぞ」 「まあ、いい。止めるのなら私に任せてくれ」 「うん、分かった」 アリウスがヌオーたちに余計なちょっかいを出して、ヌオーたちはそれをカイトの仕業と勘違いして、怒って追いかけているのかもしれない。 アリウスがカイトと一緒になって逃げ回っているのだから、アーサーの言葉には確かに説得力があったりするのだが…… なんとなく、アカツキは違う気がした。 何がどう違うのかは、実際にヌオーたちに事情を聞いてみなければ分からない。 その前に、ヌオーたちを止める必要があるだろう。 今はまだ丘の上で追いかけっこしているだけで済んでいるが、もしカイトたちが町中に逃げ込んだら、大変なことになる。 アーサーの実力も見てみたいし、今回は彼に任せてみよう。 でも、その前に…… アカツキはぐんぐん近づいてくる丘の頂で悲鳴を上げながら逃げ回っているカイトとアリウス、 それから彼らを追いかけているヌオーたち目がけて声を張り上げた。 「お〜い!! 面白そうだから、オレも混ぜてくれよ〜っ♪」 「…………おい!! なんだそれは!!」 気を引く一言にしては、あまりに無責任!! アカツキの言葉に、マジメなアーサーが精一杯ツッコミを入れたのは至極当然だった。 一見無責任に思える言葉はしかし、頂で流れる時間を暫し停止させることに成功した。 アカツキたちがたどりついた時、逃げることや追いかけることを忘れて、みんなして立ち尽くしていたからだ。 Side 2 「ほう……なるほど」 カイトとアリウス、ヌオーたちの間に割って入る形で立ち止まり、アーサーは動きを止めた両者を見やって驚嘆した。 アカツキの言葉一つで動きを止めてしまったからだ。 なぜだろうと思ったが、ヌオーたちの『波導』を読み取った限り、彼らは少なくともアカツキに対してはいい感情を抱いているようだ。 反面、カイトとアリウスに対してはなんだか険悪なムードが漂っている…… 「あ、アカツキ……それにアーサーまで……ど、どうしたんだよ、いきなり」 カイトはホッと胸を撫で下ろしながらも、戸惑いがちに訊ねてきた。 アカツキが割って入ってくれなかったら、 追いかけ回され続け、疲れ果てたところで尻尾による叩きつける攻撃や水鉄砲や泥爆弾をたんまり喰らうハメになっていた。 少なくとも、そんな『最悪』な状態から脱しただけでもありがたいところだった。 「キキッ♪」 ヌオーたちから逃げ回って大変だったらしく、アリウスがすぐさまアカツキに抱きついてきた。 「おいおい、アリウス。何がどーなってんだ?」 アリウスをちゃんと抱き止め、アカツキはここで何が起こったのか訊ねた。 とりあえず、ここでヌオーたちがいきなり荒っぽい手段に訴えるようなこともないだろうから、落ち着いて事情を確認すればいい。 「キキっ、キキッキ〜っ♪」 「ふんふん……それで?」 「キキキキっ!!」 「なるほど……分かった」 「……な、なにが?」 アカツキとアリウスの会話を理解できないカイトが、恐る恐る口を出してくる。 しかし、アカツキはすぐには答えず、アリウスが話してくれた内容を頭の中で噛み砕いて、ヌオーたちの方を見てから、カイトに向き直った。 「ヌオーたち、すっごく怒ってる。 その原因を作ったのはカイトだって」 「ええっ!? なんでオレが!?」 身に覚えなどないから逃げ回っていたわけで……カイトは素っ頓狂な声を上げた。 いきなり『ヌオーたちが怒ってる原因を作ったのはおまえだ』と言われても、すぐに理解できるはずもない。 カイトが声を上げたことで、ヌオーたちの間に不信感や怒りが急速に高まっていくのを、アーサーは肌で感じていた。 余計な刺激をしてくれる……と思うが、ヌオーたちを吹っ飛ばすくらいなら造作もない。とりあえず、ギリギリまでは様子を見ることにしよう。 せっかくアカツキが穏便に話をつけようとしているのだから、それをいきなりつぶす必要もない。 「えっと……」 ヌオーたちの敵意に満ちた視線を浴びて、口ごもるカイト。 「一体、どうなってんの? オレ、何もやった覚えないんだけど……」 事実、カイトはヌオーたちに対して何かをした覚えはない。 だから、余計に分からないのだ。 「ま、カイトは覚えがないって言うだろうけど……とりあえず、靴の裏、見てみ?」 「靴の裏?」 余計に意味不明な言葉を投げかけられ、カイトは半信半疑といった表情で、片足ずつ上げて、靴の裏を確認する。 右足は特に異常が見当たらなかったが、左足の方は違っていた。 「ん? なんだ、これ?」 殻の破片らしきものと、白と黄色が混じり合ったような液体が付着している。 言われるまで気づかなかったが、何かを踏み潰して付着したのだろう。 「カイト、ここで何してたんだ?」 「オレ? ここでレックスの特訓をしてたんだよ。 まあ、ポケモンバトルの特訓ばっかじゃつまんないから、トレーニング代わりにオレも一緒に走ってたりしたんだけど…… そしたら、いきなりヌオーたちが上陸してきて、追いかけられたんだ。 途中でアリウスがやってきて、ヌオーたちと話をしてくれたんだけど、噛み合ってなかったのかなぁ。なんか余計に怒って。 それで一緒に逃げてたってワケ」 「そうなんだ……で、アリウス」 カイトの話を聞いたが、釈然としない部分がある。 アカツキは背中にへばりついているアリウスを引っぺがして、身体をつかんだまま眼前に引きずり出した。 「ウキッ?」 ――なあに? そう言いたげな無邪気なアリウスの笑顔をじっと見つめながら、アカツキは問いを投げかけた。 「スタジアムにいると思ってたけど、こんなトコにいたんだ」 「ウキッ♪」 「で……なんでカイトが追いかけられた理由知ってんだよ。カイトは、途中からやってきたって言ってたぞ?」 「ウギッ……」 カイトの証言と食い違う点を指摘すると、一瞬……ではあるが、アリウスの表情が引きつった。 すぐさま何事もなかったように無邪気な笑みを浮かべるが、ちょっとした変化でも、アカツキが見逃すはずはなく、 「アリウス。おまえ、原因知っててヌオーたちに黙ってたんだろ? 正直に吐けよ〜」 「ええっ!? そうなの!?」 予期せぬ言葉を引き出され、カイトは驚きのあまり再び素っ頓狂な声を上げた。 だが、それでようやく合点が行った。 アリウスがヌオーたちに話をつけた途端、ヌオーたちの怒りのボルテージが上がったのだが……ややこしくしてくれたワケだ。 「…………ややこしいことになったな」 胸中で、ウンザリしたようにつぶやくアーサー。 やはり、アリウスは天性のトラブルメーカーだ。 しかし、この始末をどうつけるつもりなのか……アカツキのお手並み拝見と行こう。 この程度のイザコザを解決できないようでは、先が思いやられる。 「…………」 絶句するアリウス。じっとその顔を見やるアカツキ。 口元は笑っているが、目だけは本気で笑っていない。 怒りこそあからさまに滲ませていないものの、少しは腹に据えかねているようである。 アリウスを責めるのは後でいい。 今は、ヌオーたちの怒りを鎮めるのが先だ。 アカツキはアリウスを離すと、カイトに向き直り、 「この辺にさ、ヌオーたちの好物の木の実を隠しておく洞穴があるんだよ。 洞穴って言っても、そんなに大きいものじゃないんだけど……」 「え? そんなのがあるのか? 知らないなあ……」 「まあ、オレもアリウスから聞くまでは知らなかったんだけどさ。 ……で、たまには洞穴から木の実がこぼれ出ることがあって、たまたまそれをおまえが踏んじまって、 見ちまったウパーがヌオーに通報して、怒り心頭で追いかけてきたってワケ」 経緯はどうあれ、ヌオーたちが怒りに猛る原因を作ってしまったのはカイトだ。 それだけはちゃんと認めてもらわないと、話が進まない。 「…………そうなんだ。知らなかったなあ。 でも、やっちゃったことは事実なんだよな」 言われなきゃ分かるワケねーじゃんそんなモン。 ……と言い出したくなるのをグッと堪え、カイトは素直に自身の非を認めた。 知らなかったとはいえ、ヌオーたちの好物を踏み潰してしまったことに変わりはない。 「…………」 ヌオーたちの鋭い視線を浴び続けるのが辛いのか、カイトはそっと顔を背けた。 しかし、その先には今にも泣き出しそうなほど表情をゆがめているウパーが。 「う……」 悪いことをしたという気持ちはある。 ただ、どう謝ればいいのか分からない。 どう謝れば許してもらえるのか……なんてことを考えているわけではないが、やはりただ謝るだけではダメなのだろう。 「オレも、パフェとか踏み潰されるの嫌だもん……」 自分の好物に置き換えてみると、ヌオーたちの怒りが並々ならぬものであることが容易に理解できる。 思案をめぐらせているカイトに言葉をかけず、アカツキは彼が言い出すのを待った。 知らなかったとはいえ、ヌオーたちの好物を踏み潰したのは事実。 こればかりは、カイトの口から何か言ってもらわないことには解決しない。 アカツキが口添えをすれば、案外簡単に解決するのだろうが、それではダメだ。 普段は陽気でバカっぽく見えても、物事の道理を心得ている……それが、アカツキという男の子だ。 「…………」 カイトはヌオーたちやウパーの視線から逃れるように俯いていたが、やがてグッと拳を握りしめると、顔を上げた。 怒りに満ちたヌオーたちに向き直り、口を開く。 「あのさ……ホントにゴメン」 開口一番詫びの言葉を入れ、小さく頭を下げた。 「知らなかったって言うのも言い訳みたいだから、できれば言いたくはないんだけど…… でも、やっちまったことは認めなきゃいけないよな。 おまえたちの好物を台無しにしちゃってさ、ホントに悪かったよ。ごめんなさい」 言い終えて、再び頭を下げる。 言い分はあるが、それをこの場で口にすべきではない。 「…………」 「…………」 カイトが本心から詫びていると、アカツキはすぐに理解した。 顔は見えなくても、親友が何を考えているかなど、手に取るように分かるものだ。 心から申し訳ないと思っているのは、ヌオーたちにも伝わっているだろう。カイトに向けられた視線も、鋭さを欠いている。 カイトも謝っていることだし、これくらいでいいだろう。 「なあ、おまえたち」 アカツキは口を開いた。 「カイトも謝ってるし、許してやってくんないかな? 食べ物を粗末にするなんて、ホントはやっちゃダメなことなんだけどさ…… 知らなかったってこともあるし、何もしないままだと、別の誰かが同じことしちまうかもしれないからさ。 誰かが見張ってるとか、目印を作っとくとかした方がいいと思うんだけど、どう?」 カイトの非を認めた上で、彼を弁護し、思いついた方策を伝えてみる。 やってしまったのは事実だし、いつまでも過去にこだわっていては、未来の展望は拓けないものだ。 だから、二度と同じことが起こらないよう、双方で対策を施す必要がある。 アカツキはそこまで難しい言葉で考えていたわけではないが、 むしろそういったものは頭で考えるものではなく、こうしなきゃいけないという義務感だった。 アカツキの言葉に、ヌオーたちが顔を見合わせる。 「ヌオ〜っ」 「のぉぉぉぉっ……」 なにやら話し合っているようだが、ここで口を挟むのは厳禁だ。 彼らに考えさせた上で結論を出さないと、意味がない。 何を言っているのか、アカツキには微妙なアクセントの違いから理解できるが、それでも一言も発しない。 「…………ゆ、許してくれるのかな?」 輪を作ってあれこれ話し合っているヌオーたちを見て心配になったのだろう。 アカツキの傍にやってきたカイトが、小声でそっと訊ねてきた。 なんとなく雰囲気が緩やかになった気はするが、それだけではやっぱり心許ない。先ほどのような敵意をいつ向けられるかと、不安に思っているのだ。 喉もと過ぎれば何とやら…… アーサーはカイトに呆れ顔を向けていたが、カイトの目にアーサーの表情はまったく映らなかった。 「ん〜、どうだろ」 「ええっ……マジ……?」 アカツキの中途半端な答えを受けて、カイトは顔面蒼白になった。 しかし、いつまでもそんな風では困る。 アカツキはニコッと彼に微笑みかけた。 「でもさ、たぶん大丈夫じゃないかなあ。 これからのことを考えるんだったら、カイトをボコってもしょうがないし。 そんなことしたら、レックスが怒ることだって分かるだろうし」 「あ、そっか……」 ヌオーたちも、カイトが素直に謝ったから、実力行使に出ようとは思わないだろう。 一応、同じ町に住んでいる仲間だし、レックスが怒ると怖いのは知っている。 意外なことだが、レックスは普段おっとりしている割には、一旦キレると歯止めが効かないのだ。 竜の怒りやら火炎放射をなりふり構わずぶちかましては、大規模な火災を起こしそうになったことさえある。 それも湖の傍だっただけに、ホームグラウンドであるヌオーたちは嫌というほどレックスの恐ろしさを叩き込まれている。 「だけど、だからって簡単に妥協しちゃダメなんだからな」 「うん、分かってる……」 一転、厳しい言葉を突きつけられ、カイトの表情が硬くなる。 許してもらえるからと言って、反省の気持ちを容易く忘れてはならない。 無論、同じ間違いを犯したら、次はアカツキも間に立って調停してくれないだろう。 「じゃ、こんな暗い話はここで終わりな」 「あ、うん……」 「アーサー、あいつらのトコに連れてってくれ」 カイトも十分反省している。 アカツキよりも聞き分けが良くてイイ子だと、近所では評判なのだから、大丈夫。 アカツキはアーサーに車椅子を押してもらい、ヌオーたちの元へ赴いた。 「いいアイディアは浮かんだ?」 早速、言葉をかける。 白熱する議論に水を差されたような状態でも、ヌオーたちは暖かくアカツキを迎え入れてくれた。 いつも明るく気さくに接しているからこそ、彼の人柄にヌオーたちが信頼を置いているのだろう。 「ぬおーっ」 「おぉぉっ」 「うん、うん……それ、いいじゃん。今からそうしろよ。 そうしたら、カイトみたいに木の実を踏み潰すヤツも出てこなくなるって」 ヌオーたちが出したアイディアは、こういったものだった。 木の実を埋めた洞穴の周囲を泥の塊で覆い、目印にする。 ヌオーやウパーが交代で見張りにつき、異変が起こりそうだったら湖の仲間に知らせるという二段構えだ。 目印と見張りがあれば、起こりにくい。 ヌオーたちが建設的な議論を交わしているのを知って、アカツキは安心した。 一時はどうなることかと思ったが、とりあえず、これで決着はついた。 「なかなかやるな……」 アーサーはアカツキがヌオーたちと和気藹々と話しているのを見て、素直に感心した。 当然、アーロンには及ばないが、子供にしては上出来だ。 何度も一緒に遊んできたからこそ、旧知の間柄のように、何でも忌憚なく話し合える。 種族の壁を越えた話し合い(?)は、思いのほかすごいことなのだ。 「じゃ、ガンバれよ。 オレたちにできることがあったら、何でも言ってくれていいからな。それじゃ、また」 アカツキは話を切り上げると、明るい雰囲気のヌオーたちに見送られ、アーサーと共にカイトの元へ戻った。 「やっぱ、アカツキってすげーよ。 オレだったら、そんな風にまとめられない……っていうか、ポケモンとしゃべれない」 「そうでもないって」 カイトがべた褒めしてくるから、さすがのアカツキも顔を赤らめた。 すごいと言われても、正直ピンと来ない。 ポケモンとしゃべれるというよりも、相手の言いたいことを直感で悟って、気持ちを尽くして言葉を返している……それだけだ。 しゃべれると言われれば、意思疎通を図れるという意味では確かにその通りかもしれないが、語弊があるのも否めない。 「で……みんなを引き連れて散歩か?」 この一件もケリがついたと判断して、カイトが話を変える。 アカツキも違和感なく受け入れ、頷いてみせた。 「うん。スタジアムを見てきたんだ。 そしたら、途中でアリウスがいなくなってて、外かもしれないって思って捜してみたら、『あ、ここにいた!!』って感じ」 「へえ、そっか……」 「アリウス、誤解だって分かってんだったら、ちゃんと解いてやんなきゃダメだぞ? 今度同じことしたら、オレは……怒んないけど、アーサーが怒るかもしれないからな」 「ウキッ♪」 分かっているのかいないのか。 恐らくは後者と思われるが、アカツキは無邪気な笑顔で頷いてくるアリウスに二度は言わなかった。 なぜなら、アーサーが本当に怒ると思ったからだ。 マジメで硬い彼なら、アリウスが良からぬことをしたら、本気で怒りそうだ。 「……私をダシに使うな。まあ、本当のことだから何も言わんが」 アーサーはダシに使われたことに不快感を示したが、事実だからと、言い返すことはしなかった。 「ウキッキッキ〜っ♪」 喉もと過ぎれば何とやら。 アリウスは呆気ないほど簡単に、周囲を走り回り始めた。 ある意味天然な彼に、反省の二文字を理解させるのは無理かもしれない……アーサーがそんなことを思っていると、 「でもま、ネイトの気分転換にはいいかもな。な、ネイト?」 カイトがアカツキの前でしゃがみ込み、ネイトの頭をそっと撫でた。 当然無反応だったが、カイトは気を悪くしたりはしなかった。 今、ネイトがどのような状態なのか分かっているからだ。 きっと、心の中では「ブイっ♪」と元気な声を上げているのだろう。 早く心を開いて、元のネイトに戻って欲しい……そのためなら、助力は惜しまない。 「で、これからどーするんだ? アリウスも見つかったし……散歩を続けるのか?」 「うん。せっかくここまで来たんだし。 家に帰るワケじゃないけど、いろいろと歩き回ってみる。 じっとしてるだけじゃ、ネイトも退屈だろうし……な?」 アリウスは見つかったが、散歩は継続する。 またしても彼が要らぬトラブルを引き起こすかもしれないが、その時はその時で、アーサーがきっちりお仕置きしてくれるはずだ。余計な心配はしていない。 「そっか。じゃ、オレも付き合うよ。助けてくれたお礼もしたいからさ」 「いいぜ。そんじゃ、行こう!!」 カイトが一緒に来てくれるとは思わなかったが、一緒なら一緒で、話も弾みそうだ。 アカツキは木の実を隠している洞穴の周囲をせっせと泥で固めているヌオーたちを見やった。 これなら心配は要らない。 あとは放っておいても、ヌオーたちで勝手にやってくれるだろう。 完全に解決したことを確認してから、一行は小高い丘を降りた。 To Be Continued...