シャイニング・ブレイブ 第21章 予期せぬ転機 -Needing and Holding-(2) Side 3 「……そんなことがあったんだ……」 話を聞き終え、アカツキは胸が詰まりそうな気持ちになった。 苦痛に耐えるように表情をゆがめ、手は気づかぬうちに胸に宛がわれていた。 ヒビキの口から聞かされた『三十年前の事件』は、当時のことを何も知らないアカツキにさえ、底知れない衝撃を与えていたからだ。 人語を理解できるアーサーも、渋面になっている。 争いが絶えなかった昔と比べればまだ可愛い方だが、それでも人が死ぬというのは、話だけでも聞いていていい気分はしないものだ。 「聞かない方が良かった……大概の人は、そう思うものさ」 ヒビキは涼やかな声音で言うと、頭を振った。 やはり、聞かない方が良かっただろう……? 淡々と構えるその態度が、如実に物語っている。 しかし、話を聞くことを選んだのは自分自身だ。嫌な気分になっても、他人を責めるつもりなどこれっぽっちもない。 「どーりで、ドラップを出すなって、ジョーイさんが言うわけだよな……」 ジョーイがそっと耳打ちしてくれた理由も、ハッキリした。 この町では、ドラピオンというポケモンは嫌われている。 「きっと、オレが気失ってドラップに運んでもらった時も、大変だったんだろうなあ……」 ソフィア団のエージェント……ソウタとの戦いの後で、疲れ果てて気を失ってしまったアカツキをポケモンセンターまで運んでくれたドラップ。 きっと、彼は周囲から向けられる刃のような鋭い視線に耐えていたに違いない。 アカツキが目を覚ましてから、ドラップはそんな様子を微塵も見せなかったが。 「でも、だから……ヒビキさんは自分が手を出すことで、終わらせようと考えてるんだ」 話を聞き終えた今だから、アカツキには分かる。 ヒビキは、住人がやり過ぎないうちに、ドラピオンたちを力ずくで追い払おうとしている。 怒りに任せた行動は、どこで歯止めがかかるか分からない危険なシロモノ。 だから、自分が相手を傷つけてでも、それ以上に傷つかなくて済むようにしようとしているのだ。 「オレ、ヒビキさんのこと間違ってるって言ったけど……分かんなくなってきちゃったよ」 たとえ小さくても、相手を傷つけてしまうことに変わりはない。 傷つけるのだとしても、その前にやれることがあるのなら、やるべきではないのか。 戦う前に理解し合えるチャンスがあるのなら、それをフイにしてはならない。 今でもそう思っているが、それでもアカツキにはヒビキに面と向かって『間違ってる』とは言えなくなっていた。 三十年前の事件は状況証拠しかなかったと言っても、結果だけを見れば『そう』取られても仕方がなかったのだ。 死んだ子供の親や親戚にしてみれば、ドラピオンが憎くて憎くてたまらないだろう。 憎しみに任せて傷つけて、あるいは殺してしまったとしても、それを責めることはできまい。 「…………」 暗澹たる気分に沈み込んでいるアカツキをじっと見据えつつも、ヒビキは何も言わなかった。 話を聞いた後でも、引き返そうと思えば引き返せる。 「それを言ったところで、意地になってやろうとするんだろうけど……」 しかし、ヒビキにはアカツキがこれからどういった行動を取るのか、嫌でも理解できてしまう。 ここまで来て、退こうとは思うまい。 だったら、考えるだけ考えて、悩むだけ悩んでもらって、決めてもらった方がいい。 その気になれば、プライベートのポケモンでアカツキの動きを止めてしまうことだってできる。 アカツキはしばらく黙りこくっていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。 「……でもさ、やっぱりいきなり傷つけるのって間違ってるよ」 「うん?」 ヒビキのやろうとしていることを非難したり、否定するつもりはない。 ただ、それでもいきなり問答無用で傷つけて追い払うのは間違っている。 「オレ、この町に住んだことないから、みんながドラピオンのことを悪く思うの、理解できないけどさ。 でも、ドラピオンだからみんな悪いんだって考えは、絶対に間違ってる」 「そうだね。僕も、そう思うよ。 だから、手遅れになる前になんとかしたい。 君が間違いだと言っても、僕にとってそれが最良の手段だから。少なくとも、僕はそう思っているよ」 「だったら、オレは傷つけないで何とかしたいな」 「……辛いことになるかもしれないよ?」 「話まで聞いてさ、はいそうですかって任せっきりにするの、嫌なんだ」 アカツキは頭を振った。 『ドラピオン=悪』などという考えは絶対に間違っている。 世間一般で嫌われているポケモンを逆に好んでいる人だっているのだから。 それに、アカツキはドラピオンという種族が好きだ。 ドラップと一緒に過ごしてきたから、なおさらそう思えて仕方がない。 獰猛だろうと何だろうと、少なくともドラップは優しさと思いやりを忘れないナイス・ガイだ。 そんなドラップのためにも、自分にできることをしたい。 謂れのないことで悪口を言われたり、石を投げられたりするのは、我慢ならない。 アカツキの身体から滲むやる気を肌で感じ取り、ヒビキは観念した。 もはや、止めることは無理だろう。 それなら、やるだけやってもらった方がいい。 「じゃあ、君の力を貸してもらおうかな。 ……思った通りにやってみるといいよ。 だけど、無理だと思ったら、その時は僕のストライクがドラピオンを追い払う」 「うん!!」 ヒビキの厳しい言葉にも項垂れることなく、それどころか強い決意を滲ませた目で、アカツキは大きく頷いた。 ドラピオンたちを傷つけない方法なんて、言葉を尽くすくらいしか思いつかないのが正直なところだ。 それでも、いきなり痛い思いをさせて、追い払うなんていうのは考えられなかった。 「…………」 アーサーはすっかりやる気になっているアカツキを、冷ややかな目で見つめていた。 人の憎しみや怒りは、そう簡単に消えるものではない。 争いの絶えない世の中で生きてきたアーサーには、ヒビキの方が正しいと思えてならなかったのだ。 「だが、こいつは一度決めたことを容易く覆したりはしない…… そんな青臭いところは嫌いだが、まっすぐなのは、まあ嫌いではないな」 何も知らない子供特有の青臭さ。 人は容易く感情に惑わされ、意図していない方へと流されてしまうものだ。 それを知っているから、アーサーはヒビキのやり方が手っ取り早く、効率的と思える。 「……まあ、いい」 だが、今の自分の主はアカツキだ。 彼がやると決めたなら、自分はそれに従うだけだ。 この際、やるだけやってもらって、世の中が思いのほか複雑であることを知ってもらうのもいい。 ネイトは暗澹たる気分になるような話をされても、まだ眠っていた。 よほど疲れていたのか、寝始めてから一度も目を覚ましていない。 起こさないよう、アカツキが身体を動かさないよう努めているのもあるだろうが、意外と図太い神経の持ち主らしい。 「アーサー」 「……!?」 不意に声をかけられて、アーサーはびくっ、と身体を震わせた。 アカツキのまっすぐな視線が、心の奥底まで突き刺さりそうに感じられる。 恐らく、心の奥底まで見通されているのだろう。 「アーサーは嫌かもしれないけどさ。 オレ、できるだけドラピオンたちを傷つけたくないんだよ。 人間は怖いんだって、暴力振るってくるんだって思われるの、嫌だからさ」 アカツキはニコッと微笑んだ。 アーサーが快く思っていないことなど、とっくに分かっていた。いつになく不機嫌な雰囲気を撒き散らしていたのだから、嫌でも分かる。 「だから、どうしても無理だったら……その時はその時で考えるけど、オレはいきなりドラピオンを傷つけるつもりはないよ。 だって、そんなことしたら、ドラップの立場がなくなっちまうからな」 「…………」 ドラップの立場を考えれば、問答無用でバトルを挑んで追い払うなど考えられない。 「話は決まったかい?」 「うん。大丈夫」 アーサーは納得していないようだが、堅物で融通の利かない彼を無理に納得させるのは無理だろう。 多少は不満もあるのだろうが、それはそれで仕方ない。 それで大丈夫か……? ヒビキは暗にそう言っているが、アカツキは構わなかった。 「とりあえず、今すぐにでも行動を開始したいところだけど、村にドラピオンが近づいてきたら、分かるように仕掛けをしてあるんだ。 どういったものかと言うと……」 説明の途中で、けたたましいアラーム音が室内に響き渡った。 「うわっ、一体なんだ!?」 クイズで不正解の時に鳴る『ビーッ』という音が、これでもかと言わんばかりのボリュームでスピーカーから噴出する。 突然の大音に、オチオチ寝てもいられなくなったのか、ネイトがびくっ、と身体を震わせ跳ね起きた。 一体なんだと、周囲をしきりに見渡している。 「どうやら、現れたらしい……これが、ドラピオンが近づいたことを知らせる合図だ。 さて、行こうか。 小さな町だけど、ポケモンバトルの腕が立つ人も中にはいるからね」 「おう!!」 ヒビキが席を立つのと同時に、アカツキも勢いよく立ち上がった。 「……!? !?!?」 背もたれがなくなって、ネイトは仰向けに寝転がったが、すぐに立ち上がり、長椅子から飛び降りた。 ドラピオンたちが、農作物を食い荒らしにやってきた。 いつか抵抗されると分かっていて、ドラピオンたちはどうして何度も何度もやってくるのだろう。 ただ、農作物を食い荒らすだけだろうか? 味を占めてしまったら、なかなか離れようとはしないのだろう。 なんだか釈然としないモノを感じつつも、考えているだけの時間はない。 「農場が町の北にある。とりあえずは、そこへ向かおう」 ヒビキは言い終えるが早いか、俊敏な足取りで部屋を飛び出した。 数瞬遅れて、アカツキも駆け出した。 ネイトとアーサーが、つかず離れずその後を追う。 二人と二体はジムを飛び出すと、進路を北に採った。 ジムを出ると、けたたましいアラーム音は聞こえなくなった。どうやら、ヒビキに真っ先に知らせるための仕掛けらしい。 町の住人は、ドラピオンたちが農場に現れたことなど知らぬと言わんばかりの表情で、道端で話に興じている。 あるいは、余計な混乱を知らない分だけ幸せかもしれないが。 ヒビキが見知らぬ子供を連れて町の北に走っていくのを見ても、競争か何かしているのだろうと思っていた。 しかし、そんな生温い考えはすぐにも断ち切られることに。 「ヒビキさん!!」 背後からかかった声に、二人は足を止めた。 さっと振り返った先――町の南側から、息を切らして走ってくる住人の姿があった。 「どうした?」 目の前で足を止め、肩で荒々しい息を繰り返している住人(男)を落ち着かせてから、ヒビキは訊ねた。 「ど、ドラピオンが……!! 町の南側にもやってきたんだよ!!」 「なっ……!? 農場だけじゃなかったか……」 どうすればいいのか分からないといった様子で口走る男に、ヒビキは事態が想像以上に進行していることを悟らずにはいられなかった。 農場の作物は、半分以上食い荒らされてしまった。 いつかはなくなると見越して、別のところに現れたとしても不思議はないのだが……先手を打たれてしまったようである。 「それで、南側には誰か行っているのか?」 「いや、それが……あの辺りでまともに戦えるヤツがいなくって……それで、ヒビキさんに……」 「そうか……」 ヒビキは眼差しを尖らせた。 「…………」 ここで口を出すべきではない。 事態が逼迫していることは重々承知していたが、アカツキは黙ってヒビキの言葉を待った。 ドラピオンの名を聞いて、談笑に興じていた別の住人たちが、顔色を変える。 蜘蛛の子を散らすように、我先にと逃げ帰ってしまった。 ドラピオンと戦う術――具体的には銃器の類や、戦えるポケモンを持っていないからこそ、逃げるしかない。 混乱が更なる混乱を招き、あっという間に町の雰囲気は混乱と焦燥に包まれた。 ――遠くで、轟音。 すでに誰かがドラピオンに戦いを挑んでいるらしい。 ポケモンバトルによる音なのか、それとも爆弾だの銃器だのといった物騒なものを引っ張り出した結果なのか……それは分からないが。 どちらにしても、一刻の猶予もなくなった。 それを誰よりも承知しているヒビキだからこそ、迅速に決断を下した。 「僕が農場に向かう。 君はこの子を連れて、南側に向かって欲しい」 「えっ? 子供じゃないか……トレーナーみたいだけど」 当然、男は困惑した表情でアカツキに目をやった。 ネイトとアーサーを従えているのだから、ポケモントレーナーであることは容易に推測できるのだろうが、 それでも子供だけでドラピオンとスコルピの群れに対抗できるとは思えない。 ヒビキに全幅の信頼を置いているからこそ、他者をすぐに信じられなくなっているようだ。 大人が陥りやすい単純な心理状況だ。 「そこらのトレーナーよりはよっぽど腕が立つ。 僕に一度は勝ったくらいだからね。それじゃ、僕は行くから」 ヒビキは踵を返し、さっと駆け出した。 いかにも優男で、運動など得意そうには見えない外見を裏切って、ヒビキは俊足だった。 「うわ、足速いな〜」 アカツキが面食らうほどの俊足だ。 意外な光景を目の当たりにして、一瞬、何をすべきなのか忘れてしまった。 「…………まあ、ヒビキさんが言うんだから、大丈夫か」 「…………」 呆然としているアカツキに訝しげな視線を向け、仕方ないと言わんばかりにつぶやく。 「こいつ……」 アーサーは得意の波導弾でぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、やめておいた。 こんな狭量な男のためにアカツキの面を汚すのは、あまりにもったいないしバカバカしい。 後でこっそりぶっ飛ばすくらいにしておいてやろう。 「こっちだ。ついてきてくれ」 男はアカツキに声をかけると、今来た道を戻っていった。 「よし、行くか」 あからさまに実力を疑われたことなどまったく気にする様子も見せず、アカツキは男の後を追って駆け出した。 小さなつぶやきを聞き逃していたわけではない。 ちゃんと聴こえてはいたが、見ず知らずの人間を、しかも自分の半分も生きていないような子供に任せて大丈夫と言われて信じられるはずがない。 無理もないことだからと、アカツキは大して気に留めていなかった。それだけのことだ。 ある意味、人生経験が豊富なアーサーより、アカツキの方が度量は広いと言えるだろう。 まあ、それはともかく…… 「ミライ、大丈夫かな〜」 アカツキは人通りのなくなった道を走りながら、ミライのことを考えていた。 パチリスやエイパムたちが一緒だから、心配することなどないのだろうが、やっぱり気になる。 母親の手作り弁当をヒビキに届けに来ると言っていたが、ドラピオンが現れたと聞いて、家に戻るだろう。 頼れる仲間がいても、彼女はブリーダーであって、トレーナーではない。 獰猛なドラピオンに立ち向かうとも思えなかった。 「やっぱ、この町の人ってドラピオンにはいい感情抱いてないみたいだな……」 道沿いの家々が門戸を固く閉ざしているのを目の当たりにして、アカツキは小さくため息をついた。 ドラピオンは恐ろしい存在だと信じている住人にとっては、嵐が通り過ぎるまでは息を殺してじっとしている選択肢しかないのだろう。 そのくせ、真正面から立ち向かう度胸もなく、陰口を叩いている…… あまりに滑稽でバカバカしいが、だからこそアカツキはご都合主義の住人のことなんてどうでもよかった。 先を行く男の足の遅さに苛立ちながらも、追い抜こうとは思わなかった。 案内してくれる人がいなかったら、どこへ行けばいいのかも分からなくなる。癪だが、ここは形だけでも顔を立てておこう。 アカツキが遠慮しているのを横目で見やり、アーサーは誰の耳にも留まらないくらい小さく舌打ちした。 何もかもが馬鹿げている気がして仕方ないが、昔に比べれば、児戯もいいところ。 この程度の事件なら、理不尽と呼ぶには程遠い。 やがて、アカツキたちは町の中央にある広場を抜け、南部に差し掛かった。 この辺りに来ると、張り詰めた空気の濃さが押し寄せてくるようだった。 すでに誰かがドラピオン相手にドンパチやっているらしく、けたたましい物音がどこからともなく響いてくる。 「早く終わらせなきゃな……」 農場にはヒビキがいる。 彼はアカツキがいないのをいいことに、実力行使に打って出るだろう。 しかし、こればかりはどうしようもない。 二手に分かれられてしまったら、こちらも戦力を割かないわけにはいかないからだ。 「戦える人だけ、外に出てるって感じだよな〜。 ま、その方がいいんだけど……」 ドラピオンは獰猛なポケモンだ。 並大抵のポケモンでは歯が立たない。 手習い程度の実力では、到底勝ち目はない。 無駄にポケモンを傷つけてしまうだけだ。 それが分かっているからか、人気のなさがこの町の実状を何よりも物語っているように思えてならない。 陰口を叩き、悪く思っている割には、自分の力でどうすることもできない人ばかり。 なんだか嫌な気分にさせられるが、ここまで来た以上は、なんとかするしかない。 南部に伸びるサークルラインを縦断したところで、横手の茂みから毒々しい紫のポケモン――スコルピが五体、飛び出してきた。 「スピスピスピ……」 小さな身体からは想像もできないような敵意を振り撒きながら、スコルピたちは腕の先端についたハサミをガチャガチャ鳴らして威嚇してきた。 「ちっ……余計な邪魔が入ったな……!!」 男は足を止め、不機嫌な感情を隠そうともせずに言った。 ドラピオンに比べれば弱いが、それでも群れで来られると厄介だ。 しかし、心配は要らなかった。 「むんっ!!」 足を止めたアカツキの脇をすり抜け、アーサーがスコルピたちの前に躍り出ると、裂帛の気合と共に青いエネルギー球を放った。 ルカリオが得意とする技――波導弾である。 格闘タイプの技ゆえ、虫・毒タイプのスコルピには効果が薄いのだが、 アーサーも肌で相性の悪さを感じているらしく、波導弾が命中したのは、先頭のスコルピの眼前だった。 どごんっ!! ド派手な音と共に、眼前の地面が弾け飛ぶ。 轟音と呼ぶにはまだ音量が足りないが、スコルピたちを威嚇するには十分だった。 「スピ、スピスピ……」 こりゃ敵わんと言いたげに、スコルピたちは尻尾を巻いて茂みに飛び込んでいった。 「アーサー、サンキュー」 「…………」 脅かしはしたが、傷つけることなく追い払えた。 機転を利かしたアーサーに、アカツキは労いの言葉をかけた。 当然だと、アーサーは小さく頷くだけだった。 「…………」 トレーナーが指示を出さなくても、ちゃんと戦うポケモン。 アーサーが手っ取り早くスコルピたちを追い払ったのを見て、男は考えを改めたようだった。 ヒビキに言われたといっても、アカツキの実力を信じていなかったのだ。 「こっちだ」 心なしか柔らかくなった言葉を発し、再び駆け出した。 アカツキたちは男の後を追い、さらに南――ドラピオンたちが現れた場所へと向かった。 町の南側は、北側と違って農場はないものの、人家が多い。 となれば、ドラピオンたちは家の中に蓄えられている食糧を狙っているのだろう。 やがて、道が右斜め前と正面に分岐するところに差し掛かる。 そこへ、出し抜けに悲鳴が聞こえてきた。 「ちょっと〜、返してよ!!」 張り詰めた空気を震わし、響いてきた悲鳴。 アカツキはさっと足を止め、悲鳴が聞こえてきた方へと向き直った。 右斜め前に伸びている道だった。 「こっちだ!! 急いでくれ!!」 アカツキが足を止めたことに気づいたのだろう。 男は十歩ほど前方で足を止め、振り返ってきた。 どうやら、正面の道の先に、ドラピオンが現れたようだ。 しかし…… 「今、悲鳴が聞こえてきたけど……」 「ドラピオンはこっちだ!! 今、ヒビキさんほどじゃないが腕の立つヤツが相手してるんだ」 アカツキの言葉をかき消すように、男は語気を荒げた。 早いところドラピオンたちを追い払わないと、被害が増えると言いたげだった。 自分たちの住処が荒らされているのだから、当然必死になって相手を追い払おうとするだろう。 男の言いたいことは分かるつもりだが、いきなり聴こえてきた悲鳴を無視してまで目的を果たそうとは思わなかった。 「ほっとけないっての!! オレ、こっち行くから!!」 「あ、おい!!」 言い終えるが早いか、アカツキはアーサーとネイトを連れて、右斜め前の道に走っていった。 男は止めようとしたが、自分の後をついてくる時とは比べ物にならない足の速さに舌を巻くばかりだ。 そうやって戸惑っている間に、アカツキは百メートルを十四秒ほどでさっさと駆け抜けていた。 「今の声、絶対ミライだよな……ほっとけないっての」 走っている間に、先ほどの悲鳴の主がミライであることに気づいた。 返してと言っていたが、恐らくそちらにもドラピオンが現れているのだろう。 てっきり、家に閉じこもっているのだと思っていたが、意外と好奇心旺盛でやんちゃなのかもしれない。 「でも、なんだっていいや。さっさとどうにかしなきゃな」 アカツキは全速力で細まった道を駆けていった。 三十秒ほど走ったところで、緩やかな左カーブの先にミライの後ろ姿を認めた。 旅をしていた頃と同じ服装だったから、すぐに分かった。 ミライの十メートルほど先には、一体のドラピオンと十体近いスコルピがいる。 ほかに、トレーナーや住人の姿が見当たらない。 どうやら、ドラピオンたちが多く現れた場所に駆り出され、手薄になっているのだろう。 ミライはドラピオンたちを相手に、パチリスだけしか出していない。 エイパムたちを出したところで、指示を出し切れないと思っているのか……それは分からないが、多勢に無勢なのは言うまでもない。 アカツキは走りながら、叫んだ。 「ミライっ!!」 よく響く声を耳にして、ミライが慌てて振り返ってきた。 「あ、アカツキ……!?」 一体、どうしてここに……? そう言わんばかりの驚愕の表情。 しかし、ミライは無防備にも敵に背を向けてしまっていた。それを逃すドラピオンたちではない。 スコルピたちが、ミライに飛びかかる!! 「バカ!! 相手に背中向けてんじゃね……え?」 アカツキは何をしているんだと声を荒げたが、言葉が終わらぬ間に、アーサーが『神速』を使ってミライを掻っ攫う。 スコルピたちの攻撃は不発に終わった。 「あ、ありがと……」 いきなり身体に触れられた時はどうなるかと思ったが、アーサーが助けてくれたと分かって安心したのだろう。 ミライは心の底から安堵したように、深々とため息をついた。 程なく、アカツキはドラピオンたちと対峙した。 「アカツキ、なんでここにいるの……?」 ミライは恐る恐る訊ねた。 アカツキが真剣な表情を浮かべているのだから、声をかけづらかったのだ。 「なんだっていいじゃん。それより、何やってんだよ」 アカツキはドラピオンから視線を逸らすことなく、ミライに問いを投げかけた。 「家にいたんじゃないのかよ」 「だって、お母さんのお弁当、取られちゃったんだもん!! 取り返さなきゃいけないって思うじゃない!! ……食べられちゃったけど」 咎めるような声音で問いかけられ、ミライもプッツン来てしまったのだろう。 声を荒げて言い返す。 「なるほど……」 だが、アカツキにはミライの言い分が理解できた。 というのも、ドラピオンの足元には、蓋の開いた弁当箱が転がっていたからだ。 中身はキレイさっぱり抜き取られてしまっている。 どんな経緯があったかは知らないが、ミライはヒビキに弁当を届ける途中でドラピオンたちに出くわし、驚いて弁当箱を取り落としてしまったのだ。 そして、中身を見事に奪われた。 せめて弁当箱くらいは取り戻さなければ……そう思って、ドラピオンたちと対峙していたのだろう。 もっとも、その割には行動が危なっかしくて、見ていられない。 「ま、いいや。 後ろに下がってろよ。危ないから」 「あ、うん……」 今はドラピオンたちをどうにかするのが先。 アカツキの言わんとしていることを察して、ミライは一歩、後ろに下がった。 足にしがみついてくるパチリスをそっと抱き上げて、アカツキが何をするつもりなのか、見守ることにした。 まさか、こんな時に出くわすとは思わなかったが、アカツキが来てくれたのだから大丈夫だろう。 自分よりも半年ほど年下の男の子だが、頼りになる時は本当にすごいのだ。 「さて……と」 アカツキはドラピオンの目をまっすぐに見据えたまま、口の端に笑みを浮かべた。 いきなり対決姿勢では、相手も警戒してしまうだろう。 ドラピオンたちはこちらを警戒しているようだが、だからと言ってこちらまでケンカ腰になっては始まらない。 「なあ、ドラピオン。 なんで町に入ってきたんだよ。教えてくんない?」 おもむろに、言葉をかける。 アカツキはポケモンと会話できるのだ。敵だろうと仲間だろうと、そんなものはお構いなしだ。 まずは、相手が何をしようとしているのか。 なぜ、町に入ってきたのか。理由は何なのか……? それが分からないことには、手も打てない。 ミライはアカツキが頭ごなしにバトルする気がないことを悟って、口出しはしなかった。 今の自分にできることなど何もないのだから、彼が何をしようと、口出しできるわけがない。 「いきなり押しかけて食いモン奪っちゃったら、そりゃみんな怒るって。 それくらいは分かってんだろ?」 ドラピオンたちはアカツキをじっと睨みつけたまま、動かない。 敵意を向けてこない人間の男の子だが、明らかに警戒している。 何もしてこないからこそ、逆に怪しく見えてくるものだ。 現に、アーサーは敵愾心むき出しで睨みつけてくるし、ネイトも無表情ではあるが、戦おうとする気持ちは持ち合わせているらしい。 「このままだったらさ、ホントに追い払われちまうんだぞ。 痛いし、辛いし、嫌な気持ちになるだけじゃんか。 なんで、町に入ってきたんだよ。 食べ物なんて、森にいくらでもあるだろ?」 単に食料が欲しいだけなら、わざわざ町に侵入し、農場の作物を食い荒らさなくても済む。 フォレスの森を中心とするネイゼル地方東部は、恵み豊かな土地なのだ。 わざわざ大挙して押し寄せてくるからには、それ相応の理由がある……アカツキはそう踏んだのだ。 「…………」 「…………」 ドラピオンたちはじっとアカツキを睨みつけていた。 言葉はちゃんと伝わっているようだが、どうやら、アカツキの真意を図りかねているらしい。 森の空気を震わす轟音。 別の場所では、戦いがいよいよ激化しているようだ。 このまま引き延ばしたところで、住人に発見され、駆逐されてしまうだけである。 そうなる前に、なんとか彼らを町の外に避難させてやりたい……先ほどよりも増した轟音に、アカツキは人知れず焦りを募らせていた。 しかし、切なる想いを余所に、一体のスコルピが動いた。 「スピスピ……!!」 信じられるかと言わんばかりに嘶くと、スコルピは毒針を発射してきた。 「おっと……」 直線軌道の毒針を、アカツキは難なく避わした。 すぐに分かってもらえるとは思っていなかったが、まさかいきなり攻撃されるとは思わなかった。 その攻撃を皮切りに、他のスコルピたちも毒針を次々と発射してくる。 「きゃーっ!!」 「下がるんだ!!」 ミライは悲鳴を上げながら、ドラピオンたちに背を向けて逃げ出した。 いきなり毒針で攻撃されるなど、予想もしていなかったに違いない。 アカツキなら会話を成立させられる……そう思っていたからこそ、驚きも一入だった。 毒針が地面に突き刺さる。 「話しても無駄かもしれんな。とりあえず、追い払うぞ」 アーサーは鋼タイプゆえ、毒針を食らったところで痛くも痒くもない。 毒針が何十発身体に突き刺さっても、表情一つ変えることはなかった。 ここで無駄に時間をかけるより、ちょっと脅して追い払った方が早い。傷つけずに済むのなら、それが一番だ。 アカツキのやり方を踏襲するかのごとく、波導弾を放とうとしたのだが、 「ちょっと待てよ!! まだ途中だっての!!」 「馬鹿者!! 無駄に時間をかけられるだけの余裕などないだろうが!!」 止められ、声を荒げて言葉を返す。 アーサーに言わせれば、アカツキのやり方は生温くて仕方がないシロモノだ。 無駄に相手を傷つけたくないという気持ちは尊重してやりたいが、時間をかければかけるほど、ドラピオンたちが傷つく確率が高まるのだ。 ならば、力で脅して、直接傷つけずに追い払った方が効率的に決まっている。 そもそも、そういう腹積もりでやってきたのではなかったのか。 アーサーの非難がましい視線を受けても、アカツキはまるで怯まなかった。 「なあ!! なんで町に入ってきたんだよ!! みんな、マジで怒っちまってるぞ!!」 強気に返してくる人間の男の子の迫力に恐れを為してか、不意討ちを仕掛けて来たスコルピたちが揃いも揃ってドラピオンの背中に隠れてしまった。 ――親分、後は任せるッス。 ……とでも言いたげだった。 アーサーが波導弾で脅しても、結果は大差なさそうだ。 「なるほど……」 毒針程度の攻撃なら、強気と言うほどでもない。 アカツキはしっかりとスコルピたちの心情を見抜いていたようだ。 すっかり怖気づいてしまったスコルピたちを背後に従え、ドラピオンは渋々と言った様子で口を開いた。 「ごぉ、ごぉぉぉぉっ……」 警戒心も何もないような男の子に話したところで無駄かもしれないが……と前置きしながら、理由を話してくれた。 「……ふんふん、そうなんだ……」 「ごぉぉ……ごぉぉっ」 「でも、やっていいこととやっちゃいけないことがあるってば」 アカツキは時折相槌を打ちながら、ドラピオンの話に耳を傾けていた。 曰く、食料を奪いにやってきただけではない。 たまたま町の近くの餌場まで足を伸ばしてみれば、仲間の『におい』がするではないか。 なんとなく気になって見に来たついでに、農場の作物を食い荒らしていった。 ドラピオンが言うところによると、それが町にやってきた理由らしい。 「……ずいぶんと曖昧な理由だな。それで仲間を危険にさらすなど、賢いとは言えんぞ」 アーサーはミライが見ていることなど気にするでもなく、言葉を発した。 「えっ!? ポケモンがしゃべってる!?」 まさか…… ポケモンがしゃべるなどありえない!! ミライはあからさまに驚いていたが、残念ながら、彼女はすでに蚊帳の外だった。 外でぎゃーぎゃー騒がれようと、変わらない。 驚愕するミライを余所に、話は少しずつ進んでいる。 「その仲間って、誰のことなんだ? わざわざ見に来るんだから、よっぽど大事なヤツなんだろ?」 「ごぉぉぉ……」 ドラピオンが『仲間』の特徴を告げると、アカツキはハッと息を呑んだ。 「え……それってもしかして……」 小さく呻き、腰のモンスターボールに手を触れる。 ポケモンの特徴など、口で言われてもすぐには理解しがたいものではあるのだが、ドラピオンが話した『特徴』は、とても分かりやすかった。 ――しばらく前に住処に戻ってきたが、すぐにまた出て行ってしまった。   人間と一緒にいたが、それでもオレたちにとっては大事な仲間だ。   家族も待っていると言うのに……一体どこを歩いているのかと思えば、この辺りに『におい』を感じたんだ―― 「ドラップ、出てこい!!」 アカツキは腰のモンスターボールを手に取ると、軽く頭上に放り投げた。 この町で『ドラピオン』を出すのがどういうことか分かっていたが、それでも確かめずにはいられなかった。 もしかしたら…… 一度芽生えた疑念は、完全な形で払拭しない限り、いつまでも根が残り続けるものだ。 「あ……」 アーサーが言葉を操れることに驚いていたミライも、ここに来て事の重大さに気づいたようだった。 ドラップだけでなく、ドラピオンというポケモン自体、この町では厄介者として扱われているのだ。 アカツキが放り投げたボールが口を開き、ドラップが飛び出してきた。 久しぶりに外に出たと、ドラップは身体を思う存分伸ばしていたが、 「ごぉぉっ!!」 ――やっと会えた!! ドラピオンの歓喜の声に、思わず視線をそちらに向ける。 ……と。 「ごぉぉぉぉぉっ!!」 「知り合い?」 「ごぉっ!!」 なにやらドラップまで喜んでいるようなので訊ねてみると、予想通りの展開になった。 あんまり考えたくないことなのだが、ドラピオンたちがこの町にやってきていたのは、ドラップの『におい』を感じたからという理由らしい。 「うぅん……」 いつの間にやらガッチリと抱き合って喜んでいる、ドラップとドラピオン。 先ほど話を聞いた時に、もしかしたら……とは思ったのだが、まさか本当にドラップを探しにきていたとは…… 世の中、変なところでつながりが深いものだと思わずにはいられない。 先ほどまで警戒心むき出しにしていたスコルピたちも、ドラップに群がってなにやら腕のハサミで脚や身体を突付いている。 どうやら、それがスコルピ流のコミュニケーション術のようだ。 「…………えっと、何がどうなってるの?」 ミライは呆然としていたが、このままではいけないと思い、アカツキに訊ねた。 「うん。 ドラピオンたち、ドラップのことが気になってこの町に来ちゃったみたいなんだ。 ミライのパチリスとかエイパムたちってさ、レイクタウンにいた時に、ドラップの近くにいなかった?」 「……あ、そういえば。 アカツキにお別れを言いに行ったちょっと前に、エイパムたちがアカツキのポケモンと遊んでたけど……」 「その時にでも、『におい』を移されたんじゃないかな…… それで、ドラピオンたちがドラップの『におい』を感じて、ここまで来ちゃったんだ」 「ええっ……そんなことあるの?」 アカツキの返答に、ミライは半信半疑だった。 ……しかし、ドラップとドラピオンが歓喜の涙など流しながらガッチリ抱き合っているのを見ていると、疑おうという気すらしなくなる。 エイパムたちは家でじっとしているよりも外ではしゃぐ方が好きなタチだが、 ミライはちゃんと毎日お風呂を一緒に入るなど、衛生面では特に気を遣っている。 『におい』と言われても、ピンと来ないのが正直なところなのだ。 だが、アカツキの言葉がウソだとも思えない。 「……でも、そうだったらこれからどうするの?」 「そうだなあ。とりあえず、ドラップには会えたみたいだから、すぐここを出てもらえば厄介なことにならないと思う」 ドラピオンたちの目的は、ドラップを探すことだった。 となれば、期せずして目的を果たした以上、長居はしない方がいい。すぐに出て行けば、傷つけられることもない。 ヒビキが向かった農場の方はどうしようもないが、今なら、少なくとも目の前にいるドラピオンとスコルピたちに危害が及ぶことはない。 アカツキはドラピオンと喜びの抱擁を交わしているドラップに歩み寄り、言葉をかけた。 「喜んでるトコ悪いんだけど……」 先ほどまで敵意を向けていたとは思えないほど、ドラピオンたちはアカツキの言葉に素直に耳を傾けてくれた。 ドラップの知り合いということで、一目置かれてしまったようだ。 それでも、今は早くこの町から脱出してもらった方がいい。 「早くこの町を出た方がいいぜ。 みんな、やたらと気が立ってるみたいだからさ」 「ごぉぉぉ……」 アカツキの言い分に納得しつつも、ドラピオンは言葉を返してきた。 「おまえらはどうするんだ……って? オレたちは別に問題ないし」 「ごぉ、ごぉぉぉ」 「スピスピ……」 ドラピオンに同調するように、スコルピたちが小さく声を上げる。 言いたいことは、ただ一つ。 ――森に帰ってこないのか? また、どこかへ行ってしまうのか? ドラピオンたちの言葉に、ドラップは明らかに困惑した表情を見せた。 彼らとは、同じ森で暮らしてきた仲間だ。 いつかは『忘れられた森』に帰りたいと思っているが、ドラップはアカツキを気に入ってしまった。 彼のためなら、どんなこともできると思っている。 だから、そう容易く彼の傍から離れることはできない。 胸をきつく締め付けられるような想いだったが、ドラップは頭を振った。 「ごぉぉぉ……」 ――今の俺は、アカツキの仲間だ。   アカツキが望まない限り、俺は森に帰れない。 本当は家族に会いたくて仕方ないはずなのに、ドラップは気丈に振る舞っていた。 「…………」 いくら気丈に振る舞おうと、寂しさや望郷の念が言動にかすかだがにじみ出ていた。 アカツキにもそれが分かったから、早くこの町の問題を解決させて、一時帰郷でもいいから、ドラップを家族に会わせてやりたいと思っている。 「そうだな、早く脱出した方がいい。 それからのことは、後で考えればいいだろう」 「うん。だから、早くこの町を出た方がいい。そうすりゃ、痛い想いとかしなくて……」 アーサーの言葉に頷き、アカツキは再度、ドラピオンたちにこの町から出ていくよう勧めた。 ……しかし、遅かった。 「いたぞ!! ドラピオンが二体も!!」 「ミライが危ない!!」 どこからともなく鋭い声が響いてきた。 ハッと、ミライが息を飲む。 どうやら、見知った相手の声らしい。 「やべっ!! おい、早く行けっ!!」 アカツキは声を荒げて追い立てたが、ドラピオンたちはドラップに未練があるらしく、一緒に行こうと誘っている。 「ええい、やむを得ん……!!」 未練タラタラのじれったい光景に、アーサーは苛立ちを隠そうともしなかった。 得意の波導弾で脅かして追い払おうかと思ったほどだ。 「だから!! 後で気が済むまで抱き合えばいいからさ!! 今はオレの言うこと黙って聞いてくれって!!」 住人に見つかったら、何をされるか分かったものではない。 三十年にも渡って積み上げられてきた『ドラピオン』への恐怖や怒りは、並大抵のものではない。 人は、負の感情ほど容易く膨らませられるものだ。 そして、容易く我を失ってしまうものだ。 再三に渡る注意は、しかし功を奏することはなかった。 道の前後からけたたましい足音が響き、あっという間に挟み撃ちに遭ってしまった。 「あー、やっちゃった……」 アカツキは深々とため息をついた。 前後から急にやってきた人間たちに、ドラピオンたちは驚きを隠しきれなかった。 別に、人間に危害を加えるつもりなどないのに、彼らの目には一様に怒りの感情が浮かんでいる。 「ミライ、無事か!?」 「え、あ……うん」 住人の一人に声をかけられ、ミライは小さく頷いた。 ……と、腕を強く引っ張られ、住人たちの後ろに連れ込まれてしまった。 「でも、まだあきらめちゃいけないよな……」 アカツキはドラップを背中にかばいながら、前後をズラリと取り囲む住人たちを見やった。 手には鍬や鋤といった農具を持ち、中には射撃で使うようなピストル――ラピッドファイアを手にしている住人までいるではないか。 本気で殺してでもドラピオンたちを追い払おうとしているのは間違いない。 集団心理とは恐ろしいもので、一人では絶対にできないことでも、みんながいればできると思い込んでしまう。 なればこそ、ラピッドファイアなどという物騒なシロモノまで持ち出してきたのだ。 「おい、坊主!! 早くこっちへ来い!!」 不意に、住人に声をかけられた。 どうやら、ドラピオンに拉致されそうになっていると思われたようだ。 ネイトやアーサーは目に入っていないらしい……というより、無理やり脅されたとでも思っているのかもしれない。 どちらにしても、大ハズレなのは言うまでもないが。 「どうしよう……」 早いところドラピオンたちを逃がしてやらなければならないが、前後から挟み撃ちされている状態ではそれもままならない。 どうしたものかと思案していると、住人の一人が物騒な発言をした。 「また三十年前みたいになるのはごめんだ!! こいつらを早く片付けよう!!」 アカツキは弾かれたように、声を上げた住人を見やった。 中年男性で、勇ましい発言の割には腰が引けている。手にした鍬の先端が小刻みに震えている。 三十年前の事件が今でも忘れられず、強く引きずってしまっているようだ。 「そうだな!! 坊主、早くこいつらから離れろよ!! みんな、かかれ!!」 ミライの腕を引っ張って助け出した(と思っている)住人の号令と共に、武器を手に住人たちがドラピオンたちに襲いかかった。 「……!!」 言い分も聞かず、三十年前と同じようになるかもしれないと勝手に決め付けて、邪魔者を排除しようとする住人。 彼らが味わった恐怖は分からないし、失ったものもそれなりに大きかったのかもしれない。 だけど、暴力で相手を押さえつけようとする『暴挙』に、アカツキが黙っているはずもなかった。 ぶちっ、と頭の中で何かが切れる音を聞いた瞬間、アカツキは行動に打って出ていた。 To Be Continued...