シャイニング・ブレイブ 第21章 予期せぬ転機 -Needing and Holding-(4) Side 6 その晩、アカツキたちはフォレスジムに一泊することになった。 彼らに宛がわれたのは、本来はジムトレーナー用に設けられた部屋だったが、雨風が凌げればそれで良かった。 ベッドとタンス、テーブル、椅子……必要最低限の家具しか備え付けられていないが、むしろそれくらいがちょうどいい。 余計なものがあると、考え事の妨げになる。 室内の様子はともかく、アカツキは夕食を摂り終えるとすぐ風呂に入り、部屋に戻って鍵を閉めた。 ヒビキなら盗み聞きなどという殊勝な趣味は持ち合わせていないだろうが、今は誰にも茶々を入れられたくはなかった。 昼過ぎから夕方にかけては、ミライにあれこれと訊ねられたのだ。 心の整理がついていない状況で、耳元でぎゃーぎゃー騒がれて正直迷惑だったが、彼女に責任があるわけではない。 むしろ、彼女はアカツキを励まそうとさえしてくれていた。 どんなやり取りをしたのかは正直よく覚えていないが、彼女が怒っている記憶がないということは、無難な受け答えに終始したのだろう。 「……ちゃんと、みんなには話さなきゃいけないな」 ドアに背をもたれ、アカツキはため息混じりにつぶやいた。 木の葉の合間を縫うようにして降り注ぐわずかな月明かりが、ぼんやりと室内に差し込んでくる。 「そうだ。皆には話さなければならない。 おまえの独りよがりで行動することは許されない。団体生活だからな」 「うん、分かってる」 アーサーの厳しい意見が飛んでくる。 今日はどういうわけかいつにも増して遠慮することなく、ズケズケと厳しい言葉を投げつけてくる。 ……今日が、アカツキにとって大きな転機になると分かっているからだろう。 下手に妥協して、後で後悔などされても困る。 きっと、そう思っているのだろう。アカツキはアーサーの険しい表情に、思いやりを感じずにはいられなかった。 「ブイ……?」 ネイトが不安げな表情で嘶いてくる。 「……大丈夫だって。 ちゃんと、みんなと話すから。オレ一人の問題じゃないしな」 アカツキはニコッと微笑みかけると膝を折り、ネイトの頭をそっと撫でた。 「ブイっ……」 ――そこまで言うならいいけど。 ネイトはどこか満足しきっていないような様子だったが、アカツキもアーサーも、深くは突っ込まなかった。 「そうさ……オレ一人の問題じゃねえんだよ、もう」 アカツキはベッドに腰を下ろし、ため息をついた。 この町の住人が、ドラピオンをどう思っているか……三十年前の事件と絡めて、今日、どんな対応を取ったか。 テレビの中では、人間とポケモンの諍いなど日常茶飯事だ。 だけど、現実には遠い世界の出来事。 少なくとも、レイクタウンで暮らしていた頃のアカツキには、手の届く範囲の出来事だとは思えなかった。 だけど、今は違う。 手の届く範囲にあるモノ……ドラップが関わっていた出来事だったのだ。 ドラップだけでなく、ドラピオンという種族にまつわる出来事。 だから、無関係を決め込むことはできない。 ドラピオンであろうとなかろうと、ドラップはアカツキたちの大事な仲間だ。 仲間の仲間なら、友達でもある。 「ほっとけないんだよな……やっぱり」 一人で全部解決できるだなんて、そんな自惚れたことを考えているわけではない。 それでも、自分にできることがあるならやってみたい。 ……可能性に、賭けてみたい。 「さ〜て、みんなと話そう……」 アカツキはテーブルに置いておいたモンスターボールを四つ手に取り、軽く頭上に放り投げた。 ボールは口を開くと、明かりの灯らない部屋にまばゆい閃光と共にポケモンを放出した。 「キキッ……」 「ベイっ♪」 「ごぉぉぉ……」 「ごぉん……」 アリウス、リータ、ドラップ、ライオットは、飛び出すなり室内を忙しなく見回した。 夜も更けてきたのに、どうして明かりをつけないのか、不思議に思っているらしかったが、すぐに落ち着きを取り戻す。 室内を包む、少しだけ張り詰めた空気を肌に感じて。 一様にアカツキに視線を向ける。 「みんなに、話があるんだ。 これからのことなんだけどさ……聞いてくれるか?」 アカツキは自分でも分かるほど、改まった言い方で切り出した。 自分らしくない……そう思ったが、改まった言い方でなければ話せないようなことなのだから、致し方ないだろう。 アカツキがなにやら思いつめたような表情を浮かべているのを見て、自然とポケモンたちの表情も険しくなる。 きっと、いろいろと考えて、悩んだりして導いた答えなのだろう……と。 「今日、この町で事件があったんだ。 ドラップ……ドラピオンが、町の人と対立しててさ。 でも、実際はドラップを探しに来ただけだったんだ。それなのに、この町の人は、武器を使って追い払おうとした。 三十年前に、子供がいなくなって、死んじまったんだってさ。 そんな事件があったから、余計ドラピオンに対して怒ってたみたいなんだ」 アカツキはありのままに打ち明けた。 自分たちがやろうとしていることを考えるなら、どんなに辛い出来事でも、ありのままに受け止めてもらわなければならない。 ドラップは言葉の途中で、俯いてしまった。 自分『たち』が関わっていると分かっている以上、アリウスやライオットのように、平然としていることはできないのだろう。 パパだけあって、責任感を感じやすい性格なのだ。 「…………ブイっ」 ――キミが責任感じることないって。顔、上げなよ。 ネイトがすかさずフォローを入れるが、ドラップは俯いたままだった。 ネイゼル地方では獰猛な性格だと言われているドラピオンの面影などまるで見られないほどの落ち込みようだ。 本来は歯牙にもかけない相手ではあるが、それでもむき出しの憎悪や敵意を向けられれば、嫌な気分にはなるものだ。 ドラップが落ち込んでいるのを見て、アカツキは言葉を続けた。 いつまでもこんな風に落ち込まれていても困るし、何より…… 「オレたちがやろうとしてるのは、ドラップを元気付けることでもあるんだ」 グッと拳を握りしめる。 「オレ、今日までそんなの遠い世界の出来事だって思ってた。 テレビとかで見ることはあるんだけどさ、やっぱり本当にこの世界で起こってるのかなって、実感が湧かなかったんだよな。 あんまり関係ないトコで起こってることだから、って思ってた。 でも……」 「そうではなかった。 手の届く場所で起こってしまった。 それが、アカツキの意識を変えるキッカケになった……そういうことだ。 皆まで言わせないでやってくれ」 「アーサー……」 アカツキは強引に締めくくったアーサーに視線を向けた。 厳しさは、思いやりの裏返し。 よく、そんなキレイゴトを耳にする。 だが、結局はその思いやりも相手に通じなければ意味がない。 厳しいだけでは……思いやりをわずかでも感じさせなければ、人は容易く折れてしまうものだ。 アカツキはアーサーの気持ちを理解しているつもりだから、ちゃんと感じ取っていた。 先ほどと打って変わって、優しい言葉をかけてくれた。 世界中を旅してきただけあって、人の心のなんたるかを心得ているのだろう。 「…………」 「…………」 アカツキとアーサーの言葉を受けて、ポケモンたちは黙り込んでしまった。 陽気でかしましいアリウスでさえ、神妙な面持ちで、尻尾の手でなにやら床をなぞっている。 人間とポケモンの関係において、皆がいろいろと考えさせられたのだろう。 実際に事件を目撃していないリータとライオットでさえ、深刻な事態を前にしたような表情を見せている。 アリウスはエイパムたちから聞いたのだろうから、おおよその事情は理解していると見ていいだろう。 それから…… 「ドラップ……」 ドラップは、アカツキが傷ついた責任を感じているのだ。 自分がもっとしっかりしていら……と。 だが、アカツキに言わせれば、ドラップが責任を感じる必要はまったくない。 ドラピオンがこの町にやってきたのも、ドラップのにおいを辿って、会いたいと思っていたからだ。 それを『ドラップのせいだ』などと言えるはずがない。 「ドラップ、キミが責任を感じる必要なんてないんだってば。 だいたい、ドラピオンはみんな同じなんだって、そんな考えをするヤツが悪いんだからさ」 アカツキは明るい口調で、おどけるように言った。 飾り気のない率直な気持ちが通じたのか、ドラップは顔を上げ、正面に立つアカツキの目を見返した。 「ごぉぉ……」 「みんな、キミに会いに来ただけだろ? だったら、みんなに会いに行こうぜ。そのために、レイクタウンを飛び出したんだからさ。 ドラップ、奥さんとか子供とかに会いたいだろ? だったら、今からそんな顔してちゃダメだって。みんな、心配するぜ?」 「……ごぉぉ」 ――ありがとう。 こんな時でも――いや、こんな時だからこそ、アカツキは気にかけてくれている。 それが安っぽい同情などでないことは、ドラップが誰よりも一番理解しているつもりだ。 ドラップが少しは気持ちを上向かせてくれたと感じて、アカツキは彼の傍から離れた。 再びベッドに腰を下ろして、思案をめぐらせている皆に言った。 「オレは、ドラップのようなポケモンを見たくないんだ。 何にも悪いことしてないのに、傷つけられたりするのって、間違ってると思うんだ。 オレにできることなんて、そんなに多くないのかもしれないけど……でも、できることが一個でもあるんだったら、オレはやってみたい。 関係ないポケモンでも、やっぱり傷つけられてるのを見ると、嫌だから」 十二歳の男の子とは思えないような真摯な言葉に、いつしか全員の視線が注がれていた。 「でもな、オレが決めたことにみんなを巻き込む気はないんだ。 本当に正しいことなのかも分かんないし…… それでもさ、分かっちまった以上は、何かやんなきゃって思うんだよ。 オレの勝手な判断で、みんなを危険にさらしちまうかもしれないけど……それでも、ついてきてくれないか?」 ありったけの気持ちを振り絞って、アカツキは言った。 見てしまった以上は、知ってしまった以上は……何もしない、知らないフリでいることはできない。 手の届く範囲で、仲間が理不尽な理由を突きつけられて危険にさらされたのだから。 「…………」 ネイトとアーサーを含め、誰もが言葉を失っていた。 アカツキの気持ちは確かに伝わった。伝わらないはずがない。 ただ…… 「……矛盾しているぞ。 『みんなを巻き込む気はない』と言っておいて、すぐに『ついてきてくれないか?』はないだろう」 いち早くツッコミを入れてきたのは、当然と言うべきか、アーサーだった。 重箱の隅をつつくようなことでも、矛盾であることに変わりはない。 スッキリしない状態で提案をしようなどと、彼にとっては言語道断なのだ。 「……そう、だよな」 アカツキは意外なほど、あっさりと矛盾点を認めた。 誰も何も言わないのは、彼が煮え切らない態度を見せていたからだ。 そんな状態では、とても『OK!!』などと言えるはずもない。 「でも、ホントに分かんないことだらけなんだよ。 正しいか、間違ってるかだって分かんないし……」 アカツキは頭を振った。 自分のやろうとしていること。 突きつけられた現実と、自分が今抱いている率直な気持ち。 本当なら、間違っているなんて思わない。 しかし、アーサーに言われたとおり、やり方次第によっては、その場所に住んでいる人たちを敵に回すことにもなりかねない。 そんな不安が根底に横たわっていては、自分のやろうとしていることが正しいのか、間違っているのか、分かるはずがない。 ポケモンたちは、そんな不安に駆られているアカツキに素直に賛同できないだけなのだ。 今までに当たったことのない壁にぶち当たり、困惑している男の子に、彼らの気持ちが理解できないのも無理はなかった。 「それにな…… 言わせてもらうが、正しいのか、正しくないのか。 そんなものは、やってみなければ分からないだろう。 やりもしないうちから、決め付けようとするな。 おまえがやろうと思ったからやった……結果を見て、決めればいいだろう。 おまえがそうやってつまらないことで立ち止まっているから、皆、答えを出せないのだ。 それを、おまえ自身が感じられなくてどうする。 おまえがやりたいのなら、やれば良かろう。 誰も……おまえの気持ちまで間違いだなどと言っているわけではないのだから」 「…………!!」 アーサーの言葉は、ビンタだった。 口調こそ穏やかだが、アカツキは頬を強く引っ叩かれたような衝撃に襲われた。 身体の痛みじゃなくて、心の痛みだった。 「アーサー……」 「おまえはもっと頭が良くて、決めたことは容易く覆さないと思っていたが……とんだ思い違いだったな。 どうしようもないほどの子供だ。 一人では危なっかしくて、外には出せん」 「う……」 打って変わって、右ストレート。 アカツキは呻くしかなかった。 アーサーは気持ちを偽れるほど器用ではない。それが分かっているから、今の言葉は彼の本心だろう。 だから……なにげに痛い。 「だが、だからこそ皆、おまえを支えたいと思っている」 「えっ……?」 「ブイっ♪ ブイブ〜イっ♪」 アーサーの言葉に合わせるように、ネイトがアカツキの手を取り、左右に振ってみせた。 「ベイっ」 「キキキキッ……」 「ごぉぉ……」 「ごぉん……」 「みんなも……」 ネイトだけでなく、リータが、アリウスが、ドラップが、ライオットが……そしてアーサーが。 優しい視線を向けてきた。 「…………」 「ブイ、ブイブイ!!」 「ベイっ!!」 「…………そっか。そうだよな」 彼らの真摯な気持ちが、とても痛くて……とても暖かかった。 アカツキは、とんだ思い違いをしていたことに気づいた。 みんなは、本当に自分のことをよく見てくれている。 自分が自分のことを思っている以上に、自分のことを知ってくれている。 うれしい反面、なんだかすべて覗かれているようで、複雑な気持ちだが、それでも悪い気はしない。 なぜなら、それが『仲間』なのだから。 「ごめん、オレ、どうかしてたよ」 アカツキは素直に詫びた。 自分のやろうとしていることが正しいのか、間違っているのか……そんなつまらないことに固執して、本当に大事なことを見失っていた。 仲間が傍にいてくれることも忘れて、一人で抱え込んでいたのだ。 危険だと分かっているから、できれば巻き込みたくない。 だけど、一緒に来てほしい。 そんな矛盾を孕んだ心理状態を、みんなはちゃんと見抜いていた。 アーサーが先陣を切って厳しい言葉をかけてきたのも、いい加減、一人で悩むなというメッセージだったのだ。 「みんなと一緒に考えて、悩んで……それで決めればいいんだもんな。 やる前から間違ってるなんて思ってたら、みんなだって不安でたまらないもんな」 「そういうことだ。今になって気づくとは……やはり、私がついていなければならんな」 「うん。そうみたいだ。オレには、みんなが必要なんだ」 相変わらず手厳しい言葉。 それでも、アカツキにはエールのように感じられてならなかった。 一人でできることなど高が知れている。 だから、仲間と力を合わせて頑張れる。 それがポケモンとポケモントレーナーの理想の関係なのだ。 今まで当然だと思っていたことを改めて眼前に突きつけられて、アカツキの決意は一層固まった。 「…………もう一度言うよ。 正しいかなんて、やってみなきゃ分かんない。 もしかしたら、後で間違ってたって思うかもしれない。 それでも、オレと一緒に来てくれないか? ドラップのような……ドラピオンのような悲しい思いをするポケモンを、オレは見たくない。 だから……」 口調は先ほどと大して変わらなかったが、ポケモンたちは言葉の中に秘められたアカツキの気持ちを察した。 「オレは、ポケモンマスターになることをあきらめる。 その代わり……人とポケモンが仲良く暮らせるように、できることをやっていこうと思う」 夢を棄てる。 本当はそんな簡単に決めるべき問題ではない。 だけど、アカツキはもう決めていた。 ポケモンマスターになるのは、子供の頃からの夢だった。 「でも、ポケモンマスターになってからのことなんて考えたことなかったんだよな〜」 しかし、ポケモンマスターになったら、その時点で終わりだった。 そこから先のことなんて、一度も考えたことはなかった。 だから…… 終わりなき道を行こうと思った。 人とポケモンが仲良く暮らしていけるように。 今日の事件が、アカツキの意識の根底を揺るがした。 今、やろうと思っていることと比べれば、ポケモンマスターになることなんて、天と地ほどの差はあるだろう。 「正しいか、正しくないかなんて…… オレ一人で決められる問題じゃないしな。 みんなと一緒に決めてけばいいんだ。オレ、一人じゃないんだし……」 みんなの存在が、こんなにも心強いんだと思ったことはなかった。 みんなと一緒なら、頑張れる。どこまでだって行ける。 「オレは、できるだけのことをする。 だから、みんなも力を貸してくれ!!」 アカツキが差し出した手に、六つの温もりが重なる。 「そうでなければ、おまえらしくない」 「ブイブイっ♪」 陽気で人懐っこくて、ちょっとバカだけど、それくらいがちょうどいい。 いつものアカツキに戻ってくれたと、ポケモンたちは安堵した。 「さ〜て、やると決めたからには、さっさと寝るぜ!! 明日は早いからなっ」 即断即決、即行動!! アカツキはあっさりと結論付けると、すぐさま歯を磨き、そのままベッドに潜った。 「…………まあ、私たちも寝るとしよう。明日は早い」 アーサーは呆気に取られていたが、残念ながら、呆気に取られていたのはアーサーだけだった。 他のポケモンたちは慣れた様子で、すぐにその場に横になった。 一人用の部屋に六体もポケモンがいると手狭に感じられるが、誰もそんなことを気にする様子を見せない。 「…………慣れている、ということか」 あっという間に寝息を立て始めたアカツキとポケモンたちを交互に見やり、アーサーはため息をついた。 「やれやれ……先が思いやられるな」 頭から毛布をかぶって寝ているアカツキに微笑みかけ、アーサーも皆の邪魔にならないよう、部屋の隅っこで横になった。 アーロンと旅をしていた頃と比べると張り合いがないが、まあそれは致し方ないだろう。 それでも、悪くはない。 アーサーは目を閉じた。 昼間、軽く運動したこともあって、疲れていたのかもしれない。 「だが……だからこそ、面白い」 これからの日々に、アーサーはますます期待を馳せるのだった。 第22章へと続く……