シャイニング・ブレイブ 第22章 その笑顔のために -Just it Smile!!-(1) Side 1 ――アカツキが故郷を旅立って74日目。 森に漂う朝方の空気は、思いのほか冷たい。 アカツキは肌を刺すような冷たい空気に、腕を何度もさすった。 普段ならまだ寝ている時間帯――正確な時刻で言えば、六時前――ではあるが、 ドラピオンをめぐる事件の渦中にいたアカツキたちは、そう長々とこの町に留まるわけにはいかなかったのである。 だから、町の人たちが活動を開始する前に、颯爽と外へ出て行こうと決めていた。 フォレスタウンの北端まで見送りに来てくれたのは、ヒビキだった。 昨日の事件について、ジムリーダーとして責任を感じているらしい。 別に見送りになんて来てくれなくてもいいと思っていたが、どうしてもと熱っぽく言われて、アカツキとしても断りきれなかった。 フォレスタウンの北端……もっとも、北端と言っても、目印になるようなものがあるわけではない。 周囲には色鮮やかな森の景色が広がっているばかりである。 「『忘れられた森』へ行くんだね」 「うん」 ヒビキの言葉に、アカツキは小さく頷いた。 彼の傍らにはネイトとアーサーが無言で立っているが、絶えず周囲に気を配っているのが目のわずかな動きで見て取れた。 昨日、ドラピオンをなんとしても排斥しようとした住人がアカツキを傷つけてしまったのだ。 この町の住人に対して警戒感を抱いていたとしても、それは仕方のないことだ。 自分たちで撒いたタネなのだから、芽を摘み取るのも、花を刈り取るのも、自分たちでなければならない。 ポケモンたちが漂わせる緊張感に、ヒビキはこの町が抱える問題の根深さを改めて思い知った。 「ドラップを家族に会わせてあげたいんだ。 昨日、あんなことがあったばっかりだし。 それに……オレ、みんなと一緒にやってみたいことがある。 本当にできるかどうか、もう一度考えてみるのにいいと思ってさ」 「そうか……」 アカツキの言葉に、ヒビキは彼が――否、彼らが抱く想いが純粋で、それでいて強いものなのだと悟った。 今まで抱いていた夢を押し退けてでもやってみたいと思うこと。 思ったからには、トコトンまで突っ走って行ってほしい。 本当は背中を押すだけじゃなくて、できるだけの支援をしてやりたいと思っているが、目の前でニコッと微笑む男の子は丁重に辞退するだろう。 だから、優しく明るい言葉で見送ろう。 それだけでも、ずっと先まで仲間たちと進んでいける……そんな強さがあるのだから、心配など無用の長物。 「なら、そろそろ歩き出さなければならないよ。 『忘れられた森』までは道なんてないけれど、ドラップに道案内を任せれば、迷うことなくたどり着けると思う」 「いざとなりゃ、ライオットの背中に乗って飛んでけばいいし、大丈夫♪」 「そうだな。君なら大丈夫だな」 町の北端に近づく住人がいるとは思えないが、昨日の今日となると、分からない。 そろそろ行きなさいと穏やかに言うと、アカツキは小さく頭を下げてきた。 「ヒビキさん、いろいろ親切にしてくれてありがと。そろそろ、行くよ」 「ああ。行ってらっしゃい」 優しい言葉を受けて、アカツキはネイトとアーサーを連れて、ヒビキに背を向け歩き出した。 人が滅多に足を踏み入れない森に、道はない。 少なくとも、人が『道』と思えるような標はない。 茂みを掻き分け、北へと向かうアカツキたちの背中を見やりながら、ヒビキは不意に懐かしさに襲われた。 「僕も、道なき道を歩いていた頃があったんだよねぇ。 ……ずいぶん昔のことだけど」 誰も、道など用意してくれない。 増してや、アカツキはほとんどの人間が選ばない道を行こうとしているのだ。行く先には無数の困難が待ち受けているだろう。 それでも、仲間を信じる気持ちがあれば、何があっても乗り越えていけるだろう。 茂みと木立の向こうへ、男の子の小さな背中が消えてからもしばらく、ヒビキはずっとその方角を見つめていた。 なぜだか分からないが、目を離せなかった。立ち止まる気にもなれなかった。 ……そんなことになっているとは露知らず、アカツキはポケモンたちと共に道なき道を歩いていた。 「やっぱ、道がないのって大変なんだなぁ……」 茂みを掻き分けた先に大きな岩が転がっていたり、小さな沼があったり。 危うくコケそうになったり、もれなく泥パックをプレゼントされそうになったり。 ただ普通に歩けるだけの道があるのとないのとでは、勝手が違うモノだ。 なにしろ、リーグバッジを集める旅をしていた頃は、町と町を結ぶ道を歩いていくだけで良かった。 たまには道路から外れた場所へ赴くこともあったが、それでも『道なき道』ではなかった。 まるで、今の自分たちの状況を如実に物語っているかのような現実に、アカツキは苦笑するしかなかった。 鋼タイプを持つだけあって、それなりに身体が丈夫なアーサーは、草を掻き分けなくても平然と歩いていた。 ぼやくアカツキに、苦言を呈する。 「人が足を踏み入れない領域だ。 これくらいは当然、覚悟しているとばかり思っていたが……ぼやくヒマがあるなら、先へ進むことを考えたらどうだ」 「ま、そりゃそうなんだけどな〜」 手厳しいアーサーに、アカツキはヘラヘラ笑うしかなかった。 なまじ正しい意見だけに、下手に言い返せないのが辛いところだ。 だが、これくらいは覚悟していた。 ネイゼル地方の北東部は、人の手が未だ加わっていない未知なる領域なのだ。 ソフィア団のアジトが数年にもわたって発見されなかったのも、未知なる領域に構えていたからこそだ。 当然、道など整備されているはずもなく、人里の近くには出てこないようなポケモンだって棲息している。 いざとなればライオットの背中に乗ってひとっ飛びなのだが、それではあまりにつまらない。 どうしても無理だと思った時の最終手段ということで、アカツキは徒歩による山越えを選んだ。 ちょっとでもぼやけば、アーサーは容赦なくツッコミを入れてくる。 それだけしっかりしている証拠なので、ありがたいと言えばありがたいのだが、やはり少しは口うるさい姑みたいだと思ってしまう。 アカツキがちょっと煙たがっているのを察してか、ネイトが声を上げて抗議した。 「ブイ、ブイブ〜イっ!!」 ――何もそこまで言うことはないだろ。普通はそんなモンだ。 しかし、アーサーは表情一つ変えることなく、淡々と返した。 「私たちは、道なき道を行くのだ。 この程度の困難……いや、困難とも言えないだろうな。この程度のことでぼやいていては、肝心な時に乗り切れぬかもしれん。 私はそんな甘い気持ちを戒めようとしただけだ。責めているわけではないから、勘違いはやめてもらいたい」 「ブイぃぃ……」 あっさりと切り返されて、ネイトは口ごもってしまった。 アーサーの頭と口の回りようは、並大抵のポケモンや人間ではとても太刀打ちできない。 勇者の従者として心身ともに鍛え上げられた賜物か。 言い返せずに臍を噛むネイトにニッコリ微笑みかけ、アカツキは言った。 「ネイト、無理して言い返さなくっていいぜ。 アーサーの言ってることって、結構正しいんだからさ」 ネイトとしては、アカツキが責められているように見えるのだろう。 アカツキが悪いわけではないのに、どうしてそんな風な言い方をされなければならないのか…… 元に戻ってからというもの、アカツキに対して以前にも増して愛情を感じているようだ。 アカツキに諭されて、ネイトは渋々納得したようだった。 「…………」 アーサーは無意味に厳しい。 昔はこんな風にノンビリ旅などできなかったのだろうし、昔の感覚を未だに忘れられないのだとしても、それは無理のないこと。 ただ、それでもアカツキと旅をしている以上、アカツキに合わせてもらいたいのだ。 アカツキには、ネイトとアーサー、両方の気持ちが理解できた。 だから、何を言うべきかもちゃんと心得ていた。 「アーサー、キミの言いたいことは分かるけどさ〜。 そんなに張り詰めてばっかりいたら、後で疲れるだけだぜ? もっと気楽に行こ。な?」 「…………そうだな」 ネイトは細かいことをイチイチ気にしすぎている。 アーサーは、常に気持ちを張り詰めている。 いきなり問答無用で命の危険が迫るようなことなど滅多にないのだから、無駄に張り詰めてばかりいては、気疲れするだけだ。 特に気持ちを張り詰めているつもりなどないのだが、昔と同じ感覚で接していれば、アカツキやネイトからはそう思われるのだろう。 アーサーは小さく頷き、自重しようと思った。 もっとも、アカツキやネイトのように陽気にヘラヘラすることはできないが、少しは砕けた言葉と態度で接する必要はあるのかもしれない。 いきなりは難しいだろう。 それでも、アカツキなら何も言わず、ただただ待ち続けてくれるだろう。 なんとなくそんな風に思えるのだから、不思議なものだ。 話に一区切りついて、それからは誰も口を開くことなく、黙々と道なき道を行く。 「……オレのやろうとしてることって、他の誰かがやろうとはしないことなんだよな」 いくら陽気でも、道なき道を進む今の自分が、普通の人とは違うことくらい理解できる。 人間とポケモンが、仲良く暮らしていくための手助けをしたい。 たとえば、フォレスタウンのように……ドラピオンというポケモンを憎んでいる人たちと、ドラピオンたちの橋渡しができればいいと思っている。 昨日一日、いろいろと考えて決めたことだ。 ネイトをはじめ、仲間たちもついていくと言ってくれた。 ポケモンマスターになるという夢を蹴ってまで選んだ道だ。明確な道標がなくとも…… いや、進むべき方向を指し示すものがないからこそ、思った通りに歩いていけばいい。 白い地図に、失敗の二文字は存在しないのだから。 「でも、その方がなんか燃える。 オレたちだけの道だって思えちまうんだよな〜」 人間とポケモンの橋渡しと一口に言っても、異なる価値観を持つ二者の間に立つというのは、そう簡単なものではない。 両方を理解し、いかに諍いを作らないようにしていくか…… 考えるには難しすぎることだが、やる前からあきらめるなんて冗談ではない。 十年近く前になるが、とある地方で歳若きポケモンリーグのチャンピオンが誕生した。 そのチャンピオンの言葉に『僕はやりもしないうちからあきらめるのが大嫌いだ』というものがあった。 どこで聞いたのか思い出せないのだが、アカツキは子供の頃からその言葉を支えにして頑張ってきた。 カイトに何度負けても、自分に足りないものを勉強して再挑戦したのも、その言葉があったからこそなのだ。 「難しいけど、オレにだってできることがあるんだから、やんなきゃ損だぜ」 できることが一つでもあるのなら、やらない手はない。 自分でなくてもできることもあるだろうが、しかし自分でなければ……レイクタウンのアカツキでなければできないことも、きっと一つくらいはあるだろうと思っているから。 道なき道を行く。 草を掻き分け、ただひたすらに前へ進む。 それだけのことでも、今の自分たちには大きな一歩、進歩と呼べるものだ。 黙々と歩くうち、視界は溢れんばかりの木立から、乾ききりゴツゴツした山肌へと変わっていた。 森を抜け、ネイゼル地方北東部を占める山岳地帯に入ったのだ。 「やっと森を抜けられたな」 「ブイっ」 「鬱蒼としていて、あまり気分がいいとは言えなかったな」 木立と、生い茂る葉の屋根で、森には木漏れ日程度の明かりしか差し込んでこなかった。 森を出ると、視界は一変した。 まばゆく降り注ぐ日差しは暖かく、それでいて優しく労わってくれるかのようだ。 道なき道を進み、森を抜けたアカツキたちの最初の一歩を祝福してくれているかのようだった。 「ここで少し休んでくか」 「そうだな。山越えを前に、無理はしない方がいい」 疲れているわけではないが、ここいらで休息を入れておいた方がいいだろう。 そう思って言葉を口にすると、アーサーがすぐに賛成してくれた。てっきり反対されるものとばかり思っていたので、アカツキもネイトも意外に思った。 それでも、休めるうちに休んだ方がいいという意見を支持してくれたのだろうと思い、正直ホッとしていた。 眼前にはほぼ垂直にそそり立つ山肌。 命綱もなしに登っていくことはできないので、周囲を探索して、普通に登っていけそうな場所を見つけるしかないだろう。 その前に小休止を挟み、英気を養っておこう。 「みんな、出てこいっ!!」 アカツキは腰のモンスターボールを引っつかみ、頭上に放り投げた。 ぽぽぽぽんっ!! 競うように次々とボールが口を開き、中からポケモンたちが飛び出してきた。 「キキッ」 「ベイ〜っ♪」 「ごぉん」 「ごぉぉぉ……」 やはり、モンスターボールの中は居心地が良くても、外の景色が見られるわけではないから退屈していたのだろう。 飛び出してきたポケモンたちは身体を存分に伸ばしてから、アカツキに視線を向けた。 「ここからはみんなも一緒に進んでいこうな。 でも、その前にちょっと休んでいこうぜ」 トレーナーの一言は、ポケモンたちにとって願ってもないものだった。 町の中ではネイトやアーサーが優遇されるのが仕方ないとしても、人があまりいないような場所でもボールの中では退屈で仕方ない。 進む前に少し休むということで、ポケモンたちは思い思いに過ごし始めた。 アリウスは近くの木に尻尾を巻きつけて、ターザンのような仕草を楽しんでいる。 ライオットは翼を広げて空を飛んでいる。もしかしたら、周囲を探索してくれているのかもしれない。 リータはアカツキに頭上の葉っぱをこすりつけて、人懐っこく嘶いている。 そして…… 「…………」 ドラップは一人、少し離れたところでぼんやりと空を見上げていた。 アカツキは釣られるように、ドラップの視線が向けられている方角を見上げた。 特に何かあるわけではない。 真南に差し掛かった太陽と、青い大海原を悠然と東へ流れていく雲。 時折ポッポやピジョンが優雅に空を翔けている姿が見えるが、特に変わったものはない。 「…………」 アカツキはドラップに視線を戻し、思った。 「やっぱ、家族のこと気にしてんだよな……」 ドラップの家族に会いに行くと話したから、本当はすごくうれしくてたまらないのだろう。 反面、早く会いたい……元気にしているだろうか……と心配する気持ちも抱いているに違いない。 仲間のドラピオンからいろいろと聞いてはいるのだろうが、 それでも自分の目で見て、家族の温もりを肌で感じないことには不安で仕方ないのかもしれない。 家族を思いやる気持ちが誰よりも強いドラップならではの思考と言えるだろう。 「でも、そんなに心配ばっかしててもしょうがないよな」 ドラップの家族なら元気にしているはずだ。 根拠なんてなくても、それくらいはすぐに分かる。 「リータ、ちょっと待っててくれよ」 「ベイっ」 アカツキが葉っぱを撫でながら言うと、リータはすぐに引っ込んだ。 また後で構ってもらえると思って、素直に言うことを聞いたようだ。 「…………」 ドラップの傍へ歩いていくアカツキとネイトを、アーサーはじっと眺めていた。 とりあえず、ここはアカツキに任せるべきだろう。 自分が余計なところで出しゃばっては、アカツキも立つ瀬がないだろうし、トレーナーとしてのメンツも立つまい。 口うるさく言うべきところは言って、黙って見守るべきところでは口出ししない。それだけのことだ。 アカツキはネイトと共にドラップの傍まで行くと、そっと声をかけた。 「ドラップ、やっぱり奥さんとか子供のこととか、気になる?」 「ブイ?」 「…………」 重ねてネイトにも問いかけられたが、ドラップはどう答えればいいのか迷っているようだった。 素直に「そうだ」と答えたいところなのだろう。 だが、複雑な胸中をアカツキが知れば、彼の手を煩わせることになりかねない……そんな気持ちもあって、素直には答えられなかった。 責任感が強いドラップらしく、間が長く空く。 「心配してんだよな。でも、それって当然なんだからさ。隠すことじゃねえよ」 ドラップが迷っているのをすぐに察して、アカツキはニッコリと微笑みながら言った。 「家族のこと、心配して当たり前なんだって。 ドラップのことだから、素直に『うん』って言ったら、オレとかみんなに迷惑かかるじゃないかって思ってるかもしれないけどさ。 でも、それって違うんだぜ? 誰だって大切に思ってる人やポケモンはいるんだし、無理してウソついたり隠したりすることはないんだ。 ドラップが家族のこと、すっごく大事にしてるのは分かってんだからさ。 オレ、そんなドラップが大好きなんだぜ?」 「…………ブイ、ブイブイ♪」 ――アカツキはそういうヤツだって、前々から分かってるだろ? アカツキの言葉を受けて、ネイトが陽気でかしましい声音で言うと、ドラップは目を瞬いた。 ニコニコ笑顔の二人を見て、悩んでいるのがバカバカしくなってきた。 不思議なことだが、アカツキの笑顔を見ていると、自分の悩みが本当にちっぽけで、わざわざ隠すほどのことでもないと思えてくる。 それが、目の前にいる男の子の魅力なのだろう。 「……ごぉぉ」 ドラップは肺から空気を搾り出すように、息をつきながら言った。 「ごぉ、ごぉぉぉ、ごぉ……ごごぉ」 「うん。そうだよな。やっぱ、心配なんだよな。 でも、明日か明後日になりゃ会えるからさ。 それまでガマンしてくれよな」 「ごぉぉ……」 「みんな、ドラップに会えたらすごく喜ぶからさ。 ドラップも、オレたちに遠慮なんてしないで思いっきり喜んでいいんだからな」 「ごぉっ、ごぉっ♪」 言いたいことを理解してくれている。 良き理解者に恵まれて、ドラップは幸せを噛みしめていた。 出会った当初は、こんなことを思っていたものだ。 ――何、ヘラヘラ笑ってやがる。つまんねえガキだな。 身体を張って自分を守ってくれたアカツキの勇姿を見て、そんな気持ちは露ほども残さずに吹き飛んだものだ。 そして、一緒に歩いてくれるのがアカツキで本当に良かったと、心の底からそう思える自分がいる。 それもまた、幸せなことだと思っていた。 「ドラップが喜んでくれるとさ、オレたちもうれしいんだ。な、ネイト?」 「ブイっ♪」 アカツキが話を振ると、ネイトは二股の尻尾をクルクルと回転させながら、元気な声で嘶いた。 仲間の喜びは、自分の喜び。 喜びも悲しみも、素直に分け合える存在。 それが仲間というものだ。 ドラップが先ほどよりも元気になったのを見て、アカツキはさらに話に花を咲かせようとこんな問いかけをした。 「ドラップの奥さんって、結構強いんだな。シリに敷かれてたりしないのか?」 「……!? ご、ごごぉぉ……」 アカツキの言葉なら、ドラップは全部理解できる。 逆に、他のトレーナーの言葉はちょっと分かりづらいのだ。 そんなことはどうでもいいのだが、ドラップはアカツキの問いかけに、なぜか少しうろたえていた。 すぐに何事もなかったように装うが、アカツキとネイトの目をごまかすことはできなかった。 「……ブイ?」 「もしかして、思いきりシリに敷かれてる?」 「ごぉ……ごごっ、ごごぉ」 ――少しだけ。 ドラップは恥ずかしそうに顔を赤らめ、頷いた。 ソフィア団のアジトで、ダークポケモンにされてしまったドラップの奥さんと戦って、もしかしたらと思ったのだが…… まさか、本当にシリに敷かれているとは思わなかった。 アカツキは大爆笑したくなる衝動を堪えるのに必死だった。 ドラップほどの大物なら、逆に一族郎党皆牛耳ってるとばかり思っていたからだ。 だが、ちょっとだけカワイイ……と思った。 「でも、奥さんのこと大好きだから……そうなんだよな?」 「ごぉっ」 アカツキが爆笑を堪えていることを知りつつも、ドラップは気を悪くするでもなく、堂々と頷き返した。 シリに敷かれているのは事実だし、アカツキに知られて困るようなことでもない。 無論、それを誰彼構わず言いふらすようなことがあれば、その時は尊敬するトレーナーでも容赦はしない。 必殺のクロスポイズンや『ツボを突く』で、完膚なきまでにKOするつもりだ。 「じゃ、さっさと会いに行ってやらなきゃな」 「ごぉっ」 「…………」 ドラップは家族を大事にしている。 だからこそ、巻き添えにさせたくないとフォレスの森に逃げてきたのだ。 一刻も早く、家族と対面させてやりたい。 ドラップのうれしそうな顔を見て、アカツキは改めてそう思ったのだった。 Side 2 ――アカツキが故郷を旅立って75日目。 山越えと一口に言っても、言葉にするほど簡単なものではない。 心身共に十二歳とは思えないくらい鍛えられているアカツキだから良かったものの、 これがカイトやミライだったりしたら、すぐさまライオットにヘルプコールを送ることになるだろう。 「ふぅ……」 山道など整備されているはずもない山は、思いのほか険しかった。 先日は山の麓でゆっくり休んだが、それでも二時間ほど山を登っていると、かなり疲れる。 アカツキは手近な岩に腰を下ろすと、肩で荒い息を繰り返した。 手の甲で額を拭うと、大粒の汗がべっとり。 「ブイ?」 アカツキが疲れていると悟って、ネイトがすぐさま声をかけてきた。 ――大丈夫? 今まで思うように感情表現できなかった分、遅れを取り戻そうとするように、ネイトはアカツキにべったりだ。 アカツキはネイトにニッコリ微笑みかけた。 「大丈夫。やっぱ、ベッドでじっとしてる時間が長かったからかな〜、体力落ちまくってるぜ」 「ならば、今のうちに可能な限り取り戻しておくべきだな。 身体は一度鈍ると、なかなか調子を取り戻しにくくなる。増してや、成長期の身体となれば、それは顕著だ。 その点、山越えは調子を取り戻す絶好の機会だろう」 「うん。そうだな。 みんなに頼りっぱなしじゃ、オレがなんとかしなきゃいけない時に、なんにもできなくなっちまうからな。 それじゃ、マジでヤバイからな」 相変わらず厳しいアーサーの言葉。 ただ、口調はどこか柔らかくなっている。 アカツキに合わせるのも大事だと分かったからだろう、不必要に厳しい口調は用いなくなった。 少しは現代環境に適応しているのかと思って、アカツキは彼の変化を好意的に受け止めていた。 まあ、そういった仲間内のことはともかく、アカツキはポケモンを全員外に出して、彼らと力を合わせて山越えを行っていた。 なるべく普通に歩いていける場所を選んで進んでいるため、進捗状況は正直、あまり芳しくない。 だが、大切なのは早く『忘れられた森』にたどり着くことではなく、みんなと力を合わせて頑張ることだ。 道を塞ぐ邪魔な岩には、アーサーの波導弾やドラップのクロスポイズン。 野生のポケモンが立ちはだかった時は、アリウスとリータが状態異常の攻撃を行って、傷つけることなく追い払う。 どこから進んでいけばいいか分からなくなったら、ライオットが空から道を指し示す。 そして、ネイトは山越えで火照ったアカツキの身体に、心地良い水のシャワーを提供する。 今までにないほど、全員が一致団結し、協力し合って進んでいる。 それがなぜだかとてもうれしくて、そう考えるだけで、アカツキは疲れが吹き飛ぶような気分だった。 五分ほど休んで、呼吸も落ち着いてきた。 「よし、先へ進もう!!」 休んでいる間に、ライオットがどこから進めばいいのか調べてきてくれたので、それからは道に迷うこともなかった。 森を出た直後は、ほぼ垂直にそそり立つ断崖絶壁しか見えなかったが、 人の手が加わっていないにもかかわらず、山は思いのほか人間を暖かく出迎えてくれた。 ゴツゴツした岩場も、数メートルの断崖も、アカツキはポケモンたちと共に進んでいった。 「……当たり前なことなのに、なんでこんなに楽しくてうれしいんだろ?」 ポケモンと共に生きること。 気が遠くなるような昔から、人とポケモンは時に協力し合い、またある時は反目しながら同じ地球で生きてきた。 それ以上でもそれ以下でもないことだけど、ただ厳然とそこにある事実。 当たり前な景色ほど、人は忘れやすくなるものだ。 当然だと思うから、ありがたみも感じない。 自分たち以外誰もいない場所で、協力しながら、和気藹々と頑張っているからこそ分かることだった。 自分のことなのに、外から……第三者が見ているように思えてしまうのは、なぜだろう? ちょっとしたロッククライミング気分を味わいながら、アカツキは考えをめぐらせ続けていた。 今、考えなければならない……なんとなくそんな風に思えて。 「……やっぱ、みんなが一緒にいてくれるのがうれしいからだよな」 違う場所に生まれて、違う環境で育ってきた。 一見すると共通点などまるでなさそうな人間とポケモンが、同じ場所で、同じ時を過ごしている。 決して必然とは言えない出会い。 もしかしたら、奇跡としか形容できない、天文学的確率がもたらした出会いかもしれない。 しかし、だからこそアカツキはみんなが一緒にいてくれるのがうれしいのだと、素直に思った。 「ネイトは五年前からずっと一緒にいてくれる。 ケンカして嫌いになったこともあるけど、それでもオレの傍にいてくれたんだもんな……」 突拍子もない出会い方。 あまりに脈絡がなさ過ぎて、あんな出会いはもう二度とないだろうと思える。 だけど、ネイトが友達になってくれなかったら、きっと今の自分はいない。 ネイトだったから、ここまで頑張れた。 本当は仲間を分け隔てなどしてはならないのだろうが、アカツキにとって、ネイトは最高のパートナーだ。 「リータはすごく人懐っこくて、一緒にいるだけで気分が明るくなるんだよな」 ミライと出会うキッカケを作ってくれたのが、リータだった。 彼女がミライを怖がらせていなければ(無論、それはただの誤解でしかなかったが)、ドラップと出会うこともなかった。 旅に出てからの方向性を与えてくれたのは、彼女だった。 ネイトを失って自棄になっていたアカツキの目を覚まさせるキッカケになったのも。 どうしようもなくバカなことを口にして深く傷つけてしまったが、彼女のおかげで立ち直れた。 「ドラップはパパで、誰よりも家族思いだよな…… 口数はあんま多くないけど、いつもオレたちのことを見守ってくれてた」 出会いこそ敵だったが、今はとても頼れるパパさんだ。 ソフィア団と関わることになったのは、ドラップをゲットし、仲間として迎えたため。 そのせいで不必要な苦労を背負い込んでしまったが、それはアカツキが自ら望んで受け入れたものだ。 みんなと一緒に強くなり、困難を乗り越えられたのも、ドラップと出会えたから。 あまり目立つ場面はなかったように思うが、ドラップは縁の下の力持ちとして、アカツキたちをずっと支えてくれている。 「ラシールはダークポケモンだったけど、そんなことを全然感じさせないくらい明るいんだよな」 元はダークポケモンとして……敵として立ちはだかった。 しかし、アカツキがカヅキのキャプチャ・スタイラーを使って、暴走状態のラシールを戒めから解き放った。 ダークポケモンだと思えないほど、普通のクロバットに戻ったラシールは明るくかしましかった。 ドラップと同じで、あまり目立った活躍はなかったように思うが、 ダークポケモンだって普通のポケモンと変わらないのだと、アカツキに大事なことを教えてくれたのがラシールだった。 「アリウスのヤツ、イタズラが大好きなのは困るけど……でも、憎めないんだよな」 アリウスはイタズラ好きなエイパムたちを引き連れて、街の人たちを困らせていた。 アイシアジムのジムリーダー・ミズキの顔に木の実をぶつけて笑っていた姿が、今も脳裏に浮かんでくる。 仲間になってからもイタズラ好きなところは抜けないが、なぜか憎めない。 仕草や鳴き声がかわいいのは言うまでもないが、アリウスは誰にも負けないくらい純粋な心根の持ち主だから、そう思わせるのだろう。 手の焼ける弟のような感じだが、それがちょうどいい。 「ライオットはいつも堂々としてて、不安な時も大丈夫だって思わせてくれるんだよな。 それに、オレたちのこと、助けてくれたし……」 砂漠で調子に乗って遊んでいたアカツキとミライを、ノクタスの群れが襲撃してきた。 危うくエサになるところを助けてくれたのがライオットだった。 それからいろいろとあって再会を果たし、戦いの末に仲間に加わってくれた。 バトルに投入した回数は少ないが、ウィンジムでのジム戦やダークポケモンと化したドラップの奥さんとの戦いでは大活躍だった。 一応は女の子なのだが、常に堂々としているところは、大の男よりも頼りにできる。 「それから……アーサー。ちょっと口うるさいけど、すっごく頼りになるんだよな」 最後に仲間に加わったのはアーサー。 遥か昔、勇者アーロンの従者を務めていたルカリオだ。 しゃべるポケモンということで、アカツキはアーサーが口を開いた時には驚きを隠しきれなかった。 誇り高く、マジメで一途な性格の持ち主だが、それゆえに他のポケモンが言いづらいであろうことも、構うことなく口にする。 決してアカツキを責めているわけではなく、彼のためになると思っているからこそ、厳しい言葉もビシビシと鞭打つように投げかけてくる。 そんなアーサーの姿勢に影響を受けたポケモンも多いのだろうが、今はまだそれらしい成果は見えない。 なんとなく、アカツキは仲間のことを一人一人、心に思い浮かべていた。 それぞれとの出会いに、忘れられない思い出がある。 それらが積み重なって現在がある。 ただ一度、なんとなく思い返すだけで、どうしてこんなにもうれしい気持ちが溢れてくるのか…… 「分かんないけど、オレはみんなのことが大好きなんだ。それだけだよな」 特別な感情だとは思っていない。 誰かのことを好きに思う。それだけのことだ。 でも、その『それだけ』が、うれしい。 身体が疲れを感じても、みんなのことを考えながら進んでいくと、休まなくても何時間だって頑張れる。 やがて陽が暮れて、アカツキたちは山頂に程近い場所で夜を明かすことになった。 標高はそれなりに高く、殺風景な山肌を吹き降りてくる風は思いのほか冷たい。 焚き火を囲んでも、冷たい風が吹きつけてくれば、アカツキでも肌をさすらずにはいられなかった。 パチパチと音を立てて、火の粉が爆ぜる。 ポケモンたちは肌寒さに慣れているのか、アカツキのように肌を擦るような行動は見せない。 「寒いか?」 真っ先に声をかけてきたのはアーサーだった。 気が利くのも、勇者の従者として旅をしてきた中で感性が磨かれたためだろう。 焚き火は押し寄せる冷たい空気を押し返しているが、物足りないところがあるのは否めない。 「うん。でも、これくらいなら平気。 みんなが一緒にいてくれてるから、オレは平気さ」 アカツキは膝を抱え、肌を擦りながら、ニコッと微笑んだ。 寒いことは寒いが、これくらいなら我慢できる。 みんなが一緒なら、暑い昼も寒い夜も平気だ。 これほど素直に思えたのは、生まれて初めてだった。 みんなのことをずっと考えながら歩いてきたからこそ、心が素直に洗われたのだろう。 「ブイっ……ブイブイ、ブイ〜っ」 アカツキの言葉に反応して、ネイトが尻尾を振りながら陽気な声で嘶く。 ――オレも、アカツキが一緒だからガンバれた。 みんなの声が聴こえてても、オレの声をみんなに届けられなくて辛かったけどな。 今だからこそ、過去の辛い経験も話のタネにできる。 一瞬、雰囲気が暗くなったが、すぐに元に戻る。 「そうだよな〜。 みんながいてくれたから、辛いことも乗り越えられたんだ」 アカツキは笑みを深め、頷いた。 ネイトが元に戻れたのは、ネイトが誰よりも頑張ってくれたから。 そう思っていたが、本当はちょっと違っていたらしい。 みんなの声が聴こえて、ネイトを思う気持ちに触れていたから、声を届けられなくて、 思っていることを伝えられなくて辛かったけれど、気持ちを奮い立たせることができたのだ。 今さら…… そう、今さらのことだけど、知らず知らずに、この場にいる全員とラシールの存在がなくてはならないものになっていた。 「みんながいる……みんなが笑っててくれるんだったら、オレはそれだけでうれしいな」 どうせ生きるなら楽しく生きたいものだ。 大事な仲間が笑っていてくれるなら、それでいい。 贅沢でも何でもない、至極当然なことでも、それが一番いい。 『忘れられた森』でドラップを家族と会わせたら、ライオットの背中に乗って、レイクタウンに戻ろう。 いつまでもラシールをキサラギ博士の研究所に預けっぱなしにするわけにはいかない。 いい加減、誰かとローテーションを組ませなければならないだろう。 本当はフォレスタウンを経つ前にやっておきたかったが、目的地に到着する前……中途半端な場所でやっても仕方がないと思い留まった。 それなら、目的を果たしてレイクタウンに戻ってからにした方がいい。 ラシールと誰を入れ替えるのかはその時に考えればいいとして、アカツキは立ち上がり、ドラップの傍で腰を下ろした。 「ドラップ。明日なら、奥さんや子供に会えるからさ。 昨日も言ったけどさ、オレたちに遠慮なんてしなくていいよ。 ドラップが思った通りに、家族のこと、大事にしてあげるんだぞ」 「ごぉ……」 そんなこと、言われなくても分かっている。 少しスネたような口調で返事をしてきたが、元よりそうするつもりでいるのだろう。 「…………うん。ドラップなら心配ないよな」 言うだけ詮無いことだった。 アカツキはドラップの胸のうちにある、家族への熱い想いを汲み取って、先ほどまで座っていた位置に戻った。 「…………」 ドラップは、家族を大事に思っている。 そんなの、改めて訊ねるまでもなく分かっていたことだ。 ただ…… ドラップが家族との再会を果たす時のことを考えて――アカツキは不意に、思うことがあった。 「ドラップはどうしたいんだろう……?」 ドラップは家族を常に気にかけてきた。 態度に出さなくても、そんなことは手に取るように理解できる。 だから、思うことがある。 ドラップは家族と再会した後、何をするのだろうか……と。 「でも、そんなことは聞けないんだよなあ」 チラリと、焚き火越しにドラップを見やる。 ドラップはリータやライオットとなにやら楽しげに話に興じている。 アカツキが視線を向けていることも、気にしていないようだった。 それでも、いつかは向き合わなければならない問題になる。 漠然とした予感ではあったが、アカツキはなんとなく、そんなことを思った。 ドラップは家族を大事にしているから、アカツキと行くか、それとも家族と共に暮らすか。 明日になれば、嫌でもそんな問題が生じてくるはずだ。 漠然とした予感は、あっという間に確信に変わる。 「…………」 アカツキがなにやら考え込んでいるのを見て、アーサーは眉をひそめた。 あまり面白いことを考えてはいないのだろうが、世話を焼きすぎるのも良くないだろう。 そう思って、アーサーは知らん振りをすることにした。 どうしようもなくなったら、その時は助け舟を出せばいい。 いつもいつでも口うるさく言うことだけが、愛情ではない。時にもどかしく歯がゆく思っても、じっと見守ることも必要なのだ。 「ドラップは…… オレの大事な……オレたちにとって大事な仲間だけど、家族がいるんだよな」 ドラップだけではない。 他のポケモンたちにも、家族がいるのかもしれない。 ネイトは五年も一緒にいるから、離れた家族よりもアカツキたちのことを大事に思っているだろう。 アーサーは数百年前に大切な人をすべて置いてきた。家族と呼べる者などおらず、アカツキと共に行くことを選んだ。 リータ、ラシール、ライオットはよく分からないが、何も言わずついてきてくれているのを見ると、特に執着もなさそうだ。 アリウスはエイパムたちと別れたが、エイパムたちはミライが責任を持って預かっている。 アリウスもエイパムたちも、両者が納得した上で、ミライに引き取られることを選んでいた。 でも、ドラップはどうだろう……? ドラップには、愛を誓った(……と思われる)奥さんと、奥さんとの間に儲けた子供がいる。 他のポケモンとは、立場が大きく異なっているのだ。 だから、明日、家族との対面を果たした時、ドラップはどう考えるのか……? アカツキがあれこれ考えてもしょうがないことは承知していても、考えずにはいられない。 大事な仲間のことなのだから。 「オレは、ドラップが決めたとおりになればいいな…… オレたちと一緒に行くのも、家族と一緒に暮らすのも……」 ドラップも、もしかしたら考えているのかもしれない。 ソフィア団に囚われ、ダークポケモンの実験のための素材にされかけて、命からがら逃げ出してきた。 それから家族と会ったのは、ダークポケモンになったネイトを救い出すため『忘れられた森』へ赴いた時……ただ一度だった。 中途半端な状態で対面を果たしても、ドラップが満たされたとは思えない。 増してや、ソフィア団のアジトに乗り込んだ時、ダークポケモン使いのヨウヤが、ドラップの奥さんを繰り出してきたからだ。 あれは相当堪えたはずだ。 辛いことがあった分、家族を大事にしたい。愛おしく、包んでいたい。 だから、ドラップがそう思うのなら、アカツキはその希望を叶えてやるつもりでいる。 「……でも、オレが考えても答えは出ないんだよな。 ドラップが決めることなんだから……」 他の誰も、明日、自分たちが大きな岐路に立たされるであろうことに気づいている様子はない。 あるいは、理解した上で明るく振舞っているのか。 どちらにしても、いざその時が来なければ答えは出ない。 ドラップにしか、答えは出せないのだから。 「……もう、寝よう」 アカツキは頭を振って、考えをさっと霧散させた。 ドラップと一緒に考えて、悩みたい気持ちはある。 ただ、今からそんなことをすれば、ドラップを苦しめることになりかねない。家族と再会してから考えてもらえばいい。 だから、もう寝よう。 「みんな、オレは寝るからな」 一方的に宣言し、アカツキは焚き火に背を向け、その場で横になった。 一瞬、周囲が静まり返る。 「たぶん、変だって思ったかもしれないけど……」 いつものアカツキじゃないと思ったかもしれない。 今は、それでもいい。 アカツキは目を閉じた。 すぐには眠れないかもしれないけど、今は何も考えたくない。眠れるなら、それに越したことはないのだけれど…… 当然、嫌でもドラップのことばかり考えてしまう。 眠るどころか、軽い興奮を覚えた気持ちを持て余すばかりだった。 それでも、時間は容赦なく過ぎていく。 いつしか、アカツキの意識は心の皿から滑り落ちた。 To Be Continued...