シャイニング・ブレイブ 第23章 兄弟の約束 -Finish the promise-(1) Side 1 周囲には、割れんばかりの歓声が渦を巻いている。 静かな水面に浮かぶネイゼルスタジアムでは、激しい戦いが繰り広げられていた。 年に一度のバトルの祭典ゆえ、スタジアムの観客席は満席となり、座れなかった観客が外周通路に幾重にも列を作っている状態だ。 本選はメインスタジアムで行われるため、予選が終わるまでは不気味なまでに静まり返っている。 一方、予選が行われるサブスタジアムは興奮の坩堝と化していた。 四つのバッジを手にした強者が、激しい戦いを繰り広げている。見ている側も、手に汗握る好カード。 三つあるサブスタジアムの一つで、アカツキはネイゼルカップの初陣を迎えていた。 「アーサー、波導弾!! ガンガンぶっ放せーっ!!」 円形のフィールドの隅に立ち、アーサーに指示を出す。 旅立った当初には考えも及ばないような凛々しい表情と声音に、アーサーは安心して戦いに集中できた。 「来るぞ、迎え撃て!!」 フィールドの反対側に立つ相手も、負けじと攻めてくる。 相手のポケモンはエレキブル。電気タイプのポケモンで、物理攻撃力の高さが目を引く、超攻撃型のポケモンだ。 だが、アーサーの前に、その程度の相手は霞んで見える。 「はっ!!」 アーサーはエレキブルが放ってきた電撃の矢を軽く避わし、得意の技――波導を凝縮して相手に放つ『波導弾』を連打した。 この技はアーサーに代表されるルカリオやトゲキッスといったごくごく一部のポケモンにしか使用できないが、 威力が高く、それでいて『守る』や『見切り』以外では回避を許さない追撃能力も秘めている。 彗星のように蒼白い光の尾を棚引かせながら突き進む波導の弾丸を、エレキブルが必殺の雷で迎え撃つ。 一発、二発……そこまでは雷の威力で相殺できても、残りの数発は何事もなかったようにエレキブルに向かって突き進み―― どごんっ!! 回避も迎撃もするだけの暇を与えることなく、エレキブルに突き刺さる!! 「エレキブルっ!!」 まさか、相殺しきれないとは…… 顔を引きつらせながら叫んだ相手の表情を見やり、アカツキは勝利を確信した。 「これでトドメだぜっ!! アーサー、竜の波動!!」 波導弾を連続で食らい、フィールドに仰向けになって倒れているエレキブルを指差して、アーサーに指示を出す。 アーサーは『神速』でエレキブルに素早く近づくと、相手が起き上がる暇も与えずに、かざした掌から紫の炎を思わせる猛烈な波動を放った。 神速を使って接近しろと指示をされなくとも、アーサーにはアカツキの考えていることが手に取るように理解できた。 あらゆる生物が持つ固有の振動数…… 『波導』を読み取ることができるのだから、トレーナーが何を思っているのかも、『波導』のわずかな変化から理解することができるのだ。 ある意味反則的な能力だが、それはルカリオという種のポケモンなら誰しもが持ち合わせているものだ。 しかし、アーサーに限って言えば、特別なことかもしれない。 まあ、それはともかく…… 至近距離から竜の波動をまともに食らい、エレキブルは起き上がるどころか、その場に倒れたまま、目を回していた。 「あーっ、エレキブルーっ!!」 頭抱えて絶叫する相手を尻目に、審判が旗を振り上げ、朗々と宣言する。 「エレキブル、戦闘不能!! よってこの勝負、アカツキ選手の勝利!!」 おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ……!! 審判の宣言が終わるが早いか、観客たちがどよめき立つ。 開始前からボルテージはかなり高まっていたが、ハイレベルな戦いを見られて満足したのだろう。 どちらが勝っても同じことだろうが、拍手喝采だ。 「ふう……なんとか勝てたな〜」 アカツキは勝利を宣言されて、ホッと胸を撫で下ろした。 「アーサー、お疲れ〜。ゆっくり休んで……」 相手の攻撃を一度も食らわなかったアーサーだが、大技を連発して、それ相応に体力を消耗したはずだ。 モンスターボールの中でゆっくり休ませようと思って掲げてみたのだが、 背後に不吉な気配を感じたアーサーがさっと振り返り、神速を使って一瞬で迫ってきた。 「要らん。私はこの程度で倒れるほど軟弱ではないぞ」 誰の耳にも届かないような小さな声で、ボソリとアカツキに言う。 もっとも、歓声と拍手が響いているのだから、少しくらい大きな声を出したところで、観客の割れんばかりの大音響にかき消されてしまうだろう。 「アーサーってホント、ボールに入るの嫌なんだな〜」 「当たり前だ。昔はそのような便利なものはなかったからな……私は外で過ごす方が慣れている。 少し休めば体力も取り戻せるから、入る必要はない」 「そっか……それじゃ、リータを休ませてやらなきゃいけないからさ。行こうぜ」 「分かった」 アカツキはアーサーを伴って、興奮の坩堝と化したサブスタジアムを後にした。 メインスタジアムの地下に、出場者だけが立ち入りを許されるサロンがある。 アカツキは入り口の係員にネイゼルカップ出場パスを見せて、サロンに入った。 ジュースは飲み放題、お菓子も食べ放題、巷で話題のマイナスイオンをたっぷり含んだ空気に満たされた、何とも言えない贅沢な場所である。 本来ならピリピリとしたムードが漂うはずだが、マイナスイオンのおかげか、サロンは穏やかな雰囲気に満ちていた。 アカツキはサロンの涼しい空気を満喫しながら、中央に設けられたポケモンセンターへ向かった。 「ジョーイさん、リータをお願いしま〜す」 カウンターの内側で忙しなく働くジョーイに、リータのモンスターボールを預ける。 「すごい試合だったわね。見ていてハラハラしたわ。 ……はい、お預かりします♪」 どの町のジョーイも、パッと見では区別がつかないほどよく似ているが、アカツキはレイクタウンのジョーイだけは絶対に見間違えない。 子供の頃からいろいろと世話になってきたのだから、そんな相手を間違える方が無理に決まっている。 ネイゼルカップが開催されている間、レイクタウンのジョーイはネイゼルスタジアムに派遣されるのだ。 もちろん、彼女一人ではとても回せないので、道路沿いに建ち並ぶポケモンセンターのジョーイも緊急招集されるのが通例となっている。 「回復が終わったら、ラッキーに持っていかせるわ。ゆっくり休んでね」 「うん、お願い。ジョーイさん」 アカツキはジョーイに小さく頭を下げると、壁際の椅子に腰を下ろした。 「ふぅ、やっぱり疲れるなあ……」 「…………」 人が多い場所では口を利かないと決め込んでいるアーサーは、アカツキのつぶやきに小さく頷くだけだった。 窮屈で仕方がないが、好奇の眼差しを向けられるのは鬱陶しいから、仕方がない。 「やっぱ、バッジを四つ持ってる相手は強いよな。リータが倒された時、負けるかも……って、一瞬でも思っちまったもん」 アカツキはため息混じりに言うと、椅子に深くもたれかかった。 何しろ、相手は自分と同等、あるいはそれ以上の実力者が多いのだ。 ネイゼル地方の各地に点在する四つのポケモンジムを勝ち抜き、勝利の証を四つ揃えて出場権を獲得した強者ばかりだ。 予選は運で勝ちあがったような輩を篩い落とすためのものだと言われるが、アカツキとしては、そんな言葉は体のいい文句にもならないと思った。 というのも、アーサーを出す前……一体目としてリータを出した。 相手の一体目を倒したまでは良かったが、エレキブルの猛攻を受けて倒されてしまった。 予選は互いに二体ずつのポケモンを使用するシングルバトルで、勝ち抜き方式。 単純なルールゆえ、ごまかしが一切効かないのだ。 リータはメガニウムに進化しても不思議ではないほどの実力を身につけているが、今もベイリーフのままだ。 それでも相性的には不利なマンムー(氷・地面タイプ)を倒せたのだから、旅立ってからの九ヶ月間に培った実力はホンモノと言えよう。 予選とはいえ、相手の手強さは一級品だ。 アーサー以外のポケモンを出していたら、正直、どうなっていたか分からない。 昔ほどの力は残っていないと言うが、共に旅を始めた頃に比べれば、確実に昔の勘を取り戻している。 並のルカリオには、波導弾を瞬時に連打するような芸当はできないだろう。 正直、予選の第一戦からこんな展開になるとは予想もしていなかった。 「アーサーがいてくれなかったら、マジで終わってたかもしれないもんなあ……」 エレキブルはパワーファイターだが、たくさんのタイプの技を使いこなすテクニシャンでもあるのだ。 電気タイプに強いライオットでさえ、冷凍パンチを食らえばひとたまりもない。 なんとか勝てたが、次は今回ほど危なっかしい戦いにならないことを祈るばかりだ。 ネイゼルカップの予選は、他の地方のポケモンリーグ・公式大会とは違ったルールが採られている。 ほとんどすべての公式大会の予選は、出場者をいくつかのブロックに分けて総当たり戦を行い、 その中で最も優秀な成績を収めた者が本選進出を果たすというルールだが、ネイゼルカップの予選は、 出場者をブロック分けした中でトーナメント戦を行い、一度でも負ければその時点で即退場という厳しい方式なのだ。 「兄ちゃんとは別のブロックになっちまったもんなあ……本選に行くまでは、絶対に負けられないや!!」 アカツキは旅立つ前に、アラタと一つの約束を交わした。 『ネイゼルカップっていう大きな舞台で、トレーナーとしてマジで戦おうぜ』 その約束を果たすために、アカツキは旅立ってからの九ヶ月間、努力を惜しまなかった。 たくさんの仲間に恵まれて、辛い時もくじけずに頑張ってこられた。 だから、何がなんでも兄との約束を果たさなければならない。 負けたら即刻退場となる厳しいルールも、心を奮い立たす糧にこそなれど、不安を増長するような枷にはなり得ない。 「兄ちゃん、今ガンバってんだから」 前方の壁にかけられた大画面のモニターを食い入るように見やる。 画面の向こうでは、兄アラタが激しい戦いを繰り広げているところだった。 最高の相棒であるアッシュをいきなりバトルに投入し、相性が最悪の飛行タイプのムクホーク相手に果敢に戦いを挑んでいる。 「…………」 アーサーも、当面の強敵がアラタであると認識しているようで、じっとモニター越しの戦いに目を向けていた。 「兄ちゃん、やっぱり強いなあ……」 アッシュ――ヘラクロスは虫・格闘タイプであり、飛行タイプの技を食らうと大ダメージ必至なのだ。 しかし、アラタは相手が使ってきそうな技をあらかじめ予想し、先手を打って対応している。 その上、岩なだれや辻斬りなど、飛行タイプのポケモンにも効果のある技を使って、ガンガン攻め込んでいく。 さすがに、スクールを優秀な成績で卒業しただけのことはあると思わずにはいられない。 バトル開始から一分と経たずに、相手のムクホークがフィールドに崩れ落ちた。 善戦はしていたものの、アラタが相手では分が悪かったかもしれない。相性の良さというアドバンテージを差し引いたとしても。 相性の良さを活かして勝てると思っていたようで、フィールドの反対側に立つ相手の顔は早くも蒼ざめていた。 というのも、アッシュはムクホークの攻撃を一度も受けなかったからだ。 ムクホークはブレイブバードやつばめ返しといった、強力な飛行タイプの技をいくつも習得できる。 その上、物理攻撃力は全ポケモンの中でもトップクラス。 普通のヘラクロスが相手なら、それこそものの十秒と経たずにKOできるだろう。 それが逆にKOされてしまったのだから、ビビらない方が無理に決まっている。 「……さすがに、これは厳しいかもしれん」 もし本選で戦うことになった場合、今の自分で勝てるか? アーサーは少し、不安になった。 だが、そんなことは表に出さない。 勇者の従者だったというプライドが、弱音を表に出すことを許さないのだ。 周囲が許してくれなかったこともあって、アーサーは弱音ほど胸の奥底に沈殿させてしまう。 アカツキは彼のわずかな仕草や表情の変化から、何を考えているのかすぐに察したが、何も言わなかった。 弱音を吐くこと自体を責める気はないし、誰が何を思おうと、それは自由だと考えているからだ。 互いに何も言わないまま、バトルの進行を見守る。 自慢のムクホークを倒されたトレーナーが、一度決まった流れを押し返すことは不可能だった。 炎タイプのブーバーンを繰り出してきたが、これもアッシュの敵ではなかった。 地震や岩なだれなど、苦手とする炎タイプを返り討ちにするために覚えた技のオンパレードにより、 これまたアッシュに一撃も加えられぬまま、ブーバーンは呆気なくフィールドに倒れ伏した。 「うわー……」 無傷で勝利を収めた兄の強さに、アカツキは脱帽した。 開いた口が、しばらく塞がらなかった。 一言で言えば、アッシュの強さが異様に際立ったバトルだ。 相性など関係ないと言わんばかりに、苦手なポケモンを二体立て続けに、それも無傷で撃破してしまったのだ。 気づけば、膝が笑い出していた。 以前から、自分とは格が違うと理解していたが、ネイゼルカップでのバトルを見てみると、そんな生温いものではないのだと思い知らされる。 『格が違う』程度の差ではない。 『住む世界が違う』ほどの差だ。 今までアラタと戦ったことがなく、キョウコと激しい戦いを繰り広げているところしか見たことがなかった。 勝てないかもしれない…… 笑いが止まらない膝を手でつねりながら思っていると、すぐ傍で陽気な声が聴こえてきた。 「やっぱ、アラタさん相手だときっついな〜」 「……!? カイト。いつの間に?」 慌てて振り向くと、気分爽快と言わんばかりの表情を浮かべたカイトが立っていた。 アラタのバトルに見入っていて、彼が傍にやってきたことにも気付かなかった。 アーサーは気づいていたようだが、アカツキの親友ということで、特に反応を示さなかっただけだろう。 まあ、そんなことはどうでも良くて…… 「予選、なんとか一回戦は潜り抜けたみたいだな。 ま、これくらいで負けられると、マジで困るからな〜」 カイトは底意地の悪いことを口にすると、声を立てて笑った。 「カイトは?」 アカツキは親友が相変わらず元気にしているのを悟って、小さく息をついた。 アラタのバトルを見て緊張した気持ちが、解きほぐされていくのが分かる。こういう時は、十年来の親友に感謝したいところだ。 しかし、ここで謝意など素直に口に出せば、これ幸いと言わんばかりにからかってくるだろう。 それが分かっているから、残念ながら「ありがとう」の一言が出てこなかった。 「オレ? 決まってんじゃ〜ん。ここにいることが答えさ」 「ま、そりゃそうなんだけど……」 おまえの考えていることはお見通しなのダ。 カイトの言葉に、アカツキは肩をすくめた。 ソフィア団との戦いが終わってから、ネイゼルカップ開催間近になってレイクタウンに戻ってくるまで、アカツキはカイトと会っていない。 半年近く、同じ地方の、別の場所でネイゼルカップに備えて特訓に励んでいたのだ。 だから、互いにどんなポケモンをゲットし、ポケモンにどんな技や戦術を仕込んだのかも分からない。 もっとも、だからこそ勝負は最後までどちらに転がるか分からない。 その方が面白いに決まっているから、互いにポケモンを見せたりしなかった。 「レックスはリザードンに進化したのかなあ……?」 カイトの一番の相棒であるレックスは、リザードンに進化したのだろうか? 相手の手札を見る代わり、自分の手札もさらさなければならない。楽しみは後に取っておくのが通というものだ。 それでも気になってしまうのは、アカツキが予選を戦っていたのと同時刻に、カイトも別のサブスタジアムで戦いを繰り広げていたからだ。 アカツキ、アラタ、カイト、キョウコ……四人は幸い、別のブロックに配置されたため、戦うことになるのは本選に進出してからになる。 「いや〜、やっぱりバッジを四つ持ってるトレーナーって強いよね〜」 「弱きゃ、話にならねえと思うけど」 「ま、そりゃそーだ」 カイトはアカツキがつっけんどんに返した言葉に鼻を鳴らすと、彼のすぐ傍に腰を下ろし、後ろ手に持っていたジュースをくれた。 「ありがと」 後でスポーツドリンクでも飲んで気分を落ち着けようと思っていたが、借りを一つ作ってしまった。 それでも、アカツキは素直に受け取っておいた。 少し渇いた喉に、オレンジジュースの味は沁みるようだった。 果汁100%のオレンジジュースの甘酸っぱい味に舌鼓を打ち、アカツキは一息ついた。 「でも、結構キツイよな……」 「お? 意外だな〜。おまえの口からそんな言葉が出てくるなんて」 カイトはニコニコ笑顔を崩すことなく、淡々と言い返してきた。 これがカイト以外だったら、確実に嫌味として受け取っていただろう。 だが、親友の考えていることは分かっているつもりだ。お互いに。 「だってさ、四つのバッジをゲットしたヤツばっかなんだぜ、相手はさ。 アーサーがいてくれなかったら、さっきのバトル、どうなってたか分かんねえもん」 「そっか……でも、オレも似たような状況だったからなあ。 ノーザンレイドで決めようとしたのに、電撃波を食らってグレイスが倒れちまったからなあ……」 「そうなんだ……」 カイトは大仰に肩をすくめ、深々と、ため息を隠そうともしなかった。 それだけ、予選一回戦のバトルが際どかったのだろう。 アラタのように、簡単に勝てるほど甘くはないのだ。 危なかったのは自分だけではない…… 正直、アカツキは安心した。 カイトがどれだけ強くなっているのかは戦ってみないことには分からないのだが、今の話を聞いた限り、旅立つ前ほどに引き離されてはいないようだ。 「でもま、ノーザンレイドさえ決めちまえば、アッシュだろうとジェスだろうと、一撃だからな♪ あっははははは♪」 いつまでも落ち込んでいるのは性に合わないのだろう、カイトは何を思ってか、朗らかに笑い出した。 ノーザンレイドは、カイトのグレイシア――グレイスだけが使える(……らしい)オリジナルの技だ。 グレイスはトレードでゲットしたポケモンだが、前のトレーナーが覚えさせたものらしい。 「でも、そうなんだよな〜」 アカツキは以前、グレイスのノーザンレイドでアリウスが倒された時のことを思い返していた。 ノーザンレイドは相手のタイプに関わらず、一撃で戦闘不能にしてしまう恐怖の技だ。 速効が可能で、『頑丈』や『不思議な守り』などの特性が備わっていないポケモンでは無効化することができない。 しかし、あまりに膨大な負荷がかかるため、使った側――グレイスまで戦闘不能になってしまうというリスクがある。 もう少しでグレイスを倒せるところまで追い込んだが、ノーザンレイドを決められ、相打ちになってしまったのだ。 そんな技であるから、アラタのアッシュであろうと、キョウコのアニーであろうと、決められてしまえば戦闘不能は免れない。 一番の相棒を戦闘不能にさせられれば、精神的なショックも計り知れないだろう…… もっとも、苦楽を何年も共にしてきた彼らに、どれだけの打撃を与えられるのかは正直、疑わしいところではあるのだが。 「ウフフフ……そう都合よく行くかしらねえ? ジャリガキども〜」 アカツキが思案に耽っていると、余裕綽々とした態度でキョウコがやってきた。 当然と言えば当然だが、彼女も予選の一回戦を勝ち上がってきたのだ。 「あ、キョウコさん……」 「キョウコ姉ちゃんは楽勝だったんだ?」 「当たり前ね。アニーが出るまでもなかったわ」 キョウコは相変わらず高慢ちきだった。 ともすれば傲慢な女と取られかねないが、倣岸不遜なその態度も、幾多の経験を積み重ねてきた自信に裏打ちされたものだ。 アカツキとカイトはそれを痛いほど理解しているため、傲慢な女だとは思わなかった。 「やっぱ、キョウコ姉ちゃんも強いもんな〜」 アラタと同等の実力者だ。 ブロックが同じだったらどうしようかと思っていたから、本選に進出するまでは戦わずに済むと分かった時には、心の底からホッとしたものだ。 「あんたたちも勝ったみたいね。 ネイゼルカップ……思った以上に面白いわ。 欠伸をしても勝てるとまでは言わないけど、普通のバトルよりも緊張感があって、悪くないわね。 スクールの卒業試験の実技であの野蛮人と戦って以来ね」 野蛮人…… キョウコが殊更に強調する『野蛮人』を兄に持つアカツキとしては複雑な心境だったが、そんな気分もすぐに晴れた。 余裕勝ちを決めたアラタが、サロンに入ってきたのだ。 「あ、兄ちゃんだ」 アラタはアカツキたちの存在に気づくと、ニコッと微笑みかけてきた。 アッシュが無傷だったこともあり、ジョーイに預けることもせず、こちらへ向かって歩いてくる。 声をかけようかと思ったが、アラタは人差し指を口に宛てて『声を出すな』の仕草を見せた。 「勝敗数が同じで、そろそろいい加減決着つけなきゃって思ってたのよね。 だいたい、野蛮人と同等の成績なんて、ありえないわ。 あたし、これでもスクールを主席で卒業したわけだし……いい加減、ここらで引導ってモンを渡してやらなきゃね」 「だ〜れが野蛮人だって? この高慢ちき女〜」 「……!?」 誰も口を挟まないからいい気になって口上を述べているキョウコ。 そこへ、アラタが嫌味たっぷりな口調で、背後から声をかけた。 いきなり背後から声をかけられて、キョウコは身体を震わせ、慌てて振り返った。 「あら……勝ったの? 野蛮人の割には、往生際悪いわね」 態度とは裏腹に、声は落ち着き払っていた。 だが、目が泳いでいるたり、かなり驚いているのは傍目にも明らかだった。 「はっはっは。当然だろ?」 アラタは嫌味を返されてもニコニコと微笑んだままだ。 スクールで二年間、この嫌味と付き合ってきたのだ。ちょっとやそっとのことで怒ったりはしない。 もっとも、バトルになるとすさまじいばかりの執念を燃やすわけだが、それはお互い様である。 「それはまあ、いいとして…… アカツキもカイトもなんとか勝てたみたいだな。良かった良かった」 キョウコの嫌味に付き合う義理などないと、アラタはすぐさまアカツキとカイトに話を振ってきた。 同姓と話をした方が面白いのは、年頃の男の子なら誰もが思うことだ。 「兄ちゃん、すげ〜よ。 あんな簡単に勝っちゃうなんて……!!」 アカツキは興奮に声を弾ませながら、アラタに詰め寄った。 握った拳が、心なしか震えている。 兄のトレーナーとしての強さに感動しているのだ。 「そうだよな〜。 アラタさん、苦手なタイプのポケモンも関係なしにアッサリ倒しちゃうんだもん。さすがだよ〜」 カイトも、アラタのバトルに素直に感動していたのだ。 キラキラ輝いた眼差しを向けられて、アラタは少し困ったような顔を見せたが、 「おまえらさあ、口揃えて『簡単、簡単』って言うけどさ……そうでもないんだぜ? ムクホークのブレイブバードが決まったら、アッシュでも一撃で倒されちまってたんだ。 それに、ブーバーンだって、オーバーヒートなんてヤバイ技使ってきたし……結構、これでもヤバイって思ったんだけどなあ」 円形のフィールドに立ち、アッシュに指示を出していた時の胸のうちを明かした。 アカツキもカイトも、モニター越しに見たから、そんな風に映っただけだ。 簡単に勝ったと言ってくれるが、実際にフィールドを挟んで対峙したアラタだから、相手の手強さが理解できる。 ムクホークもブーバーンも、よく育てられていた。 アッシュの攻撃力が高く、それでいて相手の弱点を突けたから、無傷で勝てたようなものだ。 ジェスやジオライトで戦っても勝てただろうが、恐らくは無傷で勝利するのは無理だっただろう。 「それでもすごいって。やっぱ、兄ちゃん強いよ〜!!」 「うん!! アラタさんって、やっぱり強いよね♪」 「…………よせよ、照れるじゃねえか」 「だって、ホントのことだもん。な、カイト?」 「当然♪」 「…………」 アカツキとカイトがこれでもかとアラタを『ヨイショ』するものだから、キョウコとしては面白くない。 「なんでこの野蛮人ばっかチヤホヤされんのよ。 あたしの立場ってモンがないでしょーが!!」 思いきりブチ切れてもいいのだが、それをすると母親に迷惑をかけてしまうことになりかねないので、グッと堪えた。 ただ、それでは立場がないと、チクリと苦言を呈する。 「そうやってチヤホヤされていい気になってるようじゃ、足元すくわれるわよ? 正直、今のあんたたちを敵に回して、無傷で勝てる自信はないからね」 「……ま、そりゃそーだ」 言葉どおり、足元をすくわれたような気分になった。 別にいい気になっていたつもりはないが、言われたことは事実その通り。 「この高慢ちき女の言うとおりだな。 今のおまえら相手に、楽に勝てそうにないからな」 「そう?」 「シャクだけど、この高慢ちき女の言うとおりだからさ。それは分かってるつもりなんだ」 「あ、あんたねえ……」 清々しい表情で言うアラタに、キョウコは額に青筋を立てた。 高慢ちき女と連呼されると、さすがにイライラしてくるものらしい。 周囲にはアラタほど荒っぽくないと思われているようだが、実は逆だったりするのだ。 一旦ブチ切れると、アラタ以上の殺傷能力を発揮することもあるらしい。 「高慢ちき高慢ちきって……あたしのどこが高慢ちきだって言うのよーっ!!」 キョウコは何の予告もなしにブチ切れると、張り裂けんばかりの声で叫び、アラタに掴みかかった。 「って、ストップ!!」 カイトがすぐさま止めに入ったが、呆気なく蹴散らされてしまった。 「もう、世話焼けるな〜。どっちが年上だか分かんないよ〜」 強かに後頭部を打ちつけて呆気なく気絶したカイトに代わり、アカツキがキョウコを背後から羽交い絞めにして止めた。 「もー、止めないでよーっ!! こらー、野蛮人!!」 キョウコは激しく喚き散らし、アカツキを振り払おうとする。 「あのなあ……おまえがオレとアカツキのことを野蛮人呼ばわりするのと同じだっての。 それくらい気づけよな……」 アラタは『また始まった……』と、深々とため息をついた。 アカツキは全身に力を込めてキョウコを押し留めながら、こんなことを思っていた。 「キョウコ姉ちゃん、相変わらずだなあ……でも、こうじゃなきゃキョウコ姉ちゃんらしくないんだよな」 ホッとするべきなのか、それとも相変わらずだとため息をつくべきなのか。 どちらかは分からないが、なぜだか安心できてしまうのだから不思議だ。 騒ぎを聞きつけてやってきたトレーナーたちが、遠巻きに見守っている。 そんなことが気にならないくらい、キョウコはとにかく燃えまくっていた。 Side 2 ――ネイゼルカップ、五日目。 「ネイト、アクアジェットからソニックブームで決めてやれーっ!!」 アカツキの指示に、ネイトはアクアジェットを発動させた。 瓦割りで怯んだ相手に、強烈なアクアジェットがクリーンヒット。フィールドに叩きつけられた相手に、ソニックブームで追い討ちをかけて、勝負は決した。 「ガバイト、戦闘不能!! よって、アカツキ選手の勝利!!」 「よっしゃ!! これで本選進出だぜ!!」 審判の宣言が終わるが早いか、アカツキは胸に飛び込んできたネイトとガッチリ抱き合って、本選進出の喜びを分かち合った。 「ブイっ!!」 ――オレたちがついてりゃ、それくらいは当然だ♪ ガバイトとのバトルでかなりのダメージを受けていたとは思えないほど、ネイトの声にはハリがあった。 「よし、この勢いでガンガン行っちゃうぜ!!」 「ブイっ!!」 割れんばかりの拍手と歓声は、まるで祝福の唱のようだった。 ドキドキが破裂せんばかりに募る中、アカツキはネイトを抱き上げたまま、サロンへ凱旋した。 ネイゼルカップは五日目で本選出場の選手が出揃うことになっており、すでに本選進出を果たした選手が何名か、サロンで英気を養っていた。 「ネイト、モンスターボールに戻っててくれ。休んだら、すぐに外に出してやるからな」 「ブイっ!!」 アカツキはネイトをモンスターボールに戻し、予選最終戦で死力を尽くして戦ってくれたライオットと共に、ジョーイに預けた。 「本選進出ね。おめでとう」 ジョーイはモンスターボールを機械にかけながら、本選進出を讃えてくれた。 本来、公平であるべき立場の彼女がアカツキに肩入れなどしてはならないのだが、ずっと昔からの知り合いなのだから、それは難しい。 「ありがと、ジョーイさん。 でも、ここからが本番なんだ。兄ちゃんと戦えるまで、なんとか勝ち残らなきゃいけないからさ」 「そうね。でも、キミなら行けるんじゃないかな? 回復が終わったら、モンスターボールを届けるわ。それまでゆっくり休むといいわね」 「うん、そうするよ」 月並みな言葉でも、アカツキにはそれが一番うれしかった。 なにがなんでも、アラタと戦うまでは負けられないのだ。 本選は予選と同様にトーナメント形式が採られているが、予選がすべて終了した時点で、選手はランダムにシャッフルされ、枠に一人ずつ当てはめられる。 本選進出者をサロンの地下に集めて、コンピューターがランダムに選んだ対戦カードを披露するのだ。 アカツキはエントリーした時に受付からもらったルールブックの一節を思い返しながら、サロンの隅にある長椅子に腰を落ち着けた。 「本選進出かぁ。なんか、信じられねえや。 旅立った年でいきなり本選まで行けちゃうなんて……」 うれしいことはうれしいが、同時に信じられない気持ちが心の表層にこびり付いていた。 今年のネイゼルカップ出場者は二百五十六名。 予選は十六のブロックに分けられ、それぞれのブロックの頂点に立った十六名が、本選で熾烈な優勝争いを繰り広げるのだ。 本選進出=ベスト十六なので、トレーナー一年生のアカツキにしてみれば、たったの一年でそこまで行けるとは思わなかった……という驚きが強いのも無理はなかった。 だが、ここからが本番なのだ。 予選は予選、本選とは違う。 本選はネイゼル地方に点在する四つのジムを制し、なおかつ予選を勝ち上がってきたホンモノの強者が鎬を削る場所なのだ。 今までと同じようにはいかない。 増してや、アカツキは予選を勝ち上がるだけでも苦労したのだから。 「予選も、結構ヤバかったんだよな〜。昨日だって、下手すりゃ負けてたし……」 予選はいずれも、負けてもおかしくなかった。 進化後のポケモンが多く登場し、進化を控えたネイトやリータは大苦戦を強いられた。 もっとも、ネイトもリータも、フローゼルとメガニウムに進化してもおかしくないのだから、 能力的に見れば、進化後のポケモンと見劣りはほとんどしないはずである。 予選でさえ危うい綱渡り状態。 本選は予選を勝ち上がった強者が集うのだ。 最初から最後まで全力でぶつかっていかなければ……少しでも気を抜いたら、その時点で敗北してしまう。 そんなことを想像すると、普通の男の子なら暗澹たる気分に浸ってため息の一つでも漏らすのかもしれない。 しかし、良くも悪くも、アカツキは普通の男の子とは違っていた。 「でもま、兄ちゃんと戦うって約束があるんだ。誰が来たって、負けられないんだよなっ♪」 旅立つ前に兄と交わした約束。 アカツキはその約束を胸に、旅立ってから今日までの九ヶ月間を過ごしてきた。 『ネイゼルカップでオレと戦おうぜ』 アカツキが兄アラタと交わした約束だ。 ネイゼルカップという舞台で、兄弟の情など抜きにして、一トレーナーとして全力で戦うこと。 アカツキでさえ、本選に勝ち上がれたのだ。 アラタが予選で敗退するなどありえない。 「決勝か、一回戦か分かんないけど、兄ちゃんと戦うまでは負けられないよな」 トーナメントの組み合わせはランダムだ。 神が気紛れにサイコロを振るのと同じようなもの。 一回戦に誰と当たるかなどという心配などしても、詮無いことだ。 だから、アカツキは素直にこう思えるのだ。 一回戦でキョウコやカイトが立ちはだかろうと、その先に待っているであろう兄の元へたどり着くまでは、負けられない。 相手が誰だろうと、なぎ倒して進んでいくだけだ。 決意を新たに拳を握りしめると、それに合わせるように腰に振動が走った。 「あ、いけねっ……」 アーサーが痺れを切らしたのだと思い、アカツキは彼をモンスターボールの外に出した。 フィールドに立っている間は、戦っているポケモン以外を外に出してはならないルールになっているのだ。 予選最終戦はアーサーの出番がなかったため、フィールドに上がる前にモンスターボールに入ってもらっていたのだが、今の今まですっかり忘れていた。 「忘れていたな?」 アーサーは外に出てくるなり、鋭い眼差しでアカツキを睨み付けた。 「うん、忘れてた。ごめん」 余計な言葉はアーサーを怒らせるだけだと分かっているから、アカツキは率直に詫びた。 疚しい気持ちもなく、ただ普通に謝っただけ。 しかし、それがかえって清々しく感じられたのだろう、アーサーの目に怒りはなかった。 「次からは忘れるなよ。 何度も言うが、私はあんな窮屈で狭苦しい場所が嫌いなんだ。 ネイトたちはなぜかああいう場所も好んでいるようだが……少なくとも、私は違うんだからな」 とりあえず、毎度の愚痴を聞かされて、それで終わりだった。 アーサーはモンスターボールに入りたがらないが、やむを得ない時だけは入ってくれる。 それで外に出すのが少しでも遅れると、愚痴るのだ。 それだけモンスターボールの中の居心地が良くないのだろう。 愚痴って気持ちも落ち着いてきたのか、アーサーはアカツキの傍に腰かけ、小声で話しかけてきた。 「それより、本選に進出できたそうだな。 とりあえず、少し立ち止まって休めそうだ」 「うん。でも、大変なのはこれからだ」 「そのとおりだ。気を緩めることなく、一層奮起せねばならん。 私たちもそうだが、トレーナーであるおまえが一番しっかりしていなければならない。 ゆめゆめ、そのことを忘れるな」 「もちろんさ」 そんなことは、言われるまでもない。 兄と戦うまでは負けるわけにいかないのだから、嫌でも気を引き締めなければならない。 「それより、ルールブックとかいうものを見せてもらってもいいか?」 「うん、いいよ」 アカツキはリュックからルールブックを取り出し、アーサーに手渡した。 人間と共に暮らしていたアーサーは言語を理解できるのだ。 ルールブックに書かれていることも、さっと目を通しただけで理解した。 「本選は十六人か。 二百五十六人から十六人に絞られたとなると、かなり厳しい戦いを強いられることになるだろう。 アカツキ、勝算はあるのか?」 ルールブックを突き返し、アーサーが問いかけてくる。 今のうちに考えられることを考え、打てる手を打っておけということだろう。 しかし、アカツキはあっけらかんとこんな言葉を返した。 「あるもないも、戦ってみなきゃ分かんないって」 「…………」 つまり、何も考えていないということか…… アーサーはいかにもアカツキらしい答えに納得するしかなかった。 確かに、戦ってみなければ相手の力量は分からない。 増してや、本選進出を果たしたトレーナーのポケモンと戦術を完璧に覚えていられるはずもない。 自分のことで手一杯だったのだ。 「もしかしてアーサー、不安?」 「正直……な」 いつになくアーサーが弱気な態度を見せていることが気になって、アカツキは小声で訊き返した。 アーサーは小さく頷いた。 少しは実戦の勘が戻ってきたとはいえ、昔ほどの力はさすがに揮えない。 予選でも思わぬ苦戦を強いられたから、本選となると、一体どうなることか……アラタやキョウコのポケモンが出てきたら、さすがに苦しいだろう。 特に、モニター越しに見たアッシュの暴風のごとき攻撃は、アーサーにとって脅威と言うほかなかった。 少し丸まったアーサーの背中を見やり、アカツキはニコッと微笑んだ。 「でも、大丈夫だって。今までだってやってこれたんだからさ」 「うむ……」 何を気楽なことを…… そう言い返してやりたい気持ちはあったが、アカツキの屈託のない笑みを見ていると、気持ちが萎えてくる。 どんな嫌味を並べ立てられても気にならないだけの何かが、十二歳の男の子の中にはあるのだろう。 「それよりさ、明日からは大変だから、余計なこと考えないでゆっくり休んでくれよ。 バトルで力を出し切れなかったなんて言われるの、オレも困るから」 「ああ、分かった」 お互いに、明日の本選までに疲れを取っておかなければならない。 いざという時に全力を出せずに敗北を喫したとなれば、それこそ目にも当てられないのだ。 「よし、そうと決まったら……」 「やっほ〜」 ネイトとライオットのボールを部屋まで持ってきてくれるようにジョーイに頼もうとした矢先、カイトが手を振りながらやってきた。 どうやら、彼も本選進出を果たしたらしい。 「カイト、おまえも本選に?」 「おうよ。おまえも無事に残ったみたいだな〜。良かった良かった」 ライバルが本選に勝ち上がったと知って、アカツキもカイトも喜びを隠そうともせず、ガッチリと固い握手を交わした。 「当然じゃん。旅に出る前は負けっぱなしだったからさ〜。 旅立ってからは一回勝ったけど、今までの分を考えたら、ここでキッチリ勝っとかないと割に合わないだろ?」 「ま、回数で言えばあと何十回かはやってもらわないと話にならないんだけどな…… もちろん、ここでもキッチリ勝たせてもらうけどな。 感謝祭の雪辱はここで晴らさないと」 アカツキの軽口に、笑顔で応じるカイト。 互いに笑みを顔に浮かべているが、目だけは本気で笑っていない。 「…………」 これが『好敵手』というものか。 他愛ない言葉の中に真剣な刃が交錯する状況が目に浮かぶようだ。 アーサーはごくりと唾を飲み下した。 見えない火花を散らし、いつか来る戦いに備えている。 いつまで火花を散らし続けているのかと思ってヒヤヒヤしながら見ていたが、意外と早く終息した。 「でもま、なかなかキツかったな。相手もかなり戦い慣れてるみたいだった」 「オレも同じことを思ったよ」 互いにため息をつきながら、本選まで本当に勝ち抜けて良かったと思わずにはいられない。 旅立った年にネイゼルカップに出場して、本選まで駒を進められたトレーナーはほんの一握りに過ぎない。 アカツキとカイトが幸運に恵まれていることもあるが、それ以上に、ライバルに負けたくないという気持ちと弛まぬ努力がここまで押し上げたのだ。 それでも厳しいと思うのだから、本選は今まで以上に熾烈な戦いが繰り広げられることだろう。 一回を勝つにも、今までにつぎ込んだ以上の根性やら何やらが必要となるに違いない。 「兄ちゃんやキョウコ姉ちゃんだって本選進出するんだから、オレたちだって、負けちゃいられねーんだ」 「おうよ」 アカツキの力強い言葉に、カイトは大きく頷いた。 アラタやキョウコとはそもそものレベルが違うことは承知している。 だが、彼らのように強くなりたいと思っているからには、ガンバって近づいてやるつもりだ。 あわよくば追いつけ追い越せ!!の意気込みでやらなければ、話にもなるまい。 「本選って、今までとは戦いの形式が違うんだよな」 「うん」 話は本選の形式に及んだ。 「確か、本選は四体のポケモンを使用したシングルバトルで、勝ち抜き方式だと思ったが……」 アーサーはアカツキとカイトの会話を耳に挟みながら、先ほどルールブックで見たルールを思い返していた。 予選は二体のポケモンを使用したシングルバトルの勝ち抜き方式。本選もシングルバトルだが、使用ポケモンは四体となる。 予選との一番の違いは、一戦ごとにフィールドがランダムに変化することだ。 戦う直前まで、どのフィールドになるかは分からない。 その上、どちらかのポケモンが二体戦闘不能になった時点で、さらにフィールドが変化する。 草、岩、水、氷…… 一戦で二種類のフィールドを戦うこととなるが、どのフィールドが出てきても大丈夫なチーム編成でなければ、勝利は遠のくばかりだ。 ちなみに、決勝は六体のポケモンを使うフルバトルで、どちらかのポケモン(二体目と四体目)が戦闘不能になった時点でフィールドが一度ずつ変化、 両方が四体とも戦闘不能になった時点で最後の変化が訪れる。 決勝に限って言えば、場合によっては四種類のフィールドをすべて使用することになるのだ。 本選の早い段階でフィールドの変化に慣れておかなければ、決勝では満足に戦えない。 「フィールドが変わると、大変なんだよな…… いきなり水のフィールドになると、泳げないポケモンは大変だ」 「その逆もあるんだよな……でも、そういうの乗り越えなきゃ、勝てないんだよな〜」 「そうそう」 フィールドの変化は、ポケモンのみならず、トレーナーのペースも狂わせてしまうものなのだ。 いかに自分のペースを乱さずに戦うか……それが結果を左右すると言っても過言ではあるまい。 本選のルールを改めて確認し、対策を二人で練り合わせていると、本選進出を決めたキョウコがやってきた。 「あ〜ら。あんたたちも本選進出できたのね。なかなかやるじゃない」 相変わらず高慢な物言いだが、それでも彼女なりにアカツキたちを褒めているつもりのようだ。 「ま〜ね」 嫌味としか思えないセリフにも笑みを崩さず、アカツキは白い歯を覗かせた。 みんなの力を一つに結集させられたからこそ、本選進出を果たしたのだ。天地が引っ繰り返ろうと、自分の力が一番なのだとは思わない。 そんな謙虚な姿勢がポケモンの信頼を集めている。 「あとは、アラタのヤツが来るのを待つだけね」 キョウコはアカツキやカイトよりも、アラタがやってくるのを心待ちにしているようだ。 スクールに入学する前……平たく言えば、幼い頃から何かと張り合ってきたほどの間柄である。 スクールに入ってからは競争姿勢がエスカレートし、顔を合わせるなりすぐバトルに突入したり、 周囲の迷惑を顧みることなくフルバトルを繰り広げては校舎の一部を壊すなど、半ばやりすぎではないかと思うほどに好敵手を演じてきた。 だから、嫌でも気になるのだろう。 壁にいくつかかけられたモニターに、アラタのバトルは映っていない。 もう終わったのか、それとも最後の方に取ってあるのか。どちらにしても、気を揉ませる展開だ。 「ま、兄ちゃんなら問題ないって」 「うんうん。アラタさんはオレたちよりず〜っと強いんだからさ」 「そうね」 待つのは苦手だが、すぐに追いついてくる。 テストの成績では常にキョウコが一歩リードしていたが、実技に関して言えば、アラタは何度もキョウコを上回る結果をたたき出しているのだ。 ライバルとして強い気持ちを抱いているのとは裏腹に、こいつなら……と、根拠もなく信じられる気持ちもまた隣に寄り添っているのだ。 そうこうしているうちに、ラッキーがネイトとライオットの入ったボールを持って来てくれた。 「ラッキ〜」 丸っこい身体に看護士の帽子をかぶったラッキーは、野生のラッキーと違って、人やポケモンに物怖じしないタフな神経の持ち主なのだ。 豪胆でなければ、看護士など務まらないのだろう。 「ありがと、ラッキー。ジョーイさんによろしく言っといてくれよ」 「ラッキ〜♪」 ボールを受け取り、アカツキはラッキーに礼を言った。 レイクタウンのジョーイと共に働いているラッキーで、アカツキからすれば何度となく世話になっているのだ。 ラッキーは弾んだ声で返すと、スキップのような足取りでカウンターへと戻っていった。 「あのラッキー、相変わらずね……」 誰かさんに似てるわ…… 胸中でそんなことをつぶやきながら、キョウコはラッキーの背中に視線を向けた。 ポケモンセンターで働いている中でも、あのラッキーは珍しく陽気でかしましい。 それが『誰かさん』に似ているような気がしてならない……自然と、視線はアカツキに向いていた。 ……と、その時、モニターにバトルの様子が映し出された。 「あ、野蛮人……!!」 なんともなしに見上げて、つぶやく。 キョウコの口から発せられる『野蛮人』が誰を指し示すのかと言えば、アカツキとアラタしかいない。 アカツキがこの場にいる以上、モニターに映し出されたトレーナー……アラタしかありえなかった。 「あ、兄ちゃんだ!!」 「ホントだ。どんな風に勝ってくれんのかな〜」 アカツキとカイトも、弾んだ声を上げて、食い入るようにモニターを見やった。 どうやらこのバトルが予選のトリを飾るらしく、サロンにいる十五人のトレーナーが固唾を呑んで戦いの行方を見守っている。 カイトやキョウコと話していてまったく気づかなかったのだが、この時すでに十五人のトレーナーが本選進出を果たしていたのだ。 そして、これから最後の椅子をめぐって戦いが繰り広げられる。 「まあ、簡単に勝つでしょ。あいつなら……」 キョウコはモニターに映し出された赤髪の少年を一瞥した。 どんなトレーナーが出てこようと、アラタの敵ではない。 キョウコが戦ってきたトレーナーは、アカツキやカイトと比べることさえおこがましいと思うような相手ばかりだったのだ。 アラタと対峙する赤髪の少年の眼差しは猛禽のごとき鋭さを宿していた。 モニターに映し出された瞬間、アカツキは思わず背筋を震わせた。 「……な、なんかこいつヤバいんじゃねえか?」 モニター越しに、揺るぎない意志と固い決意のようなものが伝わってくるようだった。 しかし、キョウコもカイトもそんなことをまるで感じ取っていないらしく、平然としていた。 なんとなくヤバそうな相手…… アカツキが抱いた予感は、ただの予感に留まらなかった。 アラタが最初に繰り出したのはジェス。 弱点となる氷タイプのポケモンが出なければ、タイマンで打ち負けることはないと言われるガブリアスだ。 対する少年は、同じくドラゴンタイプのカイリュー。 ドラゴンタイプのポケモンは、互いにドラゴンタイプの技で弱点を突くことができるため、短期決戦となることが多い。 増してや、ガブリアスとカイリューはボーマンダと並び、ドラゴンタイプの中でも超攻撃的な能力の持ち主だ。 能力の高さにもよるが、下手をすれば一撃で倒されることもある。 後にカイリューを出した少年は、どうやらそれをするつもりでいるらしい。 そうでなければ、弱点となる氷タイプのポケモンを出してくるだろう。 「…………」 「…………」 ガブリアスとカイリューの能力自体はさほど変わらないが、覚える技に違いが見られる。 それは、戦いの中で顕著に見られた。 ジェスが接近戦を挑むのと対称的に、カイリューはマッハ2で飛べるスピードを活かして空中を飛び回り、冷凍ビームや竜の波動といった遠距離攻撃が可能な技を仕掛けている。 一進一退の攻防が繰り広げられ、アカツキたちは三人揃って固唾を呑んでバトルの行方を見守っていた。 ジェスのドラゴンクローやストーンエッジがカイリューを掠めたかと思うと、カイリューの冷凍ビームや竜の波動がジェスの鼻先を掠めて飛び去っていく。 一発でも攻撃が当たれば、それだけで勝敗が決してしまうのではないかと思えるほどの威力で、見ている側までハラハラドキドキが止まらない。 時折モニターに映るアラタの表情は、いつになく真剣で、焦りを滲ませていた。 ここまで手強い相手が予選で出てくるとは思っていなかったのだろう。 対称的に、赤髪の少年は淡々とした表情でカイリューに指示を出している。 「兄ちゃんが焦ってる……マジでこいつ強いって」 「あ、ああ……」 アカツキは乾いた声でつぶやいた。 アラタがここまで焦るのだ、カイリュー使いの少年の実力は、それこそ並大抵のものではない。 予選で戦ってきたトレーナーとは、明らかにレベルが違う。 当人にその気があったなら、アカツキが戦ってきたトレーナーなど一分と経たずに打ち負かしてしまうだろう。 そう思わせるほどの何かがある。 「…………」 アラタが苦戦を強いられているのを見て、キョウコは絶句していた。 まさか、こんな使い手が現れるとは……予想外だが、アラタならなんとか勝利をつかんでくれるはずだ。 いや、そうでなければならない…… 言い聞かせつつも、キョウコの望みは敢え無く散った。 カイリューは一瞬の隙を突かれ、ジェスのドラゴンクローを食らった――が、至近距離からジェスを冷凍ビームで氷漬けにしてしまったのだ。 いかにジェスでも、身体を分厚い氷に閉ざされてしまっては、どうしようもない。 氷を砕こうにも、全身に冷気が突き刺さって、身体が思うように反応してくれないのだ。 氷漬けになってから一分弱、フィールドもサロンも静寂に包まれ、審判がジェスを戦闘不能とした。 氷漬けの状態が長く続くと、戦闘不能にされてしまうのだが……まさか、ネイゼルカップでそんな審判が下されるとは。 一体目で、これだけの激しさを見せたバトル。 二体目はどうなるのか…… 「ヤバイ、兄ちゃんが押されてる……」 アカツキはごくりと唾を飲み下した。 間違いなく、バトルの流れは赤髪の少年に向いている。 カイリューもジェスのドラゴンクローを受けて、足元が覚束ない。それでも、アドバンテージを得ていることに変わりはない。 カイトなど目を大きく見開いて絶句していた。 アラタがここまで押されるとは、夢にも思わなかったと言わんばかりの表情だ。 だが、カイトの表情こそ、アカツキとキョウコの気持ちまでも代弁していたのだ。 「ここが正念場ね……」 二体目のポケモンが無傷でカイリューを倒すこと。 それができなければ、勝ち目は限りなくゼロに近づいてしまうだろう。 無論、それでも相手が弱点を突いてくるポケモンを出してくれば、それだけでかなり苦しい戦いを強いられるが。 アラタはジェスをモンスターボールに戻し、しばらく腰のモンスターボールを凝視していた。 誰を出すべきか迷っているのだろう。 カイリューの弱点は氷、ドラゴン、岩の三タイプ。 今なら弱点を突かなくても倒せるだろうが、弱点を突けるポケモンを出すのが望ましい。 しかし、カイリューの背後に控えているポケモンを考えれば、なるべく弱点の少ないポケモンを出すべきところ。 アラタはしばらく考えていたが、最後のポケモンをフィールドに送り出した。 「アッシュ……」 子供の頃から一緒に過ごしてきた最高の相棒で、不利に傾いた流れを変えようということか。 飛行タイプを持つカイリューとは相性が悪いが、ストーンエッジを一発当てれば、それだけで勝てるはずだ。 「兄ちゃんなら、きっと勝てる……」 アカツキはグッと拳を握りしめた。 親指の関節がボキリと鳴るが、アラタならこの流れを変えられる。 予選の一回戦で、アッシュは無傷でムクホークとブーバーンを撃破したのだ。 手負いのカイリューを倒し、次のポケモンも必殺の『こらえる⇒起死回生』コンボで倒してくれるはずだ。 アカツキたちがそれぞれの思いを胸に秘めていると、戦いが再開された。 カイリューはアッシュの弱点を突くべく火炎放射や大文字、翼で打つといった技を繰り出すが、 アッシュは巧みに攻撃を避わしながらストーンエッジを繰り出した。 真下から突然噴き上がった岩の奔流が、カイリューを蹂躙する。 弱点の攻撃を受け、カイリューが戦闘不能に。 とりあえず、アッシュは無傷だが……次に控えたポケモンが、アッシュの弱点を突いてくることは想像に難くない。 「……さ、どうなるのかしら……?」 キョウコは嫌でも心臓の鼓動がいつになく速くなっていることを実感していた。 アラタをここまで追い詰めた相手だ……次も一筋縄では行かないはずだ。 アッシュが倒せる相手ならいいのだが…… 赤髪の少年は相変わらず無表情でカイリューをモンスターボールに戻し、次のポケモンが入ったボールに持ち替えた。 一体、誰が出てくるのか…… アカツキたちが固唾を呑んで見守る中、少年は手にしたモンスターボールをフィールドに投げ入れた。 ボールの口が開き、閃光と共にフィールドに飛び出したのは…… 「リザードン……!! 相性最悪だって……!!」 赤い竜と形容するのが一番相応しいポケモン……リザードンだ。 虫、格闘タイプのアッシュから見て、炎、飛行タイプのリザードンは相性最悪だが、ストーンエッジなど岩タイプの技が命中すれば、勝てないこともない。 それでも、かなり絶望的な状況であることは誰もが感じ取っていた。 「でも、兄ちゃんは絶対あきらめない。オレは、兄ちゃんの強さを知ってるんだから……」 アラタはリザードンが出てきたのを見て、一瞬表情をしかめたものの、すぐに真剣な面持ちに戻り、リザードンを睨み付けた。 岩タイプの技で攻めるしかない。 リザードンを倒さない限り、本選に駒を進めることはできないのだ。 それからすぐに、バトルが始まった。 アラタはアッシュにストーンエッジを連発するよう指示を出した。 アッシュが持つ虫、格闘タイプの技は、リザードンに対して効果が薄い。 ならば、炎と飛行が重なって最大の弱点となった岩タイプの技で攻めまくるのがセオリーだ。 しかし、赤髪の少年はセオリーどおりに攻められることを予期していたのか、相変わらず淡々と構えていた。 それどころか、とんでもない技をリザードンに指示した。 「ぶ、ブラストバーン……!! そんな技、覚えてんの!?」 少年が口にした技の名前を聞いて、キョウコの顔から血の気が引いた。 「……? なに、それ?」 「すごい技……なんだよな?」 キョウコが真っ青になるほどの技だ、恐ろしい効果を秘めているに違いない。 リザードンは真下から噴き上がる強烈な岩の刃から逃れるように空高くまで飛び上がり、大きく息を吸い込んだ。 「ブラストバーンは……炎タイプ最強の技よ!! あいつ、一気に決めるつもりなんだわ!!」 「なんだって!?」 「げーっ、それって……!!」 キョウコが叫ぶ。 ブラストバーンは、オーバーヒートや大文字をも凌ぐ最強の炎技。 膨大な火力を放出することで、相手を焼き尽くすのだ。 あまりに膨大な火力を一気に放出するため、破壊光線と同様、放った後はしばらく動けなくなってしまう。 それを見越した上で、少年はブラストバーンを指示したのだ。 アッシュを一撃で倒すために。 だが、それだけではアッシュを倒せない。 「でも、あそこでこらえれば……兄ちゃんの勝ちだ!!」 どれほど威力の高い技でも、『こらえる』を使えば、一度だけ耐えることができる。 ブラストバーンが炎タイプ最強の技であろうと、耐えることができるのだ。 アラタもブラストバーンという技を知っているらしく、アッシュに『こらえる』を指示した。 ここで耐えれば勝てる。 しかし、少年のリザードンが放つブラストバーンは、『こらえる』を無力化するアレンジが施されていた。 『こらえる』体勢に入ったアッシュ目がけ、リザードンが大空からすさまじい炎を放つ!! まるで隕石が降ってくるような壮絶な光景に、フィールドが真っ赤に染まる。 「……あ、あんな威力があるなんて……!!」 あんなのをまともに食らえば、炎タイプに耐性を持つポケモンでも耐えられるか分からない。 アカツキは空から降り注ぐ炎の球を見やり、言葉を失った。 重力加速度を受けて、炎の球がすごい勢いでフィールドに叩きつけられる!! 刹那、球が弾けて猛烈な炎の波がフィールドを舐め回す。 炎の舌は瞬く間にアッシュを絡め取り、灼熱の炎に閉ざした。 「アッシュ……!!」 ここで堪えてくれ…… アカツキは祈るような気持ちだった。 耐え切れれば、ストーンエッジをぶつけて勝利を手にできる。 炎は瞬く間にフィールド全体を包み込み、逃げ場など最初からないも同然だった。 アラタと少年はさっとフィールドから飛び退いて、炎に巻かれることはなかったが…… 炎は贄(ニエ)を求めるように揺らめきながら、虚空を焦がす。 ……そして、決着の時は訪れた。 リザードンは翼を羽ばたかせるのに精一杯で、攻撃などできる余裕はない。 しかし、先にアッシュが力尽きてしまったのだ。 「ええっ!? そんなっ!!」 『こらえる』の弱点は、立て続けに使っても効果が得られないこと。 そして、制限時間があることだ。 ポケモンの気力が尽きてしまえば、『こらえる』を維持することができず―― 結果、ギリギリのところで踏ん張っていた体力がすぐに削り取られて戦闘不能に陥ってしまうのだ。 燃え続ける炎の中で、アッシュは『こらえる』を維持することができず、戦闘不能となってしまった。 「う、うそ……」 「そんなことがあるなんて……あ、ありえないわ……」 アカツキとキョウコが、震える声でつぶやく。 こんなことがあるはずない。 あってはならない……ありえない。 信じられない気持ちを胸に抱きながらも、冷たい現実が突きつけられる。 審判は淡々とアッシュの戦闘不能を告げ、赤髪の少年――レオンの勝利を高らかに宣言した。 その瞬間、アラタのネイゼルカップが終わったことを……そして約束が果たせなかったことを突きつけられた。 「そんな、兄ちゃんが負けるなんて……」 自分のことではないのに、なぜかとても悔しくて、やりきれない気持ちになる。 兄の強さを知っているからこそ、なおさら辛くて苦しい、悲しい気持ちになる。 しかし、現実は現実。 アッシュを戻すことすら忘れて呆然と立ち尽くすアラタ。 レオンはリザードンをモンスターボールに戻し、無表情のままフィールドを後にする。 彼の確かな足取りだけが、時間の経過を物語っていた。 To Be Continued...