シャイニング・ブレイブ 第23章 兄弟の約束 -Finish the promise-(3) Side 5 ――ネイゼルカップ、六日目。 ネイゼルスタジアムの中央部に設けられたメインスタジアムに、アカツキは立っていた。 すり鉢状の底部――殺風景な岩のフィールドを挟んで、カイトと睨み合う。 すでにキョウコは本選の一回戦を勝利で飾っており、アカツキかカイトか、勝利した方が明日、キョウコと戦うことになる。 ……否、それ以前に、今は十年来の親友を倒すことだけを考えねばならない。 実力が伯仲している分、わずかな判断ミスが致命傷を呼び込むことになりかねないのだ。 相手が何を考え、どんな手を打とうとしているのか…… それをいち早く見抜いた上で、相手の数手先を行かねばならないのが辛いところ。 「カイトのヤツ、誰を出して来るんだか……」 アカツキはカイトを視界から外さないよう、岩のフィールドを見渡した。 地面から突き出した大きな岩がいくつも並び、周囲は固い地面が広がっているばかり。 身を避わす場所はほとんどなく、真っ向勝負を強いられるフィールドと言えるだろう。 「でも、オレのオーダーは決まってんだ。 相性が悪くなんなきゃ、変える必要もねえけど」 昨日のうちに、考えうる限りのパターンに対応できるよう、オーダーを組んだ。 あとはぶっつけ本番で見てみるしかないだろう。 アカツキとカイトが周囲の歓声とは隔絶されたところで睨み合っている中、審判が朗々と告げた。 「これより、本選一回戦・第二試合を始めます。両者、ポケモンを前へ」 本選では、相対する二人のトレーナーが同時に最初のポケモンを出す。 公平を期すためであるが、相性が良い状態で始まるか、あるいは悪い状態で始めざるを得ないか。 それは最初のポケモンを選んだ瞬間に決まると言っていい。 だからこそ、多くのポケモンの弱点を突けて、なおかつ弱点が少ないポケモンを一番手に出すのがセオリーだ。 アカツキとカイトが、ほぼ同じタイミングで腰のモンスターボールを引っつかむ。 「そんじゃ、昨日から考えてたように、まずはこいつで行くぜ……」 アカツキは腕を大きく振りかぶり、手にしたモンスターボールをフィールドに投げ入れた。 「行けっ、ネイト!!」 まずはネイトだ。 水タイプのネイトは、弱点となるのが草、電気タイプだけ。 それに、攻撃面では地面、岩、炎タイプに大ダメージを期待できるし、覚えている技もそれなりに豊富だ。 それ以外のポケモンとも互角に戦えるだけの自信はある。 放物線を描いてフィールドに着弾したボールから、ネイトが飛び出す。 「ブイブイっ!!」 やっと外に出られたと、大きく深呼吸して喜びの声を上げるネイト。 しかし、一頻り新鮮な(?)空気を堪能した後、すぐさまカイトを鋭い眼差しで睨みつける。 普段はアカツキの親友ということでいい顔をしているが、今は倒すべき相手……敵だ。 「へー、ネイトもやる気だな〜」 ネイトがいつになくやる気になっているのを見て、カイトは口の端の笑みを深めた。 油断ならない相手だが、だからこそ倒さなければならない。 作戦は考えておいたし、『普通に』やれば、まず負けることもないだろう。大切なのは、普段どおりに戦うことだ。 ポケモンに対する心理的な負担も、それが一番少なくて済む。 「そんじゃ、オレはこいつだっ!!」 カイトもアカツキに負けじと大きく腕を振りかぶり、ボールをフィールドに投げ入れた。 飛び出してきたのは、クローだった。 しかし……ヌマクローではなく、ラグラージに進化を果たして強くなったクローだ。 「げ……」 あどけなかったヌマクローから、強くたくましいラグラージに進化を果たしていたとは…… アカツキはフィールドに飛び出した勇ましき相手を見やり、思わず顔を引きつらせた。 まさか、進化していたとは、夢にも思わなかった。 予選を一度も見られなかったのだから仕方ない反応だが、さすがにそこはある程度予想すべきことだった。 「クロー、進化してたんだな……でも、ネイトなら負けねえぜ」 正直面食らったが、相性が悪くない限りは、ネイトなら負けない。 単純なパワーやスタミナではクローの方が圧倒的に上だが、スピードならネイトの方が圧倒的に上回っている。 「さっさと勝負つけなきゃな……」 長期戦になれば、スタミナに優れるクローに分がある。 そうならないうちに、さっさと倒さなければならない。 互いのポケモンが揃ったのをわざとらしく確認してから、審判は両手に持った旗を振り上げ、戦いの火蓋を切って落とした。 「アカツキ選手対カイト選手のバトルを開始します。 ――バトル・スタート!!」 「ネイト、高速移動からアクアジェット!!」 「クロー、ハイドロポンプ!!」 審判の言葉が終わるより早く、アカツキとネイトはそれぞれのポケモンに指示を飛ばしていた。 ネイトは四つん這いになると、勢いよく駆け出した。 身体の力を可能な限り抜くことでスピードをぐんぐん上げながら、クローに迫る!! 一方、クローは腰を低く構え、突っ込んでくるネイトに狙いを定める。 ネイトに代表されるブイゼルは防御力が低く、タイプの防御はほとんど期待できないような有様だが、攻撃面では平均よりやや上。 スピードに関しては、平均を大きく上回っている。 技の衝撃力(インパクト)は、力だけで決まるほど単純ではない。 質量と、速度の二乗に比例する。 ゆえに、質量が小さくとも、速度があれば相手に与える衝撃力が大きくなる。つまり、大ダメージが期待できる。 アカツキがネイトに期待する戦い方は、まさにそれだった。 短所を補うのは大事なことだが、それよりも長所を伸ばす。 ネイトはクローの三メートル手前で急制動をかけると、次の瞬間にはクローの周囲をぐるぐると走り回り始めた。 いきなり攻撃を仕掛けては、ハイドロポンプの餌食になる。 ならば、少しでもクローを混乱させてからの方が物理的にも、精神的にも与えるダメージは大きくなるというものだ。 無論、そう長々と攻撃しないままでは、先にネイトの体力が尽きてしまう。 「さーて、どこで仕掛けてくっかな……?」 カイトはネイトが円を描きながらクローの周囲を駆け回っているのをじっと見ていた。 クローは少し慌てているように見えるが、打つ手さえ間違えなければ、ネイトには勝てる。慌てたところでしょうがない。 一方、アカツキはネイトに攻撃の指示を出すタイミングを窺っていた。 クローは視線だけでネイトの動きを追いかけている。 背後に回りこまれては瞬時に対応できないだろうが、クローのさして大きいとは言えない尻尾による攻撃を食らう可能性がある。 そうなると…… ネイトがクローの横に回り込んだ瞬間、アカツキはネイトに指示を抱いた。 「アクアジェット!!」 指示が終わるより早く――正確には『アクア』の『ア』(一文字目)が出た瞬間に、ネイトはアクアジェットを発動していた。 クローが瞬時に対応できない一番のウィーク・ポイントは斜め後ろだ。 振り向くのにも時間が要るし、ネイトの身長は思いのほか低いため、普通に腕を振るうだけでは届かない。そして、尻尾も届かない。 水しぶきを撒き散らしながら突進してくるネイトを睨みつけ、カイトが負けじとクローに指示を出す。 「クロー、避けなくていい!! 攻撃を受けてから岩なだれで反撃だ!!」 スピードではネイトに分がある。 だったら、敢えて一撃は受けても問題ない。 スタミナの差もある、一撃くらい受けてやっても体力が逆転することはないだろう。 そこから反撃の糸口をつかむのが一番確実……カイトはそう判断したようだが、アカツキは彼がそうしてくることを見抜いていた。 十年以上も親友をやっているのだ。 ネイトのスピードに無理に対抗してこないだろうと思っていた。 それなら…… ごっ!! 渾身のアクアジェットが、クローの横っ腹に突き刺さる!! 思いのほか威力は高かったらしく、クローは表情をゆがめたが、それでも自分のやるべきことは忘れない。 丸太のような太い腕に力を込めると、乾ききった地面に叩きつける!! ごぅんっ!! すさまじい圧力(ちから)を加えられた部分がひび割れたかと思うと、加速度的に周囲にヒビが広がっていき、 見えない力に押し出されたように周囲の地面が細かな岩のカケラとなって噴き上がる!! クローの膂力の高さを如実に表すような岩なだれだ。 もし、これがストーンエッジだったら……そう思うと、ゾッとする。 攻撃の直後で隙ができていたネイトに、即席・岩なだれは避けられない。 横っ面に噴き上がった岩がぶつかり、吹き飛ばされる。 だが、大きなダメージにはならないはずだ。 アカツキは慌てることなく、ネイトが着地するのを待った。 バランスの取れない空中でも、ネイトは器用に身体を一回転させる。 「クロー、マッドショット!!」 着地までは無防備。 カイトはすかさずクローに指示を飛ばす。 マッドショットを指示されると分かっていたように、クローの反応は俊敏だった。 口を開き、体内で練り上げられた泥のボールを無数に吐き出す!! マッドショットは直撃すると、ボールの泥が相手の身体にへばりついて、素早さを低下させる効果がある。 これを食らえば、体力的に打たれ弱いネイトにとっては大きな枷となる。 「ネイト、水鉄砲で相殺だっ!!」 着地までは無防備だが、迎撃することはできる。 アカツキの指示に、ネイトは水鉄砲を放った。 次々と飛来する泥のボールを、正確に撃ち落としていく。 あっという間に地面は水浸しとなり、泥のボールがべちゃべちゃと耳ざわりな音を立てて地面に弾ける。 水たまりがあっという間に泥の色に変じていき、クローの足元を濡らす。 『やるな、さすがに……』 狙える時は狙う。 防ぐべきところでちゃんと防ぐ。 互いに以前よりも戦い慣れていることを悟り、アカツキとカイトは胸中で同じことを考えていた。 これでも策をめぐらせたつもりだが、まさか同じ次元で物事を考えているとは思わなかった。 互いに、自分が一手先を考えているつもりで策を弄してきたのだから、それは当然だった。 油断ならない相手だが、逆に言えば、一手先を先に読めれば、それだけで勢いをモノにできる。 ネイトは水鉄砲の反動で、クローと距離を開けて着地した。 ハイドロポンプを放たれても反応できる位置で、アクアジェットで速攻を仕掛けられる位置でもある。 微妙な立ち位置だが、それはアカツキが意図したものではない。 むしろ、ネイトが自分にとって優位な間合いを自分で選んでいるのだろう。 「……水があるんだったら、あれが使えるかな……?」 アカツキは大技で勝負をつけようかと思った。 互いにダメージを受けてはいないが、ネイトが得意とする『あの大技』なら、クローでも一撃で倒すことができるかもしれない。 ただ、その前にもうちょっとバトルフィールドを『整えてやる』必要があるのかもしれない。 「よし、やってやるぜ……!!」 このまま普通に戦っていては、先にネイトの体力が尽きてしまう。 それなら、一発逆転の可能性を秘めたカードを引き当てるしかない。 アカツキは覚悟を決めて、ネイトに指示を出した。 「ネイト、水鉄砲!! 連発だーっ!!」 「……?」 水鉄砲を連発? カイトはアカツキの意図に気づかなかった。 何も考えずに水鉄砲を連発させるはずもないが、考えようとしたところで分かるまい。 それならば、こちらも攻撃の手を緩めるわけにはいかない。 「マッドショット!! 怯むな、押し返せーっ!!」 カイトは真っ向勝負を挑んだ。 普通にやれば、クローが勝つのだ。 普通じゃないことをやろうとしているのなら、逆に『普通』のペースを押し付けてしまえばいい。 ネイトが水鉄砲を放つと同時に、クローもマッドショットを放つ。 二つの技は両者の中間で激突し、派手な飛沫を飛び散らせて相殺、泥混じりの水を地面に撒き散らす。 あっという間にフィールドの半分ほどが泥に塗れた水たまりに覆われ、ネイトの足元も泥水に浸食されているが、 当然、そんなものを気にしていては水鉄砲の勢いが弱まってしまう。 水鉄砲とマッドショットの威力はほぼ互角。 「……これはこっちも利用できるな」 泥水に覆われようとしているフィールド。 カイトは、アカツキがこれを利用して何かを仕掛けようとしていることに気づき――同時に、自分も利用できることに気がついた。 恐らく、アカツキは自分に有利な状態=相手に不利な状態と思っているに違いない。 「……ケケケ、それが命取りなのサ」 カイトは胸中で小悪魔然と笑いながら、揚々とした声でクローに指示を出した。 「濁流っ!!」 泥水がすぐ近くにあれば、最初から技を組み立てる必要もない……クローに余計な負担を強いることもなくなる。 クローが水鉄砲を眼前の地面に向けて放つ!! 水鉄砲の勢いが周囲の泥水を動かし、ちょっとした濁流となって、ネイト目がけて突き進む!! 「…………!!」 クローが濁流を使えるとは思わなかったが、アカツキは大して驚いていなかった。 カイトがこの状況を利用しようとしていたとしても不思議はないし、チャンスがあれば絶対に逃さない……それがアカツキのよく知るカイトだ。 だが、先に利用できると考えた以上、ここで後れを取るなど考えられない。 「ネイト、渦潮だ!!」 「ブイっ♪」 ネイトは二股に分かれた尻尾を泥水につけると、ものすごい勢いで回転させた。 水に振動が生まれ、瞬く間に流れが生まれる。 押し寄せる濁流の『足元』にその流れが届いた時、濁流は弾けるような音と共に勢いを弱め、瞬く間に無力と化した。 「なっ……!!」 これはさすがに予想していなかったのだろう。 カイトが顔を引きつらせた。 クローも大きく目を見開いて驚いている。 彼らが驚いている間に、高速回転した尻尾から伝わった力が、地面に満ちた泥水に影響を与えていた。 理論的に分析するのは不可能と思わせるほどに、クローを中心に渦を巻き始めたのだ。 「クロー、そこから逃げるんだ!! かなりヤバイ!!」 これが狙いか…… カイトはアカツキの狙いを察知した。 渦潮でクローを逃げられなくしてから、大技で仕留めてくるつもりだ。 クローはすぐさま飛び退こうとしたが、渦潮はあっという間に勢いを増し、巨大な水の壁となってクローを取り囲んだ。 これでは逃げるに逃げられない。 渦潮はハイドロポンプほどの威力はないが、それなりに強力な技だ。 「ちっ……」 水の壁に逆らおうとすれば、大きなダメージを受けてしまう。 どうしたものかと必死に策をめぐらせるカイト。 対照的に、アカツキは勝利を確信し、ネイトに最後の指示を出した。 「アクアスクリュー!! 一気に決めてやれーっ!!」 ネイトは尻尾を泥水から引き抜くと、汚れたことなど気にせずに、水の壁に覆われているクロー目がけて突っ走る!! あとは、水の壁を利用してアクアスクリュー……強烈な水の竜巻を相手に押し付けて攻撃する技で決めればいい。 ネイトは逆巻く水の壁に突っ込むと、高速回転させた尻尾をピタリとくっつけた。 意思あるモノのようにクローをぐるりと取り囲む水の壁は、ネイトの尻尾がもたらす衝撃ですぐさまその形を変えた。 水の竜巻のごとき形状になると、クロー目がけて降り注ぐ!! 水を一箇所に集めてから解き放つため、クローはすぐさま壁から解放されたが、降り注ぐ水の竜巻からはとても逃れられない。 ネイトの力加減一つで、竜巻はどんな軌道でも刻むことができるのだ。 「こうなりゃ、奥の手だぜ……」 カイトは舌打ちした。 アカツキのチームで一番注意しなければならないのはネイトだ。 それはずっと前から分かっていたこと。 ならば…… 「クロー、ミラー……!!」 カイトの指示は、途中でかき消された。 アクアスクリューがクローに直撃した音で、最後まで指示が届かなかったのだ。 「よし、決まったっ♪」 アカツキは胸中でガッツポーズを決めていた。 アクアジェットは体力を大きく消費するが、威力はハイドロポンプ級だ。攻撃範囲も直線上である程度の距離まで貫通できる。 いくらクローでも、渦潮でダメージを受けているところにこれを食らえば、一溜まりもないはずだ。 しかし、足下をすくわれた。 アクアスクリューは確かにクローを直撃したが、ギリギリで耐えていたとは夢にも思わなかった。 クローは猛烈な水流に押し流されそうになりながらもその場に踏ん張ると、最後の力を振り絞って『ミラーコート』を発動させた。 ミラーコートは特殊攻撃(水流や炎、電気といったエネルギー体による攻撃)で受けたダメージを倍にして返す技だ。 当然、返すからには相手の技を受けなければならないが、受けたダメージが大きければ大きいほど、返すダメージも大きくなる。 クローのようにタフなポケモンが使えば、反撃技とはいえ相手に大ダメージを与えることが期待できる。 クローの眼前に光の壁が現れたかと思うと、熱を帯びた鉄のように真っ赤に染まる。 「…………!?」 視界の隅に赤い光を認め、アカツキはハッとした。 クローが何かを仕掛けようとしている……!! 根拠など何一つとして必要としない直感が、警鐘を乱打する。 「ネイト、水鉄砲!!」 着地したネイトに指示を出すが、アクアスクリューで体力の大半を使ってしまったネイトの動きは精彩さを欠いていた。 その隙を縫うように、クローの前に現れた赤い壁が水の竜巻をかき消した。 直後、壁が砕け、破片が槍となってネイトを襲う!! ネイトは慌てて避けようとしたが、ミラーコートは相手に必ず当たる技。避けられるはずもなかった。 赤々と輝く槍をまともに食らい、ネイトはその場に崩れ落ちた。 「ネイトっ!! カイトのヤツ、一体何しやがったんだ……!?」 アカツキは愕然とネイトを見やったが、すぐに上目遣いで反対側のスポットで真剣な面持ちを見せている親友を睨みつけた。 まさか、あのタイミングでミラーコートを放ってきたとは夢にも思っていないのだ。 「ブイゼル、戦闘不能!!」 審判がフィールドに視線を走らせ、倒れたネイトを捉える。 旗を振り上げながら朗々と宣言し―― 「ラージ……」 ミラーコートで体力を使い果たしたクローもまた、倒れてしまった。 「……!! ラグラージ、戦闘不能!!」 数秒の差はあれど、技の応酬から考えればほぼ同時と言ってもいい。 両者のポケモンが倒れたことに、観客が一斉にどよめき立った。 ネイゼルカップの本選……序盤も序盤もいいところの一回戦・第一試合でいきなり相打ちになるなど、誰が想像するだろう。 「戻れ、クロー」 カイトは審判の宣言を受けて、戦闘不能になったクローをモンスターボールに戻した。 「…………ネイトも戻ってくれ」 観客のざわめきなど遠い世界の出来事のように、アカツキはしばらく呆然としていたが、カイトが行動を起こしたのを見て、我に返った。 戦えなくなったネイトを、モンスターボールに戻す。 「ネイト、よくガンバってくれたよな。ゆっくり休んでてくれよ。後は他のみんなに任せとけ」 相打ちになるとは思わなかったが、少なくともエース級であるクローを戦闘不能にすることができた。 そう考えれば、ネイトは大活躍したと言ってもいいだろう。 「……ラグラージが使える技って言ったら……」 アカツキはネイトのボールを手の中で弄繰り回しながら、クローが最後に仕掛けてきた技の正体を探ろうと考えをめぐらせた。 とても、反撃などできる状況ではなかったはずだが、相打ちに持ち込んできた。 そんなことが可能な技と言えば…… 「あ……」 何十個か技の名前を脳裏に浮かべた時、不意に気づいた。 「み、ミラーコート……!! カイトのヤツ、ギリギリで耐えられるからって、確実にネイトを道連れにしてきやがったな……!!」 カイトはアクアスクリューでクローが大きなダメージを受けると読んでいた。 その上で、ネイトを確実に戦闘不能にすべく、『避けることのできない技』=ミラーコートで反撃してきたのだ。 だが、それは危険な賭けだ。 万が一クローが耐えられなければ、ネイトを道連れにすることもできない。 ミラーコートは、相手の技を受けて戦闘不能になってしまえば発動さえできないのだ。 それに、エスパータイプに属しているため、悪タイプのポケモンには効果がない。 その二点さえ留意して使いこなせれば、相手に精神的なプレッシャーを与えることも十分可能となる。 「さすがに、簡単に勝たせちゃくれねえよな……でも、こうじゃなきゃ面白くないぜ!!」 いきなり相打ちに持ち込まれるとは思わなかったが、さすがはカイトだ。 十年来の親友であり、ポケモントレーナーとしては決して無視できないライバル。 ボールを握っていない方の手をグッと握りしめる。 ちょっとだけ長く伸びた爪が、皮膚に食い込む。 その痛みが、やる気の炎に油を注ぐ。 「それでは、次のポケモンを。カイト選手から出してください」 「…………しょうがないなあ」 審判に促され、カイトは仕方ないと言わんばかりに肩をすくめた。 ネイゼルカップのルールでは、相打ちとなった場合、『相手を先に戦闘不能にさせた側』が先に次のポケモンを出すことになっている。 よって、ミラーコートでネイトを戦闘不能にしたクローのトレーナー……カイトが先にポケモンを出さなければならないのだ。 「これで、オレが次に有利なポケモンを出せるってワケだな」 どちらにせよ、いいアドバンテージを手に入れた。 アカツキは胸中でガッツポーズを決めていた。 「カイトが次に出してくるのは……」 カイトのポケモンでアカツキが知っているのは、あと四体……それとも、別のポケモンを出してくるか? 次の一手を読もうとしていると、カイトが次のポケモンが入ったボールを手に取った。 「それじゃ、次はおまえだっ!! ゼレイド!!」 先にポケモンを出すことでアカツキにアドバンテージを与えてしまうことを気にしているらしく、 カイトはわざとらしく陽気な声で言い放ち、手にしたボールをフィールドに投げ入れた。 着弾したボールから飛び出してきたのは、ロズレイドのゼレイドだ。 「…………」 おとなしい性格らしく、普段は恐ろしいほどの無口なんだとか。 滅多なことでは声を上げず、カイトでさえあまり鳴き声を聞かないとか。 いつだったか、キサラギ博士からそんなことを聞かされたのを思い出しながら、アカツキは悠然とフィールドに立つゼレイドを見つめていた。 背丈こそネイトより低いが、その身に秘めた草タイプのパワーは半端ではない。 「ゼレイドは草、毒タイプ。弱点は結構多いんだよな……」 ゼレイドは耐久力こそ低いものの、攻撃的な能力に関しては長けている方だ。 短期決戦で挑んでくるのは間違いないだろう。 アカツキがネイトでやろうとしたことを、逆にしてくる可能性もある。 冷静な相手ほど、何をしてくるか判断がつかないのだ。 「アカツキ選手、次のポケモンをフィールドへ出してください」 「よし……」 ゼレイドの弱点は炎、飛行、氷、エスパータイプ。 しかし、ここは防御を重視して、長期戦で臨んでみるべきだ。 アカツキはそう判断し、次のポケモンが入ったボールを手に取り、フィールドに投げ入れた。 「アーサー、キミに決めたっ!!」 アカツキの声に応え、ボールは空中で開き、中からアーサーが飛び出してきた。 「ふん……」 やっと出番が来たと言いたげに、アーサーは肩を大きく動かした。 モンスターボールの中は狭くて退屈で、何の面白みもない。物理的に隔離された空間だからこそ、ハッキリ言ってつまらないのだ。 「さて……相手はこいつか……」 鈍ってしまいそうな身体を一通り動かしたところで、アーサーは腰を低く構えた。 ロズレイド…… どんなポケモンかはよく分からないが、普通に戦えば勝てるということだろう。 いい加減に見えて、実はアカツキはいろいろと考えているのだ。 アーサーがやる気になっているのを見て、アカツキはゼレイドを倒せると確信した。 攻撃面ではサイコキネシスが猛威を振るうし、防御面でも鋼タイプの防御が如何なく発揮される。 毒タイプの技は一切効果を発揮せず、草タイプの技もタイプの防御でダメージを軽減できる。 もちろん、ノーダメージと言うわけにはいかないが、無条件で軽減できる分、耐久力でアドバンテージを得られる。 ここで少しでも優位な位置を取っておかなければ、後で逆転されることになりかねないのだ。 一方、カイトもアーサーには警戒感を募らせていた。 「アーサーは厄介だな……ここで出してくるとは思わなかったけど、まあなんとかなるだろう」 毒タイプ及び草タイプの技では満足なダメージを与えられないだろうが、ルカリオという種族についてはある程度調べておいた。 耐久力は中の下で、攻撃面こそ強力だが、防御に関しては装甲が薄い。 苦戦は強いられるだろうが、やれば勝てる相手だ。 ……と、互いがバトルの態勢に入ったところで、審判が中盤に差し掛かったバトルの再開を告げた。 「ルカリオ対ロズレイド、バトルスタート!!」 Side 6 「アーサー、波導弾!!」 「ゼレイド、日本晴れ!!」 バトル開始と同時に、アカツキとカイトは指示を出した。 カイトは短期決戦を挑む気でいるのだ。 相手のペースに乗せられないためにも、早々に打つべき手を打っておかなければならない。 互いにそう思っているのが筒抜けなのか、すぐさまポケモンたちは行動を開始した。 アーサーが得意の一撃を放つと同時に、ゼレイドが両手のブーケを高々と掲げ、フィールドに一際強い陽光をもたらした。 「日本晴れってことは、ソーラービームをガンガンぶっ放してくるつもりかなあ……? あとは、光合成で体力を回復するのを狙ってやがるな……?」 アカツキはカイトの狙いをすぐに察した。 タイプの防御があるとはいえ、ソーラービームのダメージは決して小さいとは言えない。 日本晴れがあれば、ソーラービームのチャージ時間を劇的に短縮できるため、連発が可能となる。 ソーラービームは大技ゆえ体力消費が激しいが、体力をすり減らしても光合成で体力を取り戻せばいい。 技を放つには気力も必要となるため、無限ループにはならないが、まあそれに近い状態にはなるだろう。 なるほど、カイトらしく抜かりのない戦略だ。 だが、ソーラービームのチャージがないわけではない。付け入るなら、光合成で体力を回復する瞬間。 それまでは粘り強く回避を迫られるだろうが、仕方のないことだ。 アーサーが放った蒼白い球は、吸い込まれるようにしてゼレイドに迫る。 相手の『波導』目がけて放たれた一撃は、途中で撃墜されない限り、回避を許さぬ恐るべき精度で相手を狙い続ける。 恐らく、カイトならここで…… アカツキはカイトがここで迎撃してくると読んだ。 格闘タイプの波導弾は、毒タイプを持つゼレイドに対して効果が薄い。 もっとも、技自体の威力はかなり高いため、タイプの防御があっても侮れないダメージにはなるだろうが。 だから、カイトはここで必ず迎撃してくる。 迎撃してくる技は…… 「ソーラービーム!! ファイヤ〜ッ♪」 カイトはゼレイドに迫る波導弾を指差しながら、ゼレイドに迎撃を指示した。 やはり、ソーラービーム…… 威力が高く、チャージ時間を劇的に短縮できるのだから、迎撃するにはもってこいだろう。 そして、今の位置取りなら、波導弾を貫通してアーサーを狙える。 無論、それを許しはしない。 「アーサー、神速でゼレイドの横か後ろを取るんだ!!」 アカツキの指示が終わる前に、ゼレイドが両手のブーケに光を溜めて、ソーラービームを発射してきた!! 二箇所で光を溜めることで、チャージの時間を半減しているのだ。 両手にブーケという武器を持っているロズレイドならではの戦法と言えるだろうが、ソーラービームが発射された直後に、アーサーは駆け出していた。 直線軌道にしか攻撃できない技は、軌道さえ見切ってしまえば恐ろしくない。 アーサーはすぐさまソーラービームの軌道を見切り、最小限の迂回でゼレイドに迫る!! 「おっと、そうは問屋が卸さないよ!? ゼレイド、ソーラービーム連発!!」 「やっぱ、そう来たか……」 直線軌道の弱点を、手数で補う。 カイトなら最初から考えていそうなことだ。 「アーサー、焦らなくていいから!! 横か後ろを取れるまでその辺走り回ってて!!」 アカツキはすぐに指示を切り替えた。 焦って攻撃に出た瞬間に狙い撃ちされたのではたまらない。 アーサーはアカツキの意図をすぐさま理解し、言われたとおりゼレイドの周囲を駆け回っていた。 ゼレイドはひたすらソーラービームを連発してくるが、神速発動中のアーサーには掠りもしない。 ソーラービームの合間を狙って攻撃を仕掛けようと機を狙うアーサー。 アーサーを近づけさせまいと、ソーラービームを連射するゼレイド。 まったく進展が見られない攻防だが、少なくともトレーナーの間では熱い駆け引きが続いていた。 体力回復の手段を持ち合わせていないアーサーが明らかに不利だが、カイトはそう考えていないらしい。 「このままだと、先に体力が尽きるのはゼレイドだな…… アカツキのヤツ、それを待ってやがるな……いつの間にそんなややこしいことするようになったんだか」 ソーラービームを連発しまくっているゼレイドの方が、圧倒的に消耗が大きい。 元の体力を比べてみても、アーサーに分がある。 神速もそれなりに身体に負担のかかる技だが、見る限り、かなり『使い慣れている』。 使い慣れれば、その分体力消耗を抑えることができるのだ。 「狙ってんのは、光合成で体力を回復する瞬間か……」 どう考えても、答えは一つだ。 てっきり、短期決戦を挑んでくるとばかり思っていたが、さすがに上手くは行かないようだ。 「でも、それならそれで……」 一応、奥の手は取ってある。 いざとなれば、それで処理すればいいだろう。 ソーラービームによる攻撃を、アーサーが神速で回避する……イタチゴッコのような攻防は、一分近く続いた。 しかし、終止符はすぐに打たれた。 何十発目になるか分からないが、ソーラービームの威力が落ちてきた。 体力が低下し、集中力も切れてきたためだろう。 「よし、今だっ!!」 チャンスは今……!! アカツキはゼレイドを指差し、アーサーに指示を出した。 「近づいてインファイト!!」 刹那、アーサーは急制動をかけ、つんのめりそうになるほどの勢いを方向転換と同時に解放、ゼレイドに迫った。 「速いっ!!」 この切り返しの速さには、カイトも面食らった。 「インファイトか……防御なんて考えず、一気にゼレイドを倒す気だな……?」 インファイトは防御のための力まで攻撃に転化するため、威力はとても高い。 反面、放ってから一定時間は防御力が大幅に低下してしまうリスクを負う。 それを承知で放ってくるのだから、一気に倒しにかかってくるということだろう。ゼレイドのソーラービームを警戒している証拠だ。 「ゼレイドは物理攻撃の防御力が低いからなあ……タイプの防御があったって、インファイトほどの威力の技を食らっちまったら、さすがにヤバイ。 ……でもま、こういう時は……」 ここでインファイトを食らえば、ゼレイドは窮地に陥ってしまう。下手をすれば、戦闘不能になるかもしれない。 アーサーは明らかに『戦い』を知っているポケモンだ。 相手のどこを攻撃すれば大きなダメージを与えられるか……それを理屈ではなく、身体で覚えているだろう。 頭で考えるよりも先に身体が反応するのだから、反射的に相手の急所を狙う術に長けていると言ってもいい。 しかし、そう易々とゼレイドを倒させはしない。 奥の手として、最後の最後まで取っておくつもりでいた技で勝負をかける。 「ゼレイド、飛び上がれ!!」 「……!? アーサー、逃がすなっ!!」 何をするつもりか知らないが、空中では逃げ場がない。 ソーラービームを連発してくるつもりか……? もっとも、攻撃させる前に撃ち落とせばいい。 ゼレイドが小柄な身体からは想像もできない力でジャンプ!! アーサーは追いすがろうと膝を曲げ、跳び上がろうとして―― 「よし、ウェザーボール!!」 「……!?」 続くカイトの指示。 アカツキは一体何を指示されたのかよく分からなかったが、答えは一秒も経たぬ間に示された。 ゼレイドが両手を高々と頭上に掲げると、キラキラと白く輝くボールが現れた。 大きさは一メートル弱といったところか。 なるほど、これを落として広範囲を攻撃するという算段か。 万が一避けられたら、その時はソーラービームで追い討ちをかける。 だが、ゼレイドの体力は残り少ないはずだ。 ウェザーボールがどのような技かは知らないが、これほど大きなボールで攻撃を仕掛けてくるからには、体力消費は大きい。 アカツキは直感で判断し、 「アーサー、行けーっ!!」 接近戦なら、アーサーが勝つ。 少なくとも、白いボールがアーサーの弱点を突けるタイプだとは思えない。 「カイトなら、弱点を突けると思ったらすぐに突いてくる。出し惜しみなんか、絶対にしないヤツだ」 カイトは策を弄するのが巧いが、相手を倒せると踏んだら、速攻を仕掛けてくる。 だから、大丈夫。 ……しかし、アカツキのその判断は、すでに裏切られていた。 十年来の親友のことを知り尽くしている……それはカイトもまた、同じことが言えたからだ。 アーサーが跳び上がる!! ゼレイド目がけ、重力をものともせずに迫り―― 刹那、ゼレイドが頭上に掲げたボールが赤々とした輝きを帯び、その表面を紅蓮の炎が舐め回す!! 「な、なにーっ!?」 「……!!」 まさか、いきなり炎が現れるとは…… 一体どうなっているのか分からない。 アカツキが表情を引きつらせていると、カイトがそれ見たことかと、ニヤリと笑んだ。 「ゼレイド、やれっ!!」 カイトの指示に、ゼレイドは炎のボールを投げ放った!! 空中で攻撃を避けられないのは、アーサーもまた同じだ。 しかし…… 「ぬんっ!!」 裂帛の気合と共に、アーサーは波導弾を連打した。 攻撃を避けられないなら、少しでも受けるダメージを減らす。それが戦いの鉄則だ。 「私の弱点を突いてくるような攻撃……!! カイトめ、このような手を隠し持っているとは……!!」 鋼、格闘タイプのアーサーは、炎タイプの技に弱い。 ウェザーボールは天候によって攻撃タイプが異なる技だが、普段はノーマルタイプとなる。 日本晴れで日差しが強い時は炎タイプとなり、ゼレイドと同じ草タイプや、攻撃が効きにくい鋼タイプに効果を発揮する。 雨乞いなどで雨が降っている時は水タイプとなり、ゼレイドが苦手とする炎タイプに効果抜群となる。 そして、雪や霰が降っている時は氷タイプとなり、ゼレイドと同じ草タイプ、 苦手とする飛行タイプ、屈強なことで知られるドラゴンタイプに威力を発揮する。 相手が悪い時でも相打ち以上に持ち込めるよう、カイトはゼレイドにウェザーボールと、 ウェザーボールのタイプを変更するための気象変化技を覚えさせていたのだ。 「や、やべーっ……」 アカツキは焦っていた。 もはや攻撃を避けるのは無理だが、アーサーは何も言わずとも波導弾で炎タイプと化したウェザーボールのダメージを減らそうと必死だ。 まさか、カイトがこのような奥の手を隠し持っていたとは…… 「オレが考えてること、バレバレだったんかなあ……」 倒せる時は、隙を逃さない。 そう思っていることを逆手に取られたとしか思えないようなタイミングで、攻撃を仕掛けてきた。 「でも、アーサーならなんとかする……!!」 一メートル近い大きさの炎のボールを食らえば、アーサーでもひとたまりもないだろう。 それに、ゼレイドにも幾許かの余波が及ぶはず。 弱点となるのはゼレイドも同じ。 「また、相打ち覚悟で来やがった……アーサーは厄介だから、ここで確実に倒すつもりだ」 アーサーはグレイスに対して有利に戦えるポケモンだ。 グレイスを出すつもりなら、何があろうとここでアーサーを確実に倒そうとするだろう。 アーサーは波導弾でウェザーボールを消そうとするが、そもそもの大きさが違いすぎる。 多少は威力を削れたものの、残った大部分がアーサーを直撃する!! 「アーサーっ!!」 ゼレイドの攻撃力の高さが浮き彫りになるような光景だった。 炎の球を受け、アーサーが地面に叩きつけられる。 刹那、炎の球がのしかかり、猛烈な炎を撒き散らす!! 「よし、効いてるな!! ゼレイド、もっとやれ〜っ!!」 ――ずっとオレのターン!! ……と言わんばかりに、カイトが意気揚々とガッツポーズなど見せながらゼレイドに指示を出す。 ゼレイドは再びウェザーボールを出現させ、日本晴れの力で炎の球に変えて放った。 先ほどの一撃はあまりに近い場所でアーサーに直撃したせいでバックファイアがあったが、今なら問題ない。 「アーサー!!」 炎はフィールドを舐めながら、徐々に弱まっていく。 しかし、第二弾がゼレイドから放たれる!! アーサーは直撃を受けながらも立ち上がり、すぐさま行動を開始した。 「さすがに……これは効くな……」 タイプの相性と言うべきか、炎タイプとなったウェザーボールはかなり痛い。 ここまで痛めつけられたのは久しぶりだが、昔に比べればまだまだ温い方だ。 「むんっ!!」 アーサーは頭上から迫る第二弾を仰ぎながら、全身から波導を放った。 無数の波導弾が、空中にフワフワと頼りなく浮いている。 一つ一つの大きさはそれほどでもないが、その気になればすべてを操ってゼレイドを叩きつぶすことさえできるのだ。 「……何をやろうとしてるか知らないけど、無駄だぜっ!! ウェザーボールの方が、威力は高いんだからなっ!!」 カイトが不敵に笑う。 「……アーサー、何する気なんだ?」 アカツキはアーサーが立ち上がったことに安堵しつつも、ウェザーボールをどうやったら打ち破れるのか、考えている最中だった。 アーサーは指示を出されなくても、自分で考えて戦うことができる。 勇者の従者を務めていただけあって、自分で考えて戦うことの方が、どちらかと言えば得意なのだそうだ。 何をするつもりか分からないが、ここはアーサーに任せた方が良さそうだ。 上策を思いつかなければ、ウェザーボールの連打を浴びてアーサーが倒されてしまう。 悔しいが、波導弾だけではウェザーボールを跳ね返したりすることはできない。 「ふーん、あきらめないつもりだな〜。でも、どっちみち……ぃぃっ!?」 カイトは、ウェザーボールで畳み掛ければ勝てると確信していたが、アーサーの行動を見て、思わず目を剥いた。 「ええっ!?」 アカツキも、目を剥いた。 アーサーは周囲に無数に浮かべている波導弾に飛び乗り、次々と飛び移りながらゼレイドに迫っているのだ。 並大抵の技術では波導弾をその場に固定しておくことなど無理だし、そもそも飛び移るという芸当は不可能と言っていい。 しかし、これがアーサーにとっての最善策だったのは言うまでもなかった。 ウェザーボール・第二弾はアーサーの脇をすり抜けて、地面に炸裂!! 周囲に炎を撒き散らして掻き消えた。 徐々に、しかし着実に、手負いとは思えないような素早い動きで迫るアーサーに、さすがのゼレイドも驚きを禁じ得なかった。 見開いた目が、震えている。 「ゼレイド、ウェザーボール連発!! 絶対に近づけさせるなよ!!」 カイトの指示に、自分の為すべきことを思い出したのだろう。ゼレイドは目を細め、ウェザーボールを放った!! 「アーサー、キミが思うとおりに戦っていいぜ!! 任せるっ!!」 「よし……」 本当は自分の考えに沿って戦って欲しいだろうに、ここはアーサーを信じて任せると言ってくれたのだ。 「ならば、全力でゼレイドを倒すのみ……!!」 一見すると、ポケモンに任せるなど責任放棄のように思えるが、実はそうではない。 ポケモンを心から信じ切れなければ、任せることなどできはしない。 アーサーはアカツキの言葉を全幅の信頼の証と受け取って、全力でゼレイドを倒すことを誓った。 ウェザーボールを食らってかなりのダメージを受けたが、あと一発程度なら食らっても大丈夫。 アカツキの信頼に応えられないようでは、これから先何をするにも成功はありえない。 「…………」 ウェザーボールが次々と放たれる中、アーサーは波導弾の足場を飛び移りながら、またある時は新たな足場を作りながら、ゼレイドに迫る!! ゼレイドは、普通なら落下するところだが、ウェザーボールを放った反動で少しずつ浮き上がっている。 体重が軽いため、ちょっとした反動でも簡単に浮き上がることができるのだろう。 だが、この状態ではゼレイドが体力回復を図るのはほぼ不可能。 空中で無理に光合成を発動させようとすれば、たちまち落下する。 そうなれば、バランスを崩してウェザーボールを放つところではなくなってしまうだろう。 アーサーはゼレイドが必死の形相で放つウェザーボールを紙一重で避けながら、新しく生み出した波導弾に飛び移る。 普通は相手に向かって放つ技ゆえ、停滞させるのにも力を必要とするのだが、慣れているのか、アーサーは苦にした様子をまるで見せていない。 それが、ゼレイドを心理的に追い詰めているのだが、アカツキもカイトも、さすがにそこまでは気づいていないようだった。 五発目のウェザーボールを回避したところで、アーサーは周囲に浮いている波導弾を念で呼び寄せ、ゼレイドまで一直線に結んだ。 余計な動きをせずに、たどり着ける。 このタイミングなら、次のウェザーボールを放つ前に攻撃できる。 「ゼレイド、急げーっ!!」 このままではまずいと気づいたのだろう、アーサーが階段状に積み上げられた波導弾を駆け上がるのを見て、カイトが悲鳴めいた声で叫んだ。 「アーサー、やるなあ……」 アカツキはアーサーの戦術を素直に賞賛していた。 普通は波導弾を移動手段として用いるなど考えつかないだろう。 勇者の従者としての経験と実戦のカンが、普通は考えつかないような破天荒な手段を可能とさせるのだ。 ここでインファイトを決め、さらに波導弾をたんまり食らわせればアーサーの勝ちだ。 タイミング的に見ても、アーサーに分がある。 アカツキは思っていることが顔に出ないよう必死に自制しながら、胸中で期待を膨らませていた。 不安定な球体の足場を、アーサーはものともせずに駆け上がっていく。 ゼレイドは慌ててウェザーボールを放とうとするが、動揺で思うように集中力が維持できないせいか、上手く行かない。 決定的な隙を突いて、アーサーがインファイトを仕掛ける。 どっ、ごごごごごごっ!! 掌をゼレイドの腹に叩きつけるのを引き金に、水面をかち割るような鋭い蹴り、伸び上がる蛇のようなアッパーなどが次々と決まる!! 「よしっ!!」 物理攻撃、特殊攻撃とも卒なくこなすアーサーならではの、流れるような連続攻撃だ。 これならゼレイドを倒せる。 ここまで来ると、アカツキも思っていることをすぐさま表情に出した。 アーサーはゼレイドを空中に投げ出すと、波導弾の足場から飛び立って、追い討ちをかける。 インファイトの次はシャドーボール、そして竜の波動…… 普通なら相性の悪いポケモンでもない限りは倒せるほどの連続攻撃だが、ゼレイドは意外な根性を発揮して、途中でアーサーの攻撃を止めた。 「…………ッ!!」 ブーケから飛び出した毒のムチが、アーサーの胴に巻きつく!! 「ウェザーボール!!」 続いて、カイトの指示。 毒のムチはアーサーに微塵もダメージを与えていないが、動きを封じるには十分だった。 「アーサー、振りほどけ!!」 毒による攻撃は、アーサーに通じない。 だが、動きを封じられては厄介だ。 アカツキの指示を受けるまでもなく、アーサーは振りほどこうと身を捩り、手で毒のムチをつかんだ。 振りほどくために攻撃手段を減らしたことが、ゼレイドに最後のチャンスをつかませてしまった。 ギラリと、ゼレイドの目が妖しく光る。 ――ここで確実に道連れにしてやる…… 根暗でひん曲がった根性を思わせるような雰囲気を感じ取り、アカツキはギョッとした。 「アーサー、早く!!」 空中でウェザーボールを……しかも落下中&密着状態で放たれれば、ゼレイドだってただでは済まない。 アーサーもかなりのダメージを受けているし、下手をすれば……いや、確実にアーサーもろともゼレイドまで戦闘不能に陥ってしまうだろう。 カイトとしては、それしかアーサーを確実に倒せる手はないと踏んでいる。 ゼレイドもそれを承知しているからこそ、ウェザーボールを放とうとしているのだ。 しかし、ゼレイドは渾身の力でムチを巻きつけてきているらしく、硬さとしなやかさを併せ持つムチを振りほどくのは至難の業。 「くっ……!!」 モタモタしているヒマはない。 アーサーは引きちぎってでも解こうかと思ったが、そうする前に、膨大な熱量を肌で感じ取った。 頭上を仰ぐと、ゼレイドの真上に巨大な炎のボールが浮かんでいる。 残った力をすべて集めたのだと言わんばかりに、今までとは明らかに桁が違う。 「まずい……」 これを食らえば、さすがに戦闘不能は免れないだろう。 早くムチを振りほどいて…… しかし、ゼレイドの方が早かった。 ようやっとムチを解いた時には、アーサーとゼレイドの間で炎のボールが膨大な熱量を放出し、大爆発を起こしていた。 「アーサー!!」 アカツキの叫び声は、フィールドだけでなくメインスタジアムすら大きく揺るがす衝撃と轟音にかき消された。 炎のボールはフィールドに無数の火の粉を撒き散らして、爆ぜ割れた。 アーサーとゼレイドは強烈な爆風に押し出されるようにしてフィールドに叩きつけられた。 「……止められなかった……!?」 ゼレイドが土壇場で思わぬ根性を見せ付けてきた形だ。 アカツキは爪が食い込むほどに拳をきつく握りしめた。 アーサーとゼレイドは地面に叩きつけられると、ぐったりした。 互いに大きなダメージを受けているところに、ウェザーボールを食らったのだ。 ゼレイドからすれば自爆もいいところだが、アーサーを巻き込めたのだから自滅ということにはなるまい。 審判はアーサーとゼレイド、二体のポケモンを注意深く観察していたが、二体とも起き上がる気配がないとすぐに判断して、宣言した。 「ルカリオ、ロズレイド、共に戦闘不能!!」 「くっ……」 無情とも言える宣言に、アカツキは呻いた。 アーサーならゼレイドを倒せると思っていたが、それは間違いだったのか……? いや、間違いではない。 ゼレイドが思った以上に根性据えたヤツだった。 負けた理由があるとすれば、そんなところだろう。 ただ、言い訳をする気にはならなかった。アーサーは一生懸命戦ってくれたが、ゼレイドに一歩及ばなかった。 相打ちという形ではあったが、ゼレイドを倒すことができた。 そう思うしかないだろう。 「アーサー、お疲れさん。ゆっくり休んでてくれ」 アカツキは傷ついたアーサーをモンスターボールに戻し、労いの言葉をかけた。 ゼレイドを倒せたからいいものの、それでもやはりアーサーが倒れてしまったのは痛い…… カイトにしてみれば、してやったりという気分なのだろうが。 カイトもゼレイドをモンスターボールに戻した。 彼がどんな顔をしているのか気になって見てみたが、真剣な眼差しをボールに注いで、何やら小さくつぶやいている。 恐らくは労っているのだろうが、アーサーを倒せたからといって、浮付いているわけではないようだ。 互いにまだ二体、ポケモンを残しているのだ。 フィールドもここでチェンジし、戦いはこれからが本番。 「でも、二体続けて相打ちなんて……さすがに予想してなかったなあ」 アカツキはアーサーのボールを腰に戻し、深々とため息をついた。 まさか、二体続けて相打ちになるなど、誰が予想できるだろう……? 実際、長いネイゼルカップの歴史においても、二体続けて相打ちになるという事態は両手の指の数にも満たない。 滅多にない事態に、観客たちもどよめいている。 本選の一回戦から、波乱に満ちた展開……続きを期待する観客が多いのは、お約束である。 「二体目のポケモンが戦闘不能となったため、フィールドの交換を行います」 実況の説明が終わると同時に、殺風景な岩のフィールドが地下へ沈み込んでいった。 すでにフィールドを用意してあり、地下に張り巡らされた機構によって交換するのだ。 ういぃぃぃぃぃぃーん…… 重苦しいような音を立てながら、沈み込んだ岩のフィールドの代わりに草のフィールドが姿を現した。 「次は草のフィールドか……」 青々と茂った草に覆われたフィールドだが、ポケモンバトルによって荒れ果てた荒野になってしまうのだろう。 どちらにしろ、まずはフィールドを覆う草をどのように利用できるか。利用できるポケモンを出せるかどうかだ。 フィールドに異常のないことを目視で確認してから、審判はカイトに向き直った。 「それでは、カイト選手よりポケモンを」 「……あ、そっか。今回もか……ついてねえなあ」 カイトは一瞬、何を言われているのか意味が分からないようだったが、すぐに悟れた。 ゼレイドのウェザーボール(炎タイプ)でアーサーを戦闘不能にしたのだから、クローの時と同じルールが適用される。 「ここでカイトに有利なポケモンを出せりゃ、勝てるな♪」 アカツキはカイトが先にポケモンを出すと分かって、勝率が上がったと思った。 「でも、まだレックスもグレイスも出してこないからなあ……どっちになるんだろ?」 恐らく、残りの二体はレックスとグレイス。 カイトの性格を考えれば、この二体を温存しているはずだ。 「アーサーが倒されちまったのが痛いなあ……」 対グレイスの切り札と目されていたアーサーも、ゼレイドに倒されてしまった。 ウェザーボールの効果を完全に理解していなかったアカツキのミスだが、今さらそれを悔やんだところで仕方がない。 グレイスに対して有利なポケモンは、まだ残っているのだ。やりようによっては勝率をさらに引き上げることも可能だ。 アカツキがあれこれと考えをめぐらせている間に、カイトは次のモンスターボールを手に取り、フィールドに投げ入れた。 「レックス、出番だぞ〜っ!!」 威勢のいい声に応えるように、放物線を描いて投げ入れられたボールが口を開き、中からレックスが飛び出してきた。 ……ただし、リザードではなく、リザードンに進化を果たしたレックスが。 「ガーーーーーーーーーーーーーッ!!」 レックスはフィールドに飛び出すなり、咆哮を轟かせた。 「げ……進化してやがったのか……!!」 アカツキは窮屈そうに身体を動かし、翼を広げたり畳んだりしているレックスを見て、表情を強張らせた。 まさか、最終進化形のリザードンに進化していたとは…… もしかしたらとは思っていたが、実際にその雄々しき姿を見せつけられると、驚きは隠しきれない。 「ただでさえ厄介なのになあ……あ、でもこれでいいんだ」 レックスはカイトの作戦通り、忠実に動けるポケモンだ。 意外な技を覚えさせ、相手の意表を突く。 正面きって戦っても十分強いが、変則的な攻撃こそ、レックスの実力を最大限に発揮させるのだ。 正直、どうしようかと思ったのだが、これはアカツキにとってまたとない好機と言うほかなかった。 なぜなら…… 「グレイスを最後に出せば、ノーザンレイドは使えない!!」 互いに最後のポケモンで、道連れやノーザンレイドといった技で相打ちとなった場合は、そういった技を使った側が反則負けとなるのだ。 つまり、グレイスを最後に出そうが出すまいが、ここで出さなかった以上、ノーザンレイドは使えない!! 速攻が可能で、特性『頑丈』を持つポケモン以外を確実に戦闘不能にできる技を持つグレイスを一番警戒していたが、 この時点で一撃必殺の技に気をつける必要はなくなった。 もちろん、リザードンという種のポケモンは、一撃必殺の技を使えない。 「よし、これなら勝てるぜ……」 カイトが何を考えて、先にレックスを出してきたのかは分からない。 しかし、アカツキにとってまたとない好機であることに変わりはない。 「それでは、アカツキ選手もポケモンを前へ」 「あ、はい……」 審判に促され、アカツキはモンスターボールを手に取った。 レックス相手に有利に戦えるポケモンは、決まっている。 「ライオット、出番だぜっ!!」 アカツキが頭上にボールを掲げながら呼びかけると、ひとりでにボールが開き、中からライオットが飛び出してきた。 音もなく羽ばたいて、アカツキの前に舞い降りる。 「ライオットか……やっぱ、そう来たな」 カイトは落ち着き払ったライオットを見やり、目を細めた。 レックスに有利なポケモンと言えば、カイトが知っている限り、ネイトとライオットだ。 ネイトはクローとのバトルで戦闘不能になっているため、レックスに対抗するにはライオットがベストと言えるだろう。 「でも、それならそれで、こっちも対抗できるんだよね……んふふふふ」 カイトは思っていることを表には一切出さず、胸中でほくそ笑んでいた。 一方、アカツキも似たようなことを考えていた。 さすがに、そこは十年来の親友……似た者同士といったところだろう。 「レックスなら、ライオットの地面タイプの技が効くな……できるだけ、低空飛行で戦う必要があるけど」 すでに、腹の探り合いが始まっている。 見えない火花が両者の間で激しく散って―― 「フライゴン対リザードン、バトルスタート!!」 審判の宣言がフィールドに響いた。 To Be Continued...