シャイニング・ブレイブ 第23章 兄弟の約束 -Finish the promise-(6) Side 11 ネイゼルカップの閉会式が終了し、大勢の観客がスタジアムを出て行った――その後で。 アカツキ、アラタ、カイト、キョウコの四人は、つい先ほどまで激戦が繰り広げられていたメインスタジアムにいた。 バトルフィールドは取り替えられ、青々と生い茂る草のフィールドとなっている。 熱気冷めやらぬフィールドを間近にしているせいか、アカツキの心はまだ高鳴っていた。興奮状態は続いているが、それでも頭の中はしっかりとしている。 アカツキがとあることを頭の中で思い描いていると、アラタがためらいがちに口を開いた。 「残念だったな、キョウコ。もうちょっとだったのにさ……」 「まあ、あたしが弱かっただけよ。応援してくれたあんたたちには申し訳ないけどね」 正直、負けたことは悔しい。 だが、それ以上に悔いのないバトルができたことに、キョウコは満足していた。 だから、涙なんて見せなかったし、次こそは……とリベンジに燃えているくらいだ。 「そんなことないよ。キョウコさん、すごくよく頑張ったもん」 「……ありがと。でも、来年は優勝よ」 カイトにも言われて、キョウコは笑みを浮かべた。 目指すは優勝――しかし、来年に持ち越しになりそうだ。 生温い風が、頬を撫でていく。 今年のネイゼルカップは終わった。 しかし、来年がある。 アラタは予選でレオンに負け、カイトは本選・一回戦でアカツキに負けた。 アカツキは本選・二回戦でキョウコに負け、キョウコは決勝戦でレオンに負けた。 なんだかいろいろと因縁のあったネイゼルカップだが、四人とも精一杯戦えたことには満足していた。 十日にも渡る、長くも短い戦い。 この一年間、四人ともネイゼルカップのために頑張ってきたが、結果として、努力は実を結ばなかった。 それでもやるべきことをやって、悔いのない戦いができて満足しているのだから、それはそれで幸せなことと言えるだろう。 「そうだな。来年こそは優勝してやるぜ。 キョウコ、来年こそは決勝戦でガチバトルだ!!」 「望むところよ。 今回みたいに、予選で予想外の伏兵にあっさりやられたりしないでちょうだいよ。張り合いないんだから」 「けっ、咆えてろよ。おまえこそ足元掬われねえように気をつけろよ」 「うふふふふふ……」 アラタとキョウコは今から来年のネイゼルカップを見据えて、すでに戦闘モードに突入していた。 一方…… 「…………」 アカツキはじっと、草のフィールドに視線を注いでいた。 「……? どうしたんだ? 考え込むなんてアカツキらしくないじゃん」 ちょっとした彼の変化に気づいて、カイトがからかうように横から顔を覗き込みながら、問いかけてくる。 「うーん、ちょっと考えごと」 「おまえらしくねえな〜。どうしたんだよ、マジで」 抑揚のない返事に、カイトはアカツキの正面に回り込んで、まっすぐに目を見つめてきた。 当人は別に、抑揚がないなどと思っているわけではないのだが、自分のことだけに、他人から見た方が分かりやすいのだろう。 アカツキとカイトがちょっとしたやり取りをしているのは、アラタとキョウコの目には入っていなかった。 すでに来年に向けた戦いに入ってしまっていて、それ以外については眼中にすらないようだった。 「ネイゼルカップ、終わっちゃったなあって……そう思ったんだよ」 「まあ……な。終わっちゃった」 カイトはアカツキの横に立つと、小さく頷いた。 ネイゼルカップは思いのほか短かった。 十日間、何度も激しいバトルを繰り広げた。 バトルの最中は一秒がすごく長く感じるのに、終わってみればあっという間だった。光陰矢のごとしという言葉が似合うほどに。 結局、アカツキとアラタが交わした約束は、ネイゼルカップ本選において守られることはなかった。 悔いのないバトルをして、後悔などはしていない。 だけど、守られなかった約束だけが、心残りでならなかった。 「…………」 フィールドを鮮やかな緑に染める草の絨毯は、涼風に吹かれて小さくなびいていた。 そのくせ、心に吹き込む風は妙に生暖かくて、心残りを心残りとしてこれ以上ないほどに引き立てている。 「約束かぁ……」 顔を上げて、スタジアムを真上から照らしつける太陽を見上げて、アカツキは小さくつぶやいた。 カイトの耳には入らなかったが、そんなことはどうでも良かった。 守られなかった約束。 本当は、ネイゼルカップの大舞台で、アラタと激しい戦いを繰り広げたかった。 血沸き肉躍るという言葉が似合うような、すべてを吹き飛ばしてしまうような激しい戦いをしたかった。 「ネイゼルカップは終わっちまったけど……でも……」 ――したかった……? 守られなかった約束を、守られなかったという言葉をつけて、言い訳にしてしまっていいものか。 確かにネイゼルカップは終わった。 来年まで、約束はお預けになってしまうだろう。 しかし…… 「……違う。まだできることがある!!」 約束が守られなかったからといって、何もしないままでは、そんな約束が守られることは永遠にない。 できることがあるなら、なんだっていい。 些細な行動も起こさないような者に、奇跡も何もあったモンじゃない。 だから…… 「兄ちゃん」 アカツキはアラタに向き直ると、キョウコと睨み合っている兄に言葉をかけた。 「うん、なんだ?」 今の今まで、キョウコだけを目の敵にしていたアラタはビックリして振り向いてきたが、 アカツキの真剣な面持ちを見て、釣られたように表情を引き締めた。 「旅に出る前に兄ちゃんと交わした約束のことなんだけど」 「あ、ああ……」 やけに静かにしていたなあと思っていたが、なるほど……そのことを考えていたのか。 結局のところ、約束を守れなくしてしまったのはアラタだ。 予選でレオンに負けて、本選に進出できなかったがために、アカツキと本選で戦う機会を失ってしまった。 結果論だけで言えば、仮にアラタがレオンに勝利して本選進出を果たしたとしても、 アカツキがキョウコに負けてしまったのだから、戦う機会はなかっただろう。 だが、結果論云々で論じるような話ではない。 それはアラタが誰よりもよく理解していることだ。 「ごめんな、オレがあいつに勝ってりゃ良かったんだけど……」 アカツキが約束のことで考えていたのだとしたら、それは自分の責任だろう……そう思ってアラタが口を開くよりも早く、アカツキの方から言葉をかけてきた。 「兄ちゃん、ネイゼルカップの本選で戦うって約束は無理だけど、今だっていいじゃん」 「……!?」 「オレ、兄ちゃんのように強くなりたいって思ってた。 ……旅に出てちょっとは強くなったかなって思うけど、やっぱり兄ちゃんと比べるとまだまだだな〜って思うんだ。 だけど、前のオレとは違うってことだけは分かってる。 今のオレなら、兄ちゃんとだって戦える。 だから、約束なんて抜きにして、今ここでバトルしよう!!」 「……!!」 「な、なに言ってんのよ。 もうネイゼルカップは終わっちゃって、フィールドの使用は禁止されてて……」 あまりに突発的な言葉に、キョウコが慌てて口を挟んだが、 「キョウコは黙ってろ!! オレとアカツキの話に口挟むな!!」 「う……わ、分かったわよ」 アラタに怒声を浴びせられ、恐る恐る口ごもった。 「ひええ……」 こんな風に怒りを露わにするアラタを見るのは実に久しぶりだ。 本気になって怒ると、とんでもないことになりかねない……カイトは鳥肌の立った二の腕を擦った。 余計な外野が口を出せない雰囲気であることを確認してから、アラタは小さく頷いた。 「いいぜ。オレも、おまえとマジでバトルしたいって思ってたんだ。 ……ま、ネイゼルカップで戦えなかったのは残念だが、今のおまえとなら、全力でバトルする価値は十分すぎるくらいあるからな。 よし、いっちょやるか!!」 「おうっ!!」 約束は大事なものだ。 しかし、今の二人には、それ以上に大事なものがある。 悔しいが、アカツキの言葉で思い出した。思い出せた。 要するに、自分がどうしたいのか……ということだ。 約束という言葉で縛りつけて、守られなかったからと言って捨て置こうとした。 ……結局、二人とも相手と戦いたいと思っていたのだから、約束などそもそもは関係なかったのだ。 キョウコの言うとおり、ネイゼルカップが終了した以上、フィールドの使用は禁止されている。 だが、目の前に『ネイゼルカップという大舞台』がある以上、約束がもはや体を為さないものに成り果てたのだとしても、ここで戦うしかあるまい。 「……いいのかなあ?」 「ま、いいんじゃない? あたしは一応止めたし、怒られるのはあの二人だもん」 アカツキとアラタがフィールドに上がったのを見て、カイトとキョウコはため息をついた。 ネイゼルスタジアムの地権者はポケモンリーグにあるため、無断でフィールドを使用したとなると、何らかのお咎めを受けることになるだろう。 だが、咎められるのは実際に使用するアカツキとアラタだけだ。キョウコとカイトも口頭注意くらいは受けるかもしれないが…… 「あ、そういうことか……」 「そうみたいね」 そこまで考えて、カイトとキョウコは顔を見合わせた。 キョウコが何らかの形で巻き込まれれば、ここぞとばかりにキサラギ博士が野次馬根性むき出しにして首を突っ込んでくるだろう。 そうなれば、アカツキとアラタの処分もかなり軽減されてしまう……恐らく、そこまで考えた上で、今ここでバトルをしようというのだ。 よく考えたものだ……人間、悪い知恵ほどよく働くとは言うが、まさにその通りだ。 だが、アカツキとアラタのバトルなら、まあそれなりに見ごたえはあるだろう。 アラタは予選でレオンに負けてしまい、消化不十分といった感がある。ここで出し切れなかった実力を存分に発揮するだろう。 烈火のごとき攻撃に、アカツキがどのように対処するか……それもまた見所といったところか。 フィールドに上がり、スポットに立った兄弟が睨み合う。 しかし、彼らの口元には笑みが浮かんでいた。 この場所で、兄弟という関係も情も抜きにして、一トレーナーとして戦えることがうれしくてたまらないといった様子だ。 「兄ちゃんはすっごく強いのに、なんでかな……こんなワクワクしちまうのって」 アカツキは腰のモンスターボールを引っつかみ、逸る心を抑えるのに必死だった。 アラタは自分とは比べ物にならない強さを持っている。 普通に戦ったところで勝ち目は薄いが、それが分かっていても、なぜだかワクワクして仕方ない。 やはり、尊敬する兄と、一トレーナーとして戦えるのが何よりもうれしいからだ。 「よし、それじゃ一対一の時間無制限でやるぜ。全力でぶつかって来いよ!!」 「もちろん!!」 アラタが提示するルールに異論はない。 むしろ、何体もポケモンを使わなくて済む分、いきなり全力投球しても問題ないということだ。 「行くぜ、オレはアッシュだ!!」 アラタが大きく腕を振りかぶってモンスターボールを投げ入れると、着弾と同時にアッシュがフィールドに飛び出してきた。 「ヘラクロっ……!!」 トレーナー以上に消化不良を感じているのだろう。 アッシュはフィールドに飛び出してくるなり、力士のように四股を踏み、身体を思い切り伸ばす。 「アッシュ、外に出られてうれしそうだな〜」 アカツキは、アッシュが心の底から自分とのバトルを楽しみにしているのだと分かった。 ネイトと同様に、何年も一つ屋根の下で暮らしてきたのだ。 だが、アラタと戦えてうれしいのはアカツキも同じだ。 「だったらオレはネイトだ、行っけ〜っ!!」 早く戦いたい……そんな衝動に背中を押されたように、アカツキもフィールドにボールを投げ入れた。 ボール越しにトレーナーの熱意を感じ取ったのか、放物線を描いてフィールドに落ちていくボールが口を開き、ネイトが飛び出してきた。 「ブイブ〜イっ!!」 この時を待っていた……!! ネイトは飛び出すと、後ろ足を肩幅に開いて、二股に分かれた尻尾を高速で回転させながらアッシュを睨みつけた。 ボールの中にいても、外の出来事をある程度感じ取っていたのかもしれない。 ……否、ボール越しにアカツキの感情の動きを把握していたのかもしれない。 「やっぱネイトで来たな。よしよし、そう来なくちゃつまんねえぜ」 アラタはネイトがアッシュに負けないほどの闘志を剥き出しにしているのを見て、口元の笑みを深めた。 やはり、やるのならそう来なくてはつまらない。 ポケモン同士、あるいはトレーナー同士が睨み合う。 「兄ちゃんがアッシュを使う時って、小細工なんかしないで一気にガンガン攻めてくるんだよな……」 アカツキはアラタの戦術を胸中で分析してみたが、アッシュほどの物理攻撃力があれば、小細工などせず、真正面から堂々と攻めてくるだろう。 分析などするだけ詮無いことではあったが、再確認程度の意味合いにはなった。 余計な小細工をしてきてくれた方がアカツキにとってはありがたいのだが、それはアラタも分かっていることだ。 何しろ、兄弟である。 互いの性格は知り尽くしている。 それならば、余計な小細工など一切せず、正面きってぶつかり合う以外の策はありえない。 「……攻撃をどーゆー風に組み立ててくかってことだよな。よし、やってやる!!」 アッシュが使える技のタイプは分かっている。 ネイトほど幅広くは扱えないが、言い換えればどのタイプの攻撃技も使い慣れているということになる。 しかし、それならネイトだって負けてはいない。 アカツキが策を組み立てていると、アラタがネイトを指差して、アッシュに指示を出した。 「行くぜ、アカツキ!! アッシュ、メガホーン!!」 いきなりメガホーン……虫タイプ最強の攻撃技で攻めてきた。 今でこそギャロップやサイドン、アズマオウといったポケモンにも使えることが判明しているが、 一時代前までは、メガホーンはヘラクロスの専売特許だったのだ。 長年にわたって専売特許として独占してきたこともあり、今でもヘラクロスはメガホーンの最高の使い手として名を馳せている。 アッシュは立派な角を突き出しながら、滅多に開かない羽を全開にして、ネイト目がけて突っ込んできた。 「アッシュは物理攻撃っきゃ使えないから、こっちは……」 アッシュの勢いはスタジアムすらぶっ壊せそうなものだった。 ヘラクロスは虫タイプの中でも最高の攻撃力を持つポケモンとして知られている。 しかし、特殊攻撃に関してはほぼ皆無、遠距離攻撃がほとんどできないという弱点も持ち合わせているのだ。 それくらいのことは調べがついている。 だったら…… 「ネイト、吹雪っ!!」 「……!?」 アカツキの指示に、アラタは怪訝な表情で眉根を寄せた。 いきなり吹雪を放ってくるとは予想していなかったようだ。 ネイトはアッシュが角を真ん前に突き出しながら突っ込んでくるのを見ても動じることなく、口を大きく開き、吹雪を吐き出した!! 吹雪は言わずと知れた氷タイプ最強の技だ。 攻撃範囲が広く、直撃しなくても空気を冷やすことで相手の体温を下げ、動きを鈍らせるという使い方もできる。 「なるほど……」 直接的なダメージは二の次。 まずはアッシュの体温を下げて、全体的な能力の鈍化を図るのが第一の目的だろう。 アカツキの考えを的確に読み、アラタは感心した。 ネイトが吹雪を習得しているとは思わなかったが、水タイプのポケモンは氷タイプの技を使えることが多い。 当然、使えるなら覚えさせるトレーナーも多い。 なぜなら、苦手な草タイプのポケモンを返り討ちにし、水タイプの技が効きにくいドラゴンタイプのポケモンをも倒せてしまうからだ。 「アッシュ、そのまま突っ切れ!!」 アラタはアカツキの目的を理解しながらも――否、理解しているからこそ、まっすぐに突っ切るよう、アッシュに指示した。 吹雪から完全に逃れることは難しい。 現に、アッシュの周囲には粉雪が舞い、小さな氷の粒が乱れ飛んでいる。 陽光に反射してキラキラ輝いているが、氷点下の風は陽光程度で容易く温度上昇することはない。 アッシュはアラタの指示に従い、角の先端をわずかでも揺らがすことなく、一直線に吹雪を突き破りながらネイトに迫る!! 「兄ちゃんはやっぱり、ここで逃げるなんて考えてない。だったら……!!」 アッシュが、距離が開いた状態での戦いを苦手としていることは、アラタが誰よりも理解しているはずだ。 ならば、どんなリスクを冒してでも相手を攻撃範囲内に捉え、自分のペースに引きずり込もうとするだろう。 ここで逃げるより、手の届く範囲に相手を捉えておいた方がいい。 それならば…… 「ネイト、吹雪をやめてアクアジェット!!」 「真正面からやるってか? 面白え、そう来なくっちゃ!!」 アカツキの指示に、ネイトは吹雪を取り止めて、アクアジェットを放った。 派手な水しぶきを上げながら、ネイトが真上に飛び上がる。 「んん?」 真正面から突撃してくると思ったが、さすがにそれはなかったか。 普通にやれば、アッシュが打ち勝ってしまう。 それを知らないアカツキではない……ということだ。 アッシュはヘラクロスという種の身体的な特徴上、真上に飛ぶことが難しい。 だからこそ、上を取ってから攻撃してくるつもりだろう。 ネイトは水しぶきを撒き散らしながら、アッシュの上を取った。 直後、風を切り裂いて迫ってきたアッシュの角が、先ほどまでネイトが立っていた場所を貫いた!! まともにメガホーンを食らったら、一撃で倒される恐れがある。 スピードならネイトに分がある。ヒット・アンド・アウェイで攻め立てるのがベターだろう。 「アッシュ、地面に降りろ!!」 上を取られるとは思わなかったが、地面に降りた状態ならまだ対応できる。 アッシュはすぐさま羽根を畳んで地面に降り立つ。 ……と、そこへネイトが真上からアクアジェットで迫る!! 「辻斬りで迎え撃て!!」 「ネイト、アクアジェットからソニックブーム!!」 アラタとアカツキの指示が入り乱れる中、ネイトが重力加速度を加え、すさまじい勢いでアッシュに攻撃を炸裂させる!! 直後、アッシュの角が翻り、ネイトの腹を薙ぎ払う!! しかし、ネイトは強烈な攻撃を受けても怯まず、尻尾に力を蓄え、ソニックブームを放った。 ごぅんっ!! 攻撃を放った直後に至近距離からのソニックブームを食らい、アッシュもたまらず吹き飛んだ。 そして、ネイトとアッシュは距離を取って対峙する。 「やるな……さすがに一筋縄じゃ勝たせてくれねえか」 「当たり前さ。いつまでも兄ちゃんに負けてばっかじゃいられないもん」 「ははっ、言うようになりやがったな、おまえ」 短い攻防だが、互いの戦略が凝縮していたかのようだ。 臨機応変な指示の変更にも、ポケモンたちは戸惑うこともなく、すぐさま攻撃を切り替える。 ぶつかり合うのはポケモン同士だけではない。 トレーナー同士も、知略を尽くした戦術でぶつかり合っている。 アカツキもアラタも、戦えば戦うほど熱くなる性分ゆえ、フィールドの外でキョウコとカイトがなにやら話していることにも気づいていない。 「でも、簡単には勝たせねえぜ。アッシュ、岩砕き!!」 「ネイト、ソニックブーム!!」 二人の指示が飛び、アッシュは細いながらも怪力を秘めた前脚で眼前の地面を叩きつける!! 直後、周囲の地面が細かくひび割れ、ネイト目がけて土砂混じりの小岩が飛んでいく!! 距離を取った場合に手っ取り早く攻撃するための手段だろうが、 ネイトが放ったソニックブームによってことごとく打ち落とされ、岩砕きは途中で掻き消えた。 だが、そこまではアカツキもアラタも織り込み済みだ。 「ネイト、冷凍ビーム!!」 「アッシュ、岩なだれ!!」 すぐさまネイトは冷凍ビームを放ち、アッシュはひび割れた地面に自慢の角をねじ込んで、強引にひっくり返して宙に巻き上げた!! 本家の氷タイプでない以上、ネイトの冷凍ビームの威力はかなり低いが、それでも触れれば氷漬けになるのは間違いない。 虚空を貫いてアッシュに迫る冷凍ビームだが、アッシュが巻き上げたフィールドの一部がその先端に突き刺さり、氷に閉ざして終わる。 残ったフィールドが放物線を描いてネイト目がけて落ちてくる。 「ネイト、避けながらアクアジェット!!」 攻撃と防御が一体となった『岩なだれ』。 最初から、簡単に勝てるなどとは思っていなかった。 やはり、兄の強さは想像以上だ。 もし自分が予選でレオンと当たっていたら、まず間違いなく負けていただろう。 過去の話ゆえ、仮定などしたところで何の意味もないことは承知しているが、それでも考えずにはいられなかった。 だが、こうでなければつまらない。 せっかくネイゼルスタジアムで戦うことができたのだ。 勝敗よりも、アラタと全力で戦えることがうれしい。 ネイトは降り注ぐ『岩なだれ』を見上げ、アクアジェットを発動!! 降り注ぐ『岩なだれ』の合間を縫って、アッシュに肉薄する。 「辻斬りで結構なダメージ受けちまってるからなあ……早いトコ決めないと」 先ほどと比べても、明らかにアクアジェットのキレが欠けている。 辻斬りは悪タイプの技だが、元々の攻撃力が高いアッシュが使えば、防御力に難があるネイトには大きなダメージを与えかねない。 相性では優劣がなくても――否、だからこそ元々のポケモンとトレーナーの能力が勝負の重要な要素となる。 「メガホーンで迎え撃て!!」 距離を詰めてきたとなると、接近戦で勝負するつもりだろう。 ならば、迎え撃つのみ。 アッシュはアラタの指示を受け、腰を低くして構えた。 勝負はネイトがアッシュに攻撃を加えた瞬間。そこで返り討ちにしてやればいい。 『岩なだれ』はネイトの耳元を掠め、フィールドに突き刺さる。 『岩なだれ』を掻い潜って、ネイトがアッシュに渾身のアクアジェットを炸裂させた!! 「アイアンテールからソニックブーム!!」 直前にアカツキが出した指示に、ネイトは迅速に対応した。 身体を翻してアイアンテールを放つ。 アッシュの横っ面を強かに打ったアイアンテールから、一瞬でソニックブームが放たれる。 ネイトの尻尾が器用であることを存分に活かした連続攻撃だが、アッシュはそれだけで倒されるほどヤワではない。 連続攻撃で大きなダメージを受けながらも、アッシュは前脚でネイトの首根っこを引っつかみ、宙に投げ飛ばした。 「……!?」 不安定な態勢からでは攻撃を繰り出すことはできない。 水鉄砲を放ったところで当たる確率などたかが知れている。 それに、放つだけの余裕は与えてくれなかった。 「ヘラクロっ!!」 アッシュは裂帛の叫びと共に飛び上がり、最強の虫技・メガホーンをネイトの腹に叩きつける!! 「ネイトっ!!」 メガホーンの威力は絶大だ。 エスパータイプや草タイプ、悪タイプのポケモンなら、ほぼ確実に一撃で倒せてしまう。 そんな技をまともに食らい、ネイトは激しく地面に叩きつけられた。 「ネイト、しっかりしろっ!!」 アカツキの言葉を受けなくても、ネイトは立ち上がるつもりでいたが、 メガホーンによるダメージは想像していたよりも重く、脚がもつれて思うように立ち上がれない。 「さすがにメガホーンがまともに入っちまうとキツイみたいだな。 よし、ここらで決めるぜ!! アッシュ、もいっちょメガホーン!!」 アラタは口元の笑みを深めた。 アカツキは予想以上に強くなっている。 本選での戦いを見て感じたことだが、実際に戦ってみると、それを何よりも強く実感として受け止めることができる。 旅立って九ヶ月……よくぞここまで強くなったものだ。 ネイトとの絆も、以前とは比べ物にならないほど強固なモノになっている。 しかし、どんなに強くなろうと、簡単に負けてやるつもりなどない。 「ネイト、まだやれるか!?」 「ブイっ……」 そんなこと、言われるまでもない。 アカツキの問いかけに、ネイトは角を突き出して突っ込んでくるアッシュを睨みつけながら頷く。 辻斬り、メガホーン。 二発の攻撃を食らい、体力は限界寸前だ。 それでも、負けられない……負けたくない気持ちはアカツキよりもよっぽど強いと思っている。 だから、ここで立ち上がらなければ。 「…………」 ネイトはまだ戦う意志を棄てていない。 アッシュもそれなりにダメージを受けたようだが、元々の体力からしても、ネイトの方が不利に決まっている。 全力を出して戦っている状態でこれだ……打てる手もかなり限られている。 それでもやらなければならない時が、今なのだ。 闘志という燃料の最後の一滴までも燃やし尽くして戦わなければならない。 アカツキから誘っておいて、無理だからといって中途半端な状態で取り止めるなどありえないことだし、あってはならないのだ。 「よし、まだまだやれるんだな? それなら……やるぜっ!!」 ネイトがまだまだやる気でいるのを認め、アカツキは指示を出した。 「ネイト、アクアジェットから切り裂く攻撃だーっ!!」 「ブイっ……!!」 信頼するトレーナーの力強い指示が、ネイトに力を与えた。 ちょっとでも突付いたなら砕けてしまいそうな足腰に力が漲り、一気に立ち上がる。 やると決めたらやる。 まだまだこんなところで終わらせたくはない。 ようやくアッシュと戦えるところまで来たのだ。 アカツキに教わった戦い方をすべて出しつくしたわけではないし、 旅立ってからネイゼルカップが始まるまでに編み出した技のコンボだってまだ残っている。 こんな中途半端な状態で終わらせてなるものか。 心に渦巻く強い意志が、ネイトの中の何かを変えた。 「ブイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」 ――オレはアカツキの最高のパートナーだ。   あいつがやるって言ってんだから、オレが先にヘバるワケにゃいかねえっての!! ありったけの力を込めて、ネイトは叫んだ。 天をも突き破らんばかりの咆哮が、幾重にもメインスタジアムに反響する。 それはまるで、悲鳴のようで……あるいは力強い決意のようでもあった。 その決意に呼応するかのように、ネイトの身体からまばゆいばかりの光が放たれる。 「……!?」 輝きと言うに相応しい光に包まれたネイトを見やり、アカツキは思わず息を呑んだ。 アカツキだけではない。 アラタ、キョウコ、カイトの三人も同じだった。 「あら……こんな時に始まっちゃうなんてね。 あたしとのバトルの時じゃなくて、良かったわ」 「…………」 キョウコは光の強さに目を細めながら、ため息をついた。 カイトは意味が分からないと言わんばかりに首を傾げたが、驚く四人を尻目に、光に包まれたネイトの身体が徐々に大きくなっていく。 一回り……いや、二回りほど大きくなったところで、音もなく光が弾け――そこにいたのは、以前までのネイトとは明らかに違った姿だった。 「し、進化した……!?」 「ネイトが、フローゼルになった……!!」 「…………? ぶりゅぅ……?」 ネイトが、ブイゼルからフローゼルに進化した。 背丈が伸び、それに伴って体格も立派になったが、全体的にスラリとした格好はそのままだった。 可愛らしさの強かった顔立ちも、進化を経て多分の凛々しさを秘め、首にあった環状の浮き袋は首にかけたタオルのような細長い袋に変わっている。 アカツキとの暮らし、旅に出てからの幾多の苦難を乗り越えて、ネイトはここに来てようやく大輪の花を咲かせたのだ。 まさかここで進化するとは思わなかったのは、ネイトも同じだったようで、変わった自分の身体を戸惑いの目で舐め回すように見やっていた。 「ネイト……やったな♪」 アカツキの顔には満面の笑みが浮かんでいた。 いきなり進化するとは思わなかったが、そもそもネイトはフローゼルに進化しても問題ない……それどころか、進化すべき段階にすでに達していた。 今の今まで持ち越しになっていた理由が気になるところではあるが、 このタイミングで進化してくれたのは、アカツキにとって最高としか言いようがなかった。 「ここで進化するとはな……さすがはネイトと言ったところだが、進化したからって体力が回復するわけじゃねえんだぜ!? アッシュ、このまま決めてやれ!!」 進化の喜びに浸る間は、残念ながらなかった。 アッシュはネイトの進化に戸惑っていたようだが、アラタの言葉に我に返り、メガホーンを放つべく突進してきた。 「よし、フローゼルになったおまえの力、見せてやろうぜ!! ネイト、アクアジェット!!」 進化はポケモンの姿形だけでなく、能力も大きく変わる出来事だ。 基本的に、進化によってポケモンは強くなる。 ブイゼルの時にはできなかったことも、平気でできるようになるし、新しい技を覚えることもできる。 アカツキの声に応えるように、ネイトはキリリとした目でアッシュを見やった。 アラタの言うとおり、進化によって体力が回復することはないが、あらゆる能力が進化前に比べて上昇している。 今なら、アッシュの勢いに競り勝つことも不可能ではない。 「ぶりゅぅぅぅっ!!」 勇ましい声と共に、ネイトは渾身の力で――残された体力をすべて使い果たすような勢いでアクアジェットを発動した。 「なっ……!!」 ブイゼルの時とは比べ物にならない勢いに、アラタは顔を引きつらせた。 進化によって体力が回復することはない。 ネイトは戦闘不能寸前のダメージを受けているはずだが、全快時を上回る勢いを出せるのはなぜか……? 進化による能力上昇もあるだろうが、それ以上にネイトの負けん気の強さが存分に発揮された結果だろう。 「でも、アッシュは負けないぜ!! 行けっ!!」 フローゼルとヘラクロスを比べてみれば、攻撃力ではヘラクロスに分がある。 ネイトとアッシュの距離がぐんぐん縮まり、互いの渾身の一撃がフィールドの中央で炸裂した!! どォんっ!! 雲を引き裂き、天をも穿たんばかりの轟音と共に、ネイトとアッシュは大きく吹き飛ばされた。 「ネイト!!」 「アッシュ!!」 フィールドに激しく叩きつけられたポケモンの名を叫ぶ。 メガホーンとアクアジェットがぶつかり合って、両者の力が如何なく放出されたことで、互いにダメージを受ける結果になったようだ。 しかし、受けたダメージの割合は、ネイトの方が圧倒的に大きかった。 「ぶりゅぅぅぅぅぅ……」 ネイトは仰向けに倒れたまま呻くと、だらりと肢体を投げ出して気絶した。 一方、アッシュはよろよろと立ち上がり、仰向けに倒れたネイトを睨みつける。気迫は微塵も衰えていないが、足元は小刻みに震えている。 アカツキは目を回して気絶したネイトを見やり、アラタに向かって言い放った。 「……兄ちゃん、オレの負け!!」 これ以上は戦えないと判断して、ネイトに駆け寄る。 モンスターボールに戻すのが一番手っ取り早いのだが、今はそれよりも先に、じかに労ってやりたかった。 アカツキはネイトの傍で膝を折ると、小さな声で呼びかけた。 「ネイト、大丈夫か?」 大丈夫なはずはないのだが、ネイトはトレーナーの声に意識を呼び覚まされたのか、うっすらと目を開いた。 「ぶりゅぅぅ……」 ――オレ、精一杯戦ったぞ。見ててくれただろ? ネイトはうっすらと開いた目でアカツキを見上げ、ニッコリと微笑みかけた。 「うん。ネイト、やっぱおまえはすげーよ。 進化までしてくれちゃってさ……ホント、ありがとな。 今はゆっくり休んでてくれよ。後でまた遊ぼうな」 アカツキは大きく頷くと、ネイトをモンスターボールに戻した。 フローゼルに進化しても、ネイトの屈託のない笑顔はまるで変わっていない。 ポケモンの中には、進化によって性格が変わるものもいると言うが、ネイトに限って言えば、どう考えても変わりそうにない。 コイキングがギャラドスに進化する時には、脳細胞が組み替えられることで凶暴な性格に豹変するそうだが、心理面においてはほとんど変わらないのだ。 「ふぅ……」 ネイトが進化してくれた。 今まで頑張ってきたことが報われたような気がして、アカツキはとてもうれしかった。 アラタとの勝負には負けてしまったが、そんなことはまったくと言っていいほど気にならなかった。 全力で戦えたし、ネイトだって悔いのある表情は見せなかった。 それなのに、アカツキが悔いを残していたのでは、全身全霊を賭して戦ったポケモンに申し訳が立たないではないか。 ゆっくりと立ち上がり、アカツキは空を仰いだ。 燦々と降り注ぐ陽光はまぶしく、それでいて汗ばむような熱気をもたらすが、バトルで火照った体と心を冷やすように、涼風が吹きつけてくる。 「ネイゼルカップは終わったし、兄ちゃんとも戦えた。満足だぜ♪」 今まで重ねてきた努力が、最高の形で実ったと言ってもいい。 最後の最後で負けてしまっても、大事なのはアカツキやポケモンたちが心の底から満足することだ。 『自己満足』と否定的な言葉を投げかけられても、まったく気にならない。 満足感に浸っているアカツキに、アッシュを戻したアラタが歩み寄った。 キョウコとカイトも、フィールドに上がって駆け寄ってきた。 「アカツキ」 「兄ちゃん……」 声をかけられ、アカツキはドキッとして振り向いた。 すっかり満足感に浸りこみ、突然声をかけられてビックリしてしまった。 だが、アラタが向けてくる笑みに触れ、自然とアカツキの表情にもいつもの明るさが戻っていた。 「実際に戦ってみると、やっぱ強くなったんだなあって思うぜ。 兄弟なんて情を抜きにしてやってみるとまあ、なかなかどうしてたいしたモンだ」 アラタは笑みを浮かべたまま言うと、おもむろに手を差し出した。 「…………」 握手しようと言うのだ。 言葉にこそ出さなくても、その意味が分からないほどバカではない。 一トレーナーとして精一杯戦えたことに満足し、相手の強さに敬意を払ったからこそ、自然な形で握手を求められるのだ。 「兄ちゃん、オレのこと認めてくれてんだ……」 辛いことだってあったし、逃げたくなることだってあった。 みんながいてくれたから、乗り越えてくることができた。 自分一人の力だけでは、恐らく何もできなかっただろう。 みんなで力を合わせて、ここまで来た。 アラタに笑顔で認められ、握手を求められた……敬愛する兄に認められて、アカツキは今にも飛びあがらんばかりの喜びに胸を満たしていた。 「ありがと、兄ちゃん。やっぱり兄ちゃんは強いよ、今のオレじゃ、まだまだ敵わない」 「まあな。おまえに簡単に負けちまったら、スクールを卒業した意味ねえもん」 アカツキが差し出された手を握ると、アラタは笑みを深めた。 一トレーナーとして、素直にアカツキの実力を賞賛できる。 旅に出るまでは素人もいいところだったのに、九ヶ月という、決して長いとは言えない期間でここまで成長した。 アカツキの素質がずば抜けていることを考慮したとしても、並々ならぬ努力がなければ、ここまで実力を押し上げることはできなかったはずだ。 ……だからこそ、この場に至ってネイトがフローゼルへの進化を果たした。 「だけど、ガンバりゃ兄ちゃんにも勝てるって分かったよ。次は絶対勝つから!!」 「おう、楽しみにしてるぜ」 次はもっとマシなバトルをしたい。 ネイトがフローゼルに進化した今なら、以前では試せなかった技の組み合わせで戦うことができるはずだ。 能力も劇的に上昇したし、威力の高い技で発生する身体への負担もかなり軽減されているだろう。 いつ、どこで戦うことになるかは分からないが、次に戦うまでには、もっともっとポケモンを強く育て上げ、トレーナーとしても強くなっていたい。 笑みを向け合いながらも、アカツキの心はすでに、アラタと次に戦う時へ向かって飛び始めていた。 ワクワクドキドキした心を宥め透かせていると、横からキョウコとカイトが口を挟んできた。 「なかなかいいバトルを見せてもらったわよ」 「うんうん。ネイトが進化するなんて、マジで驚いたよ」 バトル中は何も言わなかったし、当然のことだが手出しもしてこなかった。 アカツキもアラタも、まだいたのかと言わんばかりの眼差しを二人に注ぎ、言葉を投げかけた。 「あれ、おまえらまだいたのか?」 「てっきり帰ったと思った」 バトルに集中していたせいで、二人の存在がスッポリと抜けていたのだ。 ある意味、散々な言葉を投げかけられ、キョウコの眉が十字十分の形に吊り上がった。 「なによーっ!! あんたたち、揃いも揃ってバトルに集中しすぎなのよ!! これだから野蛮人は……あーあ、褒めて損したわ!!」 肩を怒らせ、唾など飛ばしながら怒声を発するキョウコ。 「まあまあ……落ち着いてよ」 カイトは腰を抜かしかけたが、すぐさま彼女の肩に手を置いて宥め透かす。 火薬のように、火がついたら一気に爆発する彼女の性格はどうにかならないかと思ったが、口にするほど簡単なモノではない。 「なかなかすごいバトルだったよ。できれば、本選で観たかったけどね」 「過ぎた話したってしょうがないって。オレも兄ちゃんも満足してるから、それでいいじゃん」 キョウコの肩を軽く叩きながらカイトが言うと、アカツキはサバサバした表情で答えた。 「それで……これからどうする? ネイゼルカップも終わっちまったし……」 できれば、本選で戦いたかった。 それはアカツキではなく、誰よりもアラタが悔やんでいることだろう。 触れられて辛いことではないが、できれば触れられたくはない。 もっとも、カイトに悪気があったとは思えないから、彼を責めようとは露ほども思わないが。 それよりは、ネイゼルカップが終わった今、これから先何をするのかを考えていかなければならない。 アカツキは「これからどうする?」というアラタの言葉に、再び空を見上げた。 流れていく雲が、時の流れを感じさせる。 ネイゼルカップが終わったからと言って、立ち止まることは許されない。 ……今を生きている限りは、未来へ向けて歩き出さなければならないのだ。 アカツキがしみじみと考えに耽っているのを余所に、 「そうね……」 あっという間に火薬が爆発し尽くしたらしく、キョウコはあっさりと冷静さを取り戻していた。 口元に手を宛てて、これからの日々に想いを馳せる。 「あたしは今年の雪辱を果たしたいからね。さっさと来年に向けて動き始めるわ」 「おまえらしい考え方だな」 「当然よ」 ポツリと漏らしたところにアラタから突っ込まれ、キョウコは胸を張った。 傲慢とも取れる姿勢だが、何者にも屈しないその自信が、彼女と彼女のポケモンを激しく燃え上がらせる原動力になっているのだ。 「そういうあんたはどうなのよ。 来年こそは、決勝であたしにコテンパンにされるんだから。ちゃんとそのための準備くらいしときなさい」 アラタの褒め言葉(?)に気を良くしたのか、キョウコは挑発的な視線を彼に向け、トゲの生えた言葉を返した。 「けっ、ほざいてろよ。逆に、おまえをボコボコにしてやんよ」 「うふふふふふ……」 すかさず球を打ち返され、キョウコは怯むかと思いきや、むしろ不敵な笑みを浮かべ、アラタと睨み合っている。 見えない火花が激しく散る中で、カイトは先ほどからぼーっと空を見上げたままのアカツキに話しかけた。 「アカツキはどうするの?」 「オレ? そうだなあ……やりたいことはあるんだけどさ」 「どんなこと?」 アカツキはカイトに顔を向けたが、彼は瞳をキラキラ輝かせ、興味津々と言った様子で詰め寄ってくる。 ――そういうカイトはどんなことがしたいんだ? 言い返してやろうかと思ったが、この分だと先にアカツキが答えなければならなそうだ。 観念して、ため息混じりに答えた。 「旅をしてきて、いろいろ感じたことがあるんだ。 ……ネイゼル地方だけじゃなくて、他のポケモンのことももっと知りたい。 だから、また旅に出ようかな」 「そっか……ネイゼルカップはどうするんだ?」 「んー、来年は無理かも」 ネイゼルカップに出られたし、アラタとこうして相見える(あいまみえる)ことができただけでも十分に満足している。 できれば来年も出たいところだが、ネイゼルカップよりも優先すべきことがアカツキにはあった。 どこか訝しむような眼差しを向けてくるカイトに微笑みかけて、アカツキは正直な気持ちを口にした。 「だって、ドラップみたいな想いをするポケモンが、まだたくさんいるんだから。 オレは、人とポケモンが仲良くなれるようにガンバりたいんだ。 だから、また旅に出るよ」 最終章へと続く……