シャイニング・ブレイブ 最終章 出会い、別れ、そして旅立ち(2) アカツキは家に帰るなり、すぐさま自室に閉じこもった。 明日からまた旅に出るのだ、準備をしなければならない。 しかも、今回はネイゼル地方を離れ、本島の北に位置するシンオウ地方へ向かうのだ。 すぐにはネイゼル地方に帰ってこられないし、準備は完璧にしておく必要がある。 ……とはいえ、前回の旅で使用した道具がリュックに入ったままの状態で置いてあるため、 傷薬やモンスターボールといった道具がちゃんと揃っているか確認するに留まった。 「うん、こんなトコだな♪」 アカツキが準備している間、ポケモンたちは決して広いとは言えない室内でゆっくりくつろいでいた。 慣れた様子の皆と違って、エンジに限ってはどうすればいいのか分からずに困っているようだった。 大所帯で過ごしたことはあっても、周囲に委縮して、自分からは何もしようとしなかったのだ。 何をすればいいのか分からなくて困るのは当然のことだった。 しかし、ネイトをはじめとするポケモンたちがいろいろと親切に接してくれた。 アカツキが準備を整え終える頃には、エンジもネイトたちにそれなりに心を開いていた。 誠意をもって話をすれば、ポケモンでもちゃんと心が通じるのだ。 「とりあえず道具は揃ってるし、問題なしっと」 パンパンに膨れたリュックを机に置いて、アカツキはベッドに腰を下ろした。 すかさずエンジが飛びついてくるが、ちゃんと受け止めてやった。 キサラギ博士の研究所から戻るまでの間にいろいろと話をしたこともあって、アカツキには良く懐いている。 アカツキとしても、懐かれている以上悪い気はしない。 自分と共にいる環境に慣れてもらわなければ困るから、しばらくは好き勝手にさせてやるつもりだ。 ……が、今はエンジだけに構っていられる状況ではない。 「みんな、ちょっと話があるんだけど」 アカツキはこの場で話すことにした。 兄アラタはすでに旅立っているし、平日の昼間は、両親は仕事に出かけていて家にはいない。 もっとも、これから話すことは他人に聞かれて困るものではないが、それでも自分たち以外誰もいない場所の方がいろいろと好都合だった。 言葉に、全員の視線が遍く集中する。 アカツキが改まった口調で言うものだから、アーサー以外の六体は「何が始まるんだ?」と、訝しげな眼差しを向けていた。 (なるほど……ここで話すということか。よほど重いことのようだな) 何を言われても、今さら驚いたりはしない。 そんな気構えで、アーサーは壁に背をもたれながらアカツキの言葉を待っていた。 帰り道、かなり明るく楽しく騒いでいたが、心の中ではいろいろと考えていたに違いない。 『波導』を探っていれば、それくらいのことは手に取るように分かる。 「ぶりゅ? ぶりゅぶりゅ〜?」 ――一体何なんだ、改まって。 リーダーでもあるネイトが訊ねると、他のポケモンたちも小さく頷いた。 先ほどまで笑みを浮かべていたアカツキの顔は、何かを決意したように引き締まっていた。 口元を真一文字に結び、目つきは普段の陽気さなど感じさせないほど鋭く尖っている。 室内に、ピンと張りつめた空気が流れる。 「……ヒコっ?」 ただ一人、エンジだけは空気を読めずにいた。 どうしてこんな空気が流れているのか、理解できなかったからだ。アカツキの抱える事情を知らないのだから、当然と言えば当然だ。 胸にしがみついているエンジが不思議そうな顔で見上げてくることなど意に介さず、アカツキは思い切って切り出した。 「明日から、また旅に出る。 ……だけど、今回はすごく遠い場所に行くから、みんなを連れてけないんだ。 ドラップとアリウスは……家族と一緒に暮らした方がいいと思うから」 『……!!』 清流のような穏やかな声音で紡がれた言葉は、しかしポケモンたちに一律の衝撃をもたらしていた。 特に、名指しで言われたドラップは動揺を隠せずにいた。 アカツキの仲間に加わって間もないエンジは何を言われているのかよく分かっていないようで、きょとんとした表情で一同の顔を見回している。 全員が言葉を失っている間に、畳みかけるようにアカツキは言った。 「オレ、ずっと考えてたんだけどさ。 ドラップには奥さんや子供がいるだろ? アリウスにも、血はつながってないかもしれないけど、一緒に暮らしてきたエイパムたちがいる。 大事な家族をほったらかしにして、いつまでもオレたちと一緒にいちゃダメなんだよ」 「ごぉぉぉぉ!! ごぉ、ごぉぉっ!!」 言葉で横っ面を張り倒されたような衝撃を受けながらも、ドラップはハサミをガチャガチャ言わせながらアカツキに迫った。 ――確かに家族は大事だが、アカツキたちのことも大事に思っている。 俺にとっては両方が家族で、かけがえのないものだ。 だからこそどちらかを選ぶことはできない。 ドラップは声を張り上げたが、アカツキはまるで動じることなく、そっと頭を振った。 「違うよ。ドラップはフォレスの森でオレたちと出会って、それからはソフィア団といろいろあったじゃん。 その時は、家族がいるなんて知らなかったからさ。 でも、今は違う。ドラップには大事な家族がいるんだよ? いつまでもパパがいないんじゃ、スコルピたち、本当に寂しくてグレちゃうかもしれない。 ドラップはそれでいい?」 自分でも、ずいぶんときついことを言うものだと思った。 しかし、これくらい言わなければならないのだ。 いつまでも大切な家族をほったらかしにして、アカツキたちと共に旅を続けることなどできはしない。 もしドラップがその道を貫こうとするなら、家族を捨てることになるのだ。 どちらも大事に思ってくれるのはうれしい。 それでも、いつかはどちらかに決めなければならない。ドラップの身体は一つしかないのだ、両方を満足させることは無理に決まっている。 「…………」 ネイトたちは、アカツキとドラップのやり取りを黙って聞いていた。 感受性豊かなリータなど、不安げな表情で二人の顔を交互に見つめていたが、口出しはしなかった。 アカツキは真剣な面持ちで、ドラップの目をまっすぐに見据えながら言葉を続けた。 「勝手なこと言ってるって自覚はあるつもりだよ。 でも、ドラップには家族がいるんだから、大事にしなきゃダメだ。 ……奥さんや子供を捨ててまで、オレたちと一緒に来るなんて無理だろ。 そっちの方が、ドラップやドラップの家族にとっては幸せなんだって、オレは思うからさ。 寂しいけど、それでドラップが幸せになってくれるんだったら、オレはいくらでも我慢する」 そこまで言われて、ドラップはようやく折れた。 長い腕をだらりと垂らし、うつむく。 沈痛ですらある面持ちを、アカツキはじっと見ていた。 ポケモントレーナーは、ポケモンの幸せを第一に考えなければならない。そのためには心を鬼にすることもある。 ……しばし、沈黙が部屋を満たした。 誰も、何も言わない。 ドラップにかけてやれる言葉など、見つかるはずもなかったからだ。 ドラップと同じく槍玉に挙がっているアリウスなど、エイパムたちと暮らせるなら……と割り切っているようだった。 アカツキや彼の仲間たちのことは大好きだが、アリウスにとってはエイパムたちと身を寄せ合って暮らしてきた年月の方が大事なのだ。 ドラップほどアカツキに入れ込んでいるわけでもないし、語弊はあるが、それほどの執着はない。 (恨まれちゃうかもしれないけど……でも、ドラップがそれで幸せになれるんだったら、オレはいくらだって悪役になったっていい。 ……アリウスはそうでもないみたいだけど) アカツキはドラップとアリウスの表情を交互に見やった。 アリウスも、ドラップと同じようにアカツキと別れることを気にしているようだが、 エイパムたちとまた一緒に暮らせることに何気に心を躍らせているようだ。 やはり、問題はドラップだろう。 ネイトやリータたちは特に何も言わないが、内心ではかなり動揺しているはずだ。 彼らはとりあえず放っておいても問題ない。 これは、アカツキとドラップの問題なのだから。 (でも、今のじゃまだ足りないよな。もっと、ちゃんと話さなきゃ) アカツキは拳を握りしめた。 たった数秒の話ですべてを理解し、自らの行くべき道を定められる者などいるはずがない。 ドラップはアカツキとは比べ物にならないほど大人だが、それでも迷っているのだ。 だから、ドラップと二人きりで話をしなければならない。 互いに、笑顔で別れられるように。 「ドラップ、ついてきてくれないかな。ちゃんとした形で話、したいんだ。 みんなはここで待ってて。 ……盗み聞きなんてするなよ。そんなことしたって分かっちゃうからな。 アーサー、エンジを頼むよ」 アカツキはエンジをアーサーに託すと、部屋を出た。 ドラップはアカツキの言葉に思いのほか素直に従い、彼について部屋を出た。 廊下を抜けて、家の裏庭へ場所を移す。 二人きりになってからは、ネイトたちに見られていないという安心感があるのだろう。ドラップはじっとアカツキの目を見つめてきた。 その視線に、先ほど見せた混乱は微塵ほどもなかった。 アカツキは口の端に笑みを浮かべて、ドラップを見つめ返す。 辛くても、笑わなければならない時がある。それが今なのか、それとも近いうちに訪れる別れの時なのかは分からないが。 さぁぁぁ…… そよ風が背丈の低い草を薙ぐ音を耳に挟みながら、アカツキは切り出した。 「ドラップと出会ったのって、フォレスの森だったよな。 すごくカッコいいポケモンがいて、絶対ゲットしてやるって思ったんだよ」 言いながら、その時のことを思い返す。 ネイゼルカップに出場して、兄アラタと戦うために。 希望を胸にネイトと共に旅立った頃のアカツキには、ソフィア団との戦いや、ネイトとの辛い別れが訪れることなど考えられなかった。 フォレスの森に立ち寄った時にミライ、リータと出会い、 ミライの話を聞いて彼女の力になろうと思ったのが、こんな足跡を刻むきっかけとなった。 忘れられた森にあるソフィア団の本拠地から逃げ出して南下してきたドラップと出会い、戦いを挑んだ。 苦戦を強いられながらも、ミライの力添えもあってなんとかゲットできた。 しかし、それからだ。 ドラップをダークポケモンの研究の実験台にしていたソフィア団との険しい戦いが始まったのは。 今にして思えば、本当に大変なことばかりだった。 ダークポケモンという凶器を差し向けられ、何年も共に暮らしてきたネイトがダークポケモンになってしまい、何度も傷つけられて。 すべてが終わった今だから、こうして落ち着いて振り返られる。 「ドラップをゲットしなかったら、いろんなことを知らないまま旅してたんだなって思うんだ。 だから、オレはドラップと出会えて本当によかったって思ってるんだぜ」 「ごぉぉぉ……」 アカツキの言葉に、ドラップは「俺も同じだ」と返した。 出会った頃は「何こいつヘラヘラ笑ってんだ」と思って、自分の置かれた状況も知らないくせに馴れ馴れしくしてくるアカツキのことが嫌いだった。 しかし、フォレスタウンで身体を張って守ってくれたことで、彼への気持ちがガラリと変わった。 小さな身体で、だけど精一杯の力で守ってくれた。 出会ってほんの数日しか経っていないのに。増してや、嫌って無視さえしていたのに。 それからは、ドラップもアカツキを受け入れ、彼のために頑張っていこうと思ったのだ。 だから、出会えて本当に良かったと思っている。 だから……離れるのが辛い。 ドラップの心を読んだように、アカツキは笑みを深めてこんなことを言った。 「ドラップ。オレはキミのことが大好きだ。 だから、幸せになってほしいな。 奥さんや家族も待ってる。それに、ずっと会えないわけじゃないだろ? ライオットの背中に乗って飛んでけば、すぐに会える。 ずっと離れ離れでいるわけじゃないんだから、そんな顔しないでくれよ。 ネイトたち、ずいぶん戸惑ってるけどさ……でも、ちゃんと分かってくれてる。ドラップが幸せになるんだったらって、分かってくれてるんだよ。 だから……みんなのところに戻って、みんなを幸せにしてやってくれよ。 それができるのは、ドラップだけだよ」 「ごぉぉぉぉ……ごごぉぉ……」 「スコルピたちにとってさ、世界で一人のお父さんはドラップだけなんだ。 だから、帰ってあげよう。オレたちなら、大丈夫だから。な?」 「ごぉぉぉぉぉぉぉ……」 アカツキが腕を広げると、ドラップは迷うことなく彼に抱きついた。 身体の大きさは比べるまでもないのだが、ドラップは長い腕をアカツキの背中に回して、ギュッと抱きしめた。 それから……声を隠すことなく泣いた。 自分の方が大人だと思っていても、実際はどうだ? アカツキの方がよほど大人じゃないか。 別れは寂しいが、それでも自分のことを考えた末の結論なのだ。 妻子にとっては、自分は唯一の夫であり、父親。妻子を幸せにしてあげられるのは、父親として接してあげられるのは世界で自分だけ。 ドラップよりも早くその事実に気づいて、家族のもとに戻るようにと言ってくれた。 そんな彼に、自分は何ができる? 数えきれないほどの恩を受けたのに、自分は彼にどんな形で報いてやれる? 考えるだけで、涙があふれてきた。 「ドラップ。オレたちはドラップのこと大好きだから。 ……奥さんや子供を幸せにしてやってよ。それから、ドラップも幸せになってくれ。 ドラップのことだから、オレに何かしてやれたかって考えてるかもしれないけど、 ドラップが幸せになってくれることが、オレには一番うれしいんだ」 ポケモンの気持ちを敏感に感じ取れるアカツキだからこそ、ドラップの胸中を見事に言い当てていた。 ポケモンをポケモンとしてではなく、仲間として、家族として、友達として大切に思ってくれている彼と共にいられた時間は、何よりも大切。 ドラップはただ、彼の小柄な身体を抱きしめたまま、泣きじゃくるばかりだった。 アカツキは何も言わず、ドラップが泣きやむのをじっと待っていた。 「オレ、本当に嫌なこと言ってるなあ……でも、これがドラップにとって一番の幸せだって思うから、後悔だけはしない」 ドラップと出会ってから今までの思い出――思い出と呼べるほどの時間は過ごしていないが、少なくともかけがえのない大切なものだと思っている。 それらを振り返りながら、アカツキはじっと待っていた。 そしていつしか、時は過ぎていき…… 夜が更けて、カーテンが下ろされた室内にわずかに差し込む月明かり。 「…………」 目を閉じてから虫の声を聞き続け、一体何時間が経ったのか。 いつまで経っても耳に虫の声が入り続けて、寝付けないのだということに気づく。 ドラップは音を立てないようゆっくりと身を起こし、室内をゆっくりと見回した。 決して広いとは言えない六畳一間に、アカツキと彼のポケモン八体が雑魚寝状態。 明日、朝早くに旅立つのだから、本来ならちゃんと休んで、体調が万全の状態で旅立たなければならない。 それは言われなくても分かっていることだし、明日はドラップにとって悲しくも輝きに満ちた未来への第一歩を踏みしめる記念すべき日になるのだ。 明日という日の重要性は、誰よりもドラップ自身が理解している……のだが、気持ちが落ち着かない。 かといって、出歩いては皆に迷惑がかかるだろう。どうしたものかと思っていると、 壁に背をもたれかかった状態で座っているアーサーが視線を向けてきていることに気づいた。 ――眠れないのか? 相も変わらず硬い表情だが、視線でそう話しかけてきていることはすぐに分かった。 ドラップが小さく頷くと、アーサーは「やれやれ」と言いたげに小さく息をつき、そっと立ち上がった。 物音は立たなかったものの、周囲の空気の流れが変わったことで動きに気づいたのだろう……ポケモンたちが目を覚ました。 「大丈夫だ。外でドラップと話をしてくる。おまえたちはアカツキの傍にいてやれ」 アーサーは小声で言うと、ドラップと共に外に出た。 まさか二人きりで話をすることになるとは思わなかったが、むしろ相手がアーサーなのはありがたい。 ネイトでも悪くないが、彼は嫌でもアカツキ寄りだ。 だから、多少はアカツキ寄りでも、中立の立場を謳っているアーサーの方が、腹を割っていろいろと話ができる。 すでにアカツキとは話をつけたのだ。 だから、彼とこれ以上話をしてはならない。互いに、未練が残ってしまうから。 家の裏庭までやってきたところで、アーサーが口を開いた。 「ドラップ、まだ踏ん切りがつかないのか? ……仕方のないことだとは思うが、すでに決めたことなら、凛然とした態度で、あいつに不安を抱かせないように毅然と胸を張って別れろ。 おまえならできるだろう? ……それに、アカツキの気持ちを察しているからこそ、おまえも別れることを選んだのではないか」 「ごぉぉぉぉ……」 アーサーの言葉は正しい。 正しいと分かってはいるが、ここまで来てまだ迷っている。 不甲斐ないことだとは思うが、アカツキと出会い、彼と共に旅をしてこなければ、こんな気持ちを覚えることすらなかっただろう。 こんなにも悩んだり、別れたくないと思うこともない。 虫の声が聴こえる。 目のやりどころにも困って空を見上げると、夜空のカーテンには無数の星が瞬き、月が輝いている。 ドラップが苦心していることも知らないように綺麗な夜空だ。 無性に恨めしくなったが、どうしてだろう……空を見上げていると、悩んでいることも馬鹿らしく思えてくるのだ。 ドラップが夜空をじっと見上げているのを、アーサーは黙って眺めていた。 心の整理がついていないのはドラップだけだ。 アカツキは言い出す前に決めていたようだし、ネイトたちもアカツキがドラップと一緒に戻ってくるまでには気持ちを固めていた。 これがドラップの幸せになるのならと、半ばアカツキの独断で決めたことを容認する構えを見せている。 かく言うアーサーも、家族がいる以上、ドラップが家族を捨ててまでアカツキと行くか、 アカツキたちと別れて家族を大切にするか、その二択しかあり得ないと分かっていた。 だから、二人で話し合って決めたことなら、よほど間違った考え方でない限りは賛同するつもりでいた。 話をつけたと思っていたが、ここまで来ても、ドラップは最後の一線を越えられずにいるらしい。 それなら、明日の朝が訪れる前に、何とかしてやらなければならない。 互いに幸せな未来を手にするために、ここで一肌脱いでやる必要があるかもしれない。 そう思って、連れ出した。 「ドラップ、おまえとアカツキの馴れ初めは聞いている。 それゆえ、おまえがアカツキを大切に思うことも理解している。 しかし、大切にするというのは、優しいだけではダメなのだ。互いの幸せのために、敢えて別れを選ばなければならないこともある。 ……それが、今だ」 「ごぉぉぉ、ごぉぉぉぉぉ……」 「分かっているのなら、素直に割り切れ。 ここで別々の道を選ぶことが、互いにとっての最大の幸せに通じている。理解しているのだろう? ならば、迷うな。 おまえが迷えば、アカツキの決心が鈍るようなことにもなりかねない。それだけは、おまえも望んではいないはずだ。 簡単なことではないだろうが、胸を張れ。燦然とした笑顔で、大きく手を振って、互いの幸せを祈りながら行け。 ……それがあいつへの最大の恩返しになると、私は考える。 おまえがどのように受け止めるかは、別だがな」 アーサーは何やら物言いたげなドラップに背を向けると、そのままアカツキの家へと戻っていってしまった。 多くを語れば、それはそれで彼の理解も深まるだろう。 しかし、最終的に自らが決断しなければならない以上、誘導尋問的なやり方で進めていくことはできない。 アーサーの姿が見えなくなってからも、ドラップはじっと見えなくなったアーサーの背中を見つめていた。 ――それくらい、言われなくても分かっている。 簡単に割り切れるくらいなら、最初からこんな風に考えたりはしていない。 自分のことではないと思って、気楽に言ってくれる…… ぶっきらぼうなアーサーの態度に反発さえ覚えながらも、それが真理であることをドラップ自身が誰よりも理解していた。 だから…… 夜空に浮かぶ月は、神秘的でありながら、白く冷たく輝いていた。 一人佇むドラップの決心を試すように、ただ無言で。 時は立ち止まることを知らない。 風が、常にどこかで吹き続けているように。 一つの物事が終わり、そしてまた別の物事が始まる朝は、静かに――そして呆気なく訪れた。 来るべくして来たのだから、誰もそれに文句など付けられるはずもない。 カーテンの隙間から差し込んだ朝陽に照らし出されて、アカツキは目を覚ました。 「ん〜っ……みんな起きてたんだ、早いな〜」 目を覚ました途端に、ポケモンたちが顔を覗き込んできていることに気づいて、苦笑い。 元気そうなポケモンたちの顔に、眠気など一気に吹き飛んだ。 バネのように勢いよく身を起こし、すぐさま着替えに取り掛かる。 旅をしていた頃−−今日からまた旅に出るのだが――と同じ服装だが、むしろその方が余計な気負いもせずに済みそうだ。 着替えが終わり、昨日のうちに準備していた荷物を背負う。 ……と、アカツキは先ほどからドラップがじっとこちらを見つめていることに気づいた。 微動だにせず、ただ食い入るように、見つめてくる。 「ドラップ、昨日は何かあったのかなあ……? オレと話してる時は、分かってくれてたみたいだけど……」 怪訝に思ったが、少なくとも彼の目を見る限り、将来を悲観したり、もっと一緒にいたいと駄々を捏ねてくることはなさそうである。 実際、アカツキが高鼾を欠いている間に、ドラップがアーサーに諭されていたことなど知らないのだから、そう思うのは無理もなかった。 アカツキは何も言わず、ただドラップにニッコリ微笑みかけてから洗面所に向かった。 甘えん坊のエンジが胸にしがみついてきたが、無理やり引き剥がすわけにもいかないので、好きにさせておいた。 リータが背後で何やら面白くなさそうな雰囲気を放出していたが、こればかりは仕方がなかった。 洗面所に着いて、歯を磨き始めたアカツキの顔を見上げて、エンジが首を傾げる。 「ヒコ?」 何気ない表情。 エンジが疑問に思ったのは、アカツキの口の端から出てくる泡だった。 歯磨き粉をつけた歯ブラシで歯を磨いていると、時々泡が出てくるものだ。 それを至近距離から見たことがなかったため、疑問に思っていたに過ぎない。 しかし、エンジはポケモンバトルをはじめ、あらゆる経験が少ないポケモンだ。 キサラギ博士曰く、生まれてから一月しか経っていない子供とのことで、日常生活すら新鮮味にあふれているとのこと。 だから、アカツキは敢えて取り合わなかった―― というよりも、この状態で反応などしようものなら、エンジに泡を吹きかけてしまうことになりかねない。 歯磨きと洗顔が終わってから、質疑は一括して受けつけることにした。 「エンジ、歯磨きってそんな珍しい? ナミ……って言ったっけ? その人のところじゃ、そういうの見かけなかった?」 「ヒコ、ヒコヒコっ♪」 「そうなんだ……四天王って大変なんだなぁ」 「ヒコっ♪」 「でも、その人のことは好きだって? おばさんの話聞いたけど、ずいぶんといい人みたいだし……いつかカントー地方に会いに行ってみるのもいいかもな。 ……今、やるべきことが終わったら、カントーに行こうな」 「ヒコ〜っ♪」 噛み合っていない会話も、アカツキにかかれば完璧な意思疎通に早変わり。 エンジ曰く、日常生活の些細なことでも見慣れていないらしく、見るものすべてを新鮮に思うのだそうだ。 彼の前のトレーナー……カントー四天王の一人(ナミという名前らしい)は肩書きのせいでいろいろと忙しいらしく、 顔を洗うのだって一人でさっさとやってしまうとのことで、エンジは彼女の日常生活をほとんど垣間見ていなかったらしい。 しかし、ポケモンに対する愛情にあふれた人らしく、エンジは彼女のことを純粋に尊敬しているとのこと。 それはそれでいいことだと思ったので、アカツキはホウエン地方での冒険が終わった後で、 エンジが尊敬しているそのトレーナーに会いに行ってみるのも悪くないと考えた。 ただ、今はやるべきことがある。 どれだけ時間がかかっても。 だから、それが終わってから。 タオルで顔を拭いて、次に向かったのはリビングだ。 両親は最近仕事が特に忙しいらしく、時々帰ってこないことがある。 二日前も徹夜で仕事をして、戻ってきたのが翌日の昼過ぎだった。 静まり返った廊下を早足で歩いてリビングに向かうと、案の定と言うべきか、リビングには誰の姿もなかった。 昨日の朝と同じ景色があるばかり。 「帰ってないんだ……しょうがないなあ」 アカツキは両親が今日も帰っていないことに少しばかり呆れながらも、テーブルの上に置かれたバスケットからバターロールを五つ取って、手早く平らげた。 成長期まっただ中の男の子の朝食にしては悲惨と言うほかないが、 旅をしている間は野宿で缶詰を食して過ごしたこともあったし、いざとなればポケモンセンターで栄養価にあふれたモノを食べればいい。 アカツキがあっという間にバターロールを平らげたのを見て、エンジは目を丸くしていた。 開け放った口などそのままだったが、アカツキは気にせず部屋に取って返した。 「そんじゃ、行くぜみんな」 いつ彼が戻ってきてもいいように支度(?)を整えていたのだろう。 ポケモンたちは部屋に入ってくるなり投げかけられた言葉に笑顔で頷いた。 開け放たれた扉を、アカツキの後ろについてポケモンたちがぞろぞろと列を作って歩いていく。 エンジは相変わらずアカツキの胸にしがみついていたが、子供ということもあるし、 まだネイトたちに慣れていないこともあって、誰も文句は言わなかった。 さすがに、リータは頬を膨らませていたが、実力行使まではしてこなかった。 そこまでしてしまっては大人げないし、エンジに「おっかないお姉さん」と思われるのも嫌だった。 アカツキのことは大好きだが、仲間を傷つけるようなことがあっては、彼に嫌われてしまうだろう。 さすがに、リータとしてもそこまでは望んでいなかった。 「さ〜て……と」 アカツキは背後で彼女がそんなことを考えているとは露知らず、家を出て少し進んだところで足を止めて振り返った。 ――どうして足を止めた? と言いたげなネイトとアーサーの視線を受けて、ライオットとラシールに視線をやった。 「ライオット、ラシール。 トレーナーって六体しかポケモン連れ歩けないからさ。 しばらくおばさんの研究所で待っててもらえないかなあ? 後で必ず呼ぶからさ」 「なぜそれを最初に言わない」 「忘れてたんだよ。でも、置いてくわけじゃないから」 「……まあ、いい」 今さらそんなことを言うのかと、アーサーは目を剥いていたが、アカツキがどうしようもない子供だと今さらのように気づいて、閉口した。 何を言っても無駄だろうと思って。 口を尖らせるアーサーとは対照的に、アカツキから指名を受けたライオットとラシールは素直に頷いていた。 トレーナーの仕来りなどはよく知らないが、連れ歩くポケモンの数に制限があると言われてしまっては、どうしようもない。 それに、置いていかれるわけではないし、いざとなれば野生ポケモンに紛れて追いかけたりしてみればいい。 しかし、ここでしばらく待機するということは、アリウスやドラップとはここで別れるということ。 アカツキが言葉をかけなくても、それくらいは互いに理解しているのだろう。 羽ばたいた二体の前に、アリウスとドラップが躍り出た。 「キキッ、キキキッ♪」 「ごぉぉぉぉぉ……」 ――しばらくは会えなくなるが、元気でやれよ兄弟。 アリウスは相変わらず陽気な表情でそんなことを言って。 彼以上に別れを噛みしめているドラップの表情は、思いのほか固い。 一年と満たない時間ではあったが、仲間たちと共に過ごしてきた時間はとても楽しく、かけがえのない思い出だ。 だからこそ、その思い出を大切にしたい。 ドラップの真摯な気持ちが痛いほど伝わったのか、ライオットとラシールもそれぞれの言葉で応じた。 アカツキは、アリウスとドラップの二体とここで別れることになるライオット、ラシールの二体をじっと眺めていたが、 二体とも別れに際した寂しさや辛さを微塵も見せていなかった。 アカツキの手前、そういったところを見せるわけにはいかないと自重(我慢)していたのかもしれない。 ライオットとラシールはじっとアリウスとドラップの顔を見ていたが、 ずっとこのままではかえって辛くなると思ってか、翼を広げ、ゆっくりとキサラギ博士の研究所へと飛んでいった。 途中で、一度も振り返らなかった。 (ライオットとラシールには先に辛い気持ちにさせちまったかな……でも、みんな同じだから、しょうがないか) アカツキは小さくなっていく二体の背中を眺めながら、小さくため息をついた。 残されたネイト、リータ、アーサー、エンジはあと数日一緒にいられるが、 今まで過ごしてきた月日を考えれば、その数日は決して長い時間と言えない。 結局、その程度のアドバンテージなど何の意味も為さない。 「……じゃ、そろそろ行くか」 「そうだな」 気持ちを切り替えてアカツキが言うと、アーサーは多くを言わず、ただ頷いた。 実際に別れることになるドラップとアリウスはライオットとラシールが飛んで行った方角をじっと眺めていた。 「ぶりゅ、ぶりゅぶりゅ〜♪」 いつまでもそうしてたって始まらないぞ、と言いたげに、ネイトが声をかける。 弾かれたように、ドラップが振り向く。 身体を動かさなくとも、頭部が360度回転するため、いきなり振り向かれると何気に怖いのだが…… ネイトは見慣れているためか、特に驚いたりもしなかった。 「ドラップ。ずっと会えなくなるわけじゃないから、そんなに気にしなくたっていいよ。 さ、行こうぜ」 アカツキが笑顔で頭を撫でると、ドラップは渋々頷いた。 アリウスはそれほど執着がないようなので、ドラップほど深刻でもなければ、未練がましいわけでもない。 ドラップが納得してくれたところで――ライオットとラシールの二体との別れに気持ちの整理をつけたところで、アカツキたちは歩き出した。 まだ朝早い時間帯だけあって、出歩いている人は少なかった。 道の両脇に敷き詰められた緑の芝生は東から昇った太陽の柔らかな光を浴びて、キラキラ輝いて見える。 新しい旅立ちを祝福するかのように、背中を押すかのように。 「ん〜、やっぱ朝の空気って気持ちいいな〜♪」 アカツキは道を歩きながら、少しばかり冷たい空気を思う存分吸い込んで、心地よさを感じていた。 「…………」 時折、ドラップが振り返ることには気づいているが、多くは言わないことに決めている。 そこのところはトレーナーの意思を尊重してか、ネイトを始め、誰も咎めはしなかった。 堅物なアーサーは意外かもしれないが、昨晩ドラップと二人で話をしたこともあって、ある程度は気持ちの整理をつけていると判断しているようだった。 緩やかな坂道を下り、町を東西に貫くメインストリートを左折――フォレスタウンへと続くイーストロードへ向けて進路を採る。 と、アカツキはエンジが先ほどからずっとしがみついていることに気づいた。 手でそっとエンジの身体をつかんで、微笑みかける。 「エンジも、早いところみんなに慣れてもらわなきゃな。 ネイト〜、エンジと遊んでやってくれない?」 「ヒコっ……」 「ぶりゅ〜♪」 エンジは突然のことに驚いているようだったが、トレーナーに似て陽気なネイトはすぐさまエンジをアカツキから受け取った。 トレーナーには慣れているようだが、ネイトやリータといったポケモンにはまだあまり慣れていないらしい。 昨日は一日、長く接していたはずなのだが、アカツキに甘えることが多いせいか、他のポケモンにはあまり懐いていないのだ。 やはり、以前の環境が忘れられないのだろう…… 『自分よりも強いポケモン』に囲まれて生活していた環境は、思いのほか精神面に影響を与えてしまっていたらしい。 今も、少なくともアカツキのポケモンはエンジより強いに決まっている。話を聞く限りだと、バトルの経験がないそうだ。 バトルの経験がなく、人の傍で暮らしていれば、それはそれで仕方のないことかもしれない。 しかし、いつまでもこのままではエンジのためにならない。 少しずつでも慣れていってもらわなければ困るのだ。 アカツキだって、常にエンジのことばかりを気にかけるわけにはいかない。他のポケモンとも同じ距離で接さなければならないのだ。 だから、まずはポケモン同士でコミュニケーションを取ってもらう。 トレーナーが常に間に入ることは重要なことだが、それではエンジがアカツキに頼ってばかりで、 本当の意味でネイトたちと心を通わせることができない。 ……以前のアカツキでは絶対にできなかった考え方だが、旅に出ていろんなものを見て、触れて、それから考えて。 そうして様々なものを吸収して、成長した結果だろう。 「ぶりゅぶりゅ〜♪」 ネイトは新しい弟分(エンジのことである)ができたと思って、いつになくはしゃいでいた。 アーサーは弟分どころか、いつの間にやらみんなのまとめ役になっているし、リータはそもそも女の子だからそういった類の関係ではない。 ライオットもラシールも大人だし、ネイトが弟分のような感覚で接することができるのはエンジだけなのだ。 だから、何とかして仲良くなりたいと思っている。 父親が赤子にするように「高い高〜い♪」を見よう見まねでやってみたりするが、 エンジは今にも泣き出しそうな表情で、助けを求めるようにアカツキに視線を向けている。 ネイトのやり方が悪いわけではない。 むしろ、普通のポケモンならこれで十分である。 「ぶりゅ、ぶりゅぶりゅ〜♪」 「ベイベイっ♪」 さすがに、カントーリーグ四天王が擁していただけあって、良くも悪くも一筋縄ではいかないポケモンらしい。 そんなことを肌で感じながらも、ネイトとリータはエンジにスキンシップを図っていた。 アーサーは自分が入ればエンジが緊張するだろうと思って、ある程度彼らに懐くまでは距離を置くことにした。 元から陽気なアリウスはネイトとリータと一緒になってエンジと遊び始めたが、ドラップは…… 「……いろいろ、考えてるみたいだなぁ」 前へ進みながら遊んでいるポケモンたちと違って、ドラップは輪に入ろうとしない。 アーサーが距離を置いているのは、ドラップを一人ぼっちにはできないと考えているからかもしれない。 嘘か真か分からないが、なんとなくそんな気がしていた。 アカツキは少し歩調を遅くして、ドラップに合わせた。 「ドラップ、みんなと遊ばないのか?」 「ごぉぉぉぉ……」 「そんなことないって。確かにネイトたちよりは怖い顔つきしてるけど……でも、ドラップはとても優しいし。 ……みんなと過ごせるの、そんなに長くないからさ。 ドラップにも、みんなにも。 あんまり悔いは残してほしくないな。ずっとお別れするわけじゃないけど、しばらくは会えないんだからさ。 ほら、行ってきなよ。誰も仲間外れになんかしないって。な?」 「そうだな。少しくらいは話をしてきたらどうだ。おまえは父親だろう。ぐずる子供の躾には慣れているのではないか?」 「……ごぉぉぉ」 アカツキとアーサーに立て続けに言われ、ドラップは遊びの輪に入っていった。 言われて仕方なく……といった様子はなかったが、二人して言い募らなければ、恐らくは行動を起こさなかっただろう。 ドラップの背中を見てなんとなく、二人して同じことを考えていた。 「アーサーは行かないのか?」 「私は、おまえが言うところの『怖いおじさん』だろう。 エンジがもう少し慣れてからにする。誰か一人くらい、外から眺めている者も必要だろう」 「そういうモンか?」 「そういうものだ」 ドラップを焚きつけたのだから、アーサーも行くと思っていたのだが、あれこれ理由をつけて入っていかないようだ。 もっとも、アーサーにはアーサーなりの考えがあるようなので、アカツキとしても多くは言わなかったが。 「ぶりゅ〜♪」 「ベイベイっ」 「ヒコっ……ヒコっ!!」 「ウキキキキ……」 「ごぉぉ、ごぉぉぉぉ」 どうしたものかと思った矢先、ネイトたちが楽しそうにはしゃいでいるのを見て、 アカツキは胸の内で張り詰めていたものが一気に弾け飛んだような気分になった。 平たく言えば、スッキリしたわけだ。 ネイトたちの人柄(?)が通じてか、エンジは思いのほかあっさりと心を開いてくれたらしい。 ドラップも、すんなりと輪の中に入り、父親らしく子供をあやすのが得意な一面を存分に披露している。 自分と一緒に行くようになってからは、あまり父親らしいところを見せていないこともあってか、頼れる兄貴分というイメージの方が強かった。 一度だけスコルピたちのところで過ごさせたことがあったが、父親らしく子供をあやしているのを見たのはその時だけだった。 それでも、やはり父親は父親。 子供にとって父親はとても大切な存在だ。健全に育つためにも、家族は揃っている方がいい。 だから、ドラップを故郷に帰すことは間違っちゃいない。 アカツキは改めて自分が正しい選択をしたのだと思って、ホッと胸を撫で下ろした。 「やっぱ、ドラップってパパなんだなあ……って思うよ」 「心配は要らぬということだ。おまえが思っている以上に、ドラップは吹っ切れている」 「うん」 ドラップはドラップなりに考えて、アカツキたちとの別れを受け入れると決めたのだ。 だからこそ、残された時間を大切に過ごそうとしている。 皆と共に過ごすことで。 『忘れられた森』に到着するその時までは、好きにさせてやろう。その方がいいに決まっている。 「…………」 バトルの時は強烈なクロスポイズンを放つハサミも、普段はものをつかんだりするのに便利なシロモノに早変わり。 ドラップがハサミを器用に使って、エンジをあやしている。 エンジも、皆の明るさと優しさに心を開いたらしく、子供に相応しい屈託ない笑みを浮かべながらじゃれついていた。 これなら、自分がわざわざ割って入る必要もない。 エンジも、アカツキに助けを求めてはきていない。 それなら…… アカツキは少し気になって、アーサーの顔を横から覗き込んだ。 トレーナーが視線を向けてくることなど意に介していないと言わんばかりに、 アーサーは口の端に笑みを浮かべながら、皆が戯れているのを眺めていた。 To Be Continued...