シャイニング・ブレイブ 最終章 出会い、別れ、そして旅立ち(3) 故郷を旅立って三日目。 アカツキたちはフォレスタウンにたどり着いたのだが、町に入る前に足を止めた。 「ドラップ、ちょっとだけ戻っててくれる?」 「ごぉぉぉ」 「後でちゃんと外に出すから、少しだけ我慢しててくれよな」 承諾を得て、ドラップをモンスターボールに戻す。 アカツキがモンスターボールを腰に差したのを見て、彼の肩に乗っているエンジが不思議そうな表情で首を傾げた。 「ヒコっ……?」 どうして戻したのかと言いたげだったが、アカツキはお茶を濁した。 「ちょっと事情があってさ。 後でまたちゃんと外に出すから、心配しなくていいよ」 事情を知るネイトたちは、アカツキが『100%真実でも、100%嘘でもないこと』を口にしていることに気づいていたが、何も言わなかった。 エンジには理解できないような事情だろうから、わざわざ混乱させることもない。 自分以外全員グルになっていることなど気づいていないエンジは、これから進む道の先に目をやった。 カントーリーグ四天王のポケモンだけあって、トレーナーの傍についていろいろな場所に赴く機会には恵まれているが、 常にトレーナーにしがみついてばかりいたので、周囲に目を向けることはほとんどなかった。 だから、意外なことではあるが『森の中を行く』ことを意識したのは今回が最初だった。 土を踏み固めただけの道。 アスファルトもコンクリートもなく、道の両脇にはありのままの自然が息づいている。 入植した際、自然を可能な限り壊さないよう苦慮した結果、町の入り口からでは見えないが、 樹木の内部を刳り貫き、特殊な処理を施して腐らないようにしてから住居とする――いわゆるツリーハウスが民家として採用されている。 それだけでなく、道路は土を踏み固めただけで、電線は地下に埋設してある。 ネイゼル地方で最も自然に近しい町だけに、本来は自然の中に生きるポケモンにとっても居心地が良いようだ。 全員が居心地良さそうな表情を見せているのを雰囲気から察しながらも、アカツキは周囲への警戒を怠らなかった。 ……というのも、以前、ドラップの家族に会いに行こうとこの町に立ち寄った時、厄介な事件に巻き込まれてしまったのだ。 その時の経験が、謂れなき迫害を受けているポケモンたちと、迫害をしている側の人間との間に立って、 両者が共存できるように尽力したいとアカツキに思わせた。 いわゆる人生の岐路というものだが、それゆえに忘れられない事件でもある。 「みんな、忘れてるワケじゃなさそうだけど……やっぱ、オレがしっかりしなきゃな」 もしかしたら、フォレスタウンの住人に顔を覚えられてしまっているかもしれない。 事件の際に顔を合わせた住人が目の前に現れなければいいのだが…… そんなことを思いながら歩いていると、不意に視界に影が差した。 「……!? ん……?」 歩きながら頭上を振り仰ぐ。 隙間なく敷き詰められていたとばかり思っていた木の葉の絨毯の合間から、空が覗く。 その隙間を、翼を持った赤い何かが通り過ぎていくのが見えた。 「ポケモン……?」 どこかで見たような姿だと思ったのだが、とっさには思い出せなかった。 全体的に赤みを帯びた身体に、しっぽのような細長いものの先に灯った炎。 「何か通り過ぎたようだが……気にするほどのものでもあるまい。先に進むぞ」 「んー、そうだなぁ」 アーサーがさっさと先に進めと促すと、アカツキは考えをあっさり振り捨てて、視線を前に戻して歩き出そうとしたのだが、 「ヒコっ!!」 変化は突然に訪れた。 アカツキから離れようとしなかったエンジが、突然彼の肩から飛び降りて駈け出したではないか。 控え目で、自分から行動を起こすことの少ないエンジにしては、迷うことなく町中へ向かっている。 一体何が起こっているのか理解できず、アカツキたちは数秒、呆然と立ち尽くしていた。 「エンジ、どうしたんだ?」 「……先ほどの相手に見覚えがあったのではないか?」 アカツキのつぶやきに、アーサーはやや呆れ気味に言葉を返した。 「あ、そっか」 考えてみれば単純な話だ。 自分から離れたがらないエンジが、積極的に行動を起こす相手がいるとしたら……答えは一つしかない。 しかし、それであれば危険はない。 ゆっくりと、自然の景色と新鮮な空気を満喫しながら向かえばいいだろう。 「じゃ、行くか」 とりあえず、急ぐ必要はなさそうだ。 いざとなればアーサーにエンジの『波導』を探知してもらえばいい。 同じ種族のポケモンであっても、『波導』は異なっているらしい。 人間で言うところの指紋で、同じ『波導』を持っている者は基本的に存在していないそうだ。 アカツキはゆっくりと歩き出した。 エンジが思い切って行動を起こしたことには驚いたが、本当はそれくらい積極的な性格のはずなのだ。 見知らぬ場所に放り出されたような格好で、頼れる相手もほとんどいなかった境遇。 そのことを考えれば、多少内向的になったところで、誰が責められようか。 「しかし、おまえも大人になったものだな」 「オレ?」 「そうだ」 ……と。 突然話を振られて、アカツキは目を丸くした。 アーサーは至極当然と言いたげな眼差しを向けていたが、相手が自分の言いたいことを理解していないと視線で察すると、こんなことを言った。 「以前のおまえなら、心配ないと分かっていても急いで後を追っていただろう」 「……そう?」 「そうだ」 自覚症状はなかった。 さすがに、心配ないと分かっていれば、急いで後を追うことはないと思うのだが…… 戸惑うアカツキに現実を突き付けるように、アーサーは肩越しに振り返り、ネイトたちに話を振った。 「ネイトたちもそう思うだろう?」 「ぶりゅ〜♪」 「えーっ、そうなのかーっ? おっかしいなぁ……」 嬉々として頷く一同に、アカツキは今にも泣きそうな表情で項垂れた。 いくらなんでも、そんなことはありえない。 言い返してやりたいが、すでに多数決で負けている以上、言い返したところで「それ見たことか」と、アーサーが喜色満面になるに決まっている。 (覚えてろよぉ……いつか絶対ギャフンと言わせてやる〜!!) 心の中でリベンジを誓い、アーサーに言われた言葉の意味を咀嚼する。 以前の自分は、心配ないと分かっていても何かせずにはいられなかったのだろうか……と。 正直、素直には信じられなかったのだが、真面目な性格が取り柄と言ってもいいアーサーだ、嘘をつくはずもない。 事実は事実かもしれない。 それでも理解できないものはできない。 (……まあ、オレがどれだけ成長したかなんて、自分じゃよく分からないから、まあいいや。 みんなから見て成長したってんだったら、それはそれでいいことだし。 うん、そうだな♪) だから、他人から見て自分が成長したのだと言うのなら、それはそれでいいことだと思うことにした。 自分のことは自分が一番分かっているとはよく言うが、鏡に映さなければ自分の顔は見られないのだ。 しかし、もしかしたら……いつかは自分自身とちゃんとした形で、完全な意味で向かい合う時が来るのかもしれない。 その時が来たら、思う存分殴り合ってみるか。 冗談抜きでそんなことを考えながら行く。 エンジの姿はもう見えなくなっていたが、アーサーがエンジの波導を察知して、アカツキたちを導いた。 町に入って最初の十字路を左折し、サークルラインに入る。 サークルラインはフォレスタウンに設けられた環状の道路を言う。 なるべく自然を壊さないように気をつけながら町を築いただけあって、当時は交通路が制限され、必要以上の遠回りを強いられることが多かったそうだ。 しかし、人の行き交いだけならまだしも、物資の運搬などが必要になった際、それではあまりに効率が悪く、 より自然に悪影響を及ぼしかねないとの判断から、環状の道路を設けたそうだ。 町に入って、多くの人とすれ違ったのだが、誰一人としてアカツキに声をかけてくる者はいなかった。 木漏れ日降り注ぐ町は明るい雰囲気に満ちており、人々が道端で楽しげに会話している光景をあちこちで見かける。 「……オレのこと、忘れちまってるみたいだな。ま、その方が楽でいいんだけど」 どうやら、何か月も前の小さな事件のことなど、三十年前にフォレスタウンを震撼させた大事件と比べれば些細なのかもしれない。 もちろん、その方がアカツキにとっては都合が良かった。 もし、その時の事件の関係者にばったり出くわすようなことがあったら、面倒事に巻き込まれるに決まっている。 なにしろ、ドラピオンたちを追い払おうとした住人を片っ端から殴り倒したのだ。 恨まれているとまでは言わないが、それなりに根に持たれているかもしれない。 自分でも異常かもしれないと思いつつ、周囲に気を配りながら歩く。 緩やかな右カーブに差し掛かり、次の十字路の左側にはフォレスジム。 相変わらず緑に塗られた壁と、青々と茂った葉っぱに占領された屋根が印象的だ。 「エンジを見つけたら、ヒビキさんに挨拶でもしとこうかな。当分は戻ってこれないし……」 フォレスジムのジムリーダー――ヒビキの柔和な表情を思い浮かべながら考えていると、アーサーが言葉をかけてきた。 「アカツキ。エンジはあの奇怪な建物の中にいる」 アーサーがエンジの波導を感じ取った場所が、フォレスジムだと言う。 「マジ? なんでエンジがジムに行ったんだ? まあ、いいや。入ってみりゃ分かるよな」 何がなんだかよく分からないが、考えるよりは行動に出た方が良さそうだ。 エンジと、フォレスジムのジムリーダー・ヒビキに接点らしい接点は見当たらないが、ジムにたどり着けばすべてがハッキリする。 (ヒビキさん、元気してるかなあ……? いろいろ世話になりっぱなしだったけど) ジムにたどり着くまでの間、アカツキはヒビキに世話になってきたことを一つ一つ思い返していた。 ドラップのことや、トレーナーとして特訓に付き合ってくれたこと。 一緒にいた時間は短いが、彼の温和で誠実な人柄は素直に尊敬できるのだ。 そうこうしているうちに、目の前にジムの扉があった。 ポケモンを出したままジムに入るのは失礼だと思って、ネイトとアーサーだけを残し、他のポケモンをボールに戻す。 それから、インターホンを押す。 ……と、待ち構えていたようにすぐ返事が来た。 「ジムの挑戦者の方ですか?」 落ち着いた印象を受ける、ゆったりした声音。 思いきり聞き覚えのある声に、アカツキは彼が元気にしていることをすぐに悟った。 インターホンに顔を近づけて、言葉を返した。 「ヒビキさん、レイクタウンのアカツキです〜。 オレのポケモンがジムに入ってったみたいなんで、様子を見に来ました〜」 「おや、君がここに来るなんて珍しい。 ……もしかして、さっき窓から入ってきたヒコザル、君のポケモン? とりあえず、中へどうぞ」 ヒビキはアカツキの声を聞いて少し驚いていたようだったが、後半は穏やかな口調を保っていた。 それから程なく扉が開き、アカツキはフォレスジムに足を踏み入れた。 ジム戦はやっていないようだが、いつトレーナーの挑戦が入るか分からない。 エンジを見つけたら、世間話もそこそこに用事を済ませなければならないだろう。 そんなことを思っていると、横の扉が開き、ヒビキが姿を現した。 「やあ、久しぶり。元気してたかい?」 「もちろん!! ヒビキさんも元気そうで良かった!!」 「まあね」 互いに元気そうにしていると分かって、アカツキもヒビキも満面の笑みを向け合っていた。 明るい性格という意味では、二人ともよく似ているのだ。 「君だけじゃなくて、君のポケモンも元気にしているようだね。 ネイゼルカップでの戦いは見せてもらったけど、なかなか面白かった。来年は優勝も狙えるだろうね」 ネイゼルカップの試合の模様は生中継で放映される。 ヒビキがジム戦を休んでまでもテレビ観戦するのも、自分の今後のバトルに活かせるものがあるかもしれないと思ってのことだろう。 しかし、全力でキョウコと戦った最後の試合を見ていてくれたらしい。驚いたものの、気にかけてくれることには素直に感謝した。 「ありがとう。でも、来年は出ないつもりなんだ」 「うん……? それは、旅に出るつもりだから、かな?」 「そうなんだ」 「……なるほど」 ヒビキの眉根が小さく動く。 怪訝そうな面持ちを見せるものの、すぐに口の端に笑みが浮かんだ。 (食えぬ男だ……だからこそ、ジムリーダーなどという要職を任せられるのだろうが) アーサーはヒビキの態度に小さく鼻を鳴らした。 明るく気さくで、何も考えていないように見えて――その実、腹の奥底では蛇を飼っている。そういった人物ほど危険なのだ。 もっとも、ヒビキは『本当に危険な人物』にはなりえない。なんだかんだ言って、お人好しだからだ。 アーサーが、ヒビキを訝しげな眼で見ていることなど気づかず、アカツキは朗らかな笑みのジムリーダーに問いかけた。 「あ、そうだ。さっきオレのヒコザルが来たと思うんだけど……迷惑かけてない?」 「とんでもない。むしろ、好都合かな」 「どういうこと?」 答えになっていない答えに、アカツキは眉根を寄せたのだが、ヒビキは「はっはっは」と豪快に笑ってみせた。 「立ち話もなんだ。ついてきたまえ」 何がなんだか意味も分からないまま、アカツキはヒビキの後について歩き出した。 もっとも、エンジがこの建物にいる以上は、行くしかないわけだが。 アカツキが通されたのはフォレスジムの二階にある一室だった。 来客をもてなすための部屋らしく、小奇麗に整えられている。 部屋に一歩足を踏み入れたアカツキの視界に、エンジの姿が飛び込んできた。 同時に、エンジが見知らぬ女性と親しげにしているのを認める。 ソファーに背中をもたれた女性に、エンジが甘えるような声を上げながらすり寄っているのだ。 「……あの人、誰?」 エンジは女性のことを知っているようだが、アカツキは彼女に見覚えなどない。 「やあ、待たせたね」 ヒビキが声をかけると、女性は弾かれたように顔を上げた。 「ううん、別にそんなに待ってないから、大丈夫だよ」 「そう言ってもらえると助かる」 ヒビキは相変わらずの笑みを浮かべて、テーブルを挟んで、彼女と反対側に腰を下ろした。 アカツキはエンジが他人に懐いているのを見て驚いていたが、そんな男の子の様子を怪訝に思ったらしく、女性の方から質問が飛んできた。 「キミ、もしかしてこの子の新しいトレーナー?」 「えっ……あ、うん。そうだけど……」 突然の質問に驚きつつ、アカツキは小さく頷いた。 エンジの頭を優しい手つきで撫でながら、それこそ底抜けに明るい笑みを向けてくる。 アカツキは気づけば、彼女にじっと視線を注いでいた。 失礼だと思いつつも、まるで自分を鏡に映したような存在だと感じてしまったからだ。 年の頃は二十歳を過ぎたくらいか。 茶髪を背中に束ね、美人と言えば美人だが、その愛らしい顔立ちは「美しい」よりもむしろ「可愛い」と言う方が似合うだろう。 「そっか〜。アツコおばちゃんから話は聞いてるよ。 一度会いたいなって思ったんだけど……まさか、そっちから来てくれるなんてね。や〜、何気にうれしいわぁ」 「はあ……」 脈絡もなくキャピキャピ騒ぎ出す彼女に唖然としつつも、アカツキは『アツコおばちゃんから話は聞いてる』と聞いて、彼女の正体に気づいた。 「もしかして……エンジの前のトレーナーって、姉ちゃんのこと?」 「うん、そうだよ」 彼女は頷くと立ち上がり、部屋の入口で突っ立っているアカツキの眼前まで歩いていった。 こっちへおいでと言うこともなく、自分からわざわざ歩いていったのである。 相手を子供と見下すことではなく、同じ『トレーナー』であると思っているからだろう。 エンジは彼女にひたすら甘えていたが、今になってアカツキがやってきたことに気づいて、彼の胸に飛び移った。 「ヒコっ、ヒコヒコ〜っ♪」 瞳をキラキラ輝かせながら、エンジがアカツキに話しかける。 「そっか、そうなんだ……良かったな〜、エンジ」 「ヒコっ♪」 「何言ってるか分かるんだね」 「うん、まあね」 アカツキとエンジの間で完全な意思疎通が図られていることを瞬時に見抜くも、彼女は特段驚いた様子を見せなかった。 エンジの新しいトレーナーなら、それくらいはやると思っていたのかもしれない。 「あ、そうだ。自己紹介しなきゃね。 あたしはナミ。カントーリーグの四天王やってるんだよ。 ……確か、キミの名前って、アカツキくんって言うんだよね。あたしの従兄妹と同じ名前なんだよ〜」 「初めまして」 「うん、こっちこそ。よろしくね」 彼女――カントーリーグ四天王・ナミが差し出した手を、アカツキはそっと握った。 エンジがカントーリーグ四天王のポケモンであることはキサラギ博士から聞いていたから、それほど驚くことではないのだが…… まさか、このような場所で出会えるとは思わなかった。 なんだか底抜けに明るくて、何も考えていなさそうな表情だが、むしろ相手に余計な警戒心を抱かせないという意味では天性のものかもしれない。 「そっか……エンジ、さっきこの人のこと感じ取ったから、一人でここに来たんだな?」 「ヒコっ」 アカツキの問いに、エンジは正解と言わんばかりに大きく嘶いた。 エンジは町に入ったところで、木の葉の合間から覗く空を駆けた存在が自分のよく知る相手だと理解して、 すぐさまナミがこの町に来ていることを察したらしい。 いくら彼女の元を離れたと言っても、この世に生を受けてから数日前までの間―― ある意味人生のほとんどを共に過ごしていただけに、彼女はエンジにとって母親も同然だったのだ。 彼女を恋しいと思う気持ちは尊いものだし、相手を大事だと思っているのならなおさらだ。 アカツキはエンジの頭を撫でながら、ナミに質問を投げかけた。 初対面で不躾だとは思いつつ、気になることがあったからだ。 「ナミさんって、どうしてここに来たんだ? ……ほら、あんまりヒビキさんと接点あるように思えないんだけど」 「そうでもないよ。 四天王やってるとね、他の地方に出向くこともあったりするから。それで知り合ったんだよ。 で、時々はお茶飲みながら話したりしてるの。 情報交換って意味もあるから、仕事も半分絡んでるんだよ〜」 「そうなんだ……」 当然と言えば当然の答えだった。 当たり前のことを訊くなとつっけんどんに返されても仕方ない質問だったが、ナミは嫌な顔一つせず、笑顔と明るい口調で返してくれた。 それが彼女のキャラなのだろう…… 出会って数分と経っていないが、エンジの前のトレーナーということも相まってか、アカツキはナミが信頼できる人間だと直感した。 目の前にいるのが子供だと思って見下したりせず、少し考えれば分かることを訊ねられても、普通に返してくれる。 たとえ計算でやっていたにしても、そうそうできることではない。 (四天王って、すごい人なんだな、やっぱり……) ナミの輝かしい笑顔を見やりながら、アカツキは心の中で驚嘆していた。 ネイゼルリーグ四天王はすごい人たちばかりだった。 そして、四天王を統括するチャンピオン――サラ。 トレーナーとしての実力は言うに及ばず、四天王としてネイゼル地方のために働いている彼らの志は崇高で、心も鍛えられた立派な人間である。 人間性でも認められなければ、四天王になることはできないのだ。 今は人懐っこい笑みを浮かべているが、有事の際には烈火の勢いで仇為す者をなぎ倒したりもするのだろう。 (他の四天王って、どんな人たちなんだろ……? いつか会えたらいいなあ……) いつか機会があったら、カントー地方に出向いて、他の四天王に会ってみるのもいいかもしれない。 初めての旅に出るまでは、四天王は雲の上の存在だとばかり思っていたが、幾度かの旅を通じて、それだけでないことも知った。 会って話をするだけでも自分にとってプラスになると思ったから、 少なくとも今の自分では到底太刀打ちできない相手であっても、会って話をしてみたいと素直に感じるものだ。 そう思っていると、ヒビキが苦笑混じりに言ってきた。 「それはそうと、どうしてこの町に来たんだい?」 「あ、そうだった……ヒビキさん、ミライは家にいるの?」 「いるよ。なんだったら呼んでこようか?」 「うん、お願い」 「分かった」 質問に質問で返すのは感心しないと言いたげに口の端を吊り上げるヒビキだったが、 アカツキのリクエストに応じ、携帯電話でミライと連絡を取ってくれた。 通話を終えて、携帯電話をズボンのポケットに滑り込ませながら、ヒビキがこんなことを言った。 「ミライ、君が来てるって聞いて喜んでるよ。エイパムたちを連れてくるって」 どうやら、ミライはアカツキがアリウスを連れてくると思って、エイパムたちを連れてきてくれるらしい。 ……もっとも、やんちゃ盛りのエイパムたちは目の届く場所にいてくれた方が安心だと思っているだけもしれないが、アカツキにとっては好都合だった。 「そっか、ありがとう」 「どういたしまして。 ……ちょっと時間がかかるから、それまでの間にいろいろと話でもしようか。お茶でも飲みながらね」 「うん♪」 「…………」 ヒビキとアカツキは顔なじみということもあって、すぐに意気投合。 アーサーはそんな二人を相変わらずの仏頂面で眺めていた。 「ぶりゅぶりゅ〜?」 「……いや、なんでもない」 話しかけてくるネイトに頭を振る。 ナミの注意がアカツキに向けられていると分かっていたので、頭を振りつつ、言葉でも返事をした。 ネイトとしては、アーサーがぼーっとしていたのを見て心配になっただけなのだが、別になんでもない。 ただ、アカツキは気づいていない。 ナミが腰に差したモンスターボール――その中にいる、すさまじい力を持ったポケモンたちの波導を。 ルカリオというポケモンの生体的な特徴も手伝って、アーサーはナミが連れているポケモンのレベルの高さを波導で知ることができた。 それが気になっていただけだ。 今までの会話の流れから、敵に回ることだけはないと思われるが…… 少なくとも、何も考えていないであろうアカツキの代わりに、想定される事態に対処する術を自分が持っていなくてはならない。 それが年長者の務めだと、アーサーは自分に課していた。 ネイトとアーサーがやり取りをしている間に、アカツキとヒビキ、ナミの三人は席について話を始めていた。 「しかし、君がこの町に立ち寄るとは思わなかったよ。また旅に出たのかい?」 「うん。やらなきゃいけないことがあって」 「へえ……その歳でやらなきゃいけないことって、キミなりに考えて出した結論なんでしょ?」 「うん」 一瞬―― ナミの目が鋭さを宿したように見えて、アカツキは思わず背筋を震わせた。 明るく人当たりがいいと言っても、四天王は四天王なのである。時には相手をなぎ倒すだけの力を見せることもある。 どうやら、彼女はアカツキが『やらなければならないことがあるため旅に出た』と聞いて、深い理由があると察したらしかった。 「よかったら、教えてくれないかな? その『やらなきゃいけないこと』」 「…………」 案の定と言うべきか、笑顔で鋭い質問が飛んできた。 ヒビキは「そんなことまで聞かなくてもいいのに……」と言いたげに苦笑したが、彼女を止めようとはしなかった。 彼なりに気にしているらしく、ナミが聞いてくれてラッキーと思ったのかもしれない。 何気に腹黒い男である。 アカツキは少し考えたが、隠すようなことでもないと思って、素直に打ち明けた。 もしかしたら、年長者の二人から何かいいアドバイスがもらえるかもしれないと思ったからだ。 「ヒビキさんは分かると思うけど、この町じゃドラピオンって、嫌われてるんだよね。 オレもドラピオンが仲間にいるし、この町でちょっとしたことに巻き込まれたから、すごい悲しいって思ってる。 ……ドラピオンだけじゃなくって、他の地方にだって、そのポケモンが悪くないのに嫌われてたり、 迫害とかされてるポケモンがいるって分かったから、ほっとけないんだ。 オレ、なんでか知らないけど、ポケモンの言いたいこととかちゃんと分かるから、橋渡しって言うの? そんな感じで、みんな仲良く暮らせるようにガンバりたいって思って旅に出たんだ」 「そうなんだ……すごいね、アカツキくん。 お姉ちゃん、素直に感心しちゃう♪」 「あ、ありがとう……」 真剣な面持ちで言ったのに、ナミは相変わらずの笑顔で、軽い調子で言葉を返してきた。 本当にすごいと思っているのだろうが、先ほど見せた鋭い眼差しとは全く違った対応に、アカツキはどう返せばいいのか分からなかった。 無難に言葉を返してはみたものの、どこか釈然としない。 しかし…… 「そういえば、そうだね。君はなぜかポケモンと完全な意思疎通ができる。 ……君は君なりに考えて、自分に備わった能力を使おうって考えたわけだね。それは立派だと思うよ」 「ありがとう、ヒビキさん」 ヒビキは分かってくれた。 アカツキはホッと胸を撫で下ろした。 ……いや。 (分かってもらえなくても、オレがやりたいって思ったからやるんだよね。 ……でも、オレがやらなきゃいけないことなんだよな。 なんでか知らないけど、ポケモンの言いたいこととかちゃんと分かるし。オレじゃなきゃできないことかもしれないし) 心の中で、言葉を付け足した。 誰に頼まれたわけではない。 自分がやりたいと、自分でなければできないと思ったからやるだけ。 誰かに感謝されなくても、人とポケモンが仲良く暮らせるならそれだけでいい。 改めて自分のやろうとしていることに目を向け、何度目かになるかも分からない決意を固めていると、ヒビキから質問が飛んできた。 「それで……行く宛はあるのかな?」 「シンオウ地方に行こうかなって思ってる」 アカツキが即答すると、ヒビキはすぐに合点が行ったようだった。 仮にもジムリーダーである。 他の地方の動向にも常に気を配っているのだろう。 そこは四天王も同じようで、ナミの笑顔がここで初めて曇った。 「シンオウ……なるほど。グレッグルやドクロッグの関係か」 「結構ひどいって聞いてるけど、仲直りさせるために行くの?」 「うん」 アカツキが迷いも躊躇いもなく頷いたのを見て、ナミは自分が表情を曇らせているのがバカバカしく思えてきた。 こんな子供に触発されるなんて自分らしくもないが、仕方がない。 大人になって、知らなくてもいいと思っていたことまで知ってしまったのだ。 子供の頃には戻れない。子供の頃の気持ちも、取り戻すことはできない。 だから、その代わりに、これからその気持ちを持ち続けて頑張っていくであろう男の子にエールを贈った。 「そっか……無責任かもしれないけど、ガンバってね。キミならきっとできるよ。 それに、なにかあったら遠慮なく話してくれていいからね」 「ありがとう、ナミ姉ちゃん」 「うん♪」 子供ですらそこまでの気持ちを胸に頑張っているのだ。 大人である自分が負けることなど許されない。 輝かしい笑顔の裏で、ナミは目の前にいる男の子に従兄妹の青年の笑顔を重ね合わせながら、四天王としての責務を頭の中で思い浮かべていた。 普通のジムリーダーよりも遥かに大きな権限を手にする代わりに、言動には大きな責任が付きまとう。 トレーナーとしての実力だけでなく、人間としての品性も問われるのだ。 嫌というほど理解しているが、目の前の男の子は大人の世界がそういったものだということを知らないだろう。 知るのは後でいい。 今はやりたいことを存分にやって、傷ついてもくじけそうになってもひたすら前に進み続ければいい。 そしていつか立ち止まった時――その時が『大人になる』ということだ。 (きっと、いい大人になるんだろうな〜。うらやましい♪) 強い気持ちを胸に歩き出そうとしている男の子に羨望の気持ちを抱いていると、扉が勢いよく押し開かれた。 「アカツキ、いらっしゃ〜い♪」 「あ、ミライ。久しぶりっ♪ 元気してた?」 「もちろんだよ!!」 扉を押し開いて部屋に飛び込んできたのは、ヒビキの娘であるミライだった。 半年以上も会っていなかったせいか、少し背が伸びて、顔立ちも変わったような気がする。 彼女はアカツキの顔を見るなりパッと表情を輝かせ、彼の傍に駆け寄った。 「アカツキ、背が伸びたね。なんかたくましくなった気がする」 「そうでもないよ。 それより、エイパムたちも元気そうだな、良かった♪」 「ウキキキッ!!」 ミライと共にやってきた五体のエイパムたちは、アカツキに飛びついたり、 彼の腕に尻尾を絡めてブランコのように身体を揺らしてみたりと、好き放題していた。 「こら、やめなさい!!」 久しぶりに会ったかと思えば、このようなイタズラをするとは……とはいえ、エイパムたちもアカツキに会えてうれしいのだろう。 叱りつけるつもりで口にした言葉も、なぜか笑い声になっていた。 「みんな元気だな♪ よしよし……」 アカツキは次から次へじゃれついてくるエイパムたちに笑顔を向け、一体ずつ声をかけたり頭を撫でたりした。 彼らが元から活発なことは知っているし、元気にしていることが分かって、それだけでうれしい。 しかし、エイパムたちが本当に会いたがっているのは、アカツキではない。彼が連れている親分ことアリウスである。 「よしよし、みんなアリウスに会いたいんだな。分かったよ、すぐ出してやるからな」 アカツキは期待の眼差しを揃って向けてくるエイパムたちに微笑みかけ、腰のモンスターボールを頭上に軽く放り投げた。 「アリウス、出てこ〜い♪」 トレーナーの言葉に応え、ボールが口を開く。 閃光と共にアリウスが外に飛び出すと、エイパムたちがけたたましく騒ぎだした。 「ウキキッ、ウキキキキキッ♪」 「ウキーッ♪」 「ウキッキキキッ♪」 大きな手がついた尻尾を振り回し、五体でアリウスの周りを走り回る。 決して広いと言えない室内だが、それでも誰にぶつかることなく走れるのはポケモンの身体能力が為せるワザだろう。 アリウスに久しぶりに会えて喜びを爆発させるエイパムたち。 しかし、エイパムたちに会えて喜んでいるのはアリウスもまた同じことだった。 アイシアタウンアカツキにゲットされるまでは、このエイパムたちと共に暮らしてきた。 アリウスがボスであったとはいえ、家族も同然の間柄なのだ。 会えてうれしくないはずがない。 それに…… 「ウキッ、ウキキキッ? ウキッ?」 アリウスは二股に分かれた尻尾の先端についた手でエイパムたちの相手をしながら、傍らに立つトレーナーを見上げた。 「うん。アリウスはエイパムたちと一緒にいる方がいいって。 家族なんだから、大事にしなきゃダメだぜ?」 「ウキッ♪」 アカツキが笑顔で言うと、アリウスはエイパムたちと共に窓を開けて、外に飛び出していった。 今まで離れ離れで過ごしてきた分、家族としての時間を取り戻そうとしているかのようだった。 あっという間の出来事にミライはしばし呆然としていたが、やがて我に返り、アカツキに質問を投げかけた。 久しぶりに来てくれたのだから、いろいろと話したい。 好意を抱いている相手だけに、なおさらだった。 「ネイゼルカップ見たよ!! キョウコさんに負けちゃったのは悔しかったけど、アカツキ、とってもガンバってた!! すごかったよ!!」 「ありがと。みんながガンバってくれたおかげさ。な?」 ネイゼルカップでの戦いの模様は、ネイゼル地方に生中継される。 住民の八割以上が観戦しているという注目の激戦である。 ミライがその一人だったのは当然のことだし、どの出場者よりもアカツキを応援していたのだ。 テレビの前で「行けーっ、そこだーっ!!」と叫びまくっていた娘の姿を思い返し、ヒビキは苦笑した。 鼻息荒く、興奮しまくりのミライに笑顔を向けて、アカツキはこの町に立ち寄った目的を告げた。 言わなくても聞かれるのだし、それなら先に言っておいた方がいい。 彼女には……頼みごともするからだ。 「ミライ、お願いがあるんだけど、いいかな?」 「お願いって、何?」 「オレ、これからシンオウ地方に行くんだ。 いろいろやりたいこととかあるんだけど、その前に、アリウスをエイパムたちと一緒にいさせてあげたいと思ってここに来たんだよ。 ……その、アリウスのこと、お願いできないかな?」 「えっ……」 お願いと言うから、何気に期待したのだが……ミライにとって、アカツキの『お願い』は予期せぬものだったらしい。 言われている言葉の意味は理解できる。 理解できるが…… 「それって、アリウスと別れるってこと?」 「うん。アリウスはエイパムたちのこと家族だって思ってるし、一緒に過ごした方が幸せになれるって思うんだ。 アリウスと話して……アリウスもそうしたいって言ってたから」 「…………なるほどね。この町に立ち寄るわけだ」 ミライが弱々しい声音で返すと、アカツキは迷いも躊躇いも見せずに、ただ頷いてみせた。 無造作にも見えるしぐさだったが、アカツキがアリウスと話をして、そう決めたからこそ躊躇わなかった。それだけのことだ。 ヒビキが嘆息する。 この町に立ち寄ったのは偶然かとも思ったが、そうではなかったらしい。 よくよく考えれば分かりそうなことだったが、予想がつかなかった。 「ミライ、アリウスはエイパムたちと一緒にいたいって思ってるから、一緒にいさせてあげてくれない? エイパムたちも、たぶんアリウスと一緒にいたいって思ってるだろうし。 あんまり手を焼かせないようにって言ってるから」 「……わたしはいいけど……本当にいいの?」 「うん。オレとアリウスだけじゃなくて、みんなも納得してるから。 オレはアリウスに幸せになってほしい。 エイパムたちとは家族同然に過ごしてきたし、アリウスがエイパムたちと一緒に暮らしてくことで幸せになれるんだったら、 オレはそっちを大事にしたいって思うんだ」 「…………」 ミライはアカツキの目をまっすぐに見やった。 突然の『お願い』にドキッとしたが、彼の眼差しが真剣そのものであることを理解して、これが彼らの決めたことなのだと思い至る。 ネイトやアーサーまで納得したのなら、ここで自分が断ってはいけないような気がする。 アリウスのことじゃなくて、五体のエイパムのことを考えれば、アリウスと一緒に暮らしていくのが幸せだろう。 もちろん、エイパムたちはミライにとってかけがえのない家族の一員だし、アリウスを自分の家族として迎え入れることに異論はない。 騒がしくはなるだろうが、ここで一体増えたところで大差ない。 今までエイパムたちと暮らしてきて、騒々しさには慣れた。いい意味でも、悪い意味でも。 それに、アリウスがそれを望んでいるのなら、叶えてやりたいとも思っている。 アカツキが頼み込んでくるからには、そういうことなのだろう。 「分かったわ。わたしが責任持って面倒見る」 「ありがと、ミライ。アリウスのこと、頼んだぜ」 「任せといて♪」 二つ返事でOKしてみたものの、頷いた後で一抹の不安が湧き上がってきた。 アリウスはいたずら好きだが、悪さはしない……はずである。 アイシアタウンでリゾート地を荒らしていたのは、悪さと言うよりも単に遊んでいただけだっただろうし、 アカツキと共に旅をするようになってからは、いたずらなどほとんどしなくなった。 ……まあ、今さら一体増えたところで、わずかばかりのいたずらの規模や被害が突出するわけでもない。 「あ、そうだ」 ミライがアリウス+エイパム五体との生活に想いを馳せていると、アカツキが何か思いついたように手を打った。 「ミライ、エイパムたち、どこに行ったか分かる?」 「……町の一番東にある森の神様の祠じゃないかな。あそこ、なんか落ち着いていいみたい」 「そっか……」 「どうしたの?」 「……そろそろ、行こうと思って。アリウスには話をちゃんとしてあるけど、今、何も言わずに行くのは悪いと思ったから」 「……そう」 シンオウ地方と言えば、ネイゼル地方から遥か北に位置する地方だ。いわゆる北国で、夏でも暑くなることはほとんどないらしい。 遠くへ行くのだから、時間がかかる。早いうちに出発しようと思うのは当然だったのだが…… (……アカツキにはやることがあるんだろうなあ。そうじゃなきゃ、この町に立ち寄るなんてこともないよね) 少し、寂しい気がした。 久しぶりに会ったのだから、いろいろと話をしたいのだが…… 自分の都合を押しつけるだけになりそうな気がして、「もうちょっとゆっくりしたらいいのに……」とは言い出せなかった。 やることがある人間を、引きとめることはできない。 彼女が思わず握りしめた拳。 小刻みに震えていることに気づいたのは、父親だけだった。 ミライが寂しさを胸に、複雑な心境を物語るような眼差しを向けてくることには気付かず、アカツキは胸に抱きついたままのエンジに声をかけた。 「エンジ。そろそろ行くけど、ナミ姉ちゃんとはいっぱい話したか?」 「ヒコっ♪」 「そっか。じゃ、大丈夫だな。 ヒビキさん、ナミ姉ちゃん。話聞いてくれてありがと。オレ、そろそろ行くよ」 「ああ。気をつけてね」 「ガンバってね〜♪」 「うんっ」 どうやら、自分が来る前に話すべきことは話していたらしい。 ヒビキとナミに小さく頭を下げた後、アカツキはミライに向き直った。 相変わらずと言うか、清々しく子供っぽいあどけなさを存分に秘めた笑みを浮かべる。 「ミライ。また来るから。その時はいっぱい話しような」 「え、あ……うん。気をつけてね」 「ありがと」 本当はミライともいろんな話をしたかったが、今の彼女を見る限り、話をしなくても問題なさそうだった。 ミライはエイパムたちともうまくやっているし、アリウスも安心して任せられる。 「よ〜し。ネイト、アーサー、行くぜっ」 「ぶりゅ〜♪」 「それじゃ、お邪魔しました〜」 アカツキは清々しい笑みを浮かべたまま頭を下げて、ジムを飛び出した。 疾風のような素早さに、ミライは呆気に取られた表情で入口を眺めていたが、父親に声をかけられて、我に返った。 「ミライ、無理に我慢しなくても良かったのに……」 「ううん、いいの。アカツキ、やらなきゃいけないことがあるんでしょ? ……ゆっくりしてられる状況じゃなさそうだったし」 「そうか」 アカツキを引きとめてはならないと思って、我慢していたらしい。 それに気づいていたのはヒビキだけだった。 ナミは、親子の会話に割って入るべきでないと判断して、何食わぬ顔で紅茶をすすっていた。 (あの子、なかなか面白い子だったなあ……アカツキに話したら、どんな顔するかな? ……やってみようっと) などと、ある意味シャレにならないようなことを考えているなど、誰も想像さえつかなかった。 フォレスタウンの東端――森の神と言われるポケモン・セレビィがかつて舞い降りた場所として設けられた祠の傍で、 アリウスとエイパムたちは久々の再会を祝いつつ、じゃれ合っていた。 積もる話もあるし、どうせなら人気のない場所であれこれやってみたかったのだ。 エイパムたちは、アリウスが再び自分たちと一緒に暮らすと知って、狂喜乱舞の大騒ぎ。 また一緒に暮らせると、輪になって踊ったり、声をハモらせて合唱したり……その喜びようと言ったら、アリウスさえ驚くほどだった。 そうして時間を過ごすうち、アカツキがやってきた。 「アリウス、楽しそうだな」 「ウキキッ♪」 にこにこ笑顔で話しかけてくるアカツキに頷きかけ、アリウスは二股の尻尾の先端についた手をパンパン叩いた。 ここで別れることになるのに、アリウスはまるで寂しそうではなかった。 アカツキとの別れは寂しいのだろうが、それ以上にエイパムたちと共に暮らせる喜びが大きかったのかもしれない。 そこのところは素直に喜ぶべきだと思って、アカツキは特に何も言わなかった。 その代わり…… 「前にも言ったけどさ、ミライをあんまり困らせるなよ? ……ミライ、怒ると怖いからさ。エイパムたちも分かってるだろうから、大丈夫だと思うけどね」 「ウキッ」 その言葉に頷いたのはアリウスではなく、エイパムたちだった。 五体いるとはいえ、ミライを怒らせるとどうなるか……骨身に沁みているようだった。一体が身体を震わせているのを見て、確信する。 ここでアリウスが加わったところで大差ない。 アカツキはモンスターボールを手に取り、軽く頭上に放り投げた。 「みんな、出てこいっ」 トレーナーの声に応えて、ドラップとリータが飛び出してきた。 「ベイ……」 「ごぉぉぉぉ」 木漏れ日が暖かくて、この場の雰囲気も明るい。 それでも、ドラップとリータは悟らざるを得なかった。 アリウスとエイパムたちが一緒にいる――そのことが、アリウスとの別れを意味しているのだ、と。 「ここでお別れだよ。 アリウスはエイパムたちと一緒に暮らす。それが一番なんだって思うし、アリウスもちゃんと納得してくれてるからさ」 「ベイ……」 ――もうお別れなの? リータは寂しそうな表情を見せたが、レイクタウンを発つ時に分かっていたことだ――すぐに表情を変えた。 「アリウス、また会いに来るからさ。元気でな」 「ウキキキッ♪」 「ごぉぉぉぉぉ……」 アカツキの言葉に、アリウスは大きく頷く。 続いて、ドラップがハサミを差し出した。 ――一緒に旅ができて楽しかった。俺はあの場所にいるから、気が向いたら遊びに来てくれ。 ドラップの言わんとしていることを察し、アリウスは彼のハサミに「本物の手」を重ねた。 普段は尻尾の先端についた手を使っているため、身体的な機能で言うところの手はまったくと言っていいほど使えない。 それを敢えて重ねた理由は、考えるまでもない。 アリウスはアリウスなりに、ドラップのことを仲間として大事に思っていたのだ。 だから、滅多に使うことのない手を敢えて重ねた。 「キキキッ♪」 「ごぉぉ……」 「大丈夫だって。会おうと思ったらいつでも会えるし……それじゃ、そろそろ行くよ、アリウス。 ミライによろしくなっ」 アカツキは最後に、アリウスの頭を優しく撫でた。 本当はもっといろんなことを話してから別れたいが、いつまでもここにいたら、離れられなくなりそうだった。 寂しいのはアカツキだって同じ。 しかし、寂しがっているだけでは、アリウスも安心してエイパムたちと暮らせないだろう。 だから、笑って別れることに決めていた。 「アリウス、じゃあね」 「ウキッ♪」 アカツキは立ち上がり、アリウスに背を向けて歩き出した。 ドラップの故郷――『忘れられた森』がある北を目指して。 「アリウス、また会おう。それまで達者で暮らせよ」 アカツキが歩き出したのを見て、アーサーは短くつぶやきかけ、彼の後を追った。 ネイトやドラップ、リータも少しだけ話をしていたが、それから程なくその場を後にした。 足音が遠ざかり、周囲が静まり返ってからすぐ、何事もなかったように涙をぬぐって、エイパムたちに向き直る。 「ウキッキ〜ッ♪」 そうなると分かっていたことに、いちいち落ち込んでもいられない。 アリウスはエイパムたちに号令を出すと、先頭を切って駆け出した。 目指すはフォレスタウン。 これから世話になるミライの家に向かうのだ。 世話になるからには、今のうちから彼女が喜ぶこと、あるいは嫌がることを知っておく必要がある。 エイパムたちに教わればいいのだろうが、ボスと思われている以上、自分で理解しておきたかった。 アリウスは走りながら、涙を流した。 エイパムたちに見られないように視線を前方に据えたまま、少しだけ涙を流した。 To Be Continued...