ユウキ「なぁ、次の町はまだかぁ?」 ハルカ「うるさいわね〜。ちょっとくらい我慢しなさいよ。男なんだから!」 ユウキ「男だって疲れるんだよぅ!……あ!!」 ハルカ「どうしたの、ユウキ?」  突然声をあげたユウキに、ハルカは耳を傾けた。 ユウキ「光だ……もうすぐ出口だぞ!やっとこのどうくつから出られるんだ!!」 第8話 emerald−エメラルド− 「ここは シダケ タウン  くさの においの かぜふく こうげん」    どうくつをでると、そのように書かれた案内板が、二人を待ち構えていた。 ユウキ「なかなかいいところじゃねーか。あの宝石どうくつに比べりゃあ……」 ハルカ「あーら。宝石の方がいいと思うけどな、あたしは」 ユウキ「この金女が」 ハルカ「何ですって!?」  二人の言い争いが、また始った。 これはいつものことだから、ほうっておこう。 ハルカ「ちょっと、ほうっておいていいわけ!?あなた作者でしょう!!」 ユウキ「どうしたんだ、ハルカ?」 ハルカ「えっ……?いやあ、何か聞こえた気がして……気のせいかしら?」 ユウキ「気のせいだって。何も聞こえねえよ?最近疲れてるんじゃねえの?」 ハルカ「そうかもしれないわ。ごめんなさい」  ハルカはそういうと、空を仰いだ。 やがて、暖かい風が彼女を包み込む――。 辺りは緑に囲まれた、まるで楽園のような街。 家も少なく、ポケモンセンターとポケモンショップだけがひっそりと聳え立っている街。 のどかで、世界はめまぐるしく動いているのに、 ここだけ時間の流れもゆったりとしているような、そんな気楽ささえある。 ハルカ「のどかねぇ……」  ぽつり、とつぶやいてみた。 今までのことなんて、一変に忘れてしまいそうだ。 ここにいると、なぜだか何でも許されるような感じがする。 自分の過去のことも含めて、みんな、みんな――あのロケット団でさえ。 ところがそれはなぜなのか、ハルカには分からなかった。 ユウキ「とりあえず、飯食おうぜ。ここにもポケモンセンターあるだろ?」 ハルカ「当たり前でしょ。ポケモンセンターはたいていどの町にもあるのよ。知らなかったの?」 ユウキ「うるせえ」  ユウキはちらっとハルカを見、くるりと体を背けた。 そして、ニヤリと意地悪く笑った。 ユウキ「ハルカ。賭けをしようぜ。 早くついたほうが、一本サイコソーダをおごる。OKだな。決まりっ♪」 ハルカ「えっ……?ちょ、ちょっと待ってよ!勝手に決めないでーっ!!」  しかし、ユウキはハルカを無視し、走り出した。 こうなったら、絶対、絶対ユウキを追い抜いてやる! ポケモンレンジャーの意地を賭けて。  それから10分後。 ユウキ「はぁ、はぁ、はぁ……何でお前の方が早いんだよ!オレが最初に走り出しただろう?」 ハルカ「バーカ。あたしはね、ポケモンレンジャーで鍛えられた足なのよ。 馬鹿ユウキなんかの足と一緒にしないでほしいわ」 ユウキ「畜生、これでこづかい無しだぜ……」  だらりとうなだれながら、ユウキはポケモンセンターの中にある自動販売機へと向かった。 「じどう はんばいき がある! ほしい のみもの は・・・・」  ユウキは、3つのプッシュボタンを見た。 その上には、ガラスごしに3つのジュースが見えた。 ▼おいしいみず 200円 ▼サイコソーダ 300円 ▼ミックスオレ 350円 確か、ハルカが言っていたのは……。 ユウキ「サイコソーダだ」  ガゴン! サイコソーダが でてきた! ユウキは サイコソーダを どうぐポケットに しまった! さらに、自分の分も頼んだので、合計金額は600円。 ついに、ユウキのこづかいは、跡形もなく消え去ってしまったのであった。 ジョーイ「はい。おあずかりしたポケモンは、みーんな元気になりましたよ♪ 又のご利用を、お待ちしております」 ハルカ「ありがとう、ジョーイさん」  ハルカはにっこりと微笑んで、3つのモンスターボールを受け取った。 1つはハルカのヌマクロー、もう2つはユウキのポケモン――ワカシャモとロコンだ。 ユウキ「ほれっ。お前のモンだ」 ハルカ「あ、ありがと……っ」  ちょっとだけ赤くなりながら、ハルカはサイコソーダを受け取った。 ハルカは、こういったさりげないユウキの優しさも、だんだんと分かるようになってきた。 最初はただの「馬鹿なヤツ」としか思っていなかったけれど……。 やがて二人はサイコソーダを飲み干してから、ポケモンセンターでの飲食ルームへと向かった。 ユウキ「ほら、みんな出てこーい!」 ハルカ「ヌマクロー、それっ!」  ユウキたちが食事をするのだから、もちろんポケモンたちだって食事する。 ワカシャモ、ロコン、ヌマクローが、いっせいに元気よく飛び出してきた。 メニューを持ち、そんなポケモンたちを見て、ユウキは微笑むのだった。 ユウキ「何頼もうかな〜♪」 ハルカ「あたし――あたしは、スパゲティ!」 ユウキ「んじゃあオレもスパゲティにしようかな……」 ハルカ「ええっ、ユウキとおんなじのぉ?」 ユウキ「何だよ」 ハルカ「何よ」  二人はにらみ合い、言い争いがもっと激しくなるかと思いきや、ぷっと吹き出した。 ユウキがテーブルの上にあった丸いボタンをポンと押すと、背高のっぽの店員が歩いてやってきた。 その店員は、電卓とメモ用紙、それにボールペン(先っちょにウパーのガラス人形がついている)をもっていた。 店員「ご注文はお決まりでしょうか?」 ユウキ「もちろんだぜ!」 ハルカ「スパゲティを2つお願いします」 店員「かしこまりました。それでは、お二人様のトレーナー証をお見せください」 ユウキ「とれーなーしょう?」 ハルカ「(小声で)トレーナーだという証拠を見せなきゃいけないのよ。 そうね。あたしたちなら、ポケモンナビでいいわ。ユウキ、出して」 ユウキ「分かったよ、ハルカ。ハイ、これでいいんだろ?」  ユウキはハルカを気にしながら、ポケモンナビゲーターをリュックから取り出した。 電源を入れると、ユウキの写真がバーンと現れ、すみの方に、「ユウキ・ポケモントレーナー」と書かれていた。 ハルカも後から同じように取り出すと、そこにも「ハルカ・ポケモントレーナー」と書かれていた。 店員「OKです。お二人様はポケモントレーナーなので、食事代はタダとなります。 食事が終わった後、レジ前でもう一度ポケモントレーナーであることをご提示くださいませ」 ユウキ「すげえじゃん!!」  店員がそういい終わって注文をメモし、どこかへ行ってしまったとたん、ユウキは興奮気味に言った。 ユウキ「オレたちタダで飯食えるなんて!!」 ハルカ「知らなかったの?」 ユウキ「ああ。だってオレ、今までポケモンなんて持ったことなかったもん」 ハルカ「そういえば、そうだったよね……」 ユウキ「ロコン、ワカシャモ。もうちょっと待ってろよ。 すぐに美味しいポロックとポケモンフードが来るからな」 ロコン「コーン♪」 ワカシャモ「ワカー!」  二匹が大げさに言い、さらにヌマクローまで飛び込んできたので、二人は微笑み合うのだった。  食事を済ませ、お腹を満たんにしたユウキとハルカは、 ポケモンセンターを出ると、交番の前で、ある女性が警察官―― ジュンサーさんに頼んでいる光景が目に飛び込んできた。 おどろいたことに、女性は警察官にすがりつくようにして涙を流しながら訴えていた。 ???「お願いします!どうか……どうか弟を、助けて下さい!お願いしますっ」 ジュンサー「今調査中だと何度も言っているでしょう。詳しいことは企業秘密なんです。 いくら姉といえども、貴女にお教えすることは出来ません」 ???「で、でもっ……少し分かったことはあるんでしょう!?例えば、ロケット団の目的とかっ」  ロケット団だって――? ハルカははっと耳をたてた。 ユウキがとっくに歩き出そうとしていたので、 ハルカがユウキの両腕をぐいとつかみ、こちらへと連れ戻す。 ユウキ「っ、何すんだよハルカ!!」 ハルカ「シーッ。ほら、ジュンサーさんに依頼をしているあの女性……ロケット団とかかわりがあるみたいなの」 ユウキ「はぁ?」 ハルカ「いいから、黙って様子を見てましょう!」 ユウキ「ちえっ、強引なんだから」  ユウキはそういいながらも、ハルカの機嫌をチラチラと伺っていた。  しばらくして、女性がうなだれたようにこちらへと歩いてくる。 終にジュンサーは、何も話してくれなかったらしい。 ハルカ「あっ、あのっ……!!」  唐突に飛び出していこうとするハルカを、今度はユウキがぐいとつかんで草むらに隠させた。 女性は何かに気づいたようだったが、気のせいだと思ったらしい。 ハルカ「何すんのよっ!!」 ユウキ「お前、もしアイツがロケット団だったらどうするんだよ?」 ハルカ「だって……」 ユウキ「否定はできないだろ」 ハルカ「……」  ハルカは黙っていた。 確かに、あの女性が「ロケット団」であるかもしれないことは否定はできない。 ハルカ自身も、かかわらないほうがいいと思った。 現実に、交番の前で「ロケット団」という言葉を口にしたのだし……。 でも――彼女の涙は、本物だ。否定などできない。 ハルカ「あたし、やっぱり行って来る!!」 ユウキ「ばっ……馬鹿か、お前!!」  ユウキが手をのばして、再び捕まえる前に、ハルカは飛び出した。 女性は背中を向けていたので顔はわからなかったが、 年は恐らくハルカより年上だということは分かった。 ハルカ「あの、失礼ですが……」 ???「な、に――?あなた、誰なの?」 ハルカ「あっ……あ、あたし、ハルカっていいます!え、えと、あなた、さっきロケット団って――」 ???「……ええ、確かにわたしはそう言ったわ。だから、どうしたの?」 ハルカ「あの――あなた、泣いてたから……ロケット団と何かあったのかなって思って……。 そう思ったら、ほうっておけなくて……」  女性は、そんなハルカを見るやいなや、くすっと笑った。 そっと右腕で涙をぬぐうと、こちらへと振り向く。 振り向いたとったん、ハルカはドキッとなった。 あのユウキでさえ、どきもを抜かした。 女性は、とても美人だったのである。 緑色の髪、おかっぱ頭で、緑色の瞳もオトナだった。 ???「……もしかして、あなたもロケット団と何かあったの?」 ハルカ「えっ?あ、……えと、はい。弟が……」  ハルカは緊張気味に言った。 ???「どうやら、わたしも同じみたい。弟がね、ロケット団にいるの」 ハルカ「…………」 ???「立ち話しもアレなので、わたしの家にこない?」 ハルカ「え?あ、はい……」 ユウキ「お、オレも!オレもいきますっ!!」  突然現れたユウキの説明に、数分たってから、女性はまたくすっと笑った。 そして三人は、女性の家に行くことになったのだった。  女性は、紅茶を二人に入れてくれた。 しかし、ユウキは紅茶が苦手だったので、すみませんと断り、代わりに麦茶をもらった。 (ハルカに「それくらい飲めないとダメじゃない」と馬鹿にされたが) ???「紹介が遅れたけど、わたしの名前はエメラルド――それからわたしの弟ね、ミツルっていうんだけど」  三人で椅子に座り、ポケモンたちを庭に放してあそばせておいてから、話しはじめた。 ところが、「ミツル」という名前が出たとたん、二人はっと息を飲んだ。 ハルカ「あ、あの……っ!」 エメラルド「どうしたの?」 ユウキ「オレ、ミツルってやつと――戦ったことがあるんです」 エメラルド「え!?」  今度はエメラルドが息を呑む番だった。 ユウキとハルカは互いに顔を見合わせる。 そしてハルカは、こくりとうなずいた。 ユウキ「"カナシダトンネル"で戦ったんです。ちょっとだけですが……」 エメラルド「……不思議な縁ね。あなたたちとわたしの弟が一度戦っていたなんて」 ユウキ「それが、ミツルはロケット団に入っていて……」 エメラルド「知ってるわ……さっきそのことを言おうとしていたの。 街のジュンサーさんに何度か捜査依頼をお願いしたんだけど、あのとおりなのよ。 警察の人たちはみんな、できればロケット団とかかわりたくないみたいね」 ハルカ「そんな?どうして――」  街の平和を守るための警察が、どうして悪を倒そうとしないのだろうか。 ハルカは純粋にその回答を聞きたかった。 エメラルド「ほら、今から何年か前に、ロケット団は解散したっていうことになったでしょう。 確か――ルビーとサファイヤさん、だっけ?その人たちが、ロケット団を崩壊させたって、 ポケモン朝日新聞にトップ記事で出てたじゃない」  あの二人、そんなにもデッカイことをしていたのか。 ユウキは今更ながらに感心した。 ハルカ「その記事ならわたし、見ました!確か2年前――」  ハルカはニュースに敏感だった。 両親の安否を気遣うためもあったが、ポケモンレンジャー修行時代、毎朝新聞が配られることになっていたというのもある ポケモンレンジャーで修行している者たちはその間、滅多に世間に出ることはない。 そのため、世間のことをよく知っておく必要があるのだ。 エメラルド「ええ。でもロケット団は、それからもほそぼそと行き続けていたのよ。 復活しようとしているんだわ、きっと」 ハルカ「去年もジョウトで復活しそうになったけど、"とあるジョウトのトレーナー"によって壊滅させられたのよね」 エメラルド「ええ。でも警察にとって復活なんて面倒なことにすぎないのよ。 せっかく終わった事件を、再度棚からひっぱりだすようなものだからね。 できればもう無関心でいたいのよ。それに、『小さな事件』にかかわってるほど警察は暇じゃないしね」 ハルカ「小さな事件!?」  ユウキには、二人が言っていることはよくわからなかったが、(ニュースなど興味もないらしい) 「小さな事件」という言葉には腹が立った。思わずチッと舌を鳴らす。 麦茶も途中で飲むのをやめた。 ユウキ「何が小さな事件だ!事件は大きい小さいで決めるものなのか、警察は!? どんな事件にも被害者加害者はいる。その両方傷ついているんだ! それを警察の勝手な器で測られて、無関心でいようなんて――」 エメラルド「落ち着いて、ユウキ君――でも、本当のことなのよ。 わたしだって何度もジュンサーさんに事件の詳細を聞かせていただけるように頼んでいるけど、 企業秘密って、それだけで……」 ユウキ「どうかしてるぜ」  ユウキは、ケッとまた独り言をつぶやくと、そっぽをむいてしまった。 エメラルド「わたしの弟ね。病弱なの。それで、ロケット団に弱みをつけられて、入れらされたんだ」 ハルカ「そんな、ひどい――」 エメラルド「ロケット団は二度目の復活のために、強い力を持ったトレーナーが必要だったの。 そのために、わたしの弟は拉致されて――」 ハルカ「あたしの弟と一緒だ……」  経緯は違っても、拉致されたことは一緒だった。 ハルカはうつむき、自らの経験を語る。 ハルカ「お母さんとお父さんがロケット団から亡命して、そのひきかえ……ううん、人質にヒカルが拉致されたの。 両親の居場所を言わないと、きっとヒカルは返してもらえないわ」 エメラルド「それだけじゃないわね」  エメラルドは、ぽつりといった。 両親とのひきかえ、人質――その他に何の理由があるのか、ハルカには検討がつかない。 エメラルド「さっきいったでしょう?ロケット団は復活のためにトレーナーを集めているって。 だから、きっとその子もトレーナーとしての腕を見込まれたのだと思うわ」 ハルカ「嘘!そんなはずは……だって、あの子まだポケモンも持ったことないのよ!?」  ハルカは興奮していた。そんな彼女を落ち着かせるかのように、ユウキは小さくつぶやく。 ユウキ「そういや、カナシダで戦った時、ボスがこんなこと言ってなかったか? 『ヒカルは結構我々にとっても役に立つ存在だ……まだ5歳だというのに悪しきポケモントレーナーとしての素質はある。 そうやすやすと手放してはいかん』って」  何気に物まねが上手い。(笑) ユウキは声を低くして、エメラルドとハルカを交代交代に見た。 ハルカ「悪……そんなこと――」  ハルカはショックだった。 まさか弟が――ミツルが、「悪しき」ポケモントレーナーとしての素質があるだなんて……。 そんなこと思っても見なかった。 ユウキ「だが確かにヤツはそういっていた。オレの耳が正しければ――」 エメラルド「きっとミツルだって同じだと思う。 でも、わたしにはどうしてもミツルに悪の素質があるなんて思えない」 ハルカ「……そうよ。そんなはずないわ……」 ユウキ「――こりゃ、一刻も速く何とかしないと、ヤバイかもな……」 ハルカ「ヤバイって?」  弟のことで頭が一杯で、ロケット団のことなど考えている暇なかった。 ユウキに唐突に意味不明な発言をされ、きょとんと顔をあげるハルカ。 エメラルドもよくわからないような顔をしていた。 ユウキ「ロケット団が近々復活するんだろ?だったら、その前にぶちのめしておかないと」 ハルカ「そうしていのは山々よ!でも、アジトの場所だってわからないのよ!」 エメラルド「――わたし、知ってるかもしれない。そのアジトの場所……」 ハルカ&ユウキ「ええっ!?」  これにはたまげた。 まさか、エメラルドがアジトの場所を知っているなんて! エメラルド「わたし、こっそりと調査したことがあるの。自分で勝手にね。 アジトは見つけることはできたんだけど、でも――怖くて……かっこわるいよね。 大の大人が、怖いなんて……」  エメラルドは、ひざに顔をうずめて泣き出した。 静かに、ゆったりと、一瞬だけ時間がとまっているようだった。 ふと、ハルカは席を立ち、そんなエメラルドのそばによりそった。 ハルカ「あたしだって同じよ。とっても怖かったわ。ううん、今だって怖い。 でもね、何かしないと真実は変えられないの。真実を変える力を、人間は持っているのよ。 でも、何かしないと、何かキッカケがないとそれはできない。 あたし、そのことをユウキから教わった」 ユウキ「……」  頬を赤らめ、照れ笑いするユウキを見て、ハルカはくすくすと笑った。 ハルカ「よかったら場所を教えてくださいませんか?あたし、どうしてもアジトに行って、ヒカルを助け出したいの」 エメラルド「――わかったわ。でも、わたしはいかないよ。だって、怖いもの」 ハルカ「ありがとう」  ハルカは微笑んだ。今までの笑顔の中で、一番安心した表情だった。 ************************************************************************* 第8話 emerald−エメラルド−  シダケタウンにやってきたユウキとハルカは、一人の女性・エメラルドと出会った。 聞くところによると、どうやらエメラルドもロケット団の被害者らしい。 弟であるミツルが、拉致されたというのだ。 エメラルド「貴方たちに会えて、本当によかった。ありがとう」  そしてここは、とある森の前だった。 名前のない、森。 地図上には、一切かかれていなかった。 ハルカ「こちらこそ……。エメラルドさんのおかげで、アジトを見つけることができたわ。 まさか、森の中にあるだなんて――」 ユウキ「木は森に隠せ、ってやつか」 ハルカ「ユウキにしてはよく知ってるじゃない」 ユウキ「ムッ……何だよそれ。どういう意味だ?」 ハルカ「なーんでもっ♪」  一見陽気に見える二人――いつもと変わらないと思われがちだが、実はそうではなかった。 二人とも、覚悟を決めていた。ロケット団との戦い――この先何が待ち受けていようとも、消して逃げない。 ミツルとヒカルを助け出すまでは、絶対に。 ユウキ「――それじゃ……いく、か」  大きく息を吸い込み、空を見上げた。 雲ひとつない、真っ青な空――。 まるでその空は、これからの二人の安否を祈っているかのごとく澄んでいた。 ハルカ「エメラルドさん」  ハルカは、振り向いた――きょとんとした顔のエメラルドに向かって。 ハルカ「あたしたち、絶対に戻ってきます。必ず、ヒカルとミツル君を助け出します。 もし、無事に戻れることができたなら――」  それ以上、いわなかった。いや、いえなかったのである。 もしも無事に戻れることができたのなら……。 これで、ハルカの当初の目的は達成されることになる。 ポケモンレンジャーにいたときからの夢が、叶うのだ。 そうなれば、それが本当の別れとなる。 エメラルドとの、そして――ユウキとの。 エメラルド「……ハルカちゃんはきっと、何かを覚悟しているのね。 ロケット団とのこと以外に――」  こくりとうなずくハルカ。 ユウキは何も分かっていないようで、会話に参加することが出来なかった。 エメラルド「それじゃあ、ほんとに……本当に、気をつけてね。 自らの命が危険になりそうだったら、絶対に逃げ出すのよ。 あたしの弟のために、貴方たちが死ぬことはないわ。 死ぬのは――わたしだから」 ハルカ「いいえ。あたしたちは死んでも助け出します。その覚悟でいますから」 ユウキ「……オレもそのつもりだ。死んでもハルカを守る」 ハルカ「――えっ……」  一瞬、ひるんだ。 今までユウキがこんなことを発言したことがなかったからだ。  やがてユウキは、次の行動に出た。 ぎゅっとハルカを抱きしめたのである。 ユウキ「オレも一緒に戦うから、一人で全部背負い込もうとするな。それがお前の欠点だ。 オレたち仲間だろう?だったら、こういうときこそひとつにならなくちゃ!」 ハルカ「ユウ……」  あふれる涙が止まらない。 ――何だかんだいいながら、ちゃんとわかっててくれたんだ。 ――あたしのことを、考えてくれてたんだ……。   ずっと一人だった。   ポケモンレンジャー……ううん、小さい頃から。   だけど、今は違う。   護ってくれる人がいる。   気にしてくれる人がいる。   そして。   仲間が、いる。  BGM「アドバンス・アドベンチャー」 ユウキ「それじゃあ、これで、オレたち……」 エメラルド「頑張ってね。何かあったら、絶対にメール頂戴ね。いつでもONにしとくから」 ハルカ「ハイッ!あたしが送りますね!」  ユウキが答えようとすると、ハルカがのりこんできた。 何だよとふてくされるが、無視する。 エメラルド「それじゃあ――……ほんとに……」 ハルカ「行ってきます!」 エメラルド「……そうね。行ってらっしゃい!」 ユウキ「行ってきます!」  このとき、二人は知るよしもなかっただろう。 三人の会話を、全て盗聴していたロケット団の一味がいたなんて――。 <ヒミツの森> ハルカ「ヌマクロー、おいで」 ユウキ「ロコン、ワカシャモ、頼むぞ!」  ポケモンたちは、それぞれうなずきあい、目を見張った。 これから起こることを、ポケモンたちは全て分かっていた。 今では、目と目を見るだけでも通じ合える。 パートナーである、ユウキたちと……。 ユウキ「にしても、ロケット団のアジトってどこにあるんだ? この森にあるのは確かなんだろ?」 ハルカ「エメラルドさんは、森の中へはまだ入っていないらしいわ。 だから、本拠地がどこにあるかは本当は分からないの。 でも、絶対にこの森にある。入り口を探さなきゃ!」 ユウキ「だな――あれ?何だ、この音……」 ハルカ「音?」 ユウキ「ほら、聞こえるだろ……。ポチャン、ポチャンって」 ハルカ「……ほんと。これ、水の音だわ!どっかに水があるのよ!」 ユウキ「って、何処いくんだワカシャモ!……ロコンまでっ」  水の音が聞こえた。 と、そのとたんにポケモンたちが走り出したのである。 猛スピードで、まるで電光石火のように――。 ユウキ「はぁ、はぁ……いってぇどうしたんだよ、みんな――」 ハルカ「急に走り出さなくてもいいじゃない……ほんと疲れたぁ」  ふと、空を見上げた。 ところが木々に囲まれていて、わずかな木漏れ日が差し込むだけだった。 さらに、目線を目の前に持っていくと――? ハルカ「み、見てユウキ!滝があるわっ。水の音の正体は、これだったのよ!」  ユウキが答える間もなく、ハルカは走った。 滝の下まで行き、水面からはいでている岩にジャンプした。 ハルカ「……黒いものが見える――きっと、滝の裏に洞窟があるのよ。ユウキ!」 ユウキ「ちょっと待ってくれよ。さっき走ったばっかりでしんどいって……うわぁ!」 ハルカ「ちょっ……ユウキ!?」  あまり運動に慣れていないユウキは、ハルカの隣の岩に飛び乗る時、足を踏み外してしまった。 ハルカは急いでユウキの飛び移ろうとした岩へと足を運び、ユウキの腕をつかむ。 ユウキ「ゼエ、ゼエ……」 ハルカ「頑張って、ユウキ――!」  目をぎゅっとつぶり、手に力を込める。 だが、人間の力には限界というものがある。 ハルカはそろそろ、力尽きてきた。 ユウキ「ばっ、馬鹿、放すなよ!」 ハルカ「放さないわよ!」 ユウキ「でも、お前の手、汗で滑ってるじゃねえか!」 ハルカ「だからって、放すわけないでしょ!」 ユウキ「オレのことはいいから、お前だけでもアジトに行け! お前の推理はこうなんだろう? きっとアジトは滝の裏にある――って」 ハルカ「ええ、あの滝の裏からたくさんの憎悪を感じたの! だから、きっと――」 ユウキ「うわっ!!」 ハルカ「放すもんですかぁっ!」  そのときだった。 ワカシャモ、ロコン、ヌマクローがそれぞれうなずきあったのは。 ふっと顔を振り向かしてみると、信じられない光景が目に飛び込んできた。 ワカシャモが"きりさく"で森の木々を倒し、ロコンがそれを口にくわえ、ヌマクローの上に飛び乗ったのである。 とたんにヌマクローは"とっしん"で走り、ユウキたちのもとへとジャンプした! ユウキ「お前ら……!」  そう。  ポケモンたちのおかげでユウキとハルカはヌマクローの背中に乗り、 無事に地に足をつくことができた。 ユウキ「……サンキュ、お前ら」 ハルカ「お疲れ様」  微笑み、ポケモンたちに抱きつく二人。 ワカシャモも、ロコンも、ヌマクローも――みんな、うなずいてくれた。 きっと、その瞳はこう言っている。 "ボクたちだって、誰かを護りたい!" ――と。 ユウキ「どうも、岩にジャンプするのは危険みたいだな」 ハルカ「ほんと。またユウキが落ちちゃったりしたら大変だものね」 ユウキ「ははっ。じゃあ、どうする?それ以外にあんなところにジャンプする方法は――」 ハルカ「そらをとぶを覚えているポケモンでもいればなぁ……」  ハルカは思案した。 どうすれば、あの滝の裏に行くことができるのだろうか。 岩へのジャンプ以外に、何か――……。 泳ぎは、無理だ。あの川の流れは、速すぎる。それこそ危険だ。 と、そのときである。 空中に、懐かしいあの敵が浮遊していたのは――。 ――フライゴンに乗って。 ???「やあ君たち!久しぶりだね」 ハルカ「貴方はっ……!!」 ???「我を覚えていないとは言わせないぜ。カナシダで戦ったロケット団幹部――"ジュエリー"!」 ハルカ&ユウキ「ジュエリー……!」 ユウキ「って、お前戦う前に逃げたんじゃあ……」 ジュエリー「逃げたんじゃねえやいっ!だってボスが……ボスが、戦うなっていうんだもん」  すねた子供口調で言い訳するジュエリーが、幹部とは思えないとユウキとハルカは顔を見合わせ、あきれた。 だが、油断は禁物である。どんな相手だろうと、ヤツはロケット団であることに変わりはないのだ。 ポケモンたちは、あきらかに敵対心をジュエリーに向け、ウゥゥゥとうなっていた。 ジュエリー「まあそれはよいとして――。とりあえず、君たちがこの森を見つけたことは褒めてやる。 だが、それだけでは我らがロケット団を退くことはできない――。いけっ、サメハダー!!"じしん"だ」 ユウキ「なっ……!」  悲鳴をあげるハルカ。だが、すぐに戦闘態勢に変える。 ハルカ「ヌマクロー、頼んだわよ!」 ジュエリー「フフフ。この"じしん"を受けてもまだ生きてやがるとは……。おもしろい! かかってこいや!!3対1でもかまわぬぞ!」  どうやら自信満々のご様子だ。 ユウキとハルカ、ポケモンたちは顔を見合わせ、強くうなずきあった。 ユウキ「いや、勝負は1対1でやろう。ルールは無視したくないし、正々堂々とやりたい」 ジュエリー「ほぅ。自ら死の道を選ぶ、とな?よろしい。先制攻撃はそちらでいいぞ」 ユウキ「っていうかもうやってるじゃん」 ハルカ「ジュエリーってどこかぬけてるよね〜」  ジト目でつぶやくハルカに、ジュエリーは真っ赤に顔を染めた。 ジュエリー「ええいうるさい!とにかく攻撃してくるがいい!!」 ユウキ「それじゃあ、遠慮なくいくぜ……ロコン!頼んだ」 ロコン「コンッ!!コーンッ!!」  ロコンは、ユウキに指示される前に攻撃を下した。 だましうち――サメハダーの後ろにすばやくまわり、背中を叩きつける。 サメハダー「サメーッ……!!」 ユウキ「やったか!?」 ハルカ「えっ――」  サメハダーは、一見猛ダメージを受けたかに見えた。 ところが、それはカモフラージュで、傷を1つも受けていなかったのである。 ユウキ「そんな……!?」 ジュエリー「ハハハハハ!我のサメハダーの防御力はボスに褒められるほど最高なのだ! では反撃と参る――"ダイビング"!!」 ハルカ「ダイビング――って、秘伝の技じゃない!あのサメハダー、あんな技まで……気をつけて、ユウキ! 敵はどこから襲ってくるか、わからないわよ!」 ユウキ「わ、わかってらぁ……ロコン。何とかしてよけてくれよ!」 ジュエリー「はたしてそう上手くいくかな?」  サメハダーは、川の奥深くへと潜っていた。 黄色く鋭い光だけが、ふたつ川の中をさまよい続ける。 ユウキ(どこだ!?敵はどこだ……どこから襲ってくる!?)  焦らないで、ユウキ――とつぶやいたハルカの頬にも、かすかな汗がたれていた。 はたして、敵はどう出てくるだろうか。 ジュエリー「ワン……トゥ……」 ユウキ(くるぞ……!) ハルカ(くるわね――) ジュエリー「スリィッ――サメハダー、そこだ!」 ユウキ「――よけろっ、ロコン!!」  まさしくスピード勝負である。 サメハダーのダイビング――川から上がってくる"スピード(はやさ)"と、 ロコンのよけるタイミング――"スピード(はやさ)"と、どちらが先か……!? ロコン「コーーーンッ!!」 サメハダー「サメーッ……!!」 ユウキ「なっ――」 ハルカ「え!?」 ジュエリー「……なるほど」  ジュエリーは落ち着いていた。よくやった、とサメハダーにつぶやく。 ジュエリー「どうやらひきわけのようだな。二匹とも、同時に地面についた。サメハダーは、水面だが……」  そのとき、ほっとしたようにユウキは胸をなでおろした。 ところが、それが不幸となった――ジュエリーに、そのすきをつかれたのだ。 ジュエリー「まだ勝負は終わっていないぞ!"れいとうビーム"!!」 ハルカ「馬鹿っ、ユウキ……!!早くロコンに指示を!」 ユウキ「ろ、ロコン、"かえんほうしゃ"!!」  次の瞬間。 ロコンは、"こおりづけ"になってしまったのである――。 ユウキ「……そん、な――」 ハルカ「ユウキ……」 ジュエリー「ハハハハハハ!思い知ったか、我の強さを……このサメハダーの強さを!」 サメハダー「シャシャシャシャシャ!」  意味不明な笑い声を飛ばすサメハダー。 ジュエリーはニィっと不気味に笑い――最後の止めを刺すつもりだ。 ジュエリー「サメハダー、"なみのり"だぁぁっ!!」 ユウキ「いや……まだ、勝負は終わっていないんだろう。 だったら、笑うのは一番最後にしておいたほうがいいぜ」 ジュエリー「な――……」 ユウキ「ロコン、"ふういん"!」 ロコン「コーーーーーーーーーンッ!!」  まさに神秘的な光景だった。 ロコンは自ら"こおり"を自らの体温で溶かし、空中へとジャンプした。 くるくるくると何回か目にもとまらぬ速さで回転したあと、 サメハダーが操る"なみのり"の前へと飛び出ていく。 ハルカ「ロコン!」 ロコン「コーーーーーンッ!!」  もう一度ほえると、ロコンは尻尾を華麗に舞った。 すると辺り一面が光に包まれ、"なみのり"はふういんされたのである。 ユウキ「お、お前……」 ジュエリー「な……何が起こったんだ?サメハダーのなみのりは、どうなったんだ――」 ユウキ「"ふういん"したんだよ」 ジュエリー「ふういん――だと?」 ユウキ「ロコンがお前の技を封印したんだ」 ジュエリー「そんな技を持っていたとは――。甘く見すぎたぜ。この勝負、我の負けでいい。 戻れ、サメハダー!」  ジュエリーは残りわずかなサメハダーの体力を考慮し、負けを認めた。 ハルカ「っ、じゃあ!」 ジュエリー「ああ。我はまだ力不足のようだな。修行がたりない……滝の裏へ行くがよい。 自分を信じて――我のフライゴンの"そらをとぶ"で行くのだ」  ハルカはなんと、ジュエリーに抱きついた。 あまりにも強く首を締めすぎたので、ジュエリーは苦しそうに喘ぎ声を上げる。 ハルカ「ありがとう!ほんとに……」  ユウキに「その辺にしとけ」と言われ、ハルカは慌てて謝った。 ジュエリー「我は負けた。きっと君たちのようなポケモンへの信頼と愛が足りないんだな」 ユウキ「そんなこと……」  フライゴンに乗り、滝の裏へと足をついた二人。 二人は見送りながら、ジュエリーのことを思い出していた。 別れる前、話してくれたことを。 ジュエリー『我、家族全員ロケット団だったんだ。 本当は入りたくなかったんだが、両親が厳しくてな。 仕方なく入団したんだが、ボスがそんな我を慕ってくれてな。 それ以来、決めたんだ。我はいつかボスに恩返ししたい、とな……。 ボスに負けたらおとなしく部屋に行かせろと言われてるんだ。 ボスの部屋はこの洞窟の奥のほうにある――検討を祈るぞ』 これから、最初で最後のロケット団との戦いが始ろうとしている――。 *********************************************************************** 第8話 emerald−エメラルド−  ザッ、ザッ――。  辺りは薄暗く、不気味な洞窟だった。 ハルカ「――感じるわ。ロケット団の激しい悪意を」 ユウキ「ああ。オレも何か、キモチ悪いもん感じる」 ハルカ「それにしても、ロケット団て一体何者なのかしら」 ユウキ「そもそもそこが一番わからねえとこなんだよな。アイツラの目的は組織を復活させること、 そのために優秀なトレーナーたちを拉致している――だけど、ロケット団の根本的な理由がわからない。 なぜあのような組織を作ったのか、存在するのか――ボスの実態さえも……」 ハルカ「何にしても、慎重に行かなくちゃ!ユウキ、絶対に悪ふざけはダメよ」 ユウキ「う、うるせえっ」  赤面になりながらそっぽを向く、そんなユウキを見ながらハルカはくすくすと笑った。 そして、そんな些細な"幸せ"をぎゅっと心の中でかみ締める。 ロケット団との戦いが終われば――。 もう、ユウキとこのようにはしゃぐことはない。 いや……これは、ハルカにとって――。 ユウキ「って、わぁぁ!!」 ワカシャモ「ワカーッ!!」 ハルカ「!」  唐突なユウキと、ワカシャモの悲鳴。 突如歩いていたゴツゴツしていた地が抜け、大きな穴が出来ていた。 敵の、罠か――? ハルカ「ユウキ……?ユウキ!ワカシャモ!」  何と、その"抜けた穴"に落ちたのはユウキだけだった。 ハルカはなんとかバランスを保ち、ギリギリで壁にへばりついている。 ポチャ、ポチャ――と、天井の石から水の落ちる音がした。 ザザーッと小さいが、先ほどジュエリーと戦った場所である滝の流れる音が聞こえる。 ハルカ(どうしよう、あたし一人になっちゃった……)  ハルカは焦った。泣きたい気分だった。 ユウキがいない――ただそれだけで不安で、悲しくて、寂しくて……怖かった。 どうしてなんだろう。 今までだって、ずっと一人でポケモンレンジャーやってたじゃない。 それなのに――なぜ……。 ハルカ「きゃっ――……」  ハルカ自身もまた、足をすべらせそうになった。 が、それを救ってくれたのは、ユウキのポケモン――ロコンと、自らのパートナー、ヌマクローだった。 必死でハルカの腕に噛み付き、ひっぱりあげようとしている。 それが何より嬉しく、心強かった。 ハルカ「みんな……」  そうだ、そうだよ。 ハルカは思いなおす。 ユウキがいないからって、しょげてちゃダメなんだ。 だって、あたしは覚悟したんでしょ?ユウキとの別れ――。 だったら、こんなことくらいで泣いてたら、絶対に別れられないじゃない!  どん底の絶望もしくは失望から、自分を奮い立たせる――前向きな気持ちになるのは、相当のパワーが必要だ。 しかし、そのパワーは、仲間がいれば――大切な何かがあれば、きっと補える。 この場合、ハルカにとってそのパワーは、まぎれもない、"ポケモン"たちであったのである。 ハルカ「ごめんなさい。あたし……」 ロコン「コン――」 ヌマクロー「ヌマヌマ」  同情するように、慰めるように――涙を流すハルカに、訴えるポケモンたち。 そんなポケモンたちを見て、ハルカは右腕で涙をぬぐった。 ハルカ「……さっ。まずはボスの部屋に行きましょ!あたしの目的は、それだもの。 ユウキは――きっと自分で何とかしてくれるわ」  もちろん、ハルカだってユウキを助けたい。 だが、自らユウキと同じく敵の罠に陥るわけにはいかない。 前へ進むしか、今は出来ないのである。 ユウキ「――ここは……?」  同じ頃――ユウキは目を覚ました。 不意に天井を見上げ、はっとなる。 ワカシャモ「……ワカ――」  ワカシャモが、寂しそうに鳴いた。 ユウキは、そんなワカシャモに気づき、そっと起き上がる。 ユウキ「オレ、どうしちまったんだっけ……そうか。確か、落とし穴に落ちて――」  うあーー……という、先ほどユウキの発した叫び声とともに、落とし穴の映像がユウキの頭の中をよぎった。 ユウキはため息をつき、辺りを見回す。 ユウキ「ここは一体どこなんだ? どうすれば、ハルカの元へ行ける?それよりハルカは、無事なのだろうか……? ロコンとも……はぐれちまったみたいだな……オレがいながら、守ってやれなかった――みんなを……」 ワカシャモ「ワカ!」 ユウキ「……そうだな。迷っていてもしょうがないな。とりあえず、歩き出そう」  ワカシャモに渇を入れられ、歩き出すユウキ。 辺りは、不思議な空間だった。 何といえばいいのかわからない――恐々しい雰囲気もあった。 天井に舞う0から9までの数字。その数字は消えてはまた現れ、その繰り返しだった。 その他は全て闇。暗黒の闇だったのである。 ユウキ「何なんだ、あの数字……気味悪いぜ。なあ、ワカシャ――な!?」  なんと、ワカシャモが消えかけていたのである。 ジジジジジッという鈍い雑音とともに、少しずつ少しずつ、手と足が無くなっていく。 ユウキ「ワカシャモ!どうしたんだ、オイ!」 ワカシャモ「ワッ……カ――」  ふとみると、ユウキの体自体も消えかけていた。 ワカシャモと同じように――と、そこへ天井に待っていた数字たちが襲い掛かってきたのである。 ユウキ「な、何なんだよこれ……うあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」  おなじころ――ハルカは、敵陣を彷徨っていた。 確かジュエリーは「奥にボスがいる」といっていたが、どこまでいってもこの洞窟は終わりそうにない。 それに、何だか嫌な予感がした。 ロコン「コン……」  ロコンが不安げにつぶやき、ヌマクローも不安げに見上げた。 ハルカは無理に笑顔をつくってみせ、「大丈夫よ」と励ます。 ハルカ「敵の場所はもう分かってるんだもの……あとは、進むだけ……」  と、そのときだった。 ユウキを襲ったのと同じ数字が、ハルカの目の前にシュッと現れたのだった。 あきらかに動揺を隠せないハルカ。 ハルカ「な、何なのこれ?!」  その不気味さと、恐々しさにしりもちをつくハルカ。 そんなハルカを、ゆっくりと起こすヌマクローとロコン。 二匹は決して、警戒を解こうとはしなかった。 ハルカ「きゃぁっ!!――逃げるよっ、みんな!!」  数字の"1"がハルカめがけて突進してきた。 とたんに走り出すハルカ。ヌマクローも、ロコンも、それに続く……。 それでも、数字は追いかけてきた。むしろ、どんどんスピードが加速している。 せっかく進んだ洞窟を、また戻るはめになった。 しかし、物語のクライマックスはすぐに訪れた。 ――行き止まり、である。 ハルカ「ど、どうしようっ……」  目の前は壁。後ろには数字の軍団。 どうすれば……どうすればいい!? ヌマクロー「ヌマーッ!!」 ロコン「コォン!」 ハルカ「そ、そうよ。焦っちゃダメ……動揺しちゃダメ!こういうときこそ、冷静にならなきゃっ! ヌマクロー、ロコン、頼むわよ!」  二匹は、こくりとうなずいた。 ハルカ「へーんだ、ここまでおいで!」  何を思うのか、ハルカはべーっと舌を出し、数字軍団をからかいだした。 すると数字軍団は、感情があるのか怒ったように体(?)を振るわせる。 そして、いっせいに襲い掛かってきた。 ハルカ(今よ――っ!)  ヌマクローの、『うずしお』が数字軍団を取り巻き、何度も回転してみせた。 さらには、ロコンの『あやしいひかり』で数字軍団を混乱させる。 まさに、見事な連携プレーだった。 ハルカ「よし、今のうちに!」  いくつかの数字たちを攻撃してから、再び奥へめがけて走り出すハルカ。 だが、その攻撃から生き延びた残りの数字たちが空中を浮遊して追いかけてくる。 ハルカ(間に合って――!)  ところが、そんなハルカの願いもむなしく、数字軍団は意外と強かった。 ヌマクローとロコンをとりまき、消去したのである。 ワカシャモとユウキと同じように、二匹は消えていく……そのことに気づいたハルカは、後ろを振り返り叫んだ。 ハルカ「みんな――っ……!」 そのときであった。 ハルカが、数字に飲み込まれて、叫び声とともに、消えた。 ***** ユウキ「……ここは――」  気を取り戻したユウキは、目線に気を失ったハルカがいることに気づき、慌てて起き出す。 ハルカのとなりには、ヌマクロー、ロコン、そしてユウキのとなりにはワカシャモが倒れていた。 そして、さらには――。 ユウキ「おきろ、おきるんだ、ハルカ!ロコン、ヌマクロー、ワカシャモッ!」 ヌマクロー「ヌ……マ?」 ロコン「コ……」 ワカシャモ「ワカァ?」 ユウキ「ハルカ、ハルカってば、起きろ――よ"!」  いきなりハルカのパンチが飛んできたので、ユウキは慌てて退いた。 ハルカ「何すんのよ、気持ちよく寝てたのに!」 ユウキ「おいおい、寝てたってお前なぁ……」 ハルカ「バーカ。嘘に決まってるでしょ?それより、ここは……」 ユウキ「……どうやら、オレたち、あの数字に飲み込まれてしまったみたいだ」 ハルカ「――それで、ここにきちゃった、ってわけ? っていうか、あの数字はいったい何なの?ポケモンでもないみたいだし……」  ハルカのポケモンについての知識は一般よりもはるかに上だ。 そのため、このことは信用できる。あの数字軍団はポケモンではない、と――。 だとしたら、いったい何なのだろう?ただの数字ではないことは分かっていた。 ???「フフフフフ。ようこそ、"ポケットモンスター"の世界へ」 ユウキ「誰だ!出てこいっ!」  どこからか声が聞こえた。 その声の主を探そうと、辺りを見回すユウキだったが、右を見ても左を見ても、 先ほどの落とし穴と同じく暗闇に包まれていた。 ???「まあまあ、そう慌てるなユウキ――」 ユウキ「オレの名前を……知ってる?」 ハルカ「……誰?いったい、誰が――」 ???「私の名はウェルズ。ロケット団のボスだ――」 ユウキ&ハルカ「なっ……!何だって!?」 ボス「これからキミたちに"ゲームの主人公"となってもらう。 そして、これから私の出題する"ゲーム"をクリアしなければならない。 もしもこのゲームを無事クリアすることが出来れば、私はお前たちから身を引こう。 現在わずかなロケット団も解散とする」 ハルカ「ゲーム……って――」  冷や汗をたらすハルカ。 完全に遊ばれている。 こっちは真剣勝負なのに、相手に完全になめられている。 ゲームだなんて、ふざけている。 ボス「実はキミたちがミシロを出発していたときからずっと様子をうかがっていたのだ。 なぜなら、ユウキ――キミから不思議な力を感じたからだ」 ユウキ「不思議な力?何だよ、ソレ。わけわかんねーこと言うな! それに、お前らにどうやってオレたちの様子をうかがうことが出きるっていうんだ!?」 ボス「発信機だよ」 ユウキ「え――」 ボス「キミのポケナビを見てみるんだ」 ユウキ「……ま、まさか」 ハルカ「アーッ!!」  二人の叫び声がほぼ同時に重なった。 ボス――ウェルズが言ったとおり、ポケナビの裏に、小さな小さな点がついていたのである。 さらに、ハルカのポケナビにも同じくついていたのだ。 ボス「ハルカの両親が亡命したことは本当はもうどうでもいいのさ。 そう。私たちの本当の目的――それは、この世界を制すること……」 ハルカ「そんな馬鹿なことを!」 ボス「確かに今の時代、世界征服なんて馬鹿げていると言う輩が多いだろう。 だがしかし、かつてはロケット団は、この地方の半分を治めるほどの能力を持っていた。 ところが……だ。すでに二度もガキんちょに倒されてしまっている。 何だこれは!なぜこのように強い私たちがやられなければならん!!」  激怒を飛ばすボスに、警戒を解かないポケモンたち。 ハルカとユウキは、ただただボスの話に聞き入るしかなかった。 次の指示を待つしか出来ないもどかしさ。 ボス「私たちは先輩である、ロケット団ボスサカキ様が取り締まっていたような雰囲気を目指した。 だが、私の力ではそこまでは及ばなかった。ロケット団はどんどん崩壊し、衰弱していったのだ。 あのガキんちょのせいで、私たちは少ない残党のみで生活するしかなかったのだ」 ユウキ「へん!ロケット団なんてくだらねー馬鹿げた軍団、さっさと滅んじまえばいいんだよ!」 ボス「馬鹿げた、だと?ポケモンを悪に利用することが馬鹿げているとキミは言いたいのだな? ならば教えてやろう。ポケモンを悪に利用すれば、どれだけ強くなるか!」 ハルカ「ユウキッ、危ない!!」 ユウキ「……?――うあぁぁっ!」  突如後ろから背中を攻撃されたユウキ。 そのまま痛々しく地面に倒れこみ、じわじわとにじみ出る血を抑える。 そんな生々しい光景に、ハルカは思わず目をつぶった。 ポケモンたちは、攻撃を繰り出した相手に敵意剥き出しにする。 その相手は――。 ジュエリー「さっきぶりだな、お前ら」 ハルカ「ジュエリー……あなた!」 ジュエリー「さっきは手加減したが、今度はそうはいかねえぜ。 フライゴンの"りゅうのいぶき"でしとめられなかったポケモンは他にいねえ――」 ユウキ「ち……く……しょぉぉっ……!!」 ロコン「コーンッ!!」 ワカシャモ「ワカーッ!」  トレーナーの指示なしで立ち向かうロコンの『かえんほうしゃ』と、ワカシャモの『きりさく』に 少々戸惑うジュエリーだったが、すぐに反撃し、二匹は瀕死状態に陥ってしまう。 ジュエリー「ハハハハ!思い知ったか、このフライゴンの強さ――!」 ハルカ「ユウキ!みんな、しっかり……ヌマクロー、お願い!」 ヌマクロー「ヌマ」  力強くうなずき、ジュエリーのフライゴンに立ち向かっていくヌマクロー……。 ヌマクロー「ヌ……マーッ!!」 ハルカ「ヌマクロー、『とっしん』!!」 ジュエリー「そんなお遊び技で我が倒せると思っているの……な!?」 ???「バクフーン、『はかいこうせん』ヤッ!」 ???「オーダイル、『ハイドロポンプ』ですっ!!」  大阪弁の女の子の声、そして敬語を使う男の子の声――。 一瞬ひるんだフライゴンとジュエリーを、バクフーンが再び攻撃する。 ???「つづいて『かみなりパンチ』やぁっ!」 ???「はやく、今のうちに逃げて下さい!!」  敬語の男の子に誘導され、ユウキとハルカはただただ従うしかなかった。 ジュエリーが攻撃のあとに気づいたときには、すでに全員姿を消していた。 ジュエリー「くそっ……また失敗か!」 ****** ユウキ「とりあえず、助けてくれたことには礼を言う。でも……」 ???「ああ、自己紹介がまだでしたね」 ???「ウチはルビー。ルビー言うねん。よろしゅうな」 ???「ボクはサファイヤです。よろしくお願いします」 ユウキ「え!?」  次の瞬間、ユウキの絶叫が闇の中に木霊した。 今、何……て――? ハルカ「ユウキ、静かにっ!――あの、あなたちが、ルビーさんとサファイヤさん?」 ルビー「そうや!」 サファイヤ「そうです」 ハルカ「でも、どうしてこんなところに?あなたたちも、ロケット団を倒しにきたの?」 ルビー「当たり前や。町でロケット団が復活しとるっていう噂を聞いて、こりゃやばい思うて乗り込んできてんけどな。 洞窟の落とし穴に大当たりしてもうて、今ではこの状態や。全てこの責任はサファイヤはんにあると思うけどな!」 サファイヤ「いってー!何するんですか!でも、ロケット団戦に首をつっこんだのはルビーさんのほうじゃないですか!」 ルビー「へぇ?ウチそんなんいうたっけ?」 サファイヤ「いいました!『正義のために、ウチはロケット団を倒す義理がある!』とかなんとかって!」 ルビー「……あはは。まあ、それはそれ、これはこれや。とにかく、」 サファイヤ「話そらさないでください」  肩を思い切り叩かれて、まだヒリヒリするサファイヤは、怒りを抑えきれないらしい。 ルビーははははと苦笑いしたまま、それでも真剣な顔つきにすぐに戻った。 ルビー「すんまへんけど、オダマキ博士に連絡つかへんか、今?」 ハルカ「え?」 ルビー「あんさん、ミシロ出身やろ」 ハルカ「どうしてそれを……」 サファイヤ「カンですけどね。伝わるんですよ。ミシロの思いが」 ユウキ「みしろのおもいねぇ〜」  馬鹿にしたように天井を見上げるユウキに、ハルカは「馬鹿ユウキ!」と突っ込みを入れた。 ハルカはそれから、ポケナビを取り出し、メールを打ち始めた。 ところが――。 『  通  信  不  可  能  で  す  』 ハルカ「そ、そんな!」 ユウキ「何でだよ」 サファイヤ「きっとこのエリアでは通信不可能なようにロケット団が設定したんでしょう。 ヒミツをもらされないように……」 ユウキ「でも、ゲームってどういう意味だ?ボスがいってた……」 サファイヤ「そのとおり、ゲームです」 ユウキ「……?」  ますますわからなくなったユウキは、頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。 そんなユウキはほうっておいて、ハルカたちは作戦会議を始める。 ハルカ「あたしたちは、そのゲームをクリアしないと、ロケット団を崩壊することができない、ってわけね」 ルビー「そうや。でも、このゲームはほんまもんやで。ゲームやからといって、リセットはでけへんし、 ここで死んだらほんまに死ぬて、ボスが言うてたわ」 サファイヤ「今までこのゲームをクリアした人はいません。 ロケット団の本拠地にいって、消えてしまう人がいるというニュースが多いのは、このゲームのせいなんです」 ハルカ「……もし、このゲームをクリアできなかったら?」 サファイヤ「――恐らく。ボクたちは、一生このゲームの世界から出ることができなくなるでしょう」 ユウキ「なっ、何ーーーーっ!!そんなの困るじゃねえか!オレ、まだ読んでない漫画いっぱいあるんだぜ!? それに、ジョウトの友達から手紙がきてるかもしれないし、それに、それに、将来は――?」 サファイヤ「落ち着いてください、ユウキさん」 ユウキ「これが落ち着いてられるかっての!」 ハルカ「ユウキ、こういうときこそ冷静になって!」 ユウキ「ちえっ……」  ハルカに強く押され、うなずくしかできなかったユウキ。 しらじらとルビーとサファイヤをにらみつけ、ぷいっとそっぽをむいてしまった。 サファイヤ「まず、ボクたちに出された第一の課題は、このゲームのスタート地点にたつこと……。 それは、あの数字軍団のおかげで達成することができました。次の課題は……」  ふと辺りを見回し、悲鳴をあげるユウキたち。 そう、次の課題は――。 ボス「先ほどはお見事だった。よくジュエリーから逃れることが出来たな」 ユウキ「貴様……っ」 ボス「だが、ゲームはこれからが楽しいところだ。 第二の課題、それは……これだ!」  ボスがなにやらぼそぼそつぶやくと、何と、リングが現れたのである。 ポケモン同士が戦う、バトル場が――。 ボス「そう。この4人の中で、2人生き残った者だけが、前へ進めるのだ……」 全員「そ、そんな!?」 ルビー「ってことは、ウチらのうち誰か二人が犠牲になるっちゅうことか!」 ハルカ「しかも、あたしたち4人が互いに戦わなければならないなんて……」  これほどショックなことはない。 これまで行動をともにしてきたユウキとハルカ。ルビーとサファイヤの4人で、 それぞれ戦わなければならないなんて――。 しかも、そのうちの二人は必ずゲームオーバーとなってしまう。 残されるのは、二人だけ。 ボス「どうだ?楽しいゲームだろう」 ユウキ「どこがだ!何でオレたちがそんなことをしなければならないんだっ!? オレたちはただ、ただ……」  そう。 もとはといえば、ユウキはホウエン地方に引っ越すことだけが目的だったはずだ。 それなのに、両親と挨拶を交わす暇もなくハルカと冒険の旅に出ることになり、 今はこうして、ロケット団の思う壺となっている。 何にせよ、相手のいいなりになるのだけはユウキの一番嫌いなことだった。 ボス「さあ、楽しいバトルの始まりだっ!」  ズーン。 そんなヘタレな効果音とともに、ユウキたちの顔が空中に浮かび、スロットマシーンのようにシャッフルされていく。 ユウキたちは目をつぶり、避けたくてもさけられない試合をするはめになってしまった。 ボス「第一試合は――ルビー選手とハルカ選手、第2試合はユウキ選手とサファイヤ選手!」 全員「……」  ユウキは激しく腹正しかった。 さっき戦ったサファイヤとさえ戦わなければならないなんて! だが――前へ進むには、戦うしかない……。 ユウキ「手加減は、しないぜ」 サファイヤ「こちらこそ……」  頭のいいサファイヤも、それは同じ思いだったようだ。 同じく、ハルカも、ルビーも……戦わなければ、前へ進めない。 とにかくここのうちの二人が生き残れば、ボスと戦える。 そしてそのボス戦に勝てば、ロケット団はついに崩壊するのだ。 まずは、ユウキとサファイヤの試合から……。 ユウキ「いけっ、ワカシャモ!」 サファイヤ「頼みましたよ、オーダイル!」  理不尽な戦いが、今始まった。 ************************************************************************* ボス「第一試合は――ルビー選手とハルカ選手、第2試合はユウキ選手とサファイヤ選手!」 全員「……」  ユウキは激しく腹正しかった。 さっき戦ったサファイヤとさえ戦わなければならないなんて! だが――前へ進むには、戦うしかない……。 第8話 emerald−エメラルド− C ルビー「いくでっ……ハルカはん、手加減はせえへんからな」  ボスの要望により、バトルしなければならなくなった四人。 二人は互いに睨みつけていたが、ハルカは正直、どこか後ろめたい気持ちだった。 でも……この戦いが終われば、すべてが終わる気がした。 弟のヒカルのことも、ユウキとのことも……。 だから今は。 ――精一杯、頑張るしかないっ…! ハルカ「分かってるわ。ヌマクロー……お願いっ!!」 ルビー「バクフーン、アイアンテールやっ!」  先制攻撃――炎対炎。 この戦いは、長くなりそうだと、ユウキは思った。 ハルカ「くっ……」 ヌマクロー「ヌマァッ!!」  ハルカの指示は、ヌマクローに確実に届いていた。 もはや一人と一匹の絆は深く、技を言わなくとも目と目で通じ合えるようになっていたのである。 なかなか技を言わないハルカに、ルビーは少しばかり顔をしかめたが……。 そのとたん、すぐにヌマクローの攻撃が出た。 ユウキ「あっ……!!」 ヌマクロー「ヌッ……マァァァッ!!」  ヌマクローの、「とっしん」。 少しだけ自分も反動を受け、ダメージを食らうが……それくらいどうってことない。 ハルカは苦笑しながらも、そんな勝負の行方を――ただ黙って、ただ目を見開いたまま、じっと見つめていた。 ルビー「あ、あかんっ……バクフーン、よけて『かみなりパンチ』やっ!!」 ユウキ「なっ……!!あのバクフーン、電気技も使えるのか!?」  普通、炎タイプは炎タイプの技、水タイプは水タイプの技を使うのが主だ。 それなのに――どうやらこのバクフーン、さまざまなタイプの技が使えるらしい。 要注意だと、ハルカは身構える。 サファイヤ「いいですよ、ルビーさん!!」 ルビー「まかしときっ……!」  サファイヤに、ウインクを送るルビー。 ハルカのヌマクローは、一瞬にしてバタリと床に倒れこんだ。 ズドォォンンッ……という音があたり一面に響き、ヌマクローの体に、少し電撃が走る。 相性でいえば、水は電気に弱い。 だが、ハルカは信じていた。 ここで負けたら、すべてがダメになってしまうかもしれないと思った。 絶対に、負けるなんて嫌だ――それに、負けないってマナミさんと約束したじゃない!! ヌマクロー「ヌ……ッ」  不思議なことに、ヌマクローはそんなハルカの気持ちが伝わったかのように、痛々しくも立ち上がっていく。 ギロリとバクフーンをその青い瞳でにらみつけ、「まだ自分は負けていないぞ」とアピールしているかのようだった。 ハルカ「そ……そうよ!あたしたちはまだ負けてないわっ」 ユウキ「ハルカ、がんばれっ!!」 ルビー「しぶといやっちゃな……次で終わらせたるわ!バクフーン、『じしん』やっ!!」  今度はそう簡単にはいかなかった。 地面が揺れだし、バクフーンを震源地とした地震が、アジト一面を取り巻く。 ハルカはやっとのことでそれに抵抗し、ヌマクローも堪えていた。 ユウキはわわわっとその場にこけそうになるが、ワカシャモがそれを支えてくれている。 ユウキは揺れがおさまると、ワカシャモに「ありがとう」とつぶやいた。 ワカシャモはそれに答え、ふっと微笑む。 ハルカ「ふふふ……罠にかかったわね」 ルビー「な、なんやとぉっ!?」  ルビーは冷や汗をかいていた。 まずい……このままではまずい!! あの地震が……あの地震が効かないなんてっ……!! ルビーは今まで、この地震で勝ち抜いてきた。 それなのに……なんでや? なんで、あのハルカはんにはかなわへんのんっ!? サファイヤ「ルビーさんっ!!」  サファイヤの叫びが、ルビーの耳をつらぬく。 ルビーははっと、我にかえった。 サファイヤ「まだ負けたわけじゃありません!最後までその力を、ふりしぼってくださいっ!!」  そうや―― ウチは約束したやんか! この戦い……負けられへん――。 ――BGM「そこに空があるから」――  ルビーは思い出していた。 サファイヤと旅を続けるうち、ロケット団が復活するといううわさを聞いた。 そこで出会った一人の少女。 その少女は、夢を持っていた。 そう。 "ポケモンマスターになりたい"――という夢を。 もしもここで負けたら、ロケット団は復活してしまうだろう。 そしたら、少女……いや、これまで出会ってきた人たちの、たくさんの夢や希望は失われてしまうのかもしれない。 ――絶対に、勝てると思った。 ユウキのためなら、何だってやれる。 そこまで考えて、ハルカははっとなる。 どうしたんだろう。 なんでかな。 いつのまにか、ユウキのために、戦っているような気がする。 今までは、自分のために――自分のためにしか、戦ったことがなかった。 他人のために戦うなんて、絶対嫌だった。 ハルカのプライドが、許さなかった。 それなのに、なぜ? ユウキと出会ってから、何もかもが変わってしまった。 でもそれは、決して悪いことではない。 ハルカに、希望の光が差し込んだのだ。  ズドォォォンンッ!! そんな鈍い、どこかうめくような声とともに――バクフーンは、ルビーの目の前に倒れこんだのであった。 ハルカはゆっくりとバクフーンに近づき、そっと毛をなでる……。 ハルカ「あなた、とっても強かったわ。今まで戦った、誰よりも――」 ルビー「なんで……なんで勝ったんや……?」 ハルカ「どうして?それはあなただってそうじゃない。 どうしてあなたは負けたの?」 ルビー「……」 ハルカ「ヌマクローは今まで『がまん』していたの。 だから、『じしん』が2倍になって、あなたに返ってきた。そういうわけ」 ルビー「……そか……バクフーン、ボールに戻って、ゆっくり休んどき」  ボスは、そんな2人をずっと、モニターから眺めていた。 次第に、苛立ってくる。それは――憎しみだった。 憎かったのである。 ポケモンにやさしく接する、その態度が。 アイツらは、何もわかっていない。 そのとき彼は、確信したのだ。 アイツらなら、勝てると――。 しだいにボスの憎しみは、勝利への微笑みへと変わっていった。 ユウキ「おいっ、みろよハルカ!!」  ――と、そのときだった。  ヌマクローが、光り輝きだしたのである。  まさに、進化の瞬間――。 ハルカ「あ……」  ハルカは声にもならない声で、かすかにつぶやいた。 ヌマクローが、進化した……? 『ラグラージ』、に――。 ハルカ「ら、ラグラージ……」 ユウキ「や、やったじゃねぇか、ハルカっ……!!」 ハルカ「ユウキッ!!」  いつしか二人は、抱き合っていた。 あまりのうれしさのあまり、いつものハルカではなくなっていたのである。 だが、ラグラージが一声鳴くと、すぐにはっとなった。 ハルカ「ばっ、馬鹿ユウキっ!!」 ユウキ「何だよハルカ!いきなりっ……」  ハルカは、微笑んでいた。 これで、きっと大丈夫。 ユウキとのことも、何もかも、すべてが、うまくいくと――。 きっと、そうだと――。 ユウキ「残りは……」  ルビーは苦笑していた。 急いでサファイヤの元へと戻り、バクフーンの入っているボールを撫でながら――。 今までいっぱいいっぱいおおきに、な! ほんで……。 これからもよろしくやでっ!! サファイヤ「僕たちの番ですね」 ユウキ「……いけっ、ワカシャモ!!」  ユウキのモンスターボールから、ワカシャモが飛び出す。 対するサファイヤは……? サファイヤ「オーダイル、お願いします!!」  オーダイルだった。 二匹は互いに鳴き喚き、やる気満々な態度を見せる。 少なくとも、この試合が終われば……。 ハルカ「相手はポケモンリーグに出るはずだった相手よ!油断大敵っ……!!」 ユウキ「分かってるぜ、いちいちうっせえなっ!!」  ユウキは微笑みながら、こちらを見た。 絶対に勝つと、そう信じきって。 ――ユウキ……―― ――BGM:アドバンス・アドベンチャー―― ユウキ「いくぜっ……ワカシャモ、『すなかけ』ダゼッ!!」 ワカシャモ「ワカーッ……カーッ!!」  走り出すワカシャモ。 いつしか手に砂を握り締め、そしてそれらはオーダイルに降り注ぐ。 サファイヤとオーダイルは、ともにゲホゲホとせきをした。 だが、それくらいでやられるわけにはいかない! サファイヤ「オーダイルッ、『はいどろポンプ』ですっ!!」 ――て、えっ!?  サファイヤは、目が点になった。 ワカシャモの周りには、砂がたくさん浮遊しており、なかなかはいどろポンプが当たらないのである。 あわてふためきながら、サファイヤはうぉぉぉっと困ったように悲鳴をあげた。 ルビー「サファイヤの阿呆っ、何負けてるねん!!」 サファイヤ「それは、ルビーさんだって……うああっ!!」  ついで、ワカシャモの二度目の攻撃が、サファイヤとオーダイルを襲う。 ユウキ「そのまま『ほのおのうず』っ!!」 サファイヤ「こちらだって負けていられませんッ!! オーダイル、『はかいこうせん』ですっ!!」  おなじころ――。 エメラルドは、「ひみつの森」の前に立っていた。 どこか形相は険しく、危機感に満ちている。 エメラルド「……いかなきゃ。だって、わたしの弟なんだもの。 だったら、わたしが助けなきゃ……」  そう。 エメラルドは決意したのであった。 いつまでも怖がってちゃだめなんだ。 前に進まなきゃ――。  きっと、このまま家で待っていても、ミツルは帰ってこない。 そうじゃない? エメラルド「ミツル……今、助けに行くからねっ!!」  そして、場面はかわり――。 ドサァァッ、と、オーダイルは倒れてしまった。 サファイヤは青ざめ、ルビーを振り返る。 ルビーは「だらしないなぁ」といった顔で、苦笑していた。 サファイヤの目から、涙がどっとあふれ――ルビーに抱きつく。 ルビーは、そんなサフィアヤから逃れようと、必死に抵抗した。 ルビー「な、何すんねんサファイヤはん!!」 サファイヤ「負けちゃいました……負けちゃいましたよぉぉぉっ!!あの馬鹿ユウキに……」 ユウキ「むかっ!!」  いつからはやりだしたのだろう。 サファイヤはユウキを指差しながら、確かに――「馬鹿ユウキ」とささやいたのである。 ハルカはニヤニヤしながら、そんな二人を見ていた。 ハルカ「さぁ、ロケット団のボス!!あたしとユウキが勝ったわよ!」 ボス「ふふふふ……お見事だった。だが……お前たちは弱い。弱すぎる。 ポケモンに愛情だとか信頼とか抜かしてるヤツは、絶対に私には勝てない……」 ユウキ「何、言ってんだ?アイツ……」 ボス「貴様らは先ほどの戦いで弱りきってしまっている。 勝ったにしろ負けたにしろ、弱っていることは確かだ。 そこを――」  ボスは、微笑んでいた。 完全に、勝利を確信していた。 ユウキと同じように……いや、ユウキよりもはるか高く。 ボス「私は狙っていた!ギャラドスッ!!」 全員「なっ……!!?」  そのとき。 あたり一面が、ざざぁっという奇妙な音とともに、水が流れ込んできたのである。 泳げないユウキは、ただひたすらに――助けてっと叫んでいた。 そんなユウキを、ハルカの先ほど進化したばかりの、ラグラージが助け出す。 ハルカ「しっかりラグラージにつかまって、ユウキ!」 ユウキ「ハルカ……」  ルビーは水に弱い炎タイプ――バクフーンをつれていたので、 サファイヤのオーダイルの大きなこうらに乗っかった。 それでも水は、歯止めなく流れ込んでくる。 あと数センチで、すべて水になってしまう。 と、同時に――。 ハルカ「きっ……キャァァァァッ!!」 ルビー「な、何やあれ……」 ユウキ「でかぶつだ……」 サファイヤ「ギャラドスですっ!!」  それぞれが恐怖におびえた。 4人の目の前に現れたのは、ギャラドスであった。 あの、ポケモンの中でも一番凶暴、凶悪を呼ばれているポケモンだ。  しだいにギャラドスは、誰の指示に従うわけでもなく、暴れ始めた。 アジトをくまなく壊し、10万ボルトで4人をしびれさせる。 ユウキ「くっ……ぐ……」 ハルカ「っ……」  何とかしなきゃ――。 何とかして、あのギャラドスをとめなきゃ!!  ハルカは必死だった。 とにかく、この状況をなんとかしないと、絶対にやばいっ!! サファイヤ「ギャラドスさーんっ!!」  どこかおかしくなったのか。 ユウキは本気でそう思った。 サファイヤはギャラドスをこちらへと振り向かせたのである。 ルビー「さ、サファイヤはんっ、あんた何を――?」 サファイヤ「まあ、まかせてくださいよっ♪」 ルビー「……?」  サファイヤには、考えがあった。 あのギャラドスは、何か理由があって暴れている。 通常の戦い方ではないことは、見て明らかだった。 ならば、その原因をとりのぞいてやればいいだけである。 サファイヤ「……きっとあのギャラドスは、何かに興奮しているんです」 ユウキ「何かって……?」 ハルカ「きゃぁっ!!」  またしても振動。 ギャラドスの「たつまき」が起こったのである。  ルビーはあたりを丹念に見回し、そして気づいた。 ルビー「そうか!!」 ハルカ「そうなんだ!」 ユウキ「へっ?何がそうなんだ?」  ユウキは何もわかっていなかった。 そんなユウキにあきれ、ハルカとルビーはキッとにらみつける。 あの「ギャラドスが暴れている原因」だ。 その答えは、すぐに見つかった。 あの装置……ギャラドスの暴走心を、さらにくすぐっている。 水面にかすかに浮かんでいる、"赤くて丸い玉"。 サファイヤ「あれは、"紅色の玉"です。 大昔の力がこめられており、それは古代ポケモンを呼び覚ます力をも持っているんです!!」 ユウキ「えっ……じゃあ、なんとかポケモンってのが、よみがえってしまうのか!?」 ルビー「それは無理や。だってもうひとつ、あいいろの玉があらへんと、それはでけへんもん!!」 ユウキ「だったら、どう――ぐっ!!」  ユウキたちの体の半分を、すでに水面が覆い尽くしていた。 このままでは、溺れ死んでしまうかもしれない。 こんなところで死ぬなんて、絶対にいやだった。 ハルカ「でも、あたしたちが思うに、あの玉ひとつでポケモンを自由に操ることができるんだと思うの! ロケット団は、きっとあの玉をそう改造したんだわ!!」 ユウキ「絶対に許せねえな」 ハルカ「えっ……」 ユウキ「ギャラドスの意思じゃないのに暴れさせて、凶暴化させるなんて……」 サファイヤ「でもギャラドスは、元から凶暴です(汗」 ユウキ「そりゃ、そうだが……でも今は、ギャラドスは暴れたいなんて思っていないと思う。 その証拠に、ギャラドスは、泣いてる――」 ルビー「ギャラドスが、泣いている?」  決して、その目から涙は出ていなかった。 だが、ユウキにはわかっていた。 ギャラドスの思いが、気持ちが――伝わってきた、のである。 ユウキ「とにかくアイツをくいとめるのが先決だ、いくぞ、みんな!! 残りのエネルギーで、徹底的に攻撃するんだ!! 暴れる力さえなくなれば、おとなしくなるはずっ……!!」 ハルカ「操られてるなら、ギャラドスを攻撃しちゃだめよっ!!」 ユウキ「だったらどうすりゃいいんだ!このまま黙って死ねっていうのか!?」 ハルカ「それは、ダメだけど……」 ???「みんな〜〜〜〜っ!!」  そのときだった。 あの懐かしの声が、ユウキとハルカの声に、飛び込んできたのは。 ****************************************************************** ハルカ「操られてるなら、ギャラドスを攻撃しちゃだめよっ!!」 ユウキ「だったらどうすりゃいいんだ!このまま黙って死ねっていうのか!?」 ハルカ「それは、ダメだけど……」 ???「みんな〜〜〜〜っ!!」  そのときだった。 あの懐かしの声が、ユウキとハルカの声に、飛び込んできたのは。 P.H 第8話 emerald−エメラルド− D エメラルド「みんなーっ!」 ユウキ&ハルカ「エメラルドさん!!」 ルビー「っ……敵の一味か!いくでバグフー――」 サファイヤ「違います、味方ですよ!ユウキさんたちがあんなに慕ってるんですから」 ルビー「すまん……(滝汗)」 エメラルド「みんな無事?」 ユウキ「エメラルドさん――」 ハルカ「どうして……?」 エメラルド「あれくらいでへこたれると思った? そりゃあ確かに怖かったけど、だからって踏みとどまってるわけにはいかないしね。 ハルカちゃん、ありがとう」 ハルカ「へっ?」 エメラルド「そう、それでやっかいなのが――」  エメラルドはバランスをとりながらギャラドスを見た。 ギャラドスは「破壊光線」を繰り返し乱射してくる。 ユウキ「アイツをどうすれば――戦うしか……」 エメラルド「事情はよくわからないけれど……とにかくアイツをとめるのが先決ね」  こくり、とうなずく四人――と、ポケモンたちにも限界が訪れていた。 弱りきったその体力で水におぼれ、ついには上手くバランスがとれなくなっているのだ。 喘ぐポケモンたち――。 ハルカ「ラグラージ!――頑張って……」 ユウキ「ワカシャモ。お前がいなかったらここまでこれなかった……感謝するぜ」 ルビー「ウチもや。な、バクフーン!」 サファイヤ「そうですよ。オーダイル――」 ハルカ「だからもう少しだけお願い……可愛そうだけど――でも……」 全員「……」 エメラルド「あなたたちの話じゃ、あの玉が原因のようね――だったらあの玉を破壊すれば――」 ユウキ「そうか!元のエネルギーを破壊すればヤツは止まる!でもどうやって……」 サファイヤ「みんなでいっせいに攻撃するんです!」 ルビー「でも体力が……PPもわずかしかないで!?」 サファイヤ「それは……そうですけど――」 エメラルド「迷ってはいられないわ。早く実行しましょう――キャッ!!」  ギャラドスの破壊光線がこちらへと乱射された。 ユウキらはわぁっとその場をよけようとするが、水が重みにかかって上手く動けない。 おかげでそれぞれがわずかばかり傷を受けてしまった。 ワカシャモ「ギャァァァァッ――」  ワカシャモの悲鳴のような叫び声が周囲を包み込んだ。 ユウキは逃げようとしていたが、ワカシャモの叫び声に気づき、元の場所へと戻っていく。 泳ぎが下手な彼にとって、これは至難な技だった。 ユウキ「ワカシャ――」 ハルカ「ユウキ、逃げてっ!」 ユウキ「でもワカシャモが!アイツは水に弱いんだ。このままじゃ、このままじゃ……」  弱りきったワカシャモの顔を見て、ユウキは涙ながらに叫ぶ。 そして自責した。 オレがこのアジトにこなければ、ワカシャモはこんなことにはならなかった。 ハルカと旅に出たのは間違いだったのかもしれない。 だってワカシャモが、こんなに傷つくんだもの――。 ハルカ「馬鹿!」  ハルカは叫んだ。そんなユウキのキモチが伝わったのだろうか? ユウキ「えっ…」 ハルカ「馬鹿!どうしてそんなこと!あたしとの旅は全部嘘だったっていうの!?」 ユウキ「で、でもワカシャモが……」 サファイヤ「ハルカさん……」 ハルカ「ユウキなんてもう知らない!馬鹿ッ」  3度目の馬鹿を叫ばれ、ユウキはうつむいた。 確かに、ワカシャモも大切だ。でも、ハルカのことももちろん大切だ。 大切な人(ポケモンだけど)が傷つけられている。 なのに何にも助けることができない――。 何にもしてやれない……ただ励ますことしかできない……。 そのときユウキは、今まで感じたどの無力感よりも孤独を感じた。 でも、このまま止まっているわけにはいかない。 ユウキ「ワカシャモ……頼む、お前に――力になってほしい」 ルビー「ユウキはんっ!でもそのワカシャモ、体力が……っ」 ユウキ「分かってる!でもみんなが助かるにはこうするしかないんだ!」 ルビー「……」 サファイヤ「分かりました。イチかバチかユウキさんにかけましょう。 このまま何もしなければ、ヤツラの思う壺です」 ルビー「けど……」 サファイヤ「いいですね、ハルカさん?」 ハルカ「知らない」 エメラルド「よし、じゃああたしも加勢するわよ!」 ユウキ&ルビー&サファイヤ「へっ?」 エメラルド「わたしだってちゃんと考えてるんだからね。 こんな危険な場所に行くんだもの。ポケモンをもっていかないわけないでしょう?」  3人はエメラルドの笑顔に微笑んだ。エメラルドはにっと笑い、モンスターボールを繰り出す。 エメラルド「お願いっ、ギャラ!」 全員「な……っ、何ぃっ!?」  それぞれは息を呑んで驚いた。そのギャラドスは、赤色をしていたのである。 赤い色のギャラドスなんて、見たことも聞いたことも無い。 エメラルド「――この子はね。去年フスベジムで赤いギャラドス事件があったの。 ロケット団の人体実験で、赤色で凶暴になっちゃって。 でも、とある人物がギャラドスをおとなしくさせてね……」  エメラルドは遠い目でそのときのことを思い出していた。 ギャラドスが暴れる中、その「とある人物」は不思議な笛のメロディーを奏ではじめる。 するとギャラドスはどんどんおとなしくなり、「とある人物」は軽くバトルをし、見事ゲットしたのである。  幼いエメラルドはその様子をじっと見ることしかできなかった。 わたしも戦いたい――。 わたしもあの人のように、みんなの力になりたい……。 わたしはフスベの娘なのに、何にもすることができない……。 ユウキ「……とにかく、あのギャラドスをとめることができるんだな?」 エメラルド「わからないけど……やってみる。これよ」  エメラルドは、そのとき「とある人物」からもらった笛を取り出し――。 美しい音色を奏ではじめた。 あのときと同じメロディを……。 ふと、旋律が止まる。 するとどうだろうか。 あふれくる水はどんどん沈んでいき、ついには何も無くなったではないか。 ユウキたちはその反動でわっと床にぶちあたるが、何とか一命を取り留めた。 そして、エメラルドは厳しい目でユウキたちに合図を送る。 ハルカ以外のそれぞれは、軽くうなずいた……。 <BGM:小さきもの> ユウキ「ギャラドス、頼む」  ユウキのかけ声で、赤いギャラドスはギャラドスに軽く攻撃をした。 りゅうのいぶき――美しい金色の粒子があたりにちりばめられる。 ギャラドスは一声叫び、痛みのあまり騒ぎ出す。 ハルカはじっと、そんなギャラドスの姿を見ていた。 そして、矛盾を感じていた。 あのギャラドスは何にも悪いことしてないのに。 たまたまロケット弾に捕まえられて、凶暴化させられて。 ギャラドスは、何にも悪くないのに……――。 あたしだって何にも悪いことはしていないのに、 ロケット団のせいで理不尽な運命をたどることとなってしまった。 何となくギャラドスに感情移入することで、ハルカの目からは涙がぽろぽろと零れ落ちていた。 そのことに自分自身で気づく暇もなく――。 ぽん、とユウキがハルカの型を置く。 ハルカははっとなる。 あたしはユウキにひどいことばかり言ってきたのに、責めようともしない――。 どうして? あたしはユウキと分かれなきゃいけないのに……。 ユウキ「生きるために大切なことは、信じることだ。 どんな運命でも、自分のそのときそのときひとつの行動で、その選択で、人生は大きく変わっていく。 ――なんて、父ちゃんの受け売りだけどな」  ユウキはクククと恥ずかしそうに笑った。 ハルカはそんなユウキを見て、「馬鹿」とつぶやくのであった。  そして。 ボス「くそっ…あのギャラドスまでやられるとはな。ここは逃げたほうがよさそうだ――」 ユウキ「待て!逃げる気かよ。これまでのオレたちの努力はどうなるんだ!」 ボス「知るかそんなこと。だいいちオレはロケット団を復活させるのが目的だ。 こんなところで油売ってるのが間違いだったんだな、くっ……」 <BGM:アドバンスアドベンチャー〜ファウンスへ!〜> ユウキ「絶対にお前は許さない!出て来い、ボスとやら!」 ボス「こうなったら仕方がない……これだぁ!!」 全員「へっ!?あ、うわ、わーっ!!」  何とそのとき、アジトがバラバラと砕けていってしまったのだ。 ユウキらはその衝動に驚き、何度もこけそうになる。 パラパラと壁の破片が目の前を落ちていく。 ハルカ「みんな!ポケモンたちが――」 ユウキ「みんなボールに入れ!!あっ――」  だがそのとき、ユウキのモンスターボールが手からすべり、反動と一緒に砕けてしまったのである。 ルビー「そ、そんな――嘘やろ!?ウチら、どうなってしまうんや!」 サファイヤ「このままおだぶつなんて絶対にいやですぅっ!!(号泣)」 ユウキ「大丈夫、みんな助かる!」 ハルカ「どうしてそんなことがわかるの――キャァッ!!」 ユウキ「わかんねえ――けど!」  あとの言葉は聞き取れなかった。 アジトはどんどん崩れていき、ゴゴゴゴゴゴという地響きとともに消えていった――。 *** ユウキ「いたたたたた……あれ?みんな!みんなどこだッ!!」  彼らは川原にいた。近く川が流れている――その先は滝になっていた。 恐らく「秘密の森」の入り口らしい。 でも、どうして? いまいち状況が飲み込めない。 ハルカ「痛――ったぁ。あれ?ユウキ……?」 エメラルド「んん……」  ついで、ギャラドスの声でルビーとサファイヤが目がさめた。 ルビー「うわ!うちら生きてる!生きてるでぇっ!!」  どこからともなく聞こえてくるギャラドスの声――。 ユウキたちはそちらへと顔をふりむいたが、そこにはすでにギャラドスの姿はなかった。 エメラルド「きっとあのギャラドスが、わたしたちのこと、守ってくれたのかもしれないね」 サファイヤ「それは一理ありますね」 ハルカ「……」  ハルカはにっこりと微笑んだ。 そして、つぶやく――。   ギャラドス、ありがとう。 ハルカ「はっ――そ、そういえばヒカルは!?」 エメラルド「ミツ――ミツル!!」  何と彼女らの弟は、目の前にうずくまっているではないか。 二人は慌ててそちらへとかけていき、ぎゅっと弟を抱きしめる。 ハルカ「ヒカル……もう大丈夫。怖くないからね」  ヒカルはハルカの顔を見て、泣くことしかできなかった。 うえぇぇぇえんと、その声は物悲しく、嬉しさとともに流れ落ちていく――。 エメラルド「ごめんなさい……ごめんなさいミツル。 あのときわたしが怒鳴ってなんかいなかったら、こんなことには……」 ミツル「お姉ちゃん?その声は――お姉ちゃん?」 エメラルド「お姉ちゃんだよ。もう怖くないからね……ミツル――」 ユウキ「み、ミツルって――ちょっと待て!お前ロケット団じゃ――」 ミツル「ロケット団?もうその時代は終わりました。古臭すぎますよ」 ユウキ「な、何〜っ!?(怒)」 サファイヤ「調子のいい性格なんですね。あの様子からすると」 ルビー「そやな。――ハルカはん?どないしたんや」  そのときハルカがすくっと立ち上がったのを見て、ルビーは首をかしげた。 ハルカは肩をふるわせながら、こちらへと振り向く。 もう、あたしは――こんなにステキな仲間たちと、一緒にはいられない……。 ハルカ「あの……」 エメラルド「――」 ハルカ「あ、あたし……」 ユウキ「……」  ふと、何か暖かいものがハルカにふれた。 そう――ユウキがそっと抱きついたのだ。 ハルカをぎゅっと、抱きしめて――。 ユウキ「何も言うな。もう何も……分かってる。何もかも、分かってるから――」 ハルカ「ユウキ……――って、ホントに分かってるの?あたしが何をいいたいか」 ユウキ「知るわけねえだろ」  さらに格好つけて気取って言うユウキに、ハルカの蹴りがとんだ。 うわっとユウキは致命的な場所を蹴られうずくまる。 ユウキ「いってえな!何てことするんだよ!せっかく優しくしてやったのに!!」 ハルカ「ちょっとは認めてあげてたんですからね、これでも!!」  一群は、そんな二人の姿を見てくすくすと笑うのだった。 *** ユウキ「いろいろとお世話になりました!」 エメラルド「こちらこそ……でも大丈夫なの?そのワカシャモ」 ユウキ「ええ。いつまでもモンスターボールに入れておくのはもうやめようと」 ハルカ「調子いいこといっちゃって!」  ユウキはなっ――とワカシャモに微笑みかけた。 ワカシャモは得意げに「ワカ」とうなる。 ついでにロコンも鳴いた。 ルビー「うちらはそろそろ実家に帰るわ」 サファイヤ「みんな心配してると思いますし」 ハルカ「あ、えーっと……そうだったそうだった。オダマキ博士に連絡しないと! ミシロの星は無事に見つかりましたって――わ、あれ?携帯どこだっけ。 ぎゃーっ!きっとアジトで無くしたんだわ。どうしましょう……(滝汗)」 ヒカル「おねえちゃん」 全員「ん?」 ヒカル「あたしの携帯、つかっていいよ」  そういって無邪気に微笑むヒカルの姿に、どちらが姉だか分からなくなったのか、 全員は笑いあうのだった。その中でただ一人、ハルカだけが「何よもうっ!!」と照れていたが。  あとはオダマキ博士のもとへ帰るだけだ。 親切にもエメラルドがミシロタウンまで送ってくれるというので、一群はその日、エメラルドの家に泊まることにした。  だが――。  一見終わりに見えたこの冒険が、また新たなる旅の始まりの序章に過ぎないことを、皆知るはずもなかった。