第9話 START−始まり−  雪。  雪が、降っていた。  月明かりが、うっすらとハルカの横顔を照らす。  ユウキたちは、なかなか眠れないでいた。 「……はぁ」  ひとつ、ため息をつく。  それと一緒に、涙も落ちた。 「ハルカ」 「あら……ユウキ、起きてたの?」  なかなか眠れないので、エメラルドに紅茶を頂こうと目を覚ましたハルカだったが、  ふとユウキがいることを感じ、こちらに振り向いた。 「ああ……。なかなか眠れなくてさ」 「あたしもよ」  互いに顔を見合わせ、微笑みあう二人。  だが明日からは、きっとこんなことは出来ないだろう。  なぜならハルカは、このままユウキと別れることを考えているからだ。 「ちょっと外に出てみようか」  ユウキのさそいに、こくりとうなずくハルカ。  その瞳はどこか遠くを見るような瞳で、寂しそうだった。  ――本当は、もっといっしょにいたいのに……。 「綺麗ね」  月明かりが、街全体を照らしていた。  二人は家の外の、庭に出た。  ハルカはそっとつぶやく中、深呼吸をするユウキ。 「……?」  そんなユウキのことを不思議そうに眺めるハルカ。  ――ユウキってば、一体何をしているの? 「ああ、深呼吸だよ。こうすると、なぜか落ち着くんだ」 「……深呼吸、か……」  思い返せば、この1年間は深呼吸の出来た日々だったと思う。  今までの窮屈な生活とは少しだけ離れることが出来、自分の考えも少しずつ変わっていった。  すこしずつ――ほんの少しずつだけれど、何かが変わっていく日々だった。  まるで汚れていた心が、綺麗に洗われていくような……そんな気分だった。  そして今は、あの月のように、綺麗になれただろうか。 「お前――オレと別れるつもりなんだろ」  ちくりと痛む胸。  ユウキに自分が思っているそのままのことを言われ、動揺してしまう。  どう答えればいいんだろう。  うなずけば、きっとユウキは嫌がる。だけど――。  もしもここで首を振ったら、ユウキは喜んでくれるだろうか。  自分の本当の気持ちを隠して、喜ぶだろうか?  ハルカはそうは思わなかった。 「……ん」  そうつぶやいたとたん、こらえきれない何かが、のどの奥からこみ上げてきそうだった。  もしかしたら、泣いてしまうかもしれない。  必死で涙をこらえながら、ユウキの返事を待つ。  ユウキは、何て思っただろう――? 「寂しくなるな」 「え……驚かないの?」 「――そりゃあ。……うすうす感じてはいたし、別に驚かねー……。  それにハルカのことだ。考えてることくらい少しなら分かるさ」 「……ユウキ――」 「それに、お前の目的は弟を助け出すことだったんだろう。  その目的は達成できたんだし、これからは好きなようにいきればいいじゃないか。  両親だって、きっと心配してるんだろ」 「……」  ユウキの表情が、髪に隠れて見えなかった。  と、寒い冬の風が吹いたとき、ユウキの髪が少しだけ動く。  それでも、ユウキの表情は見れない。  まるで、ユウキ自身が表情を見せまいとふんばっているようだった。 「おねえ、ちゃん」  そのとき、だった。  ハルカはその暖かい声で、すぐに誰だか分かった。  5つになる弟――やっと出会えた弟だった。 「……ヒカル」 「お姉ちゃん」 「ヒカル――」  ヒカルは必死に、何かを伝えようとしている。  だが、たった5つの子供には、この複雑さは無理があった。  お姉ちゃんと一緒に暮らしたいというヒカルの願い。  だけど、お姉ちゃんはユウキと一緒にいたい。  ぼくのことは、どう想っているんだろう――。  でもお姉ちゃんは、ぼくを助けに来てくれた。  分からない……分からないよ。 「……ごめんね」  そんなヒカルの気持ちを悟ったのか、ハルカは涙を見せぬまま謝罪した。  はっと、息を呑むヒカル。 「あたし――自分でも、自分の気持ちがよくわからないんだ。  この戦いまでに決着をつけたかったんだけど……でも、無理だった。  そりゃあ、ヒカルと出会えたことは嬉しいし、また家族みんなで暮らせる。  ロケット団に見つからないように、ひそかに暮らさなくちゃいけないけどね…。  でも、ここまでこれたのは、ユウキのおかげでもあるんだ。  きっとあたし一人じゃあ、途中でくじけていたんじゃな――え……」  ふと、ユウキに肩に手をおかれた。  その暖かい手のぬくもりに、ついにハルカは我慢できなくなる……。 「ユウキ――」 「こいつはな。いっぱい頑張ったぞ」 「え……」 「お前のために、お前に会いたい一心で、ここまで頑張ってこれたんだ。  オレのおかげじゃない。ハルカが頑張ったんだ。弟を想う力だよ」 「ぼくをおもう、チカラ……」 「気持ちひとつで人間誰でも強くなれる。コイツはそう教えてくれた」  ユウキ――。  ハルカはそのとき泣いていた。  あたしは何も教えている気はなかった。  むしろ、ユウキのほうからたくさんたくさん教わった気がしていた。  それなのに、ユウキは……。 「自由に生きろ、ハルカ」  ユウキのその言葉が、ハルカの自転車を一歩押した。  そして――。  抱き合いながら、二人は最後のぬくもりを感じていた。  ずっと、                ずっと――。  一方――エメラルドは、ミツルの寝顔を除きながら、微笑んでいた。  やっと出会えた、わたしの弟……。  やっと探し当てた、わたしの弟――。  いつかのユウキとのバトルのときとは違い、可愛い寝顔だった。  ミツル――。 「姉貴……」  ふと、ミツルは目を覚ます。 「ミツル――起きたの?」 「……ずっと起きてた」 「眠れないよね」 「……そんなんじゃ、ないやい」 「ちょっと、コーヒーでも飲みますか」  エメラルドはそういうと、ミツルに優しい視線をなげかけた。  そのまま台所へと向かい、コーヒーをつくる。  そっと机の上に2カップ置き、ひとあし先に、すっと飲んだ。 「おいしい……」 「コーヒーなんていらねえよ」  しぶしぶと、起きてくるミツル。  それでも、エメラルドには分かっていた。  ミツルが大好きなのは、コーヒーであることを。  子供のくせして、ちょっと贅沢な好物である。 「あら、そう?じゃあお姉ちゃんがもらっちゃおうかな」  そっと、ミツルのカップをとろうとしたとき。  ミツルが何かぼそりとつぶやいた。  それはエメラルドにとって、つらい一言であった。  胸が打ちのめされるような、そんな想い――。  ――ずっとほったらかしにしやがって……何がコーヒーだよ。 「ミツ……」  その瞬間、自分でも気づかないうちに、エメラルドはカップを落としていた。  がちゃん……。  そしてそれは、にぶい音とともに、床に落ちていく。  こなごなに砕け、破片が当たりに散らばった。  そのせいか――少しだけ、エメラルドは指を怪我してしまう。 「ごめんなさい……わたし……自分のことばっかり考えて――」 「……別に何も期待してなかったし。オレには悪の素質があるんだってさ」 「……そんなこと――」  エメラルドの小指から、つぅっと赤い血が流れた。  電気もついていない、暗い台所――。  その血は、まるでエメラルドの涙のように、ポチャリと床に落ちていく……。 「オレ、一回ユウキってやつと、戦ったことがある」  なぜか、ミツルがそんな話をし始めた。  エメラルドは、何も言わずに、耳を傾ける。  言い訳なら、いくらでも出来た。  ――警察が相手にしてくれない。  ――相手はロケット団。とてつもなく強い……。  ううん、ちがう。  ほんとうは、ちがった。  自分が、弱いだけ……。  アジトを探し出すことが出来たんだから、そのまま乱入だって出来たじゃない。  じゃあ、なんでそれが出来なかった?  答えは簡単。 「そのとき感じたんだ。オレ、今まで何をしていたんだろうって」  ――悔しいけれど。  ――自分の弱さを見た気がした。  お互いに――お互いがそうつぶやいたとき、二人ははっと視線が合った。 「同じこと、考えてたんだ」  くすっ――、と笑うエメラルド。  ミツルは頭のうしろ部分をさすりながら、困ったような顔をしている。 「……ミツル――」  二人は微笑みあう。  この先、どんな困難が待ち受けているのか、分からないけれど……。  こうして出会えた。  再び、出会えた。  何にでも立ち向かえる。  ――二人一緒なら――    * * * *  翌日――。  ポッポやピジョンなど、おなじみの鳥ポケモンたちの歌声で、それぞれは起床した。  そして、これがそれぞれのプロローグとなる。  それぞれの目的に向かって、進んでいく朝となる。  ハルカとヒカルは、改めて家族との生活が始まる。  エメラルドとミツルも。  ルビーとサファイヤだってそうだ。  二人とも故郷に戻り、家事などの手伝いをするという。  そして、ユウキは――。 「ワカシャモ、行こうぜ」 「……本当に、行っちゃうのね」  後ろから問いかけられる、風の声。  いや、違った。  それは――エメラルドの声。 「ハルカちゃんから聞いたわ。また旅を続ける、って」 「ええ……せっかくワカシャモも進化したんだし、もっと強い相手と戦いたいと思って」 「承知、しないんだからね」 「ああ」  ハルカの言いたいことは、すぐに分かった。  あたしと再び出会うまで、負けたら承知しない――。  次はいつ出会えるかわからないけれど、そのときまでにお互いが強くなっていること。  それが二人の交わした、最後の"ヤクソク"。 「ほな、行こうか」 「ハルカ――オダマキ博士によろしく言っといてくれ」 「分かってる」 「行きましょう」  ルビーとサファイヤにせかされて、エメラルドは一群を率いて自動車に乗り込んだ。  黄色く、ちょっとおんぼろなその車は、プップッというマヌケな音を出す。 「本当にユウキさんは、行ってしまうのですか?」  窓越しに、大声を出すサファイヤ。 「ああ。悪いが……そうする」 「頑張ってください」 「サンキュ。お前らも、元気でな!」 「ワッカ」  ワカシャモが、にこやかに微笑んだ。  ロケット団との戦いで、モンスターボールが壊されてから、ずっと出しっぱなしだ。  エメラルドの話によると、昨日は戦いの疲れのせいか、熟睡していたみたいだ。 「……行っちまった、か」  ――もう振り向かない。  ハルカは何度も振り向こうとしたが、それを何かが引きとめた。  弟のヒカルが、心配そうにこちらを見ている。  大丈夫。きっとやっていける。  ユウキと別れたって、ユウキがいなくたって。    きっと、やれる。 「さあ、行こう――」  自動車がまったく見えなくなったあと、ユウキはまるで気持ちを入れ替えるかのように、大きなリュックを背負いなおした。  よいしょ、っと。  これから無数の出会いが、きっとオレを待っているんだろうな。  さぁて……まずは、何処にしようか。  どうせ目指すなら、頂点を目指そう。 『ポケットモンスターホットハートストーリー!』 <THE END> By,春海 ☆あとがき☆  長かったようで短かった2003年。  何とか皆様のお力も借りつつ、  ホットハートを終了させることができました。  ここでちょっと悩んでいるのが、  このままユウキたちを主人公にして、  第2期に突入してもよいものか…ということです。  むしろこれを読み返してみると、続きは書かないほうが  いいかもしれないという思いさえ湧いてきました。  そんなわけで、ちょっと間があくかもしれませんが、  次の作品はまったく別物になるかもしれません。  せっかくですから文章形式にも復活しようと思います。  第9話やポケットアドベンチャーは、  そのリハビリでもあったのですが^^;  ここ1年間、台詞形式で書いてきて、  改めて台詞形式に対する偏見などが変わってきたように思います。  今までは自分も台詞形式は好まなかったのですが、  たまにはこういうものもいいかな、と思うようになりましたし^^  さて、そんなわけでもうじき発売のファイアレッドと  リーフグリーン…。  やっぱりそれが舞台になるかな、カントー地方。  まあそんなこんなで、色々構想を練っていますので、  次回作もどうぞよろしくお願いいたします。  最後に。  ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。  長くなりましたが…。  それではまた、次の作品でお会いしましょう。  春海  PS:書いてて楽しかったです。  ユウキとハルカ、その他大勢の出演者に有難う。  訂正:第八話でヒカルの一人称が「あたし」になっていました;;  私は一体何を勘違いしていたんだろ……(滝汗)  あ、正しくは「ぼく」です;;ああはずかしや…