あたしの名前は、さくら。10才。 1週間後、この村を出るの。 理由は――ポケモンマスターを目指す旅に出るから。 ……でも。 何だか不安。 みんなやママと離れて、ちゃんとやっていけるかな……。 読みきり「めざせ、ポケモンマスター!」 「さくらーっ、さくら!早く起きなさい。そんなんで大丈夫なの?」 「何が…?」  むくっと起き上がったあたしは、怒鳴りつけるママの顔を覗き込んだ。 朝。たくさんの鳥ポケモンたちが鳴いていた。 「だから、旅よ旅っ。朝もちゃんと一人で起きられないんじゃあ、そんなの無理じゃない!」 「……」 「分かったわね?明日からはちゃんと一人でおきる練習しなさいよ。 さあ、ご飯作ってあるから早く着かえて!」 「……」  何だか急に厳しくなったママ。 あたしが旅に出るって知ってから、何かが変わってしまった。 「ふぅ……」  ため息をつきながら、相棒のジグザグマを見た。 小さい頃からずっと一緒だった、大切な友達だ。 8歳の誕生日。 ママが、「パパがさくらに」って渡してくれたポケモンだった。 ニックネームは、ジグちゃん。 「何で旅に出ないといけないのかな。本人は望んでないのに。  ねぇ、ジグちゃん?」  着かえながらそっと話しかける。 けれどジグちゃんは、あたしにちょっと顔を上げただけで、微笑んだ。 「早く食べなさい!」  1階の食卓に降りると、あたしは早速朝ごはんを食べ始めた。 パンにかぶりつきながら、牛乳を飲みほす。 「旅に出たら、あなたが料理を作らないといけないのよ!」 「……」 「あなたが全部自分のことを一人でやらなきゃいけないのよっ!」 「……」  いつのまにか、涙がぽたぽたこぼれていた。 パンを食べるのをやめて、右腕でぬぐってもぬぐっても零れ落ちてくる。 どうすればいいの、ジグちゃん。 あたしは必死の思いで、ポケモンフードを食べているジグちゃんを見つめた。 「あたし、旅に出たくない」 「えっ――」  皿洗いをしているママの手が止まった。 あれ?、とあたしは思った。 でも、続ける。 「だって、旅に出るってママに言ったら、ママ、怒ってばっかりなんだもん。 そんなママと別れたくないし、もっとママとずっと一緒にいたいもん!」 「――さくら……な、何言ってるのよ。旅に出るのは当たり前でしょ! もうオダマキ博士にポケモンの予約しているんだから、今更キャンセルなんて――っ」  ママは焦っていた。 どうにも落ち着かない様子で。 あたしにはなんで焦っているのか、わからなかった。 「ママはあたしにさっさと旅に出てほしいんじゃないの?」 「――!」 「厄介払いが出来たと思ってるんじゃないの?」 「そんな……そんなこと――」  ママはあたしのそばによってきた。 そして、髪をそっとなでてくれた。 思わぬ反応に、あたしはちょっとびっくりした。 「ごめん……あなたに変な誤解を与えてしまっていたようね……」 「……ごかい?」 「そうよ。私、あなたのことが心配で心配でたまらないの。 昔ね。ママの友達が旅立っていったわ。 絶対帰ってくるっていったけど、今の今まで帰ってこなかった……」 「……」 「だから、もしかしたらあなたも――帰ってこないんじゃないか、って思ったら……。 でも、ポケモン修行の旅はさせてやったほうがいいじゃない。 だから……迷っちゃって――」 「ママ……」 「厄介払いが出来たなんて思ってないわ。あなたは私の――たった一人の娘なんだから……!!」  とうとうママは涙を流した。 あたしは――ママを悲しませてしまったのだろうか? 後先考えないで、相手を疑うような発言をしてしまったことに、今更のように後悔した。 でも、聞いてよかったと思った。 もしもこのまま別れていたら、あたしはずっとママのことを嫌ってしまうかもしれないから。 「――大好き。大好きだよ、ママ!」 「私もよ、さくら……」  そして、旅立ちの日。 あれからあたしは、毎日家事の手伝いをした。 今まで、こんなことちっともしたことなかったのに。 でも、だけど――ママにしてやれるのはこれくらいしかないと思うと、切なくて悲しい。 「がんばってこいよ!」  オダマキ博士から最初のポケモン、キモリをもらったあたしは、ジグちゃんと一緒に歩き始めた。 「……ママ、みんな――」  あたしは思い浮かべていた。 ママのこと、一緒に遊んだ友達のこと、そして、この街のこと。 何もかも、もう二度と会えないかもしれないと思うと、急に寂しくなった。 「さくらちゃーーーーんっ!!」  そこへ走ってきたのは、みんなだった。あたしの友達――。 「みんな!どうしてここに!?」  カズくん、シンゴくん、あいちゃん、みかちゃん、えりちゃん――あたしをいじめていた子も……来てくれた。 「あんた、生意気なのよ。あたしより先に旅立つなんて!」  いじめっ子のえりちゃんが、羨ましそうにいった。 あたしは、たとえいじめっ子とさえ別れるのも悲しくなった。 涙がじわじわとあふれてくる。 何してるの、あたし?もう泣かないって、今朝誓ったじゃない――! 「なっ、何泣いてるのよっっ!!馬鹿じゃないの!」  えりちゃんの強がりも。みんなの笑顔も、もう見ることは無い。 「……あたし――本当に、みんなと会えてよかった。ありがとう!!」  ぽろぽろぽろ――涙の連続だった。 あたしの言葉に、みんなも泣いてくれた。 こんなんで大丈夫かな。あたしは泣きながら思う。 泣かないって誓った約束を、もう破ってしまって。 大丈夫かな。 「きっと、大丈夫よ」  ママだ。 ママが――来てくれた。 朝、出かけていくとき。 「いってらっしゃい、さくら」――それが最後の言葉になると思っていた。 でも、違ったんだ。 「さくらは出来るわ。なれるよ、きっと。ポケモンマスターに。だって、オダマキ博士からもらったんでしょ、そのキモリ。 それに、パパがくれたジグちゃんも、攻撃力はピカイチよ♪」 「……ママ……」  あたしはママに抱きついた。みんなの前で。 みんなもあたしにかけよってくる。 「――がんばってね、さくらちゃん!」 「ファイトよ、さくら!」 「負けるんじゃねーぞ、さくら!!」  そして、えりちゃんの言葉。 「あなたを泣かすのはあたしなんだから、これから二度と泣くんじゃないよっ!!」 「――うん!」  一歩一歩、歩んでいく。 己の道、己の人生を。 たとえ迷うことがあっても、倒れそうになったときでも。 みんながいる。みんながいてくれる。 だから、あたしは必ずなってみせる。 ”ポケモンマスター!”に。 THE END