「ぼくと雪と雨とゼニー」   僕の名前はリュウタ。ポケモンマスターを目指して旅をしている。  ふと空を見上げると、雪が降っていた。  こんな日は、ポケモンたちも外に出して、思い切り遊ばせてやりたいよな。   でも、相棒のゼニガメの様子が少し可笑しかった。  いつもボールの外に出ると喜ぶのに、今日だけどこか不機嫌そうな顔してる。 「……なあ、ゼニー」   言い忘れていたけど、コイツのニックネームはゼニー。  ゼニガメ――そのまんまでもいいんだけど、ニックネームをつけるとどこか愛着が湧くから、僕はいつもそうしてる。  だけど、僕のライバルのライキは、ニックネームをつけるなんてバカらしいと言ってきやがる。  そりゃあ、ニックネームについてどう思うかは人の勝手だけど、そんなの「犬」を「犬」と呼んでいるみたいで、嫌だ。  どんな犬や猫にだって、名前くらいついているじゃないか。……ペットである限り。   コイツは、ペットなんかじゃない。   もちろん、ペットみたいなものだけど、それよりももっと深くて、もっともっと…。  僕は、コイツのことをペットなんて思っていない。   大切な、一生の"相棒"だ。 「みんなと一緒に、遊んでこないのか?」   だから、これからゼニガメのことはゼニーと書くことにする。紛らわしいけど、許して欲しい。  ――ゼニーは、みんなと同じように、故郷・マサラタウンを旅立つとき、一番最初にもらったポケモンだ。  ゼニーなんて何のひねりのないニックネームを聞いて、オーキド博士は笑いやがった。  悪かったな、ネーミングセンスゼロでよ。  っと、そんなことはどうでもよかったんだ。  問題は、ゼニーだ。  ……名前読んでも、笑うなよ。   ゼニーは、僕の目と合うのをわざとそらし、どこか遠くを見つめていた。  そして、少しだけ、鳴いた。 「……ゼニ……」 「お前、どっかおかしいぞ。みんなと遊ばないのかよ。雪合戦とか楽しそうじゃないか」   それでもゼニーは、首を激しく左右にふるだけで、何も言わなくなってしまった。  ぷいとそっぽを向き、ふんとうなる。  ゼニーはそれから、左足で雪の積もった地面を力強く蹴り、その反動で自らもこけてしまう。  僕は思わずぷっと吹き出し、ゼニーを地面すれすれで抱きかかえ、助け起こした。 「……ったく、何やってんだよゼニー。らしくねえってば」 「……ゼニ!」   こんなとき、ポケモンと会話ができたら、どんなに理解することができるだろうといつも思う。  ゼニーだけではないけれど、ポケモンと会話が出来たら、ポケモンの気持ちを理解することができたなら、  きっともっと効率良く交流が出来るはずなのに。   それなのに、それは一生できないことだ。  人間に、ポケモンの言葉は話せない。  ポケモンも同じように、人間の言葉を話せないように……。 「ゼニー……」   ゼニーが空をにらみつけている。  僕はそのとき、もしかしたら……と思った。   ゼニーは雨が嫌いだ。だとしたら、同じように雪も嫌いなのかもしれない。  なぜ雨が嫌いなのかというと、あまり話したくないけど、過去に嫌な思い出があるからだ。  オーキド博士の話によると、ゼニーは捨てられたポケモンだそうで、雨の日に川でおぼれかけているところを助けたんだそうだ。  そのときゼニーは死ぬ寸前でポケモンセンターで助かったのだそう。   僕は、そのとき捨てたトレーナーに激しい怒りを覚えたのを今でも忘れない。  ポケモンを捨てるなんて、トレーナー……いや、人間のすることじゃない。  ポケモンをもらうということは、ポケモンを捕獲するということは、トレーナーであるならば、  そのポケモンの生涯一生を幸せであることを保証するということに等しいはずなのだ。   残念ながら、今現在も恵まれないポケモン、動物は世の中にたくさんいる。  ……何だかそういうニュースや出来事があるたび、聞くたびに、僕は同じ人間であることが心痛くて仕方なくなる。   だけど、ゼニーを見てると思う。   ゼニーの明るい、希望の瞳を見ていると、何でも許してもらえるような気がした。  人間なんて、一番酷い動物だと思う。  だけど、ゼニーは僕を責めない。   どうして?        ――どうして?   人間なんて、僕なんて一番酷い生き物なのに。   それでもゼニーはむじゃきに笑って、いつも僕のそばにいてくれる。   なんだか話がずれてしまったけど、ゼニーはそういうわけで、雨が嫌いだった。 「……そっか。そういえば、お前は雨が嫌いだったね」 「ゼニ!」 「もしかして、雪も――そうなの?」 「ゼニゼニ」 「雪って、綺麗だと思うけどなぁ」   雨が嫌いだから、雪も嫌いだなんて、ちょっと極端だなぁと苦笑しながらも、ゼニーはそういう性格だから仕方ない。  どこか大雑把で、単純な性格をしている。  僕はそのため、いつも苦労している。 「そろそろ、お昼にしようか」   腕時計の針が、12時前をさしていたので、僕はリュックの中からおにぎりをいくつか、それからポケモンフードを取りだし、  何枚かのお皿に適当に乗せていく。   すると、遊んでいたポケモンたちもだんだんと戻って来た。  おなかが減っているんだろう。 「さあ、プリリ、キノ、チル、ご飯だ。いっぱい食べて、大きくなれよ」   最初から順番に、プリン、キノココ、チルットのニックネームだ。  僕はそれから、ゼニーにもポケモンフードをやり、おにぎりに食らいついた。  外で食べるのは少し寒かったけど、あたり一面銀世界な高原で食べても、たまにはいいじゃないか――ゼニーには悪いけど。   ゼニーは雨と雪が嫌いだ。でも、人間は嫌いじゃない。少なくとも、僕は――だと、思う。  ゼニーはどうして人間よりも雨や雪が嫌いなのか、僕には理解できなかった。 200×年△月○日 「リュウタのポケモンレポート簡易版」より