※はじめに※ サトカスですので、サトカスに興味ない方は読まないで下さいね。 アニメの設定をあまり重視していないので、 間違っている箇所もあるかもしれません。 ていうか、遅すぎなバレンタイン話ですが。 アニメ話って書いたの初めてかも…。  2月14日、バレンタインの日に捕まえると、幸せになれるというポケモンがいる。 カスミはそんな話を幼いとき聞いたが、当時は信じていなかった。  幸せというものはポケモンを捕まえたからといって得られるものではないし、 第一幸せというものは自分のこの手で掴むものだというのが彼女の考えだったのだ。  そんな幼き思い出から十年経った今、カスミは一人、 ハナダシティハナダジムのフロアにある、たったひとつの赤いソファーでうずくまっていた。  去年はこんなにつらい思いをしてはいなかった。 去年はこんなに寂しい思いはしなかった。  なぜなら、すぐそばにサトシがいたから。  サトシがいてくれたから、今の自分があったのだと思う。  最初はガキっぽくてうざったくてなぜ自分でもついていったのかわからなかったが、今ではわかる。 あのときから自分は、サトシに恋をしていたのだと。  わかっていたけれど、悔しいのでわかっていないふりをしていただけなのだと――。  神様、もしもそんなポケモンが本当にいるのなら。  私はまた、サトシに会うことが出来ますか? □□□□□□□□□□□□□□□ バレンタインデー特別短編小説 ≪せいなるバレンタインデー≫ □□□□□□□□□□□□□□□  サトシと別れてから数ヶ月。カスミはカレンダーをちらちらと中途半端に見つめながら、朝ごはんを作っていた。 姉が旅行へ行ってしまったため、ジムの管理はもちろん、家事、洗濯掃除は全て彼女がしなければならない。 もちろん手持ちのポケモンもいくつか手伝いをしてくれるのだが、不安で仕方が無かった。 「タッツー、手伝ってくれるの?」  姉が留守になってからすぐのことだ。タッツーが今までの感謝もこめて、家事を手伝いたいと言ってきたのである。 「それじゃ、ちょっと見ててくれる。私、洗濯物とってくるから」  カスミはありがとうと微笑み、快くタッツーに任せた。だが、それが失敗だったのだ。  干していた洗濯物をさあ片付けようと持って帰ってくると、タッツーの悲鳴が聞こえた。 料理はあとは煮込むだけで、タッツーが見ててくれるから大丈夫、すぐに次の作業にとりかかれると思っていたが、どうも不可能らしい。  慌てて台所へ行くと、タッツーはケホケホと辛くせきをし、申し訳なさそうな表情でこちらを見ていた。  コンロの上には、すっかり黒くなってしまった鍋が無残な姿で待ち受けていた。 カスミは洗濯物を持っていないほうの手でタッツーをそっと抱きしめ、慌てて火を止める。 「タッツー、大丈夫?どうしたの、これ……ちゃんと見ててっていったじゃない」 「タッツー……」  と、悲しそうに一声鳴くタッツー。 タッツーにはタッツーなりの言い訳があった。 火を見てろといわれても、どれくらいになってから止めればいいかわからないというのだ。  それをカスミに言いたくても、人間とポケモンでは言葉が通じない。これも難点だった。 「分かった分かった。私も悪かったけど、料理なんてタッツーに出来るわけないもんね…  …いいわ、ここは私がやるから、タッツーはプールに行ってて」 「タ――」  タッツーは思いつめるような瞳でカスミを見、サッと去ってしまった。 何もかもが終わったあと、カスミはその場に崩れ落ちるかのごとくしゃがみこんでしまう。  タッツーは私を少しでも楽にさせてあげたくて、手伝おうとしてくれた。 それなのに、無茶な注文をして、怒ってしまった。  一体どうしたらいいんだろう。良く考えてみればポケモンが家事なんて出来るわけないし、それはカスミにだって十分わかっていた。 だけど、彼らが進み出て手伝おうとしてくれると、どうしても断れないのだ。  旅の途中も彼らの行為にはとても感謝をしていたが、こういった独りで居る場合はそれ以上に彼らの優しさが伝わる。  そして、こんなとき、サトシがいてくれたら、彼はどうしただろうといつも考えるのであった。  料理の後始末をし、洗濯物をたたみ、プールに戻ると、そこではタッツーが泳いでいた。 他のポケモンたちも自由に自分勝手なことをしていて、その中には姉たちが置いていったポケモンもいる。  カスミはそっとプールに足だけを入れ、姉から相談を受けたときのことを思い出していた。  もっとも、相談というよりは、押し付けだったような気がするが。  なぜあのとき、姉にいえなかったのだろう。私はジムに残りたくない、サトシに一緒に行きたいと――。  ――サトシと一緒に行きたい?……  カスミはそこまで考えてぎょっとした。自分がまさか、自らこんなことを思うだなんて。 突然の気持ちに自分でもどう整理していいかわからず、その想いはため息となって消えていく。 「タッツー……」  タッツーがこちらへと泳いできた。カスミはそっとタッツーを抱き上げ、ぎゅっと抱きしめる。 さっきよりもっと強く、もっと優しく……。  タッツーはそれだけで彼女の気持ちを理解していた。 仲間がいない今の生活は、タッツーにとっても悲惨なものだった。 タッツーだって、休憩時間、時々サトシたちが繰り出してくれたポケモンたちと遊んだし、 旅のとちゅう友達になったポケモンだっていっぱいいた。 それなのに、今は独りぽっちなのだ。 「今日は何の日だか知ってる?」 「タッツー……?」 「そうよね、ポケモンが日にちなんてわかるわけないじゃない……私、どうしちゃったん  だろ。何だか最近、気分が悪い」 「ツー……」 「タッツーも友達がいなくて寂しいの?私も寂しいよ――今までは我慢しよう、一人でも  がんばろうって思えたけど、もう限界かな」 「……」 「たった数ヶ月でへこんじゃうなんて、私ってダメね……ちっとも成長していない」 「……ッツー」  何といっていいのかわからないのか、タッツーは顔をそむけた。カスミはそれでも、もう一度タッツーを抱きしめる。 「バレンタインデーなんて、なかったらいいんだわ。馬鹿みたい」  去年はこんなんじゃなかった。  無償にバレンタインデーが楽しみで、ドキドキで、サトシにチョコをあげたっけ。 サトシは上手い上手いって、下手なのに、決してそんなに美味しくないはずなのに、ほおばって食べてくれた。  そのとき、カスミは泣きたいほど嬉しかった。  けど今は、泣きたいほどバレンタインデーが寂しく辛く、何かを殴ってやりたい衝動にかられる。  最近は特にそうだった。一人部屋に閉じこもっていると、余計に寂しさや辛さが増すような気がして、何かを殴ってやりたいと思った。  決してそのようなことはしなかったが、それなのに部屋から出ようとしない自分もわからなかった。  タッツーは気づいていた。 そんなカスミのどうしようもない途方に暮れた気持ち、寂しさや辛さ、せつなさ。 そして、サトシに会いたいという気持ち。  と、タッツーは何か思いついたようだ。必死でそのアイデアをカスミに伝えようとするが、タッとツーでは意味がわからない。 それでもカスミは、タッツーが必死で何かを訴えたいという気持ちだけは理解できた。 「どうしたの、タッツー……私なら大丈夫よ。そりゃあへこむときもあるけど、だからっ  ていつまでもクヨクヨしてられないじゃない。さあ、さっさとご飯作ってみんなで食べるわよ」 「……ツー」  ザバッとギャラドスがプールから宙へ舞う中で、タッツーは、ポケモンと人間の会話の限界を改めて感じたのであった。  一方、その頃サトシは、ホウエン地方をふらつき歩いていた。 先ほどロケット団からの襲撃を免れたばかりで、そのせいか息が荒い。 「はぁ、はぁ、はぁ……ヤツラめ、ここまで逃げればもう追ってこないだろう。大丈夫だ  ったか、ピカチュウ」 「ピカ」  ピカチュウも息を切らしており、うなだれながら何とかうなずいた。  まったく、ロケット団ときたら、容赦がない。毎回毎回失敗してるくせに、どうしてこんなにしつこいんだろう。 たまにはもっと違う効率的な良い方法を――。 「ん?」  ふと、サトシの目に何かがとまった。「どうした、サトシ」とたずねる仲間の一人であるタケシ。 サトシはそれからすぐに目をそむけ、「何でもない」と答えた。 「そういえば、今日何月何日だっけ?」 「えーっと……今日は、2月14日だよ、サトシ」  最少年のマサトに言われ、はっとなるサトシ。そんな彼を見て呆れ顔をしたのは、マサトの姉、ハルカであった。 「どうしちゃったの、サトシ。何だか様子が変よ」 「いや……」 「ロケット団の襲撃でボケちゃったんじゃないの」 「そんなことあるわけないだろ!」  こんなに小さな年下のマサトに、真面目にムキになってしまうサトシを、皆くすくすと笑うのであった。 サトシはといえば、ぱっと顔を赤らめ、ぷいとそっぽを向く。  しかし――そっぽを向いたのは、それだけが理由ではなかった。ちょっと恥ずかしかったのだ。 まさか自分が、自分から別かれた恋人のことを思い出しているなんて。  いや――決して別れたわけではないが、別れたといっていいようなものだった。 最近は全然会っていないし、声も聞いていない。 はたしてそんな女の子を、恋人といっていいだろうか――ずっとそう、彼は悩んでいた。  もちろんその女の子のことは好きだ。 好きで好きでたまらなくて、可愛くて可愛くて今でも前にいると抱きしめてしまいたいくらい。  それなのに、自分はそんな女の子をつきはなしてしまった。  もっと一緒にいたかっただろう女の子を。  もっと一緒にいたかったはずである女の子を。  今ごろその女の子は一体どうしているのだろうか。 「はい、サトシ!」 「え……。これって、カスミが作ったの?」 「そうよ。何か文句でも」 「いえ、別に……でも、サンキュ。オレは嬉しいぜ」 「あっ……」  そのときの女の子の顔はいつまでも忘れない。 何があっても、絶対に――。  味はとても上手とはいえなかったが、サトシにとって大切なのは、 味よりも女の子が義理ではなくこっそりと本命で上げてくれたことだった。  今でもカスミは、自分のことを好きだろうか?  こんな、酷い自分を――……。 「……トシ。サトシってば!」 「あ、ああ……何だビックリした。マサトか、脅かすなよ」  いつしかポケモンセンターについていた。 ロケット団の襲撃で、傷ついたポケモンたちを回復させるためである。 サトシははっと我に返り、慌てて笑顔をとりつくる。 「脅かすなって、別に脅かしてないよ。ピカチュウ、早くジョウイさんに預けなきゃ」  あっと顔を上げると、目の前でジョウイさんがニコニコと営業スマイルで笑っていた。 サトシはまた恥ずかしい思いをしながらも、すっとピカチュウを渡す。 「じゃあ、あとでな、ピカチュウ」 「ピカ」 「サトシ、これからオレたち、飯食って――」 「遠慮しとくよ」 「え?」  疑問の声を上げたのはハルカであった。 いつものサトシなら、ご飯は絶対に残さないのに。 ましてや、遠慮するなんて、絶対にありえない。  タケシはきょとんとした顔のまま、もう一度訊いた。念のためだ。 「ほんとに、ほんとか?」 「ああ。ちょっと電話したいんだ」  どうやらピン、ときたようで、タケシはサトシに耳打ちする。 「カスミか?」  そっと、小声で。このことはあまり、周囲に知ってほしくないだろうから。 「ああ……最近全然電話してないし、たまには電話しようと思ってさ」 「そうか……」 「って、何ニヤついてんだ!オレは別に、そんなつもりは……っ!」  ニヤニヤと意地悪く微笑むタケシに、子供のごとく暴れるサトシだったが、 かえってそれがハルカやマサトに気づかれてしまった模様。 「そんなつもりって、どういうつもりなの?」 「そうだよ、教えてサトシ」 「うっ……お、オレ、知らない!!」  そう叫びながら姉弟を振り払うと、さっさとどこかへ行ってしまった。 「さ、サトシはちょっと用事があるらしいから、オレたちは先にご飯食べておこう」 「用事ぃ……?」 「何か怪しいわね、マサト」 「だね」 「何してるんだ、二人とも行くぞ」  二人は怪しく微笑み、何事もなかったのようにタケシのあとを追いかけていくのであった。 「はぁ、はぁ、はぁ……あの二人、何聞き出すかわかんねーからな……。  っと、あったぜ電話!えーっと、電話番号は……あ……」  ダイヤルを少し回したところで、サトシは電話をかけるのをやめてしまった。 手がふるえている。足もどこかぎこちない。 バクバクとうなる心臓――一体何やってるんだ、オレ。 オレ、アイツを捨てたんだぞ。それなのに、こうやすやすと電話なんて……と、心の中のもう一人のサトシがおいうちをかける。  何が捨てただ。 別にカスミは捨てたわけじゃないし、第一ふられてなんかいないじゃないか。 別れる告白だってされていない。だったら電話してやらなきゃ可愛そうじゃないか。 それとも何か? 今まで電話しなかったことをいまさら後悔するのか。 ふぅん、いいお調子ものだな。ロケット団に終われてて忙しかったですー、なんていい訳にならないぞ。 なぁ、サトシ? だよな、サトシ。 「っ……」  一人目のサトシのほうが勝った。サトシは髪で表情が隠れたまま、うなだれて食堂へと戻る。  そこではすでにピカチュウも元気になっていて、みんなご飯を食べているところだった。 「おーい、サトシ、ここだここ」 「タケシ、みんな」  たったったとその場へと急ぐサトシ。だが、彼の様子がおかしいことは、皆誰もがわかった。 一体どうしたの、とたずねるハルカだったが――。 「いや、何でもない」 「そういえば、さっきの用事って、一体何なの」と、マサト。 「分かった!もしかして、ガールフレンドとおしゃべりぃ〜?」 「ち、ちちちち、違うよ!そんなんじゃっ……」 「隠さなくったって大丈夫。もうとっくにバレてるから」  ニヤニヤと微笑むハルカの言葉で、サトシは全てを理解した。 犯人は、タケシに間違いない。 「それだとそうと、早くいってくれればいいのに。私なら絶対、電話すると思うけどな。  電話もしないなんて、カスミさんが可愛そうだよ」  ハルカはカスミとはまだ会っていない。 だが、これはあくまでもハルカの考えだ。サトシはますます自信をなくす。  そりゃあ、電話をかけたいのは山々だが、自分の何かが、それを制するのだ。 きっとカスミに対する申し訳ない気持ちや、後悔でいっぱいなのだと思う。 「うん……オレも、そうしたいんだけど、でも……どうしても、出来ないんだ」 「複雑な男心ってやつだねぇ」  うんうんとうなずくタケシに対し、サトシはギロリと「あんたが喋ったんだろ」と目で突っ込みを入れた。 冷や汗をかくタケシ。 「でも、本当にお姉ちゃんのいうとおりだと思うよ。 電話くらいしないと、カスミさんき  っと寂しいよ。悲しいと思うよ。 だって、ボクだって、もしみんなと別れることになったとき、電話もメールも何もなかったら悲しすぎて死んでしまいそうだもの」 「マサト……」 「マサトとハルカのいうとおりだ。サトシ、ここはひとつ、覚悟を決めろよ」 「……」  サトシはそれっきり黙り込んでしまった。確かにマサトやハルカのいうとおりかもしれない。 ピカチュウだって、ピカピと心配そうにサトシを見つめてくれている。みんなのいうとおりだ。 何を怖がっている。カスミがオレを怒鳴りつけると思うか?何を恐れているんだ。 オレはマサラタウンのサトシ、ポケモンマスターになる男だぞ。 そんな男が、これくらいで弱音を吐いてどうする。 逃げるな。 逃げるんじゃない、サトシ。オレは――オレはマサラタウンの男、サトシだ!  ダッ――そのときすでに、サトシは走り出していた。 急いでまたあの公衆電話へと戻り、今度はものすごいいきおいでハナダジムの電話番号をまわす。  一秒一秒が長く感じられた。一つ一つダイヤルがうざったく感じられた。 このときサトシは、電話やメール以上にもっと早く遠い人と話せる手段が欲しいと心から願うのであった。 「カスミ!!」  久しぶりの恋人相手への第一声がそれだった。それでもカスミは受け入れてくれた。 泣いているのが分かった。とても寂しく、悲しく思っているのが分かった。 伝わる……伝わってきた。サトシは自分を殴ってやりたかった。 「サトシ……」 「カスミ、ごめん。ずっと、何の連絡もしなくて……出来なかったんだ。  オレ、何度もやりたかったんだけど、だけど、オレが、弱いから……」 「バカね。アンタは十分強いわよ。だって私のバッヂ、あなた持ってたじゃない」 「……カスミ――そういえば、今日はバレンタインだったね」 「あ……ええ、そうね」 「カスミの手作り特性チョコレート……食べたいな。いつになってもいいから、送ってく  れないか?」  返事が待ち遠しかった。 返事はすぐにきたはずなのに、サトシにとってポケモンをジョウイさんに回復してもらうくらい長い時間に感じられた。 「もちろんよ。待っててね、サトシ」  空は青く、今日も晴れている。  先ほどまでしとしとと雨がふっていたのに、それがまるで嘘のように。  二月十四日、聖なる日――バレンタインデーは、まだ始まったばかりだ。