<<キミノヌクモリ>>  少年ケイスケは最後の四天王戦、ワタルに戦いを挑んでいた。 うなる大地、風、そしてポケモンの気迫。 それから、そこでしか味わえない、独特の緊張感。  いよいよ頂点に立つ――いよいよ最終決戦。 「ファイアー、『オーバーヒート』!!」  ファイアーの体が赤く光、無数の火花が空を切る。 やがてそれはとある青年のポケモン、カイリューを直撃した。 が、しかし――。 「そんなものか?」  相手の口からは以外なものだった。 今までなら、この技、いや、全ての技をくらって驚かない者はいなかった。 たいてい野生のポケモンも、他のトレーナーのポケモンも一撃で倒せていたはずだった。  それなのに、ここではそれが一切通用しない――。  ケイスケは冷や汗をかきながら、それでも何とか耐えていた。 「お前の力はそんなものか?それとも伝説のポケモンを使ってラクに勝とうと思ったか?  ――甘いな。四天王はこんなもんじゃない。四天王の戦いは……『命』を賭けねば必ず勝てん!  カイリュー、『はかいこうせん』!!」  ドドドドドッ――残りの数値があと少しだったファイアーは、すぐさま力尽きてしまった。 バトル終了――ケイスケのポケモン図鑑に「ゲーム・オーバー」の文字が記され、彼はそのまま気を失った。 「……っ」 「ダメよ、動いちゃ……まだ万全じゃないんだから」  目を覚ますと、そこはポケモンセンターだった。 ケイスケはベッドの上にいて、ジョウイさんの心配を裏切って立ち上がろうとする。 だが、その行動はことごとくラッキーによって制された。 「あなたすごいわ。ワタルさんまで勝ち進んだだけでも、良くやったと思いなさい。  今まであそこまで進めたのは……あなたくらいしかいないわ」  そう。ケイスケは四天王でありチャンピオンでもある、ワタルと戦っている最中だった。 ところがこともあろう、最初のポケモン、カイリューでやっつけられてしまった。 破壊光線、竜のいぶき、ワタルはすごい技ばかり使ってきた。  もちろんケイスケだって頑張った。 オーバーヒート、大文字……愛情たっぷり注がれたファイアーで、最終決戦に挑むつもりだった。 だが――。 「お、オレのポケモンたちは?」 「……今はぐっすり眠ってるわ。体力を回復するまでもうちょっとかかるわね」 「……オレのせいで……オレが弱いから、アイツらが――」 「あなたって、勝負に負けたのを自分のせいにするのね」 「え?」  思わず顔をあげるケイスケ。普通、そうじゃないのか? ジョウイは言った。 「たまに、だけど……自分が負けたことを、ポケモンのせいにするトレーナーもいるのよ」 「えっ……勝負に負けたのを、ポケモンのせいに?」 「ええ……この前なんて酷かったわ。一人目のカンナさんで負けてしまった子だったけど……。  自分のポケモンがとっても傷ついているのに、とってもしかりつけるの。  私、とても見てられなくて……今ごろ大丈夫かしら……」 「ふざけんじゃねえよ。ポケモンのせいにするなんて、間違ってらあ。  信頼と愛情がたくさんあれば、ポケモンだって答えてくれ――あ……」 「どうしたの?」  ケイスケはそこではっとなり、先ほどのワタルの台詞を思い出しては頭を抱え込む。 ――『お前が負けたのは、ポケモンへの愛と信頼が足りないからだ』―― ――『伝説のポケモンを使ってラクに勝とうと思ったか?』―― ――『四天王の戦いは……『命』を賭けねば必ず勝てん!』―― ・・・     ・・・・・・                      ・・・・・  違う。  そんなことない。  自分は、ポケモンにありったけの愛情と、信頼を注いできたつもりだ。  さっきだって、ポケモンを信じて精一杯戦ったし、伝説のポケモンでラクして勝とうとなど思っていない。 ただ、ファイアーは特別なんだ。 ファイアーは、オレの……。 「はい。あなたのポケモンは、みんな元気になりましたよ」  と、気がつくと、目の前にジョウイさんがにっこりと微笑んでいた。 その両手には、トレイの上にケイスケの6つのモンスターボールが綺麗に並べられている。 「……なんてね。ハイ、あなたのポケモン」 「サンキュ……」  よっ……、とケイスケはベッドから身軽に降り立った。 ジョウイさんの止めるすきもなく、ケイスケはすでに体力を回復していた模様。 ジョウイさんもラッキーもそんな彼の様子を見て満足したのか、最初こそ唖然としていたがようやく認めた――。 「もう、大丈夫みたいね……」 「ラッキー」  その夜。  ケイスケは一人、ポケモンセンターのソファーの上に寝転んでいた。  センターは日夜営業中だが、人は人っ子一人いなかった。 「……なあ、ファイアー。お前、オレのこと愛してくれているよな。信じてくれているよな?」  モンスターボールに向かってそう話し出す。 最初は、全然言うことを聞いてくれなかった。 最初は、全然相手にしてくれなかった。 だけど・・・。  ケイスケは思い出していた。  このファイアーは、お父さんからもらった大切なポケモンだということを。  八つ目のバッヂをもらって、ようやく自分をトレーナーだと認めてくれたっけ。 「……なあ、ファイアー。どうしたら、四天王ワタルに勝てるんだろう?」  そして、脳内に浮かぶライバルの姿。 ライバルはすでに四天王を制覇したらしい。 確かワタルはそう言っていた……。  しだいに焦るケイスケの心。  もし、このまま一生制覇できなかったら?  そしたら、ポケモンマスターへの夢もここで終わってしまう。  もし、このままここで一生行き止まりだったら?  オレは一生、アイツの笑いもの――  これが限界なのか。  これがオレの限界?  いや、きっとちがう――今までは負けても、いくらでもそう思えた。  だけど今回は違った。  今回のショックは、今まで以上に大きく、よりリアルに、より正確的に自分のパワーを示しているような気がする……。  もうどうでもいい……どうでもいいや。  もともとポケモンマスターになれるなんて確信してなかったんだから。  もともと、そんなものになれるはず――  ――・・・・・・         いつしかケイスケは夢の穴に落ちていた。  バタバタ、とバサつく美しい赤い羽……。  目の前に広がる、彼と出会った――場所――。  そこで誓った、自分の未来へのメッセージ……。  「オレは絶対に、ポケモンマスターになってみせるからなァァァァ!!」   ドバッ。  そこでケイスケは目を覚ました。 いくつもの汗をながし、体はビッショリと濡れていた。 夢だったのか――と、いつも目が覚めてから思う。 しかし……目の前には、出してもいないはずのファイアーが、こちらをじっと見つめているではないか。 早朝三時――どうりで静かで熱いはずだった。 「……だよな……そうだよな。ここであきらめちゃ、いけないよな」  ケイスケは熱さを我慢して、ぎゅっとファイアーを抱きしめた。 「っ、アッチー……お前、その熱さ何とか出来ないのかよ?ったく、ほんとに……  どうりで熱いわけだぜ。って、ヤメロ、わっ、分かったから!!こらっ、ファイアー!  ハハハハ――」  すりすりと頬をこすりつけてくるファイアー。 最初こそはケイスケから抱きしめたものの、ここまでやられると限界に達してくる。 そんな姿を、こっそりと眺めるマント男の人物――ワタル。 彼はフッと微笑むと、安心したように目を閉じるのだった。    そして――。    いよいよワタルとの、二回目の命を賭けた闘いが、幕を開けようとしていた――! <THE END>