注意: この作品は内容の趣旨の関係上により、精神的嫌悪を感じる表現を使用しているところがあります。 精神的にも不健全な表現が幾つか含まれていますので、このような表現が嫌いな方は読まないようにしてください。 推奨年齢:12歳以上。 いじめなどによる精神的暴力を受けている方、または過去に受けた方は、安易な気持ちで読まない事をお勧めします。 #1、Solitude 雨雲が太陽を人々から覆い隠したとき、石造りの街の風景として溶け込んでいる人々は、 空気に湿り気を感じたので持っていた傘を開き、レインコートを羽織って間も無く降り注ぐ雨から身を守ろうとする。 そして、人々の足は急ぎ足となって、急いで家路に就く者や雨宿りのためにカフェや商店にて寄り道をして携帯電話で迎えを頼む。 雨が少しずつ降ってゆき、やがては雨音と無数の水滴が全てのものを覆っていく。 こうして人々が体温を奪われない為にも雨を避けるのは当たり前のことであり、雨に当たっても得することは一切無いからである。 しかし、人々が当然のこととして雨を避けようとする中で、一人だけ多くの人々と同じ行動をすることを拒む者がいた。 上空から落ちていく無数の水滴によって、美しいバイオレッドの長髪は軽やかさを失い、 それに合わせるかのように彼女の衣服も雨に打たれて、冷たさと布地に水を帯びた感触があるだけであった。 傘を差して雨から身を守る男女のカップルが彼女を見たとき、彼女に対して同情の眼差しを向けようとするが、 彼女のアクアマリンの瞳から雨の冷たさと同じような感覚に襲われてしまい、二人は何も言えなかった。 彼女のそんな風陰気は人を寄せ付けないというより、人と交わることを拒絶しているようにしか感じられなかった。 その証拠に彼女は通りかかる人々に対して、意図的に間合いを取って接触どころか視線すら避けようとしている。 人々と交わることを自らの意志で拒む人間の女性の名はルファエル・ケールボルトという。 彼女は人々から交わることを拒まれた一人の人間であり、経歴や出生によって心無い人々から人としての交わりを苦痛にされたのである。 雨雲が太陽を人々から覆い隠したとき、林や草原の風景に溶け込んでいる様々な生物は、 空気に湿り気を感じたので林の中に駆け戻って行き、穴倉の中や木々の下に雨宿りすることで間も無く降り注ぐ雨から身を守ろうとする。 そして、あらゆる生物の捕食や採食の活動は一時的に停滞し、雨が止むのをひたすら待つことにする。 体温が奪われることが体力の消耗に繋がるから雨を避けるであり、雨の中で活動することは自らの命を危険にさらすことなのである。 しかし、あらゆる生物が当然のこととして雨を避けようとする中で、一匹だけ多くの生物と同じ行動をすることを拒む者がいた。 上空から落ちていく無数の水滴によって、白い毛並みは柔らかさと美しさを失い、 それに合わせるかのように彼は体力と共に体温を奪われていき、体中に水と空気の冷たさを感じるだけであった。 大木の枝の上で羽を休めているスバメとピジョンが彼を見たとき、彼に対して同情のまなざしをむけようとするが、 彼の赤い瞳から雨の冷たさと同じような感覚に襲われてしまい、二匹は何も言えなかった。 彼のそんな風陰気は他の獣たちを寄せ付けないというより、他の生き物と関わる事を拒絶しているようにしか感じられなかった。 その証拠に彼は視線を向けている様々な生物に対して、意図的に間合いを取って接触どころか視線すら避けようとしている。 様々な生物と自然界になじむことを自らの意志で拒む一匹ポケットモンスターの種族名はアブソルという。 彼は同種族からも交わることを拒まれたポケモンであり、伝説や逸話によって自然界に組み込まれることを苦痛にされたのである。 ……………………Solitude…………………… #2、蒼の孤独 雨が降りしきる石造りの町並みを一人歩くルファエルは、人と交わることをいつの間にか拒否するようになった。 それは、彼女の生い立ちからそう余儀なくされたものであり、彼女自身も災いを呼ぶ者として避けられていた。 ルファエルには家族と呼べるものがいない。 彼女は大企業の社長の私生児であるために腹違いの兄弟から拒絶され、母親も物心が着く前に他界している。 家族との交わりも知らずに施設で過ごした少女時代、人とのコミュニケーションが苦手なことからも虐めの標的にされていた。 シンプルとは程遠くあまりに複雑すぎるルファエルの出生は、周囲の人間にとっては汚らわしいものでしかなかった。 「お嬢ちゃん〜♪俺達お小遣いがピンチなんだ・・・。 少しばかりお金貸してくれないか?それが嫌なら俺達と遊んでもいいんだぜ?」 ルファエルの回りに近づいてきたのは、チンピラ風情の3人の男である。 一人雨の降る街の中を歩く彼女を見つけた彼らは、『かつ上げ』と呼ばれる行為のカモとして格好の得物として見定めたのである。 しかし、そんな3人の男を前にしたルファエルは、この手のトラブルに慣れているかのように落ち着きを見せている。 「こんなことをする暇があるなら真面目に働けよ・・・」 「真面目に働いても雇い主が俺達をクビにするんだから困っているんだよ♪ それに・・・、俺達は今すぐ金がいるんだぜ。だったらお前をどこかに売り飛ばしても構わないんだぜ」 「人間の皮を被った欲望の塊で出来たクズが・・・」 彼らには理屈どころか道徳心すらないと見たルファエルは、「またバカの相手をするのか・・・」と思いながらも、 茶色のトレンチコートの下から何かを探り出しながらも、男の一人を平然と罵ったのである。 「調子に乗るんじゃねーよ!このアマが!」 見事に挑発された男の一人は、隠し持っていた一つのモンスターボールを取り出そうとするが、 刹那の瞬間にルファエルがトレンチコートの中から取り出したナイフで、男の腹部を急所へと深く突き刺した。 このときに刃を突き刺した瞬間に、イシュタルが纏っていたトレンチコートは男の腹部から噴き出した返り血で赤く汚れた。 「お気に入りのコートだったのに、お前達の返り血で汚れたじゃないか・・・」 彼女の青い瞳から放たれる冷たく突き刺さる視線を見せて、男の血がこびり付いた右手に握られたナイフが鈍い金属光を放つ。 「な・・・何なんだ・・・!この女・・・」 正気とは程遠いルファエルの視線に絶対零度の冷たさを感じた二人の男は、腹部を刺された友人を引きずって彼女から引き離す。 「て・・・、てめえ!俺のポケモンでぶっ殺してやるまd・・・!」 男の一人がモンスターボールを地面に放とうとした瞬間、電光石火の如くにルファエルがモンスターボールを蹴り飛ばした。 「情けない・・・。ポケモンがいないと喧嘩も殺しも出来ないのか? お前らみたいな奴らでもポケモントレーナーになれるなんて、この世の終わりだね」 ルファエルは男に対して股間を蹴り上げた後に、彼女の強さに怯えてもう一人の男が逃げていくのを平然と無視した。 いちいちこの手の連中を相手にしても得するどころか時間の無駄でしかないのだ。 「た・・・。助けてくれ・・・!!か・・・金ならいくらでも払うから見逃してくれ!!」 「わ・・・悪かった!!お嬢ちゃんがこんなに強かったなんて思っても無かったからさ・・・・・・」 ついには命乞いにまでするようになった二人の男は、一人は腹部の傷を押さえながらも彼女の前に持っている現金を差し出す。 しかし、ルファエルはその程度で男達を許すつもりは一切無かった。 「お前達は典型的な弱いもの虐めをすると分かった以上、お金で許されることが無いことをじっくりと教えてあげないとね」 二人の男に冷たい視線を放つルファエルは、血で汚れたトレンチコートから本人も意識していないかのように、 銅製のチェーンが付けられたレリーフが施されている金のペンダントが彼らの視線の中に入った。 「このペンダント・・・。死んだばあちゃんから聞いた“あれ”だぜ・・・」 「この女の瞳が蒼いぜ・・・。この女は・・・災いを呼ぶ“魔女”だ・・・!!」 蒼い瞳と金色のペンダント、そしてルファエルの性別が女性であることとが一つのラインに結び付いた二人の男は、 慌てふためくかのように足をふら付かせながらも逃げ去っていった。 「300年前の悪評に振り回されるのもいい加減にして欲しいよ・・・」 二人の男がルファエルのことを魔女と呼んだが、決して彼女には特別な力とかあるはずがない。 たとえあったとしてもそれは彼女の先祖のことであって、幻想信仰の時代に残された昔話程度でしかないのである。 蒼い瞳の堕天使のレリーフが施された金のペンダントをした魔女は、この国のほかにも幾つもの国境を越えた伝説となっている。 その魔女伝説とは、300年も前にとある町で疫病が流行したとき、疫病の蔓延を阻止するために国王がこの町に火を放つことを命じた。 医療技術の進展が見られないこの時代において、伝染病の拡大防止策として感染者ごと町を焼き払うというのが最大の予防策だった。 こうして国王の命を受けた兵士達がその町に火を放つために、油に浸された松明や火矢に火を着けていった。 一人の兵士が松明に火を着けて街中に投げ込もうとしたとき、一人の女性が突如として姿を表したのである。 その女性が右手を点に翳した瞬間、兵士達が持っていた松明や火矢が突如として勢いよく炎を立ち上げて兵士達を炎に包んでいった。 次に女性が左手を点に翳した瞬間、疫病に感染していた人々が突如として容態が回復して、疫病が流行る前の平穏な状態に戻ったという。 その女性は疫病の危機からこの国が滅び行くのを救い、疫病に侵された町人達は彼女を救いの神として崇めたのである。 しかし、あまりに人知に掛け離れすぎた彼女の力を、国王やその家臣は恐怖として感じ取ったので、 国王は女性や同じ力をもつかもしれない18歳以上の女性を捕らえて殺すようにと、多くの兵士や臣民達に命令を下したのである。 こうして彼女達は魔女と呼ばれるようになり、魔女の疑いをかけられた女性は次々と殺されていったのである。 これは後の歴史において『魔女狩り』と呼ばれる、女性に的を絞った大量虐殺であった。 疫病から町を救った女性の伝説の事実は神話化されているために事実は分からないが、魔女狩りの事実は歴史においても語られている。 科学信仰の現在であっても迷信というものには、いい意味でも悪い意味でも振り回され続けるのだ。 「あたしが魔女なら、あんた達は人の皮を被った悪魔よ・・・」 単なる迷信や伝説程度に振り回される人間を見てきたルファエルは、こういった行動を見る度に慣れてしまった嫌気を噛み締めている。 人間というものは異端の力を持つ者を恐れるというが、それが何代にも渡って恐れられるのには社会的な嫌がらせとしか思えない。 伝説となった魔女の子孫というだけで、ルファエルは物心が着く前からも心無い人間から暴力や差別を受けていた。 施設では常に虐めのターゲットにされ続け、町の人々からも陰口を叩かれながらも冷たい目で見られてきた。 そして彼女の親権を持っているはずの父親と腹違いの兄弟が、真剣になってルファエルを見放したことには一番の苦痛であった。 純真無垢な幼い頃から“暴力”、“偏見”、“嫌味”などによって黒く染められてしまい、彼女は人を信じることを止めたのである。 信じることを止めたというより、“信頼”や“愛”というものを教えられずに、“孤独”というものを徹底的に叩き込まれたのであり、 人を信じることが自分の生命の危機に陥る可能性があるからこそ、人を信じることは無かったのである。 #3、黒と白の災い 雨が降りしきる小高い丘の上で、アブソルは向こう側にある森に何かが起こると言わんばかりに視線を向けていた。 彼は雨の臭いとは異なる空気の臭いを僅かながらも感じ取っており、これから何かが始まることを本能的に予知する。 『何かが・・・何かが起こる・・・』 アブソルの感じた何かはあくまで生物としての直感でしかないが、このポケモンの不安はほぼ確実に的中するのである。 それも生物として生き残る為の外敵の気配とかいうレベルではなく、自然界そのものの危機を感じ取れているのだ。 そしてアブソルはこの危機を知らせるために、自ら森の中へと入っていくのである。 「今日の獲物は、オニドリル一匹だけか・・・」 「これでも晩飯には十分足りるが、出来ればもう2、3匹いれば肉や毛皮が売れるんだが・・・」 アブソルが早速森の中に入ったとき、茂みの反対側から猟銃を構えた二人のハンターが煙草を吸いながら歩いていた。 彼らの手にはポケモンが恐れる赤と白の球体が無い変わりに、猟銃で撃たれて息絶えたオニドリルが布袋から顔を出している。 (人間か・・・。鉄の筒を使ってくるから気をつけなければ・・・) 生きたまま捕らえるための道具を持っていないが、彼らの持っている道具がいかに危険なものだと知るアブソルは、 この場をやり過ごす為に身を低く構えて息を潜める。 「さすがに雨が降っていれば獲物も見つからないわ、火薬が湿気るわで・・・」 「だから昨日のうちに狩りでもしておけと言っただろう。 それにも関わらずお前さんは草競馬で無謀な掛けして全財産すってるんだからよ」 猟銃を構えて森であらゆる生物の脅威となっているハンター達でも、雨という気象条件には太刀打ちする術は無い。 そんな二人の会話の半分がアブソルにとっては意味不明な言葉でしかなく、 彼らがくわえている煙を出す細い棒が一体何なのかも分からないが、その細い棒が何らかの危険があると直感していた。 「さて、こんな雨の中でもオニドリルがいたからいいじゃないか・・・」 「明日こそ晴れなければギャンブルどころかメシにも困ることを忘れるなよ」 二人の人間には反対側の茂みにアブソルがいることに気付いておらず、そんな彼らの足音は森の外へと向かっていく。 そのとき、ハンターの一人が吸っていた煙草を、無造作に雨水を遮っている木の下に投げ捨てたのである。 その木の下の枯れ葉は十分に水分が抜かれており、後は微生物による分解でたい肥に戻るはずだったのだが、 先程のハンターが投げ捨てた煙草から白い煙を放ち始めて、白い煙が徐々に大きくなるに連れて赤い炎がその姿を見せていく。 『まずい!急いで知らせなければ・・・』 天候が雨にも関わらず、人間が投げ捨てた煙を出す細い棒から赤い炎が一つの木を包み込んでいくところを、 これを防ぐ術もないアブソルは森に生きるあらゆる生物に危機を知らせるしかなかった。 幸いにも空から降り注ぐ無数の水滴が炎の巨大化を防ぐためのバリアとなっているが、 これが太陽の出ているときだとすれば、森は赤い悪魔の手の中に飲み込まれていくには時間もかからないだろう。 『みんな!!森が・・・森が燃えているぞ!!』 これらの一部始終を見たアブソルは必至に駆け巡りながらも声を大きく発して、森に訪れた危機を必至に知らせた。 白い毛皮が雨を吸って柳のように垂れ下がることを気にせず、無理な発声で声を嗄らしながらも今は森の危機を必至に知らせる。 そんなアブソルの必死の声に反応して、木の下や倒木の中で雨宿りしていたあらゆる生物がゆっくりと姿を表し、 アブソルの言葉の意味を即座に理解する。 それでも先程は人間によってオニドリルが殺されたこともあって、森のあらゆる生き物は警戒を緩めてはいない。 『も・・・、森が燃えているだと!?』 『この雨では大したことは無いみたいだが、煙や炎は何所に・・・』 『空を飛んで見てみたが、南西の方角に一本の木が燃えているよ!!』 赤い炎の脅威を知るポケモンなどのあらゆる生物達は、高い木に登って辺りを見回し始めて、 雨水を吸い込んで重くなる翼を空高く羽ばたかせる一匹のポッポが、地上にいる仲間たちに対して状況報告する。 『これならオレ様の水鉄砲でも十分に消せるさ!』 『カメールの旦那だけじゃ不安だから、水辺の奴らも念のために呼んで置こう・・・』 雨によって炎の勢いが押さえられている今、カメールは消火活動を行う為に自信満々に火事場へと走っていき、 側にいたゼニガメはもしもの時のために近くの川へと走っていく。 この森に住むポケモンやあらゆる生物は、自分達の居場所を守る為にもそれぞれ動き出し始めたのだ。 『お前が火事を見つけたとでもいうのか!?』 そのとき、森の奥深くから赤く咲き誇った巨大な花を背負った緑色の四足歩行の年老いたポケモンが、 アブソルの姿が確認できる距離まで近づいてきた。 そのポケモンはかなりの高齢とも思われるフシギバナで、視力も高齢のために劣っている為にアブソルの姿もおぼろげにしか見えない。 『そうだ。俺はこの森が燃えることを知らせただけだ』 森の長老と思われるシギバナを目の前に、アブソルは堂々と立ち構えて自分が危機を知らせた事を平然と答えた。 当たり前のことをしたと言わんばかりに平然とするアブソルに対して、 相手に対して鋭い目付きを見せるフシギバナは、彼の足元に背中の深緑の葉っぱを放ったのである。 『そうか・・・。この火事はお前が運び込んだ災いなんだな!!』 『災いだと!?』 『お前らアブソル一族は、我々の前に姿を見せたときは災いが訪れるときだ!!』 森の長老であるフシギバナは災いポケモンアブソルの伝説を知っており、相手がアブソルである以上は褒める事が出来ない。 フシギバナの知るこの伝説は、アブソルが姿を表したときに何らかの厄災が訪れると言うものである。 アブソルにとっては本能的に災いを感知しただけであるのに、他のあらゆる生物にはアブソルが厄災を運び込んでいるとしか見えない。 それがどんなことであろうと、アブソルがいるだけで災いが起きた責任を押し付けられるのだ。 『俺はただ・・・』 『この火事も人間が仲間を殺したのもお前が近くにいたからだ!!』 『違う!森が火事になったのも人間の白くて細い火のついた棒が・・・』 『出て行け!お前にこれ以上この森にいられたら、森にまた新たな災いが訪れる!! 今すぐ出て行かなければ・・・、お前を殺す!!!』 アブソルは火事が起こった経緯をフシギバナに話そうとしても、伝説という先入観によって信じてもらうことも出来ない。 しかも周りにいたポケモンも長老の言葉に従って、アブソルに対して威嚇の体勢をとる。 普段は大人しいポケモンでさえも相手が災いを呼ぶポケモンと知れば、生物としての防衛本能を無理矢理にでも働かせる。 森というテリトリーの中で最も影響力のあるポケモンの言葉は、絶対的な真実であって虚像の産物ではないのだ。 『出て行け!!』 『災いを呼ぶ悪魔!!消えろ!!』 『長老!こいつはこの世界のためにも我々が殺しましょう!!』 フシギバナが姿を見せるまでアブソルの行動を善意と思ったポケモンも、手の平を返すかのようにアブソルに対して罵声を浴びせる。 中にはアブソルに対して攻撃を仕掛けようとするポケモンもいるので、森の中には殺気というものが充満してしまっている。 もはや長老の語る歪曲された真実が、アブソルを悪意のポケモンというレッテルを貼ったのだ。 『・・・・・・』 ただアブソルにとっては当たり前の行動をとったのに、その代償が罵声だと知っていれば彼は火事を知らせることは無かった。 森に住む多数のポケモンを相手にしても自分一人では太刀打ちできないことを知るアブソルも、 これ以上の言い訳も自分の首を締める結果になると判断して、フシギバナの警告どおりに大人しく森から去ることにした。 『・・・・・・』 このような出来事は今回が始めてではなく、過去に数え切れないくらいに遭遇しているので、 アブソルは自分から身を引くことが最も安全だという事を知っているので、下手に自分から行動を起こす事は無い。 もし彼が何らかの理由で戦わなければならない事態に陥ったとき、それは自分の命を落とさないための正当防衛に限っている。 今日も例のごとく三匹のスピアーが彼の命を絶とうとしたのだが、 アブソルの放つ一発のかまいたちで一瞬のうちにそれぞれ2分割されて体が6つに分けられたのである。 #4、ファーストコンタクト 雨も降り止んで半月が雲に隠れようとする夜、森を出たアブソルは傷ついた右足を引きずりながらも岩陰へと身を寄せていく。 どうやら彼はあのときのスピアーの毒針が突き刺さったらしく、右足の傷跡が白い毛皮を赤く染めていく。 しかもスピアーの毒を受けたらしく、体に重石を乗せられたかのように重く感じてしまう。 アブソルの体はスピアーの毒で次第に蝕まれており、眠気に近い体の脱力感と視界が今にでもブラックアウトしようとする。 『お・・・俺は・・・死ぬ・・・のか・・・・・・』 呼吸も次第に荒々しくなっていくアブソルは、自らの死を既に覚悟し始めていた。 日が沈むまで降りしきっていた雨が体温を奪っているために、自分の体が次第に生体機能を失っていくことも分からない。 いや、既にアブソルの生体機能のほとんどは失われたに違いない。 出来れば森の中でごく普通に朽ち果てたかったアブソルだったが、歪曲された伝説が彼に尊厳のある死すらも奪っている。 人里に行っても森に戻っても彼が殺されることは間違いない。 それに比べれば孤独な死は彼にとってもましな事であり、せめてこの屍を見せないと言わんばかりに岩陰の中に体を完全に隠す。 ―――ワザワイハ・・・キエテナクナレ・・・カ・・・・――― 自分が死後も災いを呼ぶというのであれば、その屍を隠す事こそが自然界の救いになるのならあえて甘受する。 自分の運命が回りに災いを呼ぶと言われたアブソルは、誰にも見取られる事無く朽ち果てる事にしたのである。 「アブソル・・・。珍しいポケモンが朽ち果てようとする姿を見られるとは・・・」 自らの体を岩陰に隠したつもりのアブソルの視界には、 バイオレッドの長い髪にアクアマリンの瞳をしたトレンチコートを着た女性が立っていたのである。 『に・・・人間・・・!?』 自分の死を見届けようとする相手が人間であることから、アブソルは薄れていた意識をはっきりとさせてしまう。 自然界の生物にとっての人間は自分達の命をあらゆる理由で玩ぶ存在であり、 その子供でさえも赤と白の球体で生け捕りにさせることで、自らの手下として特定の種族を洗脳させる最も厄介な生物でもある。 『そこの人間よ・・・俺の事をほっといてくれ・・・』 次第に衰弱していくアブソルは、本来なら威嚇する事で相手を追い返したいところだが、 最後の力を振り絞るかのような泣き声で女性を追い返そうとする。 「戦いに敗れてそのまま死ぬというのか?」 しかし、アブソルの右足の怪我が戦いによるものだと考えた女性は、彼の言葉を理解しているかのように返答を返す。 『俺の・・・言葉が・・・分かるの・・・か・・・』 「あたしは何故か分からないが、お前たちポケモンの言葉がはっきりと分かるんだ」 『ポケモン・・・、お前も人間が呼ぶ我が種族の便宜上での総称で呼ぶか・・・。これで2度目か・・・』 「ある遺伝子が一致する種族、ポケットモンスターと呼ぶ種族の一匹。 災いを呼ぶ伝説を持つアブソルも同じ生き物として死に直面すると、妙に冷静になれるみたいね・・・」 相手の人間が自分の話す言葉の意味が分かる以上は、アブソルは半ば閉じようとする眼を閉じないように堪えながらも、 自分が死んでいこうとする中で、自分の伝説を知る女性を最後の話し相手にしようとする。 『災い・・・。それは俺が直感したときに何故か起こり、周りからは俺が災いを呼んでいると言っている・・・』 「あなたが災いを呼ぶポケモンならば、あたしは災いを呼ぶ人間として同じ人間に避けられている」 自分で災いを呼ぶ人間と称する女性に対して、衰弱していくアブソルはこの女性にも自分と同じ臭いを感じ取り始めていた。 口調からも同じ種族からの温かみを受けておらず、アクアマリンの瞳からも冷たさと寂しさを放っている。 女性から見た自分も同じような見られるかもしれないと思うが、彼女もまた虐げられたものであることには代わりは無いのだ。 「あたしはあなたと同じように伝説を理由に同じ人間から後ろ指を指されている。 普通の人間から普通の人間として生きるための権利が奪われているのよ」 『人間は昔から飽きる事無く同じ種族で憎み合いながらも殺し合うことが出来る心の無い生き物だ。 俺もその人間から物心の就く前から鉄の棒を振り回されて、人間に洗脳された同じ種族からも何度も殺されようとした。 だが、俺を虐げる相手は同じ環境に生きるあらゆる生物だから、普通の生物として生きる権利すらも奪われている・・・。 だから人間よ・・・。このまま俺を死なせてくれ・・・』 同じ境遇に立たされている女性より、自分の境遇が一段と最悪であるために生きていてもそれが改善される事は永遠に無い。 自分の存在価値があらゆる生物の中でも最低のランクに立つ人間以下であると思うアブソルは、 自らの死でこの世界のためになろうと考えていたのである。 「だから負けたまま逃げていいと思うのか? お前は何故自分の課せられた運命と戦う事を止めようとする?」 『人間よ・・・。お前は負け組と決められながらも何故自分の運命を受け入れる?』 「それ以外にあたしには選択肢が無かった。だからこそあたしのもつ全てを受け入れてくれるものを探す。 それがあたし自身の運命との戦いであり、こうすることで虐げた奴らに勝ちたい」 女性の濁りがないアクアマリンの瞳に、アブソルは自分の死を口実に生きる事を止めようとしたことが情けなくなってきた。 どんなに目の前に壁を突きつけられても女性は、怯む事無く常に前進し続けてきた。 しかし、アブソルは誰かのために尽くそうと常に努力はしてきたが、回りは自分がアブソルである以上は認めてはもらえなかったことが、 彼はいつの間にか死ぬという事へと追い込まれていた。 そのとき、女性はバッグの中から毒消しと傷薬を取り出して、注射針付きの毒消しのアンプル剤をアブソルの体に差し込んで、 傷薬を右足の怪我の患部へと吹き付ける。 女性が常に所持していたこれらの道具は野生ポケモンに襲われたときの備えであり、ポケモンが恐れる赤と白の球体は持っていない。 そんな彼女を突き動かしたのは、アブソルをこのまま情けない形で死なせたくなかったからだ。 『人間という生き物は理不尽な事をする・・・。これからも災いを呼ぶかもしれない俺を助けるとは・・・』 「なんの悪あがきもしないでこのまま死なれたら、あたし自身も後味が悪い・・・」 『俺を助けたからと言って後悔はするな。この貸しを返すまで俺はお前に就いて行く事にするぞ』 女性の手による応急処置を受けたアブソルは、体の中にあった毒物が次第に中和されていく心地よい脱力感を覚える。 それから女性はバッグの中からシュラフを取り出して、体温を維持するためにアブソルをその中に寝かせておく。 自分に対して献身的な女性に対して、彼は脅しを交えながらも条件つきで彼女に着いて行く意思を示した。 「あたしはルファエル・ケールボルト、周りは魔女と呼んでいる」 『俺の種族名はアブソルと回りの便宜上からもそう呼ばれている。 名前は無いのだが別にそれで不便したことは一切無いし、人間がポケモンと分類する我が種族の中でも珍しい種族だからな・・・』 くもりかかった夜空に半月だけが見える夜、これがルファエルとアブソルの奇妙な出会いであった。 無論フファエルにはポケモントレーナーとしての経験は無く、アブソルも性格的に忠実なところは無いのである。 しかし、生まれながらにして周りに虐げられる運命という共通点が、万物のいう何かがこの二人を接触させたのかもしれない。 #5、虐げる者達のセカイ 「キヤマの株価が落ちただと!?そんなことの処理は自分で何とかしろ!!」 「ねえねえ、昨日のポケモンコンテスト見た?」 「あたし的には2次審査のプクリンがすっごく可愛かったわ!!」 「今も平和が戻らない危険なイラク復興支援に、我が祖国の軍を派遣させない為の署名をお願いします!!」 森を越えたところにある無機質な鉄筋コンクリートのビルが並ぶ街は、 先日まで滞在していた町とは異なって人々の声や多くの情報と経済の波が、この街の全てを覆い尽くしている。 人ごみの上には様々な商店の看板や中央通りのビルには、大型のテレビモニターが絶え間なくコマーシャルが流され続けている。 空には日の当たる世界において老若男女を問う事無く、人々の笑顔が僅かでも途絶える事は無い。 そんな人ごみの一部に同化してしまったルファエルとアブソルは、最寄りのポケモンセンターへと歩んでいく。 彼女達がそこに行く目的はアブソルの怪我を完治させる為で、 昨晩の応急処置だけでは彼も人ごみの中を飲み込まれないように歩くだけが精一杯の容態でしかない。 『ルファエル・・・。人間の住む“都会”という街は無神経すぎて息苦しい・・・』 「あたしも人ごみの中は好きではないし、この街はいつ来ても無機質すぎて気味が悪い」 規則正しく多くの人間の動きに制限を加える『信号機』と呼ぶ赤と緑の光を放つ機械に、 汚れた空気を撒き散らす様々な形をした『車』と呼ぶ鉄の箱が『道路』と呼ぶ制限された空間を走る姿。 そして『ネオン』と呼ばれる無駄に光を灯す物体や『時計』と呼ぶ時間を支配する機械にアブソルは不気味さを覚えてしまう。 そんな無機質な機械に支配される人間もまた、生物としての本来の姿を見失っている気がするのも無理はない。 一言で強いていえばこの街の人間は、モノに支配された機械なのかもしれないとルファエルは思った。 「そこのおじさん!何所見て歩いていたんだ!?」 「10時半に御社に当社の製品に関する説明を行った後に、12時半に高級日本料理店にてお食事を・・・」 「そこの白い小型自動車!直ちに道路の脇に寄せて停車しなさい!!」 『ルファエル・・・。胸騒ぎがする・・・』 「まさか、ここで何かが起こるとでもいうの?」 『そうかもしれない・・・』 都会という場所に違和感を覚えるアブソルだったが、この街の人々にとっては当たり前の日常の一つでしかない。 そんな日常の中で彼の直感で感じた事を口にしても、誰も信じてはもらえないだろう。 それでも情報の波と時間という川に流されながらも誰もが生きるために働き、他人との交流の為にも中身の薄いような話を続ける。 そんな日の当たる世界の温和な一日は、いかにもスピードを出しすぎた黒い高級車が脇見を振らずに走り去るかのように、 ルファエルとアブソルには無縁のものとして過ぎ去ろうとするはずだった。 しかし、アブソルの予感どおりに日の当たる世界にも時には雲が差し掛かって、一瞬のうちに日陰が差し込んでくるのである。 ガシャャァァアアンンン!!! 「・・・な・・・何なんだ!?」 「一体何が・・・」 人々のざわめきの中で突如として響いた鈍い金属音と幾つものガラスが砕け散った音が一時の沈黙。 フロントが半分以上に潰されてエンジンが剥き出しとなった黒い高級車と、 運転席の原型を失って横転した状態で楕円状のタンクから赤褐色を帯びた液体を流す一台のタンクローリーの姿が見える。 そして、横転したタンクローリーの横には、これと衝突して横転してしまった旅客用の大型バスが一台あった。 黒い高級車のエンジンから黒い煙を空へと立ちこめていく中、高級車に乗っていた運転手と二人の背広姿の男性が飛び出していく。 次第に高級車のエンジンからは火の手が上がり、タンクローリーから流れる液体へと火の手は向かって行く。 「に・・・、逃げろぁぉぉぉぉ!!!」 「・・・・・・き・・・救急車と消防車を呼ぶんだ!!!」 3台の車の衝突事故に危険を察知した人々は、事故現場とは反対方向へと必死になって走った。 それから数秒後には黒い乗用車が爆発して、タンクローリーも巨大な火柱を上げて爆炎と衝撃波を周囲に放ったのである。 「い・・・痛いよおおお!!!」 「救急車はまだか!?血が止まらない!!!」 爆発による衝撃波で周囲のビルのガラスが一斉に砕け散ってしまい、高級車とタンクローリーの残骸が飛散していく。 爆心地から逃げ出した周囲の人々は無数のガラス片の雨と大小様々な大きさの金属片によって翻弄される。 この事故が何もない日常が一瞬のうちに修羅場と化してしまい、人々は一瞬のうちに地獄絵図の光景に立たされてしまった。 r 『ルファエル・・・大丈夫か?』 「破片・・・血・・・目の前に・・・」 爆発が起きたと同時に姿勢を低くしていたアブソルとルファエルは、一瞬のうちに変化した周囲を見渡していく。 そのときルファエルの目の前には、車のものと思われる熱と衝撃波で変形した何かの部品と赤い血液が視界に入る。 この二つによって動揺した彼女は慌てて自分の体を確かめるが、 ガラス片による幾つかの小さい切り傷を除く外傷がないことで、一時の安堵を覚えて冷静さを取り戻す。 「バスの中にはまだ人がいるだと!?」 「消防やレスキュー隊はまだ来ないのか!?」 「まだ誰も助けに来ないのか・・・」 街が人々の悲鳴で混乱がさらに激しくなる中で突然の事故で被害を受けた多くの人々は、 炎の中で旅客用の大型バスだけが塗料が熱で溶けてはいるが原型を残しているのを見つけたのである。 人々は熱風で大型バスに近付けないことから、なかなか来ることがない救援を呆然と待っている。 窓ガラスが割れたビルの中からも、多くのビジネスマンもこの状況を傍観しており、 周囲にはディジタルカメラ付き携帯電話でこの惨事を撮影する野次馬が次々と駆けつけてくる。 しかし、炎に取り囲まれた大型バスに救援の手を差し伸べようとする者は、この中には誰一人としていなかったのである。 『片田舎の人間なら、こういう事故が起きれば協力し合って助け合うはずなのに都会では何もしないのか!?』 「都会の人間は人が多すぎる為に誰もが自分を守る事以外を考えることはない。 あくまで自分達が傍観者である事を通し続ける事で、何の危険を冒す事無く自分達の身を守ろうとするのよ」 次第に状況が悪化していく状況と比例するかのように、傍観者の数も次第に増していく。 今まで自分を追い出すためにあらゆる生物が一致団結した姿を見てきたアブソルにとって、 これだけの人々がまだいるはずの生存者を助け出そうとはしない、彼にとっては異常な状況を納得できるわけがなかった。 野次馬として状況を見る人々は、ルファエルの言うとおりに自分達がわざわざ危険を冒す必要がないと思っていた。 先程と激しい爆発と数千度の炎が大型バスのガソリンタンクに引火するのも時間の問題となっているために、 生存者は誰一人としていない可能性も考えながらも誰も動き出そうとはしていない。 この街の人々は命を捨ててまで英雄になることは無駄死でしかなく、あくまで自分達の身を守る事しか考えていなかったのだ。 『ルファエル・・・。俺は相手が人間であろうと命が救えるのであれば、この身が焼かれてもいい』 「助けられたのが魔女だったというオチも見たいからあたしも構わないが・・・」 誰も動く事がないのであれば自分達が動く他はないので、ルファエルは近くの消火栓を無理矢理こじ開けて、 アブソルは彼女と共に消火栓から噴出す水を全身に浴びたのである。 しかし、アブソルの体調はまだ不調なところもあり、火の中に飛び込んだとしても自力で戻って来る体力がなくなるだろう。 そんな一人と1匹の不安を拭うかのように、目の前には未開封の回復の薬が偶然にも落ちていたのである。 「神というものは随分と都合がいい存在なんだな・・・」 『俺はもう目の前で厄災が起きて何も出来ないことはもう嫌だ!行くぞ!!』 落ちていた回復の薬をアブソルに使ったルファエルは、何の迷いもないままに炎の海へと突き進んでいった。 一人でも生存者がいるかもしれないのに、周りの人間が何もやらない以上は自分達がやるしかない。 そんな使命感を持ちながらも、彼女と彼は自分のためにも誰かを救わなければならなかったのだ。 「専務・・・あと少しで救急車が着ますから心配ありません・・・」 「救急車なんてどうでもいい!今日の取引は数億ユーロの損益が掛っていたんだ!! たかがこんな事故で数億ユーロの利益が全てパーになったんだぞ!!」 事故現場から少し離れた場所では、黒い高級車に乗っていた背広姿の二人のビジネスマンと運転手は事故の被害者という立場に立っていた。 専務と呼ばれた男は高級腕時計の時針を運転手に突きつけながらも、自分が一番の被害者という表情を見せる。 この事故の原因を作ったのは彼らであるにも関わらず、タンクローリーの運転手とバスの運転手が悪いとしか思っていなかった。 そのとき、水に濡れたトレンチコートを着たバイオレッドの髪の女性と同じく水で白い体毛が垂れ下がったアブソルが、 炎に包まれた事故現場へと向っていく姿を見たのである。 「あの女・・・」 「専務、一体どうしたんですか?」 「そうだ・・・!あの女と災いを呼ぶポケモンがここにいるから、この事故が起きたんだ・・・!!」 #6、炎の中で・・・ 『ルファエル!道を作る!』 事故現場を取り巻く野次馬を掻き分けたルファエルとアブソルは、数メートル先から放たれる熱風で僅かに怯んでしまう。 それでもアブソルは自分の周囲に空気の渦を作り出し、黒い角から真空の刃を下向きに炎の中に放った。 これはアブソルが得意とするかまいたちと呼ぶ技であり、真空の刃で炎の海を切り裂こうと試みたのだ。 アスファルトの地面に叩きつけられた真空の刃は炎の海を両断する事に成功し、塗料がすっかり溶けたバスの姿を捉えたのである。 「アブソル!すぐに走れ!」 『分かっている!!』 「オイ、お前ら!そんなバカな真似は止めろ!!バスの乗客は全員死んでいるかも知れないんだぞ!!」 モーゼの十戒を彷彿とさせる一筋の道を走るルファエルとアブソルをみた野次馬の一人が、 諦めを着けろという意味で彼女と彼を止めようとするのだが、周りの声を聞き入れる事はしなかった。 僅かでも可能性がある限りは自分達で出来ることをやるだけであり、 それは二人の祖先が歪曲された伝説となる以前からの何らかの血が、当たり前のこととしてそうさせていたのかもしれない。 「熱い・・・。バスの中に入る前に、あたし達の体が焼けてしまいそう・・・」 炎に包まれた事故現場へと入っていったルファエルとアブソルは、 回りには高温の炎で取り囲まれているために、体中に熱がこもる感覚と火の粉の熱さを水で濡らした肌でも感じ取っている。 まるでオーブントースターの中で焼肉にされるような感覚で、体力も次第に奪われていく。 『我々より頭がいいはずの人間だから少しでも無理を考えろよ! 事前に人間の体が脆いことを警告しなかった俺も悪いが、時間がないからこの鉄の箱を切り裂く!!』 ようやく横倒しとなったバスを目の前にしたアブソルは、両前足の爪を鋭く立ててバスの屋根を何度も切り裂くように引っかく。 バスの屋根はアブソルの爪で切り裂いていくが、彼の両足もその度に金属に伝わる熱で火傷を負っていく。 自分の体が傷つく事も覚悟しているアブソルにはそんなことを構うことなく、なんとかバスの屋根に突破口を作り出すことが出来た。 『ルファエル・・・。次がお前の番だ』 「うん!」 身体構造の関係からバスの中から乗客を引っ張り出せないアブソルは、バスの中に入っていくルファエルを見送った。 彼の次の仕事は生存者を運び出す為の脱出ルートを確保する事で、人々の救出に関しては彼女に任せる他はない。 「だ・・・誰かいないの!?」 アブソルが作った穴へと体を入れたルファエルは、熱と外から入ってくる黒い煙を掻き分けながらも生存者を必死に探す。 足元でガラス片がさらに砕け散る音を立てながらも、視覚を除く全ての五感を敏感にして生存者を探り出す。 この状況における生存者を絞るとすれば、衝突の衝撃と爆発の衝撃を上手く避けたうえで一酸化炭素中毒による窒息死をしていない。 よって、生存者がいる可能性がある場所は、倒れた方向の席に座っていて通路側の席にいること。 熱と煙の中で必死に思考を働かせながらも、ルファエルは生存者を一人孤独に探し続けた。 「アブソル!この子を背中に!」 『ルファエル・・・。この子供は生きているのか?』 「あたしが見つけた生存者は20歳くらいの男と40歳くらいのオバサンもいる」 バスの中から半身を出したルファエルは、アブソルを呼び出して気絶した小さな女の子を彼の背中に乗せたのである。 彼女が見つけた生存者は衝突したときに気絶した為に、一酸化炭素中毒を避ける事が出来たと思われる。 そんなことを考えながらもルファエルは残りの生存者を車外に引っ張り出す為に、再びバスの中へと戻っていく。 そのとき、アブソルは火の手が次第にバスに向って狭まってくる事に気付いてしまい、 中にいるルファエルに対して叫びだしたのである。 『ルファエル!火が鉄の箱を焼き尽くそうとするぞ!』 「炎が近づいている・・・!?」 ルファエルにしか意味が分からないアブソルの言葉に、彼女は時間切れ間近である事を悟ったのである。 つまり、このバスの下側に当たる場所のガソリンタンクに引火したら、2度目の爆発で生存率が0%になるということである。 炎はバスのタイヤに引火して、黒い煙を立てながらも全てのタイヤを溶かしていく。 次第にバスの中の温度は車外からの金属の熱伝導によって上昇しており、バスの手すりに触れただけでも火傷を負ってしまう。 このように状況が悪化していく中でも、ルファエルは残る二人の存者をバスの外と出していき、 最後に両手に火傷を負った自分自身がバスの中から出て行った。 『ルファエル!突破口はかまいたちで作ったぞ! 男はお前が背負って、そこの太った女を一緒に引っ張り出すぞ!!』 「アブソル!絶対にその口を開けるな!後はこの道を駆け抜けるだけよ!!」 男を背中に背負ったルファエルは両手で女性の右手を引っ張り、女の子を乗せたアブソルは女性の左手を軽く噛んで、 新たに作った炎が両断された僅かな幅の道を駆け抜けていった。 彼女と彼は背負っている生存者を落とさないように、女性の体を地面に引きずりながらも必死に外界へと向っていく。 黒い煙で包まれた炎の海の先に見える一筋の光の先を目指して、残る力を振り絞って走っていく。 そして、巨大な炎がバスを覆いこんで数秒後、 バスは中から外に向けて大きな爆発を起こして中に乗っていた人間を一瞬のうちに葬ったのである。 #7、善意の代償 大惨事ともいえる追突事故が起きて十数分後、数台の救急車と消防車がようやく事故現場に到着して、 救急隊員が負傷者の応急処置と重傷者の搬送を行っていた。 それと同時進行するかのように、5台の消防車と8匹のカメックスからなる消防隊が火災の沈静化に勤める。 突然火の中に飛び込んだ一人の女性と一匹のアブソルが救い出したわずか3人の生存者も、 応急処置を受けた後に呼吸器をつけられて最寄りの病院へと搬送された。 『ルファエル・・・。あと少し脱出が遅れていたら、俺達全員焼け死んでいたかもしれないな・・・』 「・・・・・・」 先程まで炎の中で生死の境に立たされそうになったアブソルは、彼女にしか分からない言葉で何気なく話し掛ける。 ちなみに救急隊員の応急処置を受けたルファエルの両腕は、白い包帯によって火傷の後を覆い隠されている。 このとき彼女は今更になって体中からこみ上げてくる恐怖で、体が小刻みに震え出している。 『怖かったか・・・』 「うん・・・。あと少し遅ければあたし達もあの炎の中で・・・」 『この状況で怖いと思わない奴は誰もいない。怖いと思えるのは生きているということだ』 過ぎ去った時間から“もしも・・・だったら、”ということを考えても意味はない。 しかし、それが自分達の生死に関わる事だったら、想像だけでも十分に恐怖を覚えるものである。 それでも彼と彼女は生きているのだから、今という時間で“もしも・・・だったら、”ということを考えられるのだ。 「やっぱりお前がいたから大惨事が起きたんだ!ルファエル・ケールボルト!!」 突然にルファエルの後ろから黒い金属光沢を放つものが突きつけられ、それから彼女は後ろから蹴り倒された。 アスファルトの地面に叩きつけられたルファエルを見て、アブソルは後ろにいた相手に対して威嚇の構えを取る。 そして彼女がゆっくりと後ろを振り向いたとき、紺色のスーツを着てメガネを掛けた赤髪の男が拳銃の引金に指を掛けて立っていた。 「お前は・・・、レセン・・・」 「俺はお前が当の昔に死んだと思っていたが、ゴキブリのようにしぶとく生きているとはよお!!」 ルファエルに銃口を向けるレセンと呼ばれた男は、彼女を見下すかのように拳銃の引金を何のためらいもなく引く。 突然響いた火薬の炸裂音と薬莢が落ちる金属音が、周囲を沈黙の闇へと包み込んでいく。 このときレセンが発砲した銃弾は、ルファエルの右側に向けて飛来してアスファルトに気付かないほどの穴を開ける。 『レセン・・・とか言ったな・・・。貴様は何故ルファエルにそんなものを向けた!?』 「これは珍しいポケモンのアブソルじゃないか!! お前はルファエルの事を主人と思っているのか?ふふふ・・・魔女のあいつに相応しい組み合わせだな」 ルファエルの敵は自分の敵でもあると思ったアブソルは、レセンに対して険しい表情で歯を剥き出しにして対峙するのだが、 彼はアブソルの言葉が通じない為にその意味をなすことはない。 それどころか、ルセンは拳銃をアブソルにも向けて、銃弾を一発威嚇射撃で発砲するという始末だ。 『ルファエル・・・。あのレセンとかいう奴とはどんな関係だ』 「あたしとは腹違いの兄弟で、この国でも有数の商社を経営している。 つまり・・・、あたしのことを目の敵にしている父方の一族の筆頭に立っている」 ルファエルとレセンが遺伝的にも血縁関係であることを、アブソルは思わず驚いてしまったのである。 常に孤独である事を強要される彼女が日陰であり、周囲にも高く評価されて対照的に富と名声の二つを持つ彼は光そのものだ。 光あるところには影があると言うように、レセンが前に居る限りはルファエルには太陽の光を浴びる事が許されないらしい。 「みんな!耳の穴をこじ開けてよく聞くんだ!!! ここにいるルファエル!それにアブソルがこの街に大惨事を招いた!! なぜなら、この女とこのポケモンは我々に災いを呼ぶ悪魔で、本当ならとっくの昔にこいつらだけが死ぬべきだったんだ!!」 重苦しい沈黙が周囲を支配する中、レセンはルファエルとアブソルを見下すかのように指差して、 あの事故は全て一人と一匹が招いた厄災であると言う。 彼と彼女には大惨事となった事故を起すだけの力が無いにも関わらず、伝説という根拠の無い逸話が理由として使われた。 それでも先程まで悪夢のような光景が繰り広げられたことから、人々はレセンの根拠の無い言葉を鵜呑みにしてしまった。 「魔女・・・、あの伝説の青い瞳の魔女なのか?」 「魔女にアブソル・・・。あの事故を招くには強力すぎる組み合わせだな」 「まさか・・・、この人達が何十人も私達の目の前で殺したの?」 「あのレセンさんが言っているんだ!あいつがいたからこそこんな大惨事で俺達が痛い目に合ったんだ・・・」 一つの動揺の炎が魔女伝説という油が注がれた為に、人々の騒ぎ声は次第に大きなものへとなっていく。 悲しみと怒りが凝縮された追突事故の現場にて、我を忘れた人々がルファエルとアブソルに対してやり場の無い怒りをぶつけようとする。 街の人々は冷静に考えれば、たった一人の人間と一匹のポケモンには罪はなく、 この事故はスピードを出しすぎた黒い高級車が引き金となった追突事故であると考えることが出来る。 しかし、そんな冷静さも人々の熱気で加熱された為に、誰もが彼女と彼を弁護することはしなくなったのである。 「違う!あの事故は偶然で、アブソルとあたしは何もしていない!!」 「貴様らがいたから、俺の取引はパーになった!! それだけではなく、金で済まないことをお前達がいたから起きたんだ!!お前達がいなければ何もなかったはずなんだ!!」 『この男・・・、頭ごなしに・・・』 レセンは事故の真相をルファエルが知らない事に漬け込んで、彼女を無理矢理にでも事故の容疑者へと仕立て上げていく。 この場の空気はレセンが完全に掌握した以上、誰もが彼女の言い分を聞き入れようとはしない。 レセンの汚いやり方ともいえる言動に、アブソルは怒りのあまりに両前足の爪を鋭く立てて彼に飛びかかろうとした。 『貴様・・・!これ以上あいつのことを悪人にしたいなら、俺がお前を殺して悪でもなってや・・・』 アブソルがレセンの喉元を切り裂こうと思った瞬間、頭に包帯の巻かれた子供が手に握れる大きさのアスファルトの塊をもって、 ルファエルの頭に向けて投げたのである。 「魔女!お前のせいでお母さんが怪我したんだ!お前なんか死んでしまえ!!」 ぶつけようの無い親を失った悲しみと怒りの矛先を、子供は感情のままにルファエルとアブソルに対して何度も投石してきた。 周りの空気に翻弄されるかのように、周囲の空気も子供の行動によって強風へと変わっていく。 「災いを呼ぶ魔女は出て行け!!」 「警察を呼んで逮捕しろ!!大量殺人犯としてな!!」 「いや、俺達の手で魔女を殺すんだ!!他の人々にも同じ大惨事を招かない為にもな!!」 ルファエルとアブソルの周囲にいる人々も、アスファルトの塊や小石、そして四散した車の部品にガラス片を容赦なく投げる。 最初に投石した子供と同じように、失った悲しみと怒りの矛先を感情のままに向けていく。 2対多数の一方的な暴力に、ルファエルもアブソル言い訳どころか手を出す事すら出来なかった。 「出て行け!!」 「死ね!!悪魔はすぐに立ち去れ!!」 出て行け!!出て行け!!出て行け!!出て行け!!出て行け!!出て行け!!出て行け!!出て行け!!出て行け!! 消えろ!!消えろ!!消えろ!!消えろ!!消えろ!!消えろ!!消えろ!!消えろ!!消えろ!!消えろ!!消えろ!! 立ち去れ!!立ち去れ!!立ち去れ!!立ち去れ!!立ち去れ!!立ち去れ!!立ち去れ!!立ち去れ!!立ち去れ!! 死んでしまえ!!死んでしまえ!!死んでしまえ!!死んでしまえ!!死んでしまえ!!死んでしまえ!!死んでしまえ!! 人殺し!!人殺し!!人殺し!!人殺し!!人殺し!!人殺し!!人殺し!!人殺し!!人殺し!!人殺し!!人殺し!! ・・・・・・・お前なんか死んでしまえ!! 周りの人々が公然と浴びせる罵声の嵐にやり場の無い怒りと悲しみの感情。 罵声が何度もリフレインすることから、ルファエルとアブソルの胸中は「そうするなら殺してくれ!」と口から出てきそうだった。 止める者は誰一人としていないこの光景に、彼女と彼を地獄から救い出すクモの糸は決して見えない。 人々が一人の人間と一匹のポケモンにこのような暴力をふるうのは、単に「虐げてもいい者」であるという理由でしかない。 圧倒的多数を占める「虐げる者」による「虐げられる者」への容赦なき暴力。 それは、人間の歴史において何度も繰り返された行為であり、未来永劫の彼方でも永遠に繰り返されるだろう。 「アブソル・・・行くよ・・・」 『この街にも俺達の居場所は何所にもない・・・。こんな人間がいる限りは・・・』 虐げられる者は虐げる者の前から立ち去るのも、人間の歴史においても何度も繰り返された事である。 虐げる者の容赦なき洗礼を受けたルファエルとアブソルも、全ての気力を失ったかのようにこの街から重い足取りで去っていく。 無論、彼女と彼を引き止める者は誰もいないどころか、完全に姿が見えるまで罵声を飛礫(つぶて)を何度でも浴びせ続ける。 虐げる者にとっては虐げられる者の死を望んでおり、自分達こそが普通の人間だと思い込んでいる。 彼らの規格から外された者、いわゆるアウトサイダーは虐げる者達と共に生きることは出来ない。 「ルファエル・・・、それでいいんだ。 お前は尻尾を巻いて永遠に逃げ続け、そして永遠に負け犬のまま朽ち果てていくんだ!!」 #8、ナカマ 『ルファエル・・・。これから行く場所の当ては検討がついているか?』 「全然・・・」 『俺もだ』 その日も過ぎ去る星の光が灯される夜、身も心も傷ついたルファエルとアブソルは休む事無く歩き続けていた。 ここで立ち止まったらあの街の人々が追いかけてきて、自分達が殺されるのではないかという恐怖に背中を押されている。 彼と彼女が今出来ること、それは今日という日から逃げる事しかなかった。 『ルファエル・・・、いやルファ!』 「『ルファ』って何?」 『お前の事の愛称として『ルファ』と呼んだんだよ!いつまでも『ルファエル』じゃ堅苦しいから・・・』 アブソルの口から出た今まで呼ばれたことの無い愛称にて、ルファエルは今までに無かった感覚が胸に鋭い刺激を与えた。 彼女は生まれてから『魔女』と呼ばれ続けており、愛称をつけられる事は夢の彼方でしかなかった。 自分と同じような境遇を生きたポケモンから、愛称をつけられた事は彼女を主人として完全に認めたということだ。 『俺は死ぬまでお前に着いて行く。 人間は確かこの球体に我々を入れれば、その人間に対して忠誠を尽くすはずだったな・・・』 ここでアブソルはルファエルのカバンに顔を入れて、何も入っていない赤と白の球体を器用に取り出した後に、 自らの体に触れて球体の中へと取り込まれていく。 「あたしが行くところは地獄かも知れないのよ!『シルファ』!」 『『シルファ』・・・。これが俺の名前とでも言うのか? 行き着く先が地獄であろうと地の果てであろうと、俺はルファの大切な仲間として一緒に行くぞ!!』 今までは一人でこの道を歩いてきたのだが、今はお互いに認め合った心強い仲間が側にいる。 今までは追いやられて一人心細かった道も、今は支え合える仲間が側にいる。 今までは心を許せる者は居なかったが、今はお互いに心を許せ合える仲間が側にいる。 今までは誰にも自分を認めてもらえなかったが、今は自分を知ってくれた仲間が側にいる 一人で歩いてきた過去という航跡も、仲間がいるから消えない航跡として残るだろう。 お互いに励まし合い、お互いに傷つけあいながらも、自分達は信頼できる仲間と共に歩き続けられる。 そして、同じ境遇を生きてきた仲間と共に、自分達を何の隔てもなくありのままで受け入れてくれるものを探し続ける。 それでも自分達はこの世界の中では孤独だが、今はもう孤独ではない。 今はお互いに名前で呼び合える心強い仲間が側にいるから・・・・・・。 ……………Solitude The Fin……………… 後書き、 この世界には虐げる者と虐げられる者の二つに分けられる。 それは自分の過去においても十分に証明された事実であり、人間の歴史においても何度も繰り返された史実である。 自分は物心が着く前に入れられた集団社会の枠の中で、他の人とは逸脱しているために『アウトサイダー』というレッテルを貼られた。 それは周囲が“自分”を否定して、自分が“周囲”に交われということだと、今でも考えさせられる。 自分は元々集団行動というものが嫌いであり、一人でいることの方が何も束縛されないということのほうが気が楽なのである。 そんな自分が集団社会の中で『アウトサイダー』となる事は無理もないだろう。 それでも自分は周囲の人々に交わろうとしてきたが、周囲の人々はそれでもどこかが足りないかのように自分を否定し続ける。 『自分が君達と何所が違うのか!?』と聞いても、『お前そのものが間違いだ!!』と返答されるかもしれないので聞かなかった。 確かに自分にも否があることも認めるが、それでもなお自分はどの集団からも常に外される立場に置かれてしまった。 仮に集団に置かれたとしても、あくまでお飾りでしかなく、本当の意味で認められたのはほんの極少数でしかなかった。 人間には完全に一致する要素は何一つ無いのであり、少しでも違うだけで『アウトサイダー』にされる事こそ本当に異常な事だ。 現在の日本において『アウトサイダー』のレッテルを貼って、多人数が少人数へのいじめが普遍化されてしまっている。 少しでも自分達に反する要素があれば、『強制的』に自分達の思い通りの人間へと作り変えるか利用しようとする。 少数の者の意見を完全に無視して、力ずくで話し合いは一切無いままの卑怯な形でだ。 人間はどうしても多数派に流されてしまうところがあるので、少数派の味方は実質上いないということになる。 中立に属する人も少数派はどんなに酷い目に合おうと自分達が介入する事は無い。 これによって自分は日本の集団社会の『集団の適合する形において、自分を殺して強制しようという』考え方が大嫌いになった。 前述したとおり、人間には完全に一致する要素は何一つ無いのであり、 何故お互いに長所や短所を見極めたうえで尊重した形で認め合おうとしないのか、その疑問を多数派に何度も問いただしたい。 少数派が納得できる答えとして・・・。 今後も自分はそんな社会と永遠に交わりながらも、自分を変えないで多数派と無理矢理にでも共存するしかないだろう。 自分は『アウトサイダー』であることは誇りに思っている。 多数派というものは周囲に流されて自分というものを持たないので、太い柱を失うと何も出来なくなるからだ。 この作品を通じて『多数派』に属する者達に告ぐ。『少数派』を『差別』とか『区別』とかで分類する以上は、 この国の政治家と同じように、腐った人間として行き続けなければならないのだ。 これからの世界は次第に一つになろうとしている限りは、文化や宗教などの違いを尊重しなければならなくなる。 何らかの理由で虐げようとする者には光り輝く未来は約束できないものだと思っている。 そして、『アウトサイダー』に属する者も自分達の殻にこもらずに、勇気を持って多数派に交わって生きなければならない。 なぜなら人間の一人一人が『アウトサイダー』と呼ばれる自分を、心の奥底に持っているからである。 自分の中の『アウトサイダー』が消える事、それは自分自身が消滅すると言う事であると思ってもらいたい。 ここにおいてルファエルとアブソルは誰かに認められたいのだが、どんなに努力しても偏見と言う先入観から認めてはもらえない。 何故なら、人は未だに『アウトサイダー』を受け入れるにはまだ未熟な段階であって、 自分達の大義や正義を掲げて人が人を殺し合う世界である以上は、彼女達を受け入れる場所を探すことは難しい。 それでも彼女達はありのままの自分達を受け入れてくれるものを見つけることで、情けない多数派に胸をはってあざ笑ってみたい。 その日が来るまでルファエルとアブソルのシルファは、日の当たらない場所を歩き続けなければならない。 あまりに哀しい現実だが、『アウトサイダー』としての自分を誇りに持っているのである。 毎回短編になると説経臭い後書きになっているのだが、 それでもなおこの後書きにお付き合いいただいた『アウトサイダー』と『多数派』の皆様には心から感謝しています。 2004/04/19 Whitten by:長谷川紫電