Dear  ―月下に咲くは一輪の儚き命の陽華―  夢は儚く散り落ちて。  絶望の闇は卑しく笑う。  眠りは深く、海より深く。  そこまで光は届かない。 「また唄っているのか、お前は」  声がして、私は口を噤んだ。  振り向けば、そこには自分の唯一の友がいた。 「楽しい詩を唄えよ。お前にそんな詩は会わない」 「………」  黙る私の隣で、彼は微笑み、即興の詩を唄い出す。  白い飛沫は唄を歌い。  生命を優しく包み込む。  母は愛し子の魂を宥め。  再生の扉を開け放つ。 「ってな。お前は、こういうイメージだぜ」 「イメージ、か」  自嘲気味に呟く私の声を聞き止め、彼は覗き込んできた。 「………どうした。気にかかることでもあるのか?」  私は首を振る。 「そんなことなどない。……なんでもないんだ」 「そうは見えない」  彼は怒って言う。  その美しい、黒曜石の瞳で、私をじっと見つめる。  私は何も言わずに、そっと首を振った。 「………何も言ってくれないんだな、お前は」  微かに揺らいだその瞳の輝きに、私は瞬間戸惑う。  けれど、次には溢れんばかりの笑顔が目の前にあった。 「まあ、いいさ。お前がそう言うのなら。ほら、唄おうぜ! 一緒に」  この笑顔に、私は何と答えたんだったか……。  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  目を開けるとそこは、一面青だった。  透き通る、青。  そして、光の粒子。  自分が溶けてしまいそうなほどの青色の中で、小さな金色の光が幾つも瞬く。  煌く。囁く。  一度目を閉じ、再び開ける。  そうして、私は上へと飛び上がった。  青から青へ。  水をつき抜け出た先も、溢れるような青だった。  私は羽根を広げ、水面を離れて空の高みへと舞いあがる。  本来の私の領域。  この遥かに広がる空へと。  雲一つ無い空を舞いながら、私は眼下に広がる青を見た。  母なる海。  カレノウミ。  先ほどの夢を思い出す。  彼と過ごした、あの時の夢。 「……この海のせいか」  彼の世界であるこの海が見せた、一時の夢。  私は絶え間無く生まれ続ける波を一瞥し、更に上を目指して飛び立った。  ・  ・  ・  白の雪は埋め尽くす。  罪も悲しみも覆い隠す。  何ものにも染められない。  それは強いということか。  闇に巻かれて寝る夜は。  己の奥を垣間見る。  刹那に浮かぶ絶望は。  やがて闇(くら)へと沈みゆく。  ・  ・  ・  とある町から、少し離れたところに在る、森。  その奥地に在る草原が、私の場所の一つだった。  毎日空を翔け続ける私は、各地にこのような自分の場所を持っていた。  私の場所。  生き物は皆近付かない。  そこは、聖域だから。  私の場所であるから。  しかし。  その場所についた私は、すぐに先客がいる事に気付いた。  空の上からでも感じられる、その気配。  自分の場所に他人がいる事に、私は一瞬むっとしたが。  すぐに思った。  なぜ、他のものがいるのだろう。  そう、ここは聖域。  誰も近付かない。  森に住むものたちは近付こうとしない。  絶対に。  でも、ここには何者かがいる。  ………………なぜだ?  どうしてその者はそこにいる?  太陽は沈み、月が顔を覗かせていた。  辺りは暗く、しんと静かで。  風がその草原を吹きぬける音以外、何も聞こえなかった。  このまま空にいても仕方ないと思い、私はそっとその場に下りた。  草原の真ん中にある大きな岩。  自分の場所であるそこに、身を落ち着ける。  ガサッ。  風の音ではない、何者かの音がした。  正面だ。  私は身動き一つせず、じっとその場所を見つめた。  ガサガサッ。 「………………」  草をわけて出てきたのは、一匹のオタチだった。  体は小さく、まだ子供のようだ。  オタチは叢を出て私の前に来ると、じっと正面の私を見つめた。  その瞳に、戸惑う。  自分をこうして見つめて来るものは、初めてだった。  大抵のものは私を恐れ、畏怖し、逃げ出すものなのに。  このオタチには、そんな様子が微塵も無い。 「…私が、怖くないのか」  尋ねると、オタチは頷いた。  そして、私に問い返してきた。 「なんでわたしが貴方を怖がるの?」  さも不思議そうに聞いてくる。  そして、更に尋ねる。 「あのね。わたし、寝るところが無いの。もしよければ、貴方のところで寝せてもらってもいい?」  真摯な瞳。  色々聞きたいことはあった。  が、そのオタチの少女は、見るからに疲れ果てていて。 「………ああ。おいで」  私はそのオタチの少女を、自分の羽の間へと招き入れた。  少女はするすると潜り込むと、わたしを見上げて微笑んだ。 「ありがとう」  そして、すぐに深い眠りの中へと落ちて行った。  私はオタチの少女を見つめ、それから目を閉じた。  小さな出会い。  半分の月が優しく輝く、静かな静かな夜だった。 「…親は?」 「…………わからないの。覚えてない」  次の日。  私が目を覚ますと、オタチの少女が食事の用意をしていた。  何処から取ってきたのか、何種類もの木の実がそこに並んでいる。  驚いて見つめる私に気付くと、彼女は“おはよう”と屈託無く笑った。  ものを食べる必要は無いのだが、折角の好意を無にするわけにもいかず、私は彼女と食事を 共にしながら、昨日聞けなかったことを少女に尋ねた。  彼女は、記憶喪失だった。 「気付いたら、この場所にいたの。何も分からないし、覚えてないの。わたしが誰で、どうし てここにいるのか…なんにもわからない」 「何も?」 「………うん。何も。……それで、わたしがどうしようか迷ってた時、貴方が下りてきたの。 わたし、とっても疲れてて。それで。……後は、貴方も知ってる通り」  彼女は、ほう、と溜め息をついた。  私も、困惑して視線を泳がせる。  …記憶喪失だなんて。  一体私は彼女をどうすればいいのだ? 「………貴方は、誰なの?」  唐突に、彼女が尋ねた。 「あのね。貴方はとっても綺麗で、でもね、なんだか怖い気もするの。ううん、怖くなんか無 いのよ。なんとなく思うだけなの。…ねえ、貴方は誰?」  そうか。  彼女が私を恐れなかったのは、私の事を忘れていたから。  じゃあ思い出せば、彼女もまた、私を恐れるようになるのだろうか。 「貴方はだあれ?」 「………私は、ホウオウ」  法王。法を司るもの。  この世界に生きる全てのものの理を司りし、空の支配者。  …彼は、私をそう評していた。 「ほーおー? じゃあ、ほーおーって呼んでもいい?」  少女が嬉しそうに聞いてきた。  無邪気な様子。  恐れなんて、カケラも持っていないようで。 「ほーおーね。ほーおー!」  ピョンッと私に飛びつき、彼女はえへっと笑った。  成り行き上の、私と彼女の共同生活が始まった。 「おかえりっ、ほーおー」 「……」  何の意味も無く、毎日世界を翔け回る私。  それは変わる事は無かったけれど、一つ、変わったことがあった。  私は、毎日、彼女のもとへ帰るようになっていた。 「ねえねえ、ほーおー。今日は何が見えた?」 「……サニーゴの群れが、背中に島を乗せたまま大移動をしていた」 「うわぁ。すごいねー! ……ほーおー、サニーゴって、なぁに?」 「………」  毎日毎日、彼女のもとへ戻り、  私は、ねだられるままに見てきたものを話した。  彼女は楽しそう私の話を聞き、  私も、彼女の喜ぶ顔を見て何処か安堵を覚えた。  何故、私は彼女のもとへ帰るのか。  自分でもよく分からなかった。  心配だから?  可哀相だから?  それとも。 「おやすみなさい、ほーおー」 「………」  私の羽の隙間で、すやすや眠る彼女。  彼女を潰さぬように気を使いながら、私は空を見上げた。  真っ黒い空。  そこに輝くは、  命の輝き。 「………名前も、思い出せないか?」  在る日、私は彼女に尋ねた。 「……わかるか?」  そう。  今更気付いたのだが、私は彼女を一度も呼んだことが無かった。  …名前を知らなかったから。  そういうわけでもないと思うが。 「…………わかんない。名前、必要?」 「……ああ」  私が頷くと、彼女は私の前にちょこんと座り込んだ。 「じゃあね、ほーおーが決めて!」 「………?」  意味がわからず、私は目をパチパチさせる。  そんな私を見上げて、彼女は言い募った。 「あのね。自分で自分の名前なんて、わたしわからないんだもん。だから、ほーおーがつけて! それに、ほーおーしか呼ばないんだし」  確かに。  彼女の言う通りであった。 「……わかった。…………………れんげ、でどうだ」 「れんげ?」  私はすぐに、一つの名前を挙げる。  首を傾げる彼女に、頷きかけて説明する。 「春の野に咲く、小さな桃色の花だ。……お前に、あうような気がする」  緑の草の絨毯を、鮮やかに彩る春の花。  その中でも、桃色のその花は遠目からでもよく見えて。  そんなに華やかではなくとも、その姿は私の心を慰めてくれて。 「れんげ、ね。うん、いーよ。わたし、れんげね。れんげ、れんげ!」  唐突に彼女が飛び上がり、私に抱き着いてきた。  ぎゅっとしがみつき、私の顔を見上げる。 「れんげって花。いつか見せてね、ほーおー」  彼女、れんげはそう言って微笑む。  私もその笑みに微笑み返し、優しく言った。 「明日、摘んでこよう」  明くる日、約束通り私が摘んできた一輪のれんげの花を見て、彼女は喜んだ。 「ねえねえっ。似合う?」  そう聞いてくる彼女の頭には、早速花が飾られている。  その桃色に負けないほどの笑みをこぼす彼女に、私は軽く微笑みかけた。 「…ああ。似合っている」  その私の答えに照れくさそうに笑い、れんげは抱き着いてきた。 「ありがとっ。ほーおー」  私はそっと、彼女の体を抱き返した。  胸に溢れる、この温かい気持ち。  …なんだろう。  …何故だろう。 「ほーおー、大好きよっ」  れんげの言葉。 「…………そうか」  私は微笑のみを返した。  ・  ・  ・  灼熱の炎は永遠に。  全ての生き物を誑かす。  命在るものは炎に焦がれ。  その身を進んで投げ入れる。  茜の空に人は泣き。  紺碧の深い夢を見る。  夢の奥地で見る空(くう)は。  真紅の血より赤い色。  ・  ・  ・ 「ほーおー」  かけられた言葉。  私は唄うのを止め、振り返って見た。  満ち足りた、満月の夜。  私が離れた時には確かに寝ていた彼女が、何時の間にか後ろに立っていた。  頭には、桃色の花。  何日も前にれんげに与えた花だが、まだ瑞々しいまま、その身を月の元に晒していた。  その花が枯れることは、ない。  私の力を与えたから。  花は、永遠にそのままだ。  …しかし、枯れることを忘れたその花は。  もう、花ではないのかもしれない。 「…どうした」 「ほーおー、なんでそんな詩を唄うの?」  れんげはそう言って、私の隣へ来て腰掛けた。  一回り以上も大きさの違う私を恐れることなく見上げ、彼女の思うことを何の迷いも無 く口に出す。 「悲しい詩」 「…そうか」 「……ねえ、ほーおー」 「…なんだ」 「死んだら、どうなっちゃうの?」  彼女の問いは、唐突だった。  その横顔は、儚くて刹那くて。  私は答えた。 「わからない。…死んだ事が無いからな」  それに、  私は死なない。  死ねない。  これまでも、これからも、  私はこの世で生き続ける。 「…………何故、そんなことを聞く?」 「んーん。何でも無いの」  そんなことはないだろう。  そう言いかけて、口を噤んだ。  …何処かで聞いた言葉だ。  ……………。  魂(たま)は闇の腕に抱かれ。  深き眠りの中へ落つ。  再生の唄が聴こえくるまで。  懐かしき光の夢を見る。  私が再び唄い出すと、れんげは黙ってそれを聴いた。  そして、ポツリと呟いた。 「……………ありがと」  その意味は、私にはわからなかった。  けれど、何かはれんげの中で収まったらしい。  私は、唄を続けた。  れんげが眠りにつくまで。ずっと。  命。生。死。  私は、れんげが眠りについた後、それを再び考えてみた。  私は、法を司るもの。  生きとし生けるもの、その全ての法を司る。  すなわち、生・死を。  自分が誰に生み出されたかは知らない。  気がつけばここにいて、彼と共に世界に存在していた。  そして、彼は新たな命を、私は存在した命を。  それぞれ司るものであった。  何故か。  …いや、いいんだ、そんなことは。  結局考えても仕方が無い事なのだから。  私はここにいて、ここに在る。  それが事実で、真実。  変わる事は無い。  変えようとも思わない。  私は思考を止め、目を閉じた。  もういい。  無駄な事だ、なにもかも。  視覚、聴覚、知覚、全ての感覚をシャットダウンする。  つまり、眠りにつく。  何かを感じれば、目が覚めるだろう。  眠りにつく前、微かな気配を感じた。  場所は、ここより遠い。  おそらく、この森の入り口付近。  異質な気配。  鋭さを持つ気配。  …………………………………………人間か。 「え…? 移動、するの?」  朝、開口一番に、私はれんげに告げた。  この森を離れると。 「…なんで?」  思っていたより、れんげは嫌そうな反応を示した。 「ヤダよ…。行かないで!」  悲しそうなれんげ。  だけど。  私は首を振り、淡々と事実を述べた。 「人間が来る」  れんげの体が、緊張した。  瞳が揺れる。  体が震える。 「に、ニンゲン…………?」 「そうだ。森のここまで来るとは考えにくいが、…私は、少しこの場所に留まり過ぎた様だ」  私が今まで一つの場所に止まらなかったのには、それなりの理由があった。  それが、人間だ。  彼らは私を狙い、しばしばやってきた。  大昔は私のことを神と呼び、崇めていたものだったが、時代と共にその思考も変わり、今 では私を捕まえようと何度もやってくる。  愚かなことだが、それが今の現実なのだった。  そして私は、そうやって攻撃をしかけてくる人間の相手が面倒で、こうして今まで逃げて きたというわけなのだ。  しかし。  この頃は違った。  そう、れんげに会って。  私は、毎日この場所に帰るようになっていた。  人間もそれに気付いたのだろう。  だから、やってきた。  …………私を狙って。 「れんげ。私は行く」  気配を感じたのは、昨日の夜の事だ。  今日にはここを離れなければ、万が一にも…………。 「…れんげ、私は」  シュンッ  ハッとした。  それは、微かな音だった。  耳慣れた、その音。  矢が、空気を切り裂き飛ぶ………  しまった まさか もう…!!  首を音のする方へと向けた。  矢が見えた。  今からじゃ、もうどうしようもない矢が。  そして、  私を守るかのように、  その矢と私の間に割って入ってきた、  れんげが。  どすっ。  鈍い音。  私は、自分の目を疑った。  赤が飛び散り、  柔らかな毛が舞い、  力無きその体が、重力に従って落ちる。  その向こう。  クロスボウを構えた人間の姿が、叢の陰にあった。  あるべき場所に、矢は無い。  矢は、その場所に無い。  矢は、何故なら今は。  れんげの。  れんげ、の……………  真っ白になった。  覚えているのは、  そこまでだ。  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  気付けば、辺りは一面、炎の海だった。  森の姿は、跡形も無い。  緑の海は、そこには無い。  あるのは、狂ったように舞いつづける、悪魔の化身。  血のように赤い、炎。  それが、空を、血よりも真っ赤に染めて。  太陽すらも、その手で塗りつぶして…。 「……れんげ」  体を貫くは、鈍い銀色の輝き。  滴る赤は、なにより美しくて。  今まで見たどの赤より、赤いようで。  あの空より、あの赤より。 「……れんげ」 「…なぁに」  私は驚き、その顔を見た。  目は、うっすらと。  口も、微かに。  れんげはまだ、生きていた。 「………ほーおー。ダメだよ。森を焼いちゃって…」  小さな声が、頭の奥に響く。 「………一瞬で終わっちゃった。あはは………強かったのね、ほーおーって」  けれど、命は弱弱しく、今にも消えそうで。  私は迷わず、れんげに触れ……。 「だめっ!!!!」  短く強い拒絶の言葉。  私は、れんげに注ごうとしていた力を、すんでのところで止めた。 「……わたしね、パパとママに会いに行くの。だから、だめなの………」  れんげは微笑んで、私に告げた。  その言葉を受けて、私は悟る。  尋ねる。 「………思い…出したのか?」 「うん……」  ポツリポツリと、れんげは語った。  あの日、れんげの家族は人間に追われていたこと。  父親は、れんげと母親を逃がすときに死んだこと。  母親も、れんげを庇って死んだこと。  二人とも、れんげに生きろと言い。  そしてれんげは、森の中を必死に駆け抜けて。  気が付けば、ホウオウのいる、この聖地まで辿りついてしまったこと。 「……パパとママ。二人とも、死んじゃった。だから、ね。私も…ね」 「………………行くのか」  私の問いに、れんげは悲しそうに顔を歪めた。 「ごめんね。楽しかったの。嬉しかったの。……でも、ね…。思い出したから……。私、 パパと……ママに…会いた…から…………」 「…………」 「ほーおーは……好き。でも…………ごめ…ね……」  れんげは、静かに泣き出した。  私は、彼女にそっと告げる。 「…構わない。親に会いたいのだろう。なら、行けばいい。私は、平気だ」  しかし、まだ不安そうなれんげ。  私は顔を寄せ、微笑みかけた。 「平気だ。心配する必要は無い。………行くまで、側にいる。だから、泣くな」  れんげが、目を閉じた。  ほっと息をつき、笑みを浮かべる。  柔らかな、優しい。  あの、何時ものれんげの……… 「…………あり、がとぉ…」  命は去った。  もう、れんげは動かない。  この目が、開く事は無い。  この口が、私を呼ぶことは無い。  私はれんげの胸の矢をそっと引き抜き、まだ周りで暴れつづける炎の中へと投げ捨てた。  意思があるかのように、炎は銀に纏わりつき。  矢の原型を留めないほど、熱く嘗め上げた。  それがどろどろに消える様を見やってから、私はれんげに目を落とした。  笑顔のまま、行ったれんげ。  亡骸をその場に横たえ、あの赤い空へ、私は飛び上がった。  途端、周囲を囲っていただけの炎が、一気に全てを飲み込んだ。  れんげの亡骸をも。  また、一人。  淋しくなど無い、淋しいわけが無い。  私はずっとそうだったのだから。  彼と…ルギアと別れてから。  …淋しくなど無い。  この空しさは、気のせいでしかない。  涙など、あるはずもない。  ………少し、命と共にいすぎたか………………………。  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  飛び続け、飛び続け。  雨が降り出した。  いや、私が雨雲の下へと入ったのだ。  …雨は、好きではない。  雫を避け、雲の上へと出ようと高度を上げかけた時、  私は、在るものを見つけた。 「ふう。雨のおかげで、やっと火が消えたな」 「ああ。全くだ。……にしても、まさかこの塔が焼けるとはな」 「……死んだだろうな。何匹かは」 「………仕方無ェよ。事故なんだ、これは」  街の外れ。  そこにある、塔。  よく知っていた。  その東に位置する塔が、自分の住み処であったから。 「…こりゃ……中にまだ居たとしたら、もう無理だろうな」  悔しそうな声。  塔の前に立つ人間たち。  塔は、すでに原形を留めていなかった。  燃え落ち、焼け落ち。  そこにあるのは、焼けてしまった塔。焼けた塔。  私はそこへと向かった。 「!? お、おいっ。何だアレ!」 「鳥…?」 「虹色の鳥だ………」  呆然と立ち尽くす人間たちの上を越え、私は塔の真上へと移動した。  見下ろす。  そして、見つけた。  亡骸。  命が既に去った抜け殻を、三つ。  このものたちは、きっと死を望んではいなかっただろう。  れんげのように、死にたかったわけではない。  ………私は、何故ここへ来た?  ……れんげに出来なかった分、彼らを救おうととでもいうのか……。  偽善だな。  そう思いながらも。  勝手と分かっていながらも。  私は、自分の力をこの抜け殻へと注ぎ込んだ。  でも、私が救いたかったのは。  本当に、私が生かしたかったのは…………。 「………?」 「…あ………生きて……いる?」 「なぜ? 我々は、火に飲まれ………」  三つの新たな生き物が、目を覚ます。  私はそれを、黙って見ていた。 「……! あ、あなたは?」  やがて、私の存在に気付く。  困惑、当惑、疑惑。  惑う彼らに、私は事実のみ告げた。 「お前たちは一度死んだ。だが、私が蘇らせた」 「あなた…様が?」 「俺たちを?」 「…何故………」  その問いに、私は答えなかった。  ただ、言う。 「恨むなら恨め。お前たちは、もう昔のままではないのだからな」  そう。  その体が持つのは、新たな力。  強大で、恐ろしいほどの力。  彼らは私と同様追われることとなろう、その力を持つがゆえ。 「私を憎むがいい。存分にな」 「貴方様を憎むだなんて!」 「ええっ。貴方様は我らが命の恩人ではないですかっ」 「恩を感じはしても、どうして恨みを感じるでしょう!」  思わぬ言葉。  彼らの口々に言う台詞に、私は少なからず驚いた。 「確かに感じます。強い力を。もとの我々が持っていた以上の、新たな力を」 「しかし貴方様は我々を生かしてくれた。闇に落ちた我らを、生の道へと導いてくれた」 「我らは生きましょう、貴方様のために。貴方様に頂いた、この命を懸けて!」  真摯な言葉。  その言葉に嘘偽りが無い事は、目を見れば分かった。  私は笑った。  こんな私のために、生きると。命を懸けると。 「………よいだろう」  私は了承した。 「お前らに与えた命。それをどう使おうと、お前らの勝手だ」  そう。  意志を無視は出来ない。  彼らを蘇らせる事が出来たのは、所詮、彼らが死を望んでいなかっただけで。  私は彼らに微笑みかけた。  欲しかった命すら、私は見守る事しか出来なかった。  見送る事しか。 「名を与えよう。水君。雷皇。炎帝。      私は…………………………ホウオウだ」