<ショート×ショート物語>                  “ ETERNALLY ”  私があの子と出会ったのは、  忘れもしない、その夏初めの台風が去った、翌日の朝でした。  毎朝、海岸を散歩する日課を持っていた私は、  酷い台風が過ぎ去ったその朝、何日かぶりに、海岸を歩いていました。  青い海は光を反射し、昨日までの嵐が嘘であるかのように、静かに寄せては返していました。  私は、この海が好きでした。  そして、この海に住む生き物たちも。  夏になると、私は毎日海で泳ぎました。  深くまで潜って、海の中を探検して回ること。  それが、私は大好きでした。  明日にでも早速泳ぎに行こうかな、なんて考えていた私は、  歩く海岸線の先に、あるものを見つけました。  浜に打ち上げられた、よく分からないもの。  気になって近付いてみた私は、それが一匹の魚であることに気付きました。  しかし、それはとても奇妙な魚でした。  今まで見たどの魚よりみっともなくて、お世辞にも綺麗とはいえない子だったのです。  私はその死骸と思われるその子に、おそるおそる手を伸ばしました。  が、そのとき。  その子は、動きました。  生きていたんです。  私は驚きましたが、すぐにその子を引きずって、海の中へ入れてあげました。  水に戻れば、元気になると思ったんです。  けれどもその子はぐったりしたまま、口を微かに動かしただけで、とてもこのまま生きられるとは思えませんでした。  命を見捨てることに抵抗があった私は、必死に考え、そうして、家に水槽があったことを思い出しました。  研究者である兄が、自分のポケモンを放し飼いにしている、結構大きな水槽のことを。  この子はコイキングより小さいから、あそこはきっと大丈夫。  そう思って、私は弱ったその子を腕に抱え、必死で家まで走りました。  モンスターボールを使えば簡単に運べたのに。  しかしこの時の私は、モンスターボールのことをすっかり忘れていました。  でも、どちらにしろ私には、それは不可能なことでした。  何故なら、私はまだ9歳だったからです。  10歳になるまで、まだ時間がありました。  それから私は、この子の世話を始めました。  毎朝エサを与え、水を交換してやり、水にポンプで空気を送り込み。  少しでもこの子が居心地良いように、私は一生懸命やりました。  怒ったのは、兄です。  無断で実験用の水槽にこの子を入れたことを怒り、すぐに追い出そうとしました。  私は、兄に訴えました。  どうか元気になるまでおいてやってほしいと。  必死な私の言い様に、兄は最終的には頷きました。  けれども心のうちでは納得してくれていないこと、それは子供の私にもすぐに分かりました。  でもなんとか約束をとりとめた私は、意気揚々とこの子の世話に勤しみ始めたのです。  みるみるうちに、この子は良くなっていきました。  私があげるポロックも、嬉しそうに食べるほどになりました。  この子は、青色のポロックがお気に入りみたいでした。  そして、すっかりこの子が元気になって、水槽をすいすい泳げるようになった頃。  兄が、もういいだろうと言いました。  私は嫌でしたが、それは兄との約束でした。  私はしぶしぶ、この子を海に放しました。  水槽には、兄のコイキングが泳ぐようになりました。  けれども、私とこの子の関係は切れたりしませんでした。  私が行けば、この子は来てくれました。  海に入ると、一緒に泳いでくれました。  私とこの子は、もう友達でした。  私は、大好きなこの子に、名前をつけました。  ゆう。  ずっと友達と言う意味にしたかったんです。  ゆうは、私の一番の友達でした。  ゆうは、私のパートナーでした。  ゆうと遊び、ゆうと過ごす日々はずっと続いて。  気がつけば私の10歳の誕生日が、すぐそこまで迫ってきていました。  私も、旅に出る予定でした。  ポケモンマスターを目指す、修行の旅。  大人になるための旅、自分探しの旅。  10歳の日に、私は相棒のポケモンと共に、旅に出ることになっていました。  当然私は、ゆうと行くつもりでした。  けれども、兄も両親も、酷く反対しました。  わざわざあんな醜いポケモンを選ぶことは無い、どうせならもっと可愛いのにしなさい。  ピカチュウ、プリン、イーブイ、マリル、チコリータ。  なんでも買ってきてやるから、そう彼らは言いました。  でも私は嫌でした。  ゆうがいい。  ゆうしかいない。  三日後に旅立ちを控えた日の、昼。  私は何時ものように、ゆうと一緒に海を泳いでいました。  本気になれば5分くらい息を止めていられる私は、こうやってゆうと海底散歩を楽しむのでした。  しかし、大変なことが起こりました。  海に潜ってすぐ、私たちは知らずに、シードラの群れへと突っ込んでしまっていたのです。  あっという間にシードラたちに囲まれ、私は怖くて震えていました。  息はまだ続きそうでしたが、このままでは息継ぎにも行けそうにありませんでした。  シードラの一匹が私に飛び掛ってきた時、私の傍らにいたゆうが飛び込んでいきました。  私の目の前で、懸命に戦い始めたのです。  …無茶だと思いました。  私の思ったとおり、すぐにゆうはボロボロになりました。  それまでに数匹は追っ払っていたのですが、多勢に無勢。  負けはもう明らかでした。  私が戦いを止めようと動いたとたん、一匹のシードラがこちらへと襲い掛かってきました。  何も出来ずに、シードラが向かってくるサマを見ていた私の目の前で。  横から飛び込んできたゆうが、シードラに体当たりをしました。  私を守るかのように、シードラ相対し…  そのときでした。  ゆうの体が、光に包まれました。  光はどんどん大きくなって、思わず私は目を閉じて。  そうして眩しい光が消えた後、そこには、見慣れない美しい生き物がいました。  その生き物はあっという間に全てのシードラを追い払い、私を連れて海面まで上がりました。  水面から顔を出し、息を大きく吸った私は、その生き物を見上げました。  とてもとても美しい生き物。  私には分かりました。  彼女は、ゆうだ。  私の友達のゆうが、この美しい生き物に進化したのだと。  私が手を伸ばすと、ゆうはその手に顔を寄せてくれました。  姿が変わったって友達だよ。  まるで私にそう言ってくれているようで。  私は、とても嬉しく思いました。  海岸には、見慣れぬゆうの姿を見に、大勢の人が集まっていました。  その中には、私の兄と両親の姿もありました。  私がゆうのうえから手を振ると、驚いたように私を見ていました。  そしてその日、私はいつものように、ゆうと別れました。  それがバカなことだったと知ったのは、次の日になってからでした。  朝、私は海岸に行き、いつものようにゆうを呼びました。  その心に負けないくらい美しくなった、私の一番の友達の名を。  しかし、いつもならばすぐにやって来てくれるゆうは、なかなか来ませんでした。  私は、ずっと呼び続けました。  と、少しして、やっと波が大きく揺れました。  ほら、来てくれた。  歓声を上げかけた私の声は、現れたゆうの姿を見たとたん、悲鳴に変わりました。  ゆうは、傷ついていました。  血が流れ、美しい体は無残な有様でした。  見ていられない様に、私は泣きました。  聞き分けの無い子供のように泣きじゃくる私を、慰めるかのように、ゆうは私にそっと顔を寄せました。  人の声が聞こえました。  私はハッとして、反射的にゆうと岩場に隠れました。  何人かの大人の声。  その内容を聞いて、私は愕然としました。  その人たちは、ゆうを狙ってきたのでした。  ゆうを捕まえて売れば、大金が手に入る。  私は、ゆうが傷ついていた理由を悟りました。  ゆうを捕まえようとする人たちの会話は、まだ続きました。  そしてある人の声が聞こえたとき、私は思わず叫びそうになりました。  お金を欲しがる人たち。  その中に、私の兄がいました。  兄は、実験のためにゆうを欲しがっていました。  珍しいから、カイボウしたい。  兄の言葉は、研究者としての言葉でした。  私は、ゆうに町外れの海岸まで行くように言って、こっそり岩場を離れました。  そうして慌てて、家に向かって走りました。  もう私は嫌でした。  もう私は決めました。  家には、大勢の人がいました。  私を見つけると一斉に、その人たちは尋ねました。  あのポケモンはどこにいるんだ、と。  私は黙ってました。  今度は親が私の前までやって来て、優しく訊きました。  お前のポケモンは、一体何処にいるんだい。  とてもとても優しい声。  私は、答えました。 「船の墓場。そこに隠れるように言ったよ」  人はみんな、飛び出していきました。  親もいません。  私は一人、部屋へ行き。  すでにまとめてあった旅立ちの荷物と親の財布を持って、彼らとは反対方向へ向かいました。  ゆうはそこにいました。  私が来ると、嬉しそうに顔を寄せてきました。  私は傷だらけのゆうを撫で、それから、荷物からあるものを取り出しました。  モンスターボール。  私はゆうに、そっとそれを差し出しました。  ゆうは躊躇うことなく、そのボールに触れてくれました。  ゆうが吸い込まれたボール。  私はそれを抱き締めて、そして再びゆうを外に出しました。  リュックの中に入っていたポケモン図鑑。  それでゆうの、<ミロカロス>の能力を調べて、“じこさいせい”をさせると、  痛そうだったゆうの傷は、全て治りました。  私は黙って、ゆうを抱き締めました。  私がゆうの上に乗ったとき、向こうから人が大勢やってくるのが見えました。  何か叫んでいます。  よく聞こえないけれど、どちらにしろ私は言うことを聴くつもりはありませんでした。  私はゆうに呼びかけ、海岸を離れました。  遠ざかる岸。  私はじっとそれを見ました。  人が、兄が、両親が。  何か言っています。  私は、呟きました。  ゆうは、貴方たちには絶対に渡さないよ。  私の友達。  大事な友達。  友達を、お金に変えさせたりなんかしない。  友達を、見殺しになんかしない。  ゆうに抱きつき、私はじっと蹲っていました。  岸はもう見えません。  周りは海。  青い海。  私の大好きな。  何処へ行くの?  ゆうが、振り向いて私を見ました。  私は、笑いました。  何処がいいかな。  私は、全く何も考えていませんでした。  とにかく、逃げなきゃと思って。  ゆうを渡したくないと思って。  私は、空を見上げました。  真っ青な空。  海とは違う、青い色。 「いいよ。何処にでも行こう」  私はゆうの体温を感じながら呟きました。  もう、自由。  もう、私たちは離れない。  何処でもいい。  行こう。  旅の始まりだよ。  冒険の始まり。 「じゃあ、とにかく陸に行ってみようよ、ゆう」  私は、まだゆうと旅を続けています。                                 END.