Memories ―シアワセの在処―
――シアワセって何処から来るの?
四つ葉のクローバーが運んで来るって・・・・本当?
[1]
トテトテ。カチャ。
「・・・・・」
恐る恐る、ボクは開いたドアから顔を覗かせた。
もう、起きてるかな? 体は大丈夫かな?
「・・・あっ、ヒーちゃん!」
あの子がボクを見て声をあげた。
「おいで! 今日も一緒に遊ぼうねっ」
ボクはヒトカゲ。
名前は・・・・うーん・・・・・・。
あの子は、“ヒーちゃん”って呼ぶよ。
ん? あの子? あの子は病気なんだ。
いつも、ずっと、ベッドの上。
痛いんだろうな、苦しいんだろうな。
いつも、ボクが代わってあげたい、って思う。
でも、そんなことできない。できっこない。
だからね、少しでも痛みを忘れられるように。
ボクはあの子のために、いろんなことをするんだ。
笑ったり、いろんなことをしてれば、きっと苦しさも飛んでっちゃうから。
[2]
「・・・・・ねえ、ママ。なんでリエ、お外に行っちゃいけないの?」
「だって、リエは病気でしょう? お外は寒いのよ?」
「平気だよ。ね、ヒーちゃん」
ボクはリエちゃんに向かって、大きく頷いた。
そうだよ。もうリエちゃんは大丈夫。
ボクと、いっぱいいーっぱい遊んでも。
前みたいに、苦しくなったりしないもんっ。
「・・・・でもね、リエ。もう少しガマンしましょ? もっと元気になったら、好きなだけ遊んでいいから」
「えー。リエ、もう元気だよぉ」
「ダーメ。ほら、まだゴホゴホいってるじゃない。ちゃんと寝てなくちゃ」
「・・はーい」
リエちゃんが布団にもぐったのを確認して。
お母さんは部屋を出ていった。
「あーあ」
ボクの頭をなでながら、リエちゃんは言った。
「・・・・・いつまでたっても、お外に行けない。リエ、もう六歳だよぉ。みんな学校に行ってるのに、リエだけおうちなんて。つまんないよぉ」
・・・リエちゃんは、体が弱い。
だから、生まれてからずっと、ベッドの上。
「・・・・・・あーあ、早く元気になりたい」
[3]
「あれ? ヒトカゲ、めずらしいダネ。レーちゃんの側を離れるなんて」
隣の家のフシギダネが、ボクに声をかけてきた。
「レーちゃんじゃない、リエちゃんだよ」
「まあ、いいダネッ。気にしなーい、気にしなーい」
ここは、家から少し離れたところにある原っぱ。
原っぱといっても、公園に近いかな。
この町の人たちの、憩いの場。
「・・・・・で、本当にどうしたダネ? 主人の側を離れるなんて」
不安そうなシード(フシギダネ)に向かって、ボクは笑って言った。
「大丈夫。今日はお医者さんが来てるんだ。だから」
「追い出されたんだな」
ボクの背中に、ゼニガメが引っ付いた。
この町唯一のフレンドリィショップが家。
「気の毒だなあ、お前も!」
「うるさいなあ。火、消すなよ」
イシシと笑うタート(ゼニガメ)から、ボクは尻尾の炎を遠ざけた。
こんな奴に命の火を消されたくないからね。
ボクが尻尾を自分のほうに寄せると、タートが急に声を潜めて囁いた。
「なあ、お前ら。シアワセ探しに行かないか?」
[4]
「タートぉ。本当にあるダネか?」
「あるっ、絶対ある!」
「それ、十回目だよ」
「信用なくなってきたダネ」
「なんだとっ、シード!」
あれからボクたちは、公園の奥へと進んでいった。
公園のずっと奥にある、クローバー畑へ。
三つ葉のクローバーの中には、時々、四つ葉のものがある。
葉が取れちゃったり、踏まれたりして、なかなか見つけることはできないけど。
四つ葉のクローバーを持っていると、シアワセになれる。
そう、言われてるんだそうだ。(タートが言ってた)
だから探してるんだけど・・・・。
「・・・・・ないね」
「ないダネ」
「・・おっかしいなぁ?」
見つからない。
「・・・・・きっと、どこかに固まってあるダネ」
「・・・そうかもな」
ボクたちは帰ることにした。
・・でも、きっと見つけるよ。
見つけて、リエちゃんにあげるんだ。
リエちゃんに、シアワセになってもらうんだ。
[5]
「・・・・・もう、長くないでしょう」
家に帰ったボクが聞いたのは、お医者さんの言葉だった。
「病気のため、抵抗力が弱まっています。ただでさえ体力が・・・・・・」
とってきた花が、ボクの手から落ちた。
そんな、そんな、そんな・・・・。
ウソだ、ウソだよ。
リエちゃんが死ぬかもしれないなんて・・・・・・そんなの!!
ボクはリエちゃんの部屋へ向かった。
「・・・・・」
カチャ。
ベッドの上で、リエちゃんが寝ていた。
胸が規則正しく動いている。
・・・いつものリエちゃんだった。
朝見たときと同じ、リエちゃんだった。
ボクの大好きな、リエちゃんだった・・・。
カチャ。
振り返ると、真っ青な顔をした、リエちゃんのお母さんがそこに立っていた。
「・・・・・信じられない・・信じたくない。・・・・・この子が・・死ぬなんて」
そのまま、リエちゃんのお母さんは、ギュッとボクを抱きしめた。
[6]
リエちゃんは、同じだった。
笑ってて、優しくて、ちょっとワガママで。
でも、やっぱり。
いつもより、少しだけ元気がなかった。
「・・・・ねえ、ヒーちゃん」
お昼ごろ。
ずっと窓の外を見ていたリエちゃんは。
ふと、ボクを見て聞いた。
「・・・・・リエ、お外に行けるよね?」
「・・・・・・・・」
「ダネッ。ヒトカゲ、待つダネー!」
「か、亀は走るのが遅いんだぞー!」
ボク、何も言えなかった。
なにも、できなかった。
リエちゃんに、うなずけなかった・・・・・・・・。
ボクは探した。
一生懸命探した。
ねえ、四つ葉のクローバー。
リエちゃんを、シアワセにしてよ!
[7]
「・・・・・・・・」
ボクはそっと、リエちゃんの手の中に。
四枚の葉のついた、クローバーをおいた。
「四つ葉の・・・クローバー?」
「・・かげ」
クローバーは、公園の奥の奥に、ひっそりと固まって生えていた。
暗い木々の中、そこだけ、太陽の光があたってて、とても・・・キレイだった。
リエちゃんに・・・・・・・見せたかった。
でも、きっと見せてあげるんだ。
リエちゃんは、きっと元気になる。
元気になったら、みんなと学校に行って。
お外で遊んで、かけっこして。
探検に行って、木登りして。
ボクと一緒に旅に出て・・・・・。
最初、ボクはタマゴだった。
ボクが生まれて初めて見たニンゲンは、リエちゃんだ。
だって、リエちゃんがボクをタマゴから孵してくれたんだ。
だからリエちゃんが、ボクの一番大切な人なんだ。
ボクはまだ、名前がない。
リエちゃんが十歳になったら付けてくれるんだ。
ボクたちの、旅立ちの日に。
「・・・・ありがとう、ヒーちゃん」
大丈夫、リエちゃんは死なないよ。
四つ葉のクローバーがついてる・・・・・・・・・。
[8]
あれから、数日後。
リエちゃんは・・・・死んだ。
まだ、六歳だったのに。まだ、外に出たことがなかったのに。
まだ、学校に行ってなかったのに。
まだ、ボクに名前付けてくれてなかったのに・・・・・。
ボクに残されたのは、たくさんの思い出と。
・・・・・四つ葉のクローバー。
リエちゃん、あれから一度もクローバーを放さなかった。
ずっとずっと、ずーっと。
死ぬときまで・・・・・・・・ずっと。
リエちゃんね、最期笑ってたよ。
お外行こうね・・って。
ボクと一緒に、クローバー採りに行くんだ・・・って。
ヨツバノくろーばーヲ、ひーチャントサガスンダ。
イッパイ、イーッパイミツケルノ。
オトウサント、オカアサント、ひーチャント、りえデ。
しあわせニナリタイモンネ。
ミンナデ、しあわせニナルンダヨ・・・・・・・。
[9]
リエちゃん。
お外、行けたかな。学校、見たかな。
四つ葉のクローバー、みつけたかな?
・・あのね、ボク、もう四つ葉のクローバーの場所に行かない。
もう、行かない。
だって、一人で行きたくなんかないもん。
ボクね、リエちゃんと行きたかったんだ。
ボクの一番大好きなリエちゃんと行きたかったんだよ。
だから、もう、いけない。一人で行っても意味はない。
シアワセなんか、何処にもない。
四つ葉のクローバーだって。
ボクにシアワセを運ぶことはできない。
だって・・・・・・・・。
ボクのシアワセはね、リエちゃんがいてはじめて。
シアワセっていえるようになるんだから・・・・・・・・。
――シアワセって何処から来るの?
来ないよ、来やしない。
――シアワセって何処から来るの?
知らないよ。そんなの・・・・。
――・・シアワセって、何処から来るの・・・・
・・・・・・ううん。何処からも来ないよ。
だって。
シアワセっていうのはね、その素が自分の中にあるんだ。
それが膨らんで大きくなったとき、みんなシアワセに気づくんだよ。
だから、シアワセは、何処からもこないの。
自分で育てなきゃいけないんだ。で、気づいてあげなきゃ。
・・・でもね。ボクのシアワセは、きっともう・・・・・・・・・・