Memories ―どうか、神様―
――どうか、神様・・・。
これは、奇蹟の話です。
誰も知らない、けれど、実際に起こった奇蹟の話なんです。
状況は違ったけど、
それは三つとも同じ奇蹟でした。
場所も時間も違うけれど。
その必死なお願いに
神様がにっこり笑って起こしてくれた、
優しい、優しい
そんな
奇蹟の話です。
[1]
「・・んだよ、このやろうっ。っざけんな・・・・・」
ある木の木陰、そこに彼と俺がいる。
「あー、マジ頭痛ぇ・・・・」
さっきからその繰り返しだ。
俺は彼の額においてあるタオルをとり、水で濡らした。
そしてなんとかそれを絞って、もう一度彼の額においた。
その綺麗な顔は相変わらず苦痛でゆがんでいる。
俺はそんな辛そうな彼の顔を除き込んだ。
「ん、あー・・平気平気。心配すんな、オーダイル」
彼はそう言って無理やり笑顔を作り、だが、すぐに宙を睨み付けた。
「・・・・ったく、いい加減にしろよ、このやろー。ああぁ、もう、うぜぇーっ」
悪態をつく余裕があるなら、と言ったらお終いだ。
彼のその性格は、もう十分熟知している。
・・もうすでに、かなり余裕が無くなっているようだ。ポーカーフェイスが崩れてる。
「くそっ、薬きかねえじゃんか・・腹も減ってきたぞこの野郎、もう、ねみぃし・・つーか、いい加減にしろってんだよ、あー、でも、やっぱ頭いてぇー・・・・・・・・・」
・・しばらくして、何も聞こえなくなる。
力を使い果たしたらしい、見れば、彼は額に汗を浮かべたまま眠ってしまっていた。
力になれない。
俺は溜め息をつき、自分の手を見た。
こんなんじゃ、ちゃんと看病できない。
タオルの水もしっかりきれない、食べる物も作ってあげられない・・・・・。
ふと見上げれば、空は青かった。
俺には何も出来ないのか? 戦いでしか彼の力になれないのか? これ以上、俺らは踏み込んでいってはいけないのか? ・・だったら・・・・・。
俺は生まれてはじめて、いるかもわからない神に願った。
どうか、神様・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・ん、んー・・・」
彼は目を開けた。
体を起こしつつ周りを見ると、辺りは赤かった。
すぐ隣では、オーダイルが寝ていた。・・・看病しててくれたのかな。
そう思いながら額のタオルをとり、彼はそっと微笑んだ。
頭は・・もう痛くない。
試しに自分の額に手を当てると、熱はすっかりひいていた。
「よし」
一安心すると同時に、お腹が空腹を訴えてきた。
食べ物を取り出そうとバッグに手を伸ばすと、奇妙な物が視界に入ってきた。
思わず動きを止め、しげしげとそれらを見つめる。
焚き火の跡。鍋。そして。
「・・・・おかゆ?」
小さな鍋のフタをとると、まだ温かいおかゆが顔を出した。
スプーンも側に控えている。
「・・・・・・・・」
奇妙に思いつつも、空腹には勝てず、彼はスプーンをとった。
「・・・・・そういえば」
ふと彼はスプーンを動かす手を止めた。
「・・誰かが・・・・・誰かがオレの側にいた気が・・・・・」
首をかしげながら、男の人だったっけかな、と呟く彼の目に。
ぐうぐう眠っているオーダイルの姿が飛び込んできた。
「・・・・・・・・・・・・・・・まさか、な」
彼はしばらく無言だったが、またすぐ、おかゆの方に気を戻した。
オーダイルが目を覚ますのは、もうちょっと後。
[2]
「・・・・・お腹すいたなァ・・」
後ろの方で彼の呟く声が聞こえ、オレは立ち止まり、振り返った。
風に乗って、彼の囁くような声が、とぎれとぎれに聞こえてくる。
次の街まではもう少しある。がんばれば、今日中に着くだろうけど。
「・・・・・・・駄目。フィーア、ちょっと・・・・・」
そう言って彼が崩れるようにその場に座り込んだので、オレは慌てて引き返した。
彼はすっかり、その場で脱力してしまっていた。
・・・・・三日。
彼が最後に食べ物を食べたのは、もう、かれこれ三日も前のことだ。
ちょっとした事件があって、食糧が全て無くなった。それから彼はまともな食べ物を口にしていない。もちろんオレたちも。
まあ、オレたちは鍛えているから多少は我慢できるが、彼はまだ子供。倒れても仕方がない。
「・・・うー。お腹空いた・・」
悲しげに彼が呻く。オレは彼の側に近寄り、その頬に顔をこすりつけた。
「ごめん、フィーア。もう動けそうにないや。ごめんね・・・・・」
そうオレに囁いた後、彼は目を閉じた。そして疲れたのか、そのまま眠りについた。
体が、これ以上体力を失わないように選んだ最善策なんだろう。
オレはなんとか彼の体を引きずって、側を流れていた川まで運んでいった。
彼に日光が直接当たらないよう、木の陰までさらに引きずっていく。
川の中では魚が泳いでいた。
・・・・・魚・・。
オレはそっと川に近づき、手を水面に伸ばした。が、水に触れる寸前でその手は動かなくなる。・・彼のためなら我慢できるかと思ったが、体が拒絶している。
水は・・・・・・嫌いだ。
オレは己の属性を呪った。
炎タイプじゃなければ、マグマラシなんかじゃなければ、あの魚を捕まえて、火で焼いて。彼に食べてもらえたのに。
マグマラシじゃ、魚を焼く火は起こせても、肝心の魚は捕まえることが出来ない。
木の実を探すことくらいは出来るかもしれない。しかしそんな物、何処にも見当たらない。
オレは彼の顔を見て、空を見上げて、そして目を閉じて祈った。
どうか、神様・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・いいにおい・・がする」
彼は、むくっと起きあがった。・・パチパチと火の燃える音がする。
目をこすりながら、彼は音のする方向へ目を見やった。
「・・・・・・フィーア?」
焚き火の前に座っていたマグマラシは、彼の声を聞き、とてとてと駆け寄ってきた。
彼に体を摺り寄せて、また踵を返して焚き火の方へ戻っていく。
「・・・・・・・?」
そして彼のもとへ戻ってきたとき、その口には、こんがり焼けた魚の刺さった串がくわえられていた。
「え、フィーア、これ・・・・・」
マグマラシは食べろとでも言うように、木の串を彼に差し出す。
彼は戸惑いながらも、その串を受取った。
そして、しげしげとマグマラシと目の前の魚とを見比べた。
「・・・・・フィーアがこれを・・?」
その可愛らしい顔をしかめて、彼は呟き考えていたが、突然鳴き出した腹の虫に頬を赤く染めた。
「・・・・・・・・ん。じゃあ、いただきます」
悩んでいても仕方ないので、彼は思いきって魚にかぶりついた。
久しぶりの食事は、とても美味しかった。
焚き火の周りにさしてあった魚を、全て彼は平らげた。
食事の後、自分の膝の上で丸くなっているマグマラシを撫でながら、彼は考えていた。
やっぱり、あの魚はフィーアがとってくれたのかなあ。
でも、フィーアは水が苦手だし、魚をとるなんて。
でも、だったら誰があの魚?
それを考えれば、焚き火の側にいたフィーアがやってくれたと考えるのが普通で。
・・でも・・・・・・・・・。
「・・でも、人がいたような気がするんだけどなあ・・・・・・・・」
真実を知るのは、マグマラシだけ。
[3]
「うーん、いい天気だね」
ぼくの隣で、彼女がうーんと伸びをした。
「ぽかぽか陽気がいい感じッ」
暖かい日差しのもと、ぼくは彼女と河辺の道を歩いていた。
「んー。でもまだ河の水は冷たいかな? 遊ぶにはまだ早いかも、ね、リーフ」
ぼくは彼女を見上げて頷いた。
「・・・・でも。この河は止めておいた方がいいかもね。結構流れが急・・・・・」
笑いながら河を見ていた彼女の顔が急に強張り、歩みが止まった。
目が1点に釘付けになっている。
ぼくもまた、彼女の尋常でない様子に、足を止め、河の方を見やった。
そしてぼくは、彼女の変化の訳を知った。
「――なんでっ・・・・・・・」
駆け出した彼女の後を、ぼくも続いて追う。
・・河の真ん中にある大きな岩に、ニドラン♀がしがみついているのだった。
早く助けなければ流されてしまう。ぼくはつるをのばしてニドラン♀を助けようとした。
「だめっ。リーフ、駄目だよ!」
彼女がそんなぼくの行動を制止した。
「あのニドラン♀はリーフと同じ位の大きさでしょ? その子をこんな流れの急な水から引き上げようとしたら、リーフまで流されちゃう。いい? 今からあたしがいってあの子を岩の上まで引き上げる。そうしたら、リーフがつるで岸まで運んであげて」
ぼくが止める暇も無かった。
彼女は早口にそう言うと、荷物を放り、河の中へ入っていった。
そのままザブザブと河を岩まで泳ぎきり、ニドラン♀を岩の上へと引き上げた。
そしてぼくは、彼女に言われた通り、ニドラン♀をこちらの岸まで運んだ。
そこまではうまくいってたんだ。
きっと彼女は気が緩んだんだろう。その次の瞬間、岩から手を滑らせた。
ぼくは慌てて彼女を探した。
けれど、彼女はすぐに水面に顔を出した。
でも、助かった訳ではない。そのまま河を流されていった。
僕は必死で追いかけた。
途中、つるで彼女の手を絡めとろうとも考えたけど、彼女の制止の言葉が頭をよぎって、それは出来なかった。
彼女を助けたかった。でもどうすればいいのか、ぼくにはわからなかった。
ただ、流される彼女を追うことしか出来なかった。
・・・・・ぼくが小さいから。
ぼくが小さくて無力だから、彼女を助けられない。
ぼくが彼女より大きければ、ぼくが進化してれば。
それとも、ぼくがチコリータじゃなくて・・・・・・・・・・・。
それとも、ぼくがポケモンじゃなくて・・・・・・・・・・・。
波の間をあっぷあっぷしていた彼女の姿が、消えた。
さっきのように、浮かんでこなかった。
ぼくは、河の中へと、飛びこんだ。
どうか、神様・・・・・・・・・。
「・・・・・・・う・・ん」
彼女は目を開けた。
「・・あ・・れ。ここは・・・・」
彼女は河原で横になっていた。・・・・助かったんだ。
「・・・・・・」
ふと横を見ると、自分と同じずぶぬれ姿のチコリータが倒れていた。
息は、ある。
彼女はほっと息をついた。
「・・・・・・・・・・それにしても」
彼女は空を見上げた。
気を失う直前、水の中で見たおぼろげな姿を、彼女は思い出していた。
「あたしを助けてくれた、あの男の人。
・・・・・・・・・・・誰だったんだろう・・」
勇敢な騎士が、彼女の側にはついている。
これは、奇蹟の話です。
実際に起こった、奇蹟の話です。
けれど、信じる、信じないは
あなたの自由です。
これは、実際に起こった奇蹟の話。
けれど、それを見た人は、一人もいません。
優しい、優しい奇蹟は。
彼らの胸の中に、大切にしまわれています。
永遠に伝わることのない、
だけど、とても素敵な秘密。
あなたは
信じますか?
彼らの思いがうんだ
この
優しい、優しい
奇蹟の話を・・・・・・・。