Memories  ―
white holy night





――でも、好きなんだよ。
      ホントだって。信じてくれよ――




              
[]


「なあなあ、ピア。俺、本気でお前の事……」
「何よっ。そんなのアタシに関係無いじゃないッッ」


 12月。
 この森に雪が降るのも、もう少しと言うところかな。

 はて、あそこに1組のポケモンの男女がいるね。
 おや。
 どうも仲良しこよし★というわけではなさそうだ。

 む?
 なんか、雲行きが怪しくなってきたよ。
 どうしたのかな?

「い、いや、あの、だから、俺の話を」

 おお。
 男の子の方は粘っているようだ。

 が、なんだろう。
 女の子は……
 ・・・・やだねえ。
 なんか、怒ってるみたいだよ。
 あれ、手を腰に当てて。
 ん? 口を開いて?

「・・・・・・。いやぁーーーー!!! 誰かーーーーーー!!!」
「!!??」
「襲われるーーーー!! 助けてーーーーーー!!!!!」

 あらら。
 とんでもないことに。

 ・・・逃げちゃったよ、男の子。
 まあ、当然か。


「ピア。良かったのかい、そんなことして」
「! …なんだ、オバサンじゃない。…見てたの?」

 私が木の上から声をかけると、
 一瞬ビクッとして、それから彼女が振り向いた。
 小柄で愛らしい、プリンの少女だ。
 名はピア。

「見てたって、まあ、そうだねえ。そんな盗み見するつもりじゃなかったんだけど」
「いーわよ、謝らなくても。どうでもいいし」

 言葉を濁す私に、彼女はあっさり答える。
 投げやりな口調のピア。
 私は溜め息をついた。

「はあ。…なんでそんなに彼の事を邪険にするんだい」

 ピアがこちらを向いた。
 私は続ける。

「確かに、今までの素行は良くは無い。でも、一生懸命じゃないか。もう少し相手にしてあげても…」


「オバサン。パパ、なんで死んじゃったんだっけ」




 私は口を噤んだ。
 迂闊だった。
 自分のミスに、顔をしかめる。

 そうか、彼女は。
 …まだ彼女の中で、あの事は終わっていないのだ。

 まだ……。


「…気にしないで。これはアタシとアイツの問題なんだから」

 ピアは言って、駆け出した。
 その姿は、木々にまぎれて、すぐに森の闇の中へと消えていった。


 …また、あの場所へ行くのか。

 私は一つ溜め息をつき、空へと飛び上がった。



 空は、とても澄んだ青空だった。






              
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「何がいけないんだ。なあ、何がいけないんだと思う!?」
「ちょっ、落ち着けよ、ヴァルム」

 物凄い剣幕で噛み付いてくる俺に、シージャが慌てふためく。

「落ち着け、な? なっ?」


 落ち着けるものか。
 そう思いながらも、俺は深く息を吸い込み、吐き出す。
 いわゆる深呼吸。

「…で、なんだ。まーたピアちゃんに振られたか?」
「またってなんだよ! てゆーか、そんなに何度も振られてない…」

 シーヴァが唐突に本題を切り出してきたので。
 いや、本題はいい。
 が、“また”とは何だ、あんまりじゃないか?
 そう反論を言いかけた俺の目の前に、シーヴァがビシッと指をつきつけた。
 その威圧に押されて、俺は一歩引く。
 指から、そーっと視線を上げて。
 見ると、そこにあるのは能面のように無表情なシーヴァの顔。

「67回」
「………は?」

 突き付けられた数字に戸惑う。
 ろ、ろくじゅう…なな?

「わかるか? お前がオレのところに泣きついてきた数だ」

 呆れた声。
 なんだか、同情も混ざっているような気も。
 ちょっと、ムッとする。

「……なんだよ。たかが67回だろ。って、お前、数えてたのかよ」
 ヤな奴ー、と言う俺に一言。
 シーヴァは言い捨てた。



「なさけない」


 うっ。


 言葉に詰まる。
「お前、いーのかそれで。てか、いー加減ケリつけろ。オレが迷惑」
「わぁーってるよ! ………わかってるさ」

 でも、どうしろってんだよぉ。

 俺は再び頭を抱えた。

 だって、こんなの初めてで…どーすりゃいいのかなんて。
 なぁ?



 俺はヴァルム。
 ヘルガー。
 で、シーヴァは俺の悪友。(同じヘルガーだ)

 …俺は今、人生最大の難関にぶち当たっている。
 なあ……一体俺はどーすりゃいいんだ!





              
[]

 俺は、今恋というものをしている。
 どうも、同じ森に住む、ピアというプリンの少女に。
 かんっっっっぺきに!
 惚れてしまったようなのだ。

 頭から彼女の事が離れない。
 気がつけば彼女のことを考えている自分がいて。
 ……はぁーー。


 初めて彼女を見たのは、そう、爽やかな風が吹きすぎる初夏の森でだった。

 この俗世の毎日にうんざりしていた俺が、ふと入っていった森の奥。
 その奥の奥。
 美しい花と光が舞う空間の中。
 小さな石碑を前にして、彼女は一人佇んでいた。


 衝撃だった。


 あの憂いを帯びた瞳、可憐な仕草。
 あの日あの時あの場所で!
 …そう、俺は恋に落ちたのだ。


「馬鹿言ってんじゃねーよ」
 ドカッ。
「いてっ、何すんだ!」

 シーヴァが俺を蹴り上げた。
 加えて、冷めた目でこっちを見てくる。

「んっとに、なさけねえ。これがあの泣く子も黙る“ブラックサンダーズ”の元リーダーか? うわっ、まじで情けねえ…」

 何かと思えば、昔の話かよ。
 溜め息をついてから俺はゲシッと、尻尾で奴の顔を殴った。

「うっせえ。てか、その話はすんな。俺はもう止めたんだ。彼女に会ってから…」
「はいはいはい。わかった、わかったよ。もう言わねえ」

 俺が全部言い終わる前に、シーヴァが話を止めた。
 首を振って、俺に向き直る。

「…でもな、マジな話。……お前、まだ脈あると思ってんのか?」

 真剣な顔。
 だから俺も真剣に返した。


「わかんね」







「…もう知らん」
「わぁぁあぁ!!! 行くな、行かないでくれ、シーヴァ!!」

 アホらし、と背を向けて去ろうとするシーヴァを必死に引き止める。

「……だって、お前。やる気あるんか?」
「やる気はある。……でも、お前が言うには、もう65回も俺は振られてるんだろ? だから・・」
「67回」
「……。…だ、だからさ、わかんねーっていうか、なんてーか」


 ………。


「…あのさ、ヴァルム」

 唐突にシーヴァが口を開いた。
 何かを決意したように、緊張の面持ちで俺を見てくる。

「……ピアちゃん、なんだけど…」

 重い雰囲気。
 何だか様子が変なシーヴァに俺は眉を寄せる。

 しかし。



「…あーーーーっ!!!!!」

 思わず大声をあげた。


「な、なんだよ突然……!」

 驚いたシーヴァが、ビクビクとこちらを見るのにも構わず、
 俺は慌てて外へ飛び出した。

「お、おい! ヴァルム!!」


 シーヴァの呼び声に答える暇は無い。
 ことは一刻の猶予も争うんだ、スマン、友よ。
 俺はシーヴァに構わず、森の中へと駆けて行った。





「………行っちゃったよ。あいつ」
 残されたシーヴァは、呆然と彼の消えていった先を見ていた。
 …人の話は最後まで聞けよ。
 そう呟き、頭を抱えた。
「…まあ、後少しだけ、夢見させてやってもいいか」
 ……望みなんて無い。
 そんな事実を伝えるのは、今じゃなくたって…。





              
[]


「危ない危ない。ピアの護衛の時間だってーのに、すっかり忘れてたぜ」

 森の中を一人走りながら、フゥと俺は笑った。

 護衛といっても、別に頼まれたわけじゃない。
 影ながら、俺が勝手に護ってるだけだ。

 ピアは、毎日この時刻に森の奥のあの石碑の前まで行く。
 そしてそこで、暗くなるまで祈りつづけるのだ。
 あれが何なのか、俺は知らない。
 でも、あれがピアにとって大事なもので、
 とても悲しいもので、
 …そういうのは、彼女を見てると伝わってくる。

 だから俺は勝手に護ろうと思った。
 あの空間は邪魔しちゃいけなくて。
 誰の干渉も受けるべきじゃなくて。
 あのまま、残すべき大切なものであって。
 彼女の心そのものであって。

 だから、これからも、俺はずっと護る。
 でも、なんでだろう。
 なんでこんなにして護ろうとするんだ?



「……やっぱ、好きだから?」


 そう呟いて、照れくさくなって小さく笑った。

 前までの俺では考えられなかったこと。
 そう、前までの俺はとても荒んでて。
 世界が憎くてたまらなくて。
 何もかも壊してしまいたい衝動に刈られてた。

 でも、今は違う。
 逆だ。

 護りたい。
 世界が美しく見える。
 とても愛しくて、輝かしくて。


「族のリーダーなんてやっててさ……若かったってことか?」

 今考えると、ほんとバカな事をしてた。
 バカらしい。
 でも、あの時の俺はそれが全てだと思っていた。
 力が全てで、他は何も要らなくて。
 満たされた気がしてた。


 こんな満足感も知らずに、
 あんな安っぽいモノで、自分はわかりきっていたのだ。


「やっぱ、若かったのかナァ」
 もう歳か?




 そう自嘲する俺の耳に、風に乗って音が届いた。

「!!?」

 次の瞬間、
 全速力で走り出す。

 ピアの声。
 悲鳴。


 何だ、何が起こった……!!!






              
[]


「ピア!!!!」


 辿り着いたいつもの場所。

 俺は、目を疑った。


「…ヴァルム」


 俺の護りたかった場所は、なかった。

 無残な痕。
 それが到る所にあって。

「あ? なんだ、おめぇ」

 ピアの側には、ガラの悪いアーボとアーボック達。
 やって来た俺に、敵意のまなざしを向けてくる。


 ………こいつらが?

「…お前らが、やったのか?」
 自分でも恐ろしいほど、低い声が出た。
 アーボック達だけでなく、その側に座り込んだピアまでもが震え上がる。

 怯えさせちゃいけない。
 そう思ったけれども。
 この怒りは、簡単に消えてはくれなかった。


 ピアの場所。
 俺の護りたかった、場所、心。


 …お前達なんかが壊していいものじゃないのに。


「へ、へんっ。なんだ、お前。ここはオレら“バッディ・グリーン”の新ベストプレイスなんだよっ。おら、とっとと帰んな! 痛い目に会いたくなかったらな。ひゃっひゃっひゃ」

 リーダーらしきものの声。
 俺は構わず、ピアの元へ行った。

「あ? なんだ、てめぇ。シカトかよっ!!」

 ひたすら無視する。
 ピアの前まで来ると、彼女は俺を不安そうに見上げてきた。

「ヴァルム…」
「ピア。掴まれ」

 俺はピアを背に乗せて、側の木の上に駆け上った。
 そこにピアを降ろすと、一人でまた下に降りる。


「あんちゃん。一人でおれ達を相手にしようってのか?」
「無茶だぜ、やめときな」
「かっこつけは危険だぜぃ。負け犬はお家でネンネしてなっ」

 汚い言葉。
 前まで、俺も使っていた言葉。

 俺は、振り返って木の上を見た。
 ピアと目が合う。
 そっと、安心させるように微笑みかけた。

「ヴァルム!!」





 ピアに嫌われるな。
 でも、構わなかった。

 いや、嫌われたくなんかない、イヤだった。
 でも、この怒りはぶつけずにはいられなくて。


 ああ、もう完全に振られたな、
 …でも、仕方ないか………








              
[]


「で。お前は見境なく大暴れした挙句、お姫様には拒否られ、為す術もなく戻って来たって訳か?」


 シーヴァの言葉が、痛い。
 反論の仕様もない事実なだけに、めちゃくちゃ痛かった。

「お前さ、なんでこう、どツボにはまるんだろーなぁ」
 変な風に感心するシーヴァに、答える気力もなかった。
 ああ、ああ。
 どーせ、そうだよ。
 自分で墓穴掘ってるって言いたいんだろ。
 そーだよ、その通りだ。
 けっ。
「でも、無傷とは見事だぜ。腕は落ちてねーようだな」
「…………んなのどーでもいい」

 俺は溜め息をつく。



 相手を全滅させた後、ピアを木から降ろしに行った。
 でも、差し出した手は払いのけられ、かわりに冷たい目で見つめられた。

 あの目が、忘れられない。

 冷たくて、命なんて感じさせなくて。

 無機質な、瞳。


 まるで、仇でも見るような。


「…で。結局、その場所はどうしてきたんだ?」
「直したよ。出きるだけ。……ピアはすぐ行っちゃったからな」
「そうか」

 なあ、とシーヴァが続けて口を開いた。
「お前はあの場所が何か、知ってるのか?」
 俺は首を振る。
 だよな、とシーヴァは頷いた。
「…んだよ。お前、何か知ってんのか!?」
 思わず掴みかかった。
 自分の知らない何を、シーヴァは知ってるのか。
 知りたかった。

「あー! わかった、わかったから離せッ!」

 俺が離すと、チッと舌打ちしてから、
 シーヴァはポツリポツリと話し始めた。
 俺の知らなかった事。
 それは、



「………まじかよ」
 思わず呟いた。
 知らなかった。そんなこと。
「まじだ。事実だよ」


 ピアの父さん、
 彼はピアの幼い頃、若いヘルガーらのケンカに巻き込まれて、
 ピアの目の前で、




 死んだのだった。


「………俺、何だったんだろう」
「ヴァルム」
 シーヴァが俺の名を呼ぶ。
 俺は首を振って、項垂れた。

「んなこと、知らなかった。知らないで、いつもピアのところに押しかけて…気持ち押し付けて…。何も知らないで…何も考えないで、俺は…」
「ヴァルム。仕方ない。お前は、知らなかったんだ。お前は悪くない」

 俺は自分を責めた。
 何も知らないで浮かれていた自分。
 ピアの気持ちなんか考えもせずに
 …一体ピアは、いつもどんな気持ちで居たんだろうか。

 俺は首を振る。

「悪くないわけない。…俺は、今日も、また何も考えずにケンカした。ピアの目の前で。あの日の事を、思い出させるように……」
「お前は知らなかった! 気に病むな、過ぎた事だ!!」

 シーヴァが怒鳴る。
 そしてすぐにハッとして、頭を下げた。
「……すまん。ついカッとして……」
 俺は首を振る。



「……なあ、シーヴァ」

 俺はポツリと呟いた。





「俺………諦める」







              
[]


「っても、んな簡単に諦められたら、苦労しねーよなぁ」

 あの森の奥の場所。
 その石碑の前に座り込んで、俺は自嘲して笑った。

 石碑。
 …御墓……だったんだな。



 目を閉じ、祈りを捧げた。


「……ヴァルムが直したの?」

 突然の声、びっくりして、俺は石碑の前から飛びのいた。
 見ると、後ろに

「…ピア……」
「御墓だって、聞いたんだ」
 俺の横を通りすぎて、ピアは石の前にしゃがみ、花を供えた。
 綺麗な白い花。
 ピアが手を合わせて、目を閉じる。

 ただそれを、俺はじっと見ていた。


「誰に聞いたの」
 問いかけてきたピアに、慌てて答えた。
「シーヴァに…」
「知ってたんだ、シーヴァは」
 冷たい響きのこもった声。
 思わず、顔をそらす。
 …俺は……。





「で、どうしたの」





「………は?」


 ど、どうしたって、…え?

 うろたえる俺に向かって、ピアは事も無げに言った。

「本当のこと知って、すまなく思った? 責任感じた?」
「そ、そりゃ……」
「バカじゃない?」


 ………はい?

 冷たい言葉。
 …やばい、何かわけわからなくなってきた。

「なんでヴァルムが責任感じるの? すまないと思うわけ? それってお門違い。思い込み。むしろ全然関係ないし」
「え、あ、いや……」

 お、俺。
 …なんで怒られてんだ?


「ところで」


 ピアが言う




「………もう嫌いになったの? 私のこと」


「まさかっ!」
 一瞬の間の後、俺は慌てて言った。
 色々あった。
 でも、気持ちは変わらない。

 すまないと思う。
 でも、それと気持ちが変わるのと、どう関係あるだろう。




 好きだ。
 ピアが好き。



 それはずっと、変わらない。





 そうすると、ピアが真剣な顔で言った。
「じゃあさ。証拠見せてよ」



 ………証拠?


 そしてピアは、俺に無理難題を吹っ掛けてきた。

「アタシの歌、聴いててよ」

 プリンの歌。
 つまりあの歌を、眠らずに最後まで聞けと。

「……なーーー!!!?」
「アタシが好きなら、…出きるよね」

 んな無茶な!
 と言いたくなるのを必死で堪える。

 …確かにコレは証拠。
 これで眠らずに居られれば、ピアにも認めてもらえるし!

「……わかった」


 俺は頷いた。
 そうだ、愛があれば。
 いや、愛はあるんだ、きっと……………!!!!

















「寝ちゃってるし」

 結局、彼は寝てしまった。
 ピアはそっと近づき、その頭を撫でた。

 でも、かなり頑張っていたようだ。
 かなり悔しそうな顔で眠っている。
 思わず、クスリと笑う。



 ……ヘルガーは、もう怖くなかった。
 前まで、ずっと怖かったヘルガーだが、
 ヴァルムのお陰で、ちゃんと考えられるようになった。
“ヘルガーにも、色々な性格があり、個人がある”
 つまるところ、同じなのだ。何もかも。
 ただ、自分は目を逸らせていただけ。
 あの辛い現実しか見えなくて、考える事を止めていただけ。
 こんな、簡単なことだったのに。

 それを、ヴァルムは気付かせてくれた。

 ピアは微笑んだ。


 彼の誠意、彼の優しい心。
 それに、大分癒された気がする。




 ……ふわっ………

「?」

 白が降ってきた。




 空を見上げて、ピアは笑った。

「雪……」

 はらはら。はらはら。

 優しく、小さな白い雪が空からやって来る。

 それを手で受け止め、消える様を眺めた。

 また、手を伸ばす。

 小さな雪のカケラは、

 ピアにふれると、すぐに形を崩す。

 それが、今までの自分の心のようで。

 頑なだった、自分の心のようで。


















「ヴァルム、雪だよ」










――でも、好きなんだよ。

 大好きだよ。
 ん? 寝ちゃったじゃん?
 い、いや、あれは………

――ホントだって。信じてくれよ

 そう、あれは不可抗力!!
 いや、俺の愛は本物だって。

 な?