Memories ―Go To The West!―
――もういない、行っちゃった。
ねえ、何が私の心を埋めてくれたの…?――
[1]
私、ネイティ。
名前はティル。
夢見る小さな美少女よ。
え? なーに?
自分で言うな?
だって事実だもん、しょうがないでしょ!
うん、私は可愛いのよ。
モテモテだもの。
羽の色、艶。
そしてスタイル。
どれも自慢できるわ、自信アリ☆
それに、ほら。
見て、このプレゼントの山。
毎日毎日もらっちゃうのよ。
これこそ、私が可愛くて美人だっていう証拠よね。
…でもね。
つまらないの。
毎日がつまらない。
全然面白くない。
退屈。
ねえ、何でかな。
[2]
私は幸せモノだと思うわ。
美人のママ。
頭の良いパパ。
森の長のおじいちゃん。
優しいおばあちゃん。
いっぱいの友達。
そして、私を好いてくれる男の子達。
幸せでしょ?
幸せのはずなの。
でも、そうじゃないの。
胸の中がスカスカ。
何かが足りない。
何かおかしい。
何か違うの。
ねえ、貴方には分かるかしら。
この気持ち。
わかってくれるかしら?
幸せなはずなのに、そうじゃないの。
これって、わがまま?
違う。
わがままなんかじゃない。
もっと大切な事だと思うの。
ねえ、わからない?
[3]
「ティールさーん。向こうの湖までデートしませんかあ?」
「ゴメンなさい。また誘って」
「ねえねえ、ティルちゃん。良い天気だし、散歩なんてどう?」
「魅力的だけど、遠慮しときますー」
「ティル! オレと結婚しっ……ぐはぁッ」
「…却・下」
一番最後にやって来たのは、幼馴染みのネルア。
ん? ぐはぁッ、てのが何か気になるの?
アイツがあげた声よ、…私に蹴り飛ばされて。
「な、何すんだよぉ、ティル〜」
性懲りもなく復活してきたネルアに、溜め息をつく。
私がこんなに悩んでるってのに、こいつは…。
「なあ、ティルー。オレ、本気でお前の事が…」
「私は好きじゃないの。はい、さようなら」
「あ、おい、ティルー!」
ネルアを無視して、私はそっぽを向いて飛んでいく。
ふーんだ。知らないもんねっ。
ネイティオに進化したからって、私がなびくとでも思ったのかしら。
単細胞。バッカみたい。
「! おいっ、ティル、危なッ……」
慌てふためくネルアの声。
は? 危ない?
何がよ?
その二秒後、私は身をもってその言葉が真実だと知ることになった。
[4]
「ッ、いっったーーい!」
「…だから言ったのになぁ」
痛むおでこを押さえる私のもとに、ネルアがパタパタ飛んできた。
私はキッと睨みつける、涙目で。
だって、
何か壁にぶつかったみたい。
すっっっごい、痛いのォ…。
「もう、なんなの…?」
ムッとして前を向くと。
・・・・・・・。
壁?
「違う違う」
ネルアが首を振って否定する。
「もっと上。上見ろよ」
私は言われた通り、ずーーーーーーーーーっと視線を動かして…
「……あ」
うん。
そこにあったのは壁じゃなくて。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。…すみません、ぶつかっちゃって」
一匹のカビゴンだった。
気遣ってくれた相手に、私は慌てて謝った。
「いえいえ。こちらこそ、こんなところにいてすみません」
カビゴンさんはニッコリ笑ってくれた。
声の感じからして、男の方かな。
この森にカビゴン一族はいないから、旅人さんよね?
色々考える私に、カビゴンさんが声をかけてきた。
「ここの長様に挨拶したいのですが、何処にいらっしゃるか分かりますか?」
[5]
「へー。じゃあ、カビゴンさんはずっと旅を続けてるんだー」
「そうなりますね。ずっと西へ向かって、真っ直ぐ」
おじいちゃんに、森への滞在を願い出たカビゴンさんは。
私たち一家のいる木の下で休む事になった。
私がお願いしたんだけどね。
いろいろ、お話を聞かせてもらいたかったから。
カビゴンさんに名前はないんだって。
うーん、というか、あるにはあるらしいんだけど、教えてくれない。
恥ずかしいって。
カビゴンさんはね、ずっと東の方から来たんだって。
えーっと、確かカントーって言ってたかなぁ。
すごいよね、一人で歩いてきたんだよ?
尊敬しちゃう。
カビゴンさんはね、ホントいろんなコトを知ってるの。
やっぱり旅してるからよね。
私が一番気になったのは、海ってモノの事。
大きな水溜りが、川を下ってずっと行くとあるんだって。
その水は何でかしょっぱくて。
ゆらゆらって、波が行ったり来たりして。
「すごいのね。カビゴンさんて、何でも知ってる」
「そんなことありません。僕はまだまだ。世界には、もっといっぱい知らないことがあるんです」
気がつけば、私はカビゴンさんの体の上で眠っちゃってた。
それから毎日、私はカビゴンさんのところへ入り浸った。
[6]
「また、あのカビゴンの所に行くのか!?」
ある日、ネルアがやってきて言った。
怒って…る?
「…私が、カビゴンさんのところへ行っちゃいけないの?」
「……そんなこと、ないけど」
「じゃ、いいでしょ。カビゴンさんね、今日は歌を聞かせてくれるの。早く行かないと」
「……ティル」
「なに? ネルア」
「お前、あのカビゴンのことが……好きなのか?」
突然の質問。
私はキョトンとした。
「……ネルアは嫌いなの?」
「ちっ…! ・・そうじゃなくて、…あ、愛してるのかって、コトだよ」
さらに私はキョトンとした。
私が?
カビゴンさんを?
ネルアの真っ赤な顔をまじまじと見る私に、必死に彼は言い募る。
「だって、お前っ。カビゴンが来てから、ずっとアイツのところにいってばかりで! オレたちのことなんか目もくれないで……」
「それは前から」
「う……で、でも、ティル」
不安げな目が、私を見つめる。
「…………だって、面白くないんだもの」
「え?」
ネルアが私の微かな呟きを聴き止め、首を傾げた。
私は黙って首を振る。
「なんでもない。カビゴンさんはそんなんじゃないよ。…じゃ、私行くから」
[7]
…わからないくせに。
「? どうしたんですか、ティルさん。さっきから黙って」
ぽろろん…。
出来たばっかの小さな竪琴を、カビゴンさんは優しく鳴らす。
柔らかい、素敵な音がした。
「何か、あったのですか?」
「…うん………」
私は一瞬迷って、でも、思い切って口を開いた。
「……それは、辛かったですね」
私の話を聞いた後、カビゴンさんはそう言った。
「そのように感じることは、悲しい事です。僕にも、わかります」
「ほんと? でもね、カビゴンさんに会ってからは、あまりスカスカを感じなくなったの! ねえ、なんで? どうして? カビゴンさん、何か知らない?」
「……どうでしょう。心の病は人それぞれ。いい治療法は、自分で見つけるしかないのです。生憎、僕にはティルさんの心の病の治し方はわかりません」
残念そうに首を振るカビゴンさん。
私は項垂れる。
せっかく、分かったと思ったのに。
この心を埋める術を、見つけたと思ったんだけどな。
そんな私を、カビゴンさんはじっと見ていた。
[8]
カビゴンさんは、いなかった。
次の日、またいつものようにカビゴンさんの所へ行った私は。
カビゴンさんがいないことにショックを受けた。
カビゴンさんは、私に黙って、また旅に出てしまったのだった。
「なんで? なんでよ。黙って行っちゃうなんて酷いよッ」
私は叫んで、空を翔けた。
澄んだ青空。
…まるで、私の心ね。
いくら広くても、いくら綺麗でも。
決して、満たされる事はないの。
どんな色に染まれても、それは偽りでしかなくて。
でも、満たされたくて。偽りを重ねて。
・・・何時の間にか、本当の色なんて、思い出せなくなってて・・・
「お、おいっ、ティル!!」
後ろから、ネルアの声がした。
私が羽を止めて待っていると、ここまでやってきた。
「何?」
「あのカビゴンから、伝言…」
ネルアの言葉に、私はビックリした。
カビゴンさんから伝言!?
で、でも、なんでネルアが?
「……偶然会ったんだよ。で、頼まれた」
「な、なんて言ってたの?」
ネルアは言った。
私は。
すぐに飛んでった。
[9]
私は、カビゴンさんの後を追った。
でも、その姿は何処まで行ってもなくて、見つからなくて。
暗くなるまで探し続けたけど、結局、私は家に帰った。
“僕も、ティルさんと同じなんです……”
ネルアから聞いたカビゴンさんの言葉を、私は頭の中で繰り返す。
カビゴンさんも、私と同じだったの?
それとも、皆そうなの?
皆、足りない何かを抱えて生きているの?
そうして、ずっと生きていくの?
わからないまま、未完全なまま。
そんな人生を……私も送るの?
その足りない何か。
人それぞれ違う、その何か。
探す事すらしないで、私は死にたくない。
生きたくない。
……カビゴンさんも、そう思ったのかしら。
夜。 私は書置きを残して、家を出た。
――もういない、行っちゃった。
でも、追いついてみせる。
だって、探し物は似てるじゃない。
一人より二人。 ね?
――ねえ、何が私の心を埋めてくれたの…?
さあ? でも、見つけてみせる。
きっと、ね。