Memories  ―星標―                  [1]  星。  暗い闇を明るく照らし、僕らを導いてくれる。  遠い何時かの光で、僕らを誘ってくれる。  あれは、何時の光?  果てしない昔の光?  僕らは、昔を目指して、進み続けているのだろうか。  いや、違う。  もう僕らは、進むことすらしていない。  もう全て、僕らは忘れてしまった。  あの星の光も。  あの、空の輝きも。  何時からだったのだろうか。  僕らが、あの空を見上げなくなってしまったのは。  あんなにも身近で。  あんなにも暖かくて。  あんなにも、僕らの暮らしに必要なものであったと言うのに。  どうして、僕らは。  星を見ることをやめてしまったのだろう。  何故僕らは、星の存在を認めなくなったのだろう。  これは、僕ら全てに共通する問題。                    [2]  忘れられたのは、星だけじゃない。  あそこに見える、小さなサニーゴの子。  あの子も、忘れ去られた一つの存在。  あの子の母親は、ずっと前に何処かへ出かけてったきり、あの子の元へと帰ってこない。  あの子は一人ぼっちで、ずっと母親に言われたとおり、あの場所で待っている。  …知るはずが無い。  海底火山の噴火。  彼女の母親が、途中、不運にもそれに巻き込まれて死んでしまっただなんて。  どうして知っていようか。  彼女は何も知らず、何も疑わず。  じっと、母親が帰ってくるのを待っている。  何年も何年も。  同じ場所で。  ダレか教えてやればいいものの。  ダレも、そうしようとしない。  ただ、何も言わずに通り過ぎるだけ。  僕が教えてあげればいいのかもしれない。  でも僕は、忘れられた存在。  僕の言葉も、すでに忘れられたものだから。  空に浮かぶ星のように、  知っているのに、見ようとはしない。  そこにあることを、すっかり忘れてしまっているんだよね。  彼女は、今日もまだ。  帰ってくるはずの無い母親の帰りを、待ち続けている。                    [3]  僕は、ずっとここにいた。  生まれてからずっと、ここを離れたことなんて無い。  でも、何故か僕は忘れられてしまったんだ。  どうしてかわからないけれど、でも、誰も僕を知らない。  ねえ、僕はダレ?  ここにいる僕は、一体ダレなの?  教えてよ。  僕は、ダレ?  一体、どれだけの月日が流れたのだろう。  僕はどれだけ、忘れられていたのだろう。  でも、  恨むべきことじゃないんだ。  これは、仕方が無いことだから。  この世界には、絶えず新しいものが生まれている。  いくつもいくつも。  新しく生まれたものを乗せて、世界は、日々変わり続ける。  ……だから、仕方ないんだ。  新しいものが一つ増えて、  何かが一つ忘れられるのは。  だってソレは。  この世の理なのだから。  だろう?                    [4]  でも、なんで僕が忘れられなきゃならなかったんだろう。  こんな奥に隠れてたから?  姿を隠していたから?  違う。  そんなこと無い。  だって僕は、一度もそんなことをしたこと無い。  忘れられたくて、こんな深いところにいたわけじゃない。  見られたくなくて、こんなところにいたわけじゃない。  僕は、ずっとここにいた。  気がつけば、一人だった。  知ってるものは、何も無かった。  そして僕は、忘れ去られてしまっていたんだ。  何でだろう。  どうしてだろう。  忘れられたくなんか、無かったのに。  ねえ、もう、誰もいないの?  僕のことを、知っている人は。  僕の名前を、知っている人は……  僕は……本当に一人…………なの?                    [5]  強い光を、見た気がした。  強い光。  あれは、夢だったのだろうか。  よく分からなかったけれども。  ソレに誘われて、  僕は、  今まで動いたことの無いこの場所から、  初めて、上を目指してみた。  呼んでる気がしたんだ。  わからないけれど、  呼んでるわけが無いのだけれど、  でも、何かが僕を呼んでいて、  僕は、どうしても行ってみたかったんだ。  強い光。  僕は。  何百年かぶりに。  青空を見た。 「……あ」                    [6]  僕が顔を空に突き出すと、久々なものが目に入った。  ちゃんと、覚えている。  うん、そうだ、ニンゲン。  これは、ニンゲンだ。  ニンゲンの少年が、船に乗って、釣り糸をたらして。  その釣り糸の側の水面に突然顔を出した僕を、呆気にとられて見つめていた。  …なんだ?  ああ、そうか。  見たことの無い生き物である僕が出てきたから、ビックリしてるんだな……  ふむ。  じゃあ、これはちょっとマズいかも。  僕は、僕で無くなるかもしれない。  だって、僕はもう忘れ去られた存在で。  このニンゲンにとっては僕は、新しい生き物であるに違いないから。  忘れられた名前の変わりに、新しい名前が…… 「……っ、見つけた!!!」  み・つ・け・た?  思っても無い言葉が飛び出した。  …今、このニンゲンは、見つけたといったのだろうか。  ……見つけたというのは、何かを探していたときに出る言葉で。  何かを探すと言うことは、探しているものが明確なときがほとんどであって。  …………まさか。  そんなことは……。 「ジーランスっ! やったぁ!!! やっぱりここで間違いなかったんだ!!!!」  懐かしい、名前だった。  自分でも、忘れかけていた名前。  そうか。  まだ、忘れられてなかったんだな。  僕は、まだ、ジーランスだったんだ……  空では、とても強い輝きをもつ星が、  全てを明るく、暖かく、照らし出していた。                    [7]  忘れられない、星もある。  何らかの形で、僕のことは伝えられていたらしい。  おかしなものだ。  海の中では、すっかり忘れ去られていたのに、陸のニンゲンに覚えられていたなんて。  しかも、このニンゲンは、  本当にいるかどうか分からない僕を、ずっと、探していてくれていたらしい。  なので、その喜びようは凄い物だった。  僕にそんな価値があるんだろうかと、思わず考え込んでしまうほどの喜びようだった。  でも、それは不快なものであるはずが無く。  僕は、強い光の導きに、密かに感謝した。  僕は、忘れられてなかったんだ。  忘れられて、なかったんだ。  このニンゲンが、僕に気付いてくれた。  僕を信じて、探してくれた。  本当に消えてしまうものも、あるのかもしれない。  消えてしまったものは、もう見えないのだから確かめようが無いけれども。  でも、本当に消えてしまうものは、実際にはほとんど無いのだと、僕は信じたい。  僕は、消えなかった。  信じてる人がいた。  覚えててくれてる人がいた。  僕は、忘れたくない。  今まで見てきたものを。  僕が感じたものを。  何一つ消したくない。  きっとダレもが、  そんな思いを抱いてるはずなんだ。  だからきっと、本当に忘れられてしまうものは。  ない。  サニーゴ。  だから、君もきっと………                    [0]  気配を感じて、私は、そっと顔を上げた。  シェルダーとタッツー。  私のことを、じっと見ている。 「どうしたの? 誰か、待ってるの?」  私は一つ頷いた。 「…そっかぁ。きみもそうなんだ」  タッツーが笑った。 「ぼくも、シェルくんもそうなんだー。お母さんを待ってるの」  私は驚いて、タッツーを見つめた。  だって、  私と、同じだったから。 「…待ってるの?」 「もう帰ってこないって、わかってるけどな」  私が聞くと、すぐシェルダーが言った。  でも、私は、黙っていた。  それは、なんとなく分かっていたことだったから。  きっと、私のお母さんも、二人と同じなのだったから。 「ねえ、サニーゴちゃん」  タッツーが私に言った。 「ぼくたちと、一緒に行こう?」  私は、そっと頷いた。  この三人が親友となり、シェルダーとタッツーの二人が陸を探しに旅立つのは。  もう少し、先の話である・・・・・・・・・。