Memories  ―夢の花―  ――夢があっちゃおかしいですか?        私にだって。夢は、あるんです・・・・・              [1]  誰にだって、夢はあります。  こうなりたい、こうでありたい。  私たちは、日々、それに向かって頑張って生きていくのです。  夢が叶うか否かは、全て自分次第。  そう、ハンデだって、頑張り次第でどうにかなってしまう。  私は、そう信じてます。  私の夢は。  美味しい料理を作る、コックさんになること。  知り合いは皆、 「そんなの無理に決まってる」 「諦めなよ、もう一つの夢のほうを叶えなよ」  そう言うけれど。  私、こう見えて結構欲張りなんです。  二つの夢。私は、どちらも叶えたい。  最後まで、絶対に諦めません。  はじめまして。私は、シリーです。  あ、不用意に触らないで下さいね、私の体は、とても熱いですから。  マグマッグのシリー。  どうぞ、お見知り置きを。              [2] 「シリーっ」  池の辺の岩の上で、日向ぼっこをしていた私のところへ。  ニンゲンの男の子の呼び声が響いてきました。  私は顔を上げて、軽快な足音と共にやってきた小さな男の子の顔を見つめました。 「おはよっ! ねえ、シリーはいっつもこの場所にいるよね、ここが好きなの?」  私の主人の、ユキヒコくん。通称ゆーくん。  元気な笑顔のその少年に、私は頷きました。  私の目の前には、中々に広い面積を持った、大きな深い池。  ご存知の通り、炎タイプである私は、水は苦手です。   けれども、ここが私には一番最適な場所でした。  水の湿気があるおかげで、私はここを火の海にしないですんでいるのです。 「シリー、いつもゴメンネ」  池の隣、ゆーくん専用に作られた小さな砂場に座り込みながら、ゆーくんは私に言いました。  片手にはスコップを持ち、昨日途中まで作ったお城の続きを作り始めます。  幼いながらに作るその城は、私から見ても立派なもので。  私はその手の器用さに感心しながら、徐々に出来あがって行く城を見つめていました。 「…ほんとは、ちゃんと家の中にいれてあげたいんだけど」  手を止めて、ゆーくんは高い岩の上にいる私を見上げました。 「ママとパパは、うちが燃えちゃうからダメだって。…そのくらい、ぼくだって分かるよ、でも・・・・・」  優しいゆーくん。  彼は、いつも外に出っ放しの私のことを、こうやって気遣ってくれています。 「シリーも家族なんだもん。・・・・一緒にいたいよ」  優しいゆーくんが、私は好きです。  いつも私は、ボールの中にいるか、庭にいるかのどちらかなのですが。  それでも全く寂しくないのは、ゆーくんがいつも側にいてくれるからなのです。  ゆーくんが、私のことを思っていてくれるから。  だから私は、こうやって笑っている事ができるのです。  そう、たとえ・・・・・・・・・              [3] 「ねえねえ、シリー」  ある日のことでした。  学校から帰ってきたゆーくんは、いつものように私のいる岩の前に座り込むと、  笑顔で、今日学校にあったことを話し始めました。 「あのね、今日学校で、作文を書いたんだよ」  今日ゆーくんは、サクブンなるものを書いてきたようです。  そのテーマとやらは…「将来の夢」。  ゆーくんは楽しそうに私に話します。 「んとね、ぼくの夢はもちろん、ポケモンマスターになること!」  シリーと一緒に、さいきょーのポケモントレーナーになるんだ!と、ゆーくんは言いました。  私は普通に頷いていました。  そのゆーくんの夢を聞くのは、初めてじゃありませんでしたので。  何度も聞いた、ゆーくんの夢。  初めてその夢を聞いた時、私は、その夢の中に自分の存在が許されている事を知り、とても嬉しく誇らしく思ったものです。  けれども、今日は少し違いました。 「…でもね、シリー。ぼく、じつはもう一つ夢があるの」  私は恥ずかしそうに告白したゆーくんに驚き、パチパチと目を瞬かせました。  それは・・・・・・初耳でした。  もう一つの夢? そんなものが、まさか存在していたなんて・・・・・ 「いい? 内緒だよ? シリーにだけに教えてあげるからねっ」  声を潜めるゆーくんに、私は神妙に頷きました。 「あのね、ぼく、・・・・・・・・・」              [4] 「“てぶくろ”を作りたいんだ」  ゆーくんの告白に、私はキョトンとしました。  手袋? 手袋というのは…寒い日にニンゲンが手に被せるモノのことですか?  どうして? 何故そんなものを? 「でーもっ、ただのてぶくろじゃないんだよー?」  クスクスと、とっておきのイタズラを思いついた時の顔で、ゆーくんは笑いました。  そっと、私のほうに手を差し出し・・・ 「・・・・・あのね、どんなに熱いものをさわっても、ぜんぜん熱く感じないてぶくろなんだよ」  私の体に手を伸ばし、しかし立ち昇る熱気にあぶられて、ゆーくんはさっと手を戻しました。  自分の手と私とを見比べて、悔しそうに笑います。  当然のことながら、私はゆーくんのぬくもりを感じたことはありません。  とても熱い私の体は、とてもではありませんが、ニンゲンに触れるものではないのです。  それを私は、ちゃんと了解しておりました。  少し寂しく思うこともありますが、仕方ないと割りきっておりました。  そして、覚悟も決めていたのです。  ・・・もし、ゆーくんが自分で触れることのできる、私以外のポケモンをパートナーに選ぶことになっても。  決して、恨むまいと。  だから私は、ゆーくんの思いもかけない言葉を聞き、胸の奥底から何かが湧き上がってくるようでした。  といっても、ニンゲンのように涙を流すことは、私にはできません。  けれど、泣けるものなら泣きたい、そんな気持ちでした。 「ねえ、シリーは?」  ゆーくんが、私に問い掛けました。 「シリーは、将来なんになりたいの?」              [5]  私の夢。  一つ目の夢は、コックになること。  不可能かもしれませんが、私はずっと、この夢を抱いてきたのです。  そう意識するようになったのは、何年か前、ゆーくん一家でキャンプに出かけた時でした。  外での料理というものを、私は初めて目にしたのです。  ただ、肉や野菜を焼くという、簡単極まりない料理法でありましたが、私はいたく衝撃を受けました。  そして、思うようになったのです。  私にも、料理が出きるのではないのかと。  自慢ではありませんが、火の扱いならば私は誰にも引けを取りません。  とろ火、弱火、中火、強火。  だてに炎タイプのポケモンをやっておりません。御手のものです。  料理は、火と愛情が命と申します。  ・・・・・それならば、私はしっかり持ち合わせているのです。  知り合いのポケモンたちは、そのように話す私をバカにしますが、やってみなければわからないと思うのです。  事を起こす前に諦めるなどというのは、愚の骨頂。  私は、己を信じていたいのです。本当にダメだと、思い知る日までは。  そうして、もう一つ。  ゆーくんと同じように、私にももう一つ夢があります。  それは。  …一生、ゆーくんを守り抜くこと。  これは、夢というよりは、誓いと言った方が正しいかもしれません。  ゆーくんが死ぬまで、または私が死ぬまで、もしくは・・・・ゆーくんが、私を捨てるまで。  私は、ゆーくんを守ります。  欲張りな私は、一つの夢だけでは満足できません。  必ず、二つとも叶えてみせます。  きっと・・・・・かならず。              [6] 「にっちようびー。学校がないのはつまんないけど、シリーと一緒にいられるもんね」  朝からゆーくんは、池の辺に来ていました。  私のいる岩の、隣の岩に腰掛け、  じっと穏やかに波打つ池を眺めています。  でも、本当はいけないのです。  この池は、大人には浅いけれど、ゆーくんにはまだ深いのです。  池を囲む岩に登っては行けない、いつもはママの言い付けをしっかり守るゆーくんなのですが。 「平気だよ、シリー。・・・あれ? トサキントはいないの? いつもいるよね?」  身を乗り出して、ゆーくんは池を覗き込みます。  トサキント。…確か、昨日、ゆーくんのママが久し振りにモンスターボールへ戻していたような気が・・・・ 「どこかなぁー? キンキンと、ギョッピー」  ゆーくんは自分で勝手に付けた名前で、見当たらないトサキント二匹の名を呼びました。  私はそのことを伝えようと、ゆーくんの気を惹くために、自分の体をちょっぴり池につっこもうとしました。  まさに、その時でした。 「っ、うきゃぁっっ!?」   ザバーーーンッッ  私は、目の前の現実が俄かには信じられずに、  ほんの数瞬の間、跳ねあがる飛沫の中、ただ呆然としていました。              [7]  ゆーくんは、池に落ちました。  落ちたゆーくんはすぐに水面へと浮かび上がり、もがもがと宙を手で掻き始めました。  ……この池は、案外深いものでありました。  けれども、ゆーくんくらいの年頃の子供ならば、このくらいの距離なら容易に泳げる。  私はそう認識し、バクバクと逸る心臓を宥めに掛りました。  ……すぐに私は、それが間違いであったと気付きました。  ゆーくんは何度も水面下に沈んでは、浮かび上がり、一向にその場から動く様子はありません。  私は、ふいに忘れきっていた事実を思い出し、思わず悲鳴を上げそうになりました。  どうして、私は忘れていたのでしょうか。  ゆーくんは、・・・・カナヅチなのでした。  しばしの茫然自失の後、私は素早く我を取り戻し、わたわたとゆーくんをどう助けるべきか考え始めました。  家に助けを呼びに行こうとして、はたと意識にブレーキがかかりました。  ……どうやって、呼べば良いのでしょうか。  私は、家の中へ入るわけには行きません。  もしも火事を、引き起こしたりしてしまったら・・・・・・ 「シリぃっ、…がぼぁっ、たっ、すけ………」  ゆーくんの微かな声が、私の意識を打ちました。  私は振り返り、池の縁ギリギリまで身を乗り出しました。  ・・・・・・でも、どうにもできません。  どうにも、できない、の、です。  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホントウニ?  私は、顔を上げました。  水面を見つめ、息を大きく吸います。  …心に、あの言葉が浮かんできました。 “私は、ゆーくんを守ります”  そう。私は、ゆーくんを守るのです。  ・・・・・・駄目だと知るまで、絶対に諦めない。  ゆーくん。  今、助けます。              [8] 「・・・・・・ん・・うー・・・」  私が見守る中、ゆーくんが目を開けました。  目を瞬かせ、何処とも言えぬ場所を見ている目を、ゆっくりとこちらに向けました。 「・・・シリー?」  私は嬉しくて、コクコクと頷きました。  ゆーくんが、目を覚ましたのです。  よかった。本当に、よかった。 「・・僕、どうしちゃったの・・・・? えと、たしか今日はにちようびで・・・お休みで・・・・・」  ゆっくりと体を起こしながら、ゆーくんは初めから全部確認するように喋り始めます。  砂場に来て、キンキンとギョッピーで……、と呟きながら指を順に折っていき。  …と、さあっとゆーくんの顔が青ざめました。  慌てふためいた様子で、ずいっと立ちあがります。 「そーだ! 僕、池に落ちて溺れちゃった・ん、だよ・・・ね・・・・・・」  言葉は、尻尾に近付くに連れて、段々小さくなって行きました。  キョトキョトと、ゆーくんは不安そうに辺りを見まわします。  今まで一度たりとも見たことの無い、周りに聳える岩の壁を。 「・・・・・あれ?」  首を傾げて、「シリー、ここドコ?」と尋ねかけたゆーくんの声は。  改めて私の姿を見た途端、うひゃあっ!という驚愕の声へと変わりました。  私を指差して、パクパクと口を開閉しています。  私は困って、とりあえず、ゆーくんに笑いかけました。  けれども、ゆーくんの驚きを和らげる事は、到底出来ませんでした。  困ってる私に構うことなく、ゆーくんはそのまま、大きな声で叫びました。 「シリーが、ちっちゃくなっちゃった!!!!!」  そのゆーくんの大声は、  この大きな穴……綺麗に水の無くなった池の中でわんわんと反響し。  そうして、私たちの頭上で丸く広がる青い空へと、広がって行きました。              [9] 「シリー、ごめんねぇーー!」  また、ゆーくんが私に謝りました。  またまた、私は首を左右に振りました。  池から這い上がった私とゆーくんは、  私は何時も通りの岩の上、ゆーくんはその横の砂場へと体を落ちつけ、  本日何度目かとなるやり取りを、飽きることなく繰り返していました。  律儀に謝罪しつづけるゆーくんに、私はただ苦笑しつつ首を振ります。  …ゆーくんがそんなに気にする事は無いのに。  私はただ、ゆーくんのことを助けたかっただけなんですから。 「でもでもっ。・・・・シリー、池の中に飛び込んだせいで、・・・体が溶けちゃったんでしょ?」  ゆーくんは、ぐすぐすと目を擦りつづけています。  ああ、そんなに擦ったら、目が真っ赤になってしまいますよ。  私は微笑みつつ、溜め息をつきつつ、  元より一回りも二回りも小さくなった、自身の体を見下ろしました。  溶けた、というよりは、崩れたと言う方がより正確でしょう。  私は先程の自分の行動を振り返り、流石に無茶をしすぎたかと、苦笑しました。  私は、池の水を全て蒸発させたのでした。  ゆーくんを助けるために私ができる、最後の手段。  それは、この熱い体を持ってして、池の水を蒸発させてしまう事。  水がなければ、ゆーくんが溺れる事は無いのですから。  けれども、御察しの通り、これは非常に危険な手段でした。  水が消えるのが先か、それとも、私の体が全て崩れ落ちるのが先か。  怖くなかった、と言えば、嘘になるのでしょうね。  ・・・・・けれども。 「シリー…?」  ゆーくんが、私の顔を覗き込みました。  その顔にはまだ、不安の影が残っていました。  優しいゆーくん。私のことを、心から心配してくれているのです。  私はニッコリ、笑い返しました。  でも、死ぬ気は全くなかったんですよ。私。  だって。  ・・・・・・・言ったでしょう? 私は、こう見えて欲張りなんです。  私の願い、それは。 “ゆーくんを守ること”  そして、 “コックさんになること”  ええ、諦めてませんよ。  まだ挑戦もしていないのに、死ねるものですか。  ゆーくんのこと、私はこれからも守っていきます。  そして、コックになるための挑戦も。 ――夢があっちゃおかしいですか?  ポケモンは、夢を見ちゃいけないのですか?  人間じゃないなら、夢を持っちゃいけないのですか? ――私にだって。夢は、あるんです・・・・・  ええ、ちゃんと夢はあるんです。  絶対叶えたい、二つの願い。  いつかきっと、私はこの夢を、現実にしてみせます。  いつか・・・・きっと・・・・・・・・ *** 20040227 *** 20040302