Memory ―世の中の神秘―


      ――人は何故、我々を捕まえるのか?
           我々は何故、捕まらなければならないのか?



                     [1]

      「じっちゃーん! ヨルノズクのじっちゃーん!!」

      遠くのほうで、私を呼ぶ声がする。

      「じっちゃーん! じっちゃんってばー!!」



      モンスターボール。
      それは、不思議なものだ。

      何故、我々をしまい込むことが出来る?
      何故、その小さな体に我々を入れることが出来るのだ?



      私の、一生の課題である。


      モンスターボール。
      実に興味深いものだ。




      私はヨルノズク。
      先程、ハネッコの呼んでいた。
      じっちゃん本人である。




                      [2]

      「なあ、じっちゃん。空のモンスターボールなんか使って、なにすんだ?」

      ハネッコが興味深そうに。
      私の元へ飛んでくる。

      「もしかしたら、入っちまう気か?」


      不安そうなハネッコに。
      私はそっと微笑んだ。

      「入らぬよ。ただ、ちょっと。気になるのでな」



      私はボールを掴み、さっと飛び上がった。

      「ハネッコや。その石を、私の真下へ持ってきておくれ」

      私にうなずき、ハネッコは石を掴み上げる。

      「じっちゃーん! ここでええかー?」

      私は大きくうなずいた。




      人は、我々にこのボールをあてる。
      と、いうことは。
      きっと、このボールに何か仕掛けがあるのだ。

      我々をしまい込む。
      不思議な仕掛けが・・・・・。



                      [3]

      「・・・・すっげーや」

      ハネッコがパタパタと躍り上がる。

      「どっちも傷1つないん。そっか、石は入らないんやね」



      私は考えた。
      石は無傷。
      ボールも無傷。

      ・・・・モンスターボールとは。
      動くものしか、捕まえることが出来ぬのだろうか?




      そもそも。
      私は、このボールから出る方法を探しておるのだ。

      もし、捕まっても、ボールから出ることが出来れば。
      きっと、ニンゲンから逃げることが出来よう。



      そばでは、ハネッコがボールを投げるマネをしている。
      「へへっ。よーし、いっけー、モンスターボール!!」

      調子に乗って、ハネッコはボールを投げた。
      ひゅーん・・・・・。
      バシュッ。

      「じ、じーちゃん!!!?」



                     [4]

      ・・・・はて?
      ここは何処だろうか。

      不思議なところだ。
      プカプカと、気持ちいい。

      おや?
      ハネッコは何処だ?
      先程まで、私の側にいたはずだが・・・・・。



      「・・・・じっ・・・ん」

      とぎれとぎれに、声が聞こえる。

      ・・・ハネッコの声だ。

      「じっちゃ・・、無事・・?」

      フム。
      いったい何処から声がするのか。
      あちこちから、聞こえてくるような。

      「・・っちゃ・・、返事し・・れー・・」

      私は声をあげた。

      「ハネッコー。私はここだー。何処にいるー、ハネッコー」

      ・・・・・おかしい。
      一体ここは、何処なんだ?




                     [5]

      「あっ・・・。今、じ・・ゃんの・・声が・・たー!」

      ハネッコ声が聞こえる。

      「ホン・・? ヨルノ・・・・、大・・・丈夫ー?」

      おや?
      ウパーの声もする。
      ハネッコのやつ、ウパーを連れてきたな。

      「ハネ・・コ。これ・・・壊せば・・んじゃない・・?」
      「そ・・だね・・・。じ・・ゃーん、揺れる・・しれない・・けど・・・
      我慢・・てー」


      意味がわからない。
      何をしようとしているんだ。



      と、いきなり、ガクンと揺れた。
      「のほっ!?」

      バランスをくずし、ベタンとへばる。
      な、なんじゃー!?


      「壊れない・・。だい・・・ぶ? じっちゃ・・・?」



      声が聞こえる。
      と、同じに。
      赤い光が私を包んだ。

      何が起ころうとしているのだ・・・・・・?




                     [6]

      「やったー! じっちゃーん、よかったよぉー!!」

      いきなり、ハネッコに飛びつかれた。

      「? ここは・・・さっきの場所・・・?」

      不思議な空間は、どこにもない。
      さっきハネッコと一緒にいたところだ。
      唯一、かわっているところは。
      ウパーが側で見ているということだろう。



      「・・・ハネッコ、一体何がどうなったのだ?」

      ハネッコの興奮がおさまるのを待って、私は聞いた。

      「あの、不思議な空間はいったい・・・・・・?」

      「・・くうかん?」

      ハネッコが不思議そうに首を傾げた。
      私は、コクンとうなずいた。

      「・・・・・ヨルノズクさんは、空間を見たの?」

      ウパーが、恐る恐る私に聞いた。

      「あの中で、ヨルノズクさんは。・・・・・何を見たの?」

      「・・・・・?」


      ウパーの示す先には。
      赤と白のモンスターボールが落ちていた。




                     [7]

      「ごめんね、じっちゃん。あのとき、オイラが投げたボール。間違って、じっちゃんに当たっちゃったんだよ」

      その後、ハネッコがすべて話してくれた。


      信じられない話だが、私は捕まったらしい。
      いや、誤って捕まってしまった。
      いやいや、偶然ボールに入ってしまった・・・というのだ。

      先程いた、あの空間。
      それは、まぎれもなく。
      ボールの中だったのだ。



      「・・・・・んで、ヨルノズクさん。一体何を見たの?」

      ウパーが私をつつく。

      「空間って言ってたよね。ね、ね。どんな空間があったの?」



      私は答えなかった。
      いや、答えられなかった。

      ただ、じっと。
      ボールを見つめていた。



      「・・・・・捕まるとは。どういうことなのだろうか・・・」




                     [8]

      ニンゲンは、私たちを捕まえる。
      あの、ボールの中へ入れて、持ち運ぶ。


      私は、ボールに入った。
      しかし、捕まったわけではない。
      私は自由だ。
      飛ぶことも、歩くことも出来る。



      あのボールの中。
      とても、不思議だった。
      なにか、よくわからないが。
      とにかく、やすらぐことができた。


      捕まるとは、どういうことか。
      まだ、その根本的なことがわからない。
      このボールの仕組みも、ニンゲンが我々を捕まえるわけも。



      それに、ニンゲンのいうことを聞く、仲間の気持ちもわからない。
      いつか、聞いたことがあるが。
      なんでも、ボールで捕まえた我々ポケモンは。
      その持ち主の言うことを、聞くようになるとか。

      しかし、それなら私はどうなる?
      ハネッコのいうことを聞かねばならぬのか?



      「・・・・・じっちゃん、世界に入っちゃってるよ」
      「うん。僕の質問に答えてくれない。いつ答えてくれるのかなぁ」
      「ダメだよ。こうなったら、考えがまとまるまで、じっちゃんは動かないんだから。あきらめたほうがいいよ」
      「そんなぁ・・・・・・」




                     [9]

      「・・・・まだだね」
      「だ・か・ら。考えがまとまるまで、てこでも動かないんだよ、じっちゃんは」
      「でもー・・」
      「ほら、いいかげん遊ぼうよぉ」
      「うん・・でも・・・・・」


      ウパーが名残惜しそうに振り返る。


      「だってさ。・・初めてじゃん。ボールに入って、無事に出てきたのって。僕らが知ってる中では、ヨルノズクさんが・・・・・」





      ――人は何故、我々を捕まえるのか?

       謎である。
       捕まえて何になる。
       得することなど、ないだろうに・・・・・・。

      ――我々は何故、捕まらなければならないのか?

       謎である。
       私も、いずれ捕まるのか?
       あ、いや。
       もう捕まったが・・・・・・。
       あ、でも。
       捕まったというわけでも・・・・・・。
       だが。
       しかし・・・・・・・・・・・・。