Memory ―行こう―
――行きたいな。
きっと、いけるよね・・・。
[1]
ぼく、タッツー。
“タッちゃん”っていうの。
海。
ぼくの家。
ここは、とってもいいところ。
でもね。
キングドラさんがいたところ。
話してくれた、陸ってところ。
行ってみたいんだ。
見てみたいんだ。
ぼくが知ってるのは、この海のことだけ。
ぼくは、行ってみたい・・・・・・・。
[2]
「タッツー。本当に行くのか?」
キングドラさんが、ぼくに聞いた。
ぼくは、コクンとうなずく。
「・・うん。もう、決めたんだ」
キングドラさん。
サニーゴのサニーちゃんが、ぼくの側にいる。
「タッちゃん。陸ってとこがどんなところか。絶対、絶対教えてね!」
「うん。きっと、サニーちゃんに教えてあげるよ」
ぼくはサニーちゃんに、ニッコリ笑った。
「・・・・・あの。ねえ、サニーちゃん。シェルくんは・・」
ぼくが言うと、サニーちゃんは目を伏せた。
「・・ゴメンネ、タッちゃん。声、ちゃんと掛けたんだけど・・・・・・」
「・・・うん。ありがとう」
・・・・シェルくん。
ぼくは、首をブンブンと振った。
ダメだよ。
ぼくは、もう行くんだ。
「・・じゃ、ぼく行くね!」
「がんばってね! きっと戻ってきてね!!」
「気をつけろ! 特にニンゲンにはな」
「うん、ありがとう・・・・・いってきまーっす!!!」
[3]
流れに乗って、ゆらゆらと。
ぼくはのんびり、泳いでいった。
めざすは。
キングドラさんのいた、ニンゲンの住む、陸ってところ!
キングドラさんはね、ニンゲンのところから逃げてきたんだって。
本当は、ニンゲンのポケモンだったけど。
キングドラになって、大きな力を得たから。
戦いをやめようと思って、逃げ出してきたんだ。
“ニンゲンは嫌な者だ”
キングドラさんの口癖。
本当にそうかは、わからないけど。
いつも、そう言ってた。
でも、ぼくは行ってみたい。
ニンゲンってなに?
陸ってナニ?
ぼくが知ってるのは、この海と、この海に住むみんな。
ぼくは知りたい。
この世界のこと、ニンゲンのこと。
ぼくは、みんなみんな。
知りたいんだ・・!!
[4]
「おーい、タツきちー!!」
前のほうから、聞いたことのある声。
「おーい!! 早く来いよー!!」
「な、シェルくん!? ど、どうして、ここにいるの!?」
シェルダーのシェルくん。
ぼくの、一番の友達。
さっきサニーちゃん、シェルくんは来ないって言ってた・・よね?
・・・・なんで、ここにいるの!!
「あー、しんどかった。お前、来るの遅いよ。おれ、昨日から、ずー――――――っと、待ってたんだぜ?」
「な、昨日から!? なんで!!」
「だって、おれも行きたいもん、陸ってところ」
「・・へ?」
ぼくは思わず、変な声を出した。
い・き・た・い!?
「で、でもシェルくん! この間誘った時、めんどくさいからヤダって言ってたじゃん!!」
「気が変わった」
「ええ――!!」
またまた変な声。
「いや、よく考えれば。お前だけで行けるはずねーし。でも、ってことは、土産話が聞けないってことだろ? だったら、おれも行って、見てきたほうが早いしー。お前だけだ
と、頼りねーからー」
「・・・・・・・」
ぼくは大きく、ため息をついた。
[5]
シェルくんは、ぼくの前を泳いでる。
「なあ、タツきち。陸ってさあ、ここと、どう違うんだろうな」
「うーんとね。キングドラさんは、大きな土の塊だって言ってたけど」
「土ってコレか?」
シェルくんが、海底から土をすくいとる。
「うん。それが、いーっぱい、積み重なってて、上まで続いてるのが陸なんだって」
「へえ、信じらんねえな」
「うん。でも、本当にそうなんだって」
「・・・・早くみたいな」
「・・・・そうだね」
ぼくらはニッコリ、笑いあった。
「・・でもね、シェルくん」
ぼくはシェルくんに言った。
「キングドラさんが言ってたけど。陸って、とっても危ないところ何だって」
シェルくんが、ぼくの方にやってくる。
「とってもコワイ生き物がいるって」
ぼくが不安そうに言うと、シェルくんはニッと笑った。
「だーいじょーぶ! おれは強いんだから、そんなのやっつけてやるよ」
・・でも、ぼくは戦いたくない。
「・・・・言葉が通じるといいなあ」
ぼくが言うと、シェルくんは笑って受け流した。
「ムリムリ。だって、あの暴れん坊のギャラドスにだって、言葉が通じないんだぜ? 海に住む奴らでさえムリなんだから、陸の奴等なんて、絶対ムリだって」
そのとき、ぼくは後ろのほうで。
ものすごい、殺気を感じた。
[6]
ぼくは、そっと後ろを向いた。
「・・・うわあああ!!」
そこには、殺気だったギャラドスがいた。
目をギンギンと輝かせ、ぼくらを睨んでいる。
「た、た、タツきち。ギャ、ギャラドスには言葉が通じねえんだよな?」
「う、うん・・・・」
「・・・・じゃあさ。な、何でコイツ、怒ってるんだと思う?」
「た、多分。しゃべれなくても、意味はわかるんじゃないかな・・?」
「・・・・最悪・・?」
ぼくは、じりっと後ろへ下がった。
「に、逃げよう、シェルくん」
「・・・・」
シェルくんは黙って、前へ出た。
「シェルくん!?」
ぼくは驚いて、シェルくんを見た。
「早く! 早く逃げなくちゃ!!」
「・・・・タツきち、お前1人で逃げろ」
「な、なんで! シェルくん!?」
「・・・・この先。まだまだ、いろんなことがあると思う。それ全部から、逃げてちゃダメだと思う。いや、ダメだんだよ! そりゃ、こわいけど。おれ・・・・・・」
シェルくんは振り向いていった。
「こんなんじゃ、胸はって、ここに戻れねえ」
[7]
「このー!!!」
シェルくんは声をあげて、ギャラドスに飛びかかっていった。
「たー!!!」
ぼくは、動けなかった。
逃げることも、戦うことも。
シェルくんが、ギャラドスに苦戦している時も。
ただ呆然と、見ているだけだった・・・。
でも。
シェルくんがギャラドスに締め付けられた時。
ぼくの中で、なにかが変わった。
何で、今まで出て行かなかったんだろう。
怖がっていたんだ、恐れていたんだ。
そんな自分が情けなかった。
・・・・・助けなきゃ。
助けたい。
シェルくんを、助けたい・・!!!
そのとき、ぼくの体が光りだした。
[8]
「う、うん・・・・。なっ、おれ、一体・・・・ギャ、ギャラドスは!?」
ぼくのそばで、シェルくんが起きあがった。
「あ、大丈夫、シェルくん?」
「ん、ああ、タツきち。おう、なんと・・か・・・・・」
こっちを向いたシェルくんは、ぼくを見て、呆気にとられた。
「・・・・・お前・・タツきち?」
「・・うん。なんか、かわっちゃったけどね」
あのとき。
ぼくは光に包まれて、シードラへと進化した。
何故かはわからない。
戦いもしないのに、こんなことがあるわけない。
でも。
ぼくは進化した。
前よりも、はるかに強くなった。
ぼくは、シェルくんを助けたかったんだ・・・・・・。
[9]
「・・・そっか、そんなことがねー」
ぼくの話を聞いて、シェルくんは何度も頷いた。
「うーむ。確かに訳わからない話だなあ。ん、でも、いいじゃん。“終わり良ければ全て良し”ってな」
シェルくんはぼくを見て、ニカッと笑った。
「それに。お前、カッコよくなったからなあ。おれも、負けないようにしなきゃな」
「・・・・・・そうかな」
「そうなの。おれも、早く進化してーよ。そうすりゃ、足手まといにならないし」
シェルくんは、そっと言った。
「早く、陸に行けるもんな」
ぼくは、シェルくんに頷いた。
「んじゃ、陸に向かって、レッツ・ゴー!!」
――行きたいな。
さ、行こう。
陸ってところに。
――きっと、いけるよね・・・。
行けるよ、絶対。
シェルくんと一緒だもん。
大丈夫。
ぼくらは、行けるって信じてる。