Memory ―fly―
――飛ぶのが好き。
ダレかをのせて飛ぶのが・・・。
[1]
大好きなあの人は。
私の側で眠ってる。
みんなも、私以外は眠ってる。
あの人に捕まった時。
自由と引き換えに,名前をもらった。
自由と引き換えに,大切な人を得た。
私は今が好き。
こんな、幸せの時が。
でもね。
1番好きなのは,あの人を乗せて空を飛ぶこと。
私は、オニドリルのドリル。
[2]
君はスゴイね。
こーんなに広い空を飛べるなんて・・。
でも。
ねえ、ドリル。
空はこんなに広いけど。
世界は,もーっと広いんだよね。
ボクらは、とっても。
小さいんだね・・・・。
空・・世界・・・・・。
大きくて、大きくて。
私なんか、それに比べれば、とても小さくて。
“でも、生きてる。ちっぽけだけど、生きてるんだ”
あのとき、とても誇らしかった。
この人はなんてスゴインダロウ・・・・って。
私はこの人のために。
飛ぶことが出来るんだ・・・・って。
[3]
「あの・・・オニドリルさん・・・・」
側で声がした。
ハッとしてみると。
野生のケーシィが、すぐ側にいた。
いつのまにか私は。
うとうとと、眠ってしまっていたらしい。
「あの・・あの・・・・・」
私は顔を向けた。
ケーシィは意を決したように、私を見つめた。
・・と、いっても。
目はあまり開いてないから、閉じてるように見えるけど・・。
「あの・・・。ぼ、ぼくを、背中に乗せてください!!」
しばらく、私はポカンとしていた。
背中に・・・・乗る?
「い、言い方まずかったかなぁ・・?? あの、えっと・・・ぼく、空を飛びたいんです!」
やっと、この子の言いたいことがわかった。
つまり・・・・・・・。
「ぼくを乗せて・・・・・飛んでくれませんか?」
[4]
「うわあ、大きいなあ」
なんでだろう。
何で私は、この子に頷いたのだろうか。
この子の瞳が、一生懸命だったからかもしれない。
この子の思いが、強かったからかもしれない。
この子が・・・・・・。
「わあ、高いな、大きいな。・・早く、自分で空に行きたい・・・」
この子が、あの人に似ていたからかもしれない。
しばらく空を飛んでから、陸に下りると。
トタンッ。
私の背から、ケーシィが飛び降りた。
そして。
ペコッと頭を下げる。
「ほんとに、ほんとにありがとうございました!!」
私は慌てて首を振る。
「そ、そんな、たいしたことじゃないよ!」
「いいえっ!」
ケーシィが声を張り上げた。
「ぼく、とっても、うれしかったです! ずっとずっと行きたかった空に、やっと一歩近づけたんです! オニドリルさん、本当にありがとうございました。あの・・・また、乗せて
くれませんか?」
恐る恐る聞くケーシィに。
私はニッコリ微笑んだ。
「もちろんっ」
でも、そのときはもう・・・・・ないかもしれない。
[5]
「うーんっ。じゃ、ドリル。お願いね」
あの人を乗せて、私は空へ舞い上がった。
あのケーシィとの約束。
やっぱり・・・守れなかったな。
でも、しょうがない。
だって、私はこの人のポケモンなんだから。
・・・・ごめんね、約束守れなくて。
「・・・・ねえ、ドリル。セキエイはどっちだっけ? ・・・わかる?」
私はフルフルと首を振る。
「うー・・じゃあ、ワカバは?」
私は、今度はコクコクうなずく。
「じゃ、ワカバに行こー。ウツギ博士に聞けばわかると思うし・・」
あの人はニコッと笑った。
「あの町の人達の料理、とっても美味しいんだよ。ドリルにも、食べさせてあげるからねっ」
私は、この人のこんなところが好き。
こんな、優しいところが・・・・。
「ねえ、マーヤン。みんなも、もう集まってるかもしれないね」
私の背中で、あの人が。
パートナーのヤンヤンマさんに、そっと話しかけている。
私は、この人が大好き。
きっと、みんなも。
この人が、大好きじゃないかな。
[6]
「やっ、そこのオジョーサン」
前方に、1匹のオニスズメが現れた。
野生の・・不良のオニスズメ。
「あんさあ、オレっちの親分が、あんたを連れて来いってきかねーんだ。ちょっとそこまで来てくんない? ちょっとでいいからさあ」
私は、フンッと無視をした。
「あっ、つめてーの」
オニスズメは、私の周りをグルグルまわる。
「なっ、なっ? ちょっとでいいからさあ。そんな奴振り落としちゃって」
私はそいつの言葉に、ムカッきた。
ふりおとす? この人を?
ジョーダンじゃない!
私は問答無用で、みだれづき。
「いてっ、いててっ。な、何すんだよー!!」
私はスッと、そいつを追い抜いた。
「な、なんだよ。くそっ、覚えてやがれっ、親分に言いつけてやる!!」
そう言って、オニスズメは何処かへ行ってしまった。
フーンだ。
オニドリルの1匹くらい、私だけで何とかできるもーん。
「ドリル、あ、あれ・・・・・」
しばらくして聞こえた、あの人の声にハッとして。
そっと私は、後ろを見た。
「・・・・オニドリルと・・オニスズメの大群・・・・・・」
私は、なんかヤバイことになったなあ・・・・と。
頭の中で、考えていた・・・・・・。
・・どうしよう・・・。
[7]
「ようよう、ネーチャンよぉ。さっきは、ウチの可愛い子分をいぢめてくれたみてーじゃねぇか」
先頭を切って現れたのは、ガラの悪そうなオニドリル。
いかにも、番長って感じだ。
「・・あら、そっちから先に仕掛けてきたんだから。正当防衛よ」
私が言うと、相手のオニドリルは顔をしかめた。
「可愛くねえなあ。・・なあ、ネーチャン。そんな弱そうなニンゲンの言うこと聞いてるから、オレたち仲間の言うこと、わかんなくなったんじゃねえの?」
「・・・仲間?」
私はジロッとソイツを睨んだ。
私たちの会話が、あの人にわからなくてよかったと思いながら。
私は罵倒を浴びせ掛ける。
「フンッ。笑わせるんじゃないわよ。仲間? あんたたちがぁ? ゲロゲロ。そんな仲間、私は持った覚えがないわね。ってゆーかぁ、そんな仲間だったら、持たないほうが
マシー」
そう言って、私はクルッと方向を変えた。
こっちはワカバから離れるけど。
これ以上、こいつらの相手をしてたら。
私、きっとヤバクなる。
あの人を守るために、ケンカして犠牲を増やすより。
私は、ケンカしないで、あの人を守るほうを選ぶ。
「チッ。何処行くんだー? ネーチャンよぉ」
私の周りを、素早くオニスズメたちが囲んだ。
「そこまで言われて、みすみす逃がすようなオレじゃねーぜ」
私は、キッとオニスズメたちを睨みつけた。
背中にあの人がいる限り、私は・・・・・・・。
[8]
ヒューン・・・・・・。
私は、まっさかさまに落ちていった。
背中には、あの人がしっかりつかまってる。
あの人に、ケガをさせるわけにはいかないと、思ってはいても。
羽が、言うことを聞かない。
私は、ギュッと目を閉じた。
情けない。
せっかくあの人が、私の自由にさせてくれたのに。
飛ぶことが、唯一の取り柄なのに。
飛ぶことによって、あの人を危険にさらしたようなものじゃない。
私が、あんな挑発に乗りさえしなければ・・・・・。
“そんなこと、ない”
頭の中に、声が響いた。
“オニドリルさん、とってもカッコよかった”
だれ? だれなの?
“どめんなさい。本当は、もっと早く、助けるつもりだったんだけど。ぼく、まだ力をうまく使えなくて・・・・・”
その声と同じに。
私たちの落下が止まった。
[9]
「・・助けてくれたんだ・・。ありがとう」
私お礼を言うと、ケーシィは笑った。
「お返しです、空を飛んでくれた。ぼく、あのとき本当に嬉しかったから」
何か言わなきゃ・・そう思ったけど。
実際に出たのは、たわいもない、ただの質問。
「何で・・・・・空に行きたいの?」
ケーシィは悲しそうに笑った。
「・・・・・・ぼくの父さんと母さん。・・空に、住んでるんです・・・」
「ぼく、空が好きです。オニドリルさんを見て、初めてそう思えた。・・オニドリルさん、まるで・・・・・空と1つになったみたいで・・・・・」
私を見て、ケーシィは続ける。
「ぼく、オニドリルさんみたいになりたい。いつかきっと、空にも行きたい。そして、オニドリルさんの大切な人みたいな・・・ぼくも、見つけたいです」
私は、そっと笑った。
「ケーシィなら・・絶対出来るよ」
――飛ぶのが好き。
ねえ、あなたも好きなこと、あるでしょ?
私はそれが、飛ぶことだっただけ。
――ダレかを乗せて飛ぶのが・・・。
飛ぶんじゃなくてもいいんだよ。
自分に出来ること、それだけで・・・・・・・。