虹の下には、たからものが埋まっているんだ。       ばっかじゃねえの。そんなん、あるわけないじゃん。       あるもん! だって、リム、ちゃんと見たもん!!       へえ? どこにあるんだよ。見せてみろ。       そ、それは……       ほら。やっぱり無いんだ。“たからもの”なんてさ。  =====  虹。  OTHER STORY...  ケンカした。  他愛も無いことだ。  でも、きっとあいつにとっては、重大な事だったんだろうな。  大きな木の下。  しとしと降りつづける雨をぼーーっと眺めながら、俺は幾日前の出来事に思いを馳せていた。  幼馴染の、マイナンのリム。  あいつはこの頃、プラスルのニルと仲が良い。  いや、いいんだ。そんなことは。  アサナンの俺といるより、プラスルの友達の方が気が合うに違いない。  いや、それ以前に。リムは女で、俺は男だしな。  だから、別にどうも思ってないんだ。  遊ぶ時間も会う時間も少なくなって、寂しいなんて。  ………寂しいけど。 「にしても、虹の下にたからものだってさ。あいつもまだまだガキだよなぁ」  ケンカの原因を思い返して、俺は息を吐いた。  “虹の下には、たからものが埋まっている”  リムはあると言い張り、俺は無いと言い張った。  それが事の起こり。  だって、そうだろ?  虹なんて、何時も同じ場所に出るわけじゃない。  それにあれはそもそも、光の屈折が起こす自然の現象だ。  虹なんてモノは、ミズゴロウの水鉄砲で作ることだって出来るんだ。  そんなものに、下なんてあると思うか?  あるわけないだろ?  俺はただ、真実を言ってやったに過ぎない。  なのにアイツは…… 『ヒューゴのバカッッッ!!!』  そう叫んで、俺の頬を思いっきりひっぱたいて駆けてってしまった。  いやあ、リムも俺を殴れるほど大きくなったんだなぁって、俺はしみじみとしたよ。  ・・・・・・・嘘だ。  ああ、どーせ強がりだよ。  ほんとはメチャクチャ悲しかった、ショックだった。  俺の知らないところで、リムが成長して。  何時の間にか、俺なんかどうでも良くなってしまってたんだなぁ…てことが、とても寂しかった。  ……うん、寂しかったんだ。  だから俺は…ニルと虹のたからものを見に行ったことを楽しそうに話すリムに。  あんなに意地を張って、本当の事を思い知らせたかったんだと思う。  ・・・ガキだなぁ、俺。  大きな溜め息が零れ落ちた。  あれ以降、リムとは会ってない。  きっと会ったとしても、今回は何時もみたいにはいかないんだろうと思う。  リムは絶対に折れない。  そして、俺も折れられない・・・・  雨がしとしと降り続く。  まるで俺の気分を反映しているかのような降り方だ。  更に気持ちが落ち込む。  しとしと、しとしと。  木にもたれかけ、絶え間無く落ち続ける雫を見つめながら。  俺は、そっと目を閉じた。  ・・・雨はいずれ止むけれど。  このケンカは、一生・・・・・・続くのかもな・・・。   ピチョン。  水溜りに、水滴が落ち、跳ねた。  その高い音に、意識が呼び戻される。 「……ん」  どうも、何時の間にか眠ってしまったらしい。  気が付けば雨は止んでいて、白い太陽が雲の切れ間から顔を覗かせていた。  灰色の隙間を縫って、青空も下界の様子を伺っている。  俺は立ち上がると、木の枝の下から出て、うーーーんっと大きく伸びをした。 「うーんっ。さてと、そんじゃまあ……… ………あ」  面倒臭いから、家に帰るか。  そう思って何気なく遠くを見た俺は。  あるものの存在に息を止めた。  虹だった。  綺麗な七色が、青空の端から覗いていた。  思いがけないものの存在に、俺はしばし呆然とする。  そりゃあ、雨の後は虹が出やすいもんだけれども……  ・・・・・・なんともタイムリーな・・ 「………よし」  俺は駆け出した。  あの、虹の下を目指して。  あー…、言わなくてもいい。むしろ言うな。  わかってる。なんでそんなことをするのかってんだろ?  ・・・確かめてやるんだ。  あるはずの無い虹の下、しっかりこの目で確かめて、リムに言ってやる。  虹の下なんか無い、俺がこの目で見てきたんだからそうだ、ってな。  そうすりゃ、あいつだって納得するさ。  俺が見て来たってモノを否定出来るまで、あいつは大人になってねえからな。  俺は絶対に正しいんだ。  リムに現実を教えてやる!!  :  :  :  :  :  :  : 「・・・・疲れた」  走り疲れて、俺はガクッと崩れ落ちた。  な、なんでだ……  あンの虹…、ふざけんなよっ。  なんで、こんなに長く空に出てやがるんだ、バッキャローーー!!  虹なら虹らしく、とっとと消えろよ!!  そう、虹はまだ空にあった。  もう随分経ったはずなのに、何故だ? 何故まだ空にあるんだよ。  しかも、七色ハッキリと!!  ふーざーけーんーなーーーーーー!!!!!  なんだよ、どうせすぐに消えると思って高を括ってたのに…。  そんなとこにいられたら、まだ、走らなきゃいけないように思えるだろー? 「……んだよ、まるで」  まるで、俺を誘ってるみたいじゃないか……。  いや、そんなはずは無い。  俺はブルブルと首を振って、頭に浮かんだ考えを一掃した。  虹に意志があるわけ無い。非科学的だ。  うん、これは偶然なんだ。  きっと、今日は湿度が高いんだな。  だもんで、太陽の光も、まだ空気を乾燥させるに至らず・・・  ・・・・・・・・。  嘘だ。  俺が知るか、そんなの。  一介のアサナンの俺に、そんなことわかるわけないだろ?  …でも!  これは絶対にただの偶然なんだ!!  いいか?  虹に意志なんて、ぜーーーーったい、無いんだからな!!! 「くっそお。このやろ、こうなったら意地でも辿りついてやる!」  虹の下とやら、きっちり拝ませてもらうからな!  そこで待ってろよ!!  そうして、俺は再び走り始めたのだった。  ・・・・で、どれだけたったかな。  もう、大分たった気がする。  てか、ここ何処だ? 知らない場所まで来てるし…  なのに。 「・・・・・それでもまだ、虹は消えないって・・・どういうことだと思うよ?」  俺の目の前には、相変わらず美しい七色を湛えた光の帯があった。  ・・・・いい加減にしてくれ。  頼む、消えてくれよ。  お前がいる限り、俺は追わなくちゃいけないんだよぉ!俺の意地にかけて!!  でも、でもな。  その意地だって、こんだけ走らされると、段々無くなってくるんだよ。  ああ、もうどうでもいい感じだ……  うう、でも一旦口に出した事だしなあ。  嘘吐きにだけはなりたくないし。 「って、おお?」  おいおい、ちょっと見てみろよ!  なんか、あの丘の上! あそこで虹が終わってるように見えなくないか?  …見えない? いやいや、見えるだろ?見えるよな?  よし、あそこが終わりだ!あそこが根っこだ、はい決定!  やたー!俺はついに辿りついたんだー、バンザーイ!!  ・・・・走るのがイヤになったから、適当に切れて見えるあそこを終わりにしようか・・  なんて、断じて俺は思ってないからな、うん。  俺は一生懸命、最後の力を振り絞って丘を上りきった。  てっぺんについた時にはもう、虹は何処にも見当たらなかった。  なんだか、俺が来たから姿を消したみたいな……って、んなわけないんだけどな! 「さてさてっ。虹の下ってことは…当然地面の下か?」  地面を掘りかけた俺だが、すぐに、はたと動きを止めた。  なんだか、甘い香りがした気がしたんだ。  振り返る。  そこに見えるのは、空。  あと、空の途中で途切れた丘。  なんとはなしに、俺は立ち上がった。  ゆっくりゆっくり、歩み寄る。そうして、切り立った崖の下に、身を乗り出して……   ピョコンッ 「うひゃわぁぁあぁ!!!?」 「きゃぁぁーー!!?」  顔を覗かせた途端、いきなり下から誰かの顔が飛び出てきた。  俺はビックリしてその場から飛びあがった。  と、向こうでも悲鳴が上がっている。……って、おいおいおい!  なんか今の声…どっかで聞いたような………? 「っ、リムかっ!!?」 「…ふえ? あれ、ヒュー…ゴ?」  崖の下に引っ込んだ頭が、またしてもピョコンと覗いた。  青い耳が揺れる。間違い無かった。それは、マイナンのリムだったんだ。  ビックリした顔で、俺の方をパチクリと見ている。 「なんで? どしたの、こんなところで?」 「それは俺のセリフだっての」  そうだよ。なんでここにリムがいるんだ?  ここ、リムが何時も遊んでる原っぱから、かなり離れてると思うんだけど。 「えっ、リムは、ニルと一緒に虹さんのたからものを……」  リムが言葉を繋げかけて、はたと顔を上げた。  俺の顔をまじまじと見つめて、恐る恐る問い掛けてきた。 「ねえ、ヒューゴ。もしかして……虹さんを追いかけてきたの?」   ドスッ  さりげないリムの言葉が、俺の心臓にさっくりと突き刺さった。  …そーだよ、考えれば分かるよな。  虹のたからものを見に来たリムとこの俺が顔を合わせるっていうことは、つまるところ俺が虹を追いかけて来たって言うことであって。  虹のたからものを否定していた俺がここにいるっていうのは、リムからすれば、俺があいつの言う事を認めたということで…  恐る恐る、俺はリムの顔色を伺った。  うっわ、輝いてる!;;  めっちゃ嬉しそうだよコイツ!!  いっ、いや俺は別に、そんな非現実的な事を認めたわけでは断じてなくて、だなぁっ;; 「わかってるからっ。ほら、いいから行こうヨ、ヒューゴ!」  全然分ってない。  しかし渋い顔をして更に言い募ろうとする俺に構うことなく、満面笑顔のリムが、俺の腕をぐいっと引っ張った。  そしてそのまま、なんと……崖から空へとダイブした。 「うっ、うわぁぁぁぁぁああぁぁあ!!!!!?」  腕を掴まれているものだから、当然俺も落ちるリムに引き摺られて……宙に舞った。  ダメだ、落ちる、死ぬっっ……  テレポートするなんていう手段も思いつかないまま、俺は重力のままに木から落ちるリンゴのように、落下したのだった。  そして。   ボフンッ  固い地面に激突しなかった。 「……へ?」 「ヒューゴ、ほらっ、これが虹さんのたからものなんだよっ」  リムの楽しげな声に促されて、俺はキツク閉じた目を開いた。  そうして、俺の視界いっぱいに広がったのは…… 「・・・・・・・・・・・・はなばたけ・・・」 「ねっ、キレイでしょ?ヒューゴっっ☆」  満面の笑みを浮かべているリム。  本当に本当に嬉しそうな顔だ。  だもんだから俺は、「いやっ、だからそうじゃなくて…」と開きかけた口を、肩をすくめて再び閉じることにした。  ニルの方へと駆けて行ったリムの後ろ姿を見送りながら、俺はゆっくりと辺りを見回す。  目に映る花の色が、とてもとても甘く香った。  赤。黄色。白。桃色。緑。水色。  様々な色の花が咲き乱れ、空の青がそれらをすべて抱擁していた。  その美しさといったらまるで……現世の、楽園とでもいうような場所だった。  これが、  虹のたからもの・・・・・? 「・・・・・・・・・確かに、たからものだな」  一面の虹色に目を細め、俺は笑った。  確かに、あいつの言う通りだよ。  違いないや。これは、虹のたからものだ。  たからものなんだ。…きっとな。  “虹の下には、たからものが・・・・・・”  聞いたことのある、あの言葉。  あながち、嘘とも言えなかったというわけだ。  ……あくまでも、あながちだからな。  今回は、ちゃんと辿りつけちゃったってだけで、  俺はまだ、その非科学的な事を前面に信じたわけじゃないからな!!!  いいかっ、そこんところ了解してろよ!!!;; 「おーーいっ、ヒューゴぉ!!」  プラスルのニルが、俺を呼んだ。  呼ばれて俺が、クルッと振り向くと、 「ばあっ!」 「うっ、わああぁーー?!!!!」  ほぼ真下の位置の花の影から、リムが飛び出した。  その唐突な出来事に、俺はステンッと引っ繰り返る。  わーい、ビックリしたビックリしたぁ?と無邪気に笑って俺の周りを跳び回る二人。  二人があまりに楽しそうで、やられた俺があまりに間抜けで、  俺は、怒るに怒れなくなった。  苦笑いを浮かべて、柔らかな花の上に座りこむ。  “虹の下には、たからものが埋まっている”  たからもの。  この二人が見つけた宝物は、ここに広がる一面の花畑。  地上に降りた虹とでも言うべき、美しい楽園。  じゃあ、俺は?  俺は虹の下で、どんなたからものを見つけたんだろうか。  虹の下で、俺が一番に見つけたものは……? 「・・・・・・ばっかばかしい。迷信だろ、迷信!////」  思い出した途端、顔に血が上った。  ぶんぶんと頭を振り、俺は脳裏に浮かんできたさっきの光景を振り払う。  ないないない、そんなことない。  だっ、だから、さっきから言ってるだろ!?  俺はそんな馬鹿馬鹿しい迷信なんて、これっぽっちも信じてなんか・・・・・ 「? どしたの、ヒューゴ? 顔、真っ赤だよ?」 「うわぁぁああぁぁあ!!!?////」  悩みの根源であるリムの顔が目の前に現れた途端、俺は情けない声をあげて後ろに飛びのいていた。  なっ、なんで突然こっちを覗き込んで来るんだよオイ!!  やめてくれ・・・し、心臓に悪い・・・・;;  必要以上に慌てふためいている俺の様子に、不思議そうに首を傾げるリムの後ろで、  …はっはーーん? と、人の悪い笑みを浮かべたニルの子悪魔のごとき顔が見えた。  ・・・・・・これは・・・・・マズイ・・んじゃねえか?; 「ちょっ、おいニル!! お前っ、勘違いすんなよな!!!」 「え〜〜? なんだよヒューゴぉ。ボクが何を勘違いしてるっていうんだよ〜〜〜???」  弱点握ったり!とでもいうような得意げな顔のニルに、リムが不思議そうに尋ねかける。 「ニルぅ。なに?なんなの? リムにも教えてよぉ」 「ん? いやね、ヒューゴのやつがさぁー……」 「だから勘違いなんだっ!! なあっ、ニル!!!!;;」  からっと晴れた青い空。  雨の気配は、もうどこにも無くて、  いい匂いでいっぱいの、虹の楽園の中。  俺たちの午後は、  今まさに、始まったばかりだった。  *** 200312XX  *** 20040324  *** 20040428