虹の下には、たからものが埋まっているんだ。  =====  虹。(NIJI・RAINBOW)  雨が降っていた。  強く、激しく。  雨は全てを洗い流そうとするように、  強く、激しく。  降り続けていた。  それは、突然降り出した通り雨に襲われたボクらが、  近くの丘の斜面に空いた、小さな穴の中で雨宿りをしていた事から始まる。  空は青いって言うのに、何時までも降り続ける雨。  地面を殴るような雨は、一体何処にその怒りを隠していたのか不思議になるくらいで。  …空は一体、何が悲しくて、何がむかつくんだって言うのだろう。  さっきまで、あんなに機嫌良く、ボクたちが遊んでいるのを見ててくれてたのにな。  …さっきから、僕らは一言も話していない。  喧嘩しているわけじゃないんだけど、なんだか話すことが無くなってしまったんだ。  何か切り出そうとしても、それは全然面白い事でもなんでも無くて、  すぐに会話は途切れるし。  別に、黙っているのがイヤってわけじゃない。  でも流石に、これ以上の沈黙は、ボクにはちょっと厳しかった。  だって、ボクらはもともと、楽しいことが大好きなんだから。  こんな雨が降らなかったら、まだ遊びつづけていたはずだから。  日が暮れるまで、ずっとっずっと。  そんな、ネタを必死で捻り出そうとするボクの頭を、  一つの言葉が、微笑んで通って行った。  ……何処で聞いたんだろう?  ボクは目をぱちくりさせて、首を捻った。  むむむ?  こんな面白そうな事、なんで今まで思い出さなかったかなぁ。  そうしてボクは、隣にいる友達のリムに、この言葉をそっと囁いたんだ。     虹の下には、たからものが埋まってるんだって。 「たからもの?」  プラスルのボクとは正反対の、青い色をしたマイナンのリムが、うにゅ?と小さく首を傾げた。  ボクは頷き、まだ降り続ける雨を見ながら答えた。 「そ、たからもの。何があるのかは知らないけど、すっごいたからものがあるんだってさ」 「……ねえねえ、ニル」  リムがボクの尻尾を引っ張った。  困惑した黒色の瞳で、ボクを見つめてくる。 「………にじ、ってなぁに?」 「・・・・・・。知らないの?リム?」 「うん」  頷くリムに、ボクは溜め息をつく。  まあ、でも仕方ないよね。  リムは今ではこの通り元気いっぱいだけど、昔はすっっっごく体が弱かったからなぁ。  ボクは気を取りなおして、リムの目を覗きこみながらゆっくりと説明してあげた。 「いい?リム。虹って言うのはね、雨の後に空にできる、大きな橋なんだ」 「はし?」  空にできる、七色の橋。  とても大きくて、遠いところにあって、ボクらには到底触れないんだけど。  でも、すっごく綺麗なんだ。  雨の後にできるから、きっと水の神様の専用の橋なんだね、  ……って、ロマンチックなピチューの女の子達が話してるのを聞いた覚えがある。  ボクはどっちかっていうと、アーチみたいな感じがするんだけどね。  あの七色アーチの下を、風がスゥッて通り過ぎて行くんだ。  きっと、虹の下を通りぬけた風は、すごくいい匂いがするよ。  キラキラした、お日さまとか星とか月とか花とか果物とか、  そんな素敵なものの、いい匂いが。 「ニルの方がロマンチックだよ」 「……そうかな?」  ボクの私的意見の混じった説明を聞いたリムは、クスクス笑いながら開口一番にそう言った。 「ニルってやっぱり、女の子なんだね」 「う、うるさいなぁ」  常に、女の子女の子しているリムに言われたくない。  ボクがじぃーーっと恨めしげに見ているのに気付いたのか、リムはすぐに謝ってきた。 「ごめんね、そんなつもりじゃなかったんだけど」  今度はボクは慌てる事になった。  うひゃー、リムってホント素直で良い子だよなぁ。  お母さんがボクを見て溜め息つくのも…わかる気がするよ。  そうこうしているうちに、何時の間にか雨が上がっていた。  ボクとリムは、顔を合わせると、二人揃って穴から飛び出した。 「やっほー!」  碧い草原の海に、思いっきり飛びこむ。  小さな透明な雫を付けた草の葉が、透き通った音を鳴らして、その雫を地に落とす。  降り注ぐ白金の日差し。  その薄い光のヴェールに、ボクとリムは二人で笑いあった。 「ニルニルー、今度は何して遊ぶの?」 「そうだなぁ…って、あ!!」  何気なく空を見上げたボクは、そこに、あるモノの存在を見つけ、慌ててリムに呼びかけた。 「リム! ほらっ、あれが虹だよ!!」 「えっ」  七色の虹。  大きな大きな光の帯。  それが、この青空いっぱいに広がっていた。  神様の橋。風のアーチ。  どちらでもあるような不思議な魅力を持った、その虹というものは。  しばらくの間、ボクらの目を奪って放そうとしなかった。  ほぅ・・・・・  小さな溜め息。  感嘆のそれは、ボクとリム、どっちのものだったんだろう。  それはわからなかったけれど、  その次に上がったリムの声は、ボクにはしっかり判別する事ができた。 「ニル! 行こう!!」 「えっ」  突然、リムが駆け出した。  南の方角。  涼やかな緑と甘い花、そんな感じの香りがしてくる方向だった。 「りっ、リムー?!」  何がなんだかわからないまま、リムの後を必死で追うボク。  追いついて、何処に行くのかと問いかけると、  満面の笑みを浮かべたリムが、当然のように口を開いた。 「えっ。たからもの、探しに行くんでしょ?」  あ、先を越されたな。  ボクはすぐにそう思った。  そっかそっか。  リムも、ボクと同じことを考えてたわけね。  そう、ボクも同じことを思った。  行動にする前に、リムに先を越されてしまったんだけど。 「行くでしょ? ニル?」 「とーぜん!」  ボクはリムに笑いかけ、そして。  あの大きな虹。  その大きな根元の方を目指して、  笑い声を振りまきながら、  リムと一緒に、たからものを見つけに走って行った。  :  :  :  :  :  : 「あっ、あっ………」 「ダメだよッ、まだ、虹の下につけてないのにっ」  あれから、どれだけ経ったんだろう。  ボクらは走って走って、少しだけ虹の根っこに近付けた気がする。  でも、ダメだった。  虹の根元はまだまだ遠くで。  そして。 「きっ、消えるなーーー!!」  虹は半分以上、その姿を空に溶かしていた。  ああ、ダメだよ、これじゃあ追いつけない。  なんて虹は大きいんだろう。  ボクら、こんなに頑張って走ってるのに。  なんで、全然追いつけないんだろう? 「きゃんっ」 「リム?!」  後ろで、リムの悲鳴が聞こえた。  ボクは慌ててブレーキをかけ、急いでリムのもとへとバックした。 「大丈夫? リム?」 「うん、へーき。転んじゃっただけ……あぁっ」  大丈夫、と顔を上げたリムだったが、その最後の声は、悲痛な響きに満ち溢れていた。 「ニル…虹が……」 「えっ。あ…………」  ボクが振り返った時。  虹は丁度、その最後の光を散らせたところだった。  …七色の帯が、消えた。  また、いつもの青い空が戻ってきた。  なんの秘密も持っていない、隠していない………普通の青色が。  ボクとリムは、パタンと草の海に倒れこんだ。  鼻をくすぐる、草と地面の匂い。  風が音を立てて草原を駆け抜け、通りすぎるついでに、ボクの顔を優しく撫でて行った。  撫でられた頬の一部が少し冷たくて。  ボクは、悔しくて、自分が泣いてる事に気がついた。 「……間に合わなかったね」  寂しげなリムの声。  ボクは、うん、と答えた。  ほんの少し掠れた声だったけど、リムも同じ声をしていたから、おあいこだ。  虹のたからもの。  とても見たかったのに。  頑張ったのに。  …青い空が、ちょっと眩しい。  ちょっと、……悲しいや。 「……。よーっし!」  ボクは勢い良く起き上がった。  ピョンと跳ねあがり、ぎゅっと手を握りしめる。 「ニル?」  ボクの様子に、リムも不思議そうに体を起こした。  ボクはリムの手を引っ張って立たせて、ニッコリ笑って言った。 「また、雨が降ったら、たからもの探しに行こうよ」  今回は見つけられなかったけど、また次があると思うんだ。  きっと。ううん、絶対!  だから、その時こそ、絶対に見つけるんだ。  だって、悔しいもん。  すっごくすっごく悔しいんだもん。  だから……だからさ………。 「うんっ、とーぜんだよ」  リムがボクにぎゅっと抱きついた。  いきなりの抱擁にボクがちょっとあたふたしていると、リムはクスッと笑った。  そうして何時ものリムの笑顔を浮かべて、口を開いた。 「ニルが悔しいみたいに、リムも悔しい。だから、また一緒にたからもの探そうっ」 「………うんっ」  そのあったかい笑顔に元気付けられ、ボクは大きく頷いた。  きっと、それはものすごい偶然だったんだと思う。 「………あれ? に、ニル! あれっ……!」 「どしたの、リム?…………うわぁ…」  驚いたリムの声。  それにつられて、顔を上げて、リムが見る空を見上げたボクは。  その光に、呆然とした。  虹色の光。七色の輝き。  大きな大きな姿。  きらめきが、溢れかえっている。  青い空が、霞んでる。 「……にじだぁ」  リムがボクの隣で呟いた。  そう、それは“にじ”だったんだ。  さっき見た輝きそのもの。  いや、さっきよりも遥かに光に満ちた、  ・・・・・・それは、大きな“にじ”だった。  “にじ”は、ゆっくり空を飛んで行った。  七色のきらめきをその身に纏って、ゆっくり青の上を滑って行った。  ボクらは追いかけた。  今度こそ。  今度こそ。  そう思って、ボクらは目を“にじ”に向けたまま、  一生懸命追っかけていった。  だって、目を離したら、また消えちゃうかと思ったから。  ボクたちを残して、消えちゃいそうな気がしたから。  でも、“にじ”は消えなかった。  悠々と空を舞い、そして、ボクたちを導きつづけ。  そして、  切り立った崖の上に降り立った。  “にじ”はしばらくそこに留まり、そしてボクらがもう少しでその場所に行けるっていうところで。  …本当に、溶かしたみたいに。  空に、その七色のきらめきを、散らせてしまったんだ。  ボクらがその崖の上に立ったときには。  空気が、“にじ”の光を吸って。  まるで海のように、優しく輝きながら、波打っていた。 「……ここ、なのかな」  辿りついた、場所。  “にじ”の根っこ。  頭の中で、あの言葉が甦る。  『虹の下には、たからものが・・・・・・・・・』  ボクらは、そっと崖の下を覗きこんだ。 「うわあぁ・・・・・・」  そこは、一面の花畑だった。  様々な色の花が咲き乱れ、甘くて可愛い香りが、風に乗って漂ってくる。  …綺麗だった。  とっても、とっても。  その色とりどりの花の絨毯は、ボクたちから言葉というものを奪ってしまうくらい、  美しく、麗しく、そして、……素晴らしかった。  『たからもの』だ。  きっと、リムも心の中で、そう思っていたと思う。  これが、たからものだ。  あの言葉は、やっぱり本当だったんだ。  すごいよ、すごいたからものだよっ。  やっぱり、虹のたからものはすごいや!  ボクとリムは、手を握って、  顔を見合わせ、クスッと笑った。  そうして、崖の縁に座って、この美しい虹のたからものを、  日が沈む時まで、ずっとずっと、眺めていた。 「ねえ、ニル」  帰り道。  リムとボクは手を握りながら、トコトコ歩いていた。  ボクはリムの呼び声に、ん?と顔を向ける。 「虹のたからもの、また見に行きたいね」  嬉しそうに言うリムに、ボクは頷いた。  場所は、もうわかってる。  虹のたからものの場所には、ボクらはもう、何時だって行ける。  でも。 「…ねえ、リム」 「わかってるよ」  ボクが口を開くと、リムの楽しそうな声がそれを遮った。  その目を見て、ボクは思わず微笑んだ。  だって。  この目は、ボクと同じことを考えている目だったから。 『また、虹が出たら。そうしたら、たからものを見に行こうね』  虹の下のたからもの。  それはきっと、虹の出た日にしか見られない、とっても素敵なたからもの。  また虹が出たら、虹の下を探しに行こう。  虹のたからものを見つけに行こう。  たくさんの、虹のたからもの。  虹が知ってる、素敵な世界。  それはね、きっと、退屈な雨を我慢したボクらへの、  虹の、素敵なプレゼント・・・・。  *** 20031017 20:31  『虹。』完成