カントー地方。トキワの森。  ここに、一匹のピカチュウが辿り着いた。  そのピカチュウに、名は、なかった。  ―――――――――― 生命の理   The Another Lives ――――――――――  冷たい、真っ黒な空。  星たちが、ただ黙ってそこに輝いていた。  彼らは、ただそこにいるのみ。  自分の存在を誇示するでもなく、  この世界を傍観するかのように、下界を照らす。  儚く、それでいて強さも感じさせるその光で。    まん丸な月が、雲の隠れ蓑から顔を出した。  自分の下に、見なれぬ命が在ることを確認し笑う。  完全に雲を取り払い、月は、面白そうに下を覗きこんだ。  このピカチュウに名前は無かった。  しかしピカチュウは、己を説明する言葉を、一つ知っていた。  自分、そして、前まで一緒にいた仲間、その全ての本質を表す言葉。  クローン。  その、機械から生み出された、人工の命は。  世界に飛び出し、ありとあらゆるところを回り。  とうとう、この場所に辿り着いたのだった。  ピカチュウは、森の入り口で立ち止まった。  辺りを見回す。  …………………いる。  何かが、こちらの様子を伺っているのが感じられた。  おそらくは、この森に住むポケモン。  この森で生まれ、育った、野生のポケモン。 「ピカ……」   ピカチュウは、小さく溜め息をついた。  森の中から感じる、その視線。  そのどれもが、ピカチュウを歓迎してはいなかった。  自分を認めない視線。  それは、自分がよそ者だから。  …でも、それだけじゃない気がした。  そんなハズはないのだけれど、どうしても、考えずにはいられなかった。  自分はクローンだ。  自然の摂理から外れた生まれ方をしたもの。  それが、どうしても頭をよぎる。  自分がクローンであるから。  だから彼らが、受入れてくれない気がして。 「ピカ…チュ」  そう、人工の命。  なのに。 「ピーカ」  この森は、すごく、懐かしかった。  自然に、ピカチュウは森の中へ一歩踏み出した。  途端。  辺りの気配が、ピリピリと鋭いものに変わったのが分かった。  敵意。  けれど、ピカチュウは構わず、森の中を歩いた。  誰にも負けない自信はあったし。それに。 「ピカッ?」  しばらく行くと、開けたところに出た。  周りを木で囲まれた、不思議な空間。  そしてその中心。  緩やかな丘の上に、すらりとした小柄な若い木が在るのが見えた。  ピカチュウは近寄り、木によじ登った。  そこは森が見渡せる、絶好の位置だった。 「ピカチュ…」  枝の上、そこにピカチュウは落ち着いた。  …相変わらず、非友好的な視線は感じていた。  けれど、気にしなかった。  この、初めてなのに、懐かしくて仕方がない森から。  出て行きたくはなかったから。  そしてピカチュウは、  トキワの森で暮らし始めた。  他のものと、関わることは無かった。  そのことに、構うことは無かった。  この森にいられるだけで。  この森を見ているだけで。  とても懐かしくて、穏やかな気持ちでいられたから。  そうして、一月が過ぎた。 「ピーカ?」 「ピッチュ」  木の下で、声がした。  のんびり昼寝を楽しんでいたピカチュウが、ちらと片目だけ開けてみると。  …やはりいた。 「ピカ…」  げんなりする。  下にいるのは、四、五匹の子供のピカチュウやピチュー。  つい一週間前頃から、その旺盛な好奇心でやってくるようになった。  …正直、いい迷惑だった。  別に関わりたいなどと思ってはいなかったし。  相手にすると付け上がると思ったので、最初は無視していた。  しかし、子供らは何時までも下にいて、ピカチュウが反応するまで騒ぎ続ける。  それが煩くて仕方ないので。  一度、威嚇してしまった事が間違いだった。  大人とは違い、怖いもの知らずの子供どもはそれに懲りることなく。  また次の日も、そのまた次の日もやってくるようになってしまったのだった。 「ピーカー…」  仕方なく、のそのそと起き上がり、威嚇でもしてやろうかと思った矢先。 「ピチュッ」 「ピカッチュー」  子供のピカチュウたちは、一目散にその場を走り去って行った。 「……ピ?」  ピカチュウはその様子に首を傾げた。  まだ、何もしていないのに…。  しかし、すぐに理解した。 「……………わねえ」  風に乗って、声が聞こえた。  人間の声だった。  そう、子供ピカチュウたちはこの足音を敏感に聞き分け、素早く逃げ出したのだった。  木の上にいて、しかも子供達に気を取られていたせいで、  ピカチュウはそのチャンスを逃した。  仕方なく、そのまま葉の陰に身を隠し、様子を伺う事にした。 「いい気持ちだわぁ。ねえ、レイシー」  人間の女。  一人…ではない。  その腕には小さな人間が抱かれていた。  初めて見る、人間の子供。おそらく、赤ん坊というもの。  ピカチュウは自分のいる木に向かってやってくる人間らを、ただじっと見つめた。 「あっ、まンま。きゃぅー」 「ん。いい子ね、レイシーは。さあ、ここでちょっと日向ぼっこしましょ」  しかし、呑気に事を傍観していたピカチュウは、次の瞬間ギョッとした。  その人間の発した言葉に。  な、この人間、まさか…。 「んー。いい気持ち」  ピカチュウの予感は、見事に的中した。  人間はこの木の根元に座り込み、なんと日向ぼっこを始めたのだった。  降りるに降りれない。  逃げるに逃げられない。 「ピカ…」  ピカチュウはこの場を去ることを諦めた。  もし、あの人間がポケモンを持っていたとしたら。  バトルは避けられないだろう、多分。  負けるつもりは無かったが、戦うのは面倒だった。  君ピカチュウ、危うきに近寄らず。  興味が全く無いわけではなかったので、ピカチュウはこの二人を観察する事に決めた。  赤ん坊の名は、『レイシー』というらしい。  盛んに母親と思われる人間がそう呼び掛けているから、そう推測した。  母親の方は不明だ。  まあ、いい。  別段不備も無いし、母親は『彼女』でいいだろう。  その後、ピカチュウは思いきって。  一番下の枝。  彼女の頭の、ほんの五十センチほど上にある枝に、恐る恐る降りていった。  とても近い。  ドキドキしながら、そっと覗きこんだ。 「きゃっ、あやっ」 「あらあら。お姫様はご機嫌ね。森が気に入ったの?」  ピカチュウは二人の様子を、じっとじっと見つづけた。  …目が、離せなかった。  そうこうしているうちに、彼女がうたた寝を始めた。  静かになる。  彼女の頭が。  こっくり、こっくり。  揺れ始める。  それをしっかり確認してから、ピカチュウは地面に飛び降りた。 「あーー」 「ピカッ!?」  突然の声。  びっくりして振り向く。 「ピ、ピカ?」  見ると、彼女の腕から、レイシーが盛んにこちらに手を伸ばそうと試みていた。  小さな手が、宙を掻く。  その目が、自分を見つめている。 「だぁーあっ。やっ」 「ピカ…」  自分に向かって伸ばされる手を、ピカチュウは思わず一歩下がってから。  じっと。見つめた。  …何かを求めて、伸ばされる手。  ひたすら、それを求めて。  それだけを求めて……。 「きゃっ。なっ、なにっっ?」  ハッとして顔を上げると、彼女が目を覚ましていた。  こちらを見る目が、驚きで見開かれている。  ピカチュウは瞬時に後退り、踵を返して駆け出した。  叢へと飛びこみ、身を潜める。  …ドキドキしていた。  そこから去る事はせず、ピカチュウは草の陰を歩いて、また木の方へと戻った。  彼女はまだレイシーと共に、そこに座っていた。  それを見て、何故か少し安心する。  風が吹くのにあわせて、ピカチュウは再び木によじ登った。 「…あー。ビックリしちゃった。んー。でも、あのピカチュウには、ホント、悪いコトしちゃったわね」  今度は一番下ではなく、真ん中辺りの枝に陣取った。  彼女が呟いているのが聞こえる。 「でも。野生のピカチュウかぁ。初めて見ちゃった、しかもあんな近くで」  彼女は、××さんに自慢しちゃおっ、とクスクス笑って立ち上がった。  慌てて、ピカチュウは身を隠す。  彼女は半ば茜色をしている空を見上げて、明るく言った。 「もう、だいぶ日が傾いたし。…帰ろっか、レイシー?」  キャッキャッと、レイシーも笑っているようだった。  その声が段々遠ざかるのを聞き、ピカチュウは顔を上げた。  森の入り口へと去って行く、彼女の背中が見えた。  ピカチュウはじっと、その背中を見送った。  これが、初めだった。  あれ以来、子供のピカチュウたちはやってこなくなった。  その代わり。 「あ。こんにちわ、ピカチュウ」 「……ピカ」  あの人間の親子が、毎日やってくるようになった。  あの人間、彼女の名前はリヴィア、と言うそうだ。  ピカチュウが自分たちを見ていることに気付いた彼女が、  わざわざ教えてくれたのだった。 「ピカチュウ。私はリヴィアって言うのよ、よろしくね」  という具合に。  ちなみに、あの赤ん坊はレイシェル。  だから、レイシーなんだそうだ。  彼女、リヴィアは毎日ピカチュウのいる木までやって来た。  さすがに雨の日、その次の日は来なかったが。  それを除けば、ほぼ毎日決まった時間に来る。 「ねえ。こっちに来ない?」  木の上のピカチュウに、リヴィアは何時も呼びかけた。  笑顔で。  けれど、ピカチュウは木から降りる事すらせず、ただじっと上から見下ろすだけだった。  何もしないのに、とリヴィアは肩を竦めて言った。  でも、ピカチュウは降りなかった。  じっと上から見つづけた。  レイシーは、ピカチュウを見ると必ず手を伸ばした。  飽きることなく、何度も何度も。  その手が触れることは無かったが、レイシーはピカチュウに手を伸ばしつづけた。  きゃっきゃと笑いながら。 「あなたがよっぽど好きなのね」  リヴィアの言葉は、良く分からなかった。  ある日。レイシーがピカチュウを呼んだ。  今までも何度か、ピー、とか、チャー、とか呼ばれた事はあったが。 「ぴか…ぴかちゃっ」  なかなか正確だった。 「凄い凄い。レイシー、ピカちゃんの名前がわかるのね」  何時の間にか、自分はピカちゃんと呼ばれていた。  まあ、構わないが。 「まンま、ぴかちゃっ」 「そうよ、ピカちゃん。偉いわ、レイシー」  …偉いのか?  多少、疑問に思った。  そういえば。  自分はもう、生まれたときから言葉がわかっていた。  多少の知識を持っていた。  自分がクローンだと知っていた。  …………今まで気にした事が無かった。  自分はそうだと知っていた。  じゃあ、レイシー、この人間の赤ん坊はどうなのだろうか。  自分がどうやって生まれたのか知っているのか?  言葉をもう知っているのか?  知識があるのか?  考えて、考えて。  でも、何も分からなかった。  …自分は、ピカチュウ。相手は人間。  比べる事が、そもそも間違いなのかもしれない。  でも……――――。  それからも、この小さな進展の無い付き合いは続いた。  毎日毎日、同じことの繰り返し。  しかし。  確実に時間は流れていたらしい。 「ねえ、ピカちゃんっ。見て見て、レイシーが歩くようになったのよ!」  ある日、リヴィアが嬉しそうに言ってきた。 「ほら、見て! 凄いでしょ!?」  四つん這い歩きが、二本足歩き。  彼女の言う通り、レイシーは頼りなくだが、その小さな二本の足でしっかり歩いていた。  大地を捉え、一歩一歩、確実に。 「ぴかちゃっ!」  こっちを見て、笑うレイシー。  それを見て、微笑むリヴィア。 「ぴーかーちゃ、まーま、ぴかちゃ!」 「そうね、レイシー。ピカちゃんと同じに歩けるようになったのよ。偉いわー」  楽しそうな二人。  親子。  生んだもの、生まれたもの。  そう言う関係。  少しづつ、分かってきたようで。  まだ何も、理解できていない。  命とは、なんだ?  親子とは、なんだ?  本物の命とは何だ?  偽物の命とは何だ?  命。  今、自分は生きていて。  今、レイシーは生きていて。  リヴィアだって、生きていて。  生きることに、差はあるのだろうか。  この親子と触れる事によって、芽生えたこの思い。  でも、それと同時にもう一つの思いが芽生えたのも確かだ。  自分は。  こんな触れ合いを知らない。  生まれたときから一人だった。  覚えてないんじゃない。  いない。  親そのものが、いないのだ。  それが、果たして正しい命と言えるのだろうか。  いえるのだろうか……。 「レイシー。上手よぉ。ほら、おいでー」 「あっ、うぅあ。きゃぁ〜」  何故。  何故、自分はこんなに悩まなければならないのだろうか。  無邪気に微笑む赤ん坊が、レイシーが。  羨ましかった。  憎らしかった。  親を知っている、命。  親を知らない、命。  ピカチュウは。  初めて、憤りを覚えた。  それは、魔が差したとでもいうのだろうか。  何時に無く晴れた、気持ちのいい日だった。  ぽかぽか太陽。  さらさら吹く風。  その風が運んで来る、野花や草のいい匂い。  葉や鳥の奏でる、涼やかな音色。  とても気持ちいい日で。  絶好のお昼寝日和といえた。 「さあ、お昼寝しましょうねー、レイシー」 「あーぅ」  そう言って、リヴィアのほうが寝てしまったのも、仕方ないだろう。 「あう? あっ、やー」  最初は大人しくしていたレイシー。  しかし、退屈してきたのだろう。  すやすやと、寝息を立てるリヴィアの腕からするりと抜け出し。  覚えた手の二足歩行で、一人で歩き出した。  その様子に、木の上から見ていたピカチュウはギョッとする。  とてとてとてとて。  バタンッ!  転んだ。  レイシーは地面に倒れたまま、キョトンとしている。  泣くか? 泣くのか?  ピカチュウは木の枝から身を乗り出して、レイシーを見つめる。 「……………ぅきゃあ!」  泣かなかった。  めげずに起き上がり、レイシーは再び歩き出す。  リヴィアが見ていたら、「偉いわっ、強い子ね、レイシー!」と喜ぶところだろう。  とことこと元気に歩き出したレイシーを見送りかけて、ピカチュウはハッと我に返った。  慌てて覗き込む木の下。  木の下。  リヴィアは、寝ている。  そうこうしているうちに、レイシーの姿が見えなくなった。 「………」  ピカチュウは、そっと木を降りた。  リヴィアを起こさぬように細心の注意を払って。 「…ピカ」  そうして、眠るリヴィアを一瞥してから、  ピカチュウはレイシーの後を追っていった。  “心配だったから”?  ………違う。  この時、すでにモヤモヤが動きだしていたんだろう。 「うー、あ、あーぅ」  一人行進を続けるレイシー。  ピカチュウはその後を追う。  そしてその後を追いながら、ずっと考える。  頭から離れない、命の事を。 「………んま、あぅ」  行進途中のレイシーが、叢の花に目を止めた。  立ち止まり、座り込んで、その桃色の小さな花を見つめる。  じっと。  ずっと。  そして。 「きゃあっ!」  笑った。  ピカチュウは、そんなレイシーをただじっと見つめていた。  ………………胸が、痛んだ。  次にレイシーは、小さな小川にやって来た。  きらきらと流れる、小さな光の集まり。  レイシーは、それに目を輝かせて近付いていく。  ピカチュウも、その後を追う。 「いーだ、あぅぃーだっ」  川に手を突っ込み、キャッキャッと笑う。  ピカチュウは何もせず、ただ見ていた。  レイシーのすること、為すことを。全部。  痛む胸を、押さえながら…。  そしてまた、レイシーは歩き出した。  森の奥へ。  やってきたのは。  切り立った、崖。  一歩間違えれば、ただじゃすまない。  そんな場所。  レイシーは何も知らずに、そこをあるく。  よたよたと、崖の縁を、笑って歩く。  何も知らない。  何も知らないから。  と、  レイシーが足を止めた。  立ったまま、じっと、空を見上げる。  崖の縁に立ったまま。  じっと。  ずっと。  その時だった。  何かが、ピカチュウの背中を押したのは。  何かは、わからない。  でも確かに、何かがピカチュウの背を押した。  黒いモヤモヤ。  嫉妬?  羨望?  怒り?  憎しみ?  わからない。  でも、ずっと感じていた、モヤモヤ。  レイシーに感じる、  この思い。  それが。  泣きたいような、衝動。  どうしても消えない、劣等感。  悩んでも悩んでも、見つからない答え。  それを抱える自分への、嫌気。  何も知らずに笑っているレイシーへの、憎悪。  心臓が。  煩かった。  いたかった。  (ピカチュウは、レイシーに向かって、一歩踏み出した。)  …きっとコレは、ずっと自分が抱えていた思いなのだろう。  どうしようもできなかった、意識。  逃れられない、運命。宿命。  逃げたいのに。 捨てたいのに。 でも、自分にはそれが出来なくて。  (また一歩、踏み出す。)  何も知らずに笑っているレイシーが、  何も関係無いのに、  悪くないのに、  (一歩、一歩、一歩。)  止まらない。  止めたい。  でも。  わからない。  怖くて、悲しくて、寂しくて、淋しくて、嫌いで。  でも、好きで。  (あと、一歩。)  ピカチュウは笑った。  目の前にあるのは、命。  羨ましかった、命。  壊したかった、命。  コワシタカッタ。  ああ。  そっか。  唐突に理解した。  …自分にないものを持っている、命。  羨ましくて、憧れてて。  欲しかった。  自分も、そんな場所が欲しかった。  無条件で愛してくれるもの。  無条件で受け入れてくれるもの、  そんな場所が。  だから、見ていて幸せだった。  楽しかった。  嬉しかった。  同時に。  ………………………………………憎かったんだ。  ピカチュウは、震える手を伸ばした。  何も知らない、命。  目の前にある、命。  レイシーという名の、命。  クローンの自分とは違う、命。  名前の無い自分とは違う、命。  震える手。  前は崖。  崖。 「…! あう?」  いきなり、何の前振りもなく、レイシーが振りかえった。  ピカチュウは驚き、後退る。  手を引く、  身を引く。  レイシーは、自分のすぐ後ろにいたピカチュウにキョトンとした。  しかし、すぐに。 「きゃあ!」  笑った。 「…………ッ!」  無邪気に、屈託なく、  レイシーは笑う。  嬉しいから、楽しいから。  レイシーは笑っている。  何も知らないで…… 「ピ…カ………」  ピカチュウは、何も言えなかった。  その笑顔を前に、何も言えなかった。  ただ悲しくて、  ただ苦しくて。  垣間見た、自分の中の闇。  気付いてしまった、大きな闇。  それが、この笑顔の前では。  …とても、醜くて。 「あ、あー…?」  と、レイシーが声を上げた。  ピカチュウは顔を上げて。 「!! ピカピー!?」  見えたのは、宙に浮くレイシー。  体のバランスを崩し、空に浮いた、  ひとつの命。 「あーぅ?」  不思議そうな声。  何も知らない声。  落ちる。  落ちる。  ピカチュウは。  飛び出した。  目を開けた。  体を起こしかけて、体全体に走るその酷い痛みに顔をしかめる。  そして、思い出す。  落ちるレイシーを追って、自分も飛び降りたことを。  その体を抱き締めて、一生懸命庇ったことを。 「………ピカピー…」  ピカチュウは呼んだ。  小さな声で、名前を。 「……ピカピー?」 「………………………ぴかちゃ?」  ひょっこっと、レイシーが顔を出した。  倒れたまっめをパチクリさせるピカチュウに、首を傾げる。 「ぴかちゃ? ぴーかーちゃ?」  無事、だった。 「あう? ぴかっ、ちゃ! あ、きゃぁー」  とても楽しそうな声。  …胸が、詰まる。  ……………ピカチュウは、  …………………………………泣いた。  涙があふれるまま、  零れるまま。  ピカチュウは、静かに泣き続けた。  嬉しかった。  この命を失わせずにすんだことが、  今は何より、嬉しかった。    to be continued...