花 舞 う 街 で   ― Remember A Time ―    もしも君に巡り逢えたら 二度と君の手を離さない      春の終わり告げる花御堂 霞む花一枚     蘇る 思い出の歌  この胸に 今も優しく  引越し前夜。  僕は友達に「今までありがとう」というお決まりの挨拶を言ってまわっていた。  泣きじゃくる友達に、笑顔でさよならを言って、僕は最後の一軒を出た。  ふと見上げたら、空はすっかり暗い。  もう、七時は過ぎているのかな。  こんなことになるんだったら、ちゃんと昨日のうちに……別れを告げておくんだったよ。  今更だけれど、そう思われて仕方なかった。  ・・・・・・でも、僕は別れなんて告げるつもりは全く無かったんだ。  何も言わずに、次の日にはもういなくなってる。そんな、漫画みたいなカッコイイことがしたかったのに。  そしたらママが、「お世話になったんだから、ちゃんとお礼を言わないとダメでしょう!」って……  だから、こんな夜遅くにまわることになったんだよね。  ・・・・・・・そりゃ、ないよ。ねえ。  ふと、目の前を一片の花びらが通りすぎた。  ん?と思って、僕はその薄桃の花弁が飛んできた方に目をやった。  とても綺麗な桜の木がそこにあった。  重そうに見えるくらい、たくさんの花を咲かせている。 「うわぁ…きれいだなぁ……」  引き寄せられるように、僕は桜の木に向かって歩いて行った。  もう辺りは暗いというのに、その白い花はまるで発光しているかのようにその儚い姿を闇に浮かび上がらせていた。  強くは無い、けれどしっかりした自身の主張。  僕はその姿に、とても強く惹かれた。 「…こんなきれいな花が咲いてたなんて、全然知らなかったよ」  明日引越しということが、悔やまれて仕方なかった。  どうせなら、もう少し早くこの場所の事を知っていたかったな。僕はそう思った。  風が吹いた。  さぁあぁぁ、と花がざわめき、僕は目にかかる髪を払った。  涼しげな夜の風に乗って、仄かな花の甘い香りと、 「・・・・・歌・・?」  か細い、調べが聞こえた。  僕は歌の出所を探した。  とても小さな……よくよく耳を澄まさなければ聞き取れないような歌。 「・・・誰だろう・・」  どうも、歌は山のある方角から聞こえて来るようだった。  この先にある、お月見山の方から。  僕は少し躊躇し、けれども山の方角へと一歩踏みこんだ。  当然だけど、登る気はなかった。  でもできるだけ、その小さな歌を聞き取って見たかったんだ。  桜の木から、少し歩いた場所。  土手の草むらの中から歌は聞こえてきていた。  僕は土手の上で、そっと様子を伺った。  ・・・・・ふいに、歌が止む。  カサカサッと、若草色が蠢いた。 「ピッ?」 「・・・・あ」  ひょこっと、ちょうど僕の真ん前に顔を出したのは・・・・・・  ピンク色の体をした、小さな妖精。 「ピッ、ピピッ!」 「え、まっ、待ってよピッピ!?」  一匹のピッピだった。  僕の存在にギョッとして、再び草むらに飛びこもうとしたピッピを、僕は慌てて引き止めた。  違う、僕は歌に惹かれてきただけで…歌が聞きたかっただけなんだってば! 「なっ、なにもしないよ! いかないでよ、ピッピ! 歌聞かせてよ!!」 「・・・・・ピ?」  僕の気持ちが通じたのか、草むらに飛びこんだピッピが、再びヒョコッと顔を覗かせた。  ぴこっと耳を震わせて、首を傾げて僕のほうを見ていた。  僕はピッピが止まってくれた事に安堵し、その場にへたぁっと座り込んでしまった。 「はぁ。・・・・・ごめんね、おどろかせちゃって」  僕がそう言って笑いかけると、ピッピは少しオドオドしながらも、僕の方へとピコピコ歩いてきた。  そうして、三十センチくらい離れた場所で止まると、「ピピッ」と笑顔を浮かべた。 「いつも、ここで歌ってるの?」 「ピッ」  僕の隣にちょこんと座りかけたピッピは、僕の問いにコクンと頷いた。  そうして、離れたところに見える桜の木を指差し、パァーッと両手を宙に広げた。  …言葉は通じないのだけれど、ピッピの言いたい事が僕は分かる気がした。 「えーと、あれだよね。あの桜の木の花が、風に吹かれてこっちに飛んできて・・・・・すっごいきれいなんでしょ?」 「ピピピッ!」  うんうんとピッピは嬉しそうに頷いた。  どうやら、このピッピと僕の感性は、なかなかどうして同じものがあるらしい。  僕とピッピは顔を見合わせて、にこっと笑った。  僕らは、もう友達だった。  明日引越しで、もうお別れなんだということも忘れ、  僕はピッピと、しばらくの時を共有した。  人間の友達みたいに、おしゃべりして笑いあうわけじゃない。  ただ座って、真っ暗な空に流れていく、白や薄紅の桜の花びらを、並んで見送っているだけ。  静かで穏やかな時間を共に過ごして、…その時間は、なんだかとても良い感じだったんだ。  ピッピが歌い出した。  不思議な旋律を、気持ち良さそうに空気に響かせる。  その歌は桜の花びらの舞う風景ととても相性が良くて、ちょっとオカルティックで幻想的な空間をこの場に作り出していた。  僕は目をじっと、ピッピと桜の作り出す空間に浸っていた。  空の高い場所で輝いていた銀月が、少し傾いた頃。   ピピピピピッ。 「あ?」 「ピピッ?」  突然、僕のポケットが鳴り出した。  ピッピは歌を中断し、ごそごそとポケットを漁る僕の手を覗きこんだ。 「・・・・・ママだ」  鳴ったのはポケギア。ママの着信だった。  きっと、早く帰れって言う催促の電話だ。 「・・・・ピッピ、僕、もう帰らなくっちゃ」 「ピッ!」  そうした方が良いよ、そうピッピは頷いたみたいだった。  僕は立ちあがって、ピッピに小さく笑いかけた。 「…ありがとう、最後の日に、君に出会えて良かったよ」 「ピ?」  僕の「最後」という言葉に、ピッピが不思議そうに首を傾げた。  もう来ないの?そう問いかける黒いつぶらな瞳に、僕は微かな痛みを抱えながら頷いた。 「うん。父さんの、転勤で・・・・・今日が、最後の日だったんだ」 「…ピィ…」  僕の沈んだ声に、ピッピもしゅんと俯いた。  ・・・僕らは本当に相性が良かった。  過ごした時間は、ほんの僅かなものだったけれど。  でも、その僅かな時間だけで僕らは、互いの、大切な存在になっていたんだ。  だから、別れはとても辛かった。  もっと早く出会えていたら、本当にそう悔やまれて仕方が無かった。 「ピッピ!」  ピッピが、僕に手を差し伸べた。  トテテっと小走りで道の先に立ち、再び手を差し伸べる。 「・・・・送ってってくれるの?」 「ピピッ!」  僕はありがとう、と微笑んで、ピッピの小さな手を取った。  僕らは二人並んで、大きな枝を広げる桜の下を歩んだ。  桜の花は本当に綺麗で、僕ら二人は口を開くことなく、風景に意識を寄せたまま静かに歩いて行った。  ハラハラ、ハラハラ。  散りゆく桜の儚い美しさには、何も勝らないようだった。  闇夜に浮かぶ異質さが、一層幻想的に感じられて。  まるで、このまま何処か違う世界に行ってしまいそうな錯覚さえ覚えた。 「・・・ここでいいよ、ピッピ」 「…ピ」  大分町の明かりが強くなった。  道の途中で僕は立ち止まり、ピッピの手を離した。  ピッピに向き直り、その場にしゃがみ込んでピッピと目線を合わせた。 「ありがとう、ピッピ」 「ピピッ」  僕とピッピは、ニッコリ笑いあった。  本当に御別れ。  明日にはもう、僕は違う場所にいる。  とても残念でならなかった。  もっとピッピと・・・・・時間を共有したかった。 「ピピィ・・・」  ピッピも僕と同じ気持ちなんだろうか。  別れを惜しむように、じっと僕を見つめている。  僕は、笑いかけた。 「ピッピ、また会おうね」 「ピッ?」  キョトンとしたピッピの頭を撫でて、僕は一つの約束をした。 「僕、またここに帰ってくるから。ピッピと、あの桜に会うために」  パチパチと瞬きするピッピに、僕は小指を差し出した。 「・・・・・・約束」  ピッピは逡巡し、それからパァッと顔を輝かせて、 「ピピッ!」  と僕の小指を両手で挟んだ。  僕とピッピの、一つの約束。  また、この場所で。  いつ叶うか分からないけれど、でも。 「・・・・またね、ピッピ」 「・・・ピピッ」  僕とピッピは、桜の花の下、  道を違えた。    Time after time  君と出遭った奇跡      緩やかな風吹く街で  そっと手を繋ぎ 歩いた坂道           今も忘れない約束    風に君の声が聞こえる  薄氷冴返る 遠い記憶      傷つく怖さを知らず 誓った  いつかまたこの場所で     巡り逢おう 薄紅色の  季節が来る日に 笑顔で    ひとり 花舞う街で  散らざるときは戻らないけれど      あの日と同じ 変わらない景色に                 涙ひらり 待っていたよ  七年という月日が、あっと言う間に過ぎ去った。  十五歳となった僕は、ここを去った七年前の同じ日に、お月見山へと戻ってきた。 「・・・・・・ここは、変わらないな」  確実に七年前より大きくなった桜の木が、僕の前に聳えていた。  それども、大きさが変わっただけ。  本質的には全く、桜の木は変わらぬ状態で、戻ってきた僕を温かく迎えてくれた。  そっと幹に歩み寄った僕は、手を置き、真昼の青空に溶ける薄紅の桜の花をじっと見つめた。  変わらぬ、幻想的な雰囲気。  目を閉じれば、あの時のピッピの歌が聞こえてきそうだった。  ・・・・そういえば、 「あのピッピは・・・・・・」  周りを、僕は見渡した。  歌の声が聞こえないか、耳も澄ませた。  けれども、あの不思議な空間を作り出していた旋律は、何も響いてこなかった。  からかうような風の音だけが、桜の微笑を遠くへと連れて行く。 「・・・・・・・いるわけ、ないか」  少しガッカリしつつも、僕はその当然のことに自嘲した。  だって、七年だ。七年もかかってしまった。  僕だって、新しい家の側に桜の木が無ければ、こんな約束の事は忘れてしまっていただろう。  人間の僕でさえそうなんだ。ピッピをバカにするわけじゃないけれど、さすがに七年もたってしまったら・・・・ 「ピピッ」  聞き覚えのある声より、少し低めな声が聞こえて。  ハッと、僕は振りかえった。  数メートル離れた、草むらの中。そこに、 「・・・・・・ピッピ?」 「ピピッ!」  一匹の、ピクシーが顔を覗かせていた。  ヒョコンッと草むらに姿を隠したかと思うと、ガサガサっとこちらに飛び出してきた。 「ピッ!」  僕の前に立って、ピッピ…いや、ピクシーはあの時と変わらぬ笑みを浮かべた。  手を差し出す。 「ピピッ」  おかえり。  僕は一瞬呆けて、それからすぐに笑顔を浮かべた。  差し伸ばされた手を、しっかり握った。 「・・・・・ただいま」    Time after time  君と色づく街で  出会えたら もう約束はいらない      誰よりもずっと 傷付きやすい君の                  そばにいたい今度は きっと  *** 20040225  歌小説2。発案・完成。   「Time after time 〜花舞う街で〜」 song by : KURAKI MAI