Memories ―スマイル― ――笑って、笑って。      皆で笑えば、ほら、ね…――                  [1] 「グッッモーーーーーニン、みんなっ☆」  朝。  太陽が僕らに挨拶する。  新しい1日の始まりだ。 「あ、おはよう、スマイル!」 「スマくん、今日も元気だね〜」 「うんっ。さあっ、今日も1日、みんなで楽しんでこーー!」  みんなが笑う。  僕は、それがとても嬉しい。  好きだ。  だから、僕は笑うんだ。  僕が笑えば、みんなも笑うから。  僕は笑い続ける。  地顔って言ったら、お終いだよ。  僕にだって、悲しい顔くらいできるもの。  でも、そんな顔はしないよ。  僕は笑うんだ、そんなのに関係なく!  だって、みんなに笑ってもらいたいじゃない。  みんなの笑顔が、僕は大好きなんだから。  もうわかった? 僕が誰なのか。  僕は、キマワリ!  名前はスマイルさっ。                  [2] 「マダム・ライズ〜、おはよー!」  向こうの方に、見なれた姿を見つけた。  僕が駆けてくと、気付いた彼女は降りかえり微笑んだ。 「おや、スマイル。おはよう、今日も元気だね」 「うん。マダムも元気?」 「当然さね。私はまだまだ若いんだから」  彼女はライズさん。  パラセクトのあばあちゃんだ。  みんな、ライズさんって呼ぶけど。  僕は尊敬の意味をこめて、マダム・ライズ、って呼んでる。  え? マダムの意味?  ……実は知らなかったりして。  うーん。実はコレ、僕が始めたんじゃないんだ。  以前来た、旅人のカビゴンとネイティ。  その二人がそう呼んでたから真似しただけ。えへへ。  だってカッコイイしょ?  その後に来た失礼なネイティオは、ばあさんとか言ってた。  まぁ、マダムは笑ってたけどね。  さてさて。  マダム・ライズについて紹介しようか。  マダムはね、僕らの長の奥さんなんだ。  あ、言っとくけどね、僕らの長って言っても、キマワリじゃないよ。  もっと威厳があって、カッコいいんだから、長は。  …キマワリだと、どうしても威厳は出ないからね。うん。  って、話が脱線しちゃった。  えーと。  この辺一帯は、みんな僕らの長がまとめてるんだ。  とっても平和さ。みんな長が好きだし。  でね、その奥さんであるマダムはとても優しいんだ。  明るくて、元気で、話しやすくて。  みんな、マダム・ライズが好きなんだよ。  パラセクトだから色々な薬の作り方知ってるし。  自分は若いとか言ってるけど、やっぱり長生きだから物知りだし。  社交性もあるし、  度胸もあるし、  強いし。  ホント、頼れるんだ。                  [3]  みんな、マダム・ライズが好きだ。  でも僕は、それよりもっとマダムのことが好きで、尊敬してる。  僕にとって、マダムは恩人なんだよ。  僕はもともと、ここの生まれじゃない。  ここから、もう少し離れた花畑で生まれたんだ。  ………まあ、色々あってね。  ヒマナッツのとき、ここにやって来たんだ。  そうだなあ、もう七年以上は前だよね。  ここまでの旅はさ、やっぱ未進化弱小の僕には結構なもので。  僕は、ずたぼろの状態で辿り着いたんだ。  そう、生きているのがやっと、みたいな。  でね。  そんな死にそうだった僕を助けてくれたのが。  わかるよね。マダムだったんだ。  マダムの懸命な介抱のお陰で、僕は生き延びた。  その後も色々と生活の世話をしてくれたり。  本当、命の恩人なんだよ。  ……そうだね。ある意味お母さんなのかな。  育ての親? うん、かもしれない。  あとね、僕に“たいようの石”を持ってきてくれたのも、マダム・ライズなんだよ。  貴重な石のはずなのに。  他にも必要としている子もいたはずなのに。  僕なんかに。  だから、僕はマダム・ライズが誰より好きで、尊敬してるんだよ。                  [4] 「スマイル? どうしたんだい、笑っちゃって」 「……地顔だよ、マダム・ライズ」  僕が言うと、ポンとマダムは手を叩く。 「ああ、そうだったねえ。この頃忘れっぽくて…」 「うそっ! わざとのくせにっ!」  白々しいマダムの嘘に、僕は口を尖らせた。  それを見て、マダムがケラケラ笑う。 「そう怒らないでくれよ。仕方ないだろ。私はもう年なんだから」 「さっきまで、まだ若いって言ってたじゃん!」  笑うマダムと、怒る僕。  ううん、でも僕は怒ってなんかないよ。  だってマダム・ライズはいつもちゃんと言ってくれるんだもん、ホラ。 「スマイル。私はお前の笑顔が好きなんだよ。だから、もう口を尖らせたりしないで、ほら、私に笑って見せてくれないかね」  ね?  だから僕は言うんだ。 「…仕方ないなあ」  ってね。  そうすると、マダムは笑うんだ、僕の大好きな顔で。 「そう。いい笑顔だ。こっちも嬉しくなるネエ」 「そうかな?」 「そうさ。お前はいつでも笑っていておくれ。みんなに笑顔を分けてあげるんだよ」  マダム・ライズは優しい。  みんなの事を、いつも一番に考えてる。  みんなが笑顔でいること。  それが一番嬉しいコトだって、マダムはいつも言ってる。 「いつも笑えとは言わないさ。泣きたい日があってもいい。でもね。その次の日には笑っておくれ。悲しみからは何も生まれやしないんだ。笑顔から明日が生まれるんだよ。いいかい、お前が明日を作るんだよ。だから、ほら、笑っておくれ」  優しいマダムが僕は大好きで、喜ばせたくて。  僕はいつも笑ってたんだ。                  [5]  そんなある日。  マダム・ライズが、病気になった。  突然の事だった。  それを知ったみんなは、ずっと不安で心配で。  僕も、落ち着かなくて。  だから僕は、すぐにマダムのお見舞いに行ったんだ。  長に頼み込んで、少しだけ、会わせてもらえる事になった。 「マダム……」  苦しそうなマダムは。  僕に気付くと、笑顔を浮かべた。苦しそうな。 「スマイル、来たのかい」 「うん。来たよ。…大丈夫なの?」 「大丈夫さ。こんなの、寝てれば治る」  そんなに簡単な病気じゃない気がした。  でも、僕は何も言わなかった。  ……逆に、マダムが口を開いてきた。 「それより。…スマイル、何でそんな顔をしているんだい」 「え? 顔?」  今日の僕は、当然のコトながら笑ってなかった。  悲しい顔だ。 「なんで笑ってくれないのかね」  ギョッとした。  ちょ、ちょっとマダム!? 「わっ、…笑えないよ。マダムが大変だって言うのに……」  そうだよ。どうして笑えるの?  マダムが、マダムが……。 「大馬鹿者!!」  怒鳴られた。  青白い顔で、マダムは僕を叱咤する。 「お前がそんなでどうする! いつも笑ってるお前がそんなんでどうするんだい!! こういうときこそ、お前が笑うのさね。暗い雰囲気をふっ飛ばすんだよ」 「で、でも……マダム…………」  首を振る僕に、マダムは優しく言い聞かせるように言葉を紡ぐ。  優しく笑って。  僕をじっと見て。 「………いつも言っているだろう。私はお前の笑顔が好きだって。…笑っておくれ」                  [6]  僕は、笑った。 「何で笑ってるの、スマイル? ライズさんは、そんなに悪くないの?」 「大丈夫なんだね? そうだね。お前が笑えているのだから……」  僕は何も答えない。  何も言わない。  ただ、笑いつづけた。  意味?  意味はあったよ。  僕が笑うのは、それがマダム・ライズの願いだから。  僕の笑顔を、  みんなの笑顔を、  誰より望んでいた、マダムの願いだったから。  そして僕は、そんなマダムの願いをかなえたくて。  だって、僕はマダムが大好きで。  だからマダムのために。  マダムが喜ぶ事をしてあげたくて。  僕は笑い続けた。  毎日、毎日。  でも、マダム・ライズの病気はなかなか治らなかった。  みんなも、段々怪しく思い始めてきていた。  でも僕は、笑い続けた。                  [7] 「何で笑っていられるんだい、スマイル! ライズさんが大変だっていうのに」 「恩なんて忘れちまったんだろ。フン。ライズさんも可哀相に…」 「スマくん、酷いよッ! ライズさんが病気なのが嬉しいの!?」  でも、僕は。  笑い続けた。  みんなのイライラも、悲しみも、責めも。  僕は受け止めて、笑い続けた。  笑いたくなんかないさ。  うれしい? そんなことあるわけないよ。  悲しいよ、泣きたいよ。  誰かのせいにして、わんわん喚きたいよ。  でも。  僕は笑うのを止めなかった。  だって、僕が笑ってる事。  それが、マダム・ライズの願いで。  マダムに喜んでもらう事、それが僕の願いだったから。  僕にはそれくらいしか。  マダムにしてあげられることがなかったから。  ねえ、マダム。  早く元気になってよ。  僕だけじゃ、みんなを笑わせられないんだよ。  マダムがいなくちゃ、駄目なんだよ。  ね、マダム。  早く元気になって。  口元を吊り上げて、目を細めて。  楽しい事を、いっぱいいっぱい頭に思い描いて。  …笑う、って  こんなに難しい事だったっけ?                  [8]  こうして、日は過ぎていった。  僕は毎日笑いつづけ、そんな僕をみんなは悲しそうに見ていた。  …きっと、誰かが事情をマダムに聞いたんだろう。  もう誰も、笑う僕を責めたりしなかった。 「マダム……」  沈みゆく日を見つめながら、僕は呟いた。  もう、一種の願掛けだったんだよ。僕にとって、笑う事は。  僕が笑ってれば、マダムはきっと良くなる。  ずっとずっと、そう信じていたんだ。  そう信じていたくて、だから僕は………… 「スマイル!」 「…………え?」  聞き覚えのある声に、僕はハッと振り返る。  オレンジ色の夕焼けの中。  僕は、大好きな人の姿を見つけた。  その次の瞬間、  僕は走って、駆け寄って。 「心配かけたね、スマイル」 「…………ううんっ!」  抱き着いてきた僕に、マダムが優しい声をかけてくれる。  思わず、涙があふれる。  マダムが笑いながら尋ねてきた。 「おやおや。どうしたんだい、笑いながら泣いたりして」  そのからかい口調のマダムに、僕は強がって答える。 「…これは、つまり………僕の、得意技なんだよ……」                  [9] 「全くお前は。ホラッ、またヘラヘラ笑っている!」 「も、戻んないんだよぉ、マダムー!」  そして僕らは、日常に戻った。  いつも通りの日々。  マダムの好きな、平和な日々。 「ライズさん。まあ、いいじゃないか。スマイルの笑顔を見ていると、こっちまで楽しくなってくるんだから」 「うん、面白いよねッ」  みんなの笑い声。  でも、今の僕はちっとも嬉しくない。素直に喜べない。  …だって、笑いたくて笑ってるんじゃないんだよ、僕。  この間の笑顔が戻らないだけでさぁ…。 「まあ、そうだね。私もスマイルの笑顔は好きさ」  マダム・ライズが答える。 「でも! けじめは大切なんだよ。聞いてるかい、スマイル!」 「き、聞いてるよぉ〜!!」  泣きたい。  でも、顔が戻らないんだよォ……。  ああ、もう!  しばらくは笑顔なんてみたくないやいっ!! ――笑って、笑って。  みんなの笑顔が、僕は大好きだよ。 ――皆で笑えば、ほら、ね…  楽しいよ、嬉しいよ。  さあ、君も笑おう!