わたしはギルドの連中と共に、『水晶の洞窟』へ急行した。 今の目的はったった1つ……ジュプトルの拿捕。 さあ、終末へのカウントダウンは始まった。 待っていろ。もうすぐ……終わりだ。 Chapter―5:葛藤 『水晶の洞窟』の内部で、わたしたちはそれぞれ分かれて捜索を始めた。 ジュプトルがいるのはきっと洞窟の最深部。しかし洞窟の内部は予想以上に複雑で、なかなか奥へたどり着けない。 内心焦り始めたその時、少し開けた場所に出た。 そこには青色をした3本の大きな水晶が立っており、その奥には洞窟がぽっかりと口を開けていた。 それを進むと、内部はキラキラと輝く水晶で埋め尽くされていた。何となく、直感的にわかった。この道を発見したのはあの少年たちだ。 『北の砂漠』の流砂の中に洞窟を見つけたのもあの少年たちだった。霧の湖を最初に見つけたのも彼らだったという。 まるで何かに導かれているようだ……いや、馬鹿馬鹿しいな、非現実的だ。 突然、視界が広くなった。 そこには数多の水晶に囲まれた大きな湖と、そして……少年たちの前に立ちはだかっている、ずっと探していた緑色の姿。 ジュプトルが少年たちを弾き飛ばした。とどめの一撃を加えようと構えている。 わたしは瞬時に、ジュプトルと少年たちの間に割り入った。 ジュプトルはわたしを見るなり、はっと驚いた顔をした。 「うおっ!! キ、キサマは!?」 「久しぶりだな! 探したぞ! ジュプトル!」 「クッ! ここまで……ここまで追ってきたというワケか……。随分と執念深いんだな」 当然だ。お前たちを追いかけることがわたしの仕事だ。 「ジュプトル! もう逃がさんぞ!」 「ヨノワール……。キサマがこの世界に来たのは驚いたが……しかし!」 ジュプトルがさっと身がまえた。 わたしはふっと笑った。自分の腕には多少なりとも自信がある。ジュプトルに負ける気は全くない。 「戦うのか。いいだろう。しかし勝てるかな? このわたしに?」 わたしがそう言うと、ジュプトルはふてぶてしくニヤリと笑い、わたしの前から姿を消した。 一瞬だけ呆気にとられたが、このようなことは初めてではない。すぐに状況は把握できた。 「ジュプトルめ! 初めから戦うつもりなどなかったな! 逃がすものか!」 わたしはすぐに、ジュプトルの後を追いかけた。 しかし、奴は素早い。その素早さも今まで奴が捕まらなかった理由の一端だ。 途中までは追いかけたものの、すんでのところで取り逃がしてしまった。 また、か。わたしは小さくつぶやいた。 不思議と心には余裕があった。あまりにも何度も体験した状況なので、心も体ももう慣れてしまったのだろうか。 決して奴との追いかけっこを楽しんでいるわけではない。逃した後はいつも、いたたまれない思いが全身を貫く。 まあ、いい。焦ることはない。奴の姿さえ見つければあとはもう時間の問題だ。 それよりも、だ。もっと大きな問題がある。 奴が、わたしがこの世界にいることを知ってしまったとあれば、これからより警戒を強めてくることだろう。 幸いにも、残る『時の歯車』は水晶の湖の残り1つ。奴が現れる場所は分かっている。 しかし、どうやって捕まえればよいだろうか。 アグノムに護ってもらうにしても、今回奴の攻撃を防ぎきれなかったからにはその実力にも疑問が残る。かといってわたしが代わると、奴は絶対に近寄ってこない。 さて、どうすべきか。 ……ここはひとつ、ギルドの連中に手伝ってもらうしかないだろう。 湖のポケモンたちには申し訳ないがおとりになってもらい、油断したところをわたしが捕らえる。それしかあるまい。 だがしかし、問題はまたもやあの少年たちだ。 彼らはわたしとジュプトルの会話を聞いていた。きっと疑問に思っているだろう。 適当に話してごまかすか、いや、どこでぼろが出るかわからない。 何より、ジュプトルが少年の存在に気づいてしまったら……危険だ。 『真実』を話すしかない。 ジュプトルが未来から来たこと。そしてわたしも、それを追って未来からやって来たこと。 しかし……いいのだろうか。 話していいのか? 本当の『真実』を……話していいのだろうか? ここはわたしたちのとって過去の世界。この世界の歩む未来はもう決まっている。 しかし、今ここに住む彼らにとって、わたしたちが住んでいるのは未来だ。 この世界がこの先、闇に包まれてしまう……『闇世』になると聞いたら、彼らは……この世界に住む者たちはどう思うだろう。 すでに定まっている未来を変えることはできない。 しかし変えようとするだろう。ジュプトルに味方するだろう。そうなれば……わたしはどうすればいい? この世界に住む者全員を敵に回すのか? いや……そんなことはできない。彼らに罪はない。わたしが手を下すのはジュプトルとあの少年だけで十分だ。 わたしとジュプトルの関係。これは話さなければならない。 未来から来たジュプトルを追いかけて、わたしも未来からやって来たこと。これも話さなければならない。 ジュプトルは『犯罪者』だ。これは間違いない。少なくとも、わたしから見れば。 しかし、ジュプトルが未来から来た目的。『闇世』と化した未来を変えるために、『時の歯車』を求めてこの世界へやって来たという事実。これを言っていいのだろうか。 わたしから見ればそれは誤ったことだが、この世界の者たちから見れば願ったり叶ったりだろう。 言うべきか、それとも言わざるべきか。 それはわたしの心に蔓のように絡みつき、わたしをひどく混乱させた。 ……結局、わたしはそれを言うことができなかった。 結果的に、彼らはわたしの言葉を信頼した。 「ジュプトルは世界を暗黒に変えようとしている」という、実際とは正反対のわたしの言葉を。 ……事実、それを行おうとしているのはわたしの方かもしれないというのに。 だがしかし、それは仕方のないことだ。 わたしは確かに真実を隠した。しかし、未来が暗黒に包まれるのは、この世界が『闇世』と化すのは疑いようのない事実であり、それを変えようとするのは決して許されないことなのだ。 痛む良心をそう言い聞かせて押さえこんだ。 わたしが、このわたしが時を超えてしまったから、このような事態に陥らなければならなかったのかもしれない。 時間逆説。 時を渡ることは、本来の流れを変えること。 自己矛盾に陥った。 その夜、未来世界から手下のヤミラミ達を呼び出した。 隠密さと素早さではジュプトルに勝るとも劣らないと思われるものを数名、そして捕縛用の縄。 準備は出来た。あとはジュプトルを捕らえ、あの少年ともども未来へ送り返せばよい。 その時、わたしのアンテナがディアルガ様からの勅命を受信した。 それを聞いたその瞬間、わたしは背筋が凍り付いた。 元人間だったチコリータの少年と共にいるポッチャマの少年。 危険因子だ。彼も共に連れ去り、排除せよ。 通信は唐突に遮断された。反論する暇すらなかった。 トレジャータウンとその周辺は今、湖のポケモンたちが『時の歯車』をどこかへ封印するという噂でもちきりだ。 無論それは、奴を捕らえる計画のため、ギルドの連中に広めてもらったものだ。 その甲斐あって、ようやくジュプトルを捕らえることができた。 まさか本当にあんな噂でおびき寄せられるとは思わなかった。焦りは隙を生む、ということか。 縄で縛り、口も封じた。これでもう大丈夫だ。 だが、すっきりとしないことがあった。 ディアルガ様から受けた指示。元人間の少年だけではなく、彼のパートナーも消せ、と。 出来ることならその命令には従いたくなかった。 わたしは『犯罪者』を追っている。彼に非があるとは思えない。理由なく殺すのはわたしの仕事の管轄外だ。 それに何より、わたしはあの少年を好いている。 少々気弱なところはあるようだが、非常に真っ直ぐで立派な志を持った少年だ。わたしの手にかけるのは非常に心苦しい。 しかし、ディアルガ様が頑なにそう言われるのはなぜだろうか。 この世界の者たちで『時の歯車』を集める危険性があるというならば、あんな少年よりギルドのプクリンなどといった者たちのほうがよっぽど危険なはずだ。 あの少年が、わたしが知らない何かを持っているというのだろうか。それがディアルガ様にとって何か都合が悪いというのだろうか。 手にかけたくない。 しかし、始末しろと命令を受けた。 どうすればいい? わたしは……一体どうすればいいんだ? トレジャータウンの中央に、ぽっかりと口を開いた時空ホール。 ヤミラミ達がその中にジュプトルを蹴りこみ、自分たちも飛び込んでいくのを見届け、わたしは言った。 「……そうだ。最後に……。最後にぜひ挨拶したい方が……」 決断を迫られた。 仕える主人に背き、自らの思いを優先させるか。 それとも命に従い、『闇世』を脅かす僅かな可能性の芽を摘み取るか。 覚悟を決め、わたしは名を呼んだ。 彼ら両方の名を。 目に涙を浮かべて別れを惜しむ彼らに、決心が揺らぐ。 心を鬼にしようにも、思うような声が出ない。 「………………。これで……お別れ……か……」 いいのか。本当にこれでいいのか。 「それはどうかな?」 湧き上がる感情を殺し、わたしは極めて冷徹に言った。 個の感情に流されてはならない。 わたしは『時の護役』。未来を、わたしたちの住む『闇世』を護ることが、わたしにとって何よりの使命。 「別れるのはまだ早い!オマエたちも……オマエたちも一緒に来るんだっ!!」 少年たちの体をつかみ、わたしはそのまま時空ホールへ飛び込んだ。 時を超える最中、わたしは心の中で自分に問うた。 わたしは過去へ渡った間、一体何を得、何を失っただろうか。 得たものはかりそめの名声と信頼。 失ったものは……信念なのかもしれない。 To be continued…… |