ハッピーバースディ



「ポッポ」

 風に髪が靡いている、その少女の手の甲に、一羽のポケモンが舞い降りた。少女はポケモンの嘴を優しく撫でると、草原を歩き出す。

「今日は、何の日だかわかる?」

 少女がポケモンに問う。
 ポケモンは羽づくろいをし、

「ポッ」

 と一声鳴いた。

「今日はね、僕の誕生日なんだよ」

 少女がポケモンを空へと羽ばたかせながら言った。

「君と僕が、初めて会った日」

 少女は目をつぶった。



 一年前……――



「さっきのポケモン……どこに行ったんだろう」

 まだ幼い顔の少女が、草むらを掻き分け顔を出した。半袖にズボンという、ラフな格好。髪は短めで、黒い帽子をかぶっていた。
 今日は彼女の10歳の誕生日。
 彼女は今日からポケモントレーナーなのだ。しかし、腰のベルトに収まっているボールは、全て空であった。

「どこに行ったのかな……」

 彼女の探しているポケモンは、ポッポ。
 鳥ポケモンで、初心者向けだと図鑑に書いてあったのを頼りに、鳥好きな少女は自分のパートナーに、と探していたのであった。

「さっきまでたくさん居たのに」

 少女は小さく溜め息をつくと、一休みをしようと木の根元に腰を下ろした。

 その時。

「ポッ!」

 頭上から、何かの声が聞こえた。
 少女は立ち上がり、頭上を見上げる。穏やかな光の差し込む木々の合間、枝の付け根に、ピジョンの巣があった。
 少女は、木を登り、巣を覗いた。

「……?」

 そこにあったのは、ピジョンの居なくなった巣。
 親の居ない、巣だった。
 ピジョンの羽が少し散らばっている。
 その巣に、今孵ったばかりであろう、ポッポが居た。

「ポッポ……?」

 少女が手を差し伸べると、ポッポの体はビクッと震えた。少女は手を戻すと、ピジョンの姿を探す。その周辺には、ピジョンどころかポケモンの気配すら無かった。
 ふと、少女が巣をもう一度覗きこむと、殻の割れた卵が三つ。嘴で無理やり割った感じであった。
 恐らく、オニドリルか何かに襲われたのであろう。

「これ……可哀相に」

 少女は小さく呟くと、震えるポッポを優しく手で包んだ。少し震えたポッポだったが、少女の手の温もりに安心した。

「すぐセンターに連れていってあげるからね」

 少女は、優しく微笑むとポッポを手に包みながら木を降りた。



「ジョーイさん!」

 少女がセンターへ駆け込む。

 ピンク色の髪のポケモンセンターのジョーイは、慌てた様子の少女に優しく笑いかけた。

「ポッポの子供が、巣に取り残されてたんです」

 少女が詳しく簡潔に、ポッポの居た場所、巣の中の様子などを話す。ジョーイはそれを聞いて、少女の手からポッポを受け取った。

「ポッポ……助かりますか……?」

「大丈夫よ。絶対ね」

心配そうな少女を宥めるように、ジョーイは微笑み治療室へと入っていった。


 ポッポの治療は、晩から朝方までかかった。その間少女は、ポケモンセンターの待合室でずっと待っていた。あの巣に残っていた、一枚のピジョンの尾羽を持ち……――

 そして、もう日も高く昇った頃、治療中の点灯が消えた。疲れて寝ていた少女は飛び起き、治療室のドアに駆け寄った。
 ジョーイが、治療室から出て来る。

「ジョーイさん……! ポッポは……」

「もう大丈夫。ほら」

 ジョーイは優しく微笑むと、手の中のタオルにくるまったポッポを少女に渡した。

「ポポッ!」

「ポッポ……! 良かった……!」

 ポッポが元気良く顔を出し、少女に鳴いた。
 少女は、パァッと顔を明るくさせると、ジョーイに頭を下げた。

「これぐらい良いのよ。そういえば、そのポッポは親無しなのよね」

「はい。僕が来た時には他の卵は割れていました」

 少女が悲しそうな顔をして俯いた。
 ジョーイは小さく頷くと、少女に言った。

「その子はまだ小さいわ。あなたが面倒を見るのよ」

「僕が……ですか?」

 少女が視線をポッポからジョーイに移し、首を傾げた。
 ジョーイが優しく頷く。

 そして、少女は大きく頷き、元気良く返事をした。



「ポッポ。あまり遠くまで飛ばないでね」

 草原。少女は空高くへと飛んでいくポケモン、ポッポに声をかけた。
 少女の頭には、ピジョンの羽が刺さった帽子。

「そろそろ行こうか」

「ポッ!」

 ポッポは舞うように少女の肩に降り、一声鳴いた。


 気持ちの良い風の吹く草原。

 小さな少女は、ポケモンに声をかけた。

「ハッピーバースディ、ポッポ」