海のヨーギラス

「君はヨーギラスだね! こんにちは。俺はリュウト」

 僕が山を食べていたら、いきなり現れたこいつは、人間だった。

「……」

 僕が黙って、こいつの差し出してきた手を見つめていると、人間は慌てたように手を引っ込めた。
「あ、あ、ごめんね! 俺、ヨーギラスに会うの初めてで!」

 そう言いながら人間は、頭をポリポリ掻いて、背負っていた物を降ろした。赤くて目に痛い。紐が上と下を繋いでいる。
 僕が見ていると、人間はいきなり赤い物の口をパカッと開けた! 食われる! そう思った僕は、とっさに近くの岩に隠れた。この人間、僕を安心させて食おうって気か。

「あ、ごめんごめん。大丈夫だよ。ほら」

 人間はまた頭をポリポリ掻いて、赤い物の口の中に手を入れて、何か取り出した。
 内臓か。なんて怖い。

「シロガネ山の奥地の土!」

 なんだって?
 人間は、笑いながら取り出した物を見せた。
 確かに土だ。内臓じゃなかったのか。じゃああの赤い物は一体……?

「こっちおいで。あげるから。食べてごらんよ」

 俺に餌づけする気か。
 でも、気になる。

「君、まだ奥地まで行った事無いんでしょ?バンギラスやサナギラスは居たんだけど、ヨーギラスは居なかったからね」

 確かに、奥地はサナギラスでも入るのは難しい。僕らヨーギラスは表面の乾いた土しか食べれない。食べてみたい。

「ヨーギラス!」
 
 僕は誘惑に負けた。
 人間ははしゃいで土を手に乗せて僕に差し出した。
 僕は人間の顔を見て、赤い物に近付かないようにして、土を食べた。

「!」

 美味い。今まで食べたどんな山、どんな土よりも美味い。僕はいつの間にか人間の手にかじりつくほどがっついていた。
 人間は歓喜のあまり、赤い物の中からどんどん土を出してきた。

「おいしかったかい?」

 人間は笑って聞いた。
 僕はまだ足りない、と人間に迫った。もっと食べたい。
 人間は困った顔をして、赤い物の口の中を探った。

「もうあの土は無いなぁ……代わりに、砂があるんだけど食べてみる?」

 人間が出してきたのは、薄い小麦色の砂だった。手に乗せて、僕に差し出す。
 匂いを嗅いでみると、香ばしい、今まで食べた事のない、嗅いだ事のない匂いが広がった。気になる。
 僕は少しだけ手に取って口に運んだ。

「どう?」

 さっきの土ほどじゃないけど、美味い。少ししょっぱい。
 僕が黙々と食べていると、人間は嬉しそうに笑って、こう言った。

「気に入ってくれたみたいだね。この砂が沢山ある所に俺は住んでるんだけど、来ない?」

 こいつ、僕を連れて行きたいのか。
 僕は今まで食べていた、乾いた山の土を見つめた。それから、人間の顔を見る。
 こいつじゃない。
 砂だ。
 人間の手に少し残っている、砂を見つめる。山の乾いた土よりも、このしょっぱい砂の方が良い。
 僕は人間について行く事に決めた。


 人間はリュウトって名前らしい。
 え? 最初に言ったって?
 んなもん忘れた。
 リュウトは、水が沢山ある所に住んでた。僕は水が怖いのに。リュウトは、別に泳げなくて良いって言ってた。でも、それは僕のプライドが許せなかった。

「ヨーギラス、君ってば泳げたの?」

 リュウトが驚いていた。僕が、浮輪っていうのをつけて泳いでいたから。

「君、すごいよ! ヨーギラス! これ自慢できるよ!」

 リュウトは感情表現がすごい。
 海に飛び込んで僕に抱き着いて来た。僕も抵抗はしない。

 
 僕が泳がない時間は、砂を食べるかリュウトの手伝いをする。リュウトの手伝いは、面白い。
 沢山人間が来て、氷の砕いたやつを買っていったり、味のついた水を買っていったりする。
 僕が手伝いをしていると、気付いた人間が頭を撫でていく。最初は嫌だったけど、結構慣れた。


 リュウトは優しい。すごく優しい。
 こんな人間、いや、こんなやつには会った事がなかった。僕が今まで会ってきた生物の中で一番優しい。


 ある日、リュウトは僕の腕に青いリボンをつけた。

「これはね、俺と君が友達だって証だよ。俺もつけてるから」

 そう言ってリュウトは自分の腕についている、青い布を僕に見せた。嬉しかった。

「俺は君をゲットしないけど、友達だから、ずっと一緒に居ようね」

 僕は、すごく嬉しかった。


 リュウトにいろんな物の名前、使い方を教わった。楽しかった。

 ある日、リュウトは、違うポケモンを連れてきた。
 ヒトカゲっていう奴。

「ヨーギラス、友達だよ。ヒトカゲっていうんだ。仲良くしてあげてね」

 リュウトはそう言って僕の頭を撫でた。
 ヒトカゲは、青いリボンをつけていた。僕と同じのだった。悔しかった。

 それから、そいつは僕の居場所を取った。

 僕の布団を取った。

 僕の時間を取った。

 そして何より、リュウトを取った。

 でも、そんなそいつでも、俺は何も言わなかった。しなかった。
 理由は、そいつがモンスターボールに入っていた、と言う事。
 それだけで、僕は、僕とリュウトの関係はすごく特別だ、という気持ちになった。


 その日は、季節外れの台風の日だった。
 海の、水の波は高く、リュウトから、今日は砂は食べれない、と聞いていた。
 でも、イライラする。砂が無いと嫌だ。
 そんな事を考えていたら、ヒトカゲが僕の事を見てきた。

「なんだよ」

 僕は言って、ヒトカゲを睨み付けた。
 ヒトカゲはキョトンとして、

「カゲー」

 と鳴いただけだった。

 それから少し時間が経って、僕は寝てて、リュウトは食事の準備をしてて、ヒトカゲは――

「あれ? ヨーギラス、ヒトカゲ知らないかい?」
 
 食事ができたのか、リュウトはテーブルに料理を置いた。
 僕は、首を振った。そういえば見てない。

「おっかしいなあ。ヒトカゲー!」

 テーブルの下や、寝室などを探しまわっても、ヒトカゲは居なかった。
 その代わり、扉の前には、台風が入ったと見られる、水溜まりと葉っぱが落ちていた。

「ヒトカゲの奴……! 外に行ったのか…!」

 リュウトは慌てて、れいんこーとっていうのを着て、外に飛び出た。
 僕も続いて外に出た。

 雨は小降りだったけど、波が高い。
 風も強いし、歩く度に水が顔にぶつかってくる。

「ヒトカゲー!」
 
 リュウトは叫んだ。
 でも、ヒトカゲの声は返ってこない。
 ヒトカゲは外にはいないのかな。

「ヒトカゲは……尻尾の炎が消えると死んでしまうんだ……」

 リュウトが思い詰めたように呟いた。

「ヒトカゲ……」

 リュウトが海を見つめた。
 居るはずなんて無いのに。

「……――!……ァ……」

 波のせいか、悲鳴が聞こえたような気がした。
 海は暗くて、黒かった。

「……? まっ、まさか……ヒトカゲ?!」

 リュウトが叫んで、僕がヒトカゲの姿を見つけた。
 波に溺れながら、波にまみれながら、自分の炎を、自分で吹いて必死にもがいている、ヒトカゲの姿を。

 僕はいつの間にか海に飛び込んでいた。
 うきわ無しでは泳げない僕が、必死になって泳いでいた。

「ヨーギラス!」
 
 リュウトの声が聞こえた。
 僕はヒトカゲの元へ行き、うきわを掴んだ。

 その後の記憶はあんまりはっきりしてない。

 僕はなんとかヒトカゲを砂浜に上げて、リュウトが僕らを抱き上げて――


「……」

「ヨーギラス!」

 僕は、目を覚ました。
 そこは、リュウトの家の中だった。
 ああ、助かったんだ。

「ヨーギラス……! 良かった! 君がどうにかなってしまったら俺……!」

 リュウトが抱き付いてきた。
 僕も抱き付いた。
 リュウトは泣いているみたいだった。
 
 そういえば、ヒトカゲは……――

 僕がキョロキョロしていると、リュウトが僕を離して、暖炉の前を指差した。
 ヒトカゲは、暖炉の前で寝息をたてながら寝ていた。
 良かった……

「本当にありがとう……ヨーギラス」
 
 リュウトが僕の頭を撫でて、笑った。

 それにしてもヒトカゲは、何で波にのまれたりなんかしたんだ?
 僕が考えていると、リュウトが、僕に何かを差し出した。砂だった。

「これね、ヒトカゲがずっと握り締めてたんだ。波にのまれても持ってたみたいだよ」

 ああ。
 こいつは何て馬鹿なんだろう。
 ヒトカゲは、僕の為に、自分が苦手な雨の中を歩いて、砂を掴んで、それで――

 僕は、リュウトから砂を受けとり、食べた。
 少ししょっぱい味がした。



「かげー」

「……」

 僕はヨーギラス。
 シロガネ山からやってきた。
 
 僕はヨーギラス。
 泳げるヨーギラス。

 僕はヨーギラス。
 僕の友達は、人間のリュウトと、ポケモンのヒトカゲ。

 僕はヨーギラス。
 世界で一番幸せな、ヨーギラス。