世界一綺麗な地。 暖かく、美しい水が流れる。 水の都・アルトマーレ。 ―― 蒼き水の運河 ―― うわのそら。 それは、このことをいうのだろうと思う。 前まではしゃぎまくっていた自分であったが、今となっては過去の話。 大切な人を失った――。 それだけの事などいって、簡単に片付けられる話じゃないのだ。 「…ラティアス?」 カノンが、心配するような口調で聞く。 サトシ達が出て行ったあと。 大切な人との別れ。また会えると信じていても、恐れが増すだけだった。 「どうしたの?何かあったの?」 秘密の庭の一角の絵を描きながら、カノンはラティアスに問い掛ける。 「…ラティオスと、サトシ君のこと…?」 予感的中。 ラティアスは頷くと、こころのしずくを見にいった。 最後に見た“夢うつし”。 とても印象的で、綺麗な星を見せてくれた。 水に見入り、これが最後の思い出なんて、思ってもみていなかったし。 その後すぐさま別れがくるなんて、ますます思っちゃいなかった。 「っ」 ラティアスは急に姿を消すと、アルトマーレを行き先も見つけず飛び始めた。 「ラティアスッ」 カノンは動揺し、ラティアスの後を追おうとする。 しかし、足の速さには敵わなかった。 あっさりと見失ってしまったラティアスの方を、じっと見つめていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ――投げやりだって、わかってた。 自分があの後、何があるかっていうのも、…わかってた気がする。 ただ単に、その事実を認めるのが恐かっただけなのだと。 何がしたかったのか。 今ここで投げ出したって、何も始まらない。 孤独を感じたわけじゃない。みんながいるから。 ――でも、どこか物足りなかった。 毎日が、夢のように早かった。 いつの間にか、消えてた。 「…」 遊んでた。毎日。 物足りないと甘えれば、いつも遊んでくれていた。 時々アルトマーレを散歩してたし、行われてる事も全て見てきた。 でも、それだけじゃダメだったんだ。 思い出さえも足りなかった。 わがままだった。甘えん坊だった。 それでも、いつだって一緒に遊んでくれていた、優しいお兄ちゃん。 どうでもいいことじゃなかった。大切な人だった。 「…っ」 涙があふれてくる。 水につかった。涙とまぎれて消えていく。 ――あの時は、我慢できたのに。 弱音を吐いただけで、それだけで済んだのに。 今回は、やけに根に持った感じ。 別れが惜しかったせいだろうか。 「…」 ――サトシ。 …帰ってきてくれない。 絶対、二度と帰ってこない。 ずっとずっと、置いてきぼりにしていくつもり。 ――お兄ちゃん。 置いてった。自分を。 悲しかったような気がする。 なんとなくだから、覚えてないけど。 「……」 なんでだろう。 こんなにも、悲しみに明け暮れるなんて。 何が物足りない? わがままで、散々お兄ちゃんをからかって、笑い合って。 …何がいけないのか。どこまで甘えん坊なのか。 ――…やめてよ。 どんどん悲しくなる。 「――ラティアス」 誰かの声。 ――カノン。 「…」 水から出た。 ここは、…そうだ。 サトシが、自分を助けてくれた場所。 思い出が始まった場所。 でもサトシは、自分に目を向けなかった気がする。 カノンにばかり興味を持ち、所詮自分は残骸だった。 「…っ」 飛び去った。 今までの陽気さも、何もかも、全部忘れて。 「ラティアスッ!!」 ――呼ばないで。 どんどん憎くなる。 後から何をするかなんて。 運命しか知らないんだから。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「…」 ――ここは、どこだろう? …わからない。 もう、どこがどこかなんて…わかったもんじゃなかった。 この都は、永遠に時を永くしない。 一緒にいる時間も、永くしてくれない。 別ればかりを早めて、居場所をなくす。 「……」 ねえ、何を間違ってたの? 離れたくないって言ってたら、どうしてた? ――。 聞くだけ無駄って、わかってるのに。 どうしても、問い掛けてしまう。 この気持ちの意味はなに? …一体、何を見出そうとしているの? 「…ラティアス」 優しい声。 ――カノンだ。 「…っ」 なんでついてくるんだろう。 そんなに自分は何かを仕出かしそうなのか。 「…悩んでるんなら、一人で抱え込んじゃダメよ」 その言葉に、ハッとした。 図星をつかれた気がする、なんとなく。 カノンから見た自分は、いつも明るくて陽気。悩みなんて一切無い。 だけど、急に元気を無くせば――そっか。そういうことか…。 「…」 挙動不審。 どうしても、触られると反応してしまう。 ビクッと震え、相手を拒絶する。 「…私だって、寂しいんだから。  貴方だけが、寂しいってわけじゃないのよ?」 …どうしてそう、人の心を突いてくるのだろうか。 今の自分にとって、時間も何もかも、全てが嫌な事なのに。 「――ここがどこだかわかる?」 …わからない。 正直な答え。 「ここは、運河よ」 ハッとして、辺りを見回した。 確かに――運河。 「…」 何もできない。 しようとすれば、力が出て行ってしまう。 「何もかも、終わっちゃったの」 カノンの言葉が痛い。 なんで、そういうこというの? ――酷いよ。 散々遊んでもらって、急に別れなんて酷いよ。 なんで、そんな仕打ちみたいなこと言ってくるの…? 「っ」 思わず目を瞑った。 拒絶した、あの人を。 「…」 何か言って、お願いだから――。 「…ごめんね」 ――え? 何かが、頭の中で弾けた。 その言葉は、自分の言うべき言葉なのかもしれない。 「……」 なんでそんなに、人を悲しませるような事を言うのだろう。 悲しみに明け暮れて、何が楽しいのだろうか。 「…私だけは、ずっと一緒にいるから」 ――その言葉が、どれだけ支えになったか。 涙があふれて、カノンに抱きつく。 触れた手は暖かく、微笑みを零した。 「…だから、もう…、こんなところに逃げないで…?」 問う声が、優しい。 頷いた。理由はわからないけど。 ――でも、一つできそうなことは。 カノンのそばにいてあげること。 蒼き水の運河。 心細い時には、たまに見に来る。 そこには、たくさんの人がいるんだ。 ゴンドラに乗った人や、周りを歩く人の映る姿。 暇つぶしするには、ちょうどいいところでもある。 君との思い出の場所。 ―― fin ――