大好きな人は、いつもどこかへ行ってしまう。 翼を生やして、飛び立ってしまう。 別れを惜しまず、真っ直ぐに。 −− 水色の翼 −− ――水の都・アルトマーレ。 2本の柱が中にそびえ、その近くに建っている大聖堂と太陽の塔。 この町の護神(まもりがみ)、ラティアスとラティオス。 かつて、ザンナーとリオンの事件により、ラティオスが消えた。 兄の消えと共に、妹のラティアスは、深く心に傷を負っていた。 ――その傷を、心の奥に秘め。 「カノン!ラティアス!」 ――この日も、あの人は来てくれた。 カノンとラティアスは、笑みで迎える。 「サトシ君。ラティアスが待ちわびてたわよ」 「そっか。じゃあラティアス、その分たくさん遊ぼうな!」 ポケモン達は、ポケモンセンターに預けているらしい。 それでも、嬉しそうに微笑む。 大好きな人と、一緒に遊べる。 それは、とても夢見心地で。 今まで使うこともなかったロマンチックな言葉も、何度だって心の中で呟いた。 秘密の庭。 この島を訪れるラティオスとラティアス達の為に、 カノン、ボンゴレの一族は、先祖代々この秘密の庭を守ってきたのだ。 そして、秘密の庭を守ってきた、もう一つの理由。 こころのしずくである。 この一族は、この島を守るために、こころのしずくに秘められたパワーを、 ラティオス達を使って引き出す装置を造り上げた。 それが、大聖堂にある、あの装置である。 古代マシンとして、人々に知られていた。 そしてここ、水の都・アルトマーレには、ある一つの伝説があった。 ――昔むかし、アルトマーレという島に、おじいさんとおばあさんがいました。 ある日、ふたりは海岸で、小さな兄妹が、ケガをしているのを見つけました。 おじいさんと、おばあさんの手あつい看護で、ふたりは、みるみる良くなっていきました。 しかし突然、邪悪な怪物が、島に攻めてきたのです。 島はたちまち、怪物にのみこまれました。 と、そのとき! おじいさんと、おばあさんと目の前で、ふたりの姿は変わっていきました。 ふたりは、むげんポケモン、ラティオスとラティアスだったのです。 2匹は、空から仲間を呼び寄せました。 かれらは、邪悪な闇を追いはらう力を、もってきてくれました。 それは、「こころのしずく」という宝石だったのです。 島には、平和がもどりました。 それからというもの、「こころのしずく」のあるこの島に、 ラティオスとラティアスたちは、しばしば立ち寄るようになりました。 この島が邪悪な怪物におそわれることは、その後二度とありませんでした―― おとぎばなしといえど、この話は実話である。 実際、ラティアスもラティオスもいたし、こころのしずくだってある。 人に変身することだってできるし、姿を消すこともできるのだ。 「…ラティアス?」 ボーッとしているのにサトシが気付き、ラティアスに歩み寄ってきた。 ラティアスはハッとして、心配顔のサトシを見る。 元気そうに微笑むと、サトシも安心したように笑んだ。 「どうしたんだよ?ラティアスらしくないな」 ラティアスは、首を横に振る。 「なんでもないよ」と、語りかけるように。 「ま、なんでもいいよな」 サトシが、苦笑いして呟く。 ふとラティアスは、カノンの姿に変身した。 「…ラティアス?どうしたんだ?」 カノン本人は、現在、大聖堂で絵を描きに行っている。 ラティアスは、サトシの手を引っ張った。 「えぇっ、ラティアス!?」 サトシは、よろめきながらに走り出した。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「…ここは…」 サトシは、小さく呟いた。 カノンの姿をしたラティアスは、か細く微笑む。 ――ここは、はじめて2人が会った場所。 ピカチュウに、水を浴びさせてあげたところ。 サトシが来た途端に、体中をラティアスがじろじろとみた、この思い出の地。 「…どうしたんだ?ラティアス。こんなところにきて…」 サトシが、明らかに疑問そうな声を出す。 ふと、ラティアスは微笑んだ。 その笑顔は、どこか暖かく、元気良く、切ない。 サトシは、顔をほころばせた。 蛇口をひねれば、水が流れ出す。 「――不安とか、さ。言わないでくれよ?」 図星だった。 つくづく不安だったんだ。 いつか、どこかに行っちゃうんじゃないかって。 「…そっか…」 サトシは、カノンの姿をしたラティアスを見て、一言呟く。 「――ラティアスのこと、大好きだから」 ロマンチックな言葉は、何度も心の中で呟いた。 夢見心地に、ずっとずっと。 でも、全然大好きな人に届かないから。 そのもどかしさに、何度だって泣きじゃくった。 「…だから…。惜しまないでくれよな?」 照れたように頭を掻き、サトシは微笑んだ。 ラティアスは、嬉しそうにサトシに抱きつく。 「うわっ!?」 サトシはよろめくと、水の中に突っ込んでしまった。 軽い溝のようなところだが、水しぶきがとんだだけあって、ずぶ濡れである。 「ラティアス〜…」 サトシが参ったように涙声で言うと、ラティアスはくすくすと笑った。 勢いで遠くにいってしまったサトシの帽子を拾うと、水から出てきたサトシに被せた。 サトシはくしゃみをすると、「ありがとう」と呟く。 「ったく〜…、うっわ、びしょ濡れ」 サトシは濡れた服を見ながら、太陽の方に移動した。 ラティアスは、そんな彼を見つめている。 “――ラティアスのこと、大好きだから” それだけで、救われた気がする。 ずっとずっと勝手に腹立ち、鈍い彼に心の中で告白し続けていた。 言葉が喋れればって、何度も思った。 夢が、叶った気がする。 「大好き」 「――――――――――え?」 誰かの声が聞こえた。 その声は、明らかに自分に向けられたもの。 でも、誰もいない。 ――ひょっとして。 「ラティ…アス…?」 カノンの姿をしたラティアスは、ニッコリと微笑んで。 また、サトシに抱きついた。 「うわっ!ラティアス〜…ッ」 嬉しかったから。 気持ち、届いたって。 たとえそれが、ポケモンに均等に配るキモチだとしても。 「大好き」って、言ってくれたから。 ――寂しくなんかない。別れも惜しまない。 秘密の庭で、また会おう。 大好きな人が。 翼をくれた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「へぇ〜…。ラティアスが喋ったの?」 カノンが、サトシに興味津々で聞いた。 サトシは首を傾げながら、曖昧に言う。 「う〜ん…、ラティアスかどうかは知らないけどさ。なんか、声が聞こえて…」 「その時、その場にいた人は?」 「俺とラティアスだけ」 「じゃあ決まり」 カノンは、スケッチ道具をブランコの上に置いた。 元のポケモンの姿に戻ったラティアスを見ながら、サトシに言う。 「――ラティアスでしょ」 「…やっぱり?」 「当たり前じゃない」と付け足すと、カノンは微笑んだ。 暖かい風が吹き、草が揺れ、水面が波立つ。 「ラティアスの初恋よ〜?ちゃんと答えてあげなきゃ」 「人事だよなぁ〜…」 苦笑いして、ラティアスの方を見た。 嬉しそうにはしゃぐ、その幼い姿。 前までの感じは嘘みたいに見える。 カノンは応援するように明るく、しかし、寂しそうに微笑んでいた。 秘密の庭。 恋をかなえよう。 水の都の護神は、いつまでも傍にいる。 片割れの思いでも、いつかきっとかなうから。 だから、寂しい時は。 水の都・アルトマーレの一角にある、その場所に。 秘密の庭に、来てください。 そこはきっと、翼をくれる。 翼をひろげ、羽ばたける。 水色の翼で、飛び立てる。 −− fin −−