――春。 この季節に、よくみられる花。 桜。 桃色の花。 風に舞って、飛んでいく。 水溜りに落ちて。 やがて、枯れていく。 −− 水 と 桜 (前) −− 水の都・アルトマーレ。 世界一美しい町といわれるこの水の都は、今日も晴れ。 雨が降ることなんて、滅多にないといわれていた。 ――今年も、春がきた。 桜が出てくる季節。 その花びらに、思わず見入る。 …自分は、一体何の為に生きているのだろう。 ふと、脳裏にそんな言葉がよぎった。 考えてみれば、なぜかはわからない。 たまに何かの漫画やドラマ、珍しいけど小説でも言われる言葉。 “人は、幸せを見つける為に生きている” “人と出会う為” ……。 どこか違う。 自分の中では、どこか違う気がする。 どこかなんて知らない。 でも、自分の――即座に思い浮かんだ答え。 “幸せを見つける”とか、“出会う為”じゃない。 どこか似てて、どこか違う言葉。 “出会いと別れで幸せを感じる為” ――言葉なんかじゃわからない。 伝えられない気持ちがある。 これを、見つけたい。 桜が実る、この時期に。 出会いとはなんなのか。 別れとはなんなのか。 運河に流れたその花びらは、どこへ行くのだろうか。 ――春になると、ふと人恋しくなるものだった。 ++ + ++ + 「――桜?」 舞った花びら。 その桃色に触れてみると、何かよくわかる。 今年も、春がきた。 「桜の花びらね。もう春じゃない」 「春か…。そういやアルトマーレって、春は桜が綺麗らしいな」 「そうそう。雑誌で見たことある」 黙ってた。 ずっと。 どこかで。 どこかで、何かを感じていた。 肩に乗ってるピカチュウが、不思議そうに顔をのぞいてくる。 話に没頭している2人。 「サトシ?」 その言葉で、ようやく我に返った。 カスミが、心配そうな顔をする。 「どうしたのよ?話聞いてなかった?」 「え…、なんだったっけ?」 「もぉー、だからぁっ」 「もう一回、アルトマーレに行ってみないかって話してたんだ」 カスミの言葉の続きをタケシが言った。 奇跡だろうか。 聞き間違いじゃない。 もう一度行ける。 あの、水の都に。 アルトマーレに。 「アルトマーレの桜を見て、花見でもしたいな〜って。…行く?」 「…。…行くっ」 行かなきゃ、絶対損する。 俺が。 俺自身が、そう言ってる。 心の中で、そう思ってる。 「じゃ、港にでも行きましょうか?船がないとね」 カスミがそう言うと、俺たちは歩き出した。 目指すはアルトマーレ。 不思議な伝説の残る、水の都。 思い出深いあの秘密の庭。 全て、見たい。 叫んでる。 奥深い心の底で、俺が叫んでる。 鼓動が速まって、早くいこうと急かしてる。 元気にしてるのか――。 ++ + ++ + アルトマーレ。 そこは、桜の舞う不思議な水の都。 春には花びらが飛び交う。 その桜を絵にしていた少女。 緑に囲まれたその地に、一本だけある桜の木。 その大樹は、何故か辺りの緑によく映えて。 少女はその絵が出来ると、小さく溜息をついた。 「…桜…かあ…」 何か、何かあったような気がする。 昔、この桜に、何か思い出を刻み込んだ。 一年中楽しくて、木登りも楽しんで。 ――何があったっけ? 「思い出せないなあ…」 まあ、何年も昔の話だろうけど。 幼少時代の楽しみなんて、もう覚えてない。 「…何があったっけなあ…」 でも、どこかで――。 どこかで刻み込んだ思い出がある。 今は思い出せないけど。 そのうち、ゆっくり思い出そう。 ++ + ++ + 『おじいちゃん!私、この桜の精になる!』 『おお、そうか…。カノン、頑張れよ』 『うんっ!』 ――昔。 ホントに昔。 桜が大好きで。 あの頃は冗談無しで、ホントに桜が好きだった。 おじいさんは、軽く返事をしてくれたけど。 私はあの時、桜の精になりたかった。 『桜って…春にしか咲かないの?』 『そうだよ。だから、春にしか…桜の精にはなれない』 ――その時。 私の中で、何かが崩れた。 何かは、ホントにわからない。 ――ただ。 ただ、おじいさんの言葉が。 頭の中で、響いただけだった。 −− NEXT −−