まっかだな まっかだな つたの はっぱは まっかだな もみじの はっぱも まっかだな しずむ ゆうひに てらされて まっかな ほっぺたの きみ と ぼく まっかな あきに かこまれて いる 【 夕焼けの話。 】 夕焼けの中、橙色に染まった雲。 空も橙色に染まって、青はわずかに消えたまま。 緑の葉っぱを掻き分け、散ってくる銀杏を眺める。 聞こえてくる、虫の音。柿を食べる音。 「まっかだなー、まっかだなー、つたのはっぱはまっかだなー」 歌を歌っている男の子。 黒い地に赤いモンスターボールを描いた、白という色もついているニット帽。 赤と黒を貴重とした服を着ていて、この橙色の空に映えたまま。 やがて藍色に染まっていく空を見つめて、少年は歌の続きを歌った。 「もみじのはっぱもまっかだなー…」 ふと顔を上げる。 その幼い顔を見れば、まだ生まれて数年程度しか経っていないのだろうと思う。 男の子は落ちている銀杏を拾うと、辺りをゆっくりと見回した。 「…お父さん…、お母さん…?」 男の子の目は、段々と濡れていった。 頬を滴が渡り、持っていた銀杏を手から落とす。 そして、緑の草木の中を駆けて行った。 「………っ」 橙色の空の中、橙色の雲が通る。 駆け出して転んだ男の子は、ふらつきながらも立ち上がった。 そろそろと言わんばかりに、空も藍色になっていく。 「夜になっちゃう…っ」 駆け出した男の子は、ふと誰かにぶつかった。 相手も「いてっ」と声を上げ、少し屈む。 男の子は顔を上げ、相手を見た。 その相手は少年で、自分よりかは何歳か上だ。 独特な形を持った前髪に、黄色と黒の帽子。 赤い服に、帽子と同じ黄色と黒のズボン。 帽子についているゴーグル。 「ってー…。なんだよお前、どうしてここにいんの?」 「え…、えっと…」 男の子は戸惑いながら、その少年を見た。 少年は男の子の頭を撫でると、ふと小さな溜息をつく。 …察しがいいらしい。 「わかったわかった。お前、要するに迷子なんだろ?」 「…うん」 何が「要するに」なのか分からないが、とりあえず頷いておいた。 自分より何歳かぐらいしか離れてないのに、この少年は余裕というような顔をしている。 この辺りに詳しいのだろうか。 「俺ってついてるー。仲間がいるたぁ心強いや」 「…え?」 「いやあのね、俺も実は迷子なのよ。まあ、別にお前みたいに泣きゃしねーけどな」 そこで、男の子は気付いた。 未だに目を濡らしている涙が、頬を伝って流れていた。 慌てて目を拭い、少年の方を見る。 「…こーしてさあ、空を見上げるのもいいことなわけよ。見てみろよ坊主。  夕焼けが夜になって、橙色が藍色に染まっていくんだぜ?」 「……本当だ」 「な?」 確かにそうかもしれない。 その瞬間を見れる事なんて滅多にないから、貴重な場面といえるのだろう。 男の子は少年を見た。 「…坊主、名前は?」 「え…、ボク?」 「他に誰がいるんだよ」 「ボク…か。ボクはルビーだけど…」 「ルビー、だな。俺はゴールド。ワカバタウンに住んでんだ」 「へえ……」 ルビーは、ふと空を見上げた。 段々と視界が暗くなっていく。 夜が近づいている、その証だ。 ゴールドが、ふと座っていた岩から離れる。 「…さて、と。そろそろ帰んねーとなあ。さすがに怒られちまわ」 「えーっと…、どうしよう…」 「そーだよなあ。確かお前、迷子だったよなー…。…家どこ?」 「ヨシノシティ…。結構歩いてきちゃったから、やっぱ遠いのかな…」 「ま、そーだろーよ。そのてん俺は近いぜ?多分真っ直ぐにでも進んでりゃー、そのうち着くだろうよ」 ゴールドの余裕ぶった発言に、更にルビーは落ち込んでいく。 ゴールドは笑うと、ルビーを肩に乗せた。 「…!?」 「かったぐっるまー。レッツ初挑戦ってか。お前軽いなー」 「まだそんなにでかくないし…」 「生意気言うな。えーっと…、ヨシノってワカバの隣町だしなー…。んじゃ反対行きゃいっか」 適当にゴールドは歩き出し、ルビーはされるがまま。 段々と藍色に染まっていく空。 緑色の草むらが、ゴールドの足を通していく。 「草刈りしろよな…、ったく自然を大切にしよう同好会め…」 「? 自然を大切にしよう同好会?」 「ポケモンのことだよ。せめてバトルでもして草刈れって話」 「ああ…、技で…」 ゴールドは頷くと、思いっきり深く溜息をついた。 ――感情を素直に表す人だ、そうルビーは思う。 人に対する失礼な発言も、軽く言ってしまう人。 どこか羨ましいような気がする。 「7時からクルミちゃんが出るラジオ番組があるんだけどなー…。間に合うかねぇー…?」 「…ゴメン」 ルビーは小さな声で謝ると、ゴールドの頭を見た。 暫し沈黙が流れ、やはりそれをゴールドが破る。 「…ホラ、着いたぞ。ヨシノシティ」 「え、あ、…本当だ」 「俺ってすごいよなー。ま、ワカバに帰るのもこれじゃ簡単か、うん」 ゴールドはルビーをおろすと、彼に背中を向けた。 夕焼けの色は朽ち果て、藍色が視界に広がる。 段々と前が霞んできて、ゴールドの姿は消えていった。 「……しずむゆうひにてらされて……」 ルビーの頭の中に、ふと先ほどまで歌っていた歌の歌詞が現れる。 見えなくなったゴールドの姿が、頭の中でずっと残っている。 「まっかなほっぺたのきみとぼく…」 橙色の雲だったはずだった。 でも、今はすでに灰色の雲。 跡形もなく橙色は消えていき、藍色だけがその空に残っていた。 「…夕焼け、消えちゃったか」 歩いていく中では、その夕焼けに背を向けていた。 2人の重なる影だけを見つめていて、何も喋らないままで。 段々と暗くなっていく視界にも気付いていた。 「……まっかなあきに…かこまれている…」 ――夕闇に対する不安が与えてくれた、たった一人の親友。 夕焼けに感謝する気持ちが、溢れていた。 まっかだな まっかだな つたの はっぱは まっかだな もみじの はっぱも まっかだな しずむ ゆうひに てらされて まっかな ほっぺたの きみ と ぼく まっかな あきに かこまれて いる 【 fin 】