(注:これは怪盗99号さんの参加型作品(Believe〜over again〜)に応募したキャラクターの裏話です。 これを読んでいなくとも本編になんら支障はございませんが、本編の方を読んでいないと差支えがございます。(もとい本編をお読みください。)) 時々思い出すのは、あの日のこと。 「ムカシバナシ。」 うららかな陽気の、気持ちのいい春の日の事。 とある有名トレーナー養成学校の屋上に、16、7歳くらいの青年が一人。 今はちょうど5時間目の真っ最中。そして彼は堂々とサボタージュの真っ最中。 屋上のさらに上のドア上のスペースで、ぐうぐうとそれはもう気持ち良さそうに惰眠を貪っている。 「ん・・・あー、ほんと今日はいい天気だ。・・・・・・もうちょっと寝てよ。」 青年の名前はドルーヴ・イフ・レヴァリアス。 長い名前のため、皆からは短く『ルー』と呼ばれている。 いわゆる問題児という奴で、いつも遅刻はするわ、喧嘩はするわ、 こうやって授業をサボりまくるわと、先生達の悩みの種となっていた。 しかしそんなこと本人は露知らず ―――たとえ知っていたとしても気にする事など無いのだろうが――― 今日もまた、一人自由気ままな学校生活を送っていた。 やけに学生数の多いこの学校も、流石に授業時間は静かだ。 普段鍵の掛かっているこの屋上は、人も来なくて昼寝にはもってこいの場所。 だから彼はいつも、こっそり作った合鍵をポケットに忍ばせながらここへとやってくる。 「・・・次は魔法歴史だったよなあ・・・いーや、このままサボろ。」 寝ぼけた頭で今日の時間割を確認しつつ、またうとうとと眠りの国へ旅立とうと ・・・・・・したその時。 「くおらテメエ!また授業サボりやがったなー!?そこに直れいっ!!」 「な、何だッ!?」 えらく元気の良い怒鳴り声と共に、一人の少女が勢い良く屋上のドアを開ける。 一瞬驚きはしたものの、ルーはいたって呑気にその場から立ち上がって、その修羅のごとき形相をした少女に声を掛けた。 「…なーんだグラスチャンじゃあないですか。相変わらずお元気そうで♪」 へらりと締まりの無い笑みを浮かべながら、手まで振ってみる。 そんなルーの緊張感の無さに、グラスと呼ばれた少女はさらに表情を険しくして 「うるさいこのエロ馬鹿サボり魔。さっさと降りて来いッつってんだろうが!」 少女の額には、青筋マークが幾つも浮かんでいる。口調もいつにまして荒い。相当ご立腹のようだ。 しかしそこはルーの事。 少しも気にした風無しに今まで眠っていた場所から飛び降りて、グラスの隣に立つ。 そして、自分より頭一つほど小さい彼女の頭を撫でながらのうのうと言ってのけた。 「あーほら怒らない怒らない。せっかくの可愛い顔が台無しデスよ?」 「うわっ、この野郎!!寄るな触るな気持ち悪いッ!」 ざざっ、とものすごいスピードでグラスが3mほどあとずさる。 それを見てルーは大袈裟に溜息をついて見せ、おまけにお手上げとでもいうかのように両手を持ち上げまでした。 「やれやれ、そんなに引かなくても良いのに・・・」 「うるさい!・・・まったく、油断も隙もならない奴だ・・・」 ほこりを落とすように、ぱたぱたと撫でられた所を叩きながら呟く。 その様子にルーはちょっと残念そうな顔をしながら 「そこまでしなくてもイイじゃないですか風紀委員長。ある意味イジメ?」 「イジメじゃない。ただ嫌いなだけ。」 「うわはっきり言うー。」 「お褒めに預かり光栄デス。」 どこか淡々としながらもテンポ良く進む会話。 本人達―特にグラス―は気付いていないだろうが、傍から見ているととても仲が良さそうに見える。 「それにしてもよくやるねえグラスも。俺が言っても聞かないことくらい知ってるデショ?」 コンクリートの床に座りながら、もう何度も繰り返されたいつものセリフを吐いた。 するとグラスはふいとそっぽを向いて、少し離れた場所に腰を下ろす。 「風紀委員長としての勤めを果たしてるだけ。それ以外の理由でお前なんかに話しかける訳ないし。」 「・・・男嫌いなのにわざわざアリガトウゴザイマス。」 くすくすと笑みを漏らしながら、冗談のように軽く頭を下げると、だったら迷惑かけんな!と、グラスが怒鳴る。 それをまたルーが軽く流すものだから、結局いつもいつも堂々巡りになってしまう。 「大体な、お前と同じクラスになったのが運の尽きなんだよ! ・・・くっそう、何でこの学校生活始まって『5年』もお前なんかと・・・」 心底うっとうしげに溜息を吐くグラスとは対象に、 心底楽しそうにへらへら笑いながら、ゆっくりグラスの方へ近寄ってルーははしゃぐ。 「やっぱり運命?ほらほら言うじゃん、赤いい・・・」 「黙れ。二度と言うな、コロス。」 「…はひ。スミマセンデシタ。」 流石に喉元にナイフを突きつけられたらいくらルーでも黙るしかない。 両手を挙げて降参の意を示すと、やっと刃物を収めてくれた。 「学校にそんなもの持ってきてイインデスカー『風紀委員長』。」 「調理実習で使った果物ナイフだからな。」 ジト目で睨んでみるが、グラスはくるくると鞘に収めたナイフをもてあそびながらしれっと言ってのけた。 「そんな物持ち歩かんで下さいお願いデスから・・・」 「お前専用の威嚇用。丸腰で近寄ったら身が危険だろ。」 「…ヒドイ。」 これはルーもちょっと悲しかった。思わず俯く。グラスの顔は見えない。 だから気付かれなかった。いや、わざと気づかれないようにしてたのだけれど。 グラスが、ほんの少し笑った事。 「・・・・・・さて行くか。」 「ドコに?」 急に立ち上がってグラスが言う。急すぎて訳がわからずきょとんとしてルーが問うた。 「どこも何もあるかよ。授業に決まってるだろ。」 「・・・・・・ああ、ナルホド。」 ぽんと手を叩いて立ち上がり・・・立ち上がったまま動かない。 「・・何してんだ。行くぞ。」 「えー、嫌。」 「・・・・・・・・・・・・」 あっさりと笑って言い放ったルーに、無言でグラスが近づく。 ルーが不思議そうにしていると、グラスはモンスターボールを取り出して 「強制連行、決定だ。やれ、怪(かい)。」 ぼむっ、と聞きなれた音を立ててモンスターボールが開く。 と、その様子をぼーっと眺めていたルーの鳩尾に鈍く重い痛みが走る。 「・・・ぐはっ!」 ぽて、とルーの長身が地面に倒れ伏す。 気絶させた張本人であるカイリキーは、軽々とその体を持ち上げて教室へと向う主人について行った。 「……グラスちゃんヒドイ。」 「自業自得だろ。」 放課後、帰路につこうとしていたグラスの前に、先生方に絞られに絞られたルーが現れた。 「いくらなんでもカイリキーは無いデショ。一歩間違ったら死ぬヨ〜?」 「私のカイリキーだから殺しやしない。・・・ああ、半殺しならともかく。」 「・・・鬼畜。オニアクマ。」 「・・・・・・・・・何か言った?」 昼間のリプレイ。喉元にひんやりした鋭い感触を覚え、ルーはとりあえず謝った。 「・・・・・・何でだ。」 「何がデス。」 「何でお前はサボるんだ。立派なトレーナーになろうとか思わないのか?」 解らない、といった表情でグラスが問う。ルーは少し考えて、こう言った。 「別にー。興味ナイ。」 「じゃあ何でこの学校に入ったんだよ!」 「別に入りたくて入った訳じゃないからサ。」 そう言ったルーの表情に、何か見た事の無い、硬く冷たいものを感じて、 グラスはおそるおそる尋ねた。 「じゃあ……どうして?」 「入れられた。」 淡々と、わらって彼はそう言い放った。 その言葉にそれ以上もそれ以下の意味も無く、ただ事実のみを伝える声。 いつものようにわらってはいるけれど、いつものように『笑って』はいない。 一瞬だけルーの雰囲気にのまれそうになって、慌てて我を取り戻した。 「グラス知ってるよね?俺が孤児だって事。」 「ああ。だってお前別に隠してもないし。」 「ま、ね。・・・んで、小さい頃は普通に孤児院居たんだけどさ、 俺が11ん時いきなりここの校長が来たわけよ。 でさ、その時ちょうど俺がポケモンバトルやってたの。 その頃ちょうど初めてポケモンもらったばっかりで嬉しくてねー、友達と良くやってたんだよ。」 間が悪かったんだよねー、と一つ溜息をついて、続きを語る。 「何だか良く分からないけど、それを校長が見ててさ。何故か気に入られちゃったみたいなんだよね。 まあ自慢じゃないけど、俺あそこで一番強かったシ?」 今度はいつもみたいにへらへら笑いながら言うもんだから、 グラスはちょっと腹が立って「さっさと続きを言え!」と怒鳴った。 するとルーはちょっと手で制しながら 「まあまあ、急がずとも言いますよ。 ・・・・・・で、実力を見込まれてここに入れるよう院長さんに言ったらしくてさ。 まー、俺もやんちゃな盛りだったし、孤児院なんて貧乏なもんで、 人は少ない方が良いし、ちょうど良いと思ったんだろね。 俺の与り知らない所で話進んじゃっててさ、12の誕生日にいきなり連行よ。 訳分かんないまま連れて来られた。あっちとしては厄介払いだったんだろーよ。 友達にお別れ言う暇も無く、新しい学校生活の始まり始まりってネ。」 あはは、と笑ってルーは言ったが、その裏には確かな怒りも見え隠れしていて 「反抗か。」 「うん、そんなトコ。」 結論聞いてしまえば、何だそんな事くらいでと言われるかもしれない。 それでも、ルーにとっては大事な事だったのだ。 いくら貧乏でも生活苦しくても、そこはやっぱりもう一つの家庭だったわけで。 大事な物に裏切られたようなあの嫌な気分は、今もしっかり覚えている。 恨みのように、悲しみのように。 「…更生の余地無し、と。」 「まあネ。」 グラスの呆れたような言葉を聞いて、さも当たり前といったように、またルーは笑った。 「オマエ、やっぱ馬鹿だわ。」 ぱし、と乾いた音を立ててルーの頭をたたいた手は、無言で銀の髪をくしゃくしゃにする。 「どうもありがとう。」 いつものように、ルーはへらへらと笑っていた。 「それじゃあ、また明日。」 「ああ、また明日。」 そして1年後、二人は卒業式を迎える。 「……最後の最後までサボるつもりかお前はあッ!」 「グ…ラス、サン…お、落ちる……ぐはっ…」 何時か見た光景が今日―この別れの日でさえも―やはり繰り広げられていた。 前を歩くグラス、後から続くはカイリキーに締め上げられて今にも意識を飛ばさんとするルー。 例の場所でサボっていた所を連れて来られたらしい。 「最後くらいちゃんと出ろ。けじめくらい付けて行け。」 「ハーイハイ解りましたよグラスさん。是非そうさせて頂きマス。」 とまあ、色々とあったが。 とりあえず、無事に卒業式は終える事が出来た。 「…やっぱり泣かないか。」 ひょこっとルーの顔を覗き込んで、グラスはそう呟いた。 一年前よりまた少し高くなった目は、おかしそうにきらめいているだけで、涙のかけらも見当たらない。 「泣くと思った?このボクが。」 「イヤ。予想通りだけど。」 そしてそんな事をいう、グラスのエメラルドの瞳も涙で濡れた形跡はない。 「さて、最後の整理をして帰りますか。」 「俺は特に何も残ってないケド…」 「ついでだから記憶に収めとけ。」 「ハイハイ。」 軽く談笑しながら教室のドアを開けると、慣れ親しんだ空気がそこにはまだ残っていた。 グラスは残っていた私物をカバンに放り込むと、『自分』の席に腰掛けて、 『自分』の机に突っ伏しながら、古くなったそれを軽くなでた。 もうこれは自分のものではなくなってしまうのに。 「この教室も、すぐに私達の事なんか忘れてまた新しい思い出作るんだろうな。」 「時は流れる物デスよ。」 「解ってるよ、それくらい。」 それでも、もう少し居たいと言う。 ルーは入り口のドアに寄りかかったまま彼女を待った。 特に寂しいとか悲しいとか、そういうのがあったわけではない。 ただ別れの気だるさだけがそこにはあった。 「別にお前に居てくれとは言わないぞ。」 「分かってマス。何となく居るだけ。」 「さっさと出て行きたいくせに。」 「別に?どっちでもいいワケよ俺にしてみれば。」 そういってふっとこぼすように笑ったルーを、グラスは反対側を向いて見ないふりをした。 このえがおももうさいごなんだ。 「これからどうする?」 「ん〜・・・あんまり考えてないけどネ。科学者になりたいなーと。」 「理系授業だけはちゃんと出てたもんな。」 「まあ好きかどうかの問題。」 あっさりそう言って、ルーは手近な机に腰掛ける。 「身勝手だな、ほんと。」 「アラ、今頃気付きました?」 「いや全然昔から。」 そして二人とも黙りこくる。 沈黙が、満ちた。 その中で、ふとグラスは思う。 男嫌いのはずの自分だが、どうにもこの男とだけは良くつるんでいた気がする。 そしてそれは決して風紀委員長としての勤めだけでは無い、と気付き。 あの日、コイツの話を聞いてから。 少しだけ、隠し続けられていたルーの心を垣間見た気がして。 ああ、なんだ。 簡単な事じゃないか。 あの日からずっと自分は――― タイミングを見計らったかのように、ルーが立ち上がった音で沈黙が破られる。 「さて、そろそろ行きますか。」 「・・・そうだな。」 自分も立ち上がって、思考も一緒にストップ。 もう、再開する事など無いだろう。きっと。 教室を後にしながら、そんな事を思った。 「送ろうか?」 「いや、いい。道も逆だし。」 「遠慮しなくても良いのにー。」 「別に遠慮してるわけじゃない。」 ぱし、と持っていた卒業証書の筒でルーの頭をはたき、静かな廊下を二人で歩く。 数秒お互い黙り込んで、ふいにグラスが口を開いた。 「決めた。私旅に出るわ。」 「ほうほう、ポケモンつれて。イヤ良いこって。」 感情の見えない声でルーが相槌を打つ。 「それで、まあ気が向いたら…どっか遠い別の国にでも行って落ち着くかな。 そうすればもうお前に会わずに済むし。」 「…連れないねえ。」 くっくっとルーがのどの奥で笑う。 そんな軽口を叩きあいながら、校門を出た。 いつもと同じ、簡単な別れの挨拶。 ただ、今日は 「それじゃあ。」 「ああ。」 分かれ道で、二人とも違う方向へ向き、ふと同時に振り向いて、 「「サヨナラ。」」 綺麗にその声は重なって、二人は少し笑った。 End...? ------------------------------------------------------------------------------- ―Atogaki― 怪盗99号さんの小説に参加すると当たって参考までに・・・ というかそもそも載せて良かったのだろうか…ダメだったら消します。 ちなみにグラスちゃんの本名は、リグラス・ヴァル・レイルーン。 長いです。ルー並み。(ぇ グラスちゃん片思いだったのだろうか。 両思いだったかもしれないけれど別れる。ある意味悲恋。(爆) その後の話は…本編、本編終了後の番外編 (また書かせて頂きました。ありがとうございます!)、 そしてそして神龍伝幻想曲にて…! 2002.8.8  written by 樺夜 加筆修正:2004.11.12