注:この話は怪盗99号様の『believe〜over again〜』の終了後の番外編となっております。 ビリーヴ未読の方は、先にビリーヴを読んでいただく事を強くお勧めします。 と言うか必ず本編を読んでくださいね…!!  『―邂逅、そして―』 それは、一通の手紙から始まる物語。 ┌――――――――――――――――――――――――――――――┐ │リグラス・ヴァル・レイルーン様               │ │                              │ │前略                            │ │秋も深まって参ります今日この頃、如何お過ごしでしょうか。  │ │此度、在校生を含めての合同同窓会を開催する運びとなりました。│ │・・・・・・・                       │ │お仕事の方、お忙しいかと存じますが、            │ │付きましては、同窓会に是非御出席の方お願いします。     │ │                              │ │Winners Way学園  運営委員会           │ └─────────────────────────────―┘ 「もう12年か・・・早いもんだな。」 リグラスは、机に手紙を置くと、ふうと小さく息をついた。 椅子の背にもたれる。椅子がキイと軋んだ。 「合同同窓会ねえ・・・フレッドも今年は居る事だし、顔くらい出してみるかな。」 そう、同窓会。 旧友達と久し振りに出会えるまたとない機会だ。 基本的にほとんどの友人と再会できるだろう、しかし。 「アイツは…まあ相変わらずサボってそうだけどな…」 リグラスは、とある一人の人物を思い浮かべ、少し苦笑した。 サボり魔で傍若無人、人をからかうのを生きがいにしている様な変態、 と彼女の頭の中でその人物はそう定義付けられている。 ドルーヴ・イフ・レヴァリアス。 彼女の、ある種悪友とも言えるべき人物だった。 弟の話では未だに学校に出没(まったくこの表現がふさわしい)しているそうだが、 こういうイベントとなるとどうだろう。 人ごみや面倒ごとが嫌いな人間だったから。 「・・・まあ、なるようになるだろ。」 呟くと、手紙の「出席」の所に丸を書き、それを封筒に入れる。 そしてモンスターボールを取り出すと、窓の外にそれを投げた。 「翔(しょう)、仕事だ。」 小気味良い音と共に現れたのは、ピジョット。 彼女は、その足にくくり付けられた筒の中に、封筒を入れた。 「学校に、これ届けてくれ。」 指示を受けたピジョットは、ばさりと一つ羽音を立てて風のように空へと舞い上がった。 (ま、たまにはこんな事も良いかもな。) 空はどこまでも澄み切っていた。心配事など何も無いといった風に。 しかし、この同窓会が良くも悪くも彼女にとって大変な事になるなどと、 その時の彼女が知るはずも無かった。 そして一方。 「同窓会ねえ。学校には今もしょっちゅう顔出してるしなー。今更メンドクサイ。」 久々に顔を出した研究所で、ルーはその手紙を受け取った。 「そう言う問題じゃないだろ。同窓会だぞ、昔馴染みにも久し振りに挨拶して来いよ。 どうせお前の事だから、今までもサボってたんだろ。」 研究所での仲間であり、学生時代から(彼にとっては本当に珍しくも) 仲の良い先輩でもあるケイズ・ブレストがぴしりと図星を突く。 「うっ・・・バレた?」 「むしろお前を知ってて分からん奴のほうが見てみたいね俺は。」 まったくミもフタもないお言葉。 しかし事実なのでなお性質が悪い。 「とにかくだな、せめて顔くらい出せって。それに思ってるより悪いもんでも無いぞ。」 「あーハイハイ、気が向いたら行きますヨ。」 身を翻し、こちらを振り向きもせずひらひらと手だけ振り返しながら言うルーを見て、 ケイズはひとつ大きく溜息を吐き、ニヤリと口角を持上げて…こう怒鳴った。 「聞いた話だがな、今回は、あの『風紀委員長』も参加するってよ!」 ピタリ その言葉にルーはふと足を止める。 どうやら自分の落とした爆弾は効果絶大らしいと、ケイズは心密かにそう思った…のだが。 「風紀委員長?ええと、確かリグラスとか言ったっけ? そうですか。イヤハヤわざわざ教えていただいてドウモ、先輩。」 彼は、ケイズが期待していたこととは全く裏腹に、動揺したようなそぶりなどチラリとも見せず、 むしろすっかり忘れていたかのような反応である。これには流石にケイズも驚いた。 そして呆れている彼をよそに、ただいつもの人を食ったような笑みを浮かべて、すたすたと歩き去った。 「・・・ンだよ。あんなに仲良かったくせに・・・・・・あの薄情者め。」 「…なーんてネ。」 人影のないところまで来ると、彼はふっとそう呟いた。 彼が『風紀委員長』―リグラス・ヴァル・レイルーン―を忘れるなど在り得ない。 ただ一人と言っても良い、彼の『親友』。 さっきああ言ったのは他でもない、ただ単に自分の下らないプライドの為である。 例え相手が誰であれ、弱みを握られるということをとても嫌うのだ、この男は。 自分でも子供っぽいとは思うが、もう癖になってしまっているし、当然更生するつもりなど毛頭ない。 「へえ、いつもなんのかんので断ってるって話だったのにね?」 別に同級生たちには大して興味はないが…今年は在校生の『彼ら』もいるし。 (それも都合よく合同同窓会だ) 彼は受け取った招待状を一瞥して呟いた。 (とどめに『フェスタ・ジュール』…か。なーんかヤな予感。) ニヤリ、と怪しげに笑って ビリビリと招待状を引き裂いて宙に投げた。 ┌〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜┐ │・・・・・                         │ │なお、同窓会第二部はダンスパーティとなっております。    │ │昔の友人、想い人などと一時の楽しい夜をお過ごし下さい。   │ │パーティ参加者はドレス、タキシードを着用の事・・・     │ └〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜┘ そして、一番端の切れ端には。 ┌〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜┐ │Winners Way学園 運営委員会 フェスタ・ジュール │ └──────────────────────────────┘ ************************************************************************************* ー同窓会前夜ー 今までにない大掛かりなパーティとあって、参加者たちは少なからずみな浮き足立っていた。 ダンスパーティをするのも、初の試みであるから尚更である。 少し、学校の中を覗いてみよう。 ※水色の髪の少女と、黒髪の主席の少年の場合※ 「ダンスパーティなんて楽しみ〜♪私何着て行こうかな☆」 「ねえねえ、誰と踊るつもりなの??」 「えへへ〜、それはねえ…」 こそこそと、耳打ちするのは水色の髪の少女。 名前を聞いたのだろう、もう片方の少女がなるほどと言った表情になる。 「やっぱりね〜!と言うよりも他にいないもんね、ルリカの相手なんてv」 「あ、あはは〜、もっちろん☆(ほんとはまだOK貰ってないんだけど…ね)」 「やるう!…あ、噂をすればなんとやら…ってことでお邪魔虫はタイサ〜ン♪」 「え、えっ?!」 ぺらぺらとまくし立ててぱたぱたと去って行った友人をあたふたと見やりながら、 残った仕事をどうするか考えていると、ポンと肩に感じた感触に、思わず飛び上がる。 「きゃっ!」 「…そんなに驚く事か。」 「え、わっ、わわっ!ティン?!」 目の前に立っているのは、さっきまで話題に上っていた本人。 知られて居ないと分かっているが、ちょっと気まずい。 「え、っと…どうしたの?」 「いや…明日ここで催しがあるだろう…」 いつも物をはっきりと言う彼だが、今日はどうも歯切れが悪い。 「その、だな…本当は抜けたかったんだが、担任に強制されて… 他の奴に頼むのも気が進まないんでな。 …とにかく、嫌じゃなければ明日のダンスパーティに付き合え。」 …いつもクールなその顔が、どことなく上気しているように見えたのは、 果たして彼女の気のせいだったのだろうか。 ※生徒会長の責務に負われる少女の場合※ 明日は合同同窓会と言う事で、生徒会長である彼女もまた、忙しい日々を送っていた。 デスクワークで凝った肩をトントンと叩いて、ふと、呟いた。 「ダンス、パーティか。」 虚空を見上げるその瞳には、誰が写っていたのだろうか。 それを知っているのは、ほんの数人だけ。 「…お前は、そう言えばあまりこう言った事は好きではなかったな。」 去年のクリスマスを思い出す。 言いかけたまま、言えなくなってしまった互いの想い。 …あの時の答えを、ちゃんと聞きたい。 「私にだけ言わせて、逃げるつもりか?」 ふっ、と一つ溜息を吐いて。彼女はまた書類に目を落とした。 部屋の空気にすら、表情を窺われないように、じっと俯いて。 「…何でもいいから…早く帰って来い、バカ。」 ※プラチナヘアの優等生と緑眼の新入生の場合※ 「…で、だから何。」 「だーかーら、お前はもう相手見付けたのかよ!」 「…いや、別に興味ないし…って、お前こそどうなんだ。」 うっ、と言葉に詰まる。プラチナが揺れて、溜息の音が聞こえた。 数瞬の沈黙の後、プラチナの方が先に静寂を破った。 「…気なんか使わなくていいぞ。」 「…ちっ、何だ…バレてたのかよ。」 ばつが悪そうに頬を掻きながら、エメラルドアイの視線が逸らされる。 「ただ…少しでも、気晴らしになりゃいいと思って… 俺の、せいで…お前の心は過去に囚われたまま、」 なお喋ろうとするのを手で制して、ぽつりぽつりと話し出す。 「…今も、オレの恋人はあいつだけだ。 …それに、オレは別に過去に縛られているわけじゃない… もしかしたらいつか、また恋をするかもしれない。それでも…」 一旦そこで言葉を切る。また一つ溜息。隣の緑眼は、閉ざされている。 「あいつはオレの中で特別の存在であり続ける‥永遠に。」 そういった彼の茶色い瞳は、いつまでもその奥底に、ただ一人だけを映し出していた。 ※黒の少女と緑の少年の場合※ 下校中、連れ添って歩く一組の男女。 「明日は合同同窓会だってね。」 「同窓会・・・って事は、ルーも来るのかしら。」 「うーん、でもあの人いつも来てるしね。」 確かに、と黒の少女が微笑んだ。 「それにさ、男の人はタキシード着用って言う噂だろ? ルーがそんなもの着てるって考えてみてよ。」 「ふふふ…ぜんっぜん似合わなさそう!」 だって自分たちの良く知るかの男は、いつだって薄汚れた白衣を着ていたから。 到底フォーマルなど似合いそうにない。 「そういえばさ、二部のダンスパーティ、テリーサも出るよね?」 「え、私は…」 どうやら迷っていたらしい。 少年の視線から逃れるように俯くと、少年は優しく問いかけた。 「何か、問題でも?」 「う、ううん…そうじゃなくて、ただ、ダンスなんて初めてだし…」 恥ずかしそうにぼそぼそと呟く彼女に、少年はにっこりと微笑みかけると 「ダンスなら、教えてあげるよ。‥だから、一緒に出ようよ。ね?」 「ほんと…!?」 その言葉にぱっと晴れやかな笑顔を浮かべると、少女は少年にぎゅっと抱きついた。 「え、あ、あの‥テリーサ??」 「ありがとう!ありがとうナイル君!」 よっぽど嬉しかったんだ‥と少年はにっこりすると、ぽんぽんとその背中を優しく叩いた。 夕焼けに染まった少女の髪が、きらきらと輝いていた。 **************************************************************** そして、学校の外では。 「…ドレスなんて、いつかに友達の結婚式に出たとき以来だな。」 要するに着慣れてはいないらしい。 レンタルのドレスを前に、かれこれ数十分間立ち尽くす女がここにいた。 「…姉さん、まさか着方が分からないんじゃ…」 「うるさい!お前は良いからあっちに行ってろ!」 おお怖い怖いとぶつぶつ呟きながら、フレッドが部屋をそそくさと出て行く。 「…着方が分からないんじゃなくて、どうやって着ようか悩んでるんだよ。」 世間ではそれを着方が分からないと言うのですよリグラスさん。 「ホントにタキシードって絶対着ないとダメー?」 「ダメ。」 「持ってなかったら?」 「借りて来い。」 さっきからこれの繰り返し。延々10回以上は続いている。 「だってさ、タキシードって堅苦しいし動きづらいし、 別に服装なんてどうだってイイと思うんだよネ、オレとしては。」 「お前が良くてもこれで決まりなんだから仕方ないだろう。」 ケイズが今日数十回目の溜息を吐く。 「と・に・か・く!何でも良いからタキシード借りて着て同窓会に来い! もうこれは命令だからな!」 「いや別に命令とかされても…」 「細かい事はどうでも良いんだよ!とにかく言うとおりにするんだぞ! …ああもういっそどんなカッコでも良いよ。とにかく明日のには参加しろよな。」 とうとうケイズが折れた。頭を抱えながら研究者寮の部屋を出て行く。 「…あー面白かった。あの人からかうのはやっぱ面白いネ☆」 けらけらと笑いながらタンスを開けるルー。その中には数着のスーツやタキシード。 彼いわく、 「一応、これでも研究者なんでね。 大きい学会の時はパーティもあったりで正装しなきゃダシ?」 そしてちゃかちゃかと服を選びに掛かる。真っ黒のタキシードにネクタイ。 なかなか質も良いらしかった。 「タキシードとかスーツなんて普段着ないから、皆驚くかもネ。」 と呟いた途端、何か思いついたようにはたと手を打って 「…どうせなら、思いっきりアイツらを驚かせてみようか…?」 にやり、と鏡の中の自分が笑った。 そして、夜は明け、 合同同窓会の日。 果たして何が起こるやら・・・・・・ *********************************************************************** 同窓会は昼過ぎから始まる。 昼食会をかねた立食形式になっているらしく、 人々はクラス別に別れたテーブルに着いて、それぞれ楽しく談笑している。 そんな中、どこのテーブルにも着かずに入り口を気にする男が一人。 「…あいつ…まさかサボるつもりじゃないだろうな…」 ちゃんとタキシードに身を包んだケイズが、苛立ち紛れにそう呟いた。 開始時間はまだだが、もうだいぶ人が集まって来ている。 その中に、探している人物はまだ居なかった。 「あ、ブレスト先輩じゃないですか。お久し振りです。」 その声に振り返ってみると、そこには一人の女性。 若草色のパーティドレスの上に、ラベンダーのカーディガンを羽織っている。 髪は美しく結い上げてあり、少し上気した頬を縁取るように、金の後れ毛がさらりと垂れている。 なにより綺麗なエメラルドアイが、金の髪に良く映えている……要するに相当の美人だ。 「…ええと・・・・・・・・・・・・・・グラス?」 「そうですが…何なんですその顔。私の顔に何か付いてます?」 グラスが訝しんだのも無理はない。 ケイズと来たら、ぽかんと口を開けてそれはそれは間抜けな表情をしていたのだから。 「……いっやあ、見違えたなあ。うちんトコのバカは相変わらずの不精だってのに…」 「いや、アイツがちゃんとしてる方がむしろ何か怖いでしょう。」 アイツ、とは言わずもがな、ルーのことである。 「確かになあ。…いやー、それにしても美人ンなったねえ。」 「お世辞としてありがたく受け取っときますよ。」 「いや、お世辞じゃないってば。‥まったく、性格は相変わらずの男前のようで。」 はははと笑うケイズに、グラスは少しムッとしたように 「さっきから、貶してるんですか褒めてるんですかどっちです。」 「いやいや、褒めてるんだよちゃんとね。 だってさ、昔の君ってば髪はベリーショート、それも結構似合うんだけどさあ。 化粧なんて絶対しない、おしゃれにも興味ないし… その上あの言葉遣い。元が良いのに勿体無いって、結構男子影で泣いてたんだよ?」 そう言うケイズに彼女は溜息を吐いてこう返した。 「…そういう男が大嫌いだからやってたんですよ。 まあ、そうでなくとも元々興味なんて無いんですけどね。」 吐き捨てるように言ってひらひらと招待状を振って見せるグラス。 その意図を汲み取って、ケイズは思わず苦笑いを浮かべた。 「ジュール君、か。‥もしかして今も言い寄られてるの?」 「ええ、あの成金変態野郎、今でもどっから調べてくるのか、手紙やら電話やら …果ては嫌がらせから脅迫まがいの事まで、犯罪スレスレって言うかむしろ犯罪の域だなあれは。」 「相変わらずのストーカーっぷり発揮してるねえ…」 呆れたように肩を落とすケイズ。やっぱり、と言う呟きが小さく漏れた。 「んー‥まあ大体予想は付いてたけどね。元々グラスは男嫌いだったし。」 でもさ、ルーとは結構仲良かったろ? 満面の笑みをその顔に浮かべてグラスに問うケイズ。 その笑みが意味するところを悟って、グラスは慌ててこう言った。 「な、仲良かったとかそんなんじゃなしに、ほとんど腐れ縁ですよ!」 何が悲しくて入学から卒業まで同じクラス!と当時の事を思い出し、 声が自然と荒くなるグラスをケイズがなだめた。 「まあまあ、でも結果的に親友になったからいいだろ?」 「…親友じゃなくて、思いっきり悪友な気がするんですが。」 ジト目で言い返されたが、そこは流石いつもルーといるだけある。 笑ってあっさり流してしまった。 「結果オーライって奴さ。 それにしても、、アイツほんと遅いな…」 腕時計を見ると、もう開始から1時間も過ぎている。 ダンスパーティなどの大きいイベントは日没以降だが、 もしかしたらサボるのではないかと言う不安がどうしても消えない。 「ったくアイツときたら……ん?」 何を見つけたか、窓の外をぽかんとした表情で見ているケイズに、グラスは不思議そうに問うた。 「…何かあったんですか?」 「あ、ううん、何でもないよ。…さてと、オレはそろそろクラスの方行って来るわ。ま、そっちはそっちで頑張れよ!」 「へ?あ、はい。それじゃあ…?」 急にそそくさと去っていったケイズを訝しんでいると、急に入り口の辺りが騒がしくなってきた。 驚きの声に混じって、何やらきゃあきゃあと女の子たちの黄色い声も聞こえてくる。 「…そんな人気者、居たっけなあ…??」 頭の中でここまで歓迎されるであろう候補を検索する。 (…自分より二つほど上に確か顔が良くてバトルも強いとして人気の先輩が居たような …だめだな。 確かあの人は今は昔と違って、フツーのオッサンになったって誰か言ってたし。 それとも後輩のあの天才君だろうか…でも何かそう言うタイプじゃ無さそう。 これも違うかな、うーん、あれも何か違うような…) どうやら該当する人物は居なかったらしい。 彼女がうんうんと頭を捻っていると、ずしりと不意に肩に重みを感じた。 どうやら唐突に誰か肩に両手をかけたらしい。 とっさの事で驚いたのもあって、彼女は思わず振り向きざまにこう怒鳴った。 「‥っ、重いだろ、オイ誰だよっ!」 「あー、やっぱりグラスちゃんだった♪ひっさしぶり〜、元気してタ??」 「・・・・・・・・・・・・・・・!?!?」 目の前に居たのは、黒のタキシードに身を包んだ、すらっとした長身の男だった。 短い銀髪に、切れ長のアイスブルーの瞳。輪郭もすっきりとしており鼻も高く、なかなか整った顔立ちをしている。 さっき騒いでいたのはこれだったのか…グラスは心の中でそうひとりごちた。 …そしてたぶん、殆どはこの人物が誰だか分かって居ないはずだ。 信じられないほどきちんとして来ていたから、自分ですらとっさに誰かわからなかったが、 この銀髪とこの目、見間違うはずも無い。 それにしても、あんまり驚いてしまった。 空気の足りない金魚みたいに口をただパクパクさせて、目の前の人物に人差し指を向ける。 「あれ、ヤだなー、ボクの事もうお忘れで?あ、もしかして健忘症とか? 頭の使いすぎも良くないヨ♪」 「…ッンな訳ねーだろこのボケがあッ!!!」 12年前と変わらぬ勢いで繰り出された右ストレート。 なのに相手と来たら、首をちょっと動かしただけであっさりとそれをかわすと、ひょいとその腕を掴んで、 そのにこにこ顔(彼女にはそれが悪魔のニヤニヤ笑いに見えたと言う)を崩さぬままにぬけぬけとこう言い放った。 「お久し振り、風紀委員長。」 「ったく、本当に久し振りだな。学園きっての問題児と名高い…ドルーヴ・イフ・レヴァリアスさんよ。」 ・・・・ しばし、一同沈黙。 グラスが皮肉げにそう言い放つと、それまで辺りを取り囲んでいた野次馬たちが一気に騒然としはじめた。 きっと、この男の正体を知って馬鹿みたいに驚いているのに違いない。 さっきまで騒いでいた女の子たちの溜息があちらこちらから聞こえてくる。 まったく上手く化けたものだ。 「何だ、一体何の騒ぎだ!?」 突然人垣の外からそんな声が聞こえたかと思うと、その一角が割れて道が空いた。 その道を通って、何人かの男が駆け込んでくる。 その中の一人を見て、グラスがそりゃもうあからさまに顔をしかめた。 「……ちっ、来やがったかストーカー野郎。」 「…一体何があった…?おや、これはこれはリグラスじゃないですか。いやはや良くぞ来られた。 やあ、いつものボーイッシュな服も良いが、やはりドレスもよく似合う!まさに華の如しですな!!」 歯が浮くほどにグラスを褒めまくるこの人物こそ、例のフェスタ・ジュールその人だ。 ブロンドの髪でルーとはまた違う、こちらはコバルトのブルーアイズ。 黙ってれば顔も悪く無いのだが、いかんせん性格がヤバい方向に行ってしまっている。 さっきグラスも言っていた通り、昔から彼はグラスに熱を上げているのだが、それがもう半端ではない。 告白するたびにグラスにカイリキーでボコにされかねない勢いで断られているのだが、それでも懲りずに何度もアタックし、 果ては人を雇っての脅迫まがいの事だとか、ストーカー行為などといった犯罪的行動にまで及んでいるのだから始末が悪い。 「……何でテメエがここにいんだよ。」 「おお、何を仰るか。私はこの通り、ほら。」 ジト目で睨みつけるグラスをものともせず、ジュールは名札を外して見せた。 「…運営委員会…フェスタ・ジュールだとッ!?」 「あれ、グラスちゃん知ってたんじゃないノ?」 横からルーが顔を出した。と、その姿を認めるや、ジュールが過剰なまでに反応する。 「…き、貴様!!何故ここに居る!?」 「…同窓会だからに決まってんジャン。アンタ馬鹿?」 顔を真っ赤にして怒鳴るフェスタに、あからさまに蔑んだ口調で返すルー。 「それにしても相変わらずやること悪どいねー。 何?グラスの招待状にだけ名前書かなかったワケ? まったくお偉いさんだか何だか知らないけど、セッコイやり方だよネ。」 嘲笑を浮かべてお手上げ、のポーズをして見せるルーに、 フェスタの怒りのボルテージは完全に臨界点を突破したようだ。 「フ、フン!この私を侮辱した事、今に後悔させてやるわ!」 「てゆーか学生時代からそのセリフ一万回くらい聞いたようなー。」 口喧嘩で彼にかなうはずもなく。 頭に血が上ったフェスタは、つい、去り際にこう口を滑らせてしまったのである。 「くっ、黙れ!お情けで拾われてきただけの、賤しい孤児であったお前なぞに関わっている時間は無い! 何をしている。行くぞ、お前達!さっさと付いて来い!!」 彼のセリフに、辺りが一瞬にして凍りつく。その事にも気付かないくらいに激昂して、フェスタはドスドスと足音を立てて何処かへ行ってしまった。 ルーは相変わらずの笑みを浮かべているが、その温度が先ほどとは比べ物にならないほど下がっている事 ―絶対零度すら余裕で振り切るほど―に、 気づかない者は一人として居なかった。 自然と、人垣があとずさっていく。 「…そうかい、それじゃあ君の言う後悔とやら、楽しみに待っているよ。」 フェスタが去って、笑いながらルーが呟いた言葉は、その場に居た全員を戦慄させるに十分足るものだった。 *************************************************************************** 日が沈んで、ダンスパーティが始まった。 大ホールには優雅な音楽が流れ、人々は各々相手を見つけては曲に合わせてステップを取る。 このダンスパーティにはOBのみならず、在校生も参加しているため、それはもう何せすごい人数で いつもは無駄にだだっ広く感じられる大ホールですら、今日はとても狭く思われた。 と、そんな中ルーはさっきのタキシードの上にまたいつもの白衣を羽織り、眼鏡をかけて(曰く、落ち着くらしい) 壁に体重を預けて、一人人々が踊る様を何とはなしに傍観していた。 (おーおー、みんな随分とはしゃいじゃってまあ。…おっ、あれに見えるはティンとルリカじゃナイデスカ。 ティン君もやるもんだねえ、最初はあんなに鬱陶しがってたってのに。はたから見てたら完全にカップルだネ。 …っと、あれは…テリーサとナイル?へー、あちらサンはあちらサンなりに上手くやってるみたいじゃない。 水華とルネは見当たらないな…まあ、水華の場合はアルがまだ失踪中だし、来てるとも思えないケド。) そこまで考えて、ふと自嘲する。 ―ここは同窓会のはずなのに、考えているのはあいつらの事ばかりとはネ― 良く考えてみれば、自分はグラス以外の同窓を殆ど覚えていない。…興味がなかったからだ。 事実、今思い出した『あいつら』―先の事件で共に戦った仲間―の方がずっと大事だと思う。 しかし、自分は彼らとは随分歳も離れている。 いつもはあまり気にしてなどいないが、この辺にやはり壁が存在しているのは確かで。 (この俺が、寂しいなんてネ。・・・ウワ、似合わないナ。) 寂寥感を、鼻で嘲笑い、事実に目を瞑る。 馬鹿みたいな自尊心は、自身の孤独を認めたがらなかった。 「何してんだ、ここまで来てもサボりか?」 「…ぅわあ、びっくりした。」 言葉とは裏腹に、全然驚いていない声でそう言うと、ルーは閉じていたまぶたを開けた。 目の前には、少し息を切らせたグラス。 「で?どうかシマシタ?」 「いや‥別に用は無いんだが…」 そこで一旦言葉を切って、何かに見付かるのを恐れているように さっとあたりに視線を走らす。 「…アイツに追われててな…」 「‥ご愁傷サマ。で、何でここに?」 「他の奴はあんまり当てにならないからな。ブレスト先輩は急用で帰っちゃったし。」 と、何か(十中八九フェスタだろう)を見つけたらしく、 唐突にグラスはルーをバルコニーの近く―ホールの方からは死角になる所―に引っ張っていった。 「あのさあ、逃げるのはイイけど何も僕を引っ張ってく事無いじゃないデスかグラスさん。」 「それはそうだけど何となくだっ!」 慌てたように口調も荒くそう答えると、ぷいと横を向く。 それを見て、ルーの悪戯心が騒ぎ出した。 「あーっ、一人じゃ心細いんデショ!」 「なっ…ンな訳ないだろっ!何となくだって言ってるだろうが!」 「ホラホラいつまでも意地張ってないで。」 「だから張ってねえっつの!」 「あ、そう。じゃあ僕はまたあっち行こうかな…」 と、ルーがホールの方へ向かおうとすると、ガクンと凄まじい勢いで引き戻された。 「薄情者っ!私があのストーカー野郎に捕まっても良いと!?」 「いや、だからそれを何で俺に…?」 「何でも良いからあいつが来たら知らせろ!良いな!?」 ほんと人使い荒いなあ、とぶつぶつルーが呟いているのをキレイに無視して、 グラスは必死であたりに目を配る。 (…くっそお、あんなセコイ手に引っかかった自分が情けないッ! 今度会ったら怪のクロスチョップ(もちろん手加減なし)を食らわせてやる…!) しかし、当の本人はそんな事知る由もなく。 「こちらB班!‥フェスタ様!南側バルコニーポイント3にてリグラス嬢を発見いたしました!」 「…何ぃっ?!!」 確かに、フェスタ本人はいなかった。 しかし、今目の前でトランシーバーで話している、黒スーツサングラスの怪しい男は、明らかに彼の腹心らしく。 すぐに、さっきまで必死で逃げていた相手の、フェスタ・ジュールその人が現れた。 「おお、探しましたよリグラス!一体どこに隠れていたんです?」 「…うっげえ…」 そしていつの間にか辺りを見れば、フェスタとその部下たち (と思われるいかにも堅気じゃなさげな人たち)に取り囲まれてしまっていたのである。 「…あーやれやれ、揃いも揃って暇な奴らだねぇ。」 ハンッ、と軽く嘲笑を浮かべて、ルーがその中に割り込んでくる。 「女一人にこーんなに手間取って、それでも嫌がってんだから、 よっぽどナンパの才能ナイね、アンタ。」 「くっ…またしてもお前かレヴァリアス!」 フェスタが憤怒の表情を浮かべる …が、それはすぐに消えて、今度は勝ち誇った表情でこう言い放った。 「しかし…今回は貴様に邪魔はさせん。」 パチン フェスタの指が鳴った。 と。 「…そこで大人しくしてるんだな。」 突然ルーの両脇にいかつい男が二人現れて、動けないようきつく腕を掴んで拘束してしまった。 「…あらまあ…やっぱセコイこと。」 呆れたように息を吐いて、ルーが両の二人を見やる。‥そして嘆息。 それが気に入らなかったらしく、片方の男は黙ってルーの鳩尾に拳を入れた。 「ぐうっ…!?」 がくっ、と力なく崩れかけるが、腕をつかまれているのでよろめくだけに留まった。 「ふん、良いザマだ。さっき後悔させてやると言ったな… じっくりその言葉、味わってもらうとするか。」 にやり、と悪辣な笑みを浮かべてフェスタがルーににじり寄り、 華奢な顎を掴み、強引に上を向かせる。 「さあて、どんな罰を受けてもらうとするか…うっ!?」 フェスタが身を引き、顔を擦る。…ルーが顔に唾を吐きかけたのだ。 「なーにが『罰を受けてもらうとするか…』だ。アンタ何様? いやまあアンタ昔から確かに根性曲がってたけどさー。懐かしいネー。 良く喧嘩売ってきたから3倍返しくらいにして返してあげたケド何? もう忘れちゃったっての?」 ニヤッ、と不敵な笑みを浮かべて、ルーがそう言い放つ。 フェスタが、またしてもその顔に血を上らせた。 「…くっ、そ、その状態で何が出来るというのだ!小賢しい奴め… オイ、お前達何を気圧されているんだ!こんな物はこけおどしに決まっているだろう!」 言って、フェスタはきっ、とルーを睨みつける。 「貴様も学生時代より少しも変わっていないわ …賎しい者が、ただ居るだけで目障りだと言うに、リグラスまでそそのかしおって!」 過去を思い出して、さらに激昂したのか。 「貴様など、消えてしまえば良いのだ!」 ガスッ! 周りが騒然とし始める。 フェスタが、怒った勢いのまま、ものすごい勢いでルーの顔に拳を放ったのだ。 カラン、と音を立てて、眼鏡が地に落ちた。 「ルー、おいルー!!」 駆け寄ろうと、グラスが踏み出した途端勢い良く引っ張られて思わずつんのめる。 …みれば、さっきの腹心の男が腕を掴んでいた。 「…できれば大人しくして頂きたいものですな。 あの男がどうなっても構わないというのなら、無理強いは致しませんが。」 「…クソッ、どこまでも卑怯な野郎め!!」 憤怒の形相で睨みつけるが、相手は動じず。 ただ、彼女は傍観している事しか出来なかった。 悔しさに顔がゆがむ。そんな様子を見て、ルーはいつものへらへらした笑みを浮かべながら彼女にこう言った。 「……あー、グラスちゃん?ドレス着てるんだからあんまり男勝りな行動は慎むように。OK?」 「…お、お前っ、何そんな悠長な事…」 驚いて見れば、頬は腫れ、口の中も切れているようで、血が滴っていた。 しかしルーは、呑気にひらひらと手を振って見せると、 口にたまった血を吐き出し、フェスタに向かってこう言った。 ――それはそれは冷たい声音で。 「さてさて、フェスタ君?…俺がさっき言った事がこけおどしかどうか …試してみるかい?」 その言葉に、フェスタが少したじろぐ。 何かを言おうとしているようだが、言葉が出ていない。 フェスタの様子を見て、流石に男たちも心の動揺を隠し切れないようだった。 「ふ、フン!出来るものならばやってみろ!言っておくがこいつらは屈強のガードマンで…」 「ああ、御託は良いから。‥じゃあお言葉に甘えますか。」 その様子を見てニヤリと、口の端だけを上げて笑む。アイスブルーの瞳が、刃物よりも鋭利に光った。 ガシッ ルーを拘束していた二人の男は、腕をつかまれたような感じがして、一瞬下を向いた。 「!?!?!!!」 途端、鋭い痛みが腕を通して骨にまで伝わる。あまりの痛みに瞬間、拘束が緩む。 それで十分だった。 一瞬の隙をついて、緩んだ拘束を解き放つ。 男たちは、何があったか分からずに少し戸惑う。 「これで屈強のガードマン…呆れるネ。見掛け倒しジャン?」 背後より聞こえた声に振り向く二人…と、 「うぐうっ!?」 「お、おいどうした!?」 片方の男―さっきルーに拳を食らわせたほうの男だった―が、鳩尾に重い衝撃を受けて崩れ落ちる。 「お返しは、3倍返しが相場ダロ?」 「…おのれっ!」 呟きながら、向かってきた男のパンチを避け、勢いを殺さないようにしてそのまま投げ飛ばす! 「うおおっ!?!」 「ええと、それジャアさっきの人にも隅に引っ込んでてもらおうかな。」 軽い笑みなど浮かべつつ、吹っ飛んだ男の方へ、さっき鳩尾を殴ってダウンさせた男を蹴り飛ばす。 呻き声を上げながら、二人はそのまま気絶した。 「なーんだ、このくらいならティンやアルたちのほうがよっぽど強かったなあ…」 「な、何をしているお前達!早くコイツをどうにかしろ!」 その声にはっと我に返ったように、周りにいたガードマンたちもいっせいにルーに飛び掛った。 「…下手な鉄砲ってさ、数打っても当たんないんだよネ。」 そう呟いてルーは、男たちを避けるように腰を低く落として、 先に殴りかかってきた男の顎に一発鉄拳を食らわせる。 「ほーら、次ッ!」 放たれた蹴りを受け流し、大きな隙が出来たのを見計らって肩を蹴り飛ばす! 「調子に乗るんじゃねえ餓鬼がッ!」 「調子乗ってんのは…どっちですかねぇ?」 背後から大きな拳が飛んできたのを紙一重で避けると、その腕を思いっきり捻り上げる。 「な、何だとッ!?」 「見かけと力は別モン何デス。あと力学的な問題でして。」 にやっと笑うと、その細腕には不釣合いなほどの力で男の巨体を地面に叩き付けた。 そこでようやく回りを見回してみると、ほとんどが気絶、 残っているものもすでに戦意を失って隅の方へ逃避していた。 「…さて、後悔って何の事でショウ?」 笑いながら言ったが、その目は以前鋭い光を宿したまま。 それを見たフェスタが、がくがくとみっともないほどに震えているのを見ると、 ルーは呆れたように笑ってつかつかと彼のほうへ歩み寄り、 頭をわしづかみにして自分の方へ向かせて 「…二度と、俺やグラスの前にその面見せないで頂こうか?」 低く呟かれた言葉に、フェスタは何度もコクコクと頷くと、 慌てて手を振り切って何処かへ逃げて行ってしまった。 その姿をニコニコ笑いを浮かべて眺めていたルーだったが、ふと何か思い出したように、 まだ硬直したままのギャラリーの中を掻き分けてバルコニーの入り口付近へと向かう。 そこには、呆然としたままのグラスが一人突っ立っていた。 どうやら彼女を見張っていた男も、フェスタが逃げたのを見ていち早く逃走したらしい。 「おーい、呆けてないでさっさとズラかるよ、ホラ。 これだから人の多いのと面倒なのってヤなんだよねぇ…」 「…へ、あ、うん。」 グラスは何が何だか分からないままに、ルーに連れられて行ってしまった。 そしてそのころギャラリーでは。 「…あんなに戦えるんなら、AI―99と戦う時も奴一人に任せてれば良かったな…」 「うん…言えてる…」 「あの男がもっとまともに戦っていたら、今頃アルは…っ!」 「み、水華落ち着いて…!」 「ポケモン使わなくても勝てそうかも。」 「おい、ちょっと待て……姉さんをどこに連れて行く気だ?!」 一部の生徒の口から、こんな呟きが漏れていたという。 「…はっ、ここは何処だ!?さっきまで学校のホールにいたはずなのに!?!」 「やだなあグラスちゃん、騒がしくなると面倒だから逃げて来たんじゃナイ。健忘症?」 「…違わいっ!!…しまった、さっきのショックでボーっとして…」 ここはムーンシャインの上空。グラスが驚いたのも無理はない。 気がついたら、湖の上をカイリューの背に乗って飛んでいるのだから。 「つーか騒がしくしたのお前だろうがッ!」 「ヤだなあ、せっかく助けてあげようとあんな大立ち回りやってのけたのに…ヒドイ。」 隅の方で座り込んでカイリューの背中にのの字を書いてみたりするルー。 それでようやく頭の整理がついたグラスが、慌てて謝った。 「あっ‥あの、ゴメン。…あと、アリガト。」 「…あっ、グラスちゃんがありがとうって言うの初めて聞いたカモ。」 ひょこっ、と立ち上がっていつものニヤニヤ笑いを浮かべるルー。…謀られた。 「…っ、で、でもなっ、あれ半分以上私怨こもってただろっ!!」 「アハハ、バレた?」 「バレたもなにも明らかに分かるだろあれっ!…ったく。」 大声を上げる事に疲れたのか、仕方無さそうにぺたりと座り込む。 その隣にルーが腰を下ろして、こう呟いた。 「ま、確かに昼のお返しも入ってたけどね。…でもそれより…」 「…それより何だよ?」 不思議そうにグラスが問うと、ルーはニコニコと顔に笑みを浮かべて小さく手招きした。 耳をかせ、とでも言うのだろう。 他に人なんていないのに…と訝しそうにしながらも、渋々グラスが耳を近づける…と 「あんな下衆に、グラスを渡す気はないからね。」 ・・・・・。 思考がたっぷり一回転半はしただろう後に。 ずざざっ、と音を立ててグラスがカイリューの身体のギリギリまで引く。 その顔は耳までオクタンよりも真っ赤だ。 「な、ななな…お前、何言って…」 「イヤ、何といわれても言葉通りなんですが。てゆーか引きすぎグラスちゃん。 気をつけないと落ちるよ?」 しゃあしゃあと何事もなかったかのように言ってのけるルー。 相変わらず満面の笑みを浮かべている…悪魔の笑みだ。 「…じょ、冗談も大概に…」 「とは言え冗談じゃないんだねこれが。」 つかつか、とルーが歩いて来る。反射的にグラスは体を引いて グラリ 「げっ!」 ふちから体をさらに引けば、落ちるのは当たり前の事であるから 重力に従ってグラスの体は下へと傾いて傾いて… ガクン 「…おおっと、危ないなあもう。」 傾きかけた体が、衝撃と共に途中で停止する。 振り向いてみれば、ルーが腕を掴んでいた。 「ほいっと。」 「うわっ!」 そのままルーが腕をぐいっと引っ張った物だから、勢い余ってもろにルーに突っ込んでしまった。 「わーい、グラスちゃん、げっとー。」 「ば、馬鹿なこと言ってないで離せーっ!この変態っ!」 暫くじたばたしていたグラスだったが、どうしても離してくれそうにない事を悟ったか、 そのうち溜息をついて大人しくなった。 その頃合いを見計らってか、すっとルーがグラスを体から少し離す。 そして、珍しく真摯な表情で、こう言ったのだ。 「…グラスは俺じゃ嫌だったかな?」 アイスブルーの目が、真っ直ぐにエメラルドを覗き込んでくる。 眼鏡はさっき落としたままだから、その間に障害物は一つも無い。 「…そう、だな。」 す、とルーの腕から逃れてグラスがくるりと背を向ける。 「どうしようもない馬鹿だし調子乗りだし変態だしこれで喧嘩っ早いし 超がつくくらい不精だし放浪癖はあるし性格には問題ありすぎだし…」 後ろで少しルーが傷ついているようだったのはこの際無視をして、グラスは続けた。 「まあそれでも、一応研究者やってるみたいだからそこを見込んで一つ頼みがある。」 よく分からないといった表情で、ルーは大人しく聞いている。 「私も研究をやってるんだ、ポケモンの進化に関してね。 …前までは、フレッドとかルネが手伝ってくれてたんだけど、 最近学校に行くようになって。今は手伝ってくれる人がいないんだ。」 そこまで言ってから、顔だけ振り向いて彼女は 「でも研究はまだまだやめる気は無いんだよな。 お前、今暇だろ?もし良かったら手伝ってくれないか? ……そうだな、出来れば専属の助手になってくれると助かる。」 その言葉に、ルーはニヤリと笑うと、もう一度グラスを抱きしめて 「この俺を捕まえて助手はナイでしょ。 …共同研究者でどう?期限は死ぬまでってコトで♪」 ******************************************************************************* そして、ずっと後のこと。 とある研究所に、数人の若者達が訪れた。 「こんにちわー☆おっじゃましまーす♪」 「…せめて返事くらい聞いてから入れ…」 「ねえ、見た目ちゃんとした研究所だけど、あの人達二人でちゃんとやってると思う…?」 「いや・・・・あんまり当てにならないな。」 「お邪魔します…」 と、中から女性が出てきて、彼らを中に招き入れた。 「ああ、皆いらっしゃい。…おい、ルー!皆来てるぞ!」 「あー、ハイハイ、先入っててヨ!」 奥からはどこか慌てたような男の声。 何かバタバタと足音も聞こえる。 「あッ、こらサーズ!そっちはラボだっ!」 「ええっ、また勝手に…ごめん、中入ってて!」 ・・・・ 「ね、ねえ…」 「…ああ…」 「何かさあ…」 「うん…何つーか」 「イメージがな…」 「だってあの人たちだしね…」 「チクちゃんもそう思うよね…」 「…妙よね。」 意見はどうやら満場一致。みんな、苦笑気味にこう呟いた。 『ルーが父親って、何か似合わない。』 とてもとても、幸せな昼下がり。 End ------------------------------------------------------------------------------------ おまけ *エピソード R&F 「もう、何年になる…?」 「結構、経ったよな。…早いもんだ。」 研究所を出て、ルネとフレッドは外国行きの電車に乗った。 自分達の出会った国。…彼女の、いた国へ。 彼女の墓に、参るため。 「俺が、行っても良いのかな…」 フレッドが、ポツリと呟いた。 あの記憶は、今でも彼の心を罪悪感という名の監獄に閉じ込めている。 …そしてそれは、ルネの心の中にも、昏い(くらい)影を落としたままだ。 「これは、禊(みそぎ)だ。それに…彼女の為にも、行ってやれ。」 あの友情は、けして偽者じゃあなかったんだろう…? 言葉の裏に、そんな意味もにじませて、ルネはそう言った。 「ああ…」 列車はガタゴトと心地よく揺れている。 そろそろ、懐かしい町並みが見えてくる頃だった。 ****************************************************** *エピソード M 未だ、探し人は見付からない。 あれから10年も経ったというのに。 「・・・・・どこにいるのだろうか・・・・・」 自分とて、必死に探している。あらゆる手を使って、だ。 なのに見付からない。死んだという報せすらも無い。 ―まるでこの世界から消えてしまったかのように― 暗い考えを振り払うかのように、ぶるぶると頭を振る。 「いけないいけない、私がこんな事では…」 (信じなければ。私が信じなければ、アルは帰って来ない。帰って来られない。) 根拠があるわけではない。しかしなぜかそう言う気がするのだ。 諦めた途端に、彼は完全にいなくなってしまうような気がするのだ。 「…待っているだけでは、ダメだ。」 水華は立ち上がると、長い藤色の髪を一つに束ねた。 ―この髪も、願掛けの為にあれからずっと伸ばしている。 (そっちが帰って来ないつもりならば……私から行ってやる。) 最小限の荷物をまとめて、静かに部屋を出た。 主人を失った部屋は、永遠の静寂に包まれる。 ―次に私がこの部屋に帰るとすれば、それは彼と共にだ― 彼女は旅立つ。 そこにどんな結末が待っていようとも。 ************************************************ *エピソード N&T ここはとある平凡な家庭。 「なあテリーサ…私は良く思うんだがね。」 「…どうしたの、お父さん?改まって。」 男は、目の前に座る娘に、真剣な面持ちでこう言った。 「…ナイル君とは、いつ結婚するんだい?」 「・・・・・・・・・・へっ?」 普通父親が言うセリフなのかどうかは定かではないが、 とにかくテリーサは真っ白になって石化した。 「け、けけけけっこんだなんてそんな…」 「じゃあ、他に当てはあるのかい?それともナイル君と結婚するのは嫌かい?」 今にも湯気を噴出しそうな勢いで真っ赤になるテリーサに、 相変わらず真面目に問いかける父親。 「……わからない…」 「…じゃあ、テリーサの意思はどうなんだい?」 もう適齢期だし、いい相手がいるんだから出来れば…と父親は続ける。 テリーサは真っ赤になって俯いたままだ。 「…したくないわけじゃ…ないけれど。」 「じゃあ、テリーサは別に構わないと言うことだね?」 にこにこと笑みを浮かべて父親は、こんな事を言い放った。 「…という事らしいよナイル君。そのあかつきには娘をよろしく頼む。」 「…ええっ!?」 カチャリと、ドアの向こうから顔を出したのは、ナイル・アンザイその人で。 謀られていたという事が分かって、テリーサはきっと父親を睨みすえると 「私をハメたのね!?それにナイル君まで…!!」 「あ、イヤこれはだな、お互いに進展が無いようだから父さんが好意で…」 「…問答無用っ!」 その後、男二人は土下座して謝って謝ってようやく機嫌を直してもらったそうな。 ――幸せな一家庭のお話。 ***************************************************** *エピソード T&R 「あ、ちょっとまってよ〜〜!!」 「ふん…邪魔をしないから付いて来ると言ったのは誰だった?」 ムーンシャインから遠く離れたとある地にて、一組の男女が旅をしていた。 「だ、だってティンったら歩くの早いんだもん〜!」 「お前が遅いだけじゃないのか。」 はあはあと息を切らせて追いついてくるルリカを、文句を言いつつも待ってやるティン。 昔はティンの方が随分と小さかったものだが、 今ではかなり背も伸びてルリカを見下ろすほどになっている。 「…お前も、物好きだな。」 「えっ、何か言った??」 苦笑と共に漏らされた呟きは、風に攫われて彼女の耳には届かず。 ティンはただ「何でもない」と言うと、立ち止まったまま首を傾げる彼女を置いて、 さっさと歩きだしてしまった。 「早くしないと、町につく前に日がくれるぞ。 野宿しても構わないのならゆっくり来い。」 「え、ちょ、ちょっと〜!」 また立ち止まって、少し遅れてくるルリカを待つ。 走って追いついて来たルリカは、その勢いでティンの背中に抱きついた。 「っ、何してるんだ。さっさと離せ!」 「えへへ〜、私は別に野宿でもいいんだもーん♪」 言ってから、その背中に顔を押し付けるようにして 「だってティンと一緒に居られるから☆」 ティンは、すたすたと無言で歩きだした。 それこそ競歩に出られるかというくらいのスピードで。 「え、ちょ、ちょっとさっきよりスピード上がってるよ〜〜!」 ぱたぱたと走りながらルリカが追いかける。 それでも追いつけない。だからルリカは追いかけるのに必死で、 ティンの顔が珍しく真っ赤になっていた事には、残念ながら気づいていないようだった。 「…平気で殺し文句を口にするな馬鹿。心臓に悪い。」 町へ急ぎながら、ふとこんな事をティンが呟いていたというのは、また別のお話。 ******************************************** *エピソード Y 「ずいぶん遠くまで来たね〜」 「トゲっ♪」 そこには、見渡す限り美しい草原の広がっていた。 何処までも続く地平線を眺めて、ユウヤは草の上に腰を下ろした。 「もうあれから10年だよ。信じられる…?」 「トゲ〜ッ☆」 時折、草原を野生のポケモンたちが走っていく。 滅多に人を見ることが無いせいか、興味深そうにユウヤたちに近づいてくるものもいた。 「あはは、可愛いなあ〜♪…おいで。」 一番近くまで寄って来たメリープの頭をなでながら、遠い故郷の友人達を思う。 「みんな、元気にしてるかなあ。」 誰に言うとなしに呟いた言葉に答えたのか、メリープが小さくめえと鳴いた。 「…うん、そうだね。きっとみんな自分達の道を歩いているよね。」 僕はそれが少し早かっただけの事。 「今度、会いに行ってみようね。」 「トゲトゲッ♪」 彼のトゲチックが、楽しそうに羽をぱたぱたとさせた。 彼らの隣を、爽やかな草原の風が通り過ぎて行く。 空は、何処までも何処までも続いていた。 ******************************************** *エピソード N 「みんな変わっていく…」 あれから、たくさんの卒業生たちを見送って。学校はまだそこにあった。 しかし、遠くない未来、この学校は閉鎖されるだろう。 何となくニィーナは、そんな事を感じ取っていた。 「…ニィーナは、変われないんだね。」 ポツリと漏らした呟きは、彼女にしか分からない痛みが含まれていて。 彼女は、もう一度学校の大きな校舎を見上げた。 自分はこの星と共に在る存在。あまりにも永い時の中を、今まで独りで生きてきた。 それこそヒトと言う生き物が、ポケモンという生き物が生まれる前から。 「休んじゃ、ダメなのかなあ…」 それは彼女の悲痛な思い。 だが、その思いを聞いた者は居ない。 ―どうすればいいの、どうすれば。 その問いに答えられる者は、やはり誰も居ない。 誰も、居ないのだ。 そこまで考えてから、ニィーナはぶんぶんと頭を大きく振った。 「…くらくなってもしかたないっ!ニィーナは今までみたいに楽しく生きるもんっ!」 今のところ、友達はまだいるのだし。 そうだ。悲しむのは、それからでも遅くないだろう。 物語は終わり、そして始まる―――新たなる時代へと… ------------------------------------------------------------------------------------------- ATOGAKI ふええ〜(溜息)、やっと、やっと書きあがりましたっ!! ずいぶんお待たせいたしました…遅筆の上に乱文済みません。(-_-;) ルー&グラス同窓会のはずが、なにやら上のおまけのようなものまでついております… 後で話が食い違っても、とりあえず脳内補完でお願いします。 あ、返品は無理ですが投棄は可能ですのでご安心を。(ぇ ではでは! H14.12.14 Writtenn by 樺夜   修正、加筆:2004.11.12