(目を覚ますと、僕は緑の生暖かい液の中にいた) (ボクはいつもこの液のなかにいる) (そとの世界に出たこともない) (あ、博士・・・・・・) 「順調に進んでいるかね?」 「はい!ミュウの細胞を大量に摂取できたおかげで、一寸のくるいもなく進んでいます!」 「そうか。ここで人類の細胞を組み込んでいなかったら、完全なミュウ二号ができあがるところだったがな」 「顔や心は半分ミュウそのものですが、身体や戦闘能力は紛れもなく世界最強です」 (ミュウ?なにを言っているんだ?ボクがミュウじゃないか) 少年がこう豪語するのも仕方なかった。 彼はミュウツー。いずれ、戦闘兵器、バトルサイボーグといわれるポケモンだ。 場所はタマムシシティのとある実験室。 ここで、幻のポケモンで、まだ詳しいことはわかっていないミュウの細胞と人類の細胞をもとにミュウ二号を作成中なのであった。 だが、彼は自らをミュウだと、信じ込んでいる。 仕方のないことなのだ。 従来なら戦闘しか脳内のない、敗北の二文字は許されない筈だったが、ミュウの細胞を多く使用した事で 緑を愛し 動物を愛し なにより、純粋な心の持ち主となったのである。 それは、とてもいいことなのだが。 これが後ほど、儚い結果をもたらすことになるとは、誰も予想をしなかっただろう。 少年は夢見ていた。 外の世界でいろんな人と接したい 外の世界でいろんなポケモンと友達になりたい 外の世界で星空を見たい。 だが、夢はかなわなかったのである。 少年はたまに記憶を失う。 その間、なにをしたのかわからない。 なにをしているのか、自分でもわからないという不安な毎日を送っていた。 「お、おおお・・・  ついに完成だ!ミュウ二号の完成だ!」 (博士が喜んでいる・・・ みんなも喜んでいる・・・) 「さすがロケット団最高研究家ですね」 「博士、では命名のほうを・・・」 「そうだな・・・    では!」 あたりは沈黙した。 命名、なにを隠そう、ミュウツーのことである。 「では、このポケモンをミュウツーとする」 博士と言われるこの男は、ミュウツーの入っている大きいカプセルに手を当てた。 「ミュウツー。これからお前の名はミュウツーだ。存分に力を揮い、我がロケット団最高の僕となるだろう」 (ボクはなにをすればいいの? ご主人様の言うことを聞けばいいの?) 少年にはわからなかった。 これからなにをやらされるのか。 「ではミュウツー。貴様は一週間後にカプセルから放出する。それまでは身体を休ませるがいい」 (一週間したら外の世界に出してくれるの?) 少年は心を弾ませた。 あと少ししたら外の世界に出ることができる。 憧れの世界へと、歩むことができる。 胸をときめかせて、その刻を待った。 外の世界に出たらなにをしよう。 楽しいことがいっぱい詰まってそうだ。 少年は、毎日が楽しみで仕方なかった。 だが、外の世界に出ることで、悲劇が起こることもわからなかった。 明くる日、ついに約束の刻が来た。 少年はまだ眠っている。 博士がカプセルの操作盤に手をあててこういう。 「ついに開放のときだ!」 (パカッ!  ウィィィン・・・   ガガッ!!) (ザブーン・・・  ピチャ、ピチャ) (あれ?辺りが寒い・・・) 少年は目を覚ました。 最悪の刻に、目を覚ましてしまった。 少年は辺りを見て、ショックを受けた。 考えられないことが起きていた。 (え?辺りが、真っ赤に染まってる・・・) (みんながこっちを見て恐怖している・・・) (ここは外の世界?) (あの緑の液のあるカプセルの中じゃない) 「ミュウツーが居たぞ!!」 (自衛軍がボクを見て叫んでる。戦車を持ってきてる) ミュウツーは悪い夢を見てるのかと思った。 しかし、それは紛れもない現実。 このことを誰も否定できない、最悪の現実。 「撃てー!!」 (ドカーン!ドドガーーーン!!) (なにをするの? 黒いのがこっちに飛んできた・・・) 戦車から撃ち放たれた弾が、真っ直ぐ少年の方角へと進んでいる。 大きさはざっとバレーボールより少し大きい程度。 (バァァァーーーン!) 「よし!当たった!」 「しかし、なんでアイツ逃げないんだ?」 (痛い・・・  ボクはなにもしてないのに・・・) しかし、痛いと感じたのには少年の身体は全くの無傷。 これは、彼の身体の丈夫さのためであり、これがまた厄介なことに招くことになる。 「クソッ、全然効いてねぇ!」 「こうなったらヤケクソだ!撃ちまくれぇ!」 (ドカッドカッドカッドカッ!) その弾の数は十、二十を軽く越えている。 この一連に、少年は恐怖を覚えた。 (・・・・・・・・・・・・怖い) 初めての外の世界、楽しいことがいっぱいの筈だったが、そこには恐怖の二文字しかなかったのか。 (バァァァァーーーーン!! ドガァーーン!) (痛い。とても痛い・・・  やめて・・・) 少年の声は届かなかった。 たとえ少年がなにを言おうと、誰も耳を貸さない。 だが、これだけの痛み、これだけの弾の数でさえ、少年の身体は全くの無傷。 傷どころか、汚れすらない。 少年・・・いや、ミュウツーには“自己再生能力”があるのをご存知か。 体内のエネルギーをおよそ半分くらい回復できるのだ。 しかも、なんども使えるこの能力故、どんな傷を覆っても一撃で倒れない限りはほとんど無限に体力があるのと同じこと。 不運にも、少年のその能力は自然に使用されるのである。 「隊長!弾が切れました!」 「こちらもです!」 「どうしましょう!」 「うむむ・・・   ひとまずは退却だ!」 (ゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・) 辺りは先ほどの一連のせいで、民家も全て崩壊状態。 マグニチュード八の地震が来た時よりも、 超大型の台風が過ぎ去ったあとよりも、 かなり酷い状態になっていた。 少年にはこの事態を理解できなかった。 これも仕方のないこと。 彼の誕生の際に使用した、大量のミュウの細胞のおかげで、世界の大抵のことはわかっている。 だが、世間体などの一部のことは無知だった。 なんとかして、元に戻したい。 少年の願いも、叶わなかった。 どうにもできない現実。 願いの叶わない世界。 憧れの夢の欠片も叶わない非情さ。 (なにもすることがない・・・) (本当はやりたいことがたくさんあったはずなのに・・・) (どうしてこうなったのだろう・・・) 少しすると、またもや少年の記憶がなくなった。 気がつくと、全身血みどろだった。 少年は激しく恐怖した。 誰がこんなことをしたのか、わからない上に、あろうことか殺しまでもしていた。 だが、この殺しを行ったのも、少年自身であることは、まだわからないのである―― 気がつくともう、夕暮れ時になっていた。 「かなかなかなかな・・・・・・」 ここらでは、よくひぐらしが鳴いている。 このなにげない儚さに、詩人もよく足を運ぶことがある。 蜩や 赤く染まった 恋心―― 少年は常磐の森近くの道路でしゃがみこんでいた。 誰も相手にしてくれない儚さ、虚しさのせいだろう。 (グオォォォォォ!) (!?  なんだろう) するとそれはトラックだった。 運搬業をやっているのか、荷台にはかなりの大荷物で重さは数十トンはあると見込める。 (!!) 少年は見逃さなかった。 そのトラック運転手が居眠りをしているところを――― (あ! さっきのピカチュウ!) そのトラックの目の前に、先ほど森にいたピカチュウがいる。 少年は考えた。 今念力で運転手の目を覚ますことくらいは朝飯前。 だが、今目を覚まさせても、もう前に居るピカチュウの存在には気づかないだろう。 とかいって、トラックごと破壊するのも好ましくない。 少年にとって破壊の二文字は許されない。 (グォォォォォォ!) ピカチュウは怯えて身動きができない。 「ぴ・・・・・・ぴかぁ・・・」 (考える前にッ!!) (シュッ) 少年はトラックに飛び込んだ。 そしてとっさにピカチュウを抱えた。 ピカチュウはもうなにがなんだかわからなくなった (一瞬ではテレポートできないッッ!) (ドガガカァァァン!!) トラックは少年に激突し、爆発した。 (ごぉぉぉぉ・・・) (めらめらめら・・・) 炎が天へと燃え上がっている。 ピカチュウはかなり恐怖している。 「ん? ・・・う  わぁぁぁ!」 トラック運転手は今頃目を覚ました。 (・・・痛い。 暑い・・・。) だが、やはり少年の身体に傷はない。 心には多くの傷を覆っているが・・・・・・ 「ぴ・・・ ぴか?」 ピカチュウから恐怖心が消えた。 すると、炎のなかからピカチュウは逃げ出した。 (今度は・・・ ボクが逃げなきゃ・・・・・・) 少年は意識がなくなった。 (ん・・・) 少年は目覚めた頃には、ハナダシティを崩壊していた。 少年の記憶のすれ違い―― これには訳がある。 ミュウツーを操っているのはロケット団だ。 そして作成したのもロケット団だ。 ロケット団は最初に、ミュウと瓜二つのクローンを作ろうとした。 だが、ミュウは瞬時にテレポートを行うため、人間の手では捕獲不可能だった。 そこで、ロケット団はミュウを捕まえるために、汚い手を多々使い、やっとの思いで捕獲に成功した。 なんとかミュウのエキスを少し採取したが、それもほんの少し。 これだけでは、とてもミュウ二号は作れない。 そこで、ロケット団は人間のエキスを使用した。 その細胞はロケット団団員のもの・・・ 邪悪な心に満ち溢れた人間の細胞のため、「この」ミュウツーにも邪悪な細胞が流れた。 そのままいくと、従来のミュウツーが出来上がっていたが、ロケット団は運良く再度ミュウの捕獲に成功した。 ミュウが気を失っているうちに、大量の細胞の摂取に成功。 あろうことかその細胞をミュウ二号に注入した。 そのせいで、従来の「ミュウツーとは違うミュウツー」を誕生させてしまった。 まぁ幸か不幸か、普段のミュウツーは「純粋な良心を持つミュウ」の意識で行動しているが、時には「純粋な邪心のミュウツー」の意識で行動してしまうことがある。 このせいで純粋な良心を持つミュウツー、つまり少年が儚い目に遭うわけである。 タマムシ、ハナダの二つの町を破壊したせいで、少年は悪の化身とまで言われるようになった。 これは少年の本心ではないのに――― 少年は洞窟の上に立った。 その高さはなんと数百メートル。 ここから落下をすれば、息絶えることができる。 少年は精神状態が大変な状況におかされていた。 追い詰められていた。 (誰も相手にしてくれない・・・) (ここから落ちて死のう・・・) (そうして、次に普通のポケモンになれば・・・) (みんなから愛されて、みんなと同等に生活できるんだ・・・) 少年は崖から落ちた。 落下速度はかなりのもので、音速を超えたときもあった。 これも、ミュウツーだからこそなのか・・・ (なんでボクはミュウツーになったのだろう・・・) (ドガガッッ!) 少年は地面に激突した。 その地面は硬度十を超えるかなりの硬さ故に通常なら即死亡だろう。 だが少年いや、ミュウツーは想像を超越した戦闘能力のせいで、そう簡単には死ぬことはできない。 これも少年にとっては不幸なところだった。 (ゴロッ、ガラガラ・・・) (あれ?なんともない・・・) ただ、砂埃が多少ついただけだ。 少年は常磐の森付近の河原に腰掛けていた。 これからどうしよう・・・ どうやって生きて行こう・・・ 「かなかなかなかな・・・」 少年の耳には、ひぐらしの鳴き声しか入ってこなかった。 「ぴ・・・ぴか?」 (ん?) 少年の耳に、ピカチュウの鳴き声が聞こえた。 あの時のピカチュウだった。 ピカチュウは、少年のお蔭で命を救われた。 その恩を返したかったのか。 刻は過ぎて――――― 少年はピカチュウと楽しく遊んでいた。 世界で初めて・・・ 世界で一人だけの・・・ 少年の友達だった。 少年はとても感動した。 世間では少年を「悪の化身」「恐怖の大王」と呼んでいるが、少年は気にしなかった。 なにより、心のストレスも、たった一人の友達が解消してくれるからだ。 次第に、少年は邪悪なもう一つの意識への変化はなかった。 これも、友達のお蔭だろう。 不幸は突然起こった。 世間では、最近ミュウツーが暴れてないのを不思議がっていた。 そのままそっとしておけばよかったが、自衛軍側は「おとなしい今がチャンス」と言い、ミュウツーの死去に再度挑んだのである。 このミュウツーは、自衛軍如きには全くの無傷なのに、これを無駄な努力と言うのだ。 (ゴゴゴゴゴ・・・・・・) ピカチュウと楽しく遊んでいた少年は、戦車の存在に気がついた。 少年は、とっさにピカチュウを自分の後ろに隠した。 この判断が自らを不幸へと誘うことになるということにも気づかずに――― 「撃てーーーー!!」 (ドガカカァァン・・・ドカドガァン!) この爆弾も、少年にとっては全く無意味だが、少年は後から気がついた。 ボクは大丈夫でも、ピカチュウが・・・・・・! ピカチュウを連れて逃げようとした。 しかし、刻は遅かったのである! (ババァァァァーーーン!!  ドガカァーーン!) 「ちゃあぁぁぁ!」 (!!) 「ちっ!やっぱりミュウツーは無傷か・・・!撤退!!」 「ちゃ・・・ぁ・・・・・・」 幼い命は尽きてしまった。 少年は自らを攻めた。 あの時に後ろに隠さなかったら、向こうは弾を撃てなかったのではないだろうか・・・ あの時にピカチュウを連れて瞬時にテレポートしておけば、ピカチュウが助かっていたのではないか・・・ このボクの“自己再生能力”を他人にも使えるのなら、ピカチュウを救えたのではないのだろうか・・・ (プツン!) 純粋な良心を持つ筈の少年が、初めて怒りに満ちた。 「ゆ・・・・・・許さん・・・!!」 ミュウツーは自衛軍を追いかけた。 マッハ二を超えるスピードで・・・! 「あれ? た、隊長!!」 「なんだ!  ・・・!ミュウツー!」 「攻撃したから怒ったのではないのでしょうか!?」 「よくも・・・・・・!」 少年は、掌から波動を繰り出した。 その波動を、自衛軍の戦車にぶつけた。 威力は破壊光線をゆうに超える。 少年はピカチュウの元に戻った。 このピカチュウに誤りたい気持ちでいっぱいだった。 (・・・ごめんね) (・・・ボクを許して) (・・・君と一緒にいたいけど) (・・・できないんだ) 悲しんでいる少年に、とある唄が聞こえてきた。 歩きつづけて どこまでゆくの? 風にたずねられて たちどまる いくつもの出会い いくつもの別れ 幻のような 思い出も 少し 歩きつづけて どこまで ゆくの? 風にたずねられて 空をみる 歩きつづけて どこまでも ゆこうか 風といっしょにまた 歩き出そう 大地踏みしめ どこまでも ゆこう めざした あの夢を つかむまで 大地踏みしめ どこまでも ゆこう めざした あの夢を つかむまで 少年は想った。 一つの出会いがあるからこそ、一つの別れがあることを 大地を踏みしめることが大事だと 過去にとらわれずに、未来を見て進もうと 少年から大粒の涙が出てきた。 少年は、常磐の森の入り口付近に小さな穴を掘った。 ピカチュウの墓を作ることにしたんだ。 (これでよし・・・) あとは、近くにあった岩を、綺麗な長方形に削ってこう記した。 「ピカチュウ ここに眠る」 あれから数十年たった今でも、ミュウツーは何処かに居る。 ピカチュウの墓を荒らす者を察知したら、瞬時にそこにテレポートし、荒らす者を驚かしてピカチュウを守る。 少年にとってできる罪滅ぼしとは、このようなことだけだった。 おしまい ※これは完全なフィクションであり、人名、団体名など、現実のものとは全く関係ございません ※しかし、このミュウツーがピカチュウに対する想いをみて感じたなにか―― それはあなたの心に残り続けることでしょう。 ※小説の途中に流れる唄は著作権の問題上、歌詞を省略しています。