■素晴らしき世界かな■
 今日もまた何匹も、私の目の前で生まれてきた。生まれてきたばかりの彼らは、この狂った世界を知らない。
 人間の都合で生み出され、選別される。選別によって選ばれた者は、丁寧に育てられ、いずれ戦いの前線にかり出される。しかし、選別から漏れれば、棺桶に放り込まれる。
 その箱も無限に何匹も収容できるわけではない。もし限界まで増えれば、『逃がす』と称して外へと投げ出される。
 戦うこともままならないであろう、幼子を、だ。

 私はずっと『選別』を見てきた。目の前で行われる非情とも残虐とも言える行為を見てきた。

 この私も、時々箱に預けられるときがある。それは主人が仲間とバトルをするときであるのだが、私は戦闘が不得手なのでその時はいつも箱に入れられた。
「あ、お兄ちゃん!」
 今、私が預けられた箱は、最近生まれた子たちが放り込まれているところだった。
「元気か?」
 私が尋ねると、子供らは笑顔で「元気だよ!」と答える。
「退屈だろう、ずっとこんなところに入れられて」
「ううん、そんなことないよ?」
 無邪気な笑顔が無性に痛ましく思えた。これからこの笑顔も、時間と共に枯れてしまうのだろうか。
「マスターに会いたいなぁ」
 次会うのは『逃がす』ときだろう。
「うん、僕も冒険に行ってみたい!」
 彼が主人と冒険に行くことはないだろう。
「私はマスターと一緒にお散歩するだけでもいいけどなー」
 彼女が連れ出されるのは生ませられるときだろう。
 彼らが不憫だった。彼らを目の前にしながら、何も出来ない自分が不甲斐なかった。
 何よりも、夢を見る彼らを無情に切り捨てる主人への怒りが、沸々と沸いてきた。

「マスターとずっと一緒にいられていいなぁ」
「良いものか」
 ぽろりと、言葉が口からこぼれた。
 子供らの笑顔が凍り付く。
「主人が迎えに来てくれるかどうか、不安じゃないのか? ここから出して貰えないのが、不満じゃないのか?」
「お兄ちゃん、どういうこと?」
 言っている意味が分からない、という表情で子供らは聞き返す。
「お前らが思っているほど、主人は……あの男は良い人間ではない」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
 おろおろとしながら、子供たちが見上げている。悪戯に彼らの不安を煽ってはいけない――そう思っても、私の言葉は止まらない。
「親だからと言って、あいつを妄信するなということだ」
「お兄ちゃんは、マスターが嫌いなの?」
「ああ、嫌いだ。憎いと言っても嘘ではない。お前らがどうしてあいつに好意を寄せるかがわからない」
 私は大人げなく吐き捨てた。
「お兄ちゃん、それはね」

「この世界(ゲーム)が、そう造られてる(プログラムされてる)からだよ」

 その言葉を合図に、彼らの表情が、変わった。

「僕たちがそう造られてるから、どんなにここに居たって、マスターを嫌いになる(なつき度が下がる)ことはない」
「でも、おかしいね。お兄ちゃん、ずっと一緒にいるのにどうしてマスターのことが嫌いな(なつき度が低い)の?」
 背筋がどんどん冷たくなる。箱中の子供たちが、私を見ながら徐々に、近づいてくる。
「お兄ちゃん、おかしいね」
「お兄ちゃん、もしかして壊れ(バグっ)ちゃってるの?」
 この子たちが何を言っているかわからない。
「よ、寄るな!」
 私が押しのけようとしても、彼らはかまわず手を伸ばしてくる。
「壊れちゃってるなら、『逃がさ』ないといけないね」
「この世界が壊れちゃいけないからね」
 ずい、と一匹が眼前まで迫り、
「ね」
 狂気じみた笑みが視界一杯に広がって、
「お兄ちゃん?」
 意識が急速に遠のくのを感じた。

 私が気付くと、いつものように主人の手持ちに入れられていた。さっきのは、幻でも見たのだろうか。
「大事に育てるんじゃぞ」
 老人の声が聞こえたかと思うと、私の他にもう一つ手持ちが追加される。……また、卵だ。
 主人はしばらくズイタウンの道路を往復し、老人が卵を発見するたびにそれを受け取っていく。
 私は酷くうんざりしながら主人の行動を見ていた。これでまた、罪もない子供たちが選別され、棺桶に押し込められていくのか。
 卵が一つ、また一つ孵ってゆく。ああ、どの子もこんなに可愛らしいのに。
「うわっ」
 自転車のハンドル操作をミスしたらしく、主人は自転車ごと草むらにつっこんだ。
「ちっ、ついてないな」
 主人が舌打ちしながら自転車を起こしていると、一匹のポケモンが飛び出してきた。
 彼の手持ちは、私の他には卵から孵ったばかりの子供しかいない。と、なると当然私が戦闘に出される。
「火炎放射」
 しかし、私はいい加減彼に愛想を尽かせていた。
「おい、火炎放射だよ」
 私はそっぽを向く。「変だな」主人は首を捻ると、私をボールに収めて戦闘から離脱した。
 ささやかな抗議が成功したので私は思わずほくそ笑む。ポケモンは道具ではないのだ。
「バッチも八つ全部持ってるのに」
 主人は私の入ったボールを訝しげに見つめる。
「バグったか?」
 ドクンと心臓が鳴る。まさか。
「バグポケなんて持ってたらデータ壊れるかもしれないし」
 ぶつぶつと独り言を言いながら主人が向かう先は、今まで何度も行ったポケモンセンター。
「逃がすか」
 ぴこん、とパソコンを起動したとき特有の電子音が聞こえる。
 いや、『逃がす』ということは、私は自由になるのだ。ハードマウンテンに居たときのようにのびのび暮らせるのだ。
 なのに、何故。
 どうして焦燥感が沸いてくるんだ?
「お兄ちゃん」
 はっとして声の方を見る。
「壊れちゃったお兄ちゃんは」
 生まれたばかりの子供たちが、私を見ている。その表情は、

「『逃がさ』ないと、ね」

 さっきの子供たちと全く同じ笑みで。
「まぁ、マグカルゴなんてすぐつかまるし、良いか」
 主人の声がして、私は『逃がさ』れる。
 そして私の意識は、完全に消滅し