何かを勘違いしてたんだろうか…。
俺があいつに別れを告げてからもうどれくらいの時間が経ったのだろう。



―――俺は、お前の都合の良い玩具なんかじゃない!
はっきりそう言い放っていた、あのときの自分。
まるで普段の俺じゃ考えられないくらい、苛立ってた。
声も感情も押し殺してた。
覚悟も、決めてた…からだと思う。



「馬鹿…、私の気持ちも知らないで――」
あの言葉。
ブルーが最後に残した一言。
今でもはっきり俺の胸に言葉を刻み込む。
一度は、確かに彼女の全てを受け入れようと決心していた。
俺は本気でアイツを愛してしまった。
けど、
……どうも時間の経過という奴は、
俺達の未来を祝福してはくれなかったらしい。
皮肉にも、よりにもよってこんな形で……。




自分でも馬鹿馬鹿しいと思うんだ。
別にブルーが悪かったわけじゃない。
むしろ、悪かったのは俺の方だ。
俺は…偽善者だ。
アイツの気持ち、考えを理解してやる事なんて、
最初から無理だと分かっていれば……。






(――結局は、俺も自分が可愛かっただけなのかもな)












青い空を、俺は見上げていた。
マサラタウンを離れていた。
ブルーの顔を見るのが辛いから。
今の俺には…アイツと会わせる顔もないからだと思うからだ。
――結局、そうやって自分の為か…。



蒸し返す。
悪循環。
俺の気分とは裏腹に、自然の天候は自分に正直らしい。
気分が沈んでいる時に見る真っ青に広がる大空と、
目に染みるくらい真赤な太陽の日差しに照らされれば。
零れる涙も乾いてしまう。
(これじゃ、…駄目だよな)









******
森。
何時の間にか道に迷ったのだろうか。
辺りは奥深い木の群集に見入られていた。
不気味なくらい静かで。
だけど何かが踊るように。
こんな俺を受け入れてくれるような不思議な…感覚。

幻覚か…、夢でも見ているのだろうか。
正直、居心地も良い。























「――…レッド――?」
「ん…?」
不意に誰かに呼ばれた気がした。
気のせいかと思ったけど、勢いではっと我にかえる俺。
目の前にいる人物に、確かに俺は面識があった。

「カスミ…?」
ハナダジムジムリーダーのカスミ。
今でこそ立派なジムリーダーとして板がついているが、
数年前に俺がカントー中を旅した時に、何度か助け合った旅の仲間だった。
森林浴に照らされた彼女の瞳と、
ふわりと風に靡かれた美麗なオレンジ色の髪。
しばらく見ないうちに彼女も変わってしまったんだな…と思うくらいに。
俺はしばし彼女に魅入られていた。
「こんなところで貴方に会うとは思わなかったわ。
久しぶりね、レッド」
眩しい位の彼女の笑顔に俺は迎えられていた。
















「へぇ…、また旅に出ることにしたんだ?」
「あぁ、ちょっと色々あってな」
「色々…?」
不思議そうにカスミは俺を見つめる。
慌てて俺は話を誤魔化した。
「そ、それよりカスミの方こそ――どうして?」
「うん…――」











風が、鳴っていた。
ふわり――。














「わたしは、レッドに会いに来たの――」
「――え?」
それは本当に意外な言葉で。
俺は、言葉を呑んだ。


「それって…どういう――?」
一呼吸置いて、俺は平静を装うとした。




「相変わらず、鈍いのね」
カスミは苦笑していた。




































「好きだったの、ずっと貴方のことが――」
はっきりと、確かにカスミはそう言っていた。
それは信じられないくらい意外で。
本当に予想もしてなかった一言。









「だけど貴方はわたしを見てくれたことなんてなかったのよね。
貴方はいつもブルーばかり気にしてて。
わたしを一人の女の子として見てくれたことなんて…――。
そう…よね。大切な幼馴染だから、仕方ないとも思ってた」
彼女は続ける。
俺は黙ってカスミの話を聞いていた。





「そんなに…わたしって、魅力ないのかな?
わたしじゃ、ブルーの代わりは務まらないのかな…?」
そう涙ながらに呟いていたカスミ。

俺の言葉は、彼女の言葉の何かに射抜かれていた。
どうしたのだろう…。
目の前にいるカスミが、とても愛しく思えて。
そして次の瞬間、俺は自分でも信じられない言葉を口に出していた――




































「ブルーは…もう良いんだ。
ごめんな…?今までお前の気持ちに気付いてやれなくて」
俺は何かを求めている。
自分の欲求を満たしたいだけなのしれない。
カスミを利用しているだけなのかもしれない。
だけど、今の俺はそんな事、どうでも良かったんだ。


「ブルーは…もう良い?
何か…あったの??」
期待と不安が入り交ざったカスミの眼差し。
何かに怯えている風にも見えた気がした。



「アイツとは…終わったんだ。
俺なんかが、アイツを支えてやることなんか…」
「…――馬鹿にしないで!」






バシッ!
一瞬、意味がわからなかった。
突然、カスミに頬を殴られるまでは。
泣きながら、カスミは俺の視界から消えていった。









(俺…、最低だ。
これじゃ…ブルーと同じじゃないか。
俺は何時も自分のことばっかりで。
だけど、もう繰り返させない…、あんな後悔、二度目なんかいらない――!)




































「…やっと見つけた」
息を切らしながら、俺はただ彼女を追っていた。
いつの間には森を抜けていて、
太陽も沈みかけていた。
「レッド…」
目の前には、夕日に佇む彼女がいた。

「何しに…きたの?」
涙を拭いて、カスミは俺を見やる。







「真剣に…聞いて欲しいんだ――」
今、はっきりと分かった。
「…何?」
俺は…こいつの事が、








「好きだ」
ただ一言。
簡単な一言を伝えるために。













「嬉しい…けど…、
本当に良いの??
わたし…みたいな女の子で?」
信じられないのは、何も俺だけじゃなかったみたいだ。

「もちろんだ。
ブルーの代わりとかじゃない…、
今、気付いたんだ、俺の本当の気持ち」
はっきりと、俺は自分の胸のうちを伝える。





「レッド…」
カスミは俺の身体に飛び込んできた。
愛しいくらいの笑顔に、涙を漏らして――。





















偽りなんかじゃない。
時間の経過が、俺達に本当の真実を教えてくれた。
出会いからもう何年も経って、
今こうして、俺達は一つになれていたんだと思うから…。



※2004年5月20日・製作