覚えているでしょうか? 判るでしょうか? 私の事を? あの日の事を。 あの眩しかった夕暮れの日に。 暖かった温もりをくれた貴方。 私を救ってくれたあの瞬間。 ―――夕暮れのライチュウ――― 〜〜〜忘れられない思い出〜〜〜 トキワの森。 眩しい太陽の下の緑の森林浴が過ぎ、 草木もすっかり紅葉のこの季節。 涼しい風が爽やかに踊る季節。 季節は…秋。 ここ、トキワの森一帯も夏場、活発だった虫ポケモン達に代わってポッポやピジョン、オニスズメ等の鳥ポケモン、 ピカチュウ等の電気ポケモンといったポケモン達が目立ち始める。 大きな樹の根本。 一匹の電気ポケモンがぼうっと空を眺めている。 電気ポケモン? ピカチュウだろうか? 否…、ピカチュウではない。 ピカチュウより一回り、大きな体、尾、耳。 ピカチュウの黄色の体と比べるとややオレンジ色の肌。 そして最大の特徴はその愛らしい顔。 優しい顔。 でも何処か寂しげな。 名をライチュウと言う。 ピカチュウの進化系とも言えるポケモン。 本来ならトキワの森でライチュウが現れるという例は報告されていない。 でも確かに、ここトキワの森にライチュウがいる。 それも今、目の前でだ。 「ラァァ〜〜〜イ…」 悲しそうに呟くライチュウ。 彼女は毎年、この季節にここトキワの森にやって来る。 この樹に合う為に。 いや、この樹に纏わる大切な思い出に浸る為に。 自分にとっての大切な思い出を…。 2年ほど前、このトキワの森に一匹のピカチュウがいた。 丁度、今と同じ頃のこの季節。 熱い真夏日和が過ぎ去った季節。 涼しい季節。 ――秋 ピカチュウは何時ものように樹の下でのんびりと昼休みを楽しんでいた。 ピカチュウはこの季節が大好きだった。 涼しくて優しい風。 甘えられるような大きな木の下でお昼寝する時間。 楽しい日々。 ピカチュウには両親がいなかった。 ピカチュウを産んで間もなく、人間に捕らえられてしまった。 幼いピカチュウがまだピチューだった頃。 とある奇麗な星空の晩の日。 眩しい満月が輝いていた夜。 ピチューのピカチュウにはどうする事も出来なかった。 だって自分はあまりに幼くて…何も出来なかったから。 恐くて…、恐くて…、 でも何も抵抗が出来なかった。 あまりに無力だったから。 人間……と言っても別にハンターのような人間という分けでもなかった。 何処にでもいるような子供。 タンパンにセンスの無い白のティーシャツを着て、白っぽい帽子をかぶった少年。 モンスターボールと呼ばれる不思議なボールに。 『そろそろ弱ってきたか…、 よし、行け、モンスターボールっ!』 人間によってピチューの両親は散々、痛めつけられてしまった。 苦痛と恐怖の両極にしっかりと脅えてしまい、何の抵抗も出来ないままに。 そして人間は両親達に向けて不思議なボールを投げつけた。 バシュゥゥ!! 不思議な閃光が発してピチューのボールはピチューの視界から消えた。 いえ、ボールの中に吸い込まれてしまったのだ。 『よっしゃピカチュウ二匹もゲット! 今日はついてるぜ。 …ん? なんだもう一匹……なんだ、ピチューかよ。 いらねぇなぁこんな赤ん坊のポケモン捕まえても仕方ないからなぁ』 『ピチュ〜〜〜!!』 どうしてそんな事するのっ! 私のパパとママ、何処に行っちゃったのっ!? 返してよっ! そんな表情で必死に少年に訴えかけるピチュー。 『ん? なんだお前も捕まえて欲しいのか? …悪いけど俺、 お前みたいな子供のポケモンに興味ないからな、見逃してやるよ』 悪意は……確かに少年には無かったのかもしれない。 でもあまりに冷徹な言葉。 純粋な少年だったから。 あまりに子供だったのか幼すぎた、少年も。 やがてピチューの視界から少年も去っていった。 ピチューは夢だったと思った。 いや、そう信じたかった。 きっと明日になればパパやママが何時ものように微笑んでくれる。 朝、何時ものように元気に『おはよう』って言い合える。 そう願ってたから。 翌朝。 爽やかな太陽も森の風は確かに何時もと同じ。 でも一つだけ違う事がある。 両親が居なかったのだ。 何処を捜しても。 ピチューだったピカチュウは必死に両親を捜した。 来る日も来る日も。 風の日も、 雨の日も雪の日も…。 きっと何処かに隠れているんだ。 私を驚かそうとしているんだ。 ピチューはそう願っていた。 でも結局は見つからなかった。 ピチューだったピカチュウも理解した。 もう、両親には逢えない事に。 辛かった気持ちは確かにあった。 でも認めざるを得なかった。 この厳しい現実を。 ピチューも何時の間にかピカチュウに進化していた。 最早、立派に一人で行動できるポケモンに。 ピカチュウはある日、ある大きな樹を見つけた。 何処となく自分を暖かく見守ってくれているような優しい雰囲気漂うこの樹に。 ピカチュウはこの樹がとても好きになっていた。 来る日も来る日も毎日、この樹と一緒に居た。 樹は何時でも快くこのピカチュウを迎えてくれるから。 ある日の事。 ピカチュウは何時ものようにこの樹にやって来ていた。 そして何時ものようにここでお昼寝しようと。 それで早速眠り込んでしまった。 丁度その時。 『お、ピカチュウ、発見ーっ!』 そんな声が背後から聞こえた。 何処かで聞いた事のある声。 そうだ。 忘れるはずも無いあの声。 私のパパとママを捕まえたあの少年。 ピカチュウは振り向いた。 視界にははっきりとあの少年が現れていた。 再びあの少年が目の前に現れたのだ。 今度は自分を捕まえる為に。 『ピィィィカァ…!』 激しく警戒するピカチュウ。 頬に静かに迸る微かな放電がそれの証、 『な、なんだよその態度は? ま…まさかお前、あの時のピチューだった奴か? 丁度いいや。 あのピカチュウ、二匹とも弱かったからなぁ、要らなかったから捨ててやったんだよ。 でも今、丁度ピカチュウが欲しいなぁって思ってたんだよ。 今度はお前を捕まえてやるよ、ありがたく思いなよ。 行け、ゴローン!』 少年はそう言うとまたあの不思議なボールを投げつける。 でも今回はピカチュウに向かって投げつけるのではなく地面に向かって。 ボボンッ! 閃光と同時に岩のようなポケモンが召喚される。 「ゴローン」。 岩石ポケモンと言われるポケモン。 ピカチュウを始めとする電気タイプの天敵でもある地面タイプを併せ持つ厄介なタイプのポケモンだ。 『ピィィィ……カァ!!』 ピカチュウは苦手のタイプのポケモンと知りつつもゴローンに勇敢にも挑もうとする。 真っ直ぐに怒りの矛先を少年に定めて厳しい形相で。 『なんだ? こいつ、やろうってのか? ゴローン、遠慮はいらねぇ。 思う存分暴れてやれっ!』 少年は怒り狂い、ゴローンにピカチュウへの攻撃を命じようとした。 丁度そんな時。 『ラプラスっ、冷凍ビームだっ!』 遥か後方からそんな声が聞こえたその直後。 ガシィィィンッッ! ピカチュウの視界には一瞬にして氷漬けにされているゴローンの姿があった。 『な…なんだっ!? 俺のゴローンがっ!』 少年は明らかに慌てふためいていた。 という事はこのゴローンに攻撃を仕掛けたのは第三者。 『お前、自分が何してるのか判ってるのかっ!』 そんな声がピカチュウの背後から聞こえた。 ピカチュウが驚いて背後を振り返ってみると、 見慣れない一人の少年がそこに立っている。 少年の横には乗り物ポケモンとしてよくトレーナーに愛用されているポケモン、ラプラスが構えている。 『ピィカァ……ピカピッ!?』 ピカチュウは突如眼中に現れた謎の少年に警戒の意思表示をしてみせる。 ―――罠かもしれないから。 ―――人間が…人間が私を助けてくれただなんて。 ―――人間なんて……人間なんてどうせ…、どうせろくや奴がいるわけがないんだ! ―――私のパパもママも元はといえば皆人間に…! 信用できなかった。 ピカチュウには既に人間に対しての概念をそう認識してしまっていたから。 彼女の両親は勝手な人間によって捕らえられ、そして捨てられた。 疫病神といっても過言ではなかった。 ピカチュウは人間に対する憎悪を忘れた日は一度もない。 あの日から…決して。 バチバチ…。 頬の電気袋から発せられる電気を発しながらピカチュウは尚も攻撃態勢を取っている。 が、現れた少年の方はピカチュウには構わずゴローンを氷付けにされ、動揺の表情を隠しきれない少年に目を向ける。 険しい表情、睨みの入った鋭く、怒りに満ちた目つきで。 『…お前みたいなのが、 お前みたいなトレーナーがいるからこんな可愛そうなポケモン達が生まれるんだ。 何も知らないで…てめぇの勝手な目的の為に無理矢理ポケモンを捕まえようなんて…。 ……この耳ではっきり聞かせてもらったぞ。 お前の話を全部な…。 それで判ったよ。 お前に捨てられた二匹のピカチュウ…、そこにいるピカチュウの両親達。 それがこいつらだったって事をな! 出て来いっ、お前たちっ!』 そう言い放つと少年は腰にかけてある二つのモンスターボールを手に取るとゆっくり、 ポーンっと地面に投げつける。 ボボンッ! すると二つのボールから二つの閃光が放たれる。 『買sィカッ!?』 今まであからさまに敵意の表情を放っていたピカチュウの目の色が変わる。 それは歓喜の表情へ。 とっても懐かしかった微かな面影。 会いたかった…今まで何度そう思っていたのだろう。 愛しのパパとママ…。 ボールから現れたのは二匹のピカチュウ。 二匹とも子供のピカチュウを見るや否や、直に自分達の子であったピチューだと悟った。 『ピィカァ…ピピカ』 『ピッカ…ピカピカチュウ……』 喜びと歓喜の涙をあげる。 ピチューだったピカチュウは一目散に両親の元へと駆け寄る。 『ピィカァ…ピカピカァッ!』 涙をどうしても堪え切れなかったから………。 ****** ピチューだったピカチュウは両親に真実を告げられた。 あの少年に捕えらてから間もなく捨てられた自分達を。 どうしようもなくやるせなかった気持ち。 行く果ても無く彷徨い続けた自分達。 何時の日か…絶望すら覚えていた。 人間を恨んだ。 どうしようもなく勝手な生き物なんだと認識した。 …でも違った。 助けられた。 自分達は人間の少年に。 もう残された命も空前の灯火だった。 死を覚悟していた矢先のあの時の出来事…。 今でもはっきりと覚えているあの時の少年の姿。 『大丈夫…かい?』 力なく倒れていた自分達を必死に看病してくれた。 元気になるまで付きっ切りで。 そして子供のピカチュウと再会できた。 この少年のお陰で。 人間も捨てた物ではなかったと。 ピカチュウ親子との再会を果たした後、 何時の間にか少年の姿は既にどこぞの空の下へ。 あれ以来、すっかりと日常が変わった。 以前の楽しい日々へと。 本当に幼かったあの時の自分の姿へと。 もう帰ってきたのだ。 大切な両親が。 もう彼らを引き離すものは存在しない。 長い月日の後にピカチュウ親子に本来あるべき平穏が戻ったのは言うまでもない。 『ラ〜〜〜イ。 ライチュウ〜〜』 一匹のライチュウがトキワの森の樹の根元に寝転んでいる。 何かを思い出しているかのように。 そう、彼女はあのピチューだったライチュウである。 月日が流れ、彼女も「進化」の時を迎えていた。 今ではそう簡単に人間に狙われたとしても捕まる様な事はない。 それ以前に彼女も人間を信じるようになっていた。 あの少年との出会いを経て。 「人を信じる」という事を教えてくれたあの少年のお陰で。 そして彼女はあの少年の面影を思い出し、この樹の元で佇んでいる。 二年前の今日のあの日を思い出して。 ―――もう一度…会いたいな。 ―――私、あなたに会ってちゃんとお礼が言いたいんです。 ―――あなたのお陰で大切な物を学んだから。 ―――信じる事の大切さを……素晴らしさを。 ―――あなたみたいな人間になら私もゲットされても…いいから。 ―――もう一度……逢いたいです。 「ラ〜〜〜〜イ……」 一匹のライチュウの鳴き声がトキワの空を包み込む。 秋空の夕暮れ。 紅く…輝くような風が通り過ぎた。 fin あとがき ライの読み切り。 はい、完全に色んな意味で壊れてましたけど。 愛ポケへの愛っていいよなぁ(笑 ではまたですっ ちなみに今作は前後編を一つにまとめてみました。(^^;