生茂った草村の中。 弱りきったその身体を貫くような肌寒い風が辺りに吹き荒れる。 弱弱しく、涙すら枯れ果てていた。 辛うじて意識が残る。 悟ったのは走馬灯のように蘇る記憶の流れ。 人生の階段の最上階。 そこから今、正に飛び降りようとしているのだと。 「コ…コ〜ン…」 鳴き声? 叫び声? どちらにしろ本当に誰にも聞き取れないような小さな声。 一匹の狐ポケモンが横たわっていた。 全身が酷い傷で紅く染まっている。 どうしようもなく痛い。 叫び声を上げる事すら叶わぬほどに。 六本の美しいその尾は本来の輝きを失い、 面影すら留めて見えないほど、白く衰弱しているのだ。 ロコンは瞳を閉じていた。 目を開けるのが辛いからだ。 せめて死ぬなら、死ぬなら夢の中で散っていきたい。 そう思いたかった。 助けなど、来るわけがない。 自分は人間のトレーナーに捨てられてしまった。 それももう一週間以上前のことだ。 疲れた。 生きる事に。 辛かった。 独りで生きる事が。 仲間など、もう作らない。 信じて、裏切られる事の哀しみ。 ロコンはそれを知ってしまった。 「…コ…ン」 途切れかかっていた意識の中で、 一人の少年に呼ばれたような気がした。 幻だろうとも思う。 幻聴だろうとも思う。 だけど、確かにロコンは聞いた。 ―――『死なないでッ!』 涙ながらに訴えかける一人の少年。 それはまるで眩しい太陽のような温もりだった。 薄れ遠退いていく意識の中で、ロコンはヒシヒシとそれを感じ取っていた。 六尾狐と悠久の絆 太陽の輝きが増す季節。 炎天下の日差しの下、 眩いばかりの太陽が大空を支配していた。 ここはマサラタウン――― 喉かな田舎町、 同時に平和でとても居心地の良い雰囲気漂う場所でもあった。 そんなマサラタウンの町の一角に位置する一軒の民家。 全ての出会いはここから始まった――― ****** 「コ…コ〜ン?」 ロコンの意識が戻る。 見覚えのない空間。 でも意識はある。 その瞬間にロコンは理解する。 ここは決してあの世ではない。 夢なんかじゃない。 現実だと。 そして自分は確かに生きて…いる。 ロコンは首を傾げる。 辺りを見回す。 自分の身体の異変に気付く。 痛みが消えている。 確かに負っていた筈の全身の痛みがすっかりと。 ロコンは驚き自分の身体を見つめてみる。 傷のあった所がすっかりと白い包帯で保護されていた。 弱りきっていた六本の尾も本来の赤く美しい可憐な炎の色に。 ロコンは理解が出来なかった。 どうなってしまったのだろう。 自分は確かにこうして生きている。 そして生まれてくる疑問。 ―――ここは何処…?? 少なくとも見覚えなど全くない空間でもあった。 ロコン自身が知る由もない人間の生活器具、 そしてロコン自身が白いソファーの上で眠りこけていた事実。 「コ〜〜ン」 ロコンは吼えた。 生きている。 取りあえずそれは判った事。 それはロコン自身が望んでいた事なのかどうかは判らない。 確かに死ぬ覚悟は出来ていたから。 あの時。 あの場所で。 「あ〜、気が付いた?」 不意に後ろからそんな声が響く。 何処かで聞いた事のあるような声。 ロコンは思わず即座に後方を振り向き、 声のした方を見つめた。 一人の少年がそこには立っていた。 歳で言えば未だ幼い。 八歳か、九歳前後の歳の頃だろう。 顔つきは幼いながらもしっかりと整い、 一般的な彼と同じ世代を考えればかなり大人っぽい印象も覚える。 その少年に、ロコンは見覚えがあった。 間違いない。 その少年は確かにあの時、 薄れゆく意識の中でロコンを呼びかけていた少年だった。 この少年が私を助けてくれた? 人間に…人間に私が助けられた?? 何故…?? 「コ…コンッ!」 ロコンは慌てて警戒の意思表示を見せる。 その目は氷のように冷たく、 何も信じていないような寂しい瞳で。 信じない。 そうだ、信じてようとして裏切られる事になるくらいなら。 事実、ロコンはその辛さを知っている。 だから自分は人間との干渉を捨てようと誓った。 二度とあんな想いはしたくはなかった。 同情など要らない。 余計な感情なんて、もう私には必要ない。 私を捨てた人間等の触れ合いなんか…要らない。 少年はゆっくりとロコンに近付く。 一歩一歩。 ロコンはうろたえる。 どうしてこんな事をする? どうして私を助けようとする?? こんな私なんかを? 何をするつもりなんだ。 何を企んでいるんだ。 警戒。 怯え。 そして恐怖。 そんな感情も確かにあった。 でもそれ以上に大きな何か。 「死んで欲しく…なかったんだ」 「ッ!?」 少年は吐き捨てるように呟く。 穏やかに瞳でロコンを見つめる。 ロコンは困惑する。 どうして良いのか判らない。 「君に…君に生きて欲しいと思った」 嘘だ。 信じない。 甘えてはいけない。 ロコンはそう思う。 いや、そう思いたかった。 少年の顔がロコンの直ぐ目の前にまでやってきた。 ロコンは動かない。 抵抗しようと思えば出来る。 逃げ出そうと思えば逃げ出す事も充分に出来た。 でも、そうしなかった。 何故――?? 「コン?」 不意にロコンは少年に抱きしめられていた。 温かい温もり。 ロコンはただ少年に身を任せる。 心地良い少年の温もり。 「だから…信じて欲しい…」 少年は呟いた。 「コ…ン?」 冷たい雪が溶け始める。 ロコンの閉ざしたその心を。 未だ幼いこの少年はそれをやってみせた。 ロコンは悩む。 信じても…良いの?? もう一度、信じても…良いの? 包みこむ様に、 ロコンのそんな冷たい心をも包み込んでくれるように、 眩しく、無邪気な少年の笑顔にロコンはこの時、癒されていた――― ****** 数日が過ぎた。 ロコンはすっかりと少年に懐いてしまっていた。 信じても良いと思えてしまった。 この少年の笑顔に。 真夏の太陽に迎えられ、ロコンと少年はマサラの町を歩く。 町の人々も楽しげに、または好奇心の様な目で少年の横を歩くロコンを見つめていた。 「おい坊主、どうしたんだ、そいつは?」 通りかかった近所の町の郊外。 すれ違う人々は少年に尋ねる。 「うん、僕の友達」 少年は笑顔でそう答える。 そう言った少年の身にロコンは甘えるように近寄ってくる。 「コ〜ン♪」 「ん?どうかした?」 レッドはロコンを優しく抱え、軽くロコンの頭を撫でてやる。 嬉しそうにロコンは微笑んだ。 「あれ、…レッド?」 「ん?」 少年を呼び止める声。 少年は呼ばれるがままに声のする方を振り返る。 1人の女の子。 少年と同じ歳…だろう。 長い茶に染まった栗毛が風に揺れていた。 「ブルー?」 「うんw」 少年に名を呼ばれ、少女は嬉しそうに応じる。 「ねぇレッド、その子は?」 少女は少年の胸に抱かれているロコンを見つけ、 そっとロコンの顔を覗き込んでみる。 「うん、ロコンだよ」 「え…うん、ポケモン…だよね、やっぱ」 珍しそうな物を見るように少女は言う。 「どしたの?」 「んーっと、友達になっちゃった」 少年はそれほど考えずに普通に言ってのけた。 少年は抱えていたロコンをそっと地面に降ろす。 「触ってみる?」 「えッ?」 不意に少年に言われる。 少女はオロオロしながら困惑した。 どうすれば良いのか判らない。 ロコンは不思議そうにキョトンと少女を見つめる。 「ブルー、そんなに怖がる事無いだろー。 可愛い奴だろ? あ、僕達、散歩の途中だからもう行くね」 そして、 「ロコン、行こうぜ」 「コン♪」 少年に呼ばれ、ロコンは嬉しそうに主人の後を追おうとする。 「えっ? 狽ソょっと〜! 待ってよ〜、レッドってば〜〜!! 私にもその子抱かせてよ〜〜〜!!!」 我に返った少女は必死に少年とロコンの後を追おうと駆け出していた。 ****** 信じようと思った。 私は、ただ逃げようとしていたのかもしれない。 裏切られる事の恐怖と哀しみから。 でも、それじゃいけなかったんだね。 それを彼に教えられた。 今の、私の大切なご主人様。 彼のお陰で今の私がある。 彼のお陰で私は救われた。 彼の言葉に私は気付けた。 とても大切な宝物を貰った。 本当にありがとう――― Fin 〜あとがき〜 うーん、イメージとはちょいっと変わった展開になったの知れません(苦笑 今回の短編は、考えればお判りになられる方もいるかとは思いますが、 青空のレッドとロコンの出会いのお話…です。 あえて青空の番外編というタイトルにもしませんでしたが(;; その辺は別にどちらでも良かったのですが本編よりずっと昔のお話ですからね(笑 どうでも良いですけど、ロコンって大好きですよ(爆笑 だってめっちゃ可愛いじゃないですかw 萌えますよ、抱きしめたくもなりm(×