大きな岩の上に、片腕のミュウツーが立っていた。  険しい岩山を上ってきてやっと見つけたのだが、片腕のミュウツーの表情はその岩山よりも険 しく、そして孤独だった。  「ふう。」  ゴールドはため息をついた。  木の根元に腰を降ろし、もぞもぞと落ち着かなげなモンスターボール達をノックする。する と、ポケモン達が現れて、岩陰から心配そうに片腕のミュウツーの様子をうかがう。  「ふう。」  ゴールドはそれを見て、またため息をついた。  なぜこのようなことになったのか?  片腕のミュウツーとポケモン達は山のふもとにあるサナトリウムのポケモン達だ。  元々サナトリウムに住んでいたポケモン達のところに、療養のため片腕のミュウツーがやってきた。  孤独な目をした、かたくななミュウツーも初めはぎこちなかったが、ポケモン達の懸命な努力で徐々にうちとけてきた。  その時、事件が起きた。  手負いのバンギラスがサナトリウムに襲い掛かってきたのだ。  山をも砕くかのような破壊光線を、やみくもに放ちながら近付いてくるモンスターに、サナト リウムのポケモン達は震え上がった。破壊光線の流れ玉がサナトリウムに直撃しそうになったそ の時、ミュウツーが立ち塞がった。破壊光線を片手ではじき、時空さえも捻じ曲げる念力でバン ギラスを叩き伏せたのだ。  「ふう。」  ゴールドはため息をつく。  英雄が歓声で迎えられるとは限らない。  そう、ミュウツーを迎えたのはポケモン達の恐怖のまなざし。その洗礼だった。  自分の存在自体がポケモン達に恐怖を与えると知ったミュウツーは山に引きこもった。  深く反省したポケモン達の願いで、ゴールド・・・たまたま来ていたワカバタウンの少年がポ ケモン達を連れてミュウツーを捜しに来ることになった。  心配そうなポケモン達。しかし、その瞳には恐怖が残っている。今、ミュウツーと対面させて も心の傷を深くするだけだろう。  「ふう。」  どうしたものかなぁ。  ゴールドは考えた。考えるのは得意だったから、特に数字を使って考えることが得意だった。  ・・・・・・あまり好きではなかったのだけれども。  限り有る知識をただパズルのように組み合わせるだけの幼稚な行為だと思っていたから。自慢 できることじゃない。  嫌いでもないのがミソだな。  そう、特に考えて対処した物事がハッピーエンドになると最高だから。  だからゴールドは考えた。  片腕のミュウツーが立つ岩のふもとに一人の少年が現れた。脇にサナトリウムのポケモンを 「乱暴」に抱えている。他のポケモン達が驚いてそれを止めようとしている。  ミュウツーは眉をひそめた。  少年はモンスターボールからベトベトンを呼び出し、ヘドロをミュウツーの足元に投げつけた。  挑発している。  ミュウツーが空中を浮遊し、少年の前に降りた。  少年は下品に笑って見せて、乱暴に抱えていたポケモンを投げ捨てた。  投げ捨てられたポケモンが泣き喚く。ミュウツーはひそめた眉を怒りで震わせた。  そのミュウツーの前に少年は、ベトベトンを引っ込めて未熟なコラッタをモンスターボールから呼び出す。  卵から孵ってまだいくらも経っていない未熟者のコラッタが・・・、  「コラッタ、いばる!!」  少年、ゴールドの声を受けてコラッタが胸を張って、ミュウツーをバカにして鼻で笑う。  ミュウツーのこめかみに青筋が入る、ポケモンバトルが始まった!!  「コラッタ、怒りの前歯!」  この子ねずみのどこにそんな力があるのか?ミュウツーは体力が半分に引き裂かれるような衝 撃を受けた。  ミュウツーはその怒りの衝動に任せて暴走した力を放つ。しかしそれは混乱を起こし、コラッ タには届かずに自分自身を引き裂いた。  よろけたミュウツーにコラッタが襲い掛かる。アリがゾウに襲い掛かるのに似ていた。  ただ、まったく違っているのは・・・。  「コラッタ、必殺前歯!!!」  アリがゾウに勝ってしまったことだ。  レベル8コラッタの前歯を受けて、レベル100ミュウツーが、大木が傾ぐように倒れてい く。ポケモン達は夢でも見てるのではないだろうかと呆然としていた。  傷だらけで大量の血を流している瀕死のミュウツーの胸を踏みつけて、ゴールドが笑いながら 吐き捨てるように言った。  「なんだ、おまえもたいしたことないなぁ。」  ワタシ ハ ヨワイ・・・。  その言葉にミュウツーは不思議な感覚を覚えていた。まるで肩の荷が下りるような。  「まったくこいつらと同じ、どうしようもない弱虫さ。」  その言葉にポケモン達が涙ぐんだ。  「弱いポケモンに生きてる価値なんかないな、殺すとしよう。」  棒読み口調のその言葉に、しかしポケモン達は立ち上がった。  怖くて目をつむったまま、トゲピーがゴールドにすてみタックルを放つ。  後ずさるゴールド。ミュウツーを守るためにポケモン達がゴールドの前に立ち、身構える。そ の目にはミュウツーに対する恐怖が微塵もなかった。  ゴールドは嬉しくて笑った。そして言った。  「ミュウツー。おまえは弱いけど、“おまえら”は強いかもな。」  ミュウツーは目を閉じていた。その目の端っこに、くやしさでも憎しみでも、そして孤独でも ない涙がにじんでいた。  ゴールドは後ろを向いて全力疾走!!  逃げ出す悪者をポケモン達の技が追いかけた。  ゴールドはふもとのサナトリウムまで走り、先生を呼び止めて事情を話し、ポケモン達とミュ ウツーの治療を頼んで、旅道具をかついだ。  悪役は空のかなたに飛んで行くのがふさわしい。  サナトリウムを出たところに、一人の女の子がゴールドを待っていたかのように立っていた。  ゴールドの胸がなぜかドキッとした。  潤んだ大きな黒い瞳、旅に焼けた肌。健康そうな薄いピンクの唇。両側でまとめた長い髪が上 向きにピンと跳ねている。  スポーティーな出で立ちにしなやかな肢体、女の子は美しかった。  「見てたわよ。」  かすかに震えるような声で女の子は言った。  「ミュウツーとポケモン達を仲直りさせるために、わざと悪人になるなんて・・・。」   「バッカじゃない!?」  おもわせぶりな間を空けてから、おもいっきりそう言った女の子に、ゴールドはムッとした。  「バカとはなんだよ!バカとは!!」  ゴールドがムキになって怒る。この子にだけは言われたくない。なぜかそう思ったから。  「バカをバカって言ってなにが悪いのよ!バカバカバカ!!」  ゴールドは一歩近付いて女の子と向き合った。すると女の子の顔が、なぜか突然赤くなった。  女の子はそれを振り払うかのように、声をワンオクターブ高くして叫んだ。  「うちはあんたみたいなバカが大嫌いなんやーっ!」  訳がわからない。  でもなぜか無性に腹が立って、ゴールドは女の子に突っかかった。  そして、旅の空が暮れていく。 おしまい